バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第六十九話

 

「弟君、ハンカチ持った? ちり紙持った?」

 

「あのな、音姉……」

 

「生水飲んじゃダメだからね?」

 

「って、何処のジャングルに行くんだっての。行くのは奈良だっつの」

 

「奈良って言ったら、くずきりに柿の葉寿司に──」

 

 本日、僕達付属3年生は修学旅行に出かける事になる。

 

 そんで、今こうして音姫さんと由夢ちゃんに見送りしてもらってる。

 

「まあ、別に期待はしてませんけど」

 

「期待感たっぷりの表情で言うなよ」

 

「まあ、出来る限り努力はいたしますんで」

 

「儂らの手持ちで少しずつ出せばなんとかなるかのぉ」

 

「……でも、食べ物だったらできれば最終日にしておきたい」

 

「そうだね。出来る限り新鮮な状態で渡しておきたいし」

 

「いや、お前ら真面目に土産の事考えなくてもいいから」

 

 僕達が早速土産の事について考えてると義之が止めた。でも、やっぱりお土産は考えてあげないと。

 

「う~ん、やっぱり……お姉ちゃんもついていこうかな」

 

「勘弁してくれ」

 

「む~……」

 

 音姫さんの提案に義之が即答して断る。音姫さんの場合、本当についていきそうだから反応に困る。

 

 本当にそうなったら僕達は思いっきり注目の的になる事だろう。

 

「じゃあ、行ってきます。……と、2人共……昨日言った通り──」

 

「わかってる。天枷さんの事はこっちに任せて」

 

「心配いらないって。私も一緒にいるんだし」

 

 昨日、義之は僕達がいない間、天枷さんの事を出来る限り見てあげるよう音姫さんと由夢ちゃんに頼んでいた。

 

 ほんの少し前にあんなトラブルがあったんだ。小さい島な上に、その手の噂が大好物な人達がいっぱいなんだ。

 

 あの事故と天枷さんの正体に関しての噂がすぐに広がる可能性は高い。

 

 なので天枷さんに被害がいかないよう、音姫さんや由夢ちゃんを中心に、高坂さんを始めとした生徒会の一部も天枷さんの擁護に協力してくれることになった。

 

「こっちの方は私達に任せて、弟君達は思いっきり楽しんで」

 

「……わかった。じゃあ、行ってきます」

 

「それでは」

 

「行ってくるのじゃ」

 

「……行ってきます」

 

「んじゃ」

 

「「行ってらっしゃい」」

 

 2人の送りの言葉を背に僕達は修学旅行へと繰り出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修学旅行が始まり、まず儂らは船に乗って本島へと向かうのじゃった。

 

「いやぁ~……期待感たっぷりですなぁ」

 

「何がだ?」

 

「恋だよ、恋」

 

「なんだ……」

 

「何時でも何処でも渉は恋まっしぐらだね」

 

「ったりめぇだ。学園から離れて24時間女子と一緒にいられて」

 

「24時間一緒とは限らんがの」

 

「このチャンスをものにせんで、どうするよぉ?」

 

「どうもしねえだろ」

 

「かぁ……相変わらず蛋白だねぇ。ああ、いいよなぁ……お前には常に音姫先輩や由夢ちゃんがいるんだからさ」

 

「何であの2人が出てくるんだよ?」

 

 まあ、確かにあの2人は常に桜内と一緒にいる事が多いからの。

 

「そんでもって、明久は既に彼女がいるんだからさ」

 

「あはは……まあ、クラスが違うから自由時間にならないと一緒になれないけどね。でも、一緒にいる時間は目いっぱい思い出作るつもりだから」

 

「そっか」

 

「一応言っとくと明久……これはあくまで修学旅行であって、婚前旅行とか新婚旅行じゃねえからな?」

 

「わかってるってば」

 

「……私は婚前旅行のつもり」

 

「って、おわ!? 霧島さん!?」

 

「ちょ、霧島さん……杉並みたいに気配けして近づくのはやめてくれ」

 

「ていうか、その引きずってるのは何?」

 

「…………雄二」

 

「……そうですか」

 

 ふう……相変わらずじゃのぉ。ここでの会話は特に代わり映えはしなさそうじゃし……甲板でも歩きまわってるかの。

 

 そう思って儂は明久達から離れ、甲板を回っておった。しばらく歩いていると茜とばったり会ったのじゃ。

 

