スキー場での生徒会合宿一日目を明けた朝。つまりは二日目の朝。僕達は今日も朝からスキーをするため、食堂でエネルギー補給をしていたのだが……。
──ドタドタドタ!
「ふ、副会長!」
すごい慌てた様子で生徒会メンバーのひとりが高坂さんのもとへ駆け寄っていく。
「一体何なんだ?」
「さあ? すごく慌ててるみたいだけど……」
「どったの?」
「た、大変です!」
高坂さんが訝しげな表情をし、それから僕達を見るとこっちへ来いと合図した。
「なんすか?」
「なんか、随分慌ててるみたいですが」
「何かあったのですか?」
「じ、実は、今入った情報なんですが。どうもこのスキー場近辺に、杉並が出没したらしいのです!」
「ええっ!?」
「何っ!? じゃあ、昨日のはやっぱり!」
「昨日? 何かあったの、弟君!」
「いや、何かここに来た時からチラチラと杉並の気配を感じたんですけど……昨日は俺の部屋で杉並の声が聞こえて」
「ああ、それで昨日あんな悲鳴あげてたのか」
あの慌て様はそういうことだったわけね。
「それ、本当なの?」
「まあ、気の所為だと思って今まで忘れてたんですが……でも、他に見た人がいたっていうのなら、気の所為じゃなかったってことですかね?」
「う~む……そうなるとその情報、デマじゃなさそうね」
「でも、杉並って吉井達のクラスの人でしょ? 今頃初音島で重い軽い関係なく、なんらかの処罰は受けてる筈じゃ?」
「まあ、あいつは気まぐれだからな。そんな理屈が通用する相手じゃないよ」
「それと……実は他に傍らに男女が何人かいたらしいです」
「複数? ひとりはムッツリーニだとして……他は?」
「誰と誰がいるかは知らないけど、これはあたし達に対する挑戦かもね」
「はい?」
「へ?」
「あたし達がここにいるのをわかっていて、何か煽るようなことをしでかそうとしているのかも」
「あはは、ありえる話だよね~」
「もうこうして話している会話内容も既に盗聴されてる可能性も高いよね」
「つくづく好戦的だな、あいつは」
「よし。食事が済んだら早速杉並達の捜索をしましょう! 生徒会の人間は大至急ここに集まるようにと通達して」
「は、はい!」
高坂さんの指示を受けて情報を持ってきた人が早速通達へと駆け出していった。
しかし、まさかここに来てまで杉並君とは。でも、なんか大事なことを他にも見落としているような。
何か、水面下でとんでもない事態が進行してしまってるような……。
その後しばらくして、生徒会メンバーが揃い、いくつかのチームに分けて杉並君の捜索を行うことになった。
「──というわけなんだけど、弟君、どうする?」
「どうするって?」
「この後の行動。基本的には2人1組になって行動しようって思ってるんだけど、弟君は誰のパートナーになるかなって。つっても、パートナー決まってないの、もうあたしとエリカ、吉井だけなんだけど」
「じゃあ、2人が組んで俺が明久ってことにしとけばいいじゃないですか」
「う~ん……そうはいってもねぇ。吉井と組ませても、吉井ならともかく、弟君を放っておくのもなあ。相手は杉並だし……杉並相手に最も効果的な弟君だからね。なんたって、あんた達通じ合ってるんだから」
「それ、俺にとっては激しく不本意なんですけど!」
「まあ、この際いっか。とりあえず、このチームで杉並を捜索。くれぐれも気を抜かないようにね!」
それから杉並君捜索任務が開始された。
ゲレンデに出ると人工の雪が太陽光を反射して眩く輝いていた。
「さて、何処から探したものか」
「普通に考えて上級コースに行った方がいいんじゃない? 杉並君ならあそこか、それよりもっと上にいそうなんだけど」
「まあ、確かに……」
あの杉並君のことだからまともにスキーで滑ってるかどうかすらも怪しいところだ。
下手をすればスノーモービルで滑ってる可能性だってある。というか、その可能性の方が大な気がする。
