バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第五話

 

 昼休みになって、僕達は学食へと向かおうとしていた。

 

 お弁当も作っておこうかと思ったけど、転校の手続きばっかで正直作る暇がなかった。

 

 これというのも音姫さんがやたらと気を利かせてあれこれ用意した方がいいとか、これは流石に必要ないという義之や由夢ちゃんの口論が続いたからだ。

 

 音姫さんは確かに世話好きなんだけど、必要なさそうなものまで用意してしまう。学校に行く前なんか包帯やら非常用の飲料水なんかまで用意するくらいだったからね。

 

 とと、そんなことより学食だ。そう思って僕と義之が学食へ足を向けようとした時だった。

 

「よよよ! お前ら、今から学食か?」

 

「あ、板橋君」

 

 僕らの後ろから板橋君が小走りて駆け寄ってきた。

 

「うん。今朝は弁当を作ろうかと思ったけど、少々事情が込み入りまして……」

 

 特に音姫先輩の説得にかなりの時間を要してしまったからね。

 

「でも間に合うか? 今日は4時限目が理科で長かったから今から間に合うか?」

 

「うっ……」

 

 板橋君の言葉に義之が苦い顔をした。確かに先の授業の終わりまでの時間が長く感じた。

 

 その所為で昼休みの終わりの時間が少しだけど短くなった。

 

 別に少し終わるのが遅くなったからといって学食がそこまで混むとは考えられないと思ったけど、よくよく考えればここは中・高と一貫性だから生徒の数は相当だろう。

 

 どれだけの頻度で学食を利用するのかはまだ入りたての僕にはわからないけど、きっとかなりの人が使うだろう。

 

「杉並は、昼どうするんだ?」

 

「うーむ……外のコンビニにでも行くか」

 

 板橋君が振り向いた先には若干河童頭の紳士に見えなくもないが、それ以上に胡散臭い空気を纏った男がいた。ていうか──

 

「あ、君……確か、文化祭で会った!」

 

「ははは。ご無沙汰だったな吉井明久よ。改めて自己紹介するが、俺は杉並だ。そしてこの2人は永遠の絆で結ばれた同志なのだ」

 

「明久、本気にするな。コイツの冗談だ」

 

「あ、そうなの?」

 

 やはり第一印象の通り、杉並君は謎の多そうな人物だった。

 

「しかしコンビニか……。妥当ではあるが、行くのがちょっと面倒だな」

 

「ふふっ。ここはひとつ、アミダで決めるというのはどうだろうか?」

 

「そこは普通ジャンケンじゃないの?」

 

「というか嫌だよ。お前が作ったアミダ……ロクなものじゃねえだろうが」

 

「確かに」

 

 杉並君の案に義之と板橋君が許否の意を示した。

 

 本当にどんな人なんだろう、杉並君って?

 

「照れなくてもいいぞ?」

 

「なんでお前のアミダでテレなくちゃいけねえんだよ」

 

 しかし、このまま口論しても昼休み終了の時間が迫るばかりだ。どうにかならないものかなと悩んだ時だった。

 

「欲しい?」

 

「ん?」

 

 急に目の前に蓋の開いた弁当箱が差し出された。

 

 お人形みたいな容姿に潤んだ瞳でその小さな手に持ってた弁当箱からカラフルなものが見えた。

 

「あ、雪村さん。ていうか、雪村さんの弁当……いいの?」

 

「くるしゅうない」

 

 何だろう? 彼女がものすごく天使に見える。僕が雪村さんの恩藉な行動に涙を流そうとした時だった。

 

「も~、杏! 私のお弁当持って何処行ったの~!?」

 

 雪村さんの名前を呼んで月島さんが走り回るのが見えた。

 

「おい杏。これ、小恋の弁当だったのか?」

 

「ええ。だからくるしゅうない」

 

 雪村さんの言葉に僕もちょっと苦笑いしてしまった。

 

