「……いた」
俺はあの扉を潜って何故か屋上にいた。それから少しの時間をかけて現在の情報を調べたところ、ここは初音島で、クリパが始まったばかりの時間帯。
確かに俺達は初音島の元の時間帯に戻ってこれたようだ。若干オマケもついていたようだが。
それからは1日をかけてクリパに来た客達を撮影し、クリパの思い出を写真に収め、1日目を終了させた。
そして今日2日目……。俺は階段の踊り場へと足を運んだ。
そこには、あの少女がいた。誰にも気づかれず、そこにポツンとただひとり……そこに座っているだけの少女、まひるがいた。
「……あ、おはようございます、先輩!」
俺が目の前に来るとまひるは気づいて笑顔であいさつをしてきた。
まさに真昼間の太陽のような少女だった。今ここで写真を……。
「先輩? カメラを構えてどうしたんです? というか、まひるは写真に映るんでしょうか?」
「……俺の技術を舐めるな」
相手が幽霊であろうがなんであろうが、この美しき瞬間を見逃す俺ではない。
俺はカメラを出してまひるの笑顔を撮った後、データを確認した。
「……よし」
「わっ! 写ってます! まひる、写真に写ってます! これって心霊写真!? というか先輩すごいです!」
「……これくらい、一般技能」
これくらいできなければ男ではない。
「……ところで、決めたのか?」
「はい?」
「……前に言った。別に死んだからと言って、成仏しなければならないなどという決まりはない。そんなのは人間の空想が勝手に決めたことだ。お前がそれに従う必要などない。成仏するにせよ、その前に思い出を作ってもバチは当たらない」
「……」
「それで、どうするんだ?」
「……やっぱり、まひるは成仏したいです。やっぱり……死んだ人間がいつまでもこの世にいるっていうのはアレですし。だから、まひるを……成仏させてください」
「……そうか」
一瞬悲しそうな表情になったが、それでもまひるは自分は成仏したいと言った。
ならば、俺はそれを手伝うしかない。
「……それで、これからどうする? 成仏するからには未練を探すと言ってたが、具体的にどうすればいい?」
「ああ、そういえばまひるも未練に関して、具体的に何をすればいいかわからないんですよね。まあ、とりあえず私と一緒に校内を回ってくれません? そしたら何か思い出すかもしれませんし」
「……そうか」
「じゃあ、行きましょう! 先輩!」
結局、具体的な方針がないまま俺はまひると校内を回ることになった。
理由はどうあれ、これはデートではないかと俺は一瞬鼻血が出そうになったが、ギリギリ堪えた。
「理科室に到着です!」
テンションの高いまままひるに引っ張られ、辿り着いた先は理科室だった。
「……何故に理科室?」
俺は頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「わかんないですけど、一応」
ぐるりとまひるは理科室を見渡すとある一点に視線を集中させた。その視線の先にあったのは人体模型だった。
人体模型とまひると見比べて思い出したが、こことあの人体模型はこの学園の七不思議のひとつだったな。
「……そういえば、人体模型の七不思議、知ってるか?」
「…………」
人体模型という単語を発した瞬間、まひるは両耳に手を当てて震えだした。
確実に聞きたくないと言った風だった。幽霊の癖に怖がりなのかというツッコミもしたかったが、涙目になっている少女を相手にそれは言えなかった。
「……別にあの話をしたいわけじゃない。知ってるかどうかを問うてるだけだ」
「本当ですか?」
「……(コクっ)」
「ふぅ……」
「……というより、何故幽霊が幽霊を怖がる?」
「幽霊って言ったって、怖いものは怖いですよ! 夜中にあの人体模型が動き出すかもしれないって考えただけでもう……」
それからまひるは若干青ざめた表情で語りだす。
「あの人体模型は元々は生きていた人間なんて、想像もしたくないですー」
「……内容は知ってるのか」