「あ、秀吉君」

 

「うむ、花……じゃない、茜……でもないの、藍じゃな」

 

「あったり~♪」

 

 よくよく観察してから訂正すると、藍は上機嫌に応えた。

 

 外見はひとつの身体の中に2つの魂があるのじゃから見た目はもちろんのこと、今までずっとひとつの身体を共有しながら生活していたから、口調や仕草まで油断をすれば見逃してしまいそうな程に似通っておるから傍目からすれば見分けがつかんの。

 

「それで、藍はひとり散歩かの」

 

「うん。てことは、秀吉君も?」

 

「まぁの。あの空気の中は面白いが、若干色濃いからの」

 

「あはは。義之君達は相変わらずですか」

 

「うむ。あやつらは年中バカ騒ぎが絶えんからの」

 

 こうして藍と2人でちょっとした話を楽しんでおった。

 

「で、秀吉君は班行動は何処へ?」

 

「うむ。白河やムッツリーニとの班でまずは奈良の大仏からゆっくり見るつもりじゃ。その後で公園で鹿と戯れるそうじゃな」

 

「鹿かぁ。じゃあ、お昼頃に合流になりそうだね」

 

「そうじゃの。お主らはどうするのじゃ?」

 

「最初はちょっとしたお寺を回っていって、それから鹿公園」

 

「ふう……3日もあるというに、隣の京都へは行かんのかの」

 

「京都……さては、お目当ては映画村ですかな?」

 

「うむ。儂も一度は行ってみたいと思っておったからの」

 

「あはは。時代劇の村で秀吉君が袴とか着たらすごい様になりそう。あ、でも……舞子さんとかも似合うかも」

 

「儂は男じゃ」

 

「あはは」

 

「…………」

 

 何故じゃろうか。今の藍からは何か違和感を覚えるぞい。

 

「藍……何かあったのかの?」

 

「へ?」

 

「今のお主は、何というか……気配が奇薄な気がするのじゃ」

 

「…………」

 

「どうかしたかの?」

 

「……うん、秀吉君には敵わないよね。実は……最近、眠くて怠いの」

 

「眠くて怠い? 体調が優れないということかの?」

 

「そうじゃないよ。身体はお姉ちゃんのだからいたって健康。問題は私の方」

 

「藍の方じゃと?」

 

 身体の方がなんともないのなら藍のだるさの訴えはどういう事じゃ?

 

「多分なんだけど……私は近いうちに、消えるんだと思うの」

 

「っ!? なん、じゃと?」

 

 今、藍から信じられない言葉を聞いた。気の所為じゃと思いたかったが、藍はいつもと変わらない口調で堂々と告げる。

 

「消えるの。違和感を覚え始めたのは、桜が枯れた頃かな?」

 

 桜が枯れた頃から……。もしやとは思っておったが、藍の存在も……あの枯れない桜の魔法あってのものじゃったか。

 

 あの桜が枯れた事によって、あらゆる願いが消えて桜に願いをかけた者達に何らかの影響が出ておるのじゃろう。

 

 思い返してみれば、桜が枯れてから何人かが体調不良になったり、気落ちするような様子を見受けておったが、それらは皆桜への願いが消えていった影響じゃろう。

 

「……それについて、茜は知っておるのか?」

 

「まあ、ね。知っての通り、私とお姉ちゃんの身体はひとつだから。それに、最近引っ込んでる時にお姉ちゃんの声が聞こえづらくなってるから」

 

「…………」

 

 恐らく、願いが消えていくにあたり、藍の存在が消えていってるがためじゃろう。

 

「茜は、どうなのじゃ?」

 

「……正直、結構心配かな……。お姉ちゃん、どうにか平静を装ってるけど、かなり精神にきてるっぽいから」

 

 仕方なかろう。死んだと思って、恐らく戻ってほしいと願った時に藍が自分の中に来て……そして桜が枯れた今、その存在が消えようとしているのじゃ。

 

 戻ってきた事が嬉しかった分、その喪失感も大きいのじゃろう。

 

 恐らく今、藍を失えば茜はこれからを存分に生きていけるのじゃろうか。それが心配で仕方がないのじゃ。

 

「藍よ……お主が存在を維持できるのは、どのくらいじゃ?」

 

 ふと、藍の存命期間が気になって、気がつけばそのような事を尋ねておった。

 

