「ん~……」
珍しく早起きしたものの、すごく眠い。
しかし一応ちゃんと起きなくてはいけない。なぜなら、今日から新学期なのだから。
「う~……休みボケかなぁ……」
大掃除、そして少し遅れて由夢ちゃんの誕生日を祝ってからは今までの遅れを取り戻すために3日間死ぬ気で冬休みの宿題やって後はななかちゃんとデートに行ったりした。
残りの冬休みをほとんとななかちゃんと一緒に過ごした所為か、まだ余韻が消えない。
「あ、やっと起きたんだ」
「ふにゃ、さくらさん?」
「おはよう」
「おはようございます」
「義之君は?」
「多分、もうすぐ起きてくるかと思いますが」
ここのところ姿を見せなかったさくらさんが台所で朝ごはんを作っていた。
さくらさんが朝ごはんを作るのを見たのは今回が初めてかもしれない。いつもは僕か義之か音姫さんのローテだったし。
でも、いつの間に帰ってきたのかな?
「はい、ごはんできた。それじゃあ、僕学校に行ってくるから」
「もうですか?」
「うん。新学期だから学園長も忙しいのだよ」
「そうですか、いってらっしゃい」
「いってきま~す♪」
さくらさんはパタパタと音を立てて支度をし、家を出て行った。
なんだかなぁ……最近学園の行事やら初音島の事故の対策会議とやらで家にいない時が多くなってきてるよなぁ。
「なんとかならないものかなぁ……」
僕が頭を捻っていたところで呼び鈴の音が聞こえた。
一体誰だろうか? 音姫さんか由夢ちゃんなら鳴らす必要なんてない筈だし。
「はいはい」
とりあえず、確認のために玄関へ行ったところで、
「おはよう、明久君!」
笑顔いっぱいのななかちゃんが待っていた。久しぶりだなぁ……制服姿のななかちゃん。
「ところで、どうしたのななかちゃん。こんな朝早くから」
「どうしたのって、もう~」
僕が尋ねるとななかちゃんが頬をふくらませた。あれ? なんか怒らせるようなこと言った?
「一緒に学校に行こうと思って来たんじゃない~」
「……あ、あぁ! そういうことね!」
なるほど。恋人になったのは文月学園で、こっちの時期でいえばクリパの時だったから一緒に登校なんてことはなかったもんね。
「……ダメ?」
「そんなわけないでしょ! ちょ、ちょっと待ってて! すぐに支度するから!」
「うん!」
それから僕はジェット機も真っ青だろうスピードで身支度を終え、朝食を口の中に詰め込んで一気に飲み込み、玄関へと飛び出した。
「お、お待たせ!」
「うん」
身支度を終えた僕はななかちゃんのもとへ駆け寄り、学校へと出発する。
「それにしても、休みもあっという間に終わっちゃったね」
「そうだね。まだデートしたりないっていうか……」
「うん。もうちょっと遊びたかったよね」
「うんうん。でも、新学期初日って、休みにはしゃいだ分怠くなっちゃうよね」
「今朝は早かったね」
「まあ、新学期になったらまた次の祭に向けて色々話し合うっていうからちょっと楽しみで」
「ああ、卒パだね」
「うん」
3月には卒業パーティーが控えているわけだから今のうちに準備するクラスも出てくるだろう。
今度は色々派手にやってみたいことだってあるし。具体的なものはまだ浮かんでないけど。
卒業パーティーをどうしようかなと考えながらななかちゃんと通学路を歩いていった。
「ほいじゃ、ワン・ツー・スリー・フォーァ!」
「しゃぁ!」
放課後、僕は音楽室にて渉、小恋ちゃん、ななかちゃん、義之と集まってセッションをしていた。
ちなみに義之がギターで僕がキーボードやってたりする。
「♪~♪♪~」
メロディーに合わせ、ななかちゃんの綺麗な歌声が音楽室に響いていく。
ちなみに、僕達が何で音楽室でセッションやってるかと言うと、少しばかり時間を遡る。
「う~ん……」
「どうした、明久? さっきから首を捻ったりして」
