バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第三十四話

 

 中庭に行くと、みんなが俺達の姿を認識すると同時に駆け寄ってきた。

 

「おい、義之達だ! 戻ってきたぞ!」

 

「弟君、今までどこに行ってたの!?」

 

「兄さん、心配したんですよ!」

 

「こんな時間までどこほっつき歩いていたんだ、このバカは」

 

「一体何があったのじゃ?」

 

「……もうすぐ日付の変わる時間」

 

 全員がいっぺんに話すのでちょっと混乱しちまう。

 

「ごめん。実は、桜公園の方でさくらさんを見つけたんだ」

 

 その中で落ち着いていた明久はさくらさんの事を話した。

 

「え? さくらちゃんを?」

 

「うん。桜公園の更に奥の方だった」

 

「じゃあ、あの枯れない桜の?」

 

「あそこは私もよく行きますね」

 

「あ~、あそこですか。美春も知ってますよ」

 

「そんなところに。道理で見つからないわけだ」

 

「でも、またどうしてそんなところに?」

 

「えっと……確か、さくらさんは夢を見てる状態で、その夢が今僕達のいる世界で……」

 

「明久、言ってることがわけわからん。一言で説明しろ」

 

「この世界を脱するにはさくらさんを起こすしかない」

 

「桜内、説明頼む」

 

 本当に一言で説明した明久だが、容量を得ないのか、坂本が俺に向いて説明を要求してきた。

 

 俺は今さくらさんの身に起こっていること、そしてこの世界の仕組みを説明する。

 

「さくらちゃんが、そんなことを……?」

 

「それで、準備の日だけ繰り返されてると?」

 

「でも、それって楽しいんですかね? 美春にはちょっと醍醐味が伝わってきませんが」

 

 だが、さくらさんは確かに準備を楽しむ人だ。祭り当日の前の準備にはいつも学園中を見回って準備している学生の様子を楽しそうに眺めていた人だ。

 

 みんなが祭りを盛り上げようと頑張っている姿を見るのが好きなんだろう。

 

「けど、だからって何でさくらさんがそんなことを?」

 

「よくはわかんないけど、さくらさんにも何か辛いことがあって、そこから逃げ出そうとしちゃったんだろう」

 

「さくらさんが? 信じられませんね……」

 

 由夢の気持ちはよくわかる。俺だって未だに信じられないんだ。

 

 だが、人間なら誰だって現実から逃げ出したくなるような、そんな気持ちになることはあると思う。

 

 それが今回、こんな形で叶った。それがクリスマスが起こした奇跡なのか、魔法によるものなのかはわからないけど。

 

「けど、やっぱりこれは間違ってるって思うから」

 

「なんとかさくらさんを起こすことができれば」

 

「さくらさんを、私達の世界のさくらさんを起こしてあげないと」

 

 きっとそれは、ここにいる俺達でないとできないことだ。

 

「だが、どうするんだ? 正直この戦力でも難しいぜ」

 

「芳乃先生に不都合なことがあればそのもうひとりの芳乃先生が儂らを排除するのじゃろ?」

 

「……オマケに肝心の夢見ている本人は深い眠りについている」

 

 全くの八方塞がりという奴だった。だが、こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。

 

 一体、俺達に何が出来る? どうやったらさくらさんに起きてもらうことができるんだ?

 

「やることなんて決まってる。さくらさんのもとへ行ってとにかく義之がさくらさんを起こす。それだけだ!」

 

 明久の言葉にほとんどが呆れていた。

 

「あのね吉井……あんたも言ってたでしょ。芳乃先生を起こそうとすれば私達がもうひとりの芳乃先生の手によって排除されるのよ」

 

「だからもうひとりのさくらさんごと説得する」

 

「それが簡単にできると思ってますの?」

 

「義之ならできるはずだよ!」

 

 明久がそんなことを大声で言った。

 

「けどな、俺にそんなことが……」

 

「できるはずだよ。さくらさんだって、義之に起こされる事を望んでいるはずなんだ」

 

「さくらさんが、俺を?」

 

「だって、そもそもこの世界に来たのは義之がさくらさんに呼ばれたことから始まったことじゃないか」

 

「……あ」

 

