バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第三十八話

 

「ふむ、つまり吉井の不純異性交遊というのは単なる噂に過ぎず、ただ吉井がこの学園を案内しようと君達を連れてきた。そういうことかね?」

 

「はい。ですから、明久君が不純異性交遊がどうのこうのというのは、あの人達のただの勘違いです」

 

「ふむ、そうか。いや、すまんな吉井。どうやらその噂については俺の誤解だったようだ」

 

「いいえ、誤解が解けたのなら助かります、鉄人先生」

 

「ふむ。久しぶりに言うが、西村先生と呼べ」

 

「わかりました、文月最恐の西村先せっ!?」

 

 何か変な二つ名みたいなものをつけたからか、明久君が殴られました。

 

「余計な枕言葉を付けるな。そして『さいきょう』の字に若干違和感を覚えたのだが」

 

「気の所為です」

 

 坂本君達がが補修室に行っている──約一名は引きずられていった──間に私達初音島メンバーは明久君のいる指導室へ足を運んだ。

 

 中では明久君の必死の弁明も中々聞いてもらえず、どうにか音姫先輩達が目の前にいる明久君のいたFクラス担当の西村先生に事情を聞かせてどうにか明久君の信用を取り戻せました。

 

「しかし、この数ヶ月も連絡もなしに何処に行ってたんだ? 見たところ、ほとんどが年下のようだが?」

 

 そういえば、ここに来てから明久君がやけに年上に見えるなぁ。

 

 それと、何処に行ってたのかについてはちょっと話しづらいかも。

 

「あ、ちょっとその辺を語ると長くなるので今は置いといてくれませんかね?」

 

 明久君の言葉に西村先生は一瞬疑わしそうに私たちを見るけど、すぐに何かを察したのか、小さいため息をついた。

 

「はぁ、そうだな。坂本達も補回復試験を行っているからお前も一応補習室へ行っておけ。前回のテストでお前達はいなかったのだからお前達の現在の持ち点は0だからな」

 

「はぁい。じゃあ、みんな……ちょっと行ってくるね。それと……これは後でちゃんと説明するから、年齢や学年に関する言葉は一切伏せてほしいんだ」

 

 最後の方は声を小さくして私達に言った。よくはわからないけど、明久君が言うならそうした方がいいと思う。

 

 私達は明久君の言葉に頷いて明久君は補習室へと向かった。

 

「ふう……さて、君達はしばらくの間そこに座ってなさい。回復試験を受けてる間暇だろう」

 

「あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 

 音姫先輩が代表して言うと、全員西村先生の正面の席に座った。

 

 なんか、これはこれで熱血教師の授業を受けてる気分になるなぁ。

 

「さて、今まで吉井が何処に行ったのか……何をしていたのかについてここで問うのが普通だろうが……」

 

 西村先生の言葉にみんなどうしたものかと頭を悩ませていた。

 

「……まあ、君達にも事情があるようなので、ここでは不問にしよう。吉井も、君達といる場所が心地よいと見える」

 

 ……失礼だけど、見た目に反してこの先生はいい人なんじゃないかって思った。

 

「いやぁ、学年一の馬鹿と言われてるあいつがここまで女子に縁があるのも実に不思議なものだ。学園内にいた時のあいつとくれば問題を起こしてばっかだった。いや、そんなあいつがなぁ……」

 

 西村先生が明久君の過去を懐かしむように頷いて私達を見る。

 

「あの、問題って……あの明久がそんなに問題起こしてたんですか?」

 

「無論。奴は学園の中でもトップ3に入るほどの問題児だ。学園の校舎を破壊するわ、覗き騒動を行うわ、俺の私物を売り飛ばすわ、全国でも稀に見るとんでもない問題児だ」

 

 義之君の言葉に西村先生が間髪いれずに説明した。ていうか明久君……そんなに問題起こしてたんだ。

 

 ていうか、そんなにやってよく警察沙汰にもならなかったね。

 

「まさか、杉並に負けるとも劣らない問題を起こしてたなんて……」

 

「それも、覗きまで行ってたのですか、あの人は」

 

「吉井……なんて漢気あふれる奴だ……」

 

「明久、そんなことまでやってたのかよ……」

 

 なんか、明久君の評価がかなり下がってきてる気がする。かくいう私も、覗きという言葉にちょっと怒りを覚えちゃったけど。

 