「そうなると、まずは上級者コースから当たった方がいいか」
「そうだね」
そうして僕と義之はまず上級者コースから軽く滑りながら探すことにした。
視界を遮るゴーグルを外して、少しゆっくりめのスピードで滑りながら左右を見たり、時々コース外を見たりして探してみるが、それらしい姿はなかった。
「う~ん……やっぱりいないっぽいね」
「そうなると、マジで上級者コースよりも更に上のどこかにいるってことか」
「ここからもっと上にあって普通の人がいかなそうな場所というと……」
僕は念のためと高坂さんに渡されたパンフレットにあるこのスキー場と近辺が描かれた地図を見て該当しそうな場所を探す。
「……この、八ツ脚岳の頂上辺りかな?」
「まさか……いくらなんでもそこまで行くか?」
「でも、あの杉並君だし……」
「……それを言われると否定できないのがなぁ」
「まあ、ものは試しで。それにそこからならいなかったとしても、滑りながら探せるし」
「そうだな」
それから僕達は杉並君を見つけるべく、上級者コースから更に上にいった八ツ脚岳の火口付近まで行った。
「あのさ、本当にここにいると思うか?」
「でも、杉並君だし……」
「わからなくはないんだが、確実に足場が悪すぎるだろ」
「まあ、杉並君なら自前のスキー板魔改造して色々やりそうだし」
「アイツなら本当にやりそうで怖ぇよ。まあ、気長に探すしかないよな……」
「そうだね。じゃあ、早速捜索開──」
「どうした明久? 急に立ち止まっ──」
「あ……」
「大変、見つかっちゃったわね」
「あらら……逃げなくちゃ」
「…………」
「杏に茜!? それに、小恋に白河まで、なんで!?」
「ええぇぇぇぇ!? なんで4人がここに!?」
「ていうかお前ら、杉並に加担していたのか!?」
火口に着くと、そこには何故か杏ちゃん、茜ちゃん小恋ちゃん、ななかちゃんがいた。
「とりあえず、杉並に報告ね」
「らじゃ」
「あはは……ごめんね」
「…………」
杏ちゃんと茜ちゃんが頷きあい、小恋ちゃんも苦笑いしながらついていく。
「ちょ、ななかちゃん!? なんで君がここに!? ていうか、気の所為かなんか怒ってない!?」
さっきからななかちゃんはいつもの笑顔じゃない。むしろ若干不機嫌になっている気がする。
「……楽しそうだったね」
「え?」
「スキー教えたり、ツイストゲームしたり」
「なんで君がそれを知ってるの!? ていうか、昨日から感じたあの悪寒はもしかして君が!?」
昨日のあれらを知っているのも驚いたが、この4人がいるとなると、他にも何人か来ている可能性もある。
そうなると、十中八九ムッツリーニが何処からか僕達を常に監視していたということだ。
恐らく、ロッジやゲレンデのあちこちにマイカメラを大量に仕掛けていたことだろう。
「ていうかななかちゃん、誤解だから! あれはその場の流れというか、仕方なかったんだよ!」
僕の叫びも虚しく、ななかちゃんはプイ、と踵を返して逃げていく。
「ななかちゃああぁぁぁぁん!」
「うわ……これが修羅場ってやつなのな」
「感心してないで義之もなんとか言ってよ!」
「いや、そうしてもいいが、まぁ……お前が頑張るしかないな」
「薄情者ぉ!」
なんて言ってる場合じゃない。僕達も4人を追って駆け出すが、元々足場が悪い上に、念のためスキー板を脱いだとはいえ、スキー用のブーツだと走りづらい。
「待て!」
「お願いだから待って!」
「待てと言われて待つ人はいませ~ん」
「逃げる女を追い詰めていく男……ふふっ、なんか背徳的」
「え~? じゃあ私達、あの2人に襲われちゃうの~?」
「そう……捕まったらきっと、酷いことに──」
なんだか、逃げながら器用に呑気な言葉を交わし合ってる。というか、何か他の人が聞けば僕達の社会的地位がやばいことになりそうな会話をしないでくれない?
