「ん……う~ん…………」
カーテンから漏れた光が目に入り、僕は目覚めた。
ゆっくりと布団から身体を起こし、背伸びをした。布団…………って、そういえば僕達は昨日から修学旅行だったっけ。
そんで、ここは旅館の一部屋……僕達の寝床だ。
慣れない場所で眠ったからなのか、時間的に早く起きたものの寝足りないなぁ。
まあ、就寝時間が来てもしばらく僕達は部屋でワイワイ騒いでいたしなぁ。
「よっ……」
とりあえず、僕は布団から起きて部屋から出る。途中うっかり僕の頭を踏みそうになってしまったけど、うまく足を浮かして飛び越えた。
部屋から出て少し歩き、洗面所まで行って顔を洗う。そして鏡で自分の顔を見る。
うん、今日も黒い整った髪型に少し面倒そうな表情をした自分の顔だ。僕はうんうんと頷いてタオルで顔を拭く。
「あ、もう起きてたんだ……」
声がかかり、タオルを顔から外すと小恋ちゃんの顔が見えた。
「ああ、おはよう。ていうか、そっちも早いじゃん」
「うん。旅館で寝るなんて珍しいから早く覚めちゃった」
「ああ、わかるわかる。こういうところでは妙に目が覚めるのが早くなるよ」
「うんうん」
それから僕はしばらく小恋ちゃんと他愛のない話をした。
「あ、そろそろ起床時間だから部屋に戻ってるね」
「ああ、そうだね。じゃあ、また後で」
「うん。また後でね、
小恋ちゃんは僕にそう言い残してその場を去っていった。僕も部屋に戻ろうと歩みだす。
…………ちょっと待って。小恋ちゃん、僕の事を義之って言わなかった?
僕は慌てて洗面所に戻ってもう一度鏡を確認した。
整った黒い髪に、ちょっと面倒くさそうな顔つき……間違いない。これは、
「義之の……顔?」
今の僕は信じがたい事実に直面している。僕は何故か、義之の姿となっていた。
「義之ぃぃぃぃぃぃ! 起きろぉぉぉぉぉぉ!」
部屋に戻ると同時に僕はかつてない程大声で義之……恐らく僕の身体になってるだろう彼を起こす。
「ん……何だ? もう起床時間なのか?」
「義之!? 義之なんだよね!?」
「ああ、一体何なんだ……? 明久か? ていうか、何鏡なんか俺の目の前に構えてんだよ……?」
「寝ぼけるな義之、今の状態をよく確認しろ。僕は今鏡を持ってるか?」
「は? ……ん? あれ? なんで俺が目の前に?」
「そんで、鏡を見て」
僕は僕の姿となった義之に鏡を見せる。
「ん……鏡の中には明久の顔が…………○▼♪☆※◇&%#$*+~~っ!」
現状を理解すると、義之は声にならない悲鳴を上げた。うん、誰だってそうなるよね。
「ちょ、ちょちょちょちょっと待てっ! 一体どういう事だ!? 一体全体何で俺とお前が入れ替わってんだ!?」
「ごめん、僕にもよくはわからないんだ……」
こんな事態を招くような原因に心当たりなんてあるわけがない。
「あぁ……おい、どうした桜内。何別クラスの部屋で騒いでんだ?」
渉が身体を起こして不機嫌そうに呟いた。
「ああ、ごめん。ちょっと今信じられない光景に出くわして…………別クラス?」
渉の言い回しに違和感を覚えた。というか、仕草自体が何か変だ。
「んあ? 何だ?」
「………………」
まさかとは思うけど……。
「……ねぇ」
「あん?」
「鏡、見てみなよ」
「はぁ? 人の部屋で騒いでいきなり何を…………¥@△■×◎#%$~~っ!?」
義之と同じように声にならない悲鳴を上げた。
「何じゃこりゃああぁぁぁぁぁぁ!?」
しかし、すぐに復活して再び魂の叫びを響かせる。
「おい、どういう事だ桜内! 何故俺が板橋の姿に!?」
「ひとつ言うと、えっと、雄二だね……僕は義之じゃないからね?」
「は? 何言って……いや待て。その間の抜けたような口調、お前明久か!?」
間の抜けたようなは余計だ。
「え? お前、渉じゃなくて……坂本なのか?」
「あ、あぁ……んでもって、明久の姿したお前は……桜内か?」
「おぅ……」
「何ゆえ、そんな事に……?」
「枯れない桜が枯れて以来の大事件だな」
「何故も何もねぇだろ。こんな事できるのはアイツしかいねぇ……」
