バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第七十四話

 

 いつもの昼休みを送っている最中、思わぬ来客があった。

 

「あ、これはこれは音姫せんぱーい! ちょっと待っててくださいね! あのバカ呼んできますから~」

 

 教室の扉が開くと、そこには珍しく音姫さんの姿があった。

 

 いや、珍しいといえばそうだし、そうでもないといえばそうかもしれない。あの人がここにくる理由なんて義之関連しか思えない。

 

 渉もそう思ったからこそ、義之の所へ向かおうとしている。

 

「おーい、義之ぃ。音姫先輩がいらっしゃってるぞ~。……       (羨ましいんだよ)

 

 渉……今ぼそりと本音が漏れてたよ。

 

「あ、ごめんね板橋君。私が用があるのは弟君じゃなくて……」

 

「え? じゃあ、明久っすか?」

 

「ううん、そっちでもなくて……」

 

 そう言いながら音姫さんが教室を見渡す。

 

「あ、いた。沢井さん!」

 

「……はい」

 

 どうやら音姫さんが探してたのは沢井さんだったようだ。

 

「ちょっとお話があるんだけど、いいかな?」

 

「はい……構いませんけど……」

 

 音姫さんに呼ばれると、沢井さんは彼女と共に廊下へと出ていった。

 

「一体何? 何事?」

 

 茜ちゃんが珍しい組み合わせだったから気になってるのだろうか。廊下をずっと見ている。

 

「……例の件ね。美夏の」

 

「やっぱり杏もそう見るか……」

 

「当然……」

 

「そういえば、少し前に生徒会に申し出るみたいな事言ってたもんね」

 

 恐らく音姫さんの用事はその回答なのだろう。

 

「へ? どゆこと? どゆこと?」

 

 小恋ちゃんは話が見えないのか、疑問符を頭に浮かべていた。

 

 天枷さんに協力する立場である以上、当然僕らは音姫さんたちの話が気になり、全員廊下に近づき、意識を集中させ、聞き耳をたてる。

 

 それからまず最初に聞こえてきたのは沢井さんの声だった。

 

『……様子見?』

 

『はい』

 

『どういうことですか?』

 

 どうやら音姫さん……もとい、生徒会の出した回答に納得がいかない沢井さんが問い詰める。

 

『ですからね、生徒会としては現状、大きな問題が出ているわけではないので、このまま様子を見ることにした、ということです』

 

 大きいわけではないけれど、問題なら多分現在進行形で多数起こってるだろう。

 

 だが、そのことを公言したところで彼女のロボット疑惑が収まるわけではない、事実ロボットではあるけれど、それで学園での僕らの生活に支障は出るとは思えない。

 

 まあ、今はまずこっちの話に集中しないと。

 

『なっ!? せ、生徒会は傍観を決め込むってことですか!?』

 

『そういうことを言ってるわけじゃないの。もちろん、今現在発生している問題の対処には取り組んでいきますし……今後発生するであろう大きな問題に対して迅速かつ的確な対応ができるよう、準備は進めていきます。後ほど公文書にて正式な回答を出しますけど、沢井さんにはあらかじめ伝えておいた方がいいなと思って……』

 

 なるほど、うまい。流石にこう言われれば沢井さんも反論しづらいだろう。

 

『う……』

 

『では、私はこれで……』

 

 会話が終わったのか、音姫さんが去る足音が聞こえた。

 

 僕らはすぐに席に着くと同時に教室の扉が開き、沢井さんが戻ってきた。

 

 その時の彼女の表情は明らかに『納得いかない!』と言いたそうだった。そして僕らと目が合うと、キッ! と睨みつけると、踵を返して教室を飛び出していった。

 

「何、あれ……?」

 

「な~んか、感じ悪いねぇ……」

 

「クラスの出し物が難航している時よりもこえ~ぜ」

 

「……義之、明久」

 

「ああ」

 

「これで終わり……じゃないよね」

 

 彼女の性格だ。これで納得なんてできるはずもないし、彼女の抱えている事情が事情だ。これで終いの筈がない。

 

