バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第七十三話

 

「起立! 礼!」

 

 ようやく5時間目の授業が終わり、僕は椅子に座ったまま背伸びをした。

 

「はぁ……ようやく5時間目終了かぁ……」

 

「午前もそうだけど……午後の授業はいっそう長く感じるよねぇ」

 

 季節が冬で気温が低ければ多少は頭もスッキリするんだろうけど、教室内はいい具合に暖房が聞いており、午後の授業も社会とか国語とかがほとんどだから余計に眠くなりやすい。

 

「ねね、義之君に明久君、今の授業寝てたでしょう?」

 

「自慢じゃないが、寝てないぞ」

 

「本当に自慢じゃないわね」

 

「だまらっしゃい」

 

「背後から睡眠者の放つオーラを感じたんだけどなぁ……」

 

「んなわけのわからんオーラを出した覚えはない」

 

「ていうか、それ知覚できるものなの?」

 

 なるとは思えないけど、眠そうに見えるのはどちらかと言えばお2人さんのイメージのような気がする。

 

「でも、次は寝るよね?」

 

「グッナイ、義之、明久……」

 

「「寝ません」」

 

 確かにかなり眠くなってるけど、だからと言って居眠りしたいわけではない。

 

「桜内、吉井……」

 

 そんなくだらないことを考えると唐突に沢井さんが話しかけてきた。

 

「何だ?」

 

「ちょっといいかしら?」

 

 何やら誘われてるようで、一瞬義之と顔を見合わせ、すぐに頷く。

 

「別にいいけど……」

 

「ここじゃだめ?」

 

「ええ……というわけで、ちょっと2人を借りてくけど」

 

「どーぞ……」

 

「さっさと持っていっちゃって♪」

 

「お前らなぁ……」

 

「僕ら、お荷物じゃないんだけど」

 

「……来て」

 

 僕らのコントみたいな会話なんて耳に入らないという風に平静に言って僕らを教室から連れ出す。

 

 おぉ……建物の中とはいえ、教室と廊下の温度差がすごい。おかげで目が覚めたよ。

 

 この分なら次の授業くらいは乗り切れるかも。

 

「ところで、何の用だ?」

 

「何か話でも?」

 

「ええ」

 

 そう言って沢井さんは周囲を見回すと声を潜めて話しかけてくる。

 

「あの娘のことなんだけど……」

 

「誰のこと?」

 

「いきなり言われても誰のことを指して言ってるのかわからねえぞ」

 

「あの娘よ、最近あんた達と一緒にいる1年の……」

 

 1年……由夢ちゃんなら沢井さんも名前を知ってる筈だし、ムラサキさんはあの外見だから名前も知れ渡ってるからもちろん除外。

 

 あの2人を外して他に1年の女子と言ったら……。

 

「ああ、天枷美夏……」

 

 あ、なるほど。天枷さんか……。

 

「そうそう、その娘」

 

「で、アイツが何だ?」

 

 それから沢井さんが更に僕らに近寄ってくる。周囲に人がいないからいいけど、ここまで近寄るといかにも内緒話してます的な雰囲気がバリバリ出て逆に目立つと思うのですが。

 

「その、あの娘が、ロ……ロボットっていうのは本当なの?」

 

 ……僕らを連れ出すのだからなんとなく予想はしてたけど、やっぱりその手の話だったようだ。

 

「誰がそんなこと言ったんだよ……」

 

 沢井さんの言葉に義之が眉を顰めて聞いた。今の現状のこともあって僕らもストレスが溜まってる。

 

 できることならあまりその話題には触れたくないのが本音なのだが。そうも言ってられない。

 

「義之、落ち着いて。で、沢井さん……それ、誰から聞いたの?」

 

「別に誰からってわけじゃないけど……割と色々な方面から入ってくるのよ。中には尾ヒレがつきすぎてわけがわからない噂もあるし……中にはあなたの事も混同しててぐちゃぐちゃになってるのよ」

 

 どうやら僕の屋上からの飛び降りが噂の中に混じって天枷さんの印象を多少くらいは薄めてくれたというべきか。

 

 まあ、結局一時凌ぎでしかないだろうけど。

 

「で、どうなの。ロボットなの?」

 

「何でそんなことを俺達に聞く?」

 

「あんた達が親しそうだったからでしょ。よく一緒にいるの、最近みかけるし」

 

 まあ、彼女をロボット疑惑から起きる虐めから守ろうと最近は一緒にいられる時は行動を共にすることが多くなってきてるしね。

 

 しかし、どうやら沢井さんも彼女をロボットだと疑ってるようだ。いや、事実ロボットなわけだけど……果たして、彼女に真実を告げるべきなのか。

 

