バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第五十八話

 

「ふぅ……終わったぁ~」

 

「結構疲れたね~」

 

 僕と義之は肩で息をしながらソファーに座った。

 

 いやはや、本当に疲れた。芳乃家とは違ってほとんどが洋式だから棚とか結構大きい物が多くて運ぶの大変だったよ。

 

「2人共、お疲れ様。そろそろ喉渇いたし、紅茶でも入れようか?」

 

「ああ、できればミルクティーにしてくれると嬉しい」

 

「あ、僕もそれで」

 

「はいはい」

 

 音姫さんは頷いてキッチンの方へと向かった。

 

「ふう……これでようやく一息つける──ん?」

 

 僕がソファーの端っこによりかかるとテレビの前に厚い本が何冊も束になって置いてあった。

 

「義之、これってアルバムじゃないの?」

 

「ん? あぁ……随分古そうだし、だいぶ前のものなんじゃねえのか?」

 

 義之がそう呟きながら本をめくっていく。

 

「あ、やっぱりか。随分と懐かしいものを」

 

「どれ? へぇ……義之も音姫さんも由夢ちゃんも随分小さいねぇ」

 

 見れば普段のみんなとは印象も異なっているのがわかるなぁ。

 

 義之は……まあ、普通に無邪気な感じだね。ただ、かなり印象が違うのは音姫さんだな。

 

 一時期がかなり無表情な写真があった。まあ、何処かを境にして今のような雰囲気になったみたいだけど。

 

「由夢も……昔は素直で可愛かったんだよな」

 

「そう? 今でも結構素直だと思うけど?」

 

「そうか?」

 

「うん。多分、わかってないの義之だけだと思うよ」

 

「何故?」

 

「全く、どんだけ朴念仁なんだか」

 

「それ、お前にだけは言われたくねえよ」

 

 それからまた次々とページを捲っていく。結構写真撮ることが多いみたいだなぁ。

 

 僕ん家なんかこんな平和な写真が一枚もないもん。僕の女装写真は何故かいっぱいあるのに……。

 

「お、これは由夢の10歳頃の誕生日の写真か」

 

「へぇ……由夢ちゃんの誕生日……1月2日なんだぁ。じゃあもう今日だね」

 

「ああ、そうだな」

 

「「…………え? 今日?」」

 

 僕と義之は互いを見つめ合って30秒程硬直し、

 

「って、今日ぉぉぉぉ!?」

 

「やっべええぇぇぇぇ! 大掃除のことばかりですっかり忘れてたぞぉ!」

 

「ど、どうしたの、2人共? 大声出して?」

 

「いや、やべえよ音姉! 今日由夢の誕生日だった!」

 

「え? 弟君、ひょっとして……忘れてたの?」

 

「……すっかり」

 

 どうやら音姫さんは覚えてたようだけど、かなりマズイ気がしてきた。

 

「で、でも義之! 今まだ3時なんだし……今から買い物すればまだ間に合うかもよ?」

 

「なら今すぐ行くっきゃねえだろ!」

 

「あ、弟君!?」

 

「すみません! 僕もお供していきます!」

 

「え、明久君も!?」

 

 音姫さんが慌てた声を出すが、僕達はそれも聞かずに一直線に朝倉家から駆け出した。

 

 まずった。まさか今日は由夢ちゃんの誕生日だったなんて。ていうか義之、仮にも兄妹なんだから覚えてなよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、大慌てで買い物に来たものの」

 

「一体、何をプレゼントしてあげればいいんだろう?」

 

 由夢に誕生日プレゼントを買うことを意気込んだはいいが、所詮頭張りの行動。

 

 いざ商店街に着いたところで何をプレゼントしてやればいいのかに迷ってしまった。

 

「そういえば、僕達……女の子に何かを奢ったりすることはあっても、プレゼントなんてあげたことないよね」

 

「確かに……」

 

 たまに杏や坂本の悪ふざけなどでゲームし、その罰ゲームとして購買のパンなどを奢ったりすることはあってもこうやって、妹とはいえ異性にプレゼントなんて送ったためしがない。

 

 いや、音姉や由夢にプレゼントしたことがないわけではないが、今まではぬいぐるみとか可愛い髪飾りだけで特別考えてプレゼントしたことがない。

 