「……あぁ、なるほどね」
「え? お前ら、こうなった原因に心当たりがあるのか?」
まぁ、既に一度入れ替わり体験した身なので。
「まぁな。その前に現状把握が先だ。こうなってる以上、俺達以外にも入れ替わりした奴らがいないとも限らないしな」
「うん。起床まで時間がないから、まず僕達の身近にいる人達の方から回ろう」
「よし。まずは俺の身体からだ、急ぐぞ」
雄二は自分の身体が心配なのか、速攻部屋を出て自分の身体が眠っている部屋へと向かっていった。
僕達もみんなに気づかれないように渉の姿をした雄二についていった。
「さて、みんな集まったね?」
僕の周りには僕の姿になった義之、渉の姿になった雄二、雄二の姿になった渉。そしてムッツリーニ、秀吉、杉並君がいた。
「色々話し合ってみたところ、どうやら俺達はこんな具合に入れ替わっているようだな」
ムッツリーニ……もとい、ムッツリーニの姿をした杉並君が図を作ってわかりやすく説明した。ていうか、杉並君は一瞬でこの状況をうまく飲み込んでいた。
類まれな根性してるよ君。
っと、今現在、僕達の入れ替わった人格はというと、
桜内義之→吉井明久 吉井明久→桜内義之 板橋渉→坂本雄二 杉並→木下秀吉 土屋康太→杉並 木下秀吉→土屋康太 坂本雄二→板橋渉。
「……と、いったところだ」
「ややこしっ!」
今度も随分大掛かりに入れ替わりが行われたようで。
「しかし、こうやって入れ替わりを体験するとは……思ってもみなかったのぅ」
「杉……じゃない。木下、そんな呑気な……」
杉並君の姿をした秀吉の言葉に僕の姿をした義之が呆れた。……あぁ、言ってると余計ややこしくなるなぁ。
「しっかし、何でいきなりこんな入れ替わりが起きたんだ?」
雄二の姿をした板橋君が首を傾げていた。
「原因はなんとなく心当たりがある。恐らく……」
「うん。間違いなくアレだよね……」
一度入れ替わった事がある僕らにはこうなった原因がアレ以外に考えられない。
「そういえば、さっきも言ってたが、お前らはこうなった原因に心当たりがあるのか?」
「ああ。多分……翔子の奴の仕業だ」
「霧島さんが?」
「板……ではない。雄二よ、ひょっとすると、霧島はまたあの本を使ったという事かの?」
「恐らく間違いない」
「「あの本?」」
僕の姿をした義之と、雄二の姿をした板橋君が首を傾げた。
「多分、あの『実践・本格黒魔術』による効果しか思い浮かばねえ」
「うん、それしかないよね」
「何だ、その暗い雰囲気漂うタイトルの本は?」
僕の姿をした……ああもう、面倒臭いや。義之が本のタイトルを聞いて怪訝な顔をした。
まあ、いきなり人の持ってる本がこんな荒唐無稽な状況の原因になってるって言われても信じないよね。
「ひとつ言ってやるが、事実だ。俺も明久も以前その本の所為で酷え目に遭わされたからな」
「うん。あんな目に遭うのはもうごめんだって思ってたけど……」
「再びこうして現実に起こるとは思わなかったぜ」
「じゃが、あの本に書かれた入れ替わりに関するページは以前、儂が破った筈なのじゃが」
「確かにな。それに、入れ替わるにはまず栞がないといけねえ」
確かに、以前は秀吉の鋭い観察眼と行動のおかげで元に戻り、あの本のページは一部破れた筈なのに。
「ああ、それなのだが……その本はこちらにもあるぞ。裏世界のとある筋からの秘密の輸入先……しかも特別な手順を踏まなければ手に入らないという幻の本の筈なのだが」
「「あったんかい!」」
まさかこっちの世界にも同じ本が存在していようとは。しかし、霧島さんもよく見つけたね、そんなすごい本。
「まさか、紹介しただけですぐに手に入れるとは、霧島嬢の行動は流石としか言い様がない」
「その本紹介したのはお前かぁ! ていうか、思い出してきたぞ! 昨日また翔子から理不尽なおしおきされてる間にあの本が脳天に向かって振り下ろされた記憶が……!」
どうやら霧島さんが再びあの本を手にいれたきっかけは杉並君にあったようだ。
ていうか、また何かやったの雄二。
