「♪~~♪♪~~」
秀吉に頼んで屋上で雄二と喧嘩している演技を手伝ってもらった日の放課後。
僕とななかちゃん、更に義之達を入れたバンドメンバーは今日から音楽室でオンコロの練習を再開した。
間が空いたからみんなは音を合わせる事に集中している。だけど、そんな中でななかちゃんはかなり気合が入っている。
気合を入れてるあまり、たまに飛ばしてるところもあるけど、今までよりもかなり魂がこもっているのがわかる。
やっぱりゆずちゃんのために歌いたいっていう想いが強いからだろう。実はこれでもう十何回も反復して練習している。
何曲か繰り返して演奏してから流石に疲れたので少し休憩を挟むことにした。
「っは~! 今日はえらく気合入ったな~」
「うん……今日のななかの歌、すごい気合入ってたよ」
「おうおう! 今日の白河、すげえ燃えてたぜ! なんか、すげえ気持ち抱えてるんだなって感じだったぜ!」
渉、意外と鋭い。ななかちゃんは今まさにゆずちゃんのために改めて唄う事を決心したのだから。
「うん、ちょっとね」
渉の言葉に笑顔で答えるななかちゃん。バンドメンバー達に対してはようやく自然な笑顔で接する事はできるようだ。
リハビリも含めて今こうしてバンドの練習をするのはななかちゃんにとってはいい傾向だと思う。
こうして少しずつ自分を見せる事を一から覚えなおしていけば近いうちにきっと僕達と同じようになれるはずだ。
「で、明久。実際はどうなんだ? 白河の調子」
後ろから義之が尋ねてきた。少し前までの白河さんの事で気になっているんだろう。
「ん……まだ完全とはいかないけど、少しずつ前には進んでいると思うよ」
「そうか……」
僕の言葉に頷いて義之は再び曲の見直しに入った。
まだ心配だろうけど、今は黙って見守ってくれるつもりなんだろう。
親友の小恋ちゃんや渉だってななかちゃんの様子には疑問を感じていただろう。でも、2人共それについては触れない。
きっとみんなななかちゃんを信じてくれてるという事なのだろう。
ななかちゃんにだって、こんなに想ってくれる人がいるんだ。きっと彼女もすぐに気づいてくれると信じてる。
僕も休憩を終え、その後の練習もかなり気合を入れた。
バンドの練習後、僕達はまたゆずちゃんのいる水越病院へと訪れた。
理由は無論、ななかちゃんがゆずちゃんに謝りたいと言い出したからだ。
もう一度話をして、彼女に今度こそななかちゃんの想いを伝えられるようにと。
……その筈だったんだけど。
「ごめんね。ゆずのやつ、まだ機嫌悪くて」
病室前の廊下にいた慎さんから事情を聞いた。
ゆずちゃんの病室には『面会謝絶』の札がかかっていた。
「ゆずちゃん、面会謝絶なんですか?」
「あ……うん。実は……」
「どうして?」
ななかちゃんの疑問に慎さんは言いづらそうに表情を曇らせてから、
「……実はちょっと、ゆずの病状が悪化してね」
「っ!」
慎さんの宣告にななかちゃんが驚愕の表情を浮かべた。かくいう僕も同じくらい驚いていただろう。
僕達の様子に気づいた慎さんが慌てて、
「ああ、いやごめん。もう峠は越したからとりあえずは大丈夫なんだけどね。しばらくは安静だけど。けど、本人はいたって元気でね。早く外であそびたいなんて言ってるくらいだしね」
「はは、ゆずちゃんらしいですね」
「……私と喧嘩しちゃったから、ゆずちゃん」
ななかちゃんは喧嘩したことによるストレスでゆずちゃんの病状が悪化したのではないかと責任を感じていた。
「いや、そんな気にしないで」
「ななかちゃん……」
「…………」
しばらくシュンと落ち込んだななかちゃんは顔を上げて慎さんを真剣に見つめた。
「あの、じゃあこれ、ゆずちゃんに渡してもらえませんか?」
そう言ってななかちゃんは一通の手紙を慎さんに手渡した。
「やぁ、手紙だね」
「はい。会えないのならせめて、手紙を読んでほしいなって。私、こんどゆずちゃんの大好きなラジオ番組に出るんです。それを、絶対にゆずちゃんに聴いてほしくて……その事を書いておきました」