「そして、人気のない雪山では助けを呼ぶことも逃げることもできず、私達は──」
「わくわく」
「こらそこの2人! 変な言いがかりをつけるな!」
「それより、ここにいるのは君達だけ!? 他にムッツリーニや秀吉、雄二は!?」
「ひ・み・つ♪ 捕まえられたらぁ、教えてあげてもいいよぉ~?」
「きっと人には言えないような方法で口を割らされてしまうのね。義之、吉井、スケベ」
「「だから変な言い掛かりをつけるなぁ!」」
それから徐々に引き離されていき、向こうは時々こっちを振り向きながら余裕をもって逃げている。
「くっそぉ! 走りづれぇ!」
「全然距離が縮まらない!」
「やっぱブーツじゃ走りづらいし、向こうには杏がいるからなぁ……多分、この辺りの地形は完全に頭に入ってるはずだ」
「これじゃあ、確実に僕達は不利ってことじゃん」
「とにかく、出来る限り追うしかねえ」
「だね! お願い、待ってななかちゃああぁぁぁぁん!」
「……なんだか、夫の浮気に耐えられなくなった妻を情けなく追うシーンみたいだな……そして、最後は結局破綻と」
義之、それ笑えないからやめてくれない?
夕方になって、僕達は肩で息をしながら上級者コースまで降りた。
「ぜぇ……ぜぇ……完全に、見失った……」
「はぁ……はぁ……まあ、向こうは見つかるの想定して普通の靴だったみたいだから、当然といえば当然……なのかな?」
僕達は情けない姿勢でススス、とゲレンデを滑る。
「とりあえず、戻るか。そろそろ視界が……」
「そうだね」
今になって周りを見れば、天気が崩れ、吹雪き始めたのだ。
どうにか滑れる程度には視界は安定しているが、このままでは視界が真っ白になるくらい吹雪く可能性もある。
義之の言う通り、今日は諦めてさっさと戻った方がいいだろう。そう思った時だった。
「……あれ?」
「どした?」
「あれって……小恋ちゃんじゃ?」
「なに?」
見ればコース外で小恋ちゃんがキョロキョロしているのが辛うじて見えた。
「迷った……のかな?」
「かもな。まあ、この吹雪だからな。とりあえず、ひとり確保といくか」
僕達は月島さんのもとへと滑っていった。
「おい、何やってんだ?」
「よ、義之!?」
傍に来てようやく気づいたのか、小恋ちゃんが声を上げて驚いた。
「お前ひとりか。杏達は何処かって聞きたいところだが……まあ、それは後で聞くとして──」
「そ、それより!」
義之の台詞に小恋ちゃんが割って入る。なんだか、随分と慌ててるみたいだけど。
「な、ななかが……」
「ななかちゃんがどうかしたの?」
「そ、その……さっきまでいたんだけど……吹雪き始めて、みんなのところに戻ろうとして、途中からいなくなって……」
「……え?」
小恋ちゃんの言葉が一瞬わからなかった。
「な、ななかちゃんが……いなく、なった?」
「それって、一大事じゃねえか!?」
「さ、さっきから探してるけど、どんどん視界が悪くなってくるし……」
「携帯は!? 携帯で連絡取れないのか!?」
「無理! ここ圏外だから!」
携帯も圏外。更に視界の悪いこの吹雪の中で遭難……かなりマズイ状況じゃないか!
「義之は小恋ちゃんとロッジに戻って! 僕はななかちゃん探して来る!」
「え? お、おい明久! この吹雪の中じゃかえって危険──」
義之が止めようとしたけど、最後まで聞かずに僕はコース外を滑ってななかちゃんの捜索を始める。
「……はぁ」
薄暗く、視界もままならない吹雪の中で私は地面に座り込んでいた。
明久君達を撒いてからしばらくして吹雪き始めちゃったから杉並君達のところへ戻ろうとしたけど、途中で足がコースを外してしまい、更にそこは急勾配となってて、体勢を崩して悲鳴を上げることもできずに転がり落ちちゃった。
それから今までずっとこんな体勢。やっちゃったなぁ。
「……はぁ」
さっきから大声も上げることもできず、ため息ばかりついている。
明久君はどうしてるかな? ロッジに戻って……また楽しくやってるかな?