 今まではそれでいいと思っていたが、流石に由夢もいい年頃なんだ。少しは気の利いたプレゼントを用意した方がいいかもしれない。

 

 ていうか、今日になって思い出して簡単なプレゼント、なんてことになったらあいつの機嫌が斜めになって後々がつらくなる。絶対にだ。

 

「とりあえず……由夢ちゃんはお風呂が好きだから、入浴剤でも見てみる?」

 

「そうだな……」

 

 まあ、このまま何もしないよりは由夢の普段の生活のことを考えてプレゼントを選んでみるのもいいかもしれない。

 

 俺達は入浴剤の売ってそうな店からあたることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……バラ、すみれ、桜、その他フルーツ系……入浴剤なんて、あまり興味はないが、こうして見ると結構種類あんだな」

 

「うん。ちなみに、由夢ちゃんがいつも使ってる入浴剤の種類とか、わかる?」

 

「わかるか……」

 

 んな覗きみたいなことしたら犯罪だろうが。

 

「……朝倉由夢はシャンプーがさくら、入浴剤にバラの香りを使っている」

 

「「おわっ!?」」

 

 由夢がどの入浴剤を使っているかに悩んでいたところで後ろから土屋が現れた。

 

 お前、本当に何処から出てきてんだ。

 

「ムッツリーニ、一体何処から? ていうか、こんなところで何してるのさ?」

 

「……取材」

 

「記者かお前は」

 

「ていうか、例のごとくムッツリ商会のネタ集めとか?」

 

「……まだ言ってなかったが、俺はムッツリ商会を永久封鎖することにした。そして、今後そういった系統の写真を撮るのもやめた」

 

「「何ぃ!?」」

 

 土屋の言葉に俺と明久が同時に驚いた。

 

 まさか……土屋が自ら女子達の写真を撮ることをやめるのを宣言したのだ。驚かない方がどうかしてるだろう。

 

「ど、どうしたのさムッツリーニ……あれほど性に関して魂を尽くしていたのに……」

 

「……夢は、いずれ形を変えるもの。クリパの時、それがわかった」

 

「一体クリパで何があったのさ!?」

 

 全くだ。一体クリパで土屋は何を見たのだろうか?

 

「それで、女子の事じゃなかったら、何を取材していたんだ?」

 

「……ここ最近起こってるという、初音島での事故の数々だ」

 

「あぁ……」

 

 そういえば、さくらさんもここのところ初音島での事故が多発しているって言ってたな。

 

「それで、何かわかったの?」

 

「……全くだ。共通点と言えば、どれもこれもが原因不明ということだけ。中には小さな少女を目撃した例もあるが、それが本当のことかどうか今のところ不明だ」

 

「少女?」

 

「金髪でリボンをした少女……手がかりはそれだけだ」

 

「それ、そこらにいっぱいいるじゃん」

 

 確かに。今では少なくなってきたとはいえ、その手の外国からの観光者が多いわけだし、それだけじゃ一体誰が目撃された少女なのかわからない。

 

「それで、どんな事故が起こってたの?」

 

「……調べてみればかなりの数がある。下り坂でブレーキが効かなくなり、電柱に衝突した件。不良がナンパをしている最中、目の前の店の看板が落下した件。他にも色々あるが、どれも奇跡的に死亡者がいなければ、大した怪我も負ってない」

 

「うわ、それは本当に奇跡的だね」

 

 確かに。それだけ多発しているにも関わらず、どれも大した怪我をしてないというのは奇跡としか言い様がない。

 

「……だが、その事故の発生する時間の間隔が、年末を境に徐々に短くなってきている」

 

「それは、怖いね……」

 

「……そのために、この島から出て行く者も少なからずいると聞く」

 

「そりゃあ、そんだけ頻繁に起これば不安になる奴だっているだろうな」

 

「……俺の知ってることは以上だ。お前達は何も気にせず、朝倉由夢の誕生会に行ってこい」

 

 そういって土屋はシュッ、と音をたてて消えた。

 

 ていうか、そんなシリアスなことを聞いて気にするなというのは無理な話だろう。

 

「……とりあえず、由夢ちゃんが使ってるのとは違った入浴剤をいくつか買って、他に何かひとつ買っておこうか?」

 