 妙なことにならないといいのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、僕と義之は天枷さんを連れて近くのスーパーで買い物をしていた。

 

 これは天枷さんの事を知ってから行っている恒例行事みたいなものだ。週に一度、バナナを嫌いと言っている天枷さんがそれを含んだ料理を食べれるよう僕らが試行錯誤を繰り返し、ようやく僕らが造ったバナナ入りの料理を食べれるようになった。

 

 それからは毎週僕らで天枷さんの買い物に付き合い、彼女の夕食を作るようになったのだ。

 

「えっと、天枷……台湾とエクアドル、どっちがいい?」

 

「…………」

 

「天枷さん?」

 

「え? あ、何だ……?」

 

「や、だから……どっちがいいかって話」

 

「……どっちでもいい」

 

「そうか……」

 

 どうもさっきから天枷さんが上の空だ。やはり沢井さんの事情を知ったからか。

 

 由夢ちゃんから聞いた限り、今日の天枷さんは一日中こんな感じだったそうだ。

 

 どうしたものかと思ったとき、ふと後ろから視線を感じて振り向いた。

 

「沢井さん……」

 

「え……委員長」

 

 そこにはこちらをじっと見つめる沢井さんの姿があった。

 

「生徒会にまで根回しして、卑怯じゃない……」

 

「は? 何言ってるんだよ、俺は別に……」

 

 まあ、義之と音姫さんは幼馴染だ。その縁を彼女が疑うのは当然かもしれない。

 

 逆の立場だったら僕だってそう思うかもしれない。

 

「とぼけないで! いい、桜内が何をしようと、私は諦めない。ロボットなんて、ロボットなんて絶対に認めない!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 認めるも認めないもないだろう! そりゃ、俺だって委員長の気持ちがわからないでもないけど……だからって、ロボットが全部悪いわけじゃないだろう」

 

 義之の言葉に何を感じたのか、沢井さんの身体が怒りに震えている。

 

「あんたに、何がわかるのよ……突然父親を失って、辛くて、悲しくて……どうすることもできずに、ただ泣くことしかできなかった私の気持ちが、どうしたわかるの!」

 

「委員長……」

 

「ロボットは、私から全てを奪った。その所為で私は……私たちは……」

 

 当時の記憶が蘇ったのか、今度は悲しみに震え始める。

 

「……だからって、仮にロボットを取り除いたところで、全部が終わると思ってるの?」

 

 僕の言葉に沢井さんも、義之も驚いた。僕だってちょっと驚いている。

 

 慰めるどころか、逆に怒りを助長するかもしれない言葉を発したんだから。でも、これは言っておきたい。

 

「沢井さんや沢井さんの家族に何があったのか、それも当人たちの気持ちを理解しろなんてのは僕らにはできないかもしれない。けど、その逆だってあるんじゃないの? 沢井さんは自分の気持ちが僕らにわからないって言ったけど、じゃあ……逆に沢井さんは当時のロボットの気持ちがわかるの?」

 

「な、ロボットの気持ちって……」

 

「あった筈でしょ。元々天枷研究所で開発されたロボットは、人間と同じ心を持って、僕ら人間と共存できるように造られたんだから。そしてそれが叶おうとした矢先に人間の勝手な価値観の所為でロボットは一時開発中止なんてなった。そしてその時に壊されたロボットはどれだけあったか、そして心を持ったロボットが何を思ったのか……今までずっと眠り続けてきた天枷さんがどんな気持ちで眠り、目が覚めて、どんな風に僕ら人間を見ていたのか、君には理解できるの?」

 

「っ……」

 

「結局みんなそんなもんでしょ。本人に聞いたわけでもないのに勝手に悪者だって決め付けて、相手を傷つけて、そして今度は傷をつけられた側がそいつを悪者だと言ってまた繰り返す。これじゃあ、僕らが歴史で習ったことを繰り返すだけじゃないか。これじゃあ、天枷さんが可哀想すぎる……」

 

 今の言い方じゃ沢井さんの家族が崩壊していることは大した問題じゃないと言ってるように聞こえてしまうかもしれない。

 