……わかっては、いるんだけどね。明久君はいつも楽しそうにしてて……ただそこにいるだけで、空気が暖かくなるっていうか。
だから、みんな楽しそうに明久君と接して、誰とでも親密になれちゃうんだよね。頭ではわかっているんだけど……時々、明久君の優しさが恨めしい時もあるんだよね。
私と違って……誰にでも正直でいられる明久君が羨ましい。私は……本当の友達と言える人が少ない。
ほとんどの男の子って、自分勝手で、女の子を自分のものにするみたいな考えばっかりだから、私は差し障りのない程度に話して一定の距離を置くばかり。
だから、明久君がすごく羨ましい。好きなのに……他の女の子と一緒の時も、色んな人と楽しそうに過ごしている時の明久君を見ると、嫉妬しちゃう。
ただ嘘を並べて、距離を置き続けてる私がそんな感情を抱くなんて、間違ってるのに。
「……明久、君」
明久君……怒ってるかな? 明久君は何も悪くないのに、私が変な意地を張って突き放しちゃったから。
嫌いに、なっちゃったかな? そうなったら、自業自得だよね。私が変に意地を張らなければこうやって遭難もしなかったかもしれないのに。
全部、私が悪いから……。
「……やだ」
悪いのは、私だけど……それでも、明久君と別れるなんて、できないよ。
「……明久、君」
会いたい。会って……謝って……仲直りして、また一緒に……。
「明久君!」
私は叫ぶけど、吹雪の中じゃ声が遮られてしまう。
「明久君!」
それでも、叫ばずにはいられなかった。
「……ちゃ……!」
「え?」
吹雪の中で僅かに聞き覚えのある声が聞こえた。
「ななかちゃん!」
気の所為じゃなかった。とても懐かしい声だった。
「ななかちゃん!」
私の、大切な人の声……。
「明久君!」
「ななかちゃん!? 何処!?」
「明久君! こっち──わっ!」
「ななかちゃん!」
私が雪の積もった地面に倒れ込んだところに明久君が出てきた。
「ななかちゃん! 大丈夫!?」
「だ、だいじょうぶ~……」
なんでだろう、明久君が来ただけで……さっきまでの暗い気分がふっとんだ気がする。
「助かったぁ……」
「よかったね。運良くロッジが近くにあって」
「うん。電気もついてるし……暖房もあるね」
僕はななかちゃんを見つけ、流石にこの吹雪の中ではもう歩くことも難しいので何処かに避難できないかと思ったところ、ななかちゃんが近くにロッジがあることを知っていて、僕達はすぐにそこへ向かった。
そして数分後、ロッジは見つかり、中に入ってほっと一息つく。いや、本当に助かった……。
「ああ、本当に運がよかったよ。例え知ってたとはいえ、もうちょっと暗くなってたら危なかったよ。でも、何でななかちゃん、このロッジのこと知ってたの?」
「うん。スキー場に来る前に杉並君がアレコレ言ってた時に、ここは電気と暖房があるものの、生活感が足りないのでアジトには向いてないとかなんとか……」
「なるほど」
杉並君からの入れ知恵でしたか。まあ、そのおかげで助かったわけだからいいんだけどさ。
「とりあえず、せめて吹雪が止むまではここで大人しくしていた方がいいかな。電話とか風呂とか生活に必要なものはないけど、非常食みたいなものはあるみたいだし」
「そうだね……」
まったく、酷い年末になったもんだ。
「……絶対、見ないで?」
「りょ、了解……」
現在、僕達は互いに背を向けたままいそいそと服を脱いでいた。
何故こんなことになってるかというと、とりあえずここで一晩過ごすわけだから体調管理はしっかりしないとと思い、まずは身体の汗を拭おうということから始まったわけだ。
ここには風呂がないので、堅く絞ったタオルを使って身体を拭くことしかできないのは仕方ないと思う。だが──
「何で一部屋しかないわけ……?」
「まあ、ここで生活するわけじゃないとわかっててもねぇ……」
せめて空きの倉庫みたいなのがあれば僕がそこに言ってお互い何も気にせずに身体を拭けるけど……部屋がここ一室しかないわけだからここでしか拭く事ができない。
だったら僕は外で身体拭こうかと思ったが、すぐにななかちゃんに止められた。だからせめてこうして互いに背を向けて身体を拭いているわけだ。
「…………」
「…………」
僕達はただ黙々と身体を拭いていた。時々僕とななかちゃんの腕がそれぞれの背中に当たるのを感じた。
この感触からして、本当に服を脱いで身体を拭いているんだ……。
…………いかん。ムッツリーニじゃないけど、想像しただけで鼻血が吹き出そうだ。
「……今、エッチなこと考えたでしょ?」
「め、滅相もございません!!」
僕は全否定して全力で身体を拭きまくった。
「何もそんなになるまで拭かなくても……」
「そっちだって……」
僕とななかちゃんの皮膚が若干赤くなっていた。ちょっと擦りすぎてしまったようだ。
お互い、狭い空間の中で見なかったとはいえ、一時的に裸になっていたわけだからかなり意識してしまったようだ。
「…………」
「…………」
その所為か、さっきから無言のまま時間がどんどん過ぎていく。
まいった。どうしたものか……。ななかちゃんの彼氏なんだから、ここは何か気の効いた台詞をと思ってるけど、どうしたらいいか全くわからない。
だって、ななかちゃん以外の女の子とロクな会話をした試しがないんだもの。
姫路さんや美波に姉さん? 姫路さんはまだいいけど、美波とは会話が続く前に関節を外されるのがほとんどだし、姉さんに至っては会話ひとつひとつが異常だからカウント外。
「……えっと、明久君?」
「なに?」
どうしようかと思ったところでななかちゃんの方から声をかけてきた。
「えっと……その、ごめんなさい……」
「へ? 何で急に?」
ななかちゃんが謝る要素なんて…………うん、ないと思うけど。ひょっとして……昼間の事を言ってるのかな?