「聞きたくありませんでしたが、勝手に耳に入ってきたんです~」
まあ、俺と会うまでずっとあそこで動かない日々を過ごしたらしいから他の生徒の噂話を聞くことは何度もあったんだろう。
その話を聞く度に相当震えていたのだろう。今この時みたいに。
……今になって思い出したことだが、階段の傍にある鏡を覗くと死んだ女性との幽霊が見えるというのがあったのだが、その原因はこいつではないかと思えてきた。
「もう行きましょう、先輩。ここにいたらきっと呪われます~」
「…………」
幽霊が呪われるのかというツッコミはしないでおこう。
俺達は理科室を出ていき、また別の場所へと移動した。
「ふう……疲れました~」
「……幽霊が疲れるのか?」
「気分の問題なんです~」
あれから何時間か校内を回ってみたが、未練らしいものは何も見つからなかった。
そもそもまひるに未練があるのかどうかすら怪しく思えてならない。見た感じ全てにおいて全力で生きているような少女だ。
そんな子が未練という言葉を使うのがとても想像できない。それでもこの世に固執しているのは何かしらの理由があるはずだ。
「未練については、何か思い出したことはないか?」
「ん~……何もわかりませんね~」
「……そうか」
結局のところ、何も進展はなかった。どうしたものかと迷っていた。
「……まひるは、生前何をしていた?」
「はい?」
「まひるは生前どんな生活を送っていた? それがわかれば、少しは未練についても何かわかるかもしれない」
「……生前の生活ですかぁ」
まひるは思い出すように空を仰いでいた。そして、懐かしむように話し出す。
「ミキちゃんって言うんですけどね。私にとっては一番のお友達でした」
笑顔のまままひるは自分の生前の友達のことを口にした。
「私……実はほとんど学校に行けたことないんですよね。随分長いこと、病気がちで……ほとんどって言えるくらいの時間を病院で過ごしていたんです」
「…………」
聞くところ、どうやらまひるは幼い頃より病気を抱えていたようだ。
学校に行けた期間もあったにはあったが、どちらかと言えば病院で過ごした時間の方が長かったようだ。
少しの間、この学園にも通ったことはあるようで、その少しの間にひとりの女友達ができたという。それがそのミキという女のようだ。
だが、結局また病気が身体をまわり、入院することになり、ただ何もない時間を過ごす日々に戻ってしまった。
病気なのだから病院で過ごさなければいけないのはわかる。そうしなければ病気は治らないのだから。
だが、ただ病院で過ごすだけの時間の中で、目の前の少女はどんな思いをしながらそんな時間の中にいたのだろうか。
恐らく、入院した時にこの少女は悟ってしまったのだろう。自分がもう長くないと。
そんな、ただ自分の死を待つだけの時間をずっと生きていたんだ。
そして、遂にその命が燃え尽きてしまった時、まひるはこうして幽霊になっていた。
「…………」
全てを話してからまひるは黙った。
だが、収穫はあった。なんとなくわかった。まひるの未練が。
「……デートだ」
「…………へ?」
一拍遅れてまひるは間抜けな声を上げた。
「……お前は確かその友達に自分が学校に行けた時にどんな生活を送りたいとか、理想の恋愛だとかを話したんだったな?」
「は、はい……」
「……恐らく、その友達に話した生活と理想の恋愛を沿っていけば、恐らくその未練も……」
そして、もしそれが本当にまひるの未練……まひるが思い描いた学生人生だとすれば、それが実行された時、まひるは……。
「な、なるほどです! そういうことでしたか! 先輩、ひょっとして天才でしょうか!? 頭いいですよ先輩!」
だが、まひるは明るい表情のまま驚き、俺を褒めていた。
今言ったことはつまり、まひるをこの世から消すために俺と短い時を過ごせということだ。
自分が消えることがわかっても、この少女は笑顔を絶やさない。ずっと病気の中、自分の死を待つだけ待って、最後に死んだというのに、幽霊になった今でもその笑顔は崩れない。
