バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第七十五話

 

 天枷さんの事故の翌日、僕らはいつも通りの通学路を歩いて登校していた。

 

 校門まで行くと、雪月花の3人組と顔を合わせた。

 

「ちゃお……昨日は大変だったみたいね」

 

 杏ちゃんが挨拶混じりに言った。恐らく、昨日の事故のことだろう。

 

「聞いたよ~」

 

「天枷さん、すごいね……」

 

 やはり校門の前であんな衝撃的なことが起こったのだ。その噂はもう校内に広がりきってるだろう。その証拠に……、

 

『ねえ、聞いた聞いた?』

 

『ええ、聞いた! もうびっくりしたわよ!』

 

『すごいね~』

 

『2年の天枷だろう?』

 

『車に勝ったんだって?』

 

『あの娘、やっぱりね~』

 

『これからどうするんだろ?』

 

 あちこちから天枷さん関連の噂がどんどん耳に入ってくる。

 

 この状態ではもう秘匿なんでできようもないだろう。

 

「おい、義之! 聞いたぜ……大変なことになってるみてえじゃねえか?」

 

 教室に入るなり、渉がこちらに駆け寄って尋ねてきた。

 

「ああ……そうみたいだな」

 

「いや、みたいって……」

 

「天枷だって、あの状況で黙ってられなかったんだろう」

 

「そうだね。これは誰にも責められはしないよ……」

 

 僕だって、その中にいたならただ見てるだけなんてできるはずもない。

 

「今は天枷研究所で寝たきりだけど……どうせならこのまま2・3日大事を取ってくれれば──」

 

『おい、来たぞ!』

 

 義之の話を遮ってクラスメートのひとりが窓の外を指して叫んだ。

 

 見ると、校門の方で天枷さんが登校している姿があった。

 

 周囲の生徒はやはり天枷さんの姿を目で追っていた。

 

「天枷さん……」

 

「……俺、様子見てくる」

 

「あ、待って! 僕も!」

 

 義之が教室から駆け出ていくのを見て、僕らもそれを追って天枷さんのもとへと向かう。

 

 天枷さんの教室へ行くと、ちょうど教室の扉を開けようとしていた彼女の姿があった。

 

「おはよう……」

 

 彼女が教室へ入り込むのを見て、クラスメートがどんな反応をするかを確かめようとした時だった。

 

『おい、天枷だ!』

 

 天枷さんのクラスメートのひとりが彼女の名を呼ぶと、途端に教室内から多数の拍手の音が校舎に響いた。

 

 ……って、え? 拍手?

 

 いきなりのことに動転している僕らを無視して教室内は更に騒ぎ出す。

 

『天枷、すげえなお前!』

 

『本当、すごかった!』

 

『ごめんね、誤解して。考え方変わっちゃった!』

 

『今までのこと、ごめんな。許してくれよ?』

 

『これからは、仲良くしてくれな?』

 

「あ、あはは……」

 

 何故か今までいじめに関わっていただろう人たちまで急にフレンドリーになって天枷さんを囲っていた。

 

「な、なんじゃこりゃ……」

 

 ようやく硬直から抜け出しただろう渉が呟いた。

 

「なにこれ、みんな掌返して……」

 

「みんな現金すぎ~」

 

 小恋ちゃんと茜ちゃんがこの光景を見て頬を膨らませていた。確かに態度が変わりすぎだ。

 

「まあ、いいじゃない。結果としては美夏が受け入れられたってことでしょ?」

 

「ふう……怪我の功名ってやつか~」

 

「そうだね。ちょっと引っかかるところもあるけど……」

 

「やれやれ、影でコソコソしてた連中が随分と調子のいいことになってんなぁ?」

 

 そんな言葉が廊下に響き渡った途端、一瞬にして歓声が止んだ。

 

「あ、雄二」

 

「よぉ」

 

 先の言葉を発したのはいつの間にか後ろに立っていた雄二だった。

 

「雄二、お主……この状況下でなんとKYな発言を」

 

「いくらなんでもここでそれはねえだろう」

 

 隣りに立っていた秀吉と義之が呆れた声でそんなことを言う。

 

「知るか。ここで黙るくらいなら始めからんなくだらねえことをしなけりゃよかったんだよ。いじめた側がどうなろうが、知ったことじゃねえしな」

 