「そうだな……」

 

 俺達は適当な入浴剤を数個買い、近くにあったファッションセンターで買い物をし、由夢のプレゼントを買うことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……とりあえずはこんなところか」

 

「うん。どうにか間に合ったみたいだね」

 

「ああ、一時はどうなるかと思ったが、これならあいつも文句はないだろう」

 

「うん。でも、ファッションセンターに行って買ってきたのがアレっていうのは、どうなの?」

 

「何言ってるんだ。少しでも女らしさを身につけさせようという兄の優しさがわからんか。お前だって、家にいる時の由夢を見てそうは思わんか」

 

「そ、それは……」

 

 それ見ろ。お前だって同意見じゃねえか。

 

 さて、しゃべるのはこのくらいにして、さっさと家に帰るとするか。そう思って芳乃家に行こうとした時だった。

 

 ジリリリリリリリリリリリリリリリ!!

 

「なっ!?」

 

「何だ!?」

 

 突然非常用のベルがショッピング通りで鳴り響いた。

 

 すると、ショッピング通りの出入り口のシャッターが突然下がっていった。

 

「ちょっ!?」

 

「まだ中にいるんだぞ!?」

 

 俺達は慌てて出入り口へと向かって駆け出していったが、間に合わず、シャッターは締まり、俺達を阻んだ。

 

「お、おい! 反対側も!?」

 

 通行人のひとりが叫び、振り返ると反対側のシャッターも勢いをつけて締まった。

 

「ちょ!? 一体何なの!?」

 

 突然の事態に明久が大慌てだった。落ち着けと言いたいところだったが、あまりに突然起こったことで俺も状況についていけなかった。

 

 しばらくするとシャッターの向こう側から声が聞こえてきた。

 

『失礼! 中にいる方! 大丈夫ですか!』

 

「大丈夫なわけないでしょ! 一体何があったんですか!?」

 

 シャッターの向こう側から聞こえた声に明久が返した。

 

『すみません! どうやら、セキュリティシステムに誤作動があったようです!』

 

「誤作動?」

 

「ということは、すぐに開くんですよね?」

 

『そ、それが……』

 

 シャッターの向こうで、歯切れの悪い声がする。

 

『どういうわけか、シャッターの開閉スイッチがロックされてまして……現在、原因を調査中ですので、今しばらくお待ちください』

 

「何だって!?」

 

 そんなバカなことがあるかよ。これから由夢の誕生会があるのにだぞ。

 

「そんな! 何とかならないんですか!?」

 

『すみません! 早急にシャッターを開けますので!』

 

「そんなに待ってられるか!」

 

 そう叫んで明久は辺りをキョロキョロと見回した。何とか脱出を試みようとしてるんだろうが、もちろん出入り口はここと反対側のシャッターしかない。

 

 店に入って別の場所から出ていこうにも、出入り口付近の店は既に閉店しており、まさに八方塞がりだった。

 

「こうなったら!」

 

 明久が何をするつもりなのか、近くにあった旗を安定させるためのブロックを拾い、そして近くに置いてあった仕切り用のロープを拾った。

 

 それからロープを切り、片方は短く、もう片方をかなり長めにしてそれぞれをブロックにくくりつけた。

 

 ……あぁ、今までのパターンから言って明久がこれから何をしようとしているのか、朧げにだがわかっちまった。

 

「さぁ……イッツ、ショーターイム!」

 

 短めのロープでくくりつけたブロックをショッピング通りの上にあるガラスへ向かってハンマー投げの容量で投擲した。

 

 ガシャーン!!

 

 もちろん、あれだけの勢いがつけば窓ガラスは割るだろう。

 

「てか、何やってんだお前は!?」

 

「そんじゃ、次は義之!」

 

「いや、まさかあそこから出ろっていうんじゃねえだろうな!? 無茶言うなよ! どんだけ高いと思って──っていうか、このロープはなんだ!?」

 

 いつの間にか俺の腰には先程切った長めのロープが巻かれていた。この巻きつけられたロープ、割れた窓ガラス、さっきの投擲の場面を考えると……嫌な予感しかしなかった。

 

「そんじゃ、行ってこいやぁ!」

 

「ちょっ、マジかよぉ!?」

 

 明久が反対側の先にくくりつけた小石を投げて天井の柱から通し、そこから落ちたロープを思いっきり引っ張ると見事に俺の身体が引っ張られ、先程割れた窓ガラスに向かって放り投げられた。

 

 俺の身体は見事外に出られたはいいが、外に出てからシャッターの上の壁にぶつかり、更に割れたガラスによってロープが切れ、地面に落ちた。

 

「ごぶっ! つ~~……!」

 

 め、滅茶苦茶痛ぇ! 何考えてんだあのバカは!

