義之の存在が確立した嬉しい朝を迎え、晴れ晴れとした気分で教室へ入った。
「…………」
「…………」
「…………ちゃお」
教室へ入るなり、渉と小恋ちゃん、杏ちゃんが僕を見た。
杏ちゃんはいつものように無表情の挨拶を交わしてきたけど、渉と小恋ちゃんは何も言ってこない。
多分、さくらさんの事で悩んでる時の事でどうしたものか悩んでるんだろう。
あれは何も言わずに抱えた僕が悪いのだからしょうがない。でも、もう不安を感じるような事なんてないから。
最初はぎこちなくてもいつも通りに戻れるように頑張らなくちゃ。
「Good morning wholly. It is fine today also.(おはよう、みんな。今日もいい天気だね)」
「……はい?」
「明久君、今度はどうしたの?」
おかしい。何故普通に挨拶しただけでこんな反応に?
「明久、普通を装ったつもりかもしれないが、口に出た言語が英語に変換されてたぞ」
なんてことだ。吉井明久、痛恨のミスだよ。
「ちなみに今のは、『おはよう、みんな。今日もいい天気だね』よ」
「あはは、ごめん。そして杏ちゃん、翻訳どうも。改めておはよう、みんな」
「お、おう……」
「おはよう……」
僕が改めて挨拶すると2人もぎこちなさ混じりの挨拶を返してきた。
「え、えっとさ……明久。ちょっと……」
「ん?」
僕が席に着こうとすると渉が話しかけてきた。
「いや、なんつうか……なんともないのか?」
「何が?」
「だから、その……ほら、つい昨日まで何か悩んでた風だったじゃねえか。だからさ……」
あぁ……そういえば、まだあの時のことについて謝ってなかった。
何の相談もしてないままだったからいまだに心配しているわけか。
僕の悩みはもう解決したわけだから、もうこれ以上心配をかけるわけにはいかないな。
「ああ、それについてはもう大丈夫だよ。昨日解決したから」
「……へ?」
「心配かけてごめんね。色々相談しづらい事があったから何も言えなかったけど……昨日、ようやく解決したからもういつも通りに戻れるから心配いらないよ」
「……そうか」
それから渉が僕に近寄って肩に手を回し…………コブラツイストをかけてきた。……って、
「痛い痛いいたいいたいいたいたいたいたいたたたたたたぁ!? い、いきなり何するのぉ!?」
「テメェ、何の相談もなくずっと悩みっぱなしだと思った後でいきなり元気取り戻しましたぁ!? いや、悩みが解決すんのはいい事なんだろうけどな! お前が悩んでる間の俺達の心配とやりきれなさはどこに持っていきゃぁいいんだぁ!?」
「いたたたた! ごめんなさいごめんなさい! 謝る! 謝るから、この技解いてぇ!」
美波ほどじゃないにせよ、こういうプロレス技をかけられれば痛いのは当たり前だ。
『何? 明久、もう元気になっちゃったの?』
『まあ……一応な』
『そう……悩んでる明久におもし──相談させてあげようと思ったのに』
『お前、今面白いって言いかけてたよな? 面白い、何だ? 何をするつもりだったんだ?』
『もう過ぎた事なんだからいいでしょ。それとも……聞きたい?』
『……遠慮しておこう』
何だろう? 一瞬、寒気が痛みと共に襲ってきた気がしたけど。
とりあえず、渉のコブラツイストから開放されてほっと一息つく。
「ふう……助かったぁ……」
「大丈夫、明久君? でも、明久君も悪いんだよ。私達に何も相談しないから。ななかだってすごく心配していたんだから、ちゃんと謝ってね?」
「うん。本当、心配かけてごめん」
小恋ちゃんにまで叱られてしまった。しかし、ななかちゃんにも心配をかけてしまったのはマズイ。
ちょっと謝ったくらいじゃ許さない、かどうかはわからないが。何かしらのお詫びは考えておいた方がいいだろう。
僕がどんな侘びをしようかと考えてる時だった。
「みんな、ちょ、ちょっと、聞いた、聞いたぁ!?」
茜ちゃんが騒がしく教室に入ってきた。そういえば、なんか廊下も騒がしくなってる気がするな。
「どうしたの? 茜」