「いやね……今日も言ったんだけど、卒パは何をしようかなって」
「あ~……うちのクラスで何を出すかってのか。またギリギリまで難航するかもしれないな」
「うん。クラス単位でやろうとするとみんなと協力してやらなくちゃいけないしね。それもそれで色々盛り上がるんだろうけど……」
「何か不満なのか?」
「いや、クラス単位でやりたいこともあるっていえばあるんだけどさ……なんか、クラスでじゃなくて、何か個人的なパフォーマンスがないかなって」
「何だそりゃ?」
僕の言葉に義之が首を傾げる。まあ、僕の言ってることがよくわからないってことだろう。
自分でも何を言ってるのかイマイチわからない。
「いや、ただ……こんだけ祭好きな人が多いんだから、もう少し何か盛り上がる要素が欲しいっていうか」
「まさか、杉並みたいに花火あげるとかか?」
「ん~……それは向こうが勝手にやってくれるだろうから、別にいいんだけど。なんていうか……こう、友人同士の集まりで何かしたいんだよね。劇だとかそういうの……個人的に」
「ああ、付属最後だから友達同士で何かはっちゃけたいってか?」
「うん。そうだなぁ……バンド、なんて?」
「バンドなぁ……別にそこまで興味があるわけじゃ──」
「いい事言うじゃねえか、明久ぁ?」
義之が最後まで言い切る前に背後から渉が僕達の肩に手を置いてきた。
「わ、渉?」
「どうしたの?」
「いやぁ……今日も帰りどっか遊びにいかねって誘おうと思ったら面白ぇ話が聞こえてきてな。卒パで最後の思い出としてバンド、か。いいじゃねえか! いやぁ……俺や月島も白河と一緒になってたまに合わせたりするけど、バンド組んで今までイベント出ることなかったからさ! そしたらお前ら面白ぇ事言ったじゃん! ちょうど明久も楽器使えるって言ってたし、義之だってギター使えるんだろ?」
「あれ? 言ってなかったか?」
「明久に言われるまで聞いてなかったっつの!」
「ところで、それがどうかしたの?」
「お前が今言っただろう。卒パにバンドしてみないかって」
「あぁ、ちょっとそんなアイディアどうかなって感じのつもりだったけど……」
「いいじゃんいいじゃん! 卒パに俺らがバンド組んでライブ! クリパじゃメンバーいなかったからできなかったけど、今から練習すればきっといいライブできそうだぜ!」
渉は卒パでライブするのが楽しみで興奮しているようだった。
「と、いうわけで! お前ら早速合わせていこうぜぇ!」
「え? ちょっと!?」
「待て、渉! 合わせるって何の曲をだよ!」
と、まぁこんな感じで急遽音楽室へ連行され、渉がななかちゃんと小恋ちゃんに話を通してその場の流れで僕や義之も一緒になってセッションすることになった。
ジャジャジャ──ン♪
とりあえず、初めてのセッションだったんだけど、それなりに音はなったと思うけどなぁ。
………………。
曲を弾き終えるとしばらく無言の状態が続いて、
「ぶっ! あははははは、お前ら、最高だ!」
渉が笑い出した。
「はははは、本当、すごいよ!」
「特に途中のギターのソロなんて、天才的だろ!」
「明久君のキーボードも、変わり方がもう!」
「は、腹痛ぇ!」
「ていうかなんだあのソロは! うにょにょ~ってなって、急にメタルっぽくなったし! アンプにギター擦りつけて何やってんだか!」
「んでもって、その後、こんなん? って感じの顔、面白かった! もう、お腹痛い~!」
「明久君も、ちょっとクラシック的な音だと思ったら急にポップな音になってたし!」
「笑わないでよ、セッションなんて初めてだったんだから!」
それからしばらく僕達は笑い続けていた。なんだか、こういうのも悪くなかったり。
「も、もういっかい! もういっかい行くぞ!」
「おっしゃ、任せとけ!」