「え? う~ん……わかんないけど、修学旅行の間はどうにか……?」

 

 不安の残るような言葉じゃったが、それくらいの時間があればどうにかなるやもしれん。

 

「承知した。では藍よ、後で茜にも伝えておいてくれんかの。自由時間でもし暇があれば儂と行動を共にしてほしい。儂は儂なりにお主が……いや、お主ら2人が忘れんような思い出を作るために協力を惜しまんと」

 

 正直、儂は茜に何て言葉をかけていいのかが全くわからん。じゃが、消えゆこうとしている藍の傍で恐らく茜は嘆いているのじゃろう。

 

 大事な家族と金輪際話す事もできなくなってしまうのじゃからな。

 

 じゃが、どんなに望んでおっても夢は覚めるものじゃ。茜、お主は今まで夢の中で閉じこもってしまっておるだけじゃ。

 

 これからの事を考えれば、お主は藍の死と本気で向かい合い、乗り越えなければならなくなるじゃろう。

 

 もちろん、お主にとって藍の死を認めるのは何より辛い……藍の事を話しているお主を見ていればそれくらいわかるぞい。

 

 じゃから……儂が少しでも茜が藍の死という現実を乗り越えられるように後押しできればよいと思っておる。そのためにこうして誘っておる。

 

 儂にできることとなると、これが精一杯じゃ。儂は明久のように突飛な行動ができる方ではない。雄二のように頭が回るわけでもない。

 

 じゃが、儂とて目の前で苦しんでいるおなごをただ黙って見ておることなどできぬのじゃ。

 

「……わかった。後で話しておくね」

 

「頼む」

 

 儂は一言そう返し、その場を離れていった。

 

 そして儂はそれぞれの班に用意された部屋へと戻り、しおりと奈良の資料を広げて再び旅行先の確認を始める。

 

 儂は儂にできることを精一杯やる。どうにか茜の元気を取り戻せるよう努力するのみじゃ。

 

 儂は本島に着くまで茜と藍と一緒に行く計画を立てていくのじゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本島に着いてすぐに電車へ乗り、奈良へ向かって直進した。

 

 そんでもって、件の奈良県に着いてからは班行動でみんなと別れ、各班で目的の場所へと向かっていく。ちなみに僕達が最初に向かったのは、

 

「やっぱり奈良と言えば……」

 

「東大寺の大仏だなぁ!」

 

「おお、見事にでかい」

 

「「「うんうん」」」

 

 僕達が最初に訪れたのは東大寺。その中には小さなお子さんも知ってるであろう東大寺名物、盧遮那大仏が僕達の前にどっしりと祀られていた。

 

 この圧倒的な存在感と言ったら、もう息をする事すら忘れてしまいそうだ。

 

 僕達は現物の大きさに圧倒されながらも隅から隅まで身体を反らしながら眺めていた。

 

「いたっ!」

 

 約1名、体勢を崩してコケてしまったが。

 

 大仏を見た後は木造金剛力士像の前で男子でポージング取ってそれを杉並君のカメラで撮影したり、

 

「あぁ~ん! 胸が引っかかる~!」

 

「もう! 自分の体型の事も考えてよ~!」

 

「世話が焼けるわね」

 

 大仏の鼻と同じ大きさの穴のある柱……くぐると一年間健康に過ごせるというご利益がある柱をくぐろうとした茜ちゃんだが、案の定その豊満なバストが花咲さんの進行を妨げてしまい、抜けなくなったというオチは想像に難くない。

 

「義之~! 買ってきたよ~!」

 

「お、待ってました!」

 

「あ~ん! 可愛いぃ~!」

 

「ほら、お食べ!」

 

「ぎゃ~! 何か襲ってくるんだけどぉ~!?」

 

「ちなみに、鹿は子供に近づく者がおると襲いかかるので、餌をやる時は気をつけておけ」

 

「杉並君、既に約1名襲われてます」

 

 鹿にせんべいやったりしてワイワイ騒いだりもした。

 

 修学旅行1日目はこんな風にいい感じに進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を飛んで1日目の夜……。

 

「っはぁ! いい湯だったなぁ!」

 

「うん。こういう古風な風呂って、風流っていうかさ……とにかく最高だよね」

 

「さぁて、身も清めたところで、恒例のアレ行くか!」

 

「アレって?」

 

 渉の言葉に義之が首を傾げた。うん、なんとなく次の展開が予想できるけど。

 

