「さ──っ! 着いたわよー!」
「着いた~」
「着きましたわ~!」
「着いた~! うおー、一面銀世界~!」
「やっぱ冬と言えば雪山でスキーだよね~!」
「あー! 気分爽快だぜー!」
「全くだよ!」
「「ハハハハハハハハ!」」
僕と義之は目の前に広がる銀世界を視界に収め、笑いあった。
「「──って、ちょっと待てぇ!!」」
「ん?」
「あの、ここってどこですか?」
「合宿場」
「スキー場……にしか見えませんけど?」
「そうだよ?」
高坂さんは何を当たり前な事を的な視線を向けてる。
「ていうか、言ってなかったっけ?」
「何を?」
「生徒会の合宿はスキー場でやるよって」
「全くもって初耳ですよ」
今までの事を振り返ってもスキーなんて単語はひとつも飛び交ってなかった筈だ。
「あはっ! そうだっけ? でもまあ大丈夫だよ」
「何がですか!?」
「僕達何も知りませんから本当に必要最低限のものしか用意してませんよ!?」
「ていうか、由夢は聞いてたか?」
「一応……昨日寝る前にお姉ちゃんから。ギリギリだったから、今朝ウェアだけで他は全部レンタルですけど」
「「…………」」
「兄さんと明久さん……本当に聞いてなかったんですね」
「う、うん……」
「全然聞いてないよ」
「まあまあ。由夢ちゃんの言う通り、一式揃うレンタル店もあるから。弟君は結構滑れるんでしょ?」
「ま、まあ……」
「僕も、それなりに」
「ていうか、本当にここで生徒会の合宿なんてするんですか?」
「ほんとほんと。堅苦しい、耳の痛い話をしなきゃなんないでしょ? だったら、その合間で楽しいこともしなくちゃね。折角の貴重な冬休みを潰してまで来てるんだからさ」
「はぁ……それはそう……なんでしょうけど」
「それならやっぱり僕、初音島に残ってもよかったんじゃないんですか?」
「男が過ぎたことをグダグダ言わない」
誰だって言いたくなると思う。
「まあそれに、何を始めるにせよ、基礎体力は大事じゃない? 冬休み中、食っちゃ寝してたらいざって時に動けないから」
「まあ、それはわかりますけど……」
確かに堅苦しいばかりで動かなかったらいざって時に動くこともままならないかもしれないけど、それ僕達必要なのかな?
風見学園でも結構嫉妬で追いかけられることが多いから運動に関しては特に問題はないと思うけど。
「ほらほら、レンタル屋行こう」
それにしても、高坂さん、生き生きとしているなぁ。
はぁ……いくら愚痴っても来たものはもう後戻りできないだろうし。こうなったらこうなったらで楽しんでやる。
「さて、俺達もスキー道具揃えるか」
「うん。はぁ……何も言ってくれなかったから、全部自腹……せっかくななかちゃんとのデートの為にゲームも我慢したのに」
「まあ、同情するぜ。俺も何も聞いてなかったからな」
僕と義之は肩を抱き合ってレンタル店へと歩き出した。
レンタル店で道具一式をレンタルした後、僕達はレストハウスへと移動した。
結構長い旅だったからまずは腹ごしらえといったところだ。
「う~ん、迷うな~」
「私も。けんちんうどんも美味しそうだけど、こっちのカツカレーも」
「あたしは、この田舎蕎麦セットにしよう」
「私も」
「弟君は?」
「俺もそのセットで。明久、お前は?」
「僕は、うどんの方で」
「あ~ん。決まらない~」
「ならいっそ、全部頼むとか」
「そんなことしたら太っちゃうじゃない~」
「大丈夫だよ。たくさん滑ったら痩せるから」
高坂さん。あなたはどれだけ滑るおつもりなのでしょうか?
それにしても、なんというか……。
「なんだか、全く生徒会の合宿とは思えねえな」
「激しく同感」
僕達、完璧にただのスキー旅行の客としか見えない。こんなところで生徒会の反省会なんて必要?