「今度こそうまくやってみせるよ!」
それから僕達はこのデタラメなセッションを小一時間続けたのだった。
「いや~……盛り上がったなぁ」
「うん。誰かとこうして音楽楽しむなんて今までなかったから、いい経験だよ」
かなり盛り上がった所為か、最終下校時刻になるまでセッションを続けていたのだった。
もう色々楽しすぎて何曲もぶっ通しで演奏しちゃったよ。
「はぁ~……初日でここまで出来ればいい方だ。もう卒パまでが楽しみでたまんねぇぜ」
「気が早すぎだろ」
渉は久々にセッションできたのが嬉しいようでドコドコとドラムを叩いていた。
「そういえば、もう付属卒業まで近いんだったね」
「うん。僕がここに入ったのが去年の秋辺りだったから僕にとっては本当にあっという間だったよ」
「明久君よりも坂本君達とかの方があっという間だっただろうね。特に霧島さん」
「うん。あ、そういえば霧島さんどこのクラスに転入したんだっけ?」
「坂本君のクラスだよ。久保君と入れ替わりでね」
「あぁ、そういえば久保君を置いてきちゃったもんね」
色々あったから久保君と葉月ちゃんはあっちにおいてけぼりになってたんだっけ。
まあ、久保君ならあっちでも普通に暮らしていけるだろうし、葉月ちゃんは家族のもとで暮らした方がいいに決まってる。
「そんで、坂本君のクラスじゃ早速霧島さんが坂本君にベタベタで色々あったみたいだよ。拷問じみた行動も含めて」
「あぁ、そういえば雄二の叫びがうちのクラスまで響いてたな」
授業中に雄二の叫びが聞こえたからどうせ霧島さんの前で迂闊な真似をしたからオシオキを受けたんだろうと僕は気にしなかった。
「まあ、これはこれでまた楽しい学園生活が始まるだろうからいんだけどね」
「うん。後は付属最後の思い出のために練習あるのみだね♪」
もう既に僕達がバンドを組んでライブという意見は崩れそうにないな。まあ、ななかちゃんも一緒だからいいけど。
「おお! この調子で練習して、そんでそんで! ライブでは義之がギター弾きながらワイヤーであっちこっちいきながらのライブ! これは行ける!」
「ワイヤーアクションて、どこのアイドルライブだよ!」
「ワイヤーって、ホームセンターとかで売ってるのかな?」
「いや、白河も乗っからないでくれ!」
「そういうのは専門業者に頼まなくちゃ手に入らないよ。人を釣るわけだから強度はかなりいるしね」
「マジか!?」
「じゃあ、ホームセンターとかじゃ売ってないかも」
「まあ、その手の業者なら心当たりあるから頼んでみれば意外となんとかなるかも」
「いらねえよ! ていうか、何で明久はそんなに詳しいんだよ!?」
「ん? 文月学園じゃワイヤーなんて使うのは当たり前──」
「ああ、わかった。もう理解した。だから言わなくていい」
僕が説明しようとすると義之がそれを遮って話を切った。結構面白そうな話だったんだけどな。
「あ、あの!」
「「「「ん?」」」」
僕達がワイヤーアクションの話を切り終えると月島さんが遠慮気味に声をかけてきた。
ああ、僕達がさっきの話に夢中になってたから話しづらかったのかな。
「何だ?」
「あ、あのね……ちょっとものは相談なんだけど……」
「ん?」
「じ、実はね……その、付属最後の思い出なんだけど……卒パの前に、『オンエアコロシアム』に出てみないかなって」
「「…………」」
オンエアコロシアム? なんぞそれ? 義之も同様に首を傾げていた。
逆にななかちゃんと渉は知っているのか、すごい驚いた表情をして、
「え────っ!?」
「オ、オオオオ、オンエアコロシアムだって!? いや、けど……アレはもう抽選が──」
「実は、前のギターが抜けてからも何か思い出欲しいなって……なんとなくオンエアコロシアムの抽選に応募してみたら、エントリーできちゃいました」