「そりゃ、もちろん。女子部屋訪問!」

 

『いいね!』

 

『それ、乗った!』

 

『やっぱ旅館に来たとなればコレだよな!』

 

 渉の提案に他の男子もテンションが上がって乗っかってきてる。

 

「はぁ、バカバカしい。俺は部屋に戻ってる」

 

「僕も、流石にね……」

 

「って、おいおい! 女の子と仲良くなる絶好の機会だろう! 手をこまねいてるわけにはいかないだろう?」

 

「いいじゃねえか、男同士で騒いでも」

 

「僕は……ななかちゃんに見つかったら後が怖いから」

 

「かぁ! 明久の動機はまあいいとして、義之! このラブルジョワが! お前がいないとこっちとしても困るんだよ!」

 

「はぁ? 意味がわかんねえよ」

 

「問答無用だ! 全員、義之にかかれぇ! 強制連行だ!」

 

『『『しゃああぁぁぁぁ!!』』』

 

「だああぁぁぁぁぁ!?」

 

 渉の号令で男子集団が義之へ飛びかかり、義之は呆気無く捕まった。

 

 

 

 

 

 

 

 義之が捕まって数分後、僕もクラスメートの男子に引っ張られ、女子部屋へと行った。

 

 訪問したのは……小恋ちゃん達の部屋か。部屋の麩の横にあるプレートに名前がある。

 

「おいおい、本当にやるつもりか?」

 

 ちなみに義之は布団に包まれ、その上にロープでぎっちりと縛られていた。

 

「ったりめぇだろ! ここまで来たらとことんだ! ていうわけで先鋒行きます! お邪魔しまぁす!」

 

 渉が元気よく、躊躇いもなく女子部屋へと入り込んでいった。

 

「はぁい! 女子の皆さんにお届けものでぇす! ていうわけで、野郎共!」

 

『『『おぉ!』』』

 

「だああぁぁぁぁ!?」

 

『『『そりゃぁ!』』』

 

「ぎゃふっ!?」

 

「よ、義之っ!?」

 

「というわけで、お邪魔しまぁす!」

 

「お邪魔します、じゃないでしょうが! あんた達、女子部屋に問答無用で──」

 

『『『きゃああぁぁぁぁ!!』』』

 

 沢井さんが注意しようとしたところに女子から声が上がった。

 

 しかし、これは悲鳴などではなく、歓声みたいなものだった。見ると女子も決して嫌がってるわけじゃなく、僕達の来訪を喜んでるようだった。

 

 女子も同性だけでは色々物足りなかったという事だろうか。

 

「あらあら、思わぬ幸運が舞い降りてきたわね」

 

「渉君ナイス~♪」

 

「へへっ! だろうだろう?」

 

 杏ちゃんも茜ちゃんもすっかり上機嫌で順応してる。しかも女子のひとりがお茶まで出してくれてるし。

 

 もう、こうなったらこうなったでとことん夜を楽しむとしましょうかね。

 

「よ、義之……来るなら来るって言ってくれれば、こっちだって色々おもてなしとか考えてたのに」

 

「いや、これは来たっていうか……引っ張られたっていうかな」

 

 小恋ちゃんは突然の訪問に驚きつつも、義之の来訪に喜んでるのか、頬が緩んでいた。

 

 いい雰囲気かなと思ってた時だった。

 

 ドササ──。

 

 小恋ちゃんが来訪時に構えていたバッグの中から何かが落ちた。

 

 見ると……それは絶景かな。女の子の大事な部分を隠すための布……つまり、下着の数々が小恋ちゃんのバッグから出てきた。

 

『『『おぉ!』』』

 

 しかも、どれも中々にアダルティなもので、更にとてもサイズが大きい。これだけで彼女のスタイルのよさがうかがえると言うものだ。

 

「あ……」

 

「あ、あ……あぁ…………」

 

 突然の状況に義之は縛られているために視線を外す事が難しく、小恋ちゃんに向かい合ったまま固まり、小恋ちゃんもあまりのハプニングに顔を真っ赤にそめ、数秒間硬直してから、

 

「きゃああああぁぁぁぁぁ!!」

 

「ぎゃぶっ!?」

 

 悲鳴をあげ、義之の頬に思いっきりビンタをかました。

 

 義之、ドンマイ。

 

 

 

 

 

「いてて……」

 