「財布でも落としたのかしら?」
「違うよぉ! なんで自分の財布落として『聞いたぁ?』なんて騒がなきゃいけないの!?」
おっしゃる通りで。
「何かあったの?」
「あ、明久君。元気になったんだ……じゃなくて! 桜が……」
「お、落ち着いて茜ちゃん。桜がどうしたって?」
「枯れだしてるの!」
「ああ……桜がね。…………ん?」
「え?」
「……え?」
「うそ……」
「マジ……?」
「本当なんだって! 島中の桜が一斉に枯れだしてるって……今、桜並木とか公園とかで大騒ぎしてるんだよ!」
そういえば、ここに来るまでにいやに桜の花びらが舞ってる気がしたけど……枯れ始めてたってことなのか。
「……見に行きましょう」
「え、あ、杏!? 授業はどうするの!?」
「世の中には授業なんかより大事なものがあるの」
「その通り! というわけで、小恋ちゃんも行こう!」
「え、えぇ~!? ちょ、ちょっと~!」
「お、俺も行くぜ!」
「おい、お前ら」
小恋ちゃんが茜ちゃんに引きずられ、杏ちゃんと渉がそれについて教室から出ていった。
まあ、この島の人からすれば年中咲いていた桜が枯れ始めたなんてこれまでの事故や事件以上の大事件に等しい事なのだろう。
その証拠に、この教室だけでなく、学校中の生徒の大多数が外に出ていこうとしている姿が見えた。
外で音姫さんや高坂さん、ムラサキさんなど生徒会のメンバーが外に出ていこうとしているのを必死に止めている姿が見えるが、人数が多い上に中には教師までもが混じっているためにいくら生徒会のメンバーが有能だとしても圧倒的に戦力が足りないのだろう。
もう何人かが学園外へと脱出する姿が見える。
「うわぁ、音姫さん達相当苦戦してるよ……」
「まあ、この島の桜が枯れ始めたなんて大事件に等しいわけだからな」
「うん……そうだね」
まあ、僕は桜は枯れるのが当たり前だと思ってるし、桜が枯れた理由は大体わかってるからそこまで驚いていなかった。
「とりあえず、止めるの手伝っていく?」
「そうだな。あの騒ぎじゃ怪我人が出たって不思議じゃないからな」
僕と義之は頷きあい、生徒会メンバーに加担して外に出ていこうとする生徒達を止めに入った。
結局、この日は枯れない桜まで枯れ始めたという騒ぎで持ちきりになって授業どころではなくなった。
放課後になり、桜の様子を見に行った生徒達も戻ってきて色々と噂しあっている姿が見える。
「やっぱり何かあるのかな? 天変地異の前触れとか」
「……わからないわ。単に冬に咲いている事がおかしいって事に気づいたって可能性も否めないし……」
「桜が?」
「あ、義之。すごかったんだよ。本当に桜が散っちゃってた」
「そうなのか……? 帰りに俺も見に行くかね」
クラス内でも会話の内容は枯れない桜一本筋だった。
心配かけさせた僕がいうのもなんだけど、これでは今日はバンドどころじゃないかも。
どうせならななかちゃんの所にいって謝罪をして、そんで侘びを考えていこう。
僕は荷物をまとめて廊下に出るとすれ違う生徒達も皆枯れてしまった桜の話題で持ちきりになっていた。
少しうるさく感じるけど、僕は廊下を歩いてななかちゃんのクラスの教室まで行き、教室の中を覗く。
「あの~……ななかちゃんはいるかな?」
「む? 明久か?」
教室を覗くと秀吉が僕に気づいて歩み寄ってきた。
「あ、秀吉」
「うむ。今朝はお主があまりにも晴れ晴れとしてたので聞きそびれてしまったが、事はうまくいったのかの?」
「うん。でも、その代わりにさくらさんはちょっと出かけることになったけど」
秀吉には見破られるかもしれないけど、出かけたというのは全く嘘ということでもない。
それに、すぐに帰ってくると言ってくれたんだ。僕はそれを信じるだけだ。
「…………そうか。とりあえずは解決したということでいいんじゃな」
「うん」
「しかし……すごい噂になっとるの。皆、桜が枯れたという話題でいっぱいじゃ。原因は……お主なんじゃろ?」
「直接的かどうかはわからないけど、多分そうだと思う」