「あ、でも……明久君だって、好きでやったわけじゃないと思います。その……それは誰かのためにやった結果が、たまたま悪い方向にいったんじゃないかっていう、その……」

 

 言葉が思いつかない。確かに、西村先生が言うからには、本当に明久君がそういう騒動も起こしたんだろうことは間違いないと思う。

 

 でも、明久君がとんでもないことをするのは誰かを助けるため……文化祭の時もそうだったから、私はそう信じたい。

 

「それは俺もわかりきってることだ。だからこそ観察処分者に奴を入れたのだがなぁ……」

 

 西村先生が私の言葉をため息混じりに肯定した。

 

「そもそも……これだけ問題を起こしているのに、観察処分者以外の処分が本来ないはずがなかろう。こんなこと、学校を追い出されるどころか、警察に突き出されてもおかしくないだろう」

 

「え? じゃあ、何で明久は今までどおりの学園生活を?」

 

 西村先生の言葉に全員が疑問をもっただろう言葉を義之君が口にした。

 

「うむ……奴を観察処分者にしたのは……あいつが入学して間もない頃だったな。その時に俺のロッカーが勝手に開けられ、その日に没収した物と共に俺の私物が盗まれた事件だ」

 

 その言葉を聞く限り、明久君だけじゃなく、多分他の誰かがグルになって行ったことだと思う。失礼だけど、明久君ひとりで教師を欺いてそんなことができるとは思えない。

 

 その上で処分が明久君ただひとりとなると……考えられるのは坂本君が明久君ひとりに罪を着せたとしか思えなかった。

 

「それで、その犯人を突き止めようとその売り飛ばされた店で色々聞き込みを行った結果、吉井だというのがわかった。俺は今度こそ奴にふさわしい処分を下そうと思った時、そこの店員がアイツのことを話してな……」

 

 それから明久君が観察処分者になるキッカケを西村先生が語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、少々お尋ねしたいのですが」

 

 吉井明久が盗難を行った日、西村が明久が行ったと思われる店を片っ端から当たっていた。

 

「何でしょう?」

 

「この品を、売却した人に、心当たりはありませんか?」

 

 西村は元々自分の私物だった古本を差し出して店員に尋ねた。

 

「は? その古本ですか? 少々お待ちを…………ああ、吉井明久君でしたかね。彼が持ってくるにしては珍しい物だったよ、ハハハハ!」

 

「ほう……やはり吉井だったか」

 

 犯人が明久だとわかったからには処分は確実。どのような処罰を与えるべきかを悩んでいた時、

 

「しかし、本当に珍しかったよ。まさか名前も知らない女の子にぬいぐるみを渡すために自分のお気に入りのゲームまで売り飛ばすんだから」

 

「…………は?」

 

 店員の突然の言葉に、西村は目を点にした。

 

「あ、いやね……明久君があのゲームを売り飛ばした時なんだけどね」

 

 

 

 

『すみません、これ売りたいんですけど』

 

『はいは……って、明久君じゃないか。これ、ついこの間買ったばかりのゲームじゃないか。この短期間で全クリしたわけ……ないよね』

 

『ああ、はい……実は、女の子にぬいぐるみを買わなきゃいけない事情がありまして……』

 

『ほう……ぬいぐるみねぇ。おいおい、彼女にでもプレゼントする気かい? お前さんも意外とやるねぇ』

 

『いえ、小学生の女の子ですよ。つい昨日会ったばかりですけど』

 

『…………は?』

 

『いや……昨日その女の子がお姉ちゃんのためにぬいぐるみを買いたかったらしいんですけど、値段が高くて……小学生のお小遣いじゃ手が届かなかったようで。それで、僕のゲーム関係売ればなんとかいきそうなんですけど……』

 

『…………』

 

『あれ? どうかしました?』

 

『……君は、何で名前も知らない女の子のためにそこまでするのかね?』

 

『え? だって、目の前で泣いてる子がいるんですよ? 放っておけないじゃないですか』

 

『…………』

 

『あの、僕何か変なこと言ってます?』

 

『……いや。ちなみに、買取価格なんだけど……ゲームは……新作とはいえ、君の希望通りとはいかんが、この古本は中々お目にかかれないものだからかなりいい金額で買い取れるから……合わせて1万と5千ちょっとになるね』

 

『本当ですか!? やったぁ! これであの子にぬいぐるみを渡せるよ!』

 