「ラジオ番組っていうと……『オンエアコロシアム』の事かい?」
「はい」
「おお、アレに出るのかい? すごいね、ななかちゃん!」
「もちろん、明久君も含めて5人のバンドメンバーで」
「ああ、そういえばゆずが言ってたよ! 明久君もバンドのメンバーなんだって。いや、すごいね~!」
「いえ、そんな大したものじゃないですよ。それに、僕もゆずちゃんにはななかちゃんの歌を聴いてほしいですから」
「これはぜひともゆずに読んでもらわないといけない手紙だね。わかった、これは僕が責任を持って渡します」
「ありがとうございます!」
慎さんの言葉にななかちゃんが笑顔になって頭を下げる。
これでやることはやりきった。後は本番に向けての練習に集中するだけだ。
時は流れ、最後に水越病院へ訪れてから10日後……。
遂に時が来た。僕は深呼吸しながら目の前の建物を見上げた。
「遂に来たね……」
「まあな」
今僕達がいるんはスタジオ・ヴォルケーノ。オンコロが開かれる場所だった。
そう、今日が本番の日。参加10組のうち、上位5位に入ることができれば僕達の演奏が島中に流れる。
もし自分達の演奏がこの放送局から電波に乗って島中のラジオに流れ、それが人々の耳に触れるかもしれないという状況に興奮を覚える。
「どうした、明久。緊張してるのか?」
「あはは……それもあるけど、やっぱり本番が楽しみで」
「奇遇だな。俺も同じ事考えてた」
「あ、やっぱり」
僕でも緊張すると同時に感激を覚えてるんだ。元々音楽を志してた義之なら尚更だろ。
「ちょっぷ」
「いたっ!」
突如、後頭部に衝撃があった。
「おいっす!」
「あ、ななかちゃん……おいっす」
「こんな所で突っ立って、何してるの?」
「いやぁ……ここで僕達、演奏するんだなって。そんで、ななかちゃんの歌が電波に乗るんだなって思うと……色々と、ね」
「まだ私達の歌がオンエアされるって決まったわけじゃないのに」
「いや、ななかちゃんの歌なら間違いなく上位間違いなしだよ」
「それに関しては同感だ」
「ふ、2人共……あんまりプレッシャーのかかる事言わないで。そうでなくても、昨日緊張してあんまり眠れなかったんだからー」
「実は俺もだ」
「生放送じゃなかったのが救いだったね」
そう。まずはスタジオ内で一通り参加者の演奏を収録し、そこから選ばれた上位5組の演奏をオンエアするというものだ。
「しかし、白河でも中々寝付けないとなると、小恋はガチガチになって今でもベッドから抜け出せなかったりしてな」
「確かに……」
「むむ~、2人共失礼だよ~」
僕達が話し合ってると、後ろからととと、と足音を立てながら小恋ちゃんと渉が走ってきた。
「お、ちゃんと来れたな」
「んも~、義之じゃないんだから。キチンと目覚ましをかけて時間通りに起きました」
「俺も俺も。目覚まし5つ程使って起きたぜ」
「数が多すぎるだろ」
「だってよだってよ、今日は夢にまで見たオンコロなんだぞ。それくらいしといてもまだ準備としちゃ物足りないくらいなんだよ。
俺だって緊張して寝付けなかったからそんだけ用意したっていうのに、危うく二度寝するとこだったぜ」
バンドメンバーが全員来た事により、僕の中の緊張が少しほぐれた気がする。
「んじゃ、全員揃ったところで、受付済ませましょか!」
「おう!」
「そだね!」
渉を先頭に、僕達はスタジオ内に入っていった。
中は既に人で溢れていた。お客さんと、演奏する側がロビーにひしめき合っていた。
お客さんの中には応援に駆けつけた人達が多いのか、バンドの人達とお客さんの友達とで親しげに喋り合っている姿が見える。
「なんか、ほんとすごいね」
「うん」
学園祭で見るものとは違ったテンションに僕達が飲まれそうになる。
「はい、ではこちらが番号札になります」
受付で僕達が渡された番号札は10番。どうやら僕達はオーラス……一番最後のようだ。
