「ふっ……地獄を見たぜ……(ガクッ)」
「久々の鉄人の鬼の補習、相当堪えたようじゃのう」
「……合掌」
「あの、西村先生の補習ってそんなにすごいの?」
「ああ、あんな牢屋みたいなところであのしごき……もう拷問だろ」
「拷問って……」
明久が補習から帰ってきて力尽きていた。
姫路さんの召喚獣による攻撃をフィードバック付きで受けた上に補習、この後は補充試験。精神的にかなりキテるだろうな。
「しっかし、まるで狙いすましたかのような猛攻だったわね、アレ」
「見ていて痛々しいことこの上ありませんわ」
まゆきさんとムラサキの言う通り、アレは見ているだけで体中が痛くなる。
片方がAクラスの中でも上位に位置する点数らしいからFクラス相当の明久はかなりの痛みを感じただろう。
「……ハッ! 僕は一体……」
「あ、気がついたんだ。明久君」
「あれ、ななかちゃん? 僕は確か……ああ、そうか。姫路さんの召喚獣に焼かれて鉄人の補習を受けたんだっけ?」
「うん……」
「あの、明久君、大丈夫ですか?」
「大丈夫なの? アキ」
「……う、うん。一応」
「……何でウチらから距離を取ってるのよ?」
「そりゃあ、あんな目に会えばトラウマになったって不思議じゃないわね」
「見てて私達もすごい震えたよ~」
「う、うん……」
「何でこんなことになんのよ」
「せめてお友達として挽回したかったのに、どうしてこう裏目に出るんでしょう?」
雪月花の3人に言われ、膝を着いた姫路さんと美波さん。同情はするが、それはあなた達の普段の行動が祟っているんだと思う。
「さて、色々キツイだろうとは思うが、さっさと回復試験を受けて再び作戦続行するんだよ」
「ちょ、明久君はついさっきまで戦って疲れてるんですよ!」
「それに、姫路さん並みの点数を持った召喚獣が何度も来たら、正直いつ成功するか」
「まだ出てきてませんが、そんなのをいちいち相手にしていたら正直やってられません」
確かに、いくら明久が召喚獣の操作がうまいと言っても立て続けに姫路さん並みの点数を持った召喚獣が来たら勝目はない。
よほどの高得点を持ってなければ成功するのはとても難しい。
「……今から勉強しても、すぐに効果がないと意味がない」
「そうじゃのう」
「それなら、いい方法があるぞ」
「「「え?」」」
坂本の言葉にその場にいた全員が疑問符を浮かべた。
「おい、坂本。本当にすぐに効果の出る方法があるのか?」
「いや、そんなもんはない」
「じゃあ、一体どうやって高得点を取るんだ?」
「そんな難しいことじゃねえ。勉強もする必要もないからな。既に手配は済ましてある」
「へ?」
俺が首を傾げると学園長室の扉が開いてひとりの女性が入ってきた。
「坂本君、言われた通りのものは用意しましたが、こんなもので何を?」
「来たか、高橋先生。いや、この作戦を成功させるための大事なものだ。おい明久、すぐに回復試験しろ」
「え? う、うん……いいけど」
明久が用意された机に座り、高橋先生が明久の机にテスト用紙を広げる。
「……あれ? これって……これならいけるかも!」
「では、回復試験……始めてください」
「よっしゃあ!」
回復試験の合図を聞き、明久は猛スピードでテスト用紙の解答欄を埋めていく。
何だかこれでもかってくらいに解答が速い気がするんだが。
「おい、坂本。手品のタネは何だ? もったいぶらないで教えろよ」
「別に大したことはしてねえよ。ただ、問題のレベルを変更しただけだ」
そう言って坂本はテスト用紙の一枚を俺達に広げて見せた。
「……これ、小学1年の問題?」
音姉の言う通り、これは明らかに小学生の問題だった。
「なるほどのぉ……小学生の問題ならば、明久でも簡単に解けるというわけじゃな」
「……高得点を取るには手っ取り早い方法」
「ちょっとチート臭ぇけどな」
なるほど。小学生の問題なら簡単に大量の点数を取ることができるというわけか。
これなら確かに大した勉強は必要ないわけだ。
「よっし。これでいける!」
明久が回復試験を終えてペンを起き、準備を整えた。
「それじゃあ、作戦続行だね」
「はいさ!」
こうして、再び作戦が実行されるのだった。
「こっちは準備万端じゃ。いつでもよいぞ」
「……オールオッケー」
『よっし。行くぞ明久。
『よ~っし……サモン!』
明久が呼び出すと、足元から召喚獣が現れた。
『 科目:総合 Fクラス 吉井明久 79834点 』
「おお、明久が見たこともない点数を誇っておるぞい」
「これならいけんじゃね?」
『よーっし! 今度こそクリアしてみせるぞ!』
それから再び作戦が開始された。
『よし、明久。その先の角を左に曲がれ』
『了解』
「え? 坂本君、そっちは──」
ビー! ビー! ビー!