『本当に自分の事のように嬉しそうに笑うね。まあ、君の目標金額に届いたようだから、さっさとその子にぬいぐるみ買ってやりなさい』

 

『はい! ありがとうございました!』

 

『って、君ぃ! 嬉しいのはわかったが、お金を受け取らくちゃ買いたい物も買えないよ!』

 

 

 

 

 

「──と、いやぁ……あの時は本当にびっくりしたよ。あのようなまっすぐな少年がいたなんて……この代の若者も捨てたものじゃないと思ったよ」

 

「…………」

 

「ところで、明久君がどうかしましたか?」

 

「……いえ、ご協力、ありがとうございました」

 

 西村は店員に頭を下げ、店を出て行った。

 

「……吉井」

 

 西村は再びこの店で売却した後で行ったと思われる店を片っ端から尋ねていくと、3件目で明久の事を覚えていた店員を見つけた。

 

「ああ、この少年か。うん、最近流行りのマスコットキャラのノインというキャラクターのぬいぐるみが欲しいという女の子が来てね、お小遣いが足りなかったようだが、それでも売ってくださいと言ったんですが、私としても商売ですからそういうわけにはいかなかったんですよ。でも、そこにその少年が割り込んできてその子から事情を聞いたんですよ。そしたら彼は──」

 

 

『ぬいぐるみを半分に裂いて右半身だけ売ってください』

 

 

「──なんて言うもんで、その時は目を疑ったよ。本当に高校生なのかいって。それからどうにか1日だけでも待ってもらえないかって言われて、それで私もそうしたんですよ。そして今日、ついさっきその少年が来て約束通りこのぬいぐるみの代金を持って大急ぎで来たよ。約束は約束だから私もちゃんとその少年に渡したよ。あの様子じゃ、今頃あの女の子にぬいぐるみを渡してお互い大喜びだろうな」

 

「……そうですか。ありがとうございました」

 

 西村は再び頭を下げて店を出て行った。

 

「……う~む、どうしたものか」

 

 西村は頭を悩ませていた。確かに明久のやった行為は犯罪そのものだが、それがただひとりの女の子を喜ばせたいがための行動だ。

 

 普通なら警察に連絡するところだが、明久の優しさと行動を知った今となってはただ処分を下すだけでは明久だけでなく、その女の子の折角の笑顔も全て水の泡となってしまうだろう。

 

 そこで西村は決めた。学園から追い出すわけでも、警察に渡すわけでもなく、ある処分を職員のみんなに提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それから奴は観察処分者という肩書きを得た。あれを聞いた時は俺も驚いた。まさか、奴がそのためにあんな行動を取るとはな」

 

 西村先生の話を聞いて唖然とする部分もあったが、同時に明久君らしいと思った。

 

 やっぱりどんな時でも明久君は明久君だった。

 

「奴は行動こそ滅茶苦茶だが、その優しい心は誰にでもあるものではない。誰かの笑顔を守るために自ら汚名を被る。時にはその覚悟だって必要な時もある。だが、大抵の人間はそこから逃げてしまう。しかし、吉井はそこになんの躊躇いもなく踏み込んでひとりの少女の笑顔を守った。だからこそ俺もどう処分したものかと迷った」

 

 西村先生は言葉こそ困ったように表現したけど、その顔はどこか嬉しそうだった。

 

「あいつは馬鹿だ。確かにその心は立派だが、あいつは笑顔を守るためには手段を選ばない。一歩間違えれば逆にその笑顔を崩す危険性だってあるにも関わらずだ。だからあいつに人を助けたくば何が正しく、何が間違っているのかを教えていく必要がある。それを教えるために俺は奴を観察処分者にすることを選んだ。人のための行動というのがどういうものかを肌で感じさせるためにな」

 

 そっか。明久君の観察処分者って肩書き……周りからは馬鹿の代表格として呼ばれてるらしいけど、明久君に対してはそんな意味を含めてたんだ。

 

「む……ああ、この事はアイツには内密にしてくれると助かる。何分、アイツは調子に乗りやすいところもあるからな」

 

「はい。明久君には内緒にしておきます♪」

 

 そうは言っても、西村先生自身照れくさいところもあるのか、顔が若干赤い気がする。

 

「はぁ……やっと終わったよ~」

 

「久々の回復試験……懐かしかったが、やはり疲れるの~」

 

「……前と変わらない」

 