「とりあえず雄二よ、今はくだらん事を言い合ってる場合ではないのではないか?」
「はっ! そうだったぜ。とりあえず、隙を見て翔子からまたあの本を奪ってページを破るか栞をでこに張りさえすれば──」
「よし。だったら今坂本になってる俺が霧島に交際を条件に言えば──」
「させるかぁぁぁぁ! お前が行ったら交際どころか、わけもわからんうちに婚姻届に判を押す羽目になるのがオチだぁ!」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」
「それを今考えてんだろうが!」
「全く、雄二にも困ったもんだよね、秀吉……あれ? 秀吉は?」
「儂は今杉並じゃぞ」
「ああ、ごめん。めっちゃややこしくて……って、そういえば秀吉の身体の……」
「木下の身体の中身は今は土屋だ」
「ああ、そうだった。それで、ムッツリーニは?」
秀吉の姿をしたムッツリーニが見当たらないので何処にいるかとキョロキョロすると、
「………………」
隅っこで体育座りをして暗い雰囲気を醸し出していた。
「……ムッツリーニ?」
「…………桜……明久」
「何?」
「……秀吉は…………男だった……っ!」
「君はまだ誤解していたのか」
どうやら秀吉の身体になってようやく秀吉が男だと認識したようだ。
ただ、今まで秀吉の事を女だと思っていた分だけダメージが大きかったようだ。
うん。僕も以前女だと思っていたから多少同情はするけど。
「むぅ……自分の身体を借りられてようやくというのも複雑な心境じゃが、これでようやくお主も儂を男と認識したじゃろう?」
「…………」
ムッツリーニにしてみればかなりショックな出来事だったらしい。こりゃしばらくは立ち直れないね。
「ふむ……法隆寺とは、聖徳太子一族の怨念を封じ込めた、呪術施設と言われ、開かずの門の七不思議などが存在しており──」
とりあえず、今日のところは簡単に元に戻れそうにないのでしばらくは入れ替わったままで修学旅行を続ける事になった。
流石に言いふらしたら混乱しそうだし、何より雄二が必死すぎたから。それにしても秀吉、杉並君の演技うまいな。
「あはは……杉並君、張り切ってるね。ねぇ、義之」
「…………」
「義之?」
「(おい、明久。今はお前が義之だろうが)」
「はっ! あ、ああ……全く、一体どんな事調べたんだかな。小恋ちゃ──」
「(明久!)」
「小恋!」
危ない危ない。そうだ、今僕は桜内義之だったんだ。んで、逆に義之が僕だった。
入れ替わったのが僕と義之で助かった。いざとなればこうしてフォローしあえる立場にあるんだから。
「それにしても渉君、何処に行っちゃったんだろう? 別件の用事があるから私達で楽しんでって言ってたけど。なんでだろう?」
「さ、さぁな……」
「渉の事だし、ナンパなんてね」
「あはは、まさかそんなわけない…………よね?」
「信用ねぇな、渉の奴」
「え? 吉井君?」
「(義之っ! 口調口調!)」
「あ、いや、なんでもないよ! あははは!」
「……?」
「「あははは……」」
僕と義之で苦笑いしていた。お互いフォローしあえる立場にあるとはいえ、他人になりすますなんてやっぱ簡単にはできないな。
こういう時、演劇のホープの秀吉が羨ましいよ。
あ、ちなみに渉……この場合は渉になった雄二なんだけど、彼は現在雄二になっている渉の監視に行っている。
雄二曰く、自分が目を離しているうちにどんな恐ろしい事になるかわからないからだそうだ。
全く……どうせならさっさとくっついて僕達の入れ替わりを解くように説得してくれれば万事オッケーなのにさ。なんで雄二はこういらないところで意地っ張りなんだかな。
おかげでいらない苦労を背負う羽目になってるんだしさ。
「(で、明久。あれから坂本から何か連絡はあったか?)」
「(うん……多分、まだ霧島さんと渉をつけてるんだと思うけど……まあ、今雄二の身体に入ってるのが渉なんだし、霧島さんの誘惑に簡単に負けてデート気分でも味わってるんじゃない?)」