『ぎゃああぁぁぁぁ! また痺れがああぁぁぁぁ!!』
『強くなっても痺れるんだな……』
『試さないでよーっ!』
「ていうか、真面目にやれよ……」
折角の高得点だっつうのに台無しにする気か坂本は。
「うん、その先の十字路を左に行って」
『了解。……ん? アレは……』
明久が進路の先に何かを見たようだ。モニターには……、
「来た! Fクラスから召喚獣3体!」
報せた瞬間、明久の正面に幾何学模様が3つほど展開し、そこからは──
『雄二! ムッツリーニ! 秀吉!』
「儂らの召喚獣か……」
「……姫路たち同様、コントロール不能」
『このまま押し進むのみだ!』
「気をつけてください!」
「土屋もいるわよ!」
『大丈夫! 回復試験でかなり点数取ったし、今回の科目は現代国語だから──』
『 科目:現代国語 Fクラス 吉井明久 8694点 VS Fクラス 坂本雄二 147点 & 木下秀吉 112点 & 土屋康太 6点 』
『──保健体育の使えないムッツリーニなんて、敵じゃない!』
明久の召喚獣が通り際に木刀を一閃し、一瞬で決着がついた。結果だけ言えば、もう圧倒的だった。
「0点になった戦死者は補習──っ!」
「り、理不尽じゃ!」
「……不条理」
「問答無用! 坂本、お前も事が済んだら補習だ!」
『冗談じゃねえ! 召喚獣が勝手に負けたんだぞ!』
「黙らんか! いいな!」
『くっそー! 事が済んだ瞬間、絶対逃げ切ってやらあ!』
坂本が逃走を決意した瞬間だった。
『うおおおぉぉぉぉぉぉ!!』
モニター越しでは明久の召喚獣が突っ込みながら次から次へと出てくる召喚獣を片っ端から片付けていた。
もう完全に明久無双だな。今の明久は最早無敵だ。
「オーケー、吉井。後はその十字路を右に行ってまっすぐ進めばサーバールームよ!」
『了解!』
明久はまゆきさんの指示に従って召喚獣を進め、正面に見える光へと猛スピードで進んだ。
『見えた! 出口!』
勢いよく光に飛び込むと、だだっ広い空間に出てきた。恐らく、あそこがサーバールームなのだろう。
『学園長! 着きましたよ!』
「わかってるよ。まずは扉の方だ。近くにモニター画面とそれを操作するためのキーボードらしいものがあるはずだよ」
『えっと……あ、ありました!』
「まずはそこで緑のボタンを押すんだ。それは非常用のスイッチでそれで扉がこっちの意思で開閉できるようになるのさ」
『了解』
「待って、明久君! そっちは危な──」
ななかが最後まで言い切る前に明久の召喚獣の眼前で爆発が起きた。
『な、何!?』
明久の召喚獣が直前まで立っていた場所にはクレーターができていた。そこから土煙が舞い、その中から2体の召喚獣の影が出てきた。
『くそっ! ここに来てまで姫路と島田か!』
『でも、大丈夫! いくら姫路さんでも今の僕の点数なら──って!?』
『 科目:日本史 Fクラス 吉井明久 15682点 VS Fクラス 姫路瑞希 12934点 & 島田美波 9985点 』
『姫路さんと美波の召喚獣の点数が異様に高いんだけど!?』
「……多分、他の召喚獣の点数を吸収してる」
『そういうことか! 道理でここに来るまで敵との遭遇率が低かったわけだ!』
翔子さんの予想に坂本が地団駄を打った。なるほど、それならあの2人の点数も納得がいく。
そう考えてる間に2人の召喚獣が明久の召喚獣に襲いかかってくる。
『このっ!』
明久は召喚獣の攻撃をギリギリ回避して反撃しようとするが、2人の召喚獣が予想を遥かに上回る動きに一瞬隙が生まれ、そこを突かれて召喚獣に縛られた。
『えっ!? ちょ、何で2人の召喚獣がここまで動きがいいの!?』
『そりゃ、人の考えで動くよりは自動化の方が動きに迷いがないからな』
『く、ついいつもの癖で……って、痛ああぁぁぁぁ!』
明久の召喚獣が2人の召喚獣によって再びリンチにあう。倒そうと思えばいつでも倒せそうなのに何故かその姿を楽しんでるように見える。
「あのさ、もう一度聞くけど……本当にコントロール不能なのよね?」
「だから違うって言ってるでしょ!」
「私達だってできればやめさせたいです!」
2人は無実だと言ってるが、あの様を見ていると本当なのか疑わしくなってしまう。
『ぐっ! あぐっ! くっそおおぉぉぉぉ!』
いや、そんなことを考えてる場合じゃない。早くなんとかしないと明久の召喚獣が再びやられてしまう。
どうにかできないかと考えていた時だった。
ビー! ビー! ビー!