「まあ、本来ならこれが普通なのじゃから、すぐにおさまるじゃろう」
「そうだね。……あ、ところで、ななかちゃん知らないかな?」
「む? 白河なら放課後になってすぐに出ていったが……お主の所には行かなかったのかの?」
「あ、そうなんだ…………じゃあ、音楽室かな? ありがと、僕は行くね」
「うむ。とりあえず、白河にはちゃんと謝っておくのじゃぞ。今日も随分思い悩んでいたようじゃからの」
「うん。わかってる」
僕は秀吉にそう返して教室を後にした。
ななかちゃんのクラスの教室から音楽室へ移動すると、予想通りななかちゃんがいた。
でも、何だろうか? ななかちゃんの背中が異様に寂しく見える。
「えっと……ななかちゃん?」
「……」
僕の言葉に反応してななかちゃんはこちらを向いた。その表情はすごい無機質なものだった。
「あの……一緒に帰る? 何か、今日は桜が枯れた事でみんなバンドどころじゃなさそうだから」
「…………」
「その……心配かけた事、本当にごめん。何て詫びたらいいのかわからないけど、とにかくごめん」
「…………」
何の反応も返ってこない。相当怒ってる……わけじゃなさそうだ。
一体どうしたのだろうか? ななかちゃんの様子がおかしい。よく見れば何やら顔色も悪い気がする。
「ななかちゃん? どうしたの? ひょっとして、どこか具合でも悪い?」
ななかちゃんがゆっくりと顔を見上げ、僕の手を握り、僅かだが震えだした。
震えた手をぎゅっと握り締めながら僕の顔を見て、
「……った」
「へ?」
「聞こえなく……なった」
「……えっと?」
それから手を振って思案顔になったと思ったら、
「や、やっぱり……聞こえない……聞こえないよ」
「へ? えっと……聞こえないって、何が……?」
「心の声、聞こえなくなっちゃったよ……」
「……え?」
ななかちゃん、今なんて言ったの? 心の声? 聞こえない?
僕が突然の事に混乱しているとななかちゃんがしがみついてきた。
「ど、どうしよう、明久君! 私……私! どうしたらいいのっ!?」
「ななかちゃん、落ち着いて。何があったのか、説明して」
「わかんないよ! 突然、誰に触れても聞こえなくなって、わからなくなって!」
ななかちゃんが必死の形相で僕に訴えかけている。
「明久君、私、どうしたらいいの!?」
「ななかちゃん!」
僕が怒鳴ると、ななかちゃんは身体をびくっ、と硬直させる。
僕はそれからななかちゃんの手を放し、両手をななかちゃんの肩にそっと置いた。
「ななかちゃん……君に何があったのかは、僕にはわからないけど……今まで悩みを隠してた僕がいう事じゃないだろうけど、まずは話してみようよ。今ななかちゃんの中にある悩みを、僕に聞かせてくれないかな?」
僕はできるだけ自然で、優しく見えるよう笑顔を作ってななかちゃんに言い聞かせた。
ななかちゃんもやっと落ち着いたのか、震えが止まってその場に座り込んだ。僕もななかちゃんの隣に座り込む。
それからななかちゃんが動くのを待つ事にする。
「……私ね……」
しばらくすると、ななかちゃんが自分から話し始める。
「すごく、嫌な子供だったの」
「…………」
いきなり何を言い出すのかと思ったが、ななかちゃんが悩みを言おうとしてるのだろう、彼女の目が真剣だった。
僕は最後まで彼女の言葉を聞くことに集中する。
「周りのみんなから、可愛い可愛いって言われてね……何もしなくても周りがやってくれたりね。私も調子に乗っちゃってたんだと思うんだけど……とにかく、ちやほやされてたの」
そりゃあそうだろう。今でさえ相当なモテっぷりなんだ。子供の時だってモテる事は不思議ではない。
「そうやって、何もしなくても世話をされる事が当たり前な子供時代を過ごしてきたの。だから……なんていうか……相手の気持ちがわからなくてね。よく言えば世間知らずで、悪く言えば嫌な子供だった」
「…………」