「それでは、早速行きましょう!」
「……その前に、お前はどういう生活をしたかったんだ?」
「え? えっと……それはぁ~……」
それからまひるは目を泳がせていた。
「……早くしてくれ。未練を解消するんだろ?」
「そ、それはそうですけど~……う~、こんなことならもっと違う過程を言えばよかったよ~」
まひるは若干後悔したように呟いていた。ということはつまり、デートの過程の中にまひるの苦手なものがあるということ。
そして、ついさっきまでのことを考えると……
「ならば、俺が決める」
「え? どこですか?」
俺が言い出すとまひるが笑顔をこぼしたが、
「お化け屋敷」
「…………えぐ」
俺が目的の場所を言った瞬間、涙目になった。やはりお化け屋敷を入れていたのか。
「先輩、意地悪です! 鬼です! 幽霊に出会っちゃったらどう責任取るつもりですか!」
「……そもそも俺は既に幽霊と出会っている。今目の前にいる」
「…………」
俺が反論するとまひるは反論できないのか、口をつぐんだ。
「……行くぞ」
俺はまひるの手を取って目的の場所へと向かう。
「あ……」
「……何だ?」
「いえ……なんだか、こうして手を繋いで歩くと、恋人同士みたいだなって」
「…………」
俺はまひるの言葉に何も返さなかった。今はただ、この少女の望んだ学園生活を過ごしたいと思った。
「えう~……」
「……大丈夫?」
「怖かったですぅ~……何で、何であんなにもリアルなものを用意したんですか?」
「この学園の生徒はやると言ったら徹底的にやるというような奴だからな。……ちなみにこのお化け屋敷は俺がプロデュースしたものだ」
「先輩のクラスの出し物だったんですか!? ショックです! 非常にショックです! 例えるなら可愛いフィギュアが出るからと言っていざ買ってみてちょこっと弄ってみたら(中略)みたいなシュールかつグロテスクな見た目になってしまったことに衝撃を受けたようなものです!」
お化け屋敷を出したのが俺のクラスだったとわかるとまひるは涙目で久々の長い例えを出しながら俺の体をゆすりにきた。
俺は体を揺すられながらもまひるの明るい表情、行動をカメラにおさめる。それと同時に、まひるの体に変化が訪れた。
まひるの体が、少しだが薄くなっていた。
「…………」
「先輩?」
「……まひる、自分の身体を見ろ」
「へ? …………ああ、なんだか本当に幽霊っぽくなってきたです。これって、やっぱり未練がひとつ解消されたからでしょうかね?」
「…………」
「じゃあ、やっぱり先輩の推理は正しかったわけですね。じゃあ、このままデートを続けていけば私は成仏できるんですね」
自分の存在が少しずつ消えていくという事実を突きつけられても、尚まひるは笑顔を絶やさず、未練を解消することを選んで進んでいく。
何故こうも自分の存在が消える方向へまっすぐ進むことができるのか、何故毎日幸せでいようという道が選べないのか。
ここでやめろというだけなら簡単だ。だが……この少女の笑顔、まっすぐさ、行動を見るとそれを口にすることができなかった。
「あれ、ムッツリーニ? 何やってるの?」
そこで声をかけられ、振り返ると声をかけてきたのは明久だった。
「……明久こそ、ひとりでどうした? デートじゃないのか?」
「ああ、その筈だったんだけどね。ななかちゃんが用事で……で、午後まで暇ができちゃって」
「……そうか」
やはり、隣にまひるがいるということにも気づいていない。改めて自分の傍らにいる少女が幽霊だという事実を突きつけられた。
「じゃあ、僕はどこかのクラスの出し物食べてようかな。お腹空いちゃったし」
そう言って明久は外の屋台の方へ向かって去っていった。
「そういえば、そろそろお昼なんですよね。私達もどこかで食べていきましょうか」
「……そうする」
俺はまひるに引っ張られるがまま適当な喫茶店で食事をすることになった。
…………ところで、幽霊は食べ物を食すことができるのか?