「こ、今度は何だ!?」
『おい! まだ召喚獣が1体残ってるぞ!』
「こんな時にもう1体!?」
「暴走召喚獣1体……Dクラスの召喚獣!」
『あ? Dクラス……まさか──』
すると、明久の召喚獣から少し離れたところからドリル頭の召喚獣が出現した。
「お姉さま~~~~!」
「み、美春!?」
いや、召喚獣だけじゃない。こっちにもドリル頭の少女がモニター越しの召喚獣と同様、美波さんに抱きついてきた。てか、誰?
「ちょっと美春! 何であんたがここにいるのよ!?」
「例え召喚獣同士といえど、豚に抱きつくなんて許せませんわ!」
「ちょ、放して! ウチにそんな趣味はないから!」
何だか入ってはいけない空気が俺のすぐ近くで展開されているのだが。
『チャンスだ!』
明久はこれを好機と見て美波さんと美春と呼ばれた少女の召喚獣を一気に片付けた。
「0点になった戦死者は補習──っ!」
「いや──っ!」
「お姉さま、愛しております」
「…………何だったんだ? アレ」
「さあ……?」
アレには深く関わらない方がいいのかもしれない。
『よしっ! 残るは姫路さん!』
明久は今までの分を全て姫路さんの召喚獣に返し、最後の一閃で姫路さんの召喚獣を派手に吹き飛ばした。
『やった!』
『よ~っし、後は扉を……いや、待て明久! まだだ!』
『え?』
見ると倒れた筈の姫路さんの召喚獣が再び立ち上がってきた。しかも、姫路さんの召喚樹の姿が先程と異なっていた。
鎧からは黒い羽のようなものが生え、大剣も禍々しいデザインに変わり、悪魔の尻尾のようなものも生えてきた。
『 科目:日本史 Fクラス吉井明久 418点 VS Fクラス 姫路瑞希 15000点 』
『さ、更に増えてる!?』
『まずい! 逃げろ、明久!』
坂本が指示を飛ばすも既に遅く、姫路さんの召喚獣が明久の召喚獣に猛攻を仕掛けてきた。
『がぁ!』
明久は召喚獣を通して姫路さんの猛攻によるダメージを受けてその場に蹲る。
「明久!」
「明久君!」
「無理です、明久君! 逃げてください!」
『だけど、ここまできてそんなこと──ぐああぁぁぁぁ!!』
明久の言葉は最後まで紡ぐことはなく、再び姫路さんの特攻を受けて明久は悲鳴を上げた。
「明久君!」
「学園長! もう無理です! すぐに引かせるべきです! 生徒に無益な苦痛を強いるのは、教育者のすることではありません!」
「…………」
高橋先生が学園長に講義するが、学園長はただ沈黙して現状を見ているだけだった。
『まだだ! まだ僕の召喚獣はやられてない!』
「無茶言ってんじゃねえ! お前、立ってるのもやっとじゃねえか! オマケに吉井の点数は残り少ないじゃねえか! そのままで勝てるわけねえだろ!」
渉の言う通り、今の明久の点数では姫路さんの召喚獣に勝つのは無理がありすぎる。
例え遠回りになろうともここは一旦引くべきだと思う。
「彼の言う通りです! あなたと姫路さんとでは実力が違いすぎます! 今すぐに引き返しなさい!」
『だけど、だからって…………実力?』
突然、明久が思案を巡らせるような顔をした。
『……そうだ! 僕の召喚獣のように、実力が点数差になるとは限らないんだ!』
『は? お前、何を……そういうことか! おい、姫路! 今すぐ回復しけんを受けろ!』
「え?」
「何言ってるの坂本君! 今回復しけん受けたらどんな風に変化するか──」
『受けるだけでいいんだ! 試験を受けて、用紙に名前を書いてさえくれれば!』
音姉の制止の声も無視して明久が姫路さんに対して懇願する。姫路さんは明久の言葉が何を意味するのがわかったような顔をした。
「そういうことですね。わかりました! 高橋先生! 回復試験を!」
「これ以上あなたが点数を増やしたら吉井君に勝目はありませんよ?」
「お願いします!」
「……わかりました。すぐに」
姫路さんと高橋先生はひとつの机に集まり、回復試験を始めた。明久も坂本も何を考えてるんだ?