 もう学年の違う沢井さんにまで広まってるところを見ると、いちいち彼女はロボットじゃないと注意するのも意味なさそうだし、隠したってあそこまで噂が広がってる以上、隠してもしょうがない気もする。

 

 だが、だからといってわざわざ彼女がロボットですなんて公表してもなぁ。義之もそこを介意しているのか、苦慮してるっぽい。

 

「……仮に、そうだとしたらどうなんだ?」

 

 義之はアレコレ逡巡した結果、YesでもNoでもなく、仮定の話として質問を返す。

 

 これで沢井さんがロボットに対して何を考えてるのか確かめようってことかな。でも、修学旅行の時を考えると……。

 

「そ、そんなの決まってるじゃない。学園側に報告して、しかるべき処置をとってもらうわ」

 

「その、しかるべき処置って何?」

 

「そんなのわかんないけど……でも、ロボットが学校に通ってるなんて、論理的に考えてありえないでしょう?」

 

 何がどう論理的なのか、全く容量を得ないのだけど。

 

「早急に処分してもらわないといけないわね……」

 

「処分……?」

 

「ええ。退学とか、停学とか……妥当な処分があるでしょう」

 

「おい待て、あいつは別に何か悪いことをしたってわけじゃないんだぞ」

 

「そういう問題じゃないでしょう? あの娘の性格や行動はこの際、関係ないの。あの娘がいることで周囲にどんな影響が出るか、わからないわけじゃないでしょう?」

 

 確かに彼女の存在による影響を感じ取れないほど鈍いわけではない。

 

 現に彼女がロボットであるかどうかが確定していない今でさえこんな問題が起きているんだ。

 

 本格的にバレてしまった時の影響は僕らの想像を上回るかもしれない。

 

「昔はどうだったかは知らないけど、今ロボットが世間からどういう目で見られているのか、知らないとは言わせないわよ」

 

「でも、天枷さんは何も問題は起こしてないし、今だってただ僕らと楽しくしているだけでしょ?」

 

「今まではそうでも、これからはわからないでしょ?」

 

「……そんな言い方はないんじゃないかな?」

 

「な、何よ……」

 

 僕の言葉か、つい発してしまった声色に対してか、沢井さんが一歩下がる。

 

「君が彼女の性格や行動が関係ないって言ったように、僕らだって……彼女がロボットだかどうだなんて、大した問題じゃないんだよ。僕らはただ彼女が一緒になって笑って起こって、バカ騒ぎするだけの日常が好きで、友達やってるんだ。その友達に対してそういう言い方されれば怒りたくもなるよ」

 

「ちょっと……そんな怒らないでよ。だって、本当にわからないじゃない。例え彼女が何もしなくたって、すぐに問題になるわよ。あからさまに嫌悪を示している生徒も少数じゃないし、それが伝染しているのか、ここ数日空気が浮ついてるもの」

 

 浮ついてるかどうかはともかく、学園の空気が傾いてることに関しては僕らも重々承知している。

 

 何日かすれば、どこかで巫山戯た行動に出る奴がいたとしても対して不思議じゃない。それだけ空気が澱んでいるんだ。

 

「ならどうする気だ? 天枷が何もしなくても何人かはあいつに対して問題を起こすかもしれないだろ」

 

「とりあえず、生徒会に報告するわ」

 

「生徒会ねぇ……」

 

「な、何よ。私がびびって報告しないとでも、思ってるの?」

 

「別に……」

 

 彼女が僕達にびびってようがなかろうが、報告に行くだろうことは彼女の性格をある程度でも知ってれば容易に想像がつく。

 

 それに関しては別に何も言わないが、彼女は忘れてるのだろうか? 生徒会のメンバーはほとんどがもう天枷さんのことを知ってる。

 

 だからこそ彼女がロボットであるという事に関しては何も言わないし、何よりその生徒会のトップが義之の義姉だということを。

 

 彼女をロボットだということがバレるのを避けてるために生徒会もあまり天枷さんがロボットであるかどうかを噂している生徒を無闇に取り締まれないからとはいえ、沢井さんが何か言ったところで天枷さんを犠牲にするようなやり方を生徒会が……いや、音姫さんが容認するとはとても思えない。

 

 だから僕らは何も言わない。

 

 そう思ったのだが、しばらく黙っていた義之が口を開いた。

 

「……ところで、お前自身はどう思ってるわけ?」

 

「え?」

 

「ロボットのこと……」

 

 義之の突然の質問に沢井さんは一瞬目をふせるがすぐに義之に向き直る。

 

「え……そりゃ、ロボットなんて、胡散臭くて、いかがわしくて……」

 

