バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第六十八話

 

 今日は清々しい朝だった。これというのも、オンコロが終わったからだ。

 

「ん~……まだちょっと寒いけど、これが何故か気持ちよかったり」

 

 オンコロが終わった後、僕達は結果も気にしないままゆずちゃんのいる病院まで駆けた。

 

 そして僕達が着いた頃には既にゆずちゃんの手術が始まっており、僕達は彼女の成功を祈ったのだった。

 

 手術が終わった後、麻酔によって眠ったままのゆずちゃんを見て真っ先に歩み寄ったのはななかちゃんだった。

 

 ななかちゃんが担当医に問うたところ、ゆずちゃんの手術は見事成功したのだ。

 

 それからしばらくして麻酔から覚めたゆずちゃんはななかちゃんを見た瞬間、泣きながらお礼を言った。

 

 手術を始める前からゆずちゃんはラジオでオンコロを聴いており、僕達の演奏もちゃんと聴いてくれたようだ。

 

 『ななかの声が……みんなの演奏がずっと聞こえてた』と。それからというのも、ゆずちゃんは本格的な療養に入ることになった。

 

 手術が成功したからと言ってもまだ油断ならないし、ゆずちゃんは色々前科とかがあるからお医者さんや看護師さんから注視されるようになった。

 

 もちろん、その待遇にゆずちゃんは唇を尖らせながらつまらないと言ってたが、こればっかりはしょうがないと思う。

 

 ななかちゃんに聞いただけでも野球とかサッカーとかバレーボールとかやってしょっちゅう病室の窓ガラス割っちゃったりしてたらしいし。

 

「随分やんちゃさんなんだぁ……ゆずちゃんも。……おりょ?」

 

 通学路を歩いていると、白黒のストライプのニット帽が目に入った。

 

 あんな目立つ帽子を被ってる人と言えば、

 

「おはよう、天枷さん」

 

「うぉわ!?」

 

「おう!?」

 

「何奴!? ……よ、吉井ではないか。びっくりするではないか」

 

 びっくりしたのはこっちだよ。あまりにも盛大に飛び跳ねるからこっちも条件反射で仰け反ったよ。

 

「それより、何か真剣に見てなかった? ぶつぶつ呟きながら何か読んでた気がするけど」

 

「っ!? き、気の所為だ! 美夏は自分の作ったノートを見つめていたわけではない!」

 

「…………」

 

 語るに落ちるとはまさにこの事か……。

 

「何だ? 美夏は何か変な事を……ハッ!? おのれ、吉井っ! 誘導尋問とは姑息な!」

 

「いや、そっちがうっかり口を滑らしただけだと思うけど……」

 

「と、とにかく! 美夏の秘密は誰にも明かす気はないからなっ!」

 

 そう捨て台詞を残して天枷さんはドタドタとその場を走り去っていった。

 

 あ、そういえば最近はななかちゃんや義之関係で色々あったから忘れてしまってたけど……。

 

「天枷さん……結構変わったよなぁ」

 

 そんな事を呟きながら学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン♪

 

 午前の授業が終わり、昼休みに入った。

 

「昼休み~、昼休み~♪」

 

 昼休みになると茜ちゃんが随分と浮かれて小躍りしている。

 

「何浮かれてるんだ?」

 

「別に浮かれてなんかないよ? ただ、お腹がすきすぎたから、お昼が嬉しいだけ。ひっるやっすみ~♪」

 

「そういうのを浮かれてるっていうんだろうが」

 

「まあ、いいんじゃない? 僕達学生にとっちゃ昼休みが一番楽しめる時間だし」

 

「確かにそうだがな」

 

 僕達は昼休みに入り、いつものメンバーで集まって机を集めていた時だった。

 

「やっほ~、明久君~♪」

 

「おっと、おいでなすったか白河」

 

 もちろん、ななかちゃんもそのメンバーのひとりだ。

 

「いらっしゃい、白河さん」

 