「(まあ、それはそれで霧島からこの入れ替わりの解除方法とか聞けそうなんだが……あいつ、ちゃんと目的わかってんだろうな?)」
「(そ、それは……不安かも)」
そもそも女が全てと言っても過言ではないような性格の渉だ。今自分の置かれてる状況だけは忘れないでほしい。
「(もし、これが前と一緒ならあの本……本とまでいかなくても栞だけでも手に入ればなんとかなるけど──)」
すると、僕……の身体の義之の制服のポケットから携帯の着信音が鳴った。
「お、俺か……えっと、この場合、お前が出た方がいいのか?」
「相手、誰になってる?」
「えっと……『板橋 渉』ってなってるが、今あいつの中身は……」
「雄二だから、じゃあ僕が出るよ」
僕は義之から携帯を受け取って通話ボタンを押し、耳に当てる。
「もしもし?」
『おお、明久……でいいのか?』
「うん。正真正銘の明久。で? そっちはどうなの?」
『ああ、色々危険はあったが、どうにか栞を取る事には成功した。あれが俺達の体験した通りなら栞一枚で事足りる』
「オーケー。じゃあ、こっちも隙を見て脱出するから、昼頃に法隆寺の入口付近で。どう?」
『よし、それなら大丈夫だ。こっちも板橋を連れて向かう』
「了解」
僕は通話を切って義之に手渡す。
「とりあえず、栞を手に入れたみたい」
「じゃあ、元には戻れるんだな?」
「まあ、僕の世界と仕組みが同じならの話だけど」
とりあえず、早く元に戻っておかないと、修学旅行の間に僕達の精神が疲れ果ててしまう。
栞を手に入れた情報を耳にして少し安心できたのか、午前中はそれぞれの身体に見合った特徴を演じるのに集中できた。
「お、いたか明久! 桜内! 秀吉!」
「(雄二よ、今儂は杉並じゃ! 言葉に気をつけるのじゃ!)」
「わ、わりぃ……とりあえず、これで目的は達成される!」
そう言って雄二が手に持っているものを突き出してきた。
うん、それは紛れもなくあの本に挟んであった栞と全く同じものだった。
「で、それを使えば俺達は元に戻るって事だな?」
「うん。確か、入れ替わりたい対象者の額に栞をくっつければいいんだっけ?」
「まあ、そういう事だ」
「では、まずは試しとして儂が杉並と、その後でムッツリーニに貼り付けるとしてみよう」
「頼む。俺もまずはちゃんと機能するかどうかを見ないとな」
そう言って雄二は秀吉に栞を渡し、まずムッツリーニの姿をした杉並君の額に栞を貼ろうと試みる。
「では、ゆくぞ」
全員が息を呑み、その場の様子を見守る。
秀吉が杉並君の額に栞を貼り、一瞬身体がビクンと跳ね上がったと思えば、
「…………む? どうなったかの?」
「うむ……入れ替わる感覚としては、もう少しこう……刺激の強いものを期待していたのだが」
「あ……」
「ムッツリーニがジジィ言葉で……」
「杉並は……戻ってるな」
「てことは……」
「入れ替わり成功っ!」
どうやら入れ替わる事に成功したようだ。
「じゃあ、次はムッツリーニと秀吉だね」
「うむ。では、ムッツリーニよ」
「……(コクッ)」
今度はムッツリーニの身体に入った秀吉と秀吉の身体を借りたムッツリーニが向かい合い、再び秀吉が栞をムッツリーニの額に貼った。
そして再び2人の身体がビクンと跳ね上がり、
「……どうじゃ? 戻ったかの?」
「……身体の重さはいつも通り」
「2人の口調が戻ってるから……」
「成功だな」
「じゃあ、次は義之と吉井でだな」
「てことで、頼むぞ明久」
「了解」
僕はムッツリーニから栞を受け取り、いざ僕の身体に入った義之の額に栞を貼り付けた。
すると一瞬スタンガンを浴びたような刺激が身体を襲ったかと思うと、視界が暗転した。
何やらちょっとした気だるさを覚えながら目を開けると、目の前には栞を持った義之の姿があった。
「……これは、戻った……のか?」
「僕の目の前には義之がいるよ」
「んで、俺の前には明久がいるから……成功だ」
「っしゃああああぁぁぁぁ!」
やっと戻った僕の身体! やっぱり自分の身体が一番だよね!