午後になってからはあちこちのクラスの出し物を回ったりミスコン会場に足を運んだりしてクリパを楽しんだ。
夕方くらいの時間帯になって俺達は屋上に足を運んだ。
「はぁ~……堪能しましたね、先輩」
「……当然だ」
「あはは、先輩。どっちにガッツポーズを送ってるんですか?」
「…………」
屋上に着いた時、俺は既にまひるが見えていなかった。
あれからデートらしいことを積み重ねていくうちにまひるの姿を捉えることができなくなっていき、外に出て神社、商店街、枯れない桜の順に回っていき、海を見た辺りで完全にその姿を視認することができなくなっていた。
「……だが、心配無用」
俺はまひるの声がした方向にカメラを構えてシャッターを切った。
「……俺の撮影技術は完璧」
「わっ! 本当にまひるが写ってます! やっぱり先輩って、天才ですか!?」
「……こんなもの、何の自慢にもならない」
「いえいえ! こんなのプロでも絶対に取れませんよ! 例えるなら──」
それからまたあの長い例えを語りだした。本当にこの少女はよく笑う。
カメラの保存データを見てもそれがわかる。俺にももうその姿が見えていないのに、写真の中のまひるはよく笑う。
「──という感じです! ……それで話は変わりますが、先輩の将来の夢って、何です?」
「……将来?」
「はい」
「……写真家」
「あ、やっぱりそういう方面ですか。先輩らしいです」
そう。俺の夢は写真家(ヌードカメラマン)。その手にカメラを持ち、最高の瞬間を探求し、データを取るのが俺の生きる道。
いつか学園長が設けた未来の姿のシミュレーションによって出てきた未来の俺は夢は形を変えるなどとほざいていたが、俺は今の信念を決して曲げない。
「……それで、まひるの夢はないのか?」
「私の夢、ですか?」
俺の質問にまひるは少し考えるように間を置いてから呟く。
「やっぱり今日みたいに、誰かと手を繋いだりして、デートして、お化け屋敷で抱きついちゃったりして……一緒に食事して、笑い合って、こういう高いところとかで夕日を見て……」
最後にまた間を置いて、声を寂しそうなものにして、
「……最後には、自分の気持ちを打ち明けてから、お別れ……ですね」
「…………何故、自分の気持ちを言って別れる? それも、理想の恋愛で。恋人になる……という願望はないのか?」
「ほら、初恋は実らないって言うじゃないですか。ですから、初めての恋は……やっぱりお別れなんですよ」
「…………」
もう、時間は……ない。恐らく今夜ここで、まひるは完全に存在が消える。俺の、傍で。
「……自分のやってきたことに、後悔はないのか? 自分が消えてしまうことに、恐れを抱かないのか?」
気づけば俺は……心にある疑問をそのまま口にする。
「後悔なんて、してませんよ。だって……私は、幸せだったんですよ。ほんの一日の、短い時間だったんですけど、本当に楽しかったんですよ。今までで一番、幸せでした」
「……他にしてほしいことは、なかったのか?」
俺はカメラを握り締めたまま、そう呟いた。
俺は、まだ足りなかった。まひるの明るい言動、表情、その全てをまた十分に撮れていなかった。
まだ、まひるとの時間を十分に過ごしたとは言えなかった。だから、まだ消えないで欲しいと思った。
「そんなの、たくさんありますよ。たくさんありすぎて、困りますよ。多分、全部言ったら……何日あっても足りません」
「……何日でも付き合ってやる。だから……俺とずっと一緒にいろ」
俺は……まひるを、目の前に見えていなくても感じる、この温かさを持った少女のことを、いつの間にか好きになっていた。
「……では、最後にひとつだけ」
俺の言葉に、まひるはただ一言、そう口にした。最後……それが答えだった。
「キス……して、くれません? 最後に、キスを」
恋人なら、絶対にするであろう行為を……最後に。
こんなところで、こんな時に、そんな大事なことを……今この時に。
「……どうやって、そんなことを?」
そもそも俺にはもうまひるの姿が見えない。どうすればまひると触れ合えるのかすらもうわからない。
「顔を……こっちに向けてくれれば」
「……わかった」
俺は、まひるの声のした方向へ顔を向けた。
「あの……」
いざ、その時かというところで、まひるが声をかけてきた。
「先輩も、幸せでしたか? 私と出会ったこと、後悔してません?」
「……美少女と出会えたことに関して、一度も後悔したことなどない」
「あはは……先輩、浮気性なんですね。先輩は、まひるの彼氏ですよ?」
「……今さっきなったばかり」
「でも、よかったです」
それから、俺の目の前に僅かな光の輪郭が見えた気がした。