 沢井さんがちょっと照れたように顔を背ける。

 

 そういえば、商店街でも時々見かける‘μ‘なんていう名前のロボットも、大抵の男性はそういったこと目当てで購入する人が多いって聞いたこともある。

 

 外見が外見だけに、そういう風に見られてもおかしくないのはわかるが、アレと天枷さんを混同されるのはちょっと不愉快だ。

 

 ‘μ‘がどうなのかは知らないが、天枷さんは笑う時は笑うし、怒る時は怒る。あれだけ感情豊かな彼女を見てなんでみんなは何も思わないのだろうか。

 

「と、ともかく認められない! ロボットを製造する業者がいること自体、ありえないっていうか、冒涜っていうか……」

 

「……ふ~ん」

 

 沢井さんの言葉にどう思ったのか、無感情に溜息混じりの声を漏らす。

 

「な、何が言いたいわけ!?」

 

「いや、別に。報告したければすればいいだろう」

 

「何よ! もう、知らないからね!」

 

 沢井さんは機嫌を損ねたのか、大股で廊下を歩き去っていった。

 

「生徒会室に、向かってるのかな?」

 

「だろうな……けどまあ、放っておいても大丈夫だろう」

 

「だね。何しろ、生徒会のトップがあの人だから」

 

「ああ。報告すべき生徒会長が天枷の正体を既に知ってるわけだからな。とはいえ……噂話と正式な報告じゃあわけが違うしなぁ」

 

「だからといって、今更沢井さんを止めたところで無駄だろうし……」

 

「というか、委員長はこういった話自体あまり聞きたがらないような堅物だから、あいつは絶対に後発的な方だ」

 

 それに、既に天枷さんに対する虐めは起きているんだ。近いうちに生徒会にせよ、学園側にせよ、何かしらのアクションを起こせざるを得ないだろう。

 

「悪い方向へ進まんといいのだがな……」

 

「「いたのか」」

 

 いつの間にか背後には杉並君が立っていた。もう今更こんなことで驚いたりはしないし、今はそんな余裕もない。

 

「杉並、お前の力でなんとかできないのか? その、非公式新聞部の連中の力を使って……」

 

「買いかぶるな。俺に学園の政治的なことをどうこうする力はない」

 

「だろうな……」

 

 ムッツリーニの協力もあればそれくらい簡単そうな気もするけど、根本的な解決にはなりそうにないしなぁ。

 

 どうしようかと悩んでいる間に6時間目のチャイムが校内に鳴り響いた。

 

「おい、授業が始まるぞ」

 

「そうだな」

 

「難しいことは放課後になってから考えよ」

 

 とりあえず僕達は教室に戻って授業の準備を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6時間目も終わり、放課後になったところですぐに天枷さんのクラスに足を運べばまたもや天枷さんに掃除を押し付けるバカ共がおり、いい加減殴ろうかと思ったが義之に止められ、以前と同じように僕らが手伝うことで天枷さんのクラスの教室を掃除したのだった。

 

 それが終わり、これからどうしようかと悩み、僕らは水越先生に相談を仰ぐことにした。

 

「そう……もうそんなに」

 

 僕らのここ数日の生徒達の天枷さんに対する態度と行動を報告すると水越先生は溜息をつく。

 

「2人共すまない……美夏の所為で」

 

「いや、天枷の所為じゃないだろう」

 

「そうだよ。天枷さんは何も悪いことなんかしてないし」

 

「だが……やはり、ロボットと人間が仲良くするなんて、無理な話なのか」

 

「そんなことないだろう。現に俺や明久に由夢、みんな友達じゃないか」

 

「そうだよ。そう悲観することないって」

 

「それは……お前達には確かに感謝しているが……」

 

 僕達が慰めようとするが、中々天枷さんの表情は晴れない。

 

「それにしても、何だってんだよ、たく……委員長だって、何だって天枷を目の敵にするんだよ」

 

「……彼女の場合は、仕方ないわね」

 

「え……?」

 

 水越先生の言葉に僕らは疑問を覚えた。

 

「あの、水越先生……沢井さんがロボットが嫌いな理由を知って……?」

 

「ええ。前にも言ったでしょ? 中には、ロボットを憎んでる人もいるって」

 

「それが……委員長?」

 

 確かに……修学旅行の宿泊宿で‘μ‘を見た時も、何処か憎しみの感情が見られた。

 

「彼女の父親である、沢井拓馬は優秀なロボット技術者として、天枷研究所で働いてたの」

 

「ロボット技術者……」

 

「それって……」

 

「ええ。美夏も、‘μ‘も……沢井博士は、彼女達の生みの親ということね」

 