「はいは~い♪ 白河さんの席もちゃんと用意してるよ~♪」

 

「ありがと。じゃ、こっちもお昼にしよっか」

 

「おうおう……いつも通り、華がありますな~」

 

 渉が女子メンバーを見てうんうんと頷いているところで、

 

「やっほ~! 杏先輩、桜内、吉井、一緒にお昼しよ~!」

 

「おお、こっちも来たか」

 

「いらっしゃい、こっちよ」

 

「こっちどうぞ」

 

「おお、悪いな」

 

 ここ最近、天枷さんはうちのクラスへ来て僕達と一緒にお昼する事が多くなっていた。

 

 最初は杏ちゃんと一緒にお話しながらお昼食べてたところに茜ちゃんが混じり、そこから雪月花、更に僕達も加わって一緒にお昼をするようになった。

 

 杏ちゃんと一緒にお昼食べていた時はちょっと驚いた。まさか杏ちゃんと天枷さんがあんなに仲がいいなんて。

 

 僕達の方が付き合い長いはずなのに、ちょっと悔しいと思ったり。

 

「いや、しかし腹が減った。空腹過ぎて死ぬところだったぞ」

 

「あはは、美夏ちゃんたら大げさなんだから」

 

「大げさなものか。食べたい時に食べられない学校のシステムに問題があるな」

 

 確かに、どうしようもなくお腹がすいて、何か食べたくなる時ってあるよね。

 

「逆に、月島の弁当は相変わらずちっちゃいなぁ。そんなもので足りるのか?」

 

「そうかな? 普通だと思うけど」

 

「そんなことはない。花咲のを見ろ。ゆうに2倍はあるぞ」

 

 確かに小恋ちゃんの弁当と比べると、茜ちゃんの弁当の量はかなりある。流石に男子ほどとはいかないけど、女子にしては多い方だろう。

 

「まあ、茜は普通の娘よりカロリーを消費する部位があるから」

 

「その豊満な胸とか、胸とか、胸とかな」

 

「胸しか言ってねえじゃねえか」

 

「でも、確かに茜ちゃんの胸って、すごいよね……」

 

 このまま成長すれば下手すれば姉さん以上のものになるのではないかと思う。

 

「明久君?」

 

「すんませんしたぁ!」

 

 ななかちゃんに怖い笑顔で見られ、即土下座。

 

「ダメよ明久。恋人の傍で他の女の子の身体をガン見しちゃ」

 

「マジですんません……」

 

「私だって、もう少し努力すれば……」

 

 ななかちゃんがブツブツと言ってるけど、ななかちゃんだって十分いいスタイルしてると思うけどなぁ。

 

 まあ、女の子には男にはわからない悩みが多いのだろう。

 

「や~ん。私のここは、エネルギータンクなのよ~」

 

「何っ!? そうだったのか! それで、主な動力源は何なのだ!?」

 

「え?」

 

「ちょ、バカ……」

 

「あはは! 天枷さんって、おもしろい~♪」

 

「ナイスジョークよ、美夏」

 

「そ、そう……ジョーク! ジョークなんだぁ!」

 

「何をいうか。美夏はいつだって本気だ」

 

「いいから、しゃべってばっかいないでとっとと食うぞ!」

 

 義之が会話を強引に切って弁当を食す事に集中する。

 

 もう本当に普通すぎるくらいに対話しているが、天枷さんはロボットだ。いつくらいに造られたものかは不明だが、今現在流行っているμとは違う、特別なロボットらしい。

 

 そして時々一般人が使いそうにない単語を使ったり、自分がロボットだとバレそうな言葉を口走ったり結構危なっかしい子だ。

 

 幸い、みんなはジョークだと受け止めているが、いつ彼女がロボットだとバレたりするかわかったもんじゃない。

 

「しっかし、変われば変わるもんだな~」

 

「ん? 何がだ?」

 

「いつの間にか、みんなと馴染んでるじゃないか。しかも、こうして毎日弁当を食べるのも当たり前になってるしな」

 