 だけど、天枷さんだって何かしたわけじゃないのに一方的に人間からあれこれ言われて黙ってろなんて無理だ。

 

「……だけど、私は……」

 

「お姉ちゃん!」

 

 すると、少し離れたところから随分と幼い声が聞こえてきた。

 

 何だと思うと、沢井さんの背後に小学校低学年くらいの男の子がかごを持って立っていた。

 

「あったよ、牛乳!」

 

「……そう、ありがと勇斗」

 

 男の子がかごにある牛乳を見せると沢井さんがいつもはしないような微笑みを見せた。

 

「……お兄ちゃんたちは、お姉ちゃんのお友達?」

 

「え? あ、ああ……うん、そうだな」

 

 男の子に問われ、義之がどもりながらも肯定して答えた。

 

「こんにちは。僕、沢井勇斗!」

 

 沢井さんの弟、勇斗君が挨拶してきた。

 

「こんにちは。あ、僕は吉井明久ね」

 

「美夏だ。お行儀が良いのだな」

 

「さ、行きましょう勇斗」

 

「うん!」

 

 それから沢井さんは勇斗君の手を取ってレジへ向かって歩いて行った。

 

 さり際に、勇斗君がこちらを振り返って手をふってきた。僕らも同じように手をふって応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚いたな。まさか委員長に、あんな小さな弟がいたなんて……」

 

「うん。沢井さんの家族構成なんて、今まで聞くこともなかったもんね」

 

 スーパーからの帰り道、僕らは沢井さんの話をしていた。

 

 まさかあんなに小さな弟が家族にいたなんて。随分と無邪気で可愛げのある子だった。とても純粋な。

 

「あの子……勇斗君は、父親がどうなったのか……」

 

「それが何年前の話だと思ってるんだよ。いたとしても、多分その頃はあの子、赤ん坊だっただろう」

 

「だよね……」

 

 そもそも、父親の死んだという事がどういうものなのか理解できてるのかすら判断できない。

 

 物心ついた時から父親がいないという現実の中にいたというのなら……。

 

「沢井が怒るのも無理はない。あんな小さな子供のいる家庭を、ロボットが滅茶苦茶にしたんだ……怒って当然だ」

 

 天枷さんが神妙な顔でそう呟いた。

 

「……だからって、それと天枷は何の関係もないじゃないか」

 

「そうだよ。沢井さんの家族に関してはどう言えばいいかわからないけど……少なくともそれは天枷さんの所為じゃない」

 

「……美夏はこれまで、全ての人間を信用していなかった」

 

 唐突に天枷さんが語り始める。

 

「憎んでいたと言ってもいい。人間は勝手にロボットを造って、邪魔になればすぐに容赦なく廃棄する。人間こそが悪で、ロボットはいつでも被害者だとずっとそう思っていた。でも……それは大きな間違いだった。ロボットの所為で、不幸になった人間もいる……沢井のように。沢井は人間、美夏はロボット……今の沢井はかつての美夏と、同じなんだ」

 

「天枷……」

 

 どう言えばいいのかわからなかった。お互い様だとか、どっちがどっちを責めたって何かが変わるわけでもないというのは簡単だが、そんなことを言うのはあまりにも無神経だ。

 

 だが、今の状況が見過ごせないのも事実だ……どうにかしたい。

 

 それから僕たちは天枷さんを誘って芳乃家で夕食を取った。だが、あんなことがあってか、楽しい会話を口にすることがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後……。

 

 この日も、僕らはいつも通りの授業を進め、ただなんとなくだらだらした日常を過ごしていた。

 

 昨日からいい加減沢井さんの事をどうしようかとか、天枷さんの現状を打開できないかと考えていたのだが、ここまで何も思い浮かばなかった。

 

 中々思うようにはいかないものだな。

 

「はぁ……帰ろ」

 

 ため息混じりに荷物を纏め、いざ帰ろうとした時だった。

 

 

 ──ドガアアァァァァン!!

