バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第四十九話

 

「さて、どういうことか……説明してもらおうかな~?」

 

 目の前には僕の恋人であるななかちゃん。そしてアッシュブロンドの髪をきらびかせているアイシアちゃんがいる。

 

 そして現在僕はななかちゃんに頭を下げた状態……ハッキリ言えば土下座だ。

 

 何故こんなことになってるかというと、答えは簡単。約束通り僕がアイシアちゃんとクリパ回ろうとしていたところをななかちゃんに見つかり、ななかちゃん怒り心頭。

 

 いや、僕が悪いというのは理解しているんですけどね。でも、しょうがないじゃん?

 

 だって、アイシアちゃんと約束したのはななかちゃんと恋人同士になる以前の話なんだもの。

 

「ふ~ん……明久君ってば、一丁前に不倫しようとしてたんだ~?」

 

 横ではアイシアちゃんが僕達の関係性をわかった上でにやついた笑顔で僕の苦境を眺めていた。

 

 ていうか不倫じゃない。決して、全くもって、下心あってのことではない。

 

 もちろん、僕はななかちゃん一筋でいるし…………ちょっと目移りはないこともないかもだけど、それでも絶対浮気とかそういうのはない。雄二とは違うんだ。

 

『雄二、浮気は許さない』

 

『だから誤解だって言って──ぎゃあああぁぁぁぁ!! 頭蓋がああぁぁぁぁ!!』

 

 あれ? 何故か雄二の悲鳴の前に霧島さんの声が聞こえた気がするけど?

 

 まさか、霧島さんの雄二に対する愛が本当に世界の壁をぶっ壊しちゃったとか?

 

「明久君、聞いてるのかな?」

 

「はい。本当にすみません。決して下心はないんです」

 

 って、そんなことよりまずは目の前のことだ。

 

「えっと、ななかちゃん? これは本当に浮気とかそんなんじゃないんだ。なんか、折角のクリスマスシーズンだっていうのにひとりってのは寂しいものじゃん? だから、ちょうどクリパもあることだからアイシアちゃんにもクリスマス気分味わってほしいって思って……」

 

「彼女の私より先に誘った~」

 

「そ、それは君と恋人になる前の話だし……」

 

「ぶ~……」

 

 まずい、ななかちゃんが本格的にヤキモチ焼いてる。結構可愛い……じゃない。今はななかちゃんに思いっきり謝らないと。

 

「本当にごめんなさい! 埋め合わせは絶対にするから! お願い! 今日だけ……今日だけ、アイシアちゃんのためってことで!」

 

「……(ボソッ)本当、明久君ってお人好しすぎ」

 

「へ?」

 

「なんでもな~い。本当に埋め合わせする?」

 

「はい! 全力で! なんでもいたします!」

 

 土下座の状態のままななかちゃんに叫ぶ。随分と情けない姿だと思うが、この際くだらないプライドなどいくらでも捨ててやる。

 

「……じゃあ、明日は絶対私と回ってよね」

 

「え? それだけ?」

 

「…………」

 

「わかりました。絶対に約束は守ります」

 

 疑問に思ったことを言っただけで冷ややかな目で見られた。今のななかちゃんには絶対に逆らってはいけない。

 

「じゃあ、私は小恋と回ってるから。明久君はアイシアちゃんと楽しく回ってればいいよ~」

 

 ななかちゃんは頬を膨らませて踵を返し、校内へ向かった。やっちゃったな~。

 

「いいの、明久君? 可愛い彼女を放っておいて」

 

 終始ニヤついていたアイシアちゃんが横から尋ねてきた。いいのって言われても……

 

「まあ、埋め合わせはするって約束したし……ななかちゃんのことは自分でなんとかするよ。今はアイシアちゃんの約束も大事だし」

 

「ふ~ん……ななかちゃんも苦労するだろうな~」

 

 それは僕が浮気性だと思われてるからだろうか。

 

「まあ、約束通り僕が案内するから。今日はクリスマス気分といこうか」

 