「それじゃあ、後は俺と板橋だ! じゃあ、板橋! そこに直──」
「させない」
ガシッ、と。渉の身体に入った雄二の手を掴む音が聞こえた。
ふと見るとそこには、
「……しょ、翔子?」
霧島さんがいた。
「……迂闊だった。昨日雄二におしおきしてる最中に、あの本の栞を雄二に叩きつけて、その後で解こうと雄二の部屋に行こうとしたけど……眠かったから所々間違ってた」
あ、それでこんな大掛かりな入れ替わりになっちゃってたわけね。
「みんなには迷惑をかけた。ごめんなさい」
「そ、そうか。うん、自分の悪い行いを詫びるのはいいことだ。だから、ここは俺と板橋を元に戻すために手を放してくれ」
「……それで板橋、これを」
「んあ? えっと、何だぁ? 『私、坂本雄二は霧島翔子を妻とし、生涯を共に過ごす事を誓います』? これは……誓約書? しかも、裏には記入欄に合わせてカーボン紙を挟んだ婚姻届まで!?」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」
渉の説明により、雄二が悲鳴を上げた。身体が渉のものなので悲鳴の音がいつもより小さい。
渉の身体だと声量が少ないのかな?
「これ、雄二の実印。それと、隣にこの朱肉に指をつけて、そこに押す」
「板橋! 記入するな! 押すな! そうなれば俺は破滅を……」
「……今度、私のクラスの女子を何人か連れてデートさせてあげる」
「ぜひとも!」
霧島さんの提案に渉は一瞬で乗っかり、手際よくサインと実印と指に朱肉を付け、ピタンと契約書類の手続きを済ませた。
「ノオオォォ────ゥ!!」
その様子を見た雄二は遂に絶望の悲鳴を上げた。
「……ありがとう、板橋」
「いいってことよ! それで、デートの方は……」
「うん、プランもこっちで考えてあげる」
「っし!」
霧島さんの厚意に渉はガッツポーズを取る。
「……それじゃあ、木下と土屋は板橋の身体を。私は雄二の身体を押さえる」
「んあ? 俺は逃げねえぜ」
「……入れ替わった後で、雄二に逃げられると困る」
「あ、なるほど」
「よ、よせ! 離せお前ら!」
「済まぬの。これも霧島の幸せのためじゃ」
「……さっさと観念すべき」
「ちきしょう! 明久、桜内! お前らなんとかしてくれ!」
「もう素直になったら?」
「俺は別に……」
「俺に味方はいねえのか!」
何を今更。
「じゃあ、板橋」
「おうよ」
霧島さんが雄二の身体を軽く捕まえた状態でその中に入った渉はうまく頭を動かし、額で栞に触れた。
すると再び双方の身体がビクンと跳ね上がり、一瞬気を失った。
そしてすぐに互いに顔を上げると、
「放せええぇぇぇぇ! 俺は、俺はこんなところでえええぇぇぇぇ!」
雄二が霧島さんに捕まった状態で悲鳴を上げた。どうやらちゃんと元に戻ったようで。
「……じゃあ雄二、これから東大寺に向かう」
「ありゃ? そこって、さっき行った筈じゃ?」
「……雄二と行かないと、意味がないから」
ああ、さっきは雄二の身体に入った渉と、だからね。
「それじゃあ、雄二……今すぐ」
「くっ……その前にその契約書を寄越せ!」
「ダメ。絶対に渡さない。戻った後で小さな金庫にしまってセメントで固めて時が来るまで有名な弁護士に預ける」
「随分厳重だな!?」
確かにそれなら時が来るまで簡単に取られる事はないだろう。
「じゃあ、すぐ行く。時間は待ってくれない」
「や、やめろぉ! 頼む、助けてくれえええぇぇぇぇ!」
雄二の悲鳴を残して霧島さん達はその場を去っていった。
「やれやれ、雄二の優柔不断でとんだ騒ぎになるところだったよ」
「まあ、アレも十分騒がしいがな」
そんな風に雄二達を見送っていると、義之の携帯が鳴った。
「おっと、俺か。……はい、もしもし。あぁ、由夢か。どうした?」
電話の相手は由夢ちゃんのようだ。
「うん……え?」
数十秒もすると、突然義之が固まった。
「……音姉が……」
音姫さんが、どうかしたようだけど。どうしたんだろう?
「…………」
携帯を耳から離し、義之はしばらく呆然としていた。
「義之? 音姫さんがどうしたの?」
「……音姉が……」
「ん?」
「……音姉が、倒れた」
「…………へ?」
それを聞いてから数秒硬直し、僕達は示し合わせたかのように走り出した。