 そうだ。あっちで人形劇本番を迎える直前、さくらさんに呼ばれて学園長室に行って……。

 

 だが、当のさくらさんは不在で、あの扉を見つけて、この世界を見たんだ。

 

 それはまるで俺がこの世界に来るように仕組まれたように、こっちの世界に来たんだ。

 

 そして、ついさっきさくらさんを見つけた。

 

「何であの時放送で義之を呼んだのか……そんなの、義之に来てほしかったからじゃないか。そもそも、これが夢で全部がさくらさんの思い通りになるなら……自分に不都合なもの全てを排除するなら、何で僕達は今もこうしていられると思うの?」

 

 明久の言葉は、俺の胸に溶け込んでくるようだった。

 

「それは、俺達を必要としているからこそ、俺達はこうして?」

 

 そうだ、本当に夢の世界だけを求めているなら、そもそも俺達を呼ぶ必要はなかったはずだ。

 

 さくらさんはこの世界を望んでいつつも、それが間違いだってことをちゃんと理解しているんだ。

 

「さくらさんだって、義之と、みんなと暮らしている未来が大切だよ。そりゃ、誰だって現実に苦しんで、蹉跌して、過去を美化して懐かしんだり、やりなおしたりなんて思うのは人として当然のことだよ。ただ、今回はそれが偶然こうして叶っちゃっただけ。偶然叶っちゃったこの世界にいながらも、さくらさんは義之のいる世界に帰りたいんだよ」

 

「そういえば……言ってたな、さくらさん。俺や、音姉に由夢、風見学園の生徒はみんな、自分の子供みたいに可愛いって」

 

「うん。だからさ、それを義之の口で、さくらさんに言ってやるんだ。義之の気持ちと、これからのことを」

 

「……ああ、伝えよう」

 

 この言葉は、きっと眠っていても、さくらさんに伝わると思うから。

 

「うん、伝えよう」

 

「きっと聞いてくれますよ」

 

 音姉も由夢も頷いていた。そこに渉も前に出てきた。

 

「義之、俺は細かいことはよくわかんねえけど、ひとつだけ言えることはあるぜ」

 

「何だ?」

 

「この時間になっても、どこにも爆破なんて起きてねえだろ?」

 

「あ、そういえば……」

 

「すっかり忘れてましたわ」

 

 そういえば。さくらさんのことばかりですっかり忘れてたが、今この時間はいつものようにクリパの準備の妨害が起きるはずだ。

 

「どうなんだ? 現地組のみなさん?」

 

「ええ、ずっと校内にいましたが、確かに妨害はどこにも起こってないですね」

 

「そういえば、こっちも散々巡回したのに、どこにも異常はなかったわね」

 

「……爆弾はいくつか処理したが、罠らしいものもなにひとつない」

 

 学園内を担当していたみんなが言うのなら間違いはないだろう。

 

「逆に不自然だな。まるで、嵐の前の静けさだな」

 

「諦めたとは到底思えんの」

 

「……だが、保健としてそこらじゅうに罠を張ってる可能性もある」

 

「でもさ、これって……同時にチャンスじゃない?」

 

 明久の言葉に全員が頷いた。

 

「そうだよね。もうやるなら今しかないよ」

 

「う、うん。やろう、義之」

 

「ああ。学園内の妨害さえどうにかなれば、残るはさくらさんだけだ」

 

「よし、やろう義之」

 

「ああ。それで、方法なんだが……」

 

 方針が策定しそうなところで気づいた。みんなの姿が変だ。

 

「あれ? 義之、何か半透明になってない?」

 

「そういう明久も、半透明になってるぞ」

 

「え? でも、雄二だって……ていうか、この場にいる未来組みんな!?」

 

「え? これ、何なの?」

 

「どういうことなんですか?」

 

「一体何が起こっとるのじゃ?」

 

「……見えない」

 

 俺達未来組の姿が、薄くなっていた。

 

「ふむ……これは我々の存在が薄らいでいる、ということかな?」

 

「え? そ、それってどうなるの?」

 

「このまま22日が繰り返される、ということは、未来には繋がらない。そんな中、未来の存在である俺達がいるのはおかしい。何故なら、このまま世界が続いても、俺たちが生まれることはないのだからな」

 

「つまり、俺達はこのままじゃ世界からいつ排除されてもおかしくないってことか」

 