 こうして僕はアイシアちゃんとクリパ初日を楽しむことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、クリパを回るとは言ったものの……何処を攻めるべきか。

 

 ルートもかなり気をつかっておかないと、後で色々酷い目に会うだろう。

 

 特に杏ちゃんや茜ちゃんに会った時だ。あの2人のことだから僕がななかちゃん以外の女子と歩いているのを見たら例え事情があってもからかわずにはいられないだろう。

 

 だからなんとしてもあの2人に会うのだけは絶対に避けなければならないわけなのだが。

 

「うわ~、賑やかだね~」

 

 アイシアちゃんはあちこちで開いている露店を見ながら跳ねるように歩いている。

 

「わ~。あっちは焼きそば売ってる。こっちは、たこ焼き♪」

 

 全身を使ってわくわくやらうきうきなどの言葉を表現している。こういうのを見ると純粋に可愛いなって思うなぁ。

 

 いや、本当に純粋にそう思っただけ。決して浮気とかそんなでは断じてない。

 

 まあ、僕がどんな立場であれこういうのを見ていると微笑ましいものだと思わずにはいられないだろう。

 

「明久君?」

 

「あ、はい」

 

「アレ……いいかな?」

 

 アイシアちゃんがチョコバナナ屋を指差した。

 

「アレが欲しいの? 他にも何か希望あれば奢るけど」

 

「まずはチョコバナナからだよ。一気に買っちゃうとなんかもったいない気がして。お祭りはゆっくり楽しまないとね」

 

 その意見は一理ある。何事も欲張りすぎはいけないってことで。

 

「ん、了解」

 

 僕はアイシアちゃんについていってチョコバナナ屋に足を運んだ。

 

「ん~っと、あたしはどれにしようかな? ミントにいちごかぁ。う~ん……でも、ノーマルにはノーマルのよさもあるしなぁ」

 

 店の前まで行くとアイシアちゃんはどの味にしようか迷っていた。

 

 何分か首を捻って悩んでいるとようやく決まったのか、ぴょこんと飛び跳ねて手を打った。

 

「よし、決めた! あたしがノーマルで、明久君がいちご」

 

「ノーマルといちごひとつずつですね」

 

「はい!」

 

「あれ? さりげなく僕の分も上乗せ?」

 

「うん」

 

 無邪気な笑顔で頷いた。

 

「ま、いいか」

 

 僕も僕で楽しみたかったし。たまにはチョコバナナも悪くないかもね。

 

「はい、では2本で400円になります」

 

「ほい」

 

 僕は財布から100玉を4枚出してそれを店員役の生徒に渡した。

 

「ありがとうございました~」

 

 僕達はチョコバナナを買ってベンチのある中庭に移動した。

 

 ちょうどベンチが空いているみたいだし、僕達はそこに腰掛けてついさっき買ったチョコバナナをほおばった。

 

 うん……いちごっていうのも悪くないなぁ。

 

「おいし~」

 

 アイシアちゃんもノーマルのチョコバナナをほおばって幸せそうな表情を浮かべる。

 

「久しぶりだな~。チョコバナナ、食べるの。昔はすごい食べてたんだけどね」

 

「昔っていうと、アイシアちゃんが風見学園に通ってた時?」

 

「うん。その頃にね、すごいバナナが好きな娘がいてね。いつもバナナバナナ言ってた。すごい元気な娘で。懐かしいなぁ」

 

「………………」

 

 その時、僕の脳裏に腕いっぱいにバナナを持ってそれを幸せそうに口に詰めるワンコ娘が浮かんだ。

 

 まさか、アイシアちゃんも……なんてことはないよね?