 確かに、最初は険悪だった天枷さんもこうして普通にみんなと会話できるんだからすごい進歩だよ。

 

「まあ、ここにいる連中は杏先輩の友達だから、信用できる。美夏が来るのは迷惑か?」

 

「そんなことないよ。天枷さんと仲良くなれるのは嬉しいし」

 

「でもさぁ、お前俺達が修学旅行に行ってる間はどうすんだ?」

 

「修学旅行?」

 

「あ、そういえばもうすぐだっけ?」

 

 すっかり忘れてたよ。

 

「うん。付属の3年生は学年末辺りで修学旅行をやるの」

 

「うぉっほぉ、修学旅行ぅ! 修学旅行と言えば、定番の健全な女湯覗きに、健全な女子部屋夜這い、夜を徹して投げ合う恋の枕投げ、そこから実る女と男の恋愛を発展させるための行事に他ならない──」

 

「といった誤った認識はともかく」

 

「楽しみだね、修学旅行」

 

「うんうん、もっちろん♪」

 

「せめて最後まで言わせて!?」

 

 ていうか渉……大部分が女子の聖域を侵す事ばかりじゃないか。

 

「ところで、その修学旅行とはそんなに楽しいものなのか?」

 

「ああ、天枷さんはそういうのなかったんだ」

 

「そうだなぁ……見知らぬ土地に行ける楽しみがあるのはもちろん、何日か寝泊りするわけだから、友達の普段見れない一面とかも見れて、結構興味深いぞ」

 

「そう、なのか……」

 

「まあ、天枷も来年になればわかるって」

 

「そうだね。その時に友達もいっぱいできるかもしれないしね」

 

 普段交流のない人達ともその時にでもなれば色々話す機会だってあるだろう。

 

 僕だってこの修学旅行で普段会話のない人達と色々楽しめればいいなと思っている。

 

「ところで諸君!」

 

「どわぁ、杉並君!」

 

 忘れかけたところで何の前触れもなく出てくる。相変わらず心臓に悪い登場だ。

 

「修学旅行と言えば、なんでも班別行動スケジュールを提出していないのは我々だけらしい。そろそろ委員長がお冠のようだが、どうする?」

 

「げ……出してないの、もう俺達だけなのか」

 

「委員長、怒らせると怖いもんね」

 

「あはは……」

 

 確かに……行事の内容が中々決まらない時の沢井さんって、滅茶苦茶怖いからなぁ。

 

「じゃあ、今度の日曜日、みんなで集まって一気に決めちゃわない?」

 

「賛成。それならついでにお買い物も行きたいなぁ」

 

「旅行になると、色々細かいものが必要だし」

 

「いいかもね。その手の小物とか、まだ揃えてなかったし」

 

「なら、今度の日曜の午後1時、時計台の下に集合だ!」

 

 渉の発言で僕達の班別行動決め及び、修学旅行に向けての買い物が決定した。

 

「な、なぁ……」

 

「ん?」

 

 みんなが盛り上がってる中で天枷さんが恐る恐る声をかけてくる。

 

「美夏も、行っていいか?」

 

「ん? 別にいいけど、どうした?」

 

「みんなの話を聞いて興味がわいた。美夏も行く!」

 

「あ、それなら私も私も! 明久君とデートしながら♪」

 

「はい、ごちそうさんっと」

 

「義之、からかわないで……」

 

 まあ、ななかちゃんの行動も知っておきたいから、僕としては願ったり叶ったりだけどさ。

 

 

 

 

 

 

 そして、時間はとんで件の日曜日……。

 

「さって……待ち合わせ場所はここだね」

 

「ああ。……ところで、何で由夢までここにいるんだ?」

 

 実は、僕達が修学旅行の準備のための買い物に行くと言うと、由夢ちゃんもそれに便乗してきた。

 

「や、私もお買い物とかありますし、天枷さんも来るって聞いたから」

 

「なるほど」

 

「ようようよう~、義之、吉井!」

 

「やっほ~♪」

 

「ちゃお」

 

「おっまたせ~」

 

「おまたせ、義之」

 

「やっほー! っと、おお。由夢も来ていたか!」

 

「ふっ」

 

「よし、これで全員だな」

 

「それより杉並君が何処から登場してきたのかが気になる」

 

 今の今まで何処にもいなかったよね? どうやってこの場所に来たのか?