「くすくす。あんた達、不安になってる」
「いや、だって。まさかスキー場に来るなんて思ってもみなかったから」
「国民合宿みたいなところで、滞在中ずっと反省会だと思った?」
「はい、正直」
僕も正直、文月の学力強化合宿みたいなあれかと思ってたよ。
「私も、なんとなくそうではないかと。全員正座で、肩とか叩かれながらの反省かと」
「ムラサキさん、それ禅寺だよ。ていうか、何処からそんな知識を?」
「なら、そっちの方がよかったかしら?」
「「いえいえいえ、とんでもない」」
「私は、そっちの方も興味はありますが」
「流石は外国のお姫様。まあ、それはまた別の機会にでもしましょう」
「まあ、後でしっかり反省や今後のスケジュールを決めていくから楽しめる時には楽しんでおきなよ」
「「いや、今後って言われても僕(俺)達は全く関係ないですよね? 期間過ぎたんですし」」
「何か言ったかしら?」
「「……いえ、なんでも」」
高坂さん、あなたが笑顔で手をポキポキ鳴らすのは反則だと思うんですけど。
まあ、そんなでちゃっちゃと食事を済ませて、全員がスキーウェアに着替えてゲレンデに集合した。
「うっしゃー! 兎にも角にも滑るかー!」
「わーい!」
「「…………」」
もう何もツッコまないよ。本当に生徒会の反省合宿なのかとか、結局先に滑るんかいだとか。
「…………」
ん? なんだか、ムラサキさんの様子が変だ。
「あの、ムラサキさん、どうかした?」
「いえ、何でもありません」
「そう?」
「い、一応……念のため聞いておくけど、吉井は滑れるのかしら?」
「僕? まあ、スキーはというか……スポーツならある程度できるけど。って、あぁ……」
そっか。まさかとは思ったが、ムラサキさん……。
「ひょっとして、滑れない──」
「す、滑れるに決まってるでしょ! ただ……頭ではわかってるけど、実際試したことがないから」
それって、滑れないのと同義では?
しかし、思った通り。ムラサキさん、スキーの経験がないと見た。まあ、お姫様がそんな俗っぽいことをやらせてもらえるとは思えないが。
「じゃあ、最初はみんなでファミリーコース、滑ろっか?」
「それじゃあ、まゆきは物足りないんじゃないの?」
「大丈夫大丈夫。まずは準備運動ってことで」
「いえ、ご心配なく。私は大丈夫です!」
「けど、ひとりじゃ心配だしなぁ」
「確かに」
「大丈夫だよ。私が一緒についてるから」
「私もお供します」
「え? いいの? 音姫達もちゃんと滑りたいんじゃないの?」
「まだたくさん日にちあるからいいの」
「そうですよ」
「ん~……そっか。じゃあ、お言葉に甘えて、私は自由に滑らせてもらうよ。あんたら2人はどうするの?」
「俺は……とりあえず、みんなについてます」
「僕もそうします」
何よりムラサキさんの方が心配だ。
「何で私の方を見てるのかしら?」
「いや、なんていうか……」
そもそもスキーのルール自体しっかり把握できてるかどうか不安だから。などとは言えまい。
しばらくして、僕達はゲレンデの……麓辺りでムラサキさんの練習を見ていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………何でしょう?」
ムラサキさんのボーゲンをチェックしているところなんだけど、なんていうか……。
「様に、なってないな……」
「…………」
義之、容赦ないよ。しかし、その通り。ムラサキさん、体のあちこちに余計な力を入れてるせいで猫座なのに膝に力が入っていない。
しかも手足が落ち着いておらず、滑る方向も安定していなかった。
「こりゃ……先は長いんじゃねえか?」
「えっと……なんていうか……」
「……何です? 言いたいことがあるのならハッキリとおっしゃってください」
その笑顔と丁寧な口調が何故かすごく怖い。正直に言っても嘘を言っても地獄しか見えない。
もうどっちにしろ地獄ならいっそ素直な感想を。
「その……中々身体に馴染まないのかなって」
「要するに、飲み込み悪いっていうことか」
「えっと……」
「…………」
「ま、まあ……ムラサキさんはスキー初めてなんだし、仕方ないんじゃないかな?」
「いや、それにしたって……これはないだろ。初めての音姉や由夢より酷いぞ」