 

「どしたの、明久君?」

 

「え、ううん。なんでもないよ」

 

 気の所為だ、気の所為。頭に浮かんた考えを捨ててチョコバナナを食べる。

 

「ところで、明久君の学園生活は楽しい?」

 

「……うん、今は本当に楽しいよ」

 

 少し前は地獄ばかりだったけどね。主にFFF団とか姫路さんや美波、姉さんの折檻とか……ああ、思い出したら震えが……。

 

「明久君? なんか、マズイこと聞いちゃった?」

 

「あ、いや違うよ。風見学園の生活は本当に楽しいよ。ただ、ここに来る前がちょっとね」

 

 あまり言いたくはないけどね。

 

「そっか、よかった」

 

 まるで自分のことのように嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「青春は大事だぞ~。学生時代にしかできないことはたくさんあるからね。後悔しないように毎日を楽しく生きる。これ、とても大切なことだよ」

 

 その言葉には何故かすごい重みを感じる。彼女はこの学園に通ったときに何を感じたのだろう。

 

「うん、わかってる」

 

 今は聞くことではないだろう。それにアイシアちゃんの言葉の意味はきちんと理解しているつもりだ。

 

「あ、でも……学生でしかできないこともあるからって、あんまり行き過ぎたことはしないようにね。ななかちゃんが保たないかもしれないんだから」

 

「しないよ、そんなこと!」

 

 にやついた顔でとんでもないことを言った。いくら恋人になったからって、そこまでハードなものは求めたりはしないよ。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、次は何処に行こうか?」

 

 チョコバナナを食べた後、僕とアイシアちゃんは校内の方に足を運んだ。

 

「う~ん……何処に行こうかなぁ?」

 

「今日しかやってないものもあるみたいだよ。生徒自作の映画とかもやってるっぽいし」

 

「ああ、それもいいかな?」

 

「……私達も行く」

 

「そっか、霧島さん達も行くんだ」

 

「……吉井は、あの娘と一緒じゃないの?」

 

「あの娘って?」

 

「……白河って娘」

 

「ああ、今日はアイシアちゃんにクリパを楽しんでもらいたいから。随分前に約束してね」

 

「……浮気は駄目」

 

「うん、わかってるよ。今回の約束は恋人になる前にしちゃって」

 

「……それなら仕方ない」

 

「うん、だから霧島さんは雄二と楽しんで────って、霧島さん!?」

 

 随分かかって驚いた。何故霧島さんがこっちに!?

 

「……私も驚いている。まさか扉をくぐったら冬なのに桜が満開の島に来てた」

 

「扉……まさか、姫路さんや姉さんも!?」

 

 僕は辺りを見回した。

 

「……いない。私しか通ってない」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 霧島さんの言葉にちょっとほっとした。

 

「……というか明久……この状況を見てなんとも思わないのか?」

 

「ん? 別にどこも変わったところはないけど?」

 

「手錠で繋がれて引っ張られているこの状況を普通だと思ってるのか!?」

 

「雄二に限っては当たり前のことでしょ?」

 

 何を今更……。

 

「えっと、この人達は?」

 

「ああ……僕の友人で、こっちの手錠で繋がれているのは坂本雄二」

 

「なんでこの人、手錠で繋がれてるの?」

 

「そういうのが趣味な人だから」

 

「ふ~ん」

 

「ちょっと待て! これは決して趣味ではない! それだけは言わせてくれ!」

 

 雄二が手錠で繋がれた両手を必死に振りながら弁明する。まあ、趣味なのは流石に冗談だけど。

 

「それで、こっちの娘が……」

 

「雄二の妻の霧島翔子」

 

「誰も結婚してねぇ! ていうかそもそも恋人ですらねえだろう!」

 

 相変わらずだなぁ、この組み合わせのこの光景は。

 

「それより雄二、映画行こう」

 

「その前に……この手錠は外さないのか?」

 

「駄目。雄二を傍に置くためだから」

 

 相変わらず雄二への愛が半端ないなぁ、霧島さんは。

 

「疲れるなら、傍で寝てていいから」

 

 そう言いながら霧島さんが懐からスタンガンを取り出す。

 

「って、それは気絶だ──ぎゃばばばばばばば!!」

 

 スタンガンを首元に突かれ、感電して気絶した雄二を霧島さんは引きずって映画を開いている教室へと向かった。

 

「……とりあえず、僕達は別の所に行こうか」

 

「……そうだね」

 