「うむ、そういうことだな」

 

「そ、それって……放っておいたら私達は消えちゃうってこと?」

 

「そうなるな。まあ、あくまで俺の仮説だが」

 

「それって、もう余裕はないってことじゃん! もし強制的に僕達がいた未来に戻るならまだしも、このまま未来まるごとなくなったら僕達だけじゃなく、未来にいるみんなだっていなくなっちゃうんじゃないの!?」

 

「ま、まさか……いくらなんでもなぁ」

 

「いや、吉井の言うことも存外的外れでないかもしれんぞ。世界というのは、観測者に観測されて初めて存在する、極めて危ういものなのだからな」

 

「それに、さくらさんだけを残した状態で消えるなんて絶対ごめんだ!」

 

 明久の言う通り、それだけは絶対に避けなければならない。俺達だけが帰れたところで、さくらさんがこの世界に取り残されて眠ったままでは意味がない。

 

「はう~。私、消えたくないよ~。どうしたらいいの?」

 

「えっと、明久君、どうする?」

 

「もう余裕はないね。こうなったらもう先手必勝。意地でもさくらさんのもとへたどり着いてループを終わらせるぞ!」

 

「して、桜内。作戦はどうするつもりなのだ?」

 

 明久の先手必勝も悪くはないが、例の妨害もまだ完全に止まったとは限らない。保健は必要だろう。

 

「まずは学園で妨害を阻止するんだ。破壊工作を完全に排除する。杉並、設置が得意なら排除もできるな。やってくれるか?」

 

「ふっ、それは愚問というものだ。引き受けたぞ、任せておけ! だが、もっと戦力は必要だ。恐らく、スピードが勝負の鍵となろう」

 

「なら、ムッツリーニを加えよう。スピードならこの中でダントツだろうから」

 

「……任せておけ」

 

「それと、この時代のみんなにもお願いしたいんだけど」

 

「はい、任せてください」

 

「風紀委員でも、こんな大仕事なんて初めてだけど」

 

「音夢先輩の背中は、その他いろんなところもまとめて美春が引き受けました」

 

「私たちの学園だからね」

 

「うん、この世界の私たちがやらないと」

 

 この時代の人達も協力してくれるなら学園内の方はなんとかなるだろう。

 

「桜内、一応これも持っておけ」

 

 杉並が寄越したのはトランシーバーだった。

 

「ちょっと失敬して通信距離を島全体に広げてやった。お前が司令塔になるのだ」

 

「あ~、学園の備品を……杉並君、後で始末書をプレゼントしますね」

 

「ハッハッハ。緊急事態だ、これくらい許容しておけ」

 

「よし、頼むぞみんな!」

 

「はい、ではまた後で」

 

「できれば、ループが終わった世界でね」

 

 それからすぐに妨害阻止チームは学園の中へと直行した。

 

「さ~て、こっちも行こうじゃないの!」

 

「いよいよ正念場という奴ですわね」

 

「へっ。結構楽しめたが、そろそろゲームは終わりだ。一丁叩きのめしてやるぜ」

 

「うむ。繰り返しの世界も今日で終わりじゃ」

 

「いっちょがんばりますか♪」

 

「完膚なきまでに叩きのめすわ」

 

「杏ちゃんすごいやる気~」

 

「うう、大丈夫かな~……」

 

「頑張ろう、弟君」

 

「絶対に伝えましょう、さくらさん」

 

「おっしゃ、おっぱじめようぜ! 義之、なんでも言ってくれ!」

 

「では隊長。指示を」

 

「俺達は、さくらさんを起こしに向かおう。厳しいとは思うけど、杉並チームがうまく行けば望みはある。それに、あのさくらさんだ。俺達の言葉を聞いてくれる、きっと」

 

「うん、そうだよね。さくらさんだもん」

 

「信じてるよ。兄さん、さくらさん……」

 

 みんながこんだけ背中を押してくれるんだ。あとは実践躬行……突っ走るのみだ!

