バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第四十二話

 

『だああぁぁぁぁ! どうしよう!? このままだと僕が自分の部屋にこっそり秘蔵の──』

 

「ストップだ! それ以上は僕の社会的生命が危機に晒される!」

 

『あぁ~……もしこれがみんなに知られたら本当に……』

 

「駄目だ! 黙らせようとしても次から次へとマズイことを言ってしまいそうになる!」

 

『くそっ! それもこれも全部ババアの所為だ!』

 

「よし、ギリギリなんとかなったね」

 

『後はみんなにバレないよう秘蔵の本のことを考えないよう──』

 

「ノォ──ッ! だからマズイのに! ハッ! そういえば前は……よしっ!」

 

『…………(ひしっ)』

 

 ステージでは明久と召喚獣が妙なコントっぽいものを繰り広げ、明久が座禅を組んで静まると同時に召喚獣も同じ姿勢で停止した。

 

「で、木下。アレは何だ?」

 

「うむ……どうやら明久の召喚獣は設定を操作されてある程度の自我を持ってしまったようじゃ」

 

「自我を?」

 

「う~む……難しいことはわからんのじゃが、あの召喚獣は召喚者の無意識領域の一部を読み取ってそれを口にし、体面よりも欲求を優先させた行動をとる、じゃったかの?」

 

「え~っと……?」

 

 木下の言葉はよくわからなかった。えっと……要するに?

 

「つまり、召喚者の本音を口にしつつ、幼児程度の行動原理を持った自立型の召喚獣と言ったところかしら?」

 

「すまん、杏。もう少しわかりやすい言葉で頼む」

 

「要するに本音をそのまま口にする吉井自身の子供の姿みたいなところね」

 

「あぁ……」

 

 そういえば、さっきから明久の秘密が召喚獣から漏れつつあった気がするな。

 

 自室の秘蔵の本……音姉に見つからずにまだ残っているってところか。

 

 明久、もう少しでそれらを集めた苦労が水の泡になるところだったな。幸い、音姉は気づいてないみたいだし。

 

「しかし、自分の本音を喋る召喚獣とは……観察してる側としては面白いが、自分がとなるととんでもなく恐ろしいな。自分の考えてることがそのまま召喚獣の口から出るんだもんな」

 

 もし俺の本音をバンバン喋られでもしたらどんな状況になるか……考えただけでも恐ろしいぜ。

 

 それと同時にみんなの本音も知ってみたくなってきた。特に杏や杉並の本音とか。

 

「でも、今は随分と静かになってるわね」

 

 確かに。座禅に集中しているのか、明久自身も召喚獣もその姿勢のまま動かなくなっている。

 

「まあ、下手に何かを考えて慌てるよりもああやって心を落ち着けた方が召喚獣も余計な行動はしないからの」

 

「なるほど。なら、召喚獣が消えるまでああしてれば安心か」

 

「そうなればよいのじゃがの」

 

 木下が不安げな表情をしてステージを見ていた。

 

 明久が本音召喚獣を呼び出してからもすごろくは進んでいく。

 

 明久も自分の番になればルーレットを回す前に深呼吸をして出来る限り何も考えないよう落ち着いて行動していた。

 

 ゲームに集中していたから召喚獣が口にすることもゲームに関することだけだった。心理戦においては不利になるだろうが、このゲームが心理戦によるものじゃないのが幸いした。

 

 そしてそのまま4ターン程過ぎたところ、

 

「お、明久君と合流だ♪」

 

 明久と白河が同じマスに来た。これは、明久にしてみればマズイ状況かもしれない。

 

「明久君、ちょっといいかな?」

 

「な、何かな? 僕に聞いても別に面白くなんて……」

 

『ちなみに僕の部屋の本棚の裏にこっそり壁を二重にして至高の一品を──』

 

「ノオオォォォォ!」

 

 まだ何も聞いていないというのに明久が盛大に自爆していた。

 

 ていうか、そんな隠し方もあったのか。今度明久にご教授願おうか。

 

「明久君……終わったらたっぷりお話聞かなきゃね」

 

 隣では音姉が怖え顔で明久を睨んでいた。明久、せめて生き残ってくれ。そしてもし他に隠す方法があるなら是非ともご教授願いたい。

 

「さ、さあさあ! ゲームはまだ半分もいってないんだから、油断しないように!」

 

 明久は誤魔化すようにすごろくの方へ話を持っていこうとしたが、白河は新しい玩具を見つけたような顔をしていた。

 