「こちらにある番号と同じ番号の書いてある張り紙が張ってある控え室でお待ちになってください」
僕達は渡された番号札を胸につけて控え室へと移動した。
『おまたせしましたー! ただいまより、第64回、オンエアコロシアムを開催しま──っす!』
控え室のスピーカーからそんなテンションの高い司会の声が聞こえてきた。
どうやらいよいよオンエアコロシアムが始まったようだ。
「う、うわ……す、すすすす、すごい緊張してきたよ~」
「じ、実は俺も……」
「私も~」
小恋ちゃん、渉、ななかちゃんが緊張して椅子に座って縮こまっていた。
「ど、どどど、どうしよう? 大丈夫だよね? 大丈夫なんだよね?」
「小恋、落ち着け。大丈夫だって……あんだけ練習したんだからさ」
「う、うん……」
義之が小恋ちゃんの緊張をほぐそうと喋っていた。
「あ、明久君……」
「ん?」
「手……握ってていい、かな?」
「……うん」
僕は頷いてななかちゃんの手をそっと握った。ななかちゃんも僕の手を握り返して、同時に別の意味で緊張してきた。
だけど、さっきまでの緊張とは違って、不思議と落ち着いてくる。
「ねえ、明久君」
「何かな?」
「私ね……今、思ったんだ。バンドをやって、本当によかったって」
少し緊張気味に見つめながらそう呟いた。
「バンドを始める前まで、こんな事になるなんて夢にも思ってなかった。今までと何も変わらない、平凡な毎日がずっと続いていくもんだって思ってた。他人の心を読んで、上辺だけの付き合いをして、自分が傷つかないように、周りの人の気持ちからずっと逃げ続けて……」
「…………」
もし、もし僕も、ここに来る前の生活が続いていたら……どうなったんだろうって思うこともある。
正直、地獄しか思い浮かばないのが本音だけど……それを抜いて、文月学園を卒業できたら、そしたら僕は何をするのだろうか。そんな漠然とした別の未来を。
「でもね、今は違う。明久君に出会って、バンドを始めて……小恋や板橋君、義之君にも迷惑かけて、ゆずちゃんのことを傷つけてしまったけど。でも、同じくらい……すごく大切な事を教えてもらった。本当に感謝してるの。だから、それを伝えたいんだ。私の傍にいてくれた、かけがえのない大切な人達に。こんな卑怯でバカな私の傍にずっといてくれたみんなに、ごめんなさい。そして、ありがとうって。私の気持ちを、歌で伝えたい」
決意の篭った、まっすぐな目で僕を見ながらななかちゃんの心からの言葉を口にする。
僕だって、みんなに感謝している。こうして出会えたのは本当に偶然だった。本来、こうやって出会える事なんてなかったかもしれない。
でも、僕はみんなと出会い、こうして今を生きていられる。大切な人達がいて、それらが僕を支えてくれて……本当によかったって思ってる。
ななかちゃんと同じように、僕もみんなに感謝してるから……ななかちゃんの言葉に強く頷いた。
「じゃあ、今日は最高の演奏と歌を披露しないとね。もう、どんなに遠い所にいてもハッキリ聞こえるくらい、ドデカイ演奏をね」
「うん!」
改めて決意を固めたところで控え室に設置されたスピーカーから音が聞こえる。
『続きましてー、エントリーナンバー9番!』
それが流れると室内の空気が瞬く間に固まるのがわかった。
「つ、次だよ……次になっちゃったよ! なっちゃったよ!」
「月島、落ち着け! こういう時は深呼吸しながら素数を数えるんだ! えっと、1、2、3、4……」
「お前も落ち着け。それただ数字を順番に言ってるだけだからな」
そんな光景を見て密かに心を落ち着けていたところに控え室にスタッフの人がやってきた。
「そろそろ出番なので、ステージ裏で待機してください」
「は、はい」
「すぐに」
「す~~~、は~~~……」
僕の隣で大きく深呼吸しているななかちゃんを見て、なんとなく可愛いと思ってしまった。
不謹慎にも顔がゆるむのを必死にこらえながら、僕はななかちゃんの背中を押す。
「じゃ、行こうか」