 そんな事を言い残して雄二はすたこらとその場を去っていった。

 

 そしてこの場には沈黙が残った。

 

「あ、みんな……美夏のことはもういい。それより、こうしてわかりあえたんだ! もっと喜ぼうじゃないか!」

 

 最初に沈黙を破ったのは天枷さんの言葉だった。

 

 それからは再び天枷さんに向けて歓声が響き、質問責めが始まった。

 

 天枷さんは困ったような表情をしていたが、今までと違ってとても晴れやかな気がした。

 

「ま、結果オーライってね」

 

 ともかく本当によかった。これで天枷さんが本当の意味でこの風見学園の生徒のひとりになれたんだから。

 

 けど、満開になった桜が散るように……ようやく晴れやかな学生生活を送ろうとした天枷さんに更なる障害が立ちはだかるなんて、この時は思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい! 杏先輩に桜内、月島に花咲と吉井、ついでに板橋! 一緒にお昼しよう!」

 

 学園内でようやく存在が認められるようになった日の昼休み、その当人たる天枷さんが僕らのクラスにやってきた。

 

「おー、今をときめくスーパーヒロイン! ってか、ついでにはないでしょう!」

 

「購買に行ったらおばちゃんがこんなに差し入れくれたぞ!」

 

「無視でっすか!?」

 

「ドンマイ……」

 

 この流れもようやくいつも通りのそれに戻って本当に安心した。

 

 みんなでお昼しようと机をいくつか固めていざ弁当を準備したところで思わぬ客が寄ってきた。

 

「あ、委員長……」

 

 席を立った沢井さんが天枷さんのもとへ歩み寄ってきた。

 

「沢井……」

 

「天枷さん……そ、その……昨日、弟を助けてくれて…………本当に、ありがとう」

 

「え……?」

 

「い、委員長が……頭を下げた?」

 

 沢井さんが頭を下げてきた。

 

 これまた突然のことだが、今沢井さんは天枷さんに確かな感謝を覚えているのだろう。

 

「……うむ! そうだ、沢井! よかったら美夏たちとお昼しようか?」

 

「え? いいのかしら?」

 

「もちろんだ!」

 

「……ええ!」

 

 天枷さんと沢井さんが互いに笑みを浮かべて頷きあった。

 

 こっちでもようやくお互いを理解しあって、共存の道がまた一本出来上がったのだった。

 

「よ~し! だったら天気もいいし、会場を屋上に変更だ!」

 

「いいかもな!」

 

「だったら、みんなも連れてくるとするか!」

 

「じゃあ、そっちは明久に任せた!」

 

「オッケー!」

 

 僕はすぐさまななかちゃんと雄二のクラスに駆け寄り、みんなを屋上での昼食会に誘った。

 

 それからは今までより更に賑やかな昼食になった。

 

『2年1組の天枷美夏さん、至急学園長室までお越しください。繰り返します。2年1組の天枷美夏さん、至急学園長室までお越しください』

 

 楽しい昼食会に水を差すように放送で天枷さんの名が流れた。

 

「なんだぁ? せっかくいいとこだってのに」

 

 渉が不満そうに呟いた。確かに、結構盛り上がってたのにこんな横槍を入れられちゃいい気分にはなれないね。

 

「でも、なんでしょうか?」

 

「まあ、ともかく学園長室に行こう」

 

 そう言って天枷さんは立ち上がるとスタスタと学園長室へ向けて歩みだした。

 

「……ねえ、雄二。さっきの放送、どう思う?」

 

 僕は少し声を潜め、雄二に尋ねる。

 

「昨日の騒ぎの事と、今日の校内の生徒たちの反応から考えると、厄介なのに目をつけられた……ってとこだな」

 

 雄二がそういうということは、僕の悪い予感も高確率で当たってしまうだろう。

 

「ごめん……僕、ちょっと席外すね」

 

「……天枷さんのとこ?」

 

 まだ目的を言ってはいないが、ななかちゃんには全てお見通しのようだ。

 

「……うん。どうにも胸騒ぎが、ね」

 

「だったら俺も行くぜ。やっぱ気になるしな」

 

 義之も一緒になって僕らは学園長室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 義之と一緒に学園長室へ足を運び、いざ扉を開けようとした時だった。