義之の言葉に悔しそうに唇を噛み締めるムラサキさん。そしてそのままエッジを立てながら横歩きで上に昇る。
「きゃっ!?」
──のだが、慣れていないのか、バランスを崩して横に倒れた。
「ちょ、大丈夫?」
「だ、大丈夫に決まってますわ」
ムラサキさんはエッジを杖のように使ってどうにか立った。
「んあ~……とりあえず、また基礎の基礎から一から説明いれるか」
それから義之の口と手足でボーゲンの基本を教え、しばらく練習させてから初心者用のコースへ来た。
「え、ちょ! お、降りる時はどうすればいいのよ!」
「お、落ち着いて! まずスキーの先端を上げて、踵の部分が地面に着いたらエッジを立てて力を入れて、それで滑るんだよ!」
「えっと……こう?」
「そうそう……」
リフトを使う際、色々危ないところだったが、どうにか無事に降りられた。
やはりムラサキさんはスキーに関しての知識が圧倒的に足りない。下手をすればもう一周なんてこともありえたかもしれない。
「それじゃあ、早速練習通りにやってみようか」
「……なんか、偉そうですわね」
「別にそんなつもりじゃないけど……」
ムラサキさんに睨まれるけど、こっちは経験者だから仕方ないし。
それからムラサキさんはエッジを立てて坂に入って滑り出した。うん、どうにか形になり始めたボーゲンで滑っているのだが。
やはりまだ速度がないなぁ。まあ、そこは徐々にってことで。
「でも、もう少し速度がなぁ……」
「う、うるさいですわよ!」
途中から口に出しちゃったのか、ムラサキさんが僕に怒鳴った。それがまずかったのか、
「あ、あら?」
怒鳴ったことで集中力が切れちゃったのか、ムラサキさんの身体が徐々にコース外へ向かって滑っていく。
「お、おい! そっち行くな! さっき言ったように片足に体重を──」
「え、えぇ……えっと、こっち? って、更に外に!?」
駄目だ。突然の事態に頭が混乱して思うように体重もかけられないようだ。
「ムラサキさん、エッジ! エッジ立ててブレーキ!」
「い、言われなくてもわかってるわよ!」
そう言いながらエッジを立てるが、力が偏っていたのか、今度は重心が後ろに流れて後ろ向きになって加速してしまう。
「ふわっ!? と、止まりません……止まりませんわっ!」
「バカ! 横に倒れろ!」
「え、えっと……」
「駄目だ、完全にパニクってる!」
義之がムラサキさんに指示を出すも、混乱してまともに思考も働いてない。
それに、自分から倒れるというのも割と難しいものなのだ。僕はエッジに力を入れて一気に加速してムラサキさんと並んで、
「ムラサキさん、エッジを捨てて力を抜いて!」
「え、な、何……きゃぁ!?」
僕はムラサキさんの横から飛びかかってなるべく怪我のないようにムラサキさんの足を保護しながら倒れ込んだ。
「ふぅ……大丈夫?」
「だ、大丈夫……ですわ」
僕の胸の上で羞恥によって顔を赤らめていたムラサキさん。うん、どうにか無事だったようだ。
「ムラサキさん、大丈夫?」
「うぅ……申し訳ございません。こんな、無様な姿を……」
「まあ、初心者なんだし、しょうがないよ。そこは少しずつ──っ!?」
僕がムラサキさんを抱き起こすと同時に何故か気温による寒さとは異質の悪寒を感じた。
「ん? どうかしましたか、明久さん?」
「い、いや……何か、どこからか殺気が……」
「は?」
「……う、ううん。なんでもない……多分、気の所為」
それから再びムラサキさんのスキーの練習に力を入れ、夕方までかかってどうにか初心者卒業まで至った。
「むぅ~……」
「おい、アレなんとかしてくれない? 見てるこっちが寒さで凍りつきそうなんだけど」
「無理。アレには関わっちゃいけないよ」
「ま、女の嫉妬は嵐の海よりも恐ろしいってね」
「やれやれ……こっちに来ても相変わらずじゃのう」
「……アイツも、いつか後ろから刺されるかもしれない」
「ていうか、お前らそっちばっか気にしてないでこっちの方も何とかしてくれ! このままじゃ俺は身も心も破滅しちまう!」
「……動かないで。うまく手をかけられない」
「手をかけるって何処にだ!? お前の手が俺のある部分に直行してきてるぞ!?」
「……こっちも相変わらずじゃのう」
「……お楽しみは夜、2人きりでやってほしい」
「わかった。じゃあ、今夜続きを──」
「そんなことになってたまるかああぁぁぁぁ!!」