「ある日……クラスの子が私の持ち物を隠すようになったの。最初は本当に意味がわからなくて……どうしてそんな事をされなくちゃいけないんだろうって、すごく悔しくてね。でも、それがいじめだったんだ」
「…………」
それは、クリパ前の、ななかちゃんのクラスメートが彼女のノートを破った時のような、妬みによるイジメなんだろう。
「後で気づいて……気づいた時にはもう遅くて……クラスの女子の大半が……私をいじめるようになってきた。私はどんどん独りになっていった。親しかった友達もみんな気がついたらいなくなってた。いじめられるのが、どうしてだかわからなかった。辛くて……怖くて……自分がどうしてこんな目に遭わなくちゃいけないのか……そればっかり考えて。でも、結局答えは見つからなくて」
その頃のななかちゃんは、今よりも女子と話す機会が少なかったのだろう。だから、女子達の取った行動が心から理解できなかったのだろう。
「ある日……思ったの。いじめられないようにするには、どうすればいいのか。それは……相手の考えてる事がわかればいいんだって」
「…………」
ここから先はなんとなく予想ができた。
「触れるだけで……その人の思ってる事がわかりますようにって」
「ななかちゃん……」
「すごく馬鹿げてるでしょ? そんな事できるわけないのにって……思うよね、普通。でもね……願いは叶ったの」
そうだ。ななかちゃんが嫌に鋭いなと思った時は、いつもななかちゃんに手を握られた時だった。
でも、それはなんてことない……ななかちゃんが、人の心を読めるからなんだ。
「こうやって……」
ななかちゃんがそっと、僕の手を握ってきた。
「こうやるだけで、その人の考えがわかるようになったの。でも……今は何も聞こえない」
「…………」
「そうやって……この人はこういう事を思ってる、考えてる。なら私はこう返そうって……その人の喜ぶ事を先にやっちゃうの。そうしたら、その人は私の事をいじめなくなった」
「…………」
「私も……相手の考えてる事がわかったから、安心してまたみんなと遊べるようになった。そうやって……明久君にもみんなにも対応してきたの」
「…………」
「……ごめんなさい。でも、そうじゃないと……私、、怖くて……人が怖くて……」
「……だよ」
「う…………」
「なんて痛恨のミスを繰り返していたんだよ、僕はぁ!」
「…………へ?」
「ってことは何!? 僕の今までの君に対する下心は常に見え見えの状態だったってこと!? 本音召喚獣を介する必要もなく僕の心のうちを読まれてたってこと!? そしてそして、僕の今までの秘蔵コレクションの場所も君には既にお見通しだったって事なの!?」
「あ、明久君……?」
なんてことだ! もしそうだとすれば、ななかちゃんに僕の趣味嗜好が筒抜けだったってことか!
いや待て! もうあの秘蔵のコレクションは年末明けに捨てたんだ。それについては何も言われる心配はないと思う。
でも、ななかちゃんと一緒にいる時に考えてる事……そう、例えばななかちゃんとふたりっきりになって家の明かりだけがぼやっと照らす夜道、誰もいない時を見計らってななかちゃんをわっと驚かせてそれから抱きつき、それから他人には絶対見せられない僕だけのアガルタを──」
「えっと……明久君、途中から声に出てるんだけど……」
「ハッ! 何やってるんだ僕はああぁぁぁぁ!」
なんて事してるんだ! 心を読まれる読まれない以前に本人の目の前でなんて失態晒してるんだよ!
「ごめんなさいごめんなさい! いや、本当にごめんなさい! でもでも、それはななかちゃんが他の人とは比べ物にならないくらい魅力的であることからして、どんな時でもついついあんなことやこんなことを考えちゃうようになっちゃって──って、だから本人の前で何言ってるんだ僕はぁ!」
「え、えっと……」
「…………オホン。とりあえず、ひとつ言わせてもらうと……」
「明久君、誤魔化し──」
「ひとつ言わせてもらうと!」
ななかちゃんの台詞にかぶせて僕は言いたい事を言わせてもらう。これは決して誤魔化してるわけじゃない、断じて!