 

『義之ぃ! 無事に行けた!?』

 

「無事に行けた!? じゃねえよ! 危うく死ぬかと思ったわ!」

 

『ごめん! とりあえず出られたんなら先に帰って由夢ちゃんの誕生日祝ってあげて!』

 

「んなわけに行くか! お前ひとり残して!」

 

『どうせ窓ガラスの件で残ることになりそうだし、それなら義之が先に帰って誕生日を祝ってあげたほうがいい!』

 

「いや、けど──」

 

『いいから行け! 目の前のことに気を取られてばかりで大事なことを見失うなよ!』

 

 それはむしろこっちの台詞だった。目の前のことばかりで周りが見えず、自分のことも省みずに無茶ばかりするお前には。

 

『さっさと行け! 由夢ちゃんだって、自分の誕生日なのに何も言わなかったけど……本当は義之に一番祝ってもらいたいに決まってるよ!』

 

 でも、気骨がすごい。一番他人のために頑張るお前の姿は、危なっかしいが結構憧れたりもする。

 

 お前のいた世界じゃその行動が報われることが少なかったが、せめてこっちではその報いはあってほしいと思う。

 

 だからこんなところにひとり残しておきたくはないが、

 

『早く行け! 由夢ちゃんをひとりにしてやるな!』

 

 こいつは……どんな状況でも他人のために行動している。今ここで残っても、それは明久はもちろん、今日が誕生日である由夢の心にも何かしらの傷が残るだろう。だから、

 

「……悪い! プレゼント渡したらすぐに戻る!」

 

『できれば渡した後も祝ってあげてほしいけどね!』

 

 あいつが攪取したこの機会を逃すわけにはいかない。せめて、あいつにプレゼントしてやらなきゃあいつに申し訳が立たねえ。

 

 だから俺は、明久を残して芳乃家へ向かって全力で駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 わかっていたことだった。別に私から言ったことでもない。こんなことしたって意味がないのはわかってるのに。

 

「遅いなぁ……」

 

 それでも、そんな言葉が出てきちゃう。

 

 私の目の前にはいくつもの料理が並んでいる。けれど、お姉ちゃんのじゃない。兄さんのでもなければ明久さんのでもない。

 

 私が、この日のために練習して作った料理。時々明久さんにも見てもらって、練習して、ようやく人並みになれた。

 

 私が作った料理を食べて、賑やかな誕生日にしかったけど……この事は誰にも言ってない。

 

 もちろん、私の誕生日をお姉ちゃんは覚えてくれて、突然生徒会の都合が入って学園に行く前におめでとうと言ってくれた。

 

 木下さんは演劇部に呼ばれて今日は遅くなると言い、霧島さんと坂本さんは2人でどこかへ出かけた。

 

 だから残ったのは兄さんと明久さんだけだけ。例え誕生日を思い出したとしても……ここには来れない。私はそれを知ってる(・・・・)から。

 

 ただ、私が勝手に期待して、誕生日だからってバカみたいにはしゃいで……でも、全部わかってるから。

 

 わかってるから……ずっと、嘘をついてた。

 

「何、期待しちゃってたんだろ……」

 

 今置かれてる状況を見てつい自嘲気味の言葉を吐いてしまう。時刻は6時をちょっと過ぎたところ。

 

 何やってるんだろ……約束したわけでもないのに。勝手に待っちゃって。

 

「……疲れたなぁ」

 

 多分、今日は誰も戻ってこない。だから、今日は戻ってさっさと寝ちゃおう。

 

 慣れないことやって、疲れちゃったし。そうやって家に戻ろうとした時だった。

 

「ただいま! 由夢、いるか!」

 

「……え?」

 