「お前はくるしゅうないかもしれねえが、あいつはくるしいだろ」

 

「流石に他人の弁当をっていうのは……」

 

 これでは月島さんが午後の授業に耐えられないだろう。

 

「あ~! 杏、何やってるの! 私のお弁当持って行って!」

 

「あら、見てわからない? 小恋のお弁当をお腹を空かせた哀れな子羊に与えてやってるの」

 

 子羊って……でも間違っていないから反論もできない。

 

「あ、あのね~……」

 

 雪村さんの言葉に月島さんが溜息をついた。

 

「別にいいじゃない。どうせ、義之達に分けようと思って多めに作ってあるんでしょ?」

 

「あわわ!」

 

「え? マジで!?」

 

「ほほぅ……それはありがたい」

 

「あ、あわわ……そんな、あの……あんまりおいしくないと思うし」

 

 慌てた様子で月島さんが否定しようとしてる感じにも見えるが、本当に義之達に分けようと作ってきたらしい。なんて優しい娘なんだろう。

 

「何やってるの? あ、もう義之君達に分けちゃってるの?」

 

 後から花咲さんもやってきて、その花咲さんの手にもかなりの量と見てとれるお弁当箱があった。

 

 わざわざ水筒や人数分の紙コップを持っているあたり、本当に義行君達に向けて作っていたようだ。

 

「えっと……まだなんだけど、その……」

 

「お弁当も持ってこないでお腹を空かせた挙句、中庭の芝生も食べ出すって──」

 

 確かにお弁当を持ってこなかったからどうしようかと思ったけど芝生までは食べないよ。

 

「──そう……小恋が言ってたわ」

 

「あわわ!」

 

「俺達は牛かよ」

 

「だだだ、だって……そんなの庭を管理してる用務員のおじさんが困るでしょ?」

 

「食うこと前提かよ!?」

 

「そうだよ。流石に芝生なんて食べられ……いや、夏の熱さもまだ残っているなか、たっぷりの水に漬ければもしかしたら……」

 

「「「………………」」」

 

「はっ!」

 

 マズイ。義之達の前であの頃のひもじい時の事は言わない方がいい。

 

 普通はそんな食の摂り方をしてる人なんていないんだ。僕らが特殊すぎただけで。

 

「とまあ、こんな人達を心配する小恋ちゃんの気持ち、わかんないかなぁ?」

 

「わかる! すんげぇわかる!」

 

 花咲さんの言葉に板橋君が強く頷く。その際僕を見ていたのは気の所為だと思いたい。

 

「じゃ、皆で食べよ。私も杏ちゃんもいっぱい作ってきたんだから」

 

 どうやらみんな男子に向けて手料理を作ってきたらしい。男としてはなんとも嬉しい事なんだけど。

 

 残念なことに、以前僕の周囲にいた人の手料理が特殊すぎて……その時の光景が頭に浮かんでどうにも素直に喜べなくなっている。

 

 とりあえず、僕達は適当に机や椅子を一ヶ所に寄せて座った。

 

 その上に月島さん達が作ってきてくれたお弁当を広げて披露した。

 

「おお!」

 

「うまそ~」

 

「お花見弁当みたいだな」

 

「うごっ! 月島の弁当がすげえうまそうだ!」

 

「確かに、みんなすごいよね~」

 

 まず、花咲さんのお弁当がミックスサンド。カラフルな材料を挟んでその横にはおかずとしてフルーツサラダ、ウィンナーの炒め物が入っていた。

 

 ちょっとしたピクニックに出そうなメニューだった。

 

 次に雪村さんのは2段重ねの重箱に赤飯や煮物と、お花見弁当みたいなメニューだった。

 

 そして月島さんのが三角おにぎり、肉団子、唐揚げとお弁当おかずの定番だが、ものすごく美味しそうなものがぎっしりとタッパーに詰まっていた。

 

「これは、1人ずつの方が食べやすいかなって」

 

 僕達の事も気遣って人数分のタッパーまで用意している。

 