 

「じゃあ、行こうぜ!」

 

『おー!!』

 

 

 

 

 

 

 学園を飛び出してあの枯れない桜へと向かう。

 

 ここまで来た以上、もう後戻りはきかないだろう。22日は今日で最後にするんだ。

 

 同じ日、同じ時間は2度もあってはいけない。俺達は未来に帰らなければいけない。

 

 通い慣れた学園、よく知る仲間達、住み慣れた未来の初音島に。無限に分岐する未来のなかの、ただひとつのあの世界へ。

 

「ま、まゆき~、早いよー。ちょっと待って~!」

 

「よ、義之も、みんな早すぎ……」

 

「わ~、久しぶりだね。こうして明久君に引っ張られるの」

 

 この中で脚力の優れている明久、坂本、まゆきさんには遅れ気味の音姉、由夢、小恋、ななか、杏、茜を引っ張ってもらっている。

 

「兄さん、もう時間がないです!」

 

 時計を見て慌てる由夢。

 

「くそ、正直マズイな」

 

 俺も走りながら自分の携帯で確認するともうすぐ日付が変わろうとしていた。

 

「くっそぉ! 文月学園で鍛えた体力、甘く見るなああぁぁぁぁ!」

 

「こんなもん、翔子の拷問や鉄人の追っかけに比べればなんてことねえぜええぇぇぇぇ!」

 

「「「「ひゃあああぁぁぁぁぁ!!」」」」

 

「速ぁ!? 改めて思うけど、あいつら人間か?」

 

「言ってる場合じゃないでしょ! あたしらも急ぐのよ!」

 

「ちょ、まゆき! もう、足限界~」

 

 ようやく桜並木を通り越して桜公園に辿り着いた。

 

 休む間もなく、俺達は走り続ける。そして、あの大樹へと続く入口が見えた。

 

「この奥ね……!」

 

「おし、ここまで来りゃ、あと一息だ!」

 

 気合を入れて渉が先頭を切っていく。

 

「っ! 駄目だ! 戻るんだ、渉!」

 

「へ? どわっ!? な、何だぁ!?」

 

 明久の制止が間に合わず、渉は網に入って木からぶら下がった状態になった。

 

「みんな気をつけろ! そこらじゅうに罠が仕掛けられてるぞ!」

 

「全員、足元に気をつけろ!」

 

 かくいう俺も、足に何かが引っかかる感覚を覚えた。

 

「くっ……うおっと!」

 

 咄嗟に身を屈めてすんでのところで飛んできた網を回避することに成功した。

 

「てぇい!」

 

「しゃあ!」

 

「おらあ!」

 

 近くではまゆきさんや明久、坂本が網を難なく回避した。

 

「ほう、よくぞ避けたな」

 

 何処からか男の声が聞こえた。

 

「当然! こんな程度、なんてことないさ!」

 

「ほう……ならば、これはどうかな?」

 

 直後、頭上からヤカンやら金ダライが大量に降ってきた。

 

「うおおおぉぉ!?」

 

 どうにか後退して回避した。

 

「きゃあっ!?」

 

「わっと!」

 

「や~ん!」

 

「ふふ……」

 

「わわ……」

 

「やっ!」

 

 女子達も気になるが、生憎金ダライが気になってそれどころじゃない。

 

「はっ! とう!」

 

「甘いですわ!」

 

 まゆきさんとムラサキは華麗に躱していた。

 

「ふっ!」

 

「んなもんが効くか!」

 

 明久と坂本は回避行動だけでなく、飛んでくるヤカンや金ダライを次々と払い除けていく。

 

「ははは、やるじゃないか。大したものだ。特にそこの男子2人、相当場慣れしていると見るが?」

 

「当然! 伊達に不意打ちでナイフやカッターを投げられるような状況に身を置いてきたわけじゃない!」

 

「それに比べりゃ、こんな程度の罠なんか取るに足らねえ!」

 

「あんたら、本当にどんな環境で生きていたのよ……」

 

 俺は暗がりに向かっていい放つ。

 

「で、そろそろ出てきたらどうだ、杉並」

 

「ふ、バレてしまっては仕方ない」

 

 すると、近くの木の上から男が飛び降りてきた。

 

「こんばんわ、お嬢さん方。それと、外野4名も」

 

「のう、お嬢さん方に何故か儂が含まれてる気がするのは錯覚じゃないのかのぅ?」

 

「って、あなたが杉並君!?」

 

「うわ、結構そっくりさん」

 