 

 それから、修学旅行に向けての買い物を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっへ~……結構回ったぜぇ~」

 

「それに随分買い込んだな」

 

「なんかこういう時って、ついつい色んな物買っちゃうんだよね」

 

「なるほど。こうしてあらかじめ旅行に対するテンションを上げていくのだな」

 

「いや、冷静に分析するなよ」

 

「確かにこういう時って、テンション上がるけど……」

 

 僕達が買い物をしてる間、天枷さんは僕達の行動をチェックして修学旅行の楽しみ方を考察していた。

 

 研究熱心なのはいいけど、渉がエロ本を必需品だという発言を鵜呑みにした時は驚いた。

 

 根がまっすぐすぎるからなのか、その手の知識に疎いからか、鈍いからか、彼女の中の誤りかけた知識を修正するのは大変だった。

 

「いいではないか。おかげで美夏の中の旅行に対する知識が深まった事に変わりはない。来年の修学旅行とやらが楽しみになってきたぞ」

 

 まあ、天枷さんが学園の行事を楽しみにしてくれてるのはなんとなく嬉しくはあるんだけどね。

 

「その時は、一緒の班になりましょうね」

 

「うむ。……いや、待てよ。もし本当に、修学旅行というのがクラスの皆と分かり合う機会だというのなら、必ずしも由夢と一緒の班になる事もない、かも……」

 

 …………へぇ、驚いた。あの天枷さんが、そんな風に考えてたなんて。

 

 出会った頃は、ものすごい敵意むき出しだったのに。それが今こうして人間と正面から向かい合おうと考えてくれている。

 

「それじゃあ、私達は自分の買い物がありますので、ここで」

 

「ああ、そうだったな。気をつけて行けよ」

 

「うん。行こう、天枷さん」

 

「うむ。本日は中々に有意義であった。では皆、またな」

 

 商店街を出ると、由夢ちゃんと天枷さんは僕達を別れて自分達の買い物へと行った。

 

「……『必ずしも由夢と一緒でなくとも』、かぁ」

 

「ん?」

 

「いや、本当に変われば変わるもんなんだなって。俺には、最近の天枷があれほど嫌っていた人間を、ほんの少しだけど……理解しようとしてくれているのかなって、思ってな」

 

「……そうだね。僕達にとっては、嬉しい事だよね」

 

「まあ、好む好まざるに関わらず、彼女はこの世界で生きていかねばならないんだ。俺達をきっかけに、彼女がそう思ってくれるようになったならば。それは俺達にとって、非常に望ましい事ではないか」

 

「うわ、杉並君また突然。……でも、そうだよね」

 

「ああ……。それはまだ、随分と先の話になるだろうけど」

 

「でも……本当に、彼女をきっかけに……ロボットと、本当の意味で共存できるようになったらいいね」

 

「全くな」

 

 僕達は天枷さんの背中を見つめながら、言った。

 

「さて、俺達も行くか。まだ班別行動が決まってないしな」

 

「あ、そういえばまだそっち決めてなかった」

 

「近くに喫茶店があるから、そこで会議と行きますか」

 

「だね」

 

 僕達は近くの喫茶店で班別行動の会議を開こうとしていた時だった。

 

   ガシャ────ン!!