「いや、それは仕方ないんじゃない? 確かに僕、ななかちゃんほったらかしにしてみんなと楽しんじゃったから……」
申し訳ないという気持ちもあったけど、それでもななかちゃんを放っておいて楽しんだのは事実なわけだし。
「ああ、そっちじゃなくて。いや、そっちもなんだけど……。でも……それは、生徒会のお仕事とかで……」
「いやあ、正直僕なんて来る意味なかったんじゃないかってくらい軽い気がしたけど……」
初日の夜の会議以外は本当に軽い感じがしたんだけどなぁ。
「そういえば、そもそも何でななかちゃん達はこっちに来たの?」
そもそもななかちゃんは生徒会にも僕達のクラスメートでもないからクラス関係ですらないと思うけど。
「明久君が生徒会合宿行くって連絡が来る前に杉並君から電話があってね。そこで明久君達が生徒会合宿行くだろうから、それに便乗して楽しむ気はないかって聞かれて」
「それで便乗したの?」
「うん。普通に年末を過ごすよりは楽しそうだったから。まあ……今はこんなになってるけど」
「ごめんなさい」
「ううん。明久君は悪くないから……」
「でも、せめて年末くらいはななかちゃんと楽しみたかったからなぁ。そのためにゲームまで我慢したのに……」
「そんなにまで我慢してたんだ……」
「だって、折角の年末デートだってのに」
「まあまあ」
なんだか、だんだん自然体に戻ってる気がするな。
「…………はぁ~。吹雪が止んでくれたらまだ挽回できるかもなのに」
せっかく恋人になってから初めての年末だっていうのに、何もないのは非常にもったいない。
「……じゃあ、何か特別残しておく?」
「特別を? どんな?」
「…………例えば……ファーストキス?」
「………………」
確かに、僕達はまだキスもしていなかった。確かに特別な日にはなり得るけど。
「……えっと、なし?」
「…………」
さっきとは違った沈黙が訪れる。
「えっと……目を閉じてくれないかな? 流石にそう、マジマジ見られると、恥ずかしいから」
「あ、えと……」
ななかちゃんの顔が徐々に迫ってくる。うわあ、すごい緊張してきた。
僕は来るべき時のため、かたく眼を閉じて──
『明久ぁ! 無事かぁ!?』
『明久! 大丈夫か!』
「え?」
妙に聞きなれた声が聞こえた直後、突如扉が開き、数人の影が入ってきた。
背筋に冷たい風が流れ込んできた。
「君達、大丈夫かい!?」
その後でまた別の影が入ってきた。外からスノーモービルらしい機体のエンジン音が響いてきたので、多分救助隊に頼んだのだろう。
「お主ら、大丈夫……か?」
その中で秀吉が僕達の姿を確認すると呆然とした。
「お、お前ら……その……すまねえ! もう少し時間をやるから、ゆっくり楽しんでろ!」
「そ、そうじゃな! 儂らとしたことが、少し間が悪かったようじゃ!」
そう言って義之と秀吉が救助隊の人を連れて外に出て行った。
そして僕は現状を確認。スキーウェアを外して薄着の状態の僕ら。そして狭い密室の中、顔を近づけている。ここから連想されるのは…………ノゥ。
「待ったぁ! 義之、秀吉! これは、誤解じゃないけど、誤解なんだああああぁぁぁぁ!!」
それから義之と秀吉を説得して僕達がロッジへと向かうのに20分も労した。