「まあ、とりあえず緊急時のための回復としちゃあ、結構できてたと……げっ!? 鉄人!」

 

「む、戻ってきたようだな。それと坂本、西村先生と呼ばんか!」

 

「ごっ!? ぐ……この、暴力教師め……」

 

 回復試験というものが終わったのか、明久君達が戻ってきた。

 

「あ、みんなお待たせ。この時間まで、暇じゃなかった?」

 

「ううん、西村先生から面白い話を聞いたし」

 

 その面白い話が明久君の事だってことは内緒だけど。

 

「ふ~ん……どんな話かは知らないけど、まあななかちゃん達が暇じゃなかったっていうならいいか」

 

「うんうん」

 

「あ、もうこんな時間だ……今日はみんな霧島さんの家に泊まるんだって?」

 

「うん。どんな家か楽しみだなぁ~」

 

「言っとくと、本当にすごいよ。あんな大きさで中にいるのがほんの数人だって話だもん」

 

「へぇ~……」

 

 明久君は以前に行ったことがあるみたい。どんな家なんだろうなぁ。

 

「ま、見ればわかるよ。じゃあ、早速行こう」

 

「何を仰ってますの? 吉井には自分の家があるじゃないですか」

 

「…………」

 

 ムラサキさんの言葉に明久君が固まってしまった。

 

「ど、どうしたんですの?」

 

「ごめん、ムラサキさん。できれば、僕の家にはもう戻りたくないんだ」

 

「何故ですか? せっかく自分の世界に戻れたのですよ? ご家族に顔を見せないでどうするんですか?」

 

 事情を知らないムラサキさんは一般的な事を言ってるけど、この世界に来てからのことを考えると、それが必ずしも最善とは思えなかった。

 

「あら、ようやく来ましたか、アキ君」

 

「…………」

 

 突然女の人の声が聞こえた。明久君は全身から汗を流して、顔面蒼白になっていた。誰なんだろう?

 

 なんか、すごく綺麗な人だけど。

 

「ね、姉さん……」

 

『姉さん!?』

 

 明久君の言葉に私達は驚いた。いや、お姉さんがいたのは聞いていたけど、まさかこんな美人だなんて思わなかった。

 

 でも、同時に残念だと思った。何故なら、

 

「……なんでメイド姿での登場なんだよ!?」

 

 明久君の言う通り、何故か明久君のお姉さんらしい女性はメイド姿だった。

 

「あら? だって先程電話とメールでメイド服を着てご奉仕しなさいという電話を受けたから──」

 

「嘘だ! こんなことになるかと思って僕は一度目の電話も即切ったし、メールの時だって返信もしなかった! 僕から姉さんに連絡を寄越した覚えは一度たりともない!」

 

 こんなシチュエーションを想像できる明久君って、実は頭いいの?

 

「何ですかアキ君、その言い方は。まるで私が常識の欠片もないみたいじゃないですか」

 

「みたいもなにも、まさにその通りじゃないか! 見なよみんなの顔! その格好が常識だと言いたいような表情か!?」

 

 うわ、すごい怒鳴ってる。いつもツッコミで大きな声をあげることはあるけど、今の明久君、メーター振り切ってる。

 

「あら? こちらの方達は……アキ君? これはどういうことでしょうか?」

 

「しまった! 常識を認識させることに気がいってて、みんなのことを誤魔化す言葉を考えてなかった! 言っとくけど、この子達は──」

 

 明久君は簡単に私達の事を紹介した。流石に異世界から来ましたというのは伏せてるけど。

 

「そうですか。どうも愚弟がお世話になっているようで。私はアキ君の妻の吉井玲と申しま……」

 

「姉だからね! みんな、絶対本気にしないで!」

 

「あら、すみません。つい流れで」

 

「嘘だ! そんな紹介になる流れなんて少しもなかったはずだ!」

 

「ところで、アキ君……アキ君の好物のナース服が部屋の何処にもないのですが」

 

「さも僕がナース服を愛用しているかのように振る舞うなああぁぁぁぁ!」

 

 ……うん、明久君の言ったとおりの人だった。

 

「えっと、どうしよう義之。あの人のこと……どう贔屓目に見ても変態っていう言葉しか浮かばない」

 

「小恋、それは至極当然の評価だと俺も思う」

 

 あの小恋ですらそういう言葉を出すくらいだもん。

 