 あれはまだ明久をからかおうとしている顔だな。まあ、相手が嘘をつけない状況なんてあまりないし、相手が明久だからな。

 

 白河としてはおいしい状況なんだろうな。

 

「本当に本音を喋るんだ~。なら、ちょっと確かめたいことがあるんだけど……」

 

 白河がニヤついた顔で明久に質問する。

 

「明久君の好みって、どんな娘かな~?」

 

 直球だった。しかし、明久の好みのタイプもちょっと気になるな。

 

「タ、タイプって、別に──」

 

『タイプ? 僕の好きなのはポニーテールに胸が大きい娘が──』

 

「ぶっ飛んでいくことボールの如く──っ!」

 

『みぎゃああぁぁぁぁ!!』

 

「ぎぃやああぁぁぁぁ!!」

 

 明久が致命的な発現をする召喚獣を蹴り飛ばすと同時に何故か明久も同様に痛がった。

 

「何やってんだ、明久の奴?」

 

「なんで明久君まで痛がってるんだろう?」

 

「しかも、明久さんが蹴飛ばした召喚獣と全く同じ場所」

 

 なんで明久まで痛がっているのか全員首を傾げていた。

 

「ああ、明久は観察処分者じゃからの。観察処分者の召喚獣はこれまた特別仕様での。召喚獣が受けたダメージの何割かが召喚者にフィードバックするのじゃ」

 

「フィードバック?」

 

「召喚獣が腕を痛めれば明久も同様の痛みを受けるということじゃ」

 

「うわ、そんなもんを背負ってるのかよ、明久」

 

 そんなものを背負って今まで試召戦争を繰り返していたってことか。

 

「ちょ、大丈夫? 明久君」

 

 白河が痛がっている明久に駆け寄った。

 

「だ、大丈夫……ちょっと召喚獣のフィードバックが……」

 

「フィードバック?」

 

 明久が白河に木下と同じような説明をした。それを聞いて白河は、

 

「それなのに自分の召喚獣蹴飛ばしたの?」

 

「いや、そうしないと僕の社会的生命が……」

 

「あはは。ちょっと遊びすぎたかな~」

 

 白河は反省して明久に肩を貸して立ち上がらせる。ただその際、かなり近くに寄ってるから、2人の体が接触してしまってる。

 

 その証拠に、明久の顔がかなり赤くなっていた。

 

『ななかちゃん、本当に胸大きいよね~』

 

 そして、本音召喚獣は臆することもなく明久本人の本音を漏洩していた。

 

「おらぁ! 次は焼却炉だ!」

 

「明久君! いくらなんでもそんなことしたら明久君も焼け死んじゃうよ!」

 

「離してななかちゃん! この召喚獣は今すぐこの世から消し去るべきなんだ!」

 

「でも、ステージから離れたら明久君失格になっちゃうよ!」

 

「ここで僕の社会的生命が消えるくらいなら一勝くらい譲ってやる──っ!」

 

 もう明久には勝利という概念が見えなくなっていた。

 

 まあ、あんな目に会えば誰だって勝利を投げ出したくもなるだろう。下手をすれば一生のトラウマになること間違いなしだ。

 

 とりあえず、しばらくこんなグダグダな状態ですごろくが進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

『さて、そろそろ吉井の特別仕様も終わりにするかね。西村先生、召喚フィールドはもういいよ』

 

「はい。では、召喚フィールド解除!」

 

 西村先生が叫ぶと同時に召喚フィールドも消えて明久の本音召喚獣も消えた。

 

「や、やっと消えてくれたよ……あのままだったら僕は取り返しのつかないことになってたよ」

 

 十分取り返しがつかなくなってると思うが……まあ、明久の本音の本音まではギリギリ口に出されずに済んだな。

 

 その本音の本音とは姫路さんが遠くから『好きな人は誰ですか』という質問に明久の本音召喚獣が危うくその人の名を口にする寸前で明久が再び召喚獣を蹴飛ばして事無きことを得た。

 

 まあ、そんなことをせずとも明久の好きな人というのは大体絞れてくるんだがな。

 

 それはそうと、あれから合計28ターン。このすごろくももう最終章へと入っていた。

 

 ちなみに現在の順位は1位が翔子さん、2位が白河、3位が姫路さん、4位が明久だった。

 

 やはり明久はあの本音召喚獣のこともあってほとんどゲームに集中できなかったので順位は芳しいものではなかった。

 

 明久の召喚獣がいる間は試召戦争を仕掛ける奴はいなかったが、各箇所に設置されたチェックポイントで回復試験というものを受けていて明久以外はある程度点数を補充していた。