「お、俺は今……モーレツに感動している~~~~!」

 

 それを見て板橋君が身体を震わせて呷然と声をあげて泣き出した。

 

「い、板橋君、どうしたの?」

 

「俺は今、月島の料理にものすごく感動している~~!」

 

 確かに、女の子の料理が出るのは感動ものだよね。僕だったらそれを見たFクラスの連中からの制裁が来るから素直に喜べないけど。

 

「別に、これが初めてではないだろう」

 

「俺達は結構小恋達の弁当に世話になってるだろ」

 

「い、いいんだよ! 毎回作ってくれる度に感動してんの!」

 

 どうやら3人とも月島さん達からの手作り弁当を結構な頻度でもらってるらしい。

 

 それを知ってなんとなく嫉視してしまう。女の子にもらえるだけでなく、ゆっくりとそれを堪能できるんだから。それも、何度も。

 

「難儀な奴だよな。お前も」

 

「難儀でもいい! 俺は今、月島のお箸になりたい!」

 

 板橋君がお昼の賑わっている教室でとんでもない事を言った。それを聞いた全員が哄笑した。

 

「なんだよそれは! そりゃお前、変態過ぎるぞ!」

 

「馬鹿者。己の変態さをここでアピールしてどうする。そういうのはここぞという時に取っておくものだ」

 

 ここぞってどんな時だろう?

 

「変態ね」

 

「あ、杏に変態って言われると、ゾクゾクする! もっと言って!」

 

「この変態豚野郎。私のお弁当がそんなに欲しいのかしら?」

 

「欲しい……欲しいです! 女王様!」

 

 板橋君も雪村さんもかなりノリノリだ。ムッツリーニと工藤さんのやりとりをオープン方向に向けた感じだ。

 

「わ~。渉君がおかしいよ~」

 

「お~いみんな、渉の傍に寄ったら変態が感染るぞ」

 

「きゃ~」

 

「避難が必要ね」

 

 雪月花の娘達が僕達の後ろに隠れるように身を寄せていた。

 

「な、なんだよ? 変態でもいいじゃんかよ。逞しく育ってんだよ」

 

 その言い分はよくわかる。人間そういった正直さも大切だと思う。

 

「俺は応援しよう。お前が今後、更にディープな変態さんになっていく様を克明に記録してやる」

 

「おお、杉並! さすが我が心の友よ!」

 

 それから板橋君と杉並君が熱い抱擁を交わし、それを見た女子が黄色い声援が上がった。

 

 この黄色い声援の意味に2人は気づいているのだろうか?

 

 杉並君が気づいているっぽいけど、正直板橋君の方が心配だ。この手の噂って、何故か広まりやすいから対処に困るんだよね。

 

「あんな友は流石に嫌だ」

 

「やだやだ~」

 

「やだやだ~」

 

「みんな、板橋君なんて素直に言葉にしてる分まだいいよ。前の学校じゃ女子更衣室やロッカー。ありとあらゆる場所に盗撮用カメラ仕掛ける奴だっていたんだから」

 

 誰かというと言うまでもなく、ムッツリーニだ。僕がいなくなった今も、嬉々として女子の盗撮に命をかけていることだろう。

 

「わー。そんな友達もいやだ~」

 

「いやだな」

 

「やだやだ~」

 

 この状況で言ってもただの冗談だと思っているのか、笑って流した。ま、そう思わせておくのがいいか。言わぬが仏だっけ? こういうの。

 

 こんなやり取りがしばらく続き、15分を要してようやく昼食にありつけるのだった。

 

「っは~! うまかったぜ!」

 

「うむ。おいしく頂いた」

 

「お粗末様~」

 

 月島さん達のお弁当を食べて満足した僕らは満面の笑みで背伸びをした。

 

「美味しかったでしょ~?」

 

「よきにはからえ」

 