「もう色々ハッキリしてもらいたいんだけど、やっぱり姉さんは僕の事が嫌いなんじゃないの!?」

 

「何を言ってるのですか、アキ君。もちろん好きに決まってるじゃないですか。……異性として」

 

「そんな風に見られるならむしろ嫌いでいてくれたほうがいいよ!」

 

「それよりもいい加減に実の弟を弄るのはやめてあげてください!」

 

 流石に耐えられなくなったのか、音姫先輩が玲さんを止めに入った。

 

「そうですか。それはともかく、アキ君。数多の女の子に囲まれて蹂躙やら『ピー』やら『ズギューン』に『ザッパーン』などを──」

 

「こんの、馬鹿姉がああぁぁぁぁ! 公衆の面前でなんてこと言ってるんだああぁぁぁぁ!」

 

「明久さん、玲さんの言ってることは否定しないのですか?」

 

「しまった! ち、違うよ由夢ちゃん! 今のはあまりに姉さんのボケがあれだったからツッコミが回らなかったけど、僕は姉さんが言ったのに興味はない……とは言い切れないけど、そんなことするつもりは毛頭ないからね!」

 

「そうですか、興味はあるんですね? でしたらすぐに母さんから父さんに躾けた時に使ってた拷問器具を──」

 

「あんたはいい加減黙ってろよ! って、やっぱりちょっと待った! 今聞き逃せない重大な事を口にしてなかった!? 母さんが父さんになんだって!? 父さん、向こうでどんな扱いを受けてるの!?」

 

「ご心配いりません。父さんはずっと健康体を保って元気よく暮らしています」

 

「ほっ……なんだ、冗談か」

 

「毎朝起きる時は、『母さん、そして玲……いつもいつもいい女王様っぷりで。あっし、この家にもらわれて本当に感謝しております』という挨拶を心がけてくれてますから」

 

「拷問じゃなくて洗脳!? 母さん、本当に何やったんだよ! クスリでも服用させたの!? もう父さんのソレ、何かの末期じゃないの!?」

 

「いいえ……ただ単にうちでは誰がどのように位置づけされているのかを再教育しただけです」

 

「結局は暴力か! 再教育が必要なのはむしろあんたと母さんだよ!」

 

「大丈夫です。父さんはそれが真実だと疑ってませんから」

 

「哀れだ! 父さんがあまりにも哀れすぎるよ! 本当になんで母さんと結婚しちゃったの!?」

 

「それはあなたが気にすることではないでしょ?」

 

「気にするよ! 子供としてすごく気になるよ!」

 

「アキ君、そんなに怒鳴って喉乾きません?」

 

「随分今更だし、怒鳴らせてるのはあんただよ!」

 

「よければジュースを持ってますが?」

 

「一応いただくよ」

 

「私の飲みかけで媚──」

 

「なんて危ないものを渡すんだ、この姉は! とりあえず、僕は心配いらないからみんな行こう!」

 

「お待ちください。そちらの方々の紹介がまだです」

 

「ちっ! 覚えてたか」

 

「で? アキ君、その方たちは?」

 

「え? あ、この人たちは……う~んと……」

 

 明久くんはなんて紹介するか悩んでいるようだった。

 

「…………苦楽を共にした仲間たち?」

 

「歯を食いしばりなさい」

 

 玲さんがいきなり明久君に暴力を振るい始めた。

 

「ちょ、いきなり何やってるんですか!?」

 

 ここまで来ると傍観に徹した私も前に出ざるをえなかった。

 

「何って、明久君が蹂躙に興味があったようなので」

 

「そんな態度見せてませんし、そうだったとしてもいきなり暴力を振るうのはどうなんですか! じゃなくて、明久君大丈夫!?」

 

「な、ななかちゃん……大丈夫だよ、いつもの事だし……」

 

「……アキ君、不純異性交遊の罰を与えます。歯を食いしばりなさい」

 

「え!? 僕まだ何もしてないのに!?」

 

「まだ? ……天に祈りなさい」

 

「何の弁明もさせてくれないの!? ていうか今のはそういう意味じゃぐふっ! うごっ!」

 

「あ、明久君!?」

 

「ちょ、明久!」

 

「あわわ、明久君が……明久君が……」

 

「ですから実の弟に対して何やってるんですか!」

 

 流石に見てられなかったのか、その場にいた全員で10分かかってようやく玲さんの明久君に対しての暴力を止めることができた。

 


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