 

 

「な、何だ!?」

 

 突然、ものすごい轟音が校舎まで響いた。しかも、相当距離が近い。

 

 方向からして校門の方だろう。現にそっちから人の騒いでる声が聞こえている。

 

 僕はロッカーで靴も変えずに窓から飛び出して真っ先に校門へと走っていった。

 

 駆けつけると人ごみが集まっていた。その中には義之と由夢ちゃんの姿もあった。

 

「義之! 由夢ちゃん!」

 

「あ、明久……」

 

「義之、一体何が!?」

 

 僕は一刻も早く状況を知りたく、義之に詰め寄った。

 

「あ、さっきちょっと委員長と揉めて……そしたら勇斗君が委員長を迎えに来て歩道を渡ろうとしたらトラックが突っ込んできて……」

 

 義之の視線に釣られて僕も歩道の方を見ると、トラックの正面で倒れてる人影があった。

 

 それはよく見知った姿だった。

 

「あ、天枷さん……?」

 

 天枷さんがトラックの正面で蹲ったように倒れ込んでいた。

 

 つまり、天枷さんがあのトラックに轢かれたと見ていい。僕は全身から血の気が引くような感覚を覚えた。

 

 その状況があまりに残酷すぎてその場から動けずに見ることしかできなかった。

 

 そのまま数秒がたつと、天枷さんの方から嗚咽が漏れてきた。声からしてかなり幼い。

 

 そう思うと天枷さんが身体を動かし、彼女の胸から勇斗君の顔が見えた。

 

「うああぁぁぁぁん!」

 

「ほら、もう泣くな。男の子だろう?」

 

「う、うぅ……!」

 

「勇斗……!」

 

「おねえちゃぁぁん!」

 

 勇斗君が涙を流したまま沢井さんの胸に飛び込んできて、沢井さんはそれを抱いて受け止める。

 

「勇斗……よかった!」

 

「うああぁぁぁん!」

 

 かなりショッキングな出来事だったが、どうやら2人共命を落としたなんてことはないようだ。

 

『おい……あの娘……』

 

『ああ。トラックに轢かれたのに……』

 

『じゃあ、やっぱり本当に……』

 

『でも、すげぇな』

 

 って、ほっとしてる場合じゃない。2人が無事なのはよかったけど、今ので完全に天枷さんがロボットだというのがバレた。

 

「おい! 大丈夫か天枷!?」

 

「天枷さん!」

 

 そうだ……今は天枷さんの周囲なんて構ってられない。

 

 いくらロボットだと言ったって、トラックに轢かれて平気なわけがないだろう。

 

「天枷さん、大丈夫!?」

 

「あ、ああ……これくらい──」

 

 天枷さんが身体を起こそうとすると、途端に天枷さんの身体から力がなくなったように地面に倒れ込んだ。

 

「天枷さん!?」

 

「天枷!?」

 

「やばい……やっぱりさっきの自己の衝撃で機能がイカれたかもしれない。急いで水越病院だ!」

 

「わ、わかりました!」

 

 由夢ちゃんが校舎の方へ向かっていき、すぐに水越先生が駆けつけ、その後で水越先生の手配した救急車によって水越病院に運ばれ、天枷さんはいつぞやの洞窟で見たものと同じカプセルに入って検査を受けていた。

 

 僕たちは技術者の邪魔にならないよう外にいた。

 

 何時間かたつと、室内から水越先生が出てきた。

 

「水越先生!」

 

「天枷さんの具合は!?」

 

「大したことはないわ。沢井さんの弟を助ける時に一気にエネルギーを放出した所為で細部に余計な負荷がかかっただけみたいね」

 

「ほっ……」

 

「じゃあ、根元の部分は問題ないわけですね」

 

「よかった……」

 

「まったく……身を挺して子供を助けるなんて、よくやったと言ってあげたい。けど……」

 

 天枷さんを褒めたかと思うと、水越先生の表情がすぐに暗くなった。

 

「これでもう誤魔化しがきかなくなったわね。これからが大変よ」

 

 そうだ。人ごみの中には帰宅前の生徒もたくさんいた。学園で天枷さんの正体をごまかすのはもう不可能だ。

 

 そんな心配を抱えたまままた今日という一日が過ぎていった。

 


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