 ありえない声が聞こえた。そんなはずがないと思った。

 

 だって、今日はもう誰もこないはずだったのに。だからあの声が聞こえてくることなんて、ありえないはずなのに。

 

「由夢!」

 

 でも、現実が……運命が変わった瞬間が今、目の前にあった。

 

「お、遅れてすまねえ! ちょっと不測の事態があって、不本意ながら足止め喰らっちまって、とにかく、スマン!」

 

 目の前で、兄さんが息を乱して、呼吸も整えないまま声を荒げて謝罪してきた。

 

 そして、脇に抱えていた紙袋を乱暴に掴んで、私の前にズイ、と出してきた。

 

「これ! 誕生日プレゼント! 明久と選んできた!」

 

 嘘じゃないかと……夢じゃないかと思ってた。来るはずなんて、ないと思ってたのに……実際はこうして、私の誕生日を祝いに来てくれた。

 

「だから、これで機嫌なおして……って、由夢!? いや、誕生日の事忘れてたのは謝るから! 何も泣かなくても」

 

「え……?」

 

 兄さんに言われて、目元に手を添えると、確かに私の眼から涙が出ていた。

 

 無意識のうちに泣いてたみたい。そりゃあ、仕方ないでしょ。だって……本当なら(・・・・)兄さん達は帰ってこれなかった筈なんだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ピリリリリ!

 

「あ、スマン由夢!」

 

 兄さんの携帯からメロディーが流れ、兄さんが慌てて電話に出た。

 

「もしもし? あ、明久か! 出られたのか!? ……うん、出られたならよかった。……出たはいいけど、ガラスを破った件について警察で事情聴取って、そりゃ当たり前だな。……あぁ、ちゃんと渡せたよ。……そうか。まあ、怪我もないんならそれはそれでいいか。……え? 土屋が? ……そうか。道中気をつけとけよ」

 

 それから兄さんは通話を切って携帯をしまった。

 

「悪い。明久も祝う予定だったんだが、さっきも言った通り、不測の事態があって明久は遅れて来るそうだ。それまでは俺達だけで祝っておくか」

 

 よくわからないけど、運命が変わった。何で変わったのかはわからないけど、今はこの運命に感謝したかった。

 

「あれ? そういえば、音姉達がいないけど、どうしたんだ?」

 

 だって、おかげで最高の誕生日になったから。

 

「お姉ちゃん達はそれぞれ都合ができちゃったから今は私と兄さんだけです」

 

「そうなのか。あれ? じゃあ、この料理は?」

 

「私が作りました」

 

「……え”?」

 

「何ですか? そのえ”、は」

 

「いや……だってお前、料理……」

 

「明久さんに教わりましたからそんなに心配しないでください。ここまでできるのに随分時間かかっちゃったんですから」

 

 だから、この日だけでいい。一生分笑えるような誕生日にしたいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ええ、昨日……また原因不明の事故がありました。商店街ショッピング通りのシャッターが誤作動を起こして締められ、何人から数時間閉じ込められた件。及び、複数の交通事故がありました。その交通事故で、同一人物が幾度も車に撥ねられましたが、特に大した怪我はないもよう。その人は、目撃者の話によると風見学園の生徒であるようで──』

 

「へぇ~、また交通事故か」

 

「最近はやはり物騒じゃのう」

 

「……道筋注意」

 

「だね。でも、奇跡的に助かったなんて、一体誰なんだろうね?」

 

「……それは、ツッコミ待ちなのか、明久?」

 

「へ? 何が?」

 

「このニュースを見て、何も思わないんですか、明久さんは?」

 

「え? 由夢ちゃん、それって一体?」

 

「これ、絶対明久君だよね?」

 

「え? まさか」

 

「なら聞くが明久……その体中の包帯はどうしたんだ?」

 

「ああ、こっちに急いで戻ってくる間に色々ぶつかっちゃったみたいで。何にぶつかったかは必死で走ってたから覚えてないけど」

 

「このニュースの情報を総合して、十中八九お前しかいないだろ!」

 

 由夢の誕生日の翌日を境に、風見学園に『飛び降り隊長』改め、『不死身の走者』という異名が初音島中に広がることになった。

 

 そのことを知らないのは本人だけである。

 


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