 流石にあの2人の邪魔をしてはまずいだろう。僕とアイシアちゃんは別の場所に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄二が霧島さんと映画を見に行った後僕達は映画は後回しにして色んな露店を回っていた。

 

 所々で知り合いにバッタリ出くわしそうになっちゃったものの、全てギリギリ回避できた。

 

「は~、おもしろかったな~」

 

 そして僕達はたった今漫才を披露しているクラスを見に行き、そこでかなり笑ってきた。

 

 いやあ、学生の出すものなのに笑う要素がすごかった。ああいう日常的なお笑いはFクラスとかのことがあって耐性があると思ったけど、結構レベルが高く、僕も大笑いした。

 

 アイシアちゃんなんて涙を浮かべるほどお腹を抱えて笑ってたし。楽しんでくれて何よりだ。

 

 そしていくらか歩くとサンタコスチュームの女の子が客寄せをやっているのが見えた。

 

 やっぱりクリスマスシーズンの定番というか、お決まりなのか、サンタコスチュームは結構見かけるものだった。

 

「…………」

 

 アイシアちゃんは神妙な顔でサンタコスチュームの女の子を見ていた。サンタ服が気に入ったのかな?

 

 確かサンタって、北欧からの奴だっけ? よく覚えてないけど。

 

「……ねえ、明久君ってサンタって信じてる?」

 

「ん? サンタを?」

 

 突然サンタの話を振られて少し考える。

 

「……まあ、いても不思議じゃないってくらいには」

 

 これが正直な話。枯れない桜やら過去に行った体験があるやらでそういった話も完全否定ができない。

 

「そっか」

 

「アイシアちゃんは信じてるの? サンタクロース」

 

「信じてるっていうか……実際にいるのを知ってるからね」

 

「実際に?」

 

 北欧出身だからサンタを見たことがあるとかかな。

 

「まあ、今の世の中に広まってる話の中のサンタクロースとはちょっと違うけど。でも、本当にいるんだよ、サンタクロースは」

 

 笑顔のままアイシアちゃんが続けていく。

 

「みんなのためにあっちこっち飛び回って、みんなに笑顔を分けられる……そんな人。私の憧れなんだ」

 

「憧れ……かぁ」

 

 なんとなく、アイシアちゃんの笑顔に寂しいものが見えた気がした。

 

「ひとついうとね……あたしのおばあちゃんも、サンタクロースなんだ」

 

「アイシアちゃんのおばあちゃんが?」

 

「うん。色んな国を飛び回って、色んな人達に笑顔を分けてあげられる。私も、そんな力が流れてるんだ。とはいっても、私はまだまだ力不足なんだけどね」

 

 アイシアは何処から出したのか、スリーマーケットで売り出していた木彫りの馬を出した。いや、あれはトナカイだっけ。

 

「私のおばあちゃんはもっと色んなことができたんだけどね。もう、いないけど。おばあちゃんの夢だったんだ。世界中の人が笑顔で暮らせる世界をつくること」

 

 そう言いながらアイシアちゃんは学園中を見渡す。

 

「あたしはその意思を継いだようなものなのかな」

 

 アイシアちゃんはひとりで何を見てきたのだろう。ここに来る前は色んな国を回っていたのかな。

 

 そう考えるのが自然だと思う。今までアイシアちゃんのような女の子は見たことなかったし。

 

 多分ここにくるまでに色んな国を見てきたのだろう。だからこそそんな言葉が出てくるんだろう。

 

 僕だって考えないことはない。世界中の人々のこと。こんな平和なところもあればそうでない国だってあるだろう。

 

 それこそ、アイシアちゃんの作ってる玩具が嬉しいと思うくらい貧しい国だってあるだろう。アイシアちゃんは、そんな人に笑顔を与えるために色んな国を回ってるんだろう。

 

「さ、次行こうか!」

 

 さっきとは違う、心の底からの笑顔に僕はただ引っ張られるだけだった。

 

 ……向こうじゃあやふやなままだったけど、僕も将来のこと……考えるべきだろうか。

 


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