 

「……ん?」

 

「どうした?」

 

「いや、何か話し声が……」

 

「そりゃ、ここに天枷が呼ばれてるんだから人がいなきゃおかしいだろ」

 

「まあ、そうなんだけど。なんていうか、様子が……」

 

 義之を手招きして2人で一緒になって扉に耳をつけると所々途切れてるが、会話が聞こえてくる。

 

『……ません! ……が……いけないんですか!?』

 

 最初に聞こえてきたのは高坂さんの抗議らしい言葉だった。何か揉めてるのだろうか。

 

『まゆき……て。先生……もなっ……ん。何故……ですか?』

 

 続いて音姫さんの声。生徒会トップが学園長室で誰かに抗議してるようだ。

 

「まゆき先輩に音姉まで……何があったんだ?」

 

「さあ……?」

 

 あの2人が揃ってるとなると、いよいよ怪しくなっていき、僕らは引き続き会話を聞き取ろうと耳を扉につける。

 

『ともかく落ち……高坂さん』

 

『あたしは……ます!』

 

『言いたいことは……けど、これは決定……なの』

 

 うまく聞き取れないが、僕らの知らない所で何かが結論づけられ、2人はそれに抗議してるっぽいな。

 

『だからと言って天枷さんが……退学しなく……ですか!?』

 

「「…………え?」」

 

 僕と義之は同時に声をあげた。

 

 うまく聞き取れなかったが、何故か天枷さんの名前と退学という言葉が聞こえた気がした。

 

 本当にそうなのかは知らないが、僕らの脳内には最悪の展開が浮かんでいた。

 

 いてもたってもいられなくなったのか、義之が勢いよく扉を開けて学園長室へ飛び込んだ。

 

「今、なんて言ったんですか!?」

 

「え……お。弟君!?」

 

「桜内君……何で……」

 

「今はそんなことはどうでもいい! それより、今の会話はなんなんですか!?」

 

「聞き間違いじゃなければ……天枷さんが退学。なんて言葉が聞こえた気がするんですけど」

 

 声を荒げる義之の後ろから恐る恐ると尋ねると、音姫さんと高坂さんが顔を伏せた。

 

 ということは、やはりさっきのは聞き間違いではなかったのだ。

 

「……ええ。ついさっきなんだけど……理事会で天枷美夏の退学が正式に決定したんだ」

 

「な……」

 

 水越先生の口から残酷な言葉が出た。

 

「な、何で天枷が退学にならなきゃいけないんですか!」

 

「落ち着いて。とにかくみんな座って」

 

 水越先生の言葉に僕らは渋々ながらも、先生の前に腰掛けた。

 

「昨日起こった事故の所為で、各方面に天枷がロボットだという情報が流れてしまった。私たちも努力はしたんだけど、情報の流出を止めることはできなかった。そして最悪なことに、一番耳に入ってほしくない人たちの所に人民たちの問い合わせが行ってしまったのよ」

 

「それって……」

 

「風見学園理事会の方々……」

 

 水越先生の代わりに高坂さんが答えた。確かに、考えうる限りでは最悪な所かもしれない。

 

「……で、今朝方臨時の理事会があって、学園長の解任及び該当生徒の退学が決定されたのよ」

 

「はぁ!?」

 

 これは声を上げずにはいられない。天枷さんのことだけでなく、さくらさんの名前まで出てきたんだから。

 

「何でさくらさんまで解任されなきゃいけないんですか!」

 

「いくら理事会だからって、横暴にもほどがあるでしょ!」

 

 僕と義之は声を荒げて水越先生に詰め寄る。

 

「残念な事だけど……私たちの意見なんて、向こうからすれば関係ないのでしょうね。

 騒ぎの根源を排除し、自分たちは知らぬ存ぜぬを貫くだけでしょうから」

 

「保身に走った大人たちの、汚い常套手段ってことね」

 

 まさしく高坂さんの言うとおり、我が身可愛さに天枷さんやさくらさんに責任押し付けて自分たちは関係ありませんというふざけた決定だった。

 

「ふざけるなよ……」

 

「残念なことだけど、これが現実なの」

 

 水越先生のその言葉が、刃物のように僕に突き刺さった気がした。

 


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