 水越先生の口から明かされた事に僕らは驚きを隠せなかった。まさか、ロボットを否定していた彼女の父親が天枷さんの生みの親だとは。

 

「これが完成すれば、みんなが幸せになれる。誰もがそう信じて疑わなかった。ところが……人間よりも優れ、感情豊かなロボット達を、人間達は恐れ始めたの。ロボットは人間を超えるものであってはならない。そんな劣等感と不安が人々を駆り立て、労働者や婦人団体を中心に、世界レベルのパッシングが天枷博士を襲った。彼らの糾弾を受け、追い詰められた沢井博士は……遂に自らの命を絶ってしまった」

 

「そんな……」

 

 僕はショックを受けた。沢井さんの父親がロボット技術者だということに驚いたのもあるが、沢井博士がただ人々のためにと情熱を注いだ研究がそんな悲劇を呼んでいたなんて。

 

「ロボットの存在の所為で家庭を壊され、父親も奪われた。彼女は、ずっとそう思ってるのでしょうね」

 

「……けど、委員長の父親の件……こんな事は言ってやりたくないけど、天枷に罪はない」

 

 そうだ。天枷さんが造られたのがいつなのかはわからないけど、彼女はそれに関与はしていない。

 

「そうね。けど……彼女の場合、それだけじゃないわ」

 

「それだけじゃ、ない……?」

 

 父親の件以外に彼女がロボットを嫌悪する理由が存在するのか?」

 

「流石にもうひとつの理由まで知ってるわけじゃないけど、沢井博士が丹心込めて造ったロボットがいたの。彼は最高傑作だってよく研究員たちに自慢してたって聞いたわ。でも、例のパッシングと同時期……それを行っていた者たちのうちの誰かが沢井博士の研究所に飛び込み、そのロボットを破壊したの」

 

「そ、それで……」

 

「そのロボットを壊した人は?」

 

「不法侵入の件も含め、警察に捕まったけど……懲役は短かったわ。理由は器物破損の罪だから」

 

「器物破損……それだけですか?」

 

「確かに感情豊かで、人間ともほとんど違いなんてなかった。けど、結局はロボットだものね。人間の法律は当てはまらないわ」

 

 ひどいと思った。天枷さんにしろ当時のそのロボットにしろ、感情は人間と変わらない。

 

 なのになんでそんなことが起こってしまうのだろうか。確かに人間より優れたロボットが人を襲うなんて言われたら怖くないと言えば嘘になる。

 

 でも、彼女を見てればそんな風に思うことなんてない。現に彼女がロボットだって知った時でも驚きこそすれ恐怖するなんてなかった。

 

 きちんと真正面から向き合えばわかりあえる筈なのに。

 

「それが原因なのかは知らないけど……それからほどなくして沢井博士は命を絶った。それからは前に言ったように、人間たちのロボットに対する暴動を恐れ、当時の研究者たちは深夏を凍結させ、来るべき時まで眠らせることにした」

 

「………………」

 

「沢井に、そんな過去があったのか……」

 

 全てを聞いた天枷さんは深く項垂れた。

 

「深夏は、人間が憎いと思っていた。人間など、勝手にロボットを創っておいて、いざ都合が悪くなれば理不尽に破壊する。そんな悪者だと思っていた。だが、深夏は人間の中にロボットの存在によって自分の生活を壊された者がいるという可能性を全く考えていなかった」

 

「それは、天枷の所為じゃないだろう。それに当時のロボットが悪いわけでもない」

 

「違う……そうではない。深夏が思ったのは、どちらが悪いとかいうのではなくて……人間とロボットの共存はやはりできないのかと」

 

 その言葉に喜びと悲しみが混ざり合っていくのを感じた。

 

 いつもぶっきらぼうというか、結構キツめの態度を取っていた天枷さんが、密かに人間との共存を考えていてくれたんだ。

 

 そのことは大変喜ばしいことだが、今の状況を考えると素直に嬉しいとは言えない。

 

「それだって時代だろ。これから先、いくらでも変わっていく。いや、変えていけるさ」

 

「桜内……」

 

「そう、だよね。というか、僕らがそうすればいいんだよね。僕らは天枷さんの友達だし」

 

 義之の言葉で思い直した。そうだ、現状がなんだ。

 

 現状が芳しくないなら僕たちでそれを変えていけばいいんだ。

 

「ああ。もし、力が足りなくたって、俺たちが手伝うさ。だろ?」

 

「……ああ、そうだな」

 

 天枷さんは少し考えると、僕らに向かって微笑みかける。

 

 そうだ。どんな事になっても、天枷さんを学園から追い出させるものか。

 

 放課後、僕らは改めてそう誓ったのだった。

 


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