「人の心なんてね……わからないのが当たり前なんだよ」
「…………」
「そりゃあ……人の心がわからなくて怖いっていうのは、ほんの少しだけどわかるよ。ななかちゃんくらい可愛い娘ならそういう下心持ってる奴だってそりゃあいるだろうからそういう事に関して不安になるのは仕方ないよね。自分を見ている人が自分の事をどう考えているのかわからない時って、結構不安になったりする時もあるよね。でもね……わからないからこそ、人は体を張ってでも伝えようとするものなんだよ」
僕にだってそういう時はあった。僕は元々頭のいい方じゃないから、前置きみたいな台詞や気の利いた台詞も言えない分、心からの言葉と同時に行動で説得をしようとする事がある。
そして、つい昨日の事もだ。雄二は言葉じゃなく、行動によって僕に大切な事を教えてくれた。
いつもバカだバカだとか言ったり、僕の不幸は自分の不幸だとか言ったりして僕を陥れる事も多いけど……本当に大切な時は発破をかけて僕を奮い立たせてくれる。
だからこそあんな歪んだ形で付き合ってても僕達は親友を続けていたんだ。
「相手の気持ちがわからないのなら聞けばいい。自分の思ってる事を思いっきり相手に伝えて自分を見せてやればいい。初めから人の心なんて、読めるものじゃないんだよ。ただ……ななかちゃんは過去の恐怖があって相手に自分を見せる事を忘れちゃったんだね。だから、相手も本当のななかちゃんを知ってくれなくなっちゃったんだよ」
「……でも」
僕の言葉を聞いてもななかちゃんは身体を震わせ、首を振って納得する事ができなかった。
本当はななかちゃんもわかってはいるんだよね。でも、本当に怖いんだ。
今までななかちゃんに接してきた人達の心の内をずっと見てきたんだ。そこには悪意や欲望が大半だったんだろう。
だからこそななかちゃんはほとんどの人達との距離を一定に保ったままだったんだ。
「私、怖いよ……どうしたらいいの? どうしたら……」
「……ななかちゃん」
「っ! 来ないで……怖い!」
僕が近づこうとするとななかちゃんは僕を避けて隅へ逃げていく。
「…………僕の事も、信用できないの?」
「っ!」
「心が読めなくなったら、今までの僕じゃないって思うの?」
「…………そうじゃないけど……でも……」
「……ひとつ聞くけど、僕はななかちゃんに嘘とかついてたかな?」
「……ううん。明久君、いつも正直だったから。というより、わかりやすかった」
ひとつ訂正したい部分があったけど、今は気にしない。
「そうか……でも、それだけじゃダメなら……今ここで僕は本当の事をいうよ」
「…………」
「僕は、ななかちゃんと……他人に言えないような事をしたい!」
「…………へ?」
「もう、片時も君を離したくないって思うよ! なんていうか、独占欲? そういうのをずっと我慢してるんだよ。僕らクラスが離れちゃってるから僕がいない間にななかちゃんが他の男子とどんな話をしているのかなって思ったり、ななかちゃんが悪い男に言い寄られてないかなって不安になったり、でも休み時間や放課後になれば会えなかった分ななかちゃんとかなりイチャイチャしたいって思う! そしてみんなとの日常を終えてふたりっきりになればもう夜遅くまでデートして、そんでもって寝る時だって常に傍に置いてななかちゃんの匂いとかやわらかさとか堪能しながら安眠したいっていつも思ってる! そしてそして、ここからが重要……ななかちゃんの髪型をポニーテールにすれば僕の人生薔薇色だ!」
「………………」
「……以上が、僕の本音です」
「え~っと……」
ななかちゃんがなんとも微妙な表情になっていた。そりゃあそうだ。僕のありのままの欲望を全て吐き出したのだから。
これが普通に考えれば引かれる事だというのは百も承知だ。でも、これは全て本気だ。
「それでななかちゃん……今の僕の言葉を聞いて、どう思うのか、君の答えを聞かせて」
「え? その……正直、なんかなぁって思うけど……」
うぐ……わかってたとはいえ、その返しは非常に痛い。しかも、それが恋人なら尚更だ。
「でも……そう思うくらい、私の事好きなのかなって、ちょっと嬉しいって思うところも、ちょっとあったり……」
「……まあ、早い話がそういう事」
「え?」
「相手の気持ちを知りたければ今みたいに自分の本音を曝け出して、そして相手の答えを聞く。これが大切なんだよ。心が読めなくたって、人の気持ちを知る方法はいくらでもある。僕みたいに恥ずかしいのを承知で本音を明かす事もあれば怒りをぶつけて本音を伝える人だっているし、人に何かを与える事で自分の気持ちを表現する人だっている。そんな具合に、ななかちゃんの気持ちを伝える方法だっていくらでもある筈だよ」
「明久君……」
「僕なんかが偉そうに言えるもんじゃないと思うけど……勇気を出してさ、人と向き合ってみよう。もちろん、最初は怖いかもしれないけど……そうやって少しずつ、本当の君をみんなに知ってもらおうよ。もちろん、僕も協力するから」
これは紛れもない僕の本心。みんなに、白河ななかという少女のいい所を知ってもらいたいから。
「……明久君、ありがと……」
ななかちゃんは瞼からツー、と涙を流していく。それから僕の手を握って、
「ごめんなさい……私、がんばるから。みんなに……私の気持ちを、伝えたい……今度は、ズルなしで。だから……」
「うん。ちゃんと僕が、ななかちゃんを支えるから。頑張ろう……勇気を出して」
「うん……」
枯れない桜が枯れたという突然の出来事の後にまたもとんでもない真実が発覚したけど、それでも……全てを受け止めて前に進む。
彼女の……本当の白河ななかという少女の始まりは、ここからだ。