「マ、マジかよ、月島!?」
「うん!」
渉が興奮してるってことは、相当すごいことなのかな。
「えっと、いいかな?」
「はい、明久君」
「その……オンエアコロシアムって、何かな?」
「え? お前知らないのか?」
「全然」
「俺も知らん」
「義之もかよ! 音楽好きなら知っておこうぜ!」
「それで、結局何なの? その、オンエアコロシアムって」
「この島で音楽やってる人なら、絶対誰でも一度は聴いたことがあるラジオ番組だよ?」
僕の疑問にななかちゃんが答えてくれた。ラジオ番組ねぇ……。
僕はテレビしか見てないからラジオ番組なんて全く興味もなかった。
「それで、そのラジオ番組が?」
「うん、この番組はね、『初音島放送局』が流してる番組でね。抽選で10組アマチュアバンドを決めて、スタジオ内にある会場で演奏するの。会場にはお客さんが100人ほどいてね、それぞれ評価してもらうんだ」
「んでもって、評価の高かった順に5組が選ばれて実際に番組から曲が流れるんだよ」
「ああ、なるほど……って、それちょっとしたアイドルライブのようなもんじゃん! それに当選したってこと!?」
「そうなんだよ! 応募しても門が狭くてさ、なかなかまず抽選で選ばれることは少ないんだけどさぁ……」
「で、今回、その抽選で受かっちゃいました~」
小恋ちゃんがその豊満な胸を張ってどうだとアピールした。
「す……すげぇ」
「すごい運がよかったね、小恋ちゃん」
「けどさ、何でそんなところに応募を?」
「さっきも言った通り、ちょっとした思い出作りに貢献したくって……それにせっかく音楽やってるわけだし、『オンエアコロシアム』は、そんな私達の夢の番組でもあるわけだから」
「確かになぁ。あ、ほら、義之が好きなオレンジランチも、ここ出身の優勝者なんだぞ?」
「そうだったのか!?」
「とまあ、それくらい音楽をやってる奴にしたら登竜門みたいな番組なんだ」
「それで、どうかな、2人共?」
「どうかなって?」
「よかったら、義之もななかも、明久君にも手伝ってほしいんだけど」
小恋ちゃんの言葉に僕達3人が顔を見合わせた。
確かにななかちゃんがボーカルをやれば優勝も夢じゃなさそうだな。しかし、ななかちゃんにはひとつ問題があったんだよね。
「でも、私人前で歌うの好きじゃないんだけどなぁ」
そう。ななかちゃんは歌は上手なんだけど、あまり大勢の人の前で歌うことを好まないのだ。
「それもわかってる……」
「わかってて、お願いしてるの?」
「あう~……だって、できればななかがいいんだもん」
「頼む! 白河がボーカル、義之がギター、明久がキーボードのポジで、是非!」
そう言って渉が直角に頭を下げてきた。相当出たいんだろうな。そんなこと言われたら、
「くすくす。しょうがないな~。付属最後の思い出、か……いいかもね」
「え? じゃ、ななか!」
「私も出るよ。そんで、キーボードは明久君が、ギターが義之君でいいと思ってるから。2人が出るっていうならいいよ」
「え? 俺も?」
小恋ちゃんと渉の視線が僕達に向けられた。
「僕はもちろんいいよ。そういうのも楽しいだろうし、絶対思い出になるから。義之は?」
「え? えっと……」
義之は未だ悩んでるのか、首を捻っていた。
「義之! 頼む! 俺達といい思い出作ろうぜ!」
「義之、お願い」
「………………よし、わかった。俺も出てみるか」
「やった────っ!」
小恋ちゃんが大喜びでななかちゃんに抱きついた。ななかちゃんも嬉しいのかお互いに抱き合う形になっていた。
「おおおおぉぉぉぉ、義之ぃ! ありがとな! お前はやっぱり俺の心の友だ!」
「わかった! わかったから抱きつくな! キモイから!」
こうして、僕達はオンエアコロシアムに出場することが完全に決まったのだった。