 

 白河の学力は不明だが、Aクラス上位の学力を持ってるというあの2人が万全の状態になっている今、明久や白河には荷が重いだろう。

 

 何かここらで一発逆転の瞬間でも出ないものかと淡い期待を抱かずにはいられなかった。

 

 そしてゲームが進み、今度は白河のターンだった。出た目は5だった。白河は5マス進むとこれまた特殊な条件の出されるマスに入った。出た条件は、

 

『プレイヤー全員の点数を1番低いプレイヤーと同一にします』

 

 条件が出されると、ディスプレイに明久達の点数が表示されていた。

 

『 科目:総合  Fクラス 吉井明久 1267点 VS 来客 白河ななか 814点 VS Aクラス 霧島翔子 4562点 VS Fクラス 姫路瑞希 4367点 』

 

 これが今までの4人の点数。しかし、先のマスでみんなの点数は、

 

『 科目:総合  Fクラス 吉井明久 814点 VS 来客 白河ななか 814点 VS Aクラス 霧島翔子 814点 VS Fクラス 姫路瑞希 814点 』

 

 4人共一番低かった白河と同じ点数に統一された主観だった。

 

「ナイスだよななかちゃん! 全員が同じ点数ならまだ勝機はある! 流石風見学園の天使だ!」

 

 そして、明久の中で白河がアイドルから天使に昇格された瞬間でもあった。

 

「明久君、狙ってああいうこと言ってるのかな?」

 

「いや、音姫先輩よ。明久は素でとんでもないことをサラリと言う奴じゃからの。いいことも悪いこともの」

 

 そういえば、普段でも時折ものすごいことをサラリという節があるからな、明久の奴。

 

「え!? えっと……どう、いたしまして。で、いいのかな?」

 

「もちろんだよ! やっぱり持つべきは良き友達だよね!」

 

「……うん、そうだね」

 

「あれ? どうしたの、ななかちゃん?」

 

「ううん、なんでもないから……」

 

 明久の友達発言に白河が若干落ち込んでいた。

 

 あれで気づかないとは、どこまで鈍感なんだよ明久は。

 

「……あなたも人のこと言えないわよ」

 

「ん? なんか言ったか、杏?」

 

「いいえ、何も」

 

 杏が何か言ってた気がするが、とりあえずこれで勝負はわからなくなった。

 

 この分なら2人が逆転するチャンスもある。

 

 そう考えていると、すぐに明久の出番が来て、

 

「よっし! 点数が統一された今がチャンスだ! 今度は霧島さん! 君に一番上位の設備を賭けて勝負してもらう!」

 

「……その勝負、受諾する」

 

 ゲームのルール上、挑まれた相手は勝負を断ることができないそうなので翔子さんは明久の挑戦を受ける以外に選択はなかった。

 

「では、教科は保健体育! 承認!」

 

「「召喚(サモン)!」」

 

 例のワードを口にし、2人の足元から召喚獣が出現した。

 

 翔子さんの方は鎧武者のような姿をした召喚獣だった。そして、2人の頭上に点数が表示された。

 

『 科目:保健体育  Fクラス 吉井明久 89点 VS Aクラス 霧島翔子 89点 』

 

 先の出来事で明久と翔子さんの点数は同じになっていた。文字通り全くの同点。

 

 召喚獣の力自体は五分五分なのだが、この場に限っては明久の方に軍配が上がっているだろう。

 

「いざ、尋常に!」

 

 明久は召喚獣を呼び出した瞬間に突撃させ、翔子さんの召喚獣へと飛びかからせた。

 

「……っ」

 

 翔子さんはそれをサイドステップで躱し、明久はそれを追っていく。

 

「いっけええぇぇぇぇ!」

 

 今まではヒット&アウェイのスタイルだった明久だが、全くの同点というのもあって攻撃に遠慮がなくなっていた。

 

「くっ……」

 

 翔子さんは刀を振るって応戦するが、

 

「効かない!」

 

 明久はそれを軽々と避けてカウンターを仕掛けた。

 

『 科目:保健体育  Fクラス 吉井明久 89点 VS Aクラス 霧島翔子 65点 』

 

 明久のカウンターを受けて翔子さんの召喚獣の点数が僅かに減った。

 

 翔子さんもなんとか一撃を入れようとするも明久の得意の操作により、その攻撃は軽くいなされ、更なる反撃を受ける。

 

『 科目:保健体育  Fクラス 吉井明久 89点 VS Aクラス 霧島翔子 48点 』

 