「わわ、本当に似てる」

 

「制服の着方や顔は若干違うけど……」

 

「ほとんど私達の知ってる杉並君とそっくり」

 

「というより、本人だったりして」

 

「心外だな。杉並はこの俺様だけだ。異論は認めないぞ」

 

「そういう発言も本当にそっくり」

 

「おっと、戯言はここまでにしてもらおう。仮に諸君が別の杉並を知っていたとて、それは俺が似てるんじゃない。そいつが俺に似ているんだ」

 

「どっちでもいいわ、そんなもん!」

 

 思わず叫んでしまった俺は悪くない。

 

「何か、僕達の知ってる杉並君と接している時と同じくらい疲れる……ていうか、義之! 時間!」

 

「ぐ、そうだった……」

 

「ふむ……諸君には俺と歓談を交えている余裕はないと見えるな」

 

 どの面でそんなことが言えるんだ。そういうところも本当に杉並そっくりだ。

 

「当たり前だ。こっちだって急いでいるんだ」

 

「そうだろう、そうだろう。つまり、この時点で俺様の遅滞作戦は成功しているというわけだ」

 

「悪いけど、君の言葉をいちいち聞いてるつもりはないから」

 

「まあ、そう急くな。ここにいればすぐにお前達が来ると予想して迎え撃つ体勢を取っていた」

 

「ほう。それでこんな罠を仕掛けたってか。用意周到じゃねえか」

 

「だが、おかげで俺達の作戦勝ちだ」

 

「ほう? その根拠は?」

 

「ここに俺達が来ると予想してお前は迎え撃つハメになった。おかげで破壊工作はできず、この時点でどこにも被害は出ていない」

 

「全くだ。せっかく今日は特別派手に行こうと思っていたのだが。だが、それで勝ちを確信するというのは些か早計というものではないか?」

 

「どういうことだ?」

 

「この俺が何の仕掛けもなく学園を離れると思うのかね? 破壊工作のための仕掛けなら既に設置済みだ。もちろん時限作動なのだから、ほうっておいてももうじき一斉にドカンとなるだろう」

 

「だが、それも想定済みだ。今頃俺の仲間がその仕掛けを見つけ出してるさ」

 

「なにせ、こういう技術に富んだミステリーマニアとムッツリスケベがいるんだからね」

 

「うむ、確かに今ここにいる諸君の人数は少ないようだな。だが、分散戦術も予想の範囲内だ。あれだけの仕掛け、諸君の仲間は撤去しきれるかな?」

 

「当たり前だ。なにせ、こっちにも杉並がいるからな」

 

 なんだかんだ言って、こういう時のアイツは頼れる存在だからな。

 

「ほほう、それは是非ともあってみたいが、爆発までもう1分もないぞ?」

 

「ふん、そうして余裕ぶっこいていられるのも今のうちだ」

 

「こっちの勝ちは既に見えている」

 

「やれやれ、君達にはキチンと勝敗を見せないと気がすまないようだ。ここはサービスしてカウントダウンをつけよう。3……2……1……」

 

 くそ、駄目なのか?

 

「0!」

 

 その瞬間、トランシーバーから連絡が入った。

 

『こちら杉並。桜内、応答を』

 

「杉並! 聞こえるぞ! どうなった!?』

 

『同志よ、それは愚問というものだ。この杉並様を信用していない証拠だぞ?』

 

「いいから教えろ! どうなった!?」

 

『やれやれ、少しは勝利の余韻を味わいたかったが、まあいい。爆発物の排除は全て完了! これより準備の防衛に移る!』

 

 その報告と同時に全員が飛び上がった。

 

「でかしたぁ!」

 

「しゃあっ!」

 

「よくやったぜ、杉並! ムッツリーニ!」

 

 これで無限ループのキーは壊すことが叶った。

 

「な、バカな! あれだけの仕掛けを全部見破ったというのか!? そ、それに、解除スイッチは俺にしか反応しないはずだ!」

 

『ちなみに解除スイッチについていた装置は俺をご主人様と誤認したらしく、素直に言うことを聞いてくれたぞ。詳しい理由は不明だが、不思議なこともあるものだな。ハッハッハ!』

 

「あんたら、ほんっと似た者同士ね~」

 

「機械ですら間違えるほどとは……」

 