 

「っ!? 何だ!?」

 

 突然ものすごい轟音が聞こえた。しかも、距離は割と近い。

 

「何? 今の音……」

 

「……結構近いわよ」

 

「どうしたのかな~?」

 

「何だぁ?」

 

「明久君……」

 

「うん、何だろう……」

 

 轟音の原因が気になって僕は周囲の音を真剣に聞き入れようと聴覚を集中させる。

 

『大変だ!』

 

『ビルの屋上の看板が落下した!』

 

『女の子が下敷きになったぞ!』

 

 そんな声がしながら、あちこちの通行人がある方向へ走っていくのが見えた。

 

「……お、おい義之、あの方向って確か……」

 

「由夢達の行った……」

 

「女の子が下敷きって言ってたけど、まさか……」

 

「っ! くそっ!」

 

「義之っ!」

 

 義之が血相を変えて駆け出していき、僕達もそれを追って走り出す。

 

 女の子が下敷きって、まさか由夢ちゃん達が?

 

 僕達は本能のまま走り、現場へと駆けつけた。そこには確かに大きな看板が落下していた。

 

 看板もその下のコンクリートも滅茶苦茶だった。そしてその傍で、由夢ちゃんが呆然と、腰を地面に落としながら見つめていた。

 

「由夢っ!」

 

 義之が由夢ちゃんの名前を叫びながら駆けつけていく。

 

「に、兄さん……」

 

「由夢! よかった! 怪我はないみたいだな!」

 

 義之は由夢ちゃんの身体を確かめ、これといった怪我がないとわかるとほっとした。

 

「う、うん。私は……でも、天枷さんが私の代わりに……」

 

「何だって!?」

 

「く……天枷さん!」

 

 僕は急いで天枷さんを下敷きにしている看板をどけようと試みる。

 

「おい、渉! お前も手伝え!」

 

「お、おう!」

 

 その後に義之や渉、通行人の何人かが束になって看板をどけ始める。

 

「行くぞ、せぇの!」

 

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 看板の周囲に集まったみんなで看板をどけようと精一杯力を入れ、看板を持ち上げようとする。

 

 何回か同じ事を繰り返し、十数分かかってようやく看板の片方を持ち上げ、どかす事ができた。そしてその下から、ぐったりとした天枷さんの姿があった。

 

「天枷さん!」

 

「天枷!」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「天枷さん! しっかり!」

 

 僕達は声を張り上げて天枷さんを呼びかける。

 

「…………あれ? みんな?」

 

「天枷さん!」

 

「天枷! 大丈夫か!?」

 

「うん? 大丈夫とは、何だ?」

 

「いや、だってお前……」

 

 看板の下敷きに、と言おうとしたのだろう義之の台詞を最後まで聞かず、天枷さんはその場で立ち上がった。

 

「何をオロオロしているのだ。美夏がこれしきの事でくたばるものか。ほら、この通り」

 

 そう言って天枷さんはその場で小躍りをして元気さをアピールしていた。

 

「ま、当然と言えば当然だろう。なにせ美夏嬢は……」

 

「そ、それもそうか……」

 

「あまりに日常の一部になっていたから思いっきり意識から外してた……」

 

 言われてみれば天枷さんはロボットなのだ。耐久力なら人間の何倍もあるだろう。交通事故程度で怪我をするかどうかも怪しいところだ。

 

「ま、そういう事だからあまり大騒ぎにしないでく、れ……あれ? あれれれれれ?」

 

「あ、天枷さん?」

 

「どうしたんだ?」

 

 突然天枷さんがぐらぐらと身体を揺らしていた。

 

「な、なんだか、体が……」

 

 しばらく揺れると天枷さんが耳から煙を出した。って、煙!?

 

「あ、天枷さん!?」

 

「おい、天枷!」

 

 僕達は慌てて天枷さんに上着をかけて目立たないようにしたが、

 

『おい、今あの娘……』

 

『煙、出してたよな?』

 

『看板の下敷きになっても、びくともしてないし……』

 

『何なんだ……?』

 

「桜内、吉井、これは非常にマズイぞ」

 

 確かにマズイ。このままでは、天枷さんがロボットだとバレるのも時間の問題だ。

 

「早く! こっちです!」

 

 すると、人ごみの中から花咲さんが救急隊員を連れてこちらに駆けつけてくるのが見えた。

 

「看板の、下敷きになった娘は!?」

 

「こっちです!」

 

「よし! すぐに担架に乗せて病院へ!」

 

 病院て、マズイ!