「うん!」
控え室から出ていざステージを行こうとしたところで、僕のポケットの中で携帯が振動していた。
「ん? 誰だろう?」
「明久、流石に今日は電源切っておくくらいしとけ。本番で鳴ったら面倒だしさ」
「あ、ごめん。とりあえず」
僕は控え室内に戻り、携帯の通話ボタンを押して耳に当てる。
「はい、もしもし?」
『あ、もしもし? 明久君かい?』
「あれ? 慎さん?」
控え室から出たななかちゃんが僕の声を聞きつけたのか、戻ってきた。
『もう出番なのかな? それとも、もう終わったのかな?』
「いえ。ちょうど次が出番なんですよ」
『そうか、よかった間に合って。実は……今日、ゆずが手術を受ける事になったんだよ』
「え? ゆずちゃんが、手術──って、あれ? 携帯が?」
「あの、ゆずちゃん大丈夫なんですか!?」
「あれ、ななかちゃんいつの間に……」
いつの間にやら慌てた様子のななかちゃんに携帯を奪われていた。
『あ、ななかちゃん。うん、どうにか説得してね。どうにか昨日の夜、ようやく手術を受ける事を決心してくれたんだよ』
「よかった……」
『ゆずがね、ななかちゃんと明久君ががんばるんだから、自分も負けないって言ってくれてね』
「ゆずちゃん……」
慎さんの言葉を聞いてななかちゃんは嬉しい気持ちと一緒に涙が溢れそうになった。
『ちょうどこっちも、今から手術なんだよ。それで、先生にラジオを持ち込んでいいかどうか尋ねたらいいって言ってくれたから。これで、君達の演奏が聞けるって言ったら、ゆずも安心してくれてね』
「が、がんばるから……私達、がんばるから、ゆずちゃんも!」
『ああ。そう伝えるよ』
それからななかちゃんが携帯を僕に返す。その目に涙を溜めながら。
でも、決して流そうとしない。僕も正直感動して泣きたい気分だけど、そんな場合じゃない。
この涙は……ゆずちゃんが治るまでとっておくんだ。
「僕からも、ゆずちゃんに……僕達の気持ち、全部送ってあげるから、ゆずちゃんも病気に負けないで、頑張ってって。そう伝えてください」
『ああ。明久君達も、頑張って!』
「うぃーっす!」
元気よく頷いてから携帯の通話を切り、電源もオフにすると同時に前の組のバンドの演奏が終わったようだ。
「次の方、準備してくださーい!」
「はーい! ただいま!」
スタッフの人の言葉に返事してからななかちゃんへと向き直る。
「…………」
「行こう、ななかちゃん」
「……ん……うん!」
僕がななかちゃんへ手を差し伸べるとななかちゃんはそれを握り、一緒にステージへと向かって歩みだす。
それから、ステージ裏へ行き、いざ本番が訪れる。
僕達は勢いよくステージへと飛び出した。飛び出して最初に目にしたのは何色にも光るスポットライト。
そして、視界の大半を観客が埋め尽くしていた。
「うへ~……わかっていたけど、やっぱりこんだけの観客がいると緊張するぜ」
「そういえば……バンド組んでステージに立つ事自体、今回が初めてたっだ」
「俺なんて、バンド組む事がそもそも初めてなんだが……」
「みんな、色々言いたい事盛りだくさんだと思うけど……今日は主役に言わせてあげなって」
「……おう」
「だな」
僕達は視線をステージの真ん中に、マイクの前に立つななかちゃんへと移す。
「この歌を」
ななかちゃんがマイクを通じて観客席にその声を響かせる。途端、水を打ったように静まり返った。
「私の大切な人のために、私のかけがえないのない人達と共に歌います。聴いてください。『まぶしくてみえない』」
そして、演奏が始まった。義之のギターが小さく響き、それから小恋ちゃんの繊細なベースが義之のギターと絡み合い、音の波が。次いで渉が派手そうでいて優しいドラムを。そこから僕のキーボードで音に深みを……最後にななかちゃんの歌が僕達の音の波に乗って会場内に響いていく。
僕達のこの演奏が、あの子に届くように。ただそれだけのために、僕達の力の限りを、あの子のために。