「先輩、バイバイ」
まひるの、別れの言葉と共に、唇の感触があった。
そんな時、奇跡が起きたと思えた。この世界にやってきた時や、過去に行った時、俺が写真を撮るどの瞬間とも比べ物にならない。
本当に、心の底から奇跡と思える瞬間だった。
「……まひる、やはり泣いている」
俺の目の前に、涙を流して、今にも崩れてしまいそうな、まひるの笑顔があった。
「そりゃ、泣きますよ……泣くに決まってるじゃないですか。先輩と、別れたいわけないじゃないですか! 大好きなのに! 本当に、大好きなのに! 成仏なんてしたいわけないじゃないですか!」
今こぼれ落ちた、まひるの本音。それが当たり前なんだ。
「それに、先輩だって……泣いてるじゃないですか」
「……違う。これは、目にゴミが入っただけだ」
強がりだった。我ながら無表情で通ってる筈の俺が、泣いてるのを認めたくなかった。
こんな時だからこそ、いつも通りでいたかった。
「結構、私達って……似た者カップルだったんですね。もう、別れちゃいましたけど……」
「…………」
「……先輩、そろそろ、本当にお別れです」
そして、まひるの身体が、再び見えなくなっていく。いや、なくなっていく。
俺の目の前から、ゆっくりと。本当の別れが、間近に迫っていた。
「…………まひる」
「はい」
「……笑顔でいろ。その瞬間を、カメラにおさめる」
俺は、そう言った。
「最高の笑顔を、見せてくれ」
こんな時に、そんなことを頼むのは人としてどうだと思う。だが、せめて最後に、俺のカメラで……まひるの姿を撮って、見送りたい。
「……はい。でも、その代わりにひとつだけ、お願いがあります」
「……何だ?」
俺はカメラを構えたまままひるの言葉に耳を傾ける。
「先輩……」
カメラのシャッターを切る体勢をとって、いつでも撮れるようにした。
「……幸せに、なってください」
最後に見せた、安らかな笑顔を見せたところで、シャッターを切った。
そして、シャッターを切ってから、完全にその姿は見えなくなった。同時に、存在も感じなくなった。
「……っ」
わかっていた筈だった。彼女が幽霊だと聞いた時から、こういう別れがあることはとっくに覚悟していたと思っていた。
だが、いざ時が来てみれば、俺は格好悪かった。結局最後まで、強がってみせただけだった。
「……まひる……撮ったぞ。お前の……最高の瞬間を」
俺は、最後に撮ったまひるの笑顔ののったデータを見て、そう呟いた。
初恋は実らない……または、初めての本気の恋は涙味だと何処かの誰かが言ってたか。それは、本当なのかもしれない。
カメラの画像データ越しで笑っているまひるも同じことを思っていたのか、俺の流した涙がまひるの瞳の上に落ちて、泣いているように思えた。
もう日が落ちた時間、俺は校外に出ていた。
今日でクリパは終わりだ。俺は自分のクラスの後始末の手伝いにもいかず、通学路でカメラのデータを確認していた。
今日過ごした、まひるとの時間を記録した、このカメラを。
「む? ムッツリーニではないか」
カメラのデータをチェックしているところに秀吉が来た。
「……クラスの後始末は?」
「それはお主も言えることではないかの? 儂は、男子達が女子はもう自由にしていいと言われての。何故か儂も含まれての」
秀吉を出すのは当然だと思うが。
「ところで、何かあったかの? お主……随分と泣いておるように見えるが」
「…………別に」
勘の鋭い秀吉にこんな強がりは意味をなさないかもしれないが、それでも今は強がらずにはいられなかった。
「そうか。言いたくないのなら儂からは何も言わん。何があったかは知らんが、少しは慰めてやらんでもないぞい」
「……無用だ」
俺はそう言ってまた歩き出す。
「むう、今日はまたいつも以上にカメラを気にしとるのう。何かよいものでも撮れたか?」
「……撮れた。今までで最高のものを」
俺の初めて恋した少女の写真……。
「…………秀吉」
「む? 何じゃ?」
「……俺は、写真を撮り続ける。良い瞬間を、これからも撮り続ける」
「そうか……まあ、頑張るのじゃぞ」
「だから……ムッツリ商会は今日をもって終了とする」
「そうかそうか。ま、犯罪者にならん程度にの…………は?」
秀吉の驚いた表情というレアな場面にカメラも向けず、俺は空を見上げた。
「……俺は、最高の写真家になってやる」
悔しいが、あいつの言った通りだった。夢は形を変える。今日この瞬間、確かに変わった。
「命散るその時まで、写真を撮り続けて……見る者の心を打ち抜いてやる」
カメラを握りしめて、そう誓った。俺の、これからの幸せを目指して。