 

「ま、待ってください! 天枷の事は俺達でなんとかしますんで!」

 

「何言ってるんですか! 今は一刻を争うんですよ!」

 

「そ、それは……」

 

 確かに由夢ちゃんの言う通りだけど、この場合はとてもマズイ。

 

「誰か、知り合いは!?」

 

「あ、私が行きます!」

 

 それから由夢ちゃんも天枷さんと同行して救急車で病院へと運ばれていく。

 

「これは……厄介な事になりそうだな」

 

「とにかく、追いかけるぞ」

 

「うん!」

 

 最悪の事態を免れるかどうかはわからないけど、時間をかければマズイことになるのは間違いない。

 

 僕達はさっきの救急車を追いかけて病院へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 天枷さんが看板の下敷きになってから、天枷さんは救急車で病院に運ばれ、僕達は途中でタクシーを捕まえて追いかけていった。

 

 そして病院に着いたと同時にタクシーから降りて病院内へ駆け込んだ。

 

「えっと……天枷さんの病室は……」

 

 天枷さんが何処で治療を受けているのか辺りを見回すと、ある一室の前で立ち尽くしていた由夢ちゃんを見つけた。

 

「由夢っ!」

 

「あ、兄さん……」

 

「天枷の様子は!?」

 

「それが……」

 

 僕は目の前の一室に目を向けると、そこは外科の診察室だった。

 

 義之を目を合わせ、これはマズイのではと慌てて扉を開けた。

 

「お? やあ、みんな。どうした、そんなに慌てて?」

 

 診察室では天枷さんはあっけらかんとした様子でベッドに座っていた。

 

 全く怪我らしい怪我が見当たらなかった。

 

「え……」

 

「もう、大丈夫なの?」

 

「ああ。ちょっと当たり所が悪かったみたいだが、もうこの通りだ」

 

「いや、この通りって……」

 

「あんなもんの下敷きになったら、普通は……」

 

 天枷さんの様子を見て、みんな怪しく思い始めている。天枷さんの診察をした医者達も、ヒソヒソと何かを話している様子がある。

 

 これ以上は本当にマズイかもしれない。

 

「と、とにかく! 天枷さんが無事でよかったじゃん!」

 

「そ、そうだな! だよな、みんな!」

 

「桜内君!」

 

 どうにか話題をそらそうとした所に別の声が割って入ってきた。

 

「水越先生?」

 

 駆けつけてきたのは水越先生だった。事故の事を聞いて駆けつけてきたのだろう。

 

 だが……流石に遅かったかもしれない。

 

 それからは水越先生も含め、他の医者もまた天枷さんの診察に入った。それが終わるまでの間、僕達は診察室の前でただ待っていた。

 

 待っていること、数十分過ぎた頃。室内で先生の会話が聞こえてきた。

 

『はい……はい、もちろんです。わかりました』

 

 先生の声が止まってすぐに診察室の扉が開き、水越先生が出てきた。

 

 その後で天枷さんが数人の男に囲まれながら出てきた。

 

「あ……」

 

「天枷……」

 

「っ……」

 

 天枷さんが僕達の下へ歩み寄ろうとしたが、数人の男に阻まれてしまった。

 

 それから数秒僕達を見てから悔しげに俯き、その場を去った。

 

「天枷!」

 

「天枷さん!」

 

 僕達は天枷さんを呆然と見送る事しかできなかった。

 

 それから水越先生が義之の耳元で何かを囁いていた。

 

「……君はこっちを優先した方がいい。頼んだよ」

 

 水越先生は義之の肩を軽く叩いてその場を去った。

 

「……こうなってはもう、正直に言うしかないだろうな」

 

「…………」

 

 どうやら、その時が来てしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、芳乃家で……。

 