「……ふっ。中々やるじゃないか、クソジャリ共」
「え?」
学園長がにやけた顔で何か呟いていたが。
『明久! なんとしても持ちこたえろ!』
『わかってる! はああぁぁぁぁ!』
姫路さんが回復試験を受けてる間に明久と姫路さんの召喚獣の攻防はいっそう激しくなっていた。
明久は主に回避に専念して姫路さんの召喚獣の攻撃を見事に流していた。
「先生! 採点お願いします!」
「え?」
まだ始めて何分もたっていないのに、姫路さんが解答用紙を高橋先生に渡していた。
『明久!』
『よっしゃああぁぁぁぁ!』
坂本の声に応え、明久は姫路さんの召喚獣に突っ込んでいった。2体の召喚獣の武器の矛先が互いの身体に直撃した。
「明久!」
「明久君!」
2体の攻撃がぶつかり合った中、この戦いはどっちが勝ったのか。2体の召喚獣の頭上の点数表示に視線を泳がせた。
『 科目:日本史 Fクラス 吉井明久 4点 VS Fクラス 姫路瑞希 0点 』
「回復試験の結果……姫路瑞希、0点」
点数の表示を見るのと高橋先生の回復試験の結果の情報が同時に俺の頭に入ってきた。
同時に高橋先生の言葉に俺だけでなく、その場にいる全員が目を見開いた。
姫路さんはAクラスの中でも上位に位置する学力を持つはずが、試験の結果が0点なのに驚きを隠せるわけがない。一体何故だ。
「……この解答用紙、名前を書いただけ」
翔子さんの言葉に納得した。そうか……回復試験を受けさせたのは名前を書かせて解答用紙を出すということだったんだ。
解答欄を埋めることなく、名前だけを書いて用紙を出せば実力云々関係なく、誰でも0点を取ることができる。
明久がやった小学生の問題を大量に取るのとは逆のパターンの作戦だったわけだ。
『ふう……学園長。扉のスイッチは入れました。これで、終わっ……』
ドサッ、という音が聞こえ、モニターに視線を移すと、明久が扉の前で倒れていた。
「明久!」
「明久君!」
倒れた明久を見てななかが一目散に駆け出していった。
「さて、あたしはすぐに修理にかかるとするか」
「お供します。まったく……学園一の問題児にこんな重要な仕事を任せるなんて、分の悪い賭けもいいところです」
高橋先生の言葉に流石にちょっと腹がたった。それが今回一番の功労者に対する言葉かと言おうとした時だった。
「別にあたしは賭けだなんて思っちゃいないよ」
「え?」
「何だい、あんたはすごろく大会を見て何にも思わなかったのかい? ちょっと点数と素行を見るだけじゃ、あいつの本来の姿なんて一生わからないよ。そのうち、あんたにもわかるさ。バカとの付き合い方が」
「はぁ……」
学園長はモニター越しでななかに運ばれる明久を見ながら言うと、学園長室を後にした。
とりあえず、これで暴走召喚獣の件は片付いたのだった。俺達も明久の様子を見に行かないとな。