「うん。本当美味しかったよ。花咲さんのサンドイッチも具の揃え方がいいし、雪村さんのお弁当も落ち着くし、月島さんのお弁当も、みんなそれぞれの好みに分けて作ってあったし」

 

「ふえっ!」

 

 僕の評価を聞いて月島さんが驚きの声を上げた。

 

「ほ~? 明久君中々鋭いですな~」

 

「ふふっ。明久には小恋が誰に愛を向けているのか、全て知られてしまったようね」

 

「は、はわわ! 別に誰も愛してなんか!」

 

 先のように花咲さんと雪村さんにからかわれて大慌ての月島さん。

 

 あれ? この様子を見るとひょっとして月島さん……。

 

「…………」

 

「ん? 何だよ、明久。こっち見て?」

 

「ううん。なんでもないんだ」

 

「? そうか」

 

 なるほどね。これはなんとなく予想していたが、なんともね~。

 

「月島さん」

 

「ふぇ? な、何ですか?」

 

 ポンッ。←小恋の肩に手を置いた。

 

「色々大変かもしれないけど、頑張って。応援してるから」

 

「ふえ~~!?」

 

 僕の言葉に月島さんは顔を真赤にした。珍しく初々しい反応が見れてちょっと得をした気分だ。

 

 それをしばらく堪能して昼休みを過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 放課後になり、僕は荷物をカバンに詰めた。

 

 流石にここに来てまでダラダラ過ごすのもどうかと思えてくる。住んでる家が他人のというのもあるけど、この島の人達はいい人達でいっぱいだからなんとなくそうしたくなってしまう。

 

 そんな風に思えるくらい以前の暮らしが滅茶苦茶だったんだろう、自然と何かしたくなる。

 

「さて、土日は結構冷蔵庫の材料使って食材少なくなってるから帰りはスーパーにでも寄ろうかな」

 

 僕は支度を終えて教室を出ていった時だった。

 

「あ、明久君~♪」

 

 後ろから聞き覚えのある明るい声が玲瓏と響いた。

 

「おひさ~♪」

 

「ななかちゃん」

 

「あ、覚えててくれたんだ」

 

「そりゃあ、まあね」

 

 あれだけ衝撃的な状況にいたのだからたったの3日で忘れる事はない。

 

「えへへ~。明久君が転校してきたって聞いたから様子見てきたんだー。本当はお昼休みにも行きたかったけど、事情がありまして」

 

「そうなんだ。まあ、こうして転校してきたわけだから……今日から同じ学校の生徒同士だし、よろしくね」

 

「うん。よろしく、明久君♪」

 

 そう言ってななかちゃんが僕の手を握ってきた。

 

 もうこれが彼女なりのスキンシップだというのはなんとなくわかってるつもりなんだけど、やはり色々期待みたいな感情が込上がってきてしまうわけで。

 

「はっ!」

 

 背後から殺気を感じて後ろを振り向くと、後ろには既に何人もの男子集団が僕に敵意を向けていた。

 

 Fクラスメンバーほど危機迫るレベルではないが、それでもプレッシャーをかけるには十分だ。

 

「明久君?」

 

「ごめん、ななかちゃん。僕は夕飯の買い出しをしないといけないんだ。話はまた明日昼休みにってことで」

 

「……うん! じゃあ、明日は私がお弁当作ってきてあげるからね♪」

 

「さらばだ!」

 

「逃すな! あの野郎をとっ捕まえてしばき倒せ!」

 

 ななかちゃんのとんでもない言葉で背後にいた男子集団の怒りが一気に爆発して僕に襲いかかってきた。

 

 Fクラスほどじゃないけど、やはり可愛い娘からの手作り弁当を作ってもらうのが殺したい程羨ましいのは全世界共通か。

 

 そんなで僕の転校初日の学校生活はこうして幕を閉じた。

 

 あ、ちなみに夕飯は逃げながらもちゃんと買えたよ。Fクラスメンバーに比べれば追跡のレベルは比較的低めだから。

 


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