「さあ、冷めない内にどうぞ…………え、ええと……」

 

 音姫さんが気を利かせてお茶を入れてくれるが、この場の空気がかなりしんどいようだ。

 

 今この場には今日出かけたメンバーに雄二、秀吉、ムッツリーニ、霧島さんを加えたみんなが集まっている。

 

 理由はもちろん、今回の天枷さんの件だ。義之はどうしたものかと悩みながらみんなを見回す。

 

 あんな事があったのだから目撃したみんなから質問攻めになると思ったけど、予想に反してみんなは黙ったままだった。

 

 義之からの説明を無言ながら求めているという事なのだろう。

 

「……あ、あの……」

 

 ようやく、義之が口を開いた。

 

「みんな……薄々気付いているかもしれないけど……その、実は……天枷は、その……あいつは、人間じゃない。ロボットなんだ!」

 

 義之の言葉に、全員先程とまではいかないが、驚いた者も何人かいた。

 

「え? ロ、ロボット……? ロボットって、あの……『μ』のような?」

 

「面白い娘だとは思ってたけど、まさか……」

 

「兄さんは、最初から知ってたんですか?」

 

「……ああ。そうなる」

 

「義之……お前、どうしてそんな事黙ってたんだよ?」

 

「みんなに事情を話さなかったのは悪かったとは思ってる。だけど、その……色々事情があって言えなかった」

 

「事情……」

 

「弟君、説明してくれる?」

 

 音姫さんの要望に義之は困り果てた表情を浮かべる。

 

「……それが、何処から説明すればいいのか……その、つまり…………」

 

「もういい、桜内」

 

 義之が中々言えずにいたところに、別の声が割って入ってきた。

 

「あ、天枷……水越先生?」

 

 部屋の前に天枷さんと水越先生が立っていた。

 

「美夏が、どうしても自分の口から説明したいって聞かなくてね。どうにか、一時的に許可をもらって連れてきたんだ」

 

「天枷……」

 

「さて、あたしは席を外しておくよ。後はあんた達でゆっくり話し合いな」

 

 そう言って水越先生は別室へと移動した。

 

「みんな、桜内が言ったように……美夏はロボットだ。まあ、美夏が造られたのは、かなり昔の話だがな。ちょうど、その頃人間達の間で『HM-A06型』……つまり、美夏のような、感情を持つロボットが社会問題になり始めた時期だ。人間社会の混乱を危惧していた研究者達は、それを抑えるため、『HM-A06型』の製造を中止し……美夏も、その歴史の裏で眠り続ける事になった。だが……最近、ふとした偶然があって美夏は目覚めた。水越先生と芳乃学園長の便宜によって、風見学園に通う事になったのだ」

 

「その偶然の中には、俺と杉並、土屋が関わってたんだ」

 

「なるほどな。全校集会の日、ムッツリーニ達の様子に変化があったのはそれだったってか」

 

「……(コクコク)」

 

「それから、天枷がロボットだってバレないよう注意してくれって。そう、水越先生に頼まれたんだ。まあ、あの日の夜に明久達にはバレたけど……」

 

「あ、あの時の放送……」

 

 由夢ちゃんは思い出したように手をぽんと叩いた。

 

「……すまない。謀るつもりは決してなかった。だが、謀っていたのは事実だ! 本当に、申し訳なかった!」

 

 天枷さんは悲痛な表情を浮かべながらこの場の全員に頭を下げる。

 

「「「…………」」」

 

「ともかく、天枷が感情を持ったロボットだって世間にバレるのはマズイんだ。みんなも、ロボットに対する世の中の認識は知ってる筈だろう。

 もしこの事が公にでもなったりしたら……」

 

「また、眠らされるなんて……」

 

「……いや、恐らくもっと酷い」

 

「同士土屋の言う通り。恐らく、不測の事態が起こらぬよう、二度と世間の目に出ないよう処分する可能性も大きい」

 