 翔子さんの点数が当初の半分近くに減った。このままいけば明久の勝利だが、生憎とこの試召戦争は時間制限だ。

 

 なのでどうにかして早々に決着をつけなければ勝負は引き分け。更に翔子さんのすぐ近くにはチェックポイントがあった。

 

 このチャンスを逃せば翔子さんの勝利は確実なものとなる。

 

「ふっ!」

 

「くっ!」

 

 翔子さんも負けるまいと必死に抵抗する。刀を高速に振るって明久を無闇に近づかせないようにした。

 

 不利と判断して持久戦に持ち込んできたか。時間が過ぎれば翔子さんは再び万全の状態に戻って勝利を確実なものへと変えてしまう。

 

「なら、これでどうだ!」

 

 明久は自らの左腕を差し出して翔子さんの攻撃を防ぎ、全力の一撃を注いだ。

 

『 科目:保健体育  Fクラス 吉井明久 56点 VS Aクラス 霧島翔子 25点 』

 

「つう!」

 

「明久君!?」

 

 音姉が思わず席から立ち上がる。

 

 そうだ。明久の召喚獣は特別仕様で召喚獣のダメージが本人にも伝わるようになっているんだ。

 

 召喚獣自身ほどでないにしろ、刀による斬撃の痛みはかなりのものだろう。

 

「く……」

 

「逃がすかぁ!」

 

 明久は翔子さんを逃がすまいと翔子さんの召喚獣の足を掴んだ。

 

 しかし、足を掴んだがために地面に転がる形になっていたので翔子さんからすれば格好の的だろう。

 

 翔子さんは容赦なく明久に刀を連続で突き刺していく。

 

『 科目:保健体育  Fクラス 吉井明久 31点 VS Aクラス 霧島翔子 25点 』

 

「がっ!」

 

「吉井! お前、もうやめろよ! これ以上はお前の身が保たねえだろ!」

 

 渉も明久の現状を見てられなかったのか、熱血漫画にあるようなテンションでステージに向けて叫んでいた。

 

 それはそうだろう。いくら学園の決定でそういう設定になってるとはいえ、必要以上の痛みは体罰にも等しいと思う。

 

 俺達のためにやってるのは感謝するが、明久が必要以上に痛みを受けることはない。

 

 俺だって渉が言わなければ叫んでいたと思う。

 

「この……負けるかああぁぁぁぁ!」

 

 明久は自身に刀が刺さった瞬間、刀身を握って相手の武器を封じ込め、更に追撃を与える。

 

『 科目:保健体育  Fクラス 吉井明久 11点 VS Aクラス 霧島翔子 16点 』

 

 現在は僅かに翔子さんの方が点数が勝っている。

 

「く……」

 

 翔子さんも武器は封じ込められてもまだ手足が片方ずつ残っていた。その空いた手足で明久の召喚獣を攻撃する。

 

『 科目:保健体育  Fクラス 吉井明久 4点 VS Aクラス 霧島翔子 12点 』

 

 駄目だ、もう後がない。せめて時間切れになって生き残れないかと淡い希望も抱くが、

 

「駄目ね。あと30秒……タイムアップの前にやられるわ」

 

 杏が時間がまだ先だという言葉で砕かれた。

 

 具体的な時間は言ってないが、先の明久の試召戦争の際の時間を記憶していたんだろう。

 

 もう駄目かと思ったが。

 

「いっけええぇぇぇぇ!」

 

 明久が必死の一撃を翔子さんに向けて放った。対して翔子さんも全力で明久を踏みつけた。

 

 そして沈黙。明久達の召喚獣はどうなったんだろうか? 俺達は明久達の召喚獣の点数に注目する。

 

『 科目:保健体育  Fクラス 吉井明久 1点 VS Aクラス 霧島翔子 0点 』

 

 ギリギリで明久が勝っていた。その事実を受け止めるのに何秒かかっただろうか。

 

 俺達は脱力し、

 

「っしゃあああぁぁぁぁぁ!!」

 

 明久はやっとの勝利に感動しながら力いっぱい叫んでいた。そうか……勝ったのか、明久。

 

 まあ、ゲームはまだ続いているのだが、翔子さんの設備を手に入れたから順位はかなり上にいった。

 

 それからまたゲームが続行し、すごろくが進行された。

 

『ゲーム終了。トップとなったプレイヤーは、Fクラス所属、吉井明久です』

 

「よっしゃああああぁぁぁぁ!」

 

 明久が最初のトップを取って再び明久の勝利の叫びが学園に響いた。

 


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