「もうこいつら本気で同一人物じゃねえのか?」

 

「まあ、とりあえず作戦は成功だね」

 

「ふふふふ……ハーッハッハッハ!」

 

 突然、目の前の杉並が高笑いを始めた。

 

「何だよ、負け惜しみか?」

 

「いや、そうではない。今のは諸君の腕前を笑いで賞賛したものだ」

 

「嫌味にしか聞こえねえぞ」

 

「まあせっかくだ。そちらの杉並に賛辞を贈りたい。よろしいかな?」

 

「……ほらよ」

 

 俺は持ってたトランシーバーを目の前の杉並に寄越した。

 

「いよう、未来から来た同志よ。ご機嫌いかがかな?」

 

『悪くない。おかげで楽しませてもらったぞ』

 

「そうかそうか。それはよかった。この俺と対等に渡り合える者がいたとは驚きだった」

 

『ふ、そちらこそ。今回は俺の勝利だが、校内の攻防戦では貴様に軍配が上がっているからな』

 

「これで一勝一敗、実力の程は互角としておこうじゃないか」

 

『よかろう。いつか貴様とは、また合間見え、戦う日が来る予感がするぞ』

 

「奇遇だな、俺もだ。では、その日と楽しみに待っていよう」

 

『うむ。精々貴様も、この世界で風見学園を盛り上げてやってくれ』

 

「任せておけ、同志よ。それが我らの使命なのだからな」

 

『ふ、そういうことだ。では、さらばだ!』

 

 何か、嫌な方向に意気投合しやがったな。

 

「で? まだ何かあるのかな?」

 

「いや、俺もそろそろこのゲームを終わらせようと思っていたところだ」

 

「ゲームだど?」

 

「そうだ。元よりこのループ自体は俺の目的ではない。まあ、中々に面白い研究ができたという点では大いに感謝はしているがな」

 

「面白いって……それだけのためにこんなことに協力を?」

 

「ふっ。人間とは常におもしろさを求めるものだ。貴様とてそうであろう?」

 

「僕の求める面白さと君の求める面白さは根本的に違うよ」

 

「まあ、故あって芳乃嬢に協力していたが、そろそろ潮時かと思っていたところだ。やはりゲームには終わりが来なければ面白くないし、何より祭りというのは本番あってのものだからな」

 

「なんだお前、わかってたんじゃねえか」

 

「無論だ。楽しむとはそういうものだろう?」

 

 それなら話は早い。

 

「なら、お前はもう何も行動を起こす気はないと、そう思っていいんだな?」

 

「ああ」

 

「だったら……」

 

「わかっている。彼女に会いにいくのだろう? ならば行けばいい。ただし、条件がひとつあるが」

 

「条件?」

 

 すると杉並はふっと穏やかな笑みを浮かべた。

 

「その、なんだ。芳乃さくらを幸せにしてやってくれたまえ」

 

「「……は?」」

 

 俺と明久が同時に間抜けな声を出した。

 

「そ、それが、条件なの?」

 

「そうだ。それが条件だ」

 

 全く……こいつは。

 

「んなもん、お前に言われるまでもない。さくらさんは、俺が……いや、俺達が幸せにするさ。必ずな!」

 

「そうかそうか。では、頼んだぞ諸君」

 

 俺の答えに杉並は満足そうに頷いた。

 

「さて、俺はこの辺で失礼しよう。明日のクリパに向けて準備が残っているのでな」

 

「どうせロクでもないものでしょ?」

 

「おっと、それは言ってくれるな。ハッハッハ!」

 

 杉並は高笑いしたまま去っていく。

 

「追伸、そろそろ木の上の彼を下ろしてやってもいい頃だと思うがね」

 

「あ……」

 

「いけね、すっかり忘れてたぜ」

 

「罠と杉並君のことばかりで……」

 

「完全に忘れてたわね」

 

「お前ら~! この、薄情者共~!」

 

「まあまあ、事態は進展しましたから、尊い犠牲ということで」

 

「由夢ちゃん、板橋君はまだ生きてるよ」

 

 とにかく、これで道は開けた。もう残り時間は少ないけど、きっと大丈夫だ。

 

 必ず、さくらさんを救ってみせる。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「ああ」

 


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