「要するに、バレたら良くて永久凍結。最悪、スクラップって事だな」

 

「ス、スクラップ……」

 

「そういうわけだから……この事は、俺達だけの秘密にしてほしいんだ。頼む!」

 

 義之は正座のまま、全員に土下座をした。

 

「けどな、桜内。出かけた時、もうかなりの人数が天枷の状態の目撃したんだろう? 正直バレるのは時間の問題だ」

 

「……情報操作にしても、限界がある」

 

「それでも、やるしかないと思う。僕達に出来る事があるなら、なんとしても」

 

 ロボットだけど、天枷さんだって生きてる。ちゃんと心を持って、この世に存在してるんだ。

 

 世間の勝手で天枷さんをいなくさせたりなんてしない。

 

「それと、もうひとつ頼みがある」

 

「……何だよ?」

 

「天枷とは、今まで通り接してやってくれないか? 今まで通り、友達として……」

 

「とも、だち……」

 

「……はぁ」

 

 義之の言葉を聞いて渉が嘆息すると、義之のもとへ歩み寄る。

 

 それから、義之の前に跪くと、義之の胸ぐらを思いっきり掴みかかった。

 

「テメェ、どういう神経してたらんな事が言えるんだ!? 何様だよ……何が今まで通り、友達でいてやってくれだと? んなもん、テメェに指図されるまでもねえ! 美夏ちゃんは既に俺達の友達なんだ! ロボットだからなんだ! あんま俺達を舐めんなよ!」

 

「わ、渉……」

 

 渉の言葉に、みんな吹っ切れたのか、先程の暗い空気が晴れ始めていた。

 

「そうだよ! 天枷さんは天枷さんだもん」

 

「ロボットであろうと人間であろうと、私達の仲は変わらないよ。ねぇ?」

 

「うん、当たり前当たり前」

 

「そういうこと♪」

 

「今度くだらないことを言ったら、オシオキよ」

 

「いいですね、兄さん?」

 

「みんな……」

 

 やっぱり、ここにいる人達はみんないい人達だよね。

 

「ま、そういう事だ。ロボットだからって、遠慮するこたぁねえ。また飯食ったり、遊びにいったり……これからも色々やる事は山積みだろう」

 

「……あ、あぁ!」

 

「よかったね! 天枷さん!」

 

「う、うむ……正直、戸惑ってるが……とても嬉しい。嬉しすぎて……また、オーバーフローを起こしてしまいそうだ」

 

「ちょ、それは勘弁してくれ! 大丈夫か!?」

 

 そう言って義之が天枷さんの熱を計ろうと自分の額を無理やりくっつける。

 

「ちょ、待て! いきなり何だ桜内! 心配はいらん!」

 

「んなことわかんねえだろ! ああ、動くな! 計りづらい!」

 

「えぇい! や・め・ん・かぁ!!」

 

「ぐぼぁ!?」

 

 天枷さんがあまりに恥ずかしかったからなのか、見事な右のアッパーカットが義之の顎にクリーンヒットした。

 

「あ、桜内、大丈夫か? つい、力加減が……」

 

「な、なんのこれしき……」

 

「義之、女の子相手にちょっとね……」

 

「明久君だって、似たようなもんでしょ? 文化祭の時のお姫様抱っことか、文月学園での告白とか……」

 

「ちょ、それは今は関係ないでしょ」

 

「……雄二、私達も負けてられない」

 

「ちょっと待て、翔子。そう言いながら何故下半身の方に手を伸ばす!? お前は何をする気だ!?」

 

「そんな事を言わせるなんて、雄二ってば……エッチ」

 

「公衆の面前で堂々と猥褻行為をするお前に言われたくねえ!」

 

「「「ハハハハハハハハ!!」」」

 

 僕達のいつもの光景を見てみんなが笑った。この一日で色々あっちゃったけど、みんなが変わらず、天枷さんと接してくれるのは本当に嬉しい。

 

 でも、本当に大変な事になるのは、もう少し後の事になる。

 


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