「大丈夫、義之?」

 

「ご、ごめんね……」

 

「いや、いいって……」

 

 義之は頬にできた紅葉型の痣をさすりながら言う。いや、さっきのは見事にいい音がしたね。

 

 みんなはみんなでワイワイ騒いでるし。男子が来訪したのがきっかけなのか、みんなもう歯止めがきかなくなってるっていうか。

 

 まあ、みんなが楽しんでいるわけだから何も言わないけど。

 

「すみません」

 

 部屋の麩が開き、旅館の着物を着た中居さんが入ってきた。

 

「女子用の大浴場に携帯電話をお忘れの方はいらっしゃいますか?」

 

 中居さんが手に持ってた携帯電話を差し出しながら尋ねる。

 

「あ、それ私のだ!」

 

 どうやら浴場に携帯を置きっぱなしにしてたようだ。旅行となるとこういうのってたまにあるよね。

 

「ねぇ、あの中居さんって……『μ』じゃないの?」

 

 女子のひとりが中居さんを見てそんな事を呟いた。

 

「え? 『μ』って、確かロボットの名前だよね? ていうか、あの人ロボットなの?」

 

「こんな古風な旅館に『μ』なんて珍しいね」

 

「いや、そうでもないさ。旅館の仕事というのは、中々にハードなものなのだからな。使用している機関は多いらしい」

 

 杉並君が丁寧な説明を入れる。どうやらかなりの頻度で使われているようだ。

 

「へぇ……そうなんだ」

 

「せっかくの情緒が台無しね」

 

 突然沢井さんがそんな事を言い出した。いや、確かに古風な旅館にロボットっていうのはミスマッチと言えなくもないと思うけど……。

 

「そうか? 着物も中々似合うし、可愛いじゃん。は~あ~、俺ん家にもいてくれたらいいのにな。家事とか色々さ」

 

「あぁ、それは同感かも……」

 

 ああいうのが僕の世界にもあったら、僕も安心して家業を任せる事ができただろうなぁ。

 

 姉さんに料理なんてさせるわけにいかないから。

 

「冗談でもそういう事言わないで!」

 

 僕達の言葉に沢井さんが憤慨したように怒鳴ってくる。

 

「沢井さん?」

 

「いや、そんな事言ってもなぁ……いたらそれはそれで楽しいじゃん? ゲームとかしたり、色々話し合ったりとかさ……」

 

「軽蔑するわ」

 

 渉の言葉をその一言で一蹴し、沢井さんは部屋を出ていこうとする。

 

「……『μ』なんてロボット……いなくなっちゃえばいいのよ」

 

「そこまで言わなくてもいいだろう!」

 

 沢井さんの言葉に義之が怒鳴った。

 

「よ、義之……」

 

「別にいたっていいだろう」

 

「はっ。常識を疑うわね」

 

 ……今の言葉には流石にカチンと来た。

 

「どういう意味なの、それ? いくらなんでもそんな言い方はないだろう!」

 

「よ、吉井……?」

 

「いきなりロボットなんていなくなれだなんて……何でそんな事言うんだよ? 一体何でそんな風にロボットを嫌うんだよ?」

 

「っ……あなたには関係ないでしょう!」

 

 そう言って麩をピシャリと閉め、沢井さんは部屋から出ていった。

 

 それから部屋の中は沈黙に包まれた。

 

「ふぅ……折角の宴会が台無しね」

 

 杏ちゃんも溜息混じりに呟き、布団を敷き始める。流石にこんな空気の中で騒ぐ気にもなれないか。

 

「しっかし、委員長のあの怒り方は尋常じゃねえな」

 

「あいつ、『μ』に恨みでもあるのかよ?」

 

「さてな。さて、流石にこの時間帯に男子が女子の部屋にいるのはマズイ。今日のところは引き上げるとしよう」

 

 杉並君の言葉ももっともだ。もう11時を回っているし、そろそろ見張りの先生が来てもおかしくない。

 

 僕達は気まずい空気のまま女子部屋を出ていき、自分達の部屋へと戻っていった。

 

 しかし、なんで沢井さんはあんなにもロボットに対して憎しみを抱いているのだろうか?

 

 沢井さんとロボット……『μ』との間で何かがあったのだろうか?

 

 考えても、確信材料がないのでこの件については戻ってきてからまた考える事にし、僕は眠りについた。

 


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