バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第三十二話

 

 ことりさん達の練習の手伝いを一通り終わらせて僕達はまた別の団体の手伝いをするために音楽室を出て行くことにした。

 

「色々とありがとうございました。みんなの前で演奏して自信もつきましたし、これで無事にクリパを迎えられそうです」

 

「やっぱ音楽やってる人のアドバイスとかあると違うよね」

 

「色々刺激になったよ」

 

「僕は違うけどね……」

 

 でも、何度も繰り返してるうちにみんなの演奏が上達したのは僕でもわかった。

 

「後は無事に23日が来てくれるのを祈るだけなんだけどね」

 

「そのためにも他の団体の準備もバンバン手伝わないとね」

 

「そうだね」

 

 それに、あの爆発の実行犯の最大容疑者であるこっちの時代の杉並君のこともね。

 

「でも、何か不思議だよね」

 

「うん」

 

「え、何が?」

 

「みんなが未来から来たのは納得できたんだけど、でもやっぱりまだ22日がどうのってのは実感湧かなくて……」

 

「そうそう」

 

「それについてはしょうがないよ。どうも認識まで変わっちゃってるっぽいから」

 

 最初に疑わしいと思ったことりさんですら昨日一昨日の記憶にズレが生じてるんだ。

 

 というより、君たちがこんな事態を理解できただけでもすごいことだ。

 

「ともかく、みなさんも準備の方、頑張ってくださいね。杉並君の動向がわかりしだい、私達からも知らせますから」

 

「よろしくね」

 

「おっしゃぁ! 月島、白河、明久、次行こうぜ次!」

 

「うん、そうだね!」

 

「今度は渉君のドラムも見せてよね」

 

「おうよ。今度来る時があったら、ちゃんとドラムセットも運んでくるぜ」

 

「それはちょっと無理があるんじゃないかな?」

 

「どうせなら、今度は私達が54年後の風見学園のクリパに押しかけちゃおうか」

 

「あは、それいいね」

 

「あの扉をくぐって未来に来る?」

 

「歓迎するよ」

 

「でも、それだと今度はこっちの時代のみんなが帰れなくなっちゃわない?」

 

「そ、それもそうだね……」

 

「だったら、このまま54年すぎるのを待つ方が楽しいかな」

 

「それじゃあ、みんな婆ちゃんになってるじゃねえか」

 

 確かに50年もたてばもうみんなお婆ちゃんになってるだろう。

 

 いや、しかしなぁ……若干年齢不詳の人をひとり知ってる僕としては若いままだという可能性も捨てたくない。

 

「ふふ、ドラムを叩いている渉君を応援する元気なお婆ちゃん達がいたら、それは私達だと思ってよ」

 

「期待してるから! その時は渉君ファンになってチヤホヤしてあげるね♪」

 

「そ、それは……喜ぶべきことなのか?」

 

 お婆ちゃんにチヤホヤされてる渉を想像する。やばい……ちょっと吹き出した。

 

「おい、明久! お前、今50年後のこの2人にチヤホヤされてる状況想像して笑ったろ!?」

 

「ご、ごめん……ついね……」

 

「あら? 歳とった私達じゃ不満だっていうのかしら?」

 

「失礼しちゃうなぁ」

 

「大丈夫だよ。2人共可愛いんだから、あと50年くらいは若いままでいられるんじゃない?」

 

 実際さくらさんとか、姫路さんのお母さんとか、年齢に似合わない外見をした人と会ってるからこそ言えることだ。

 

「か、可愛いって……」

 

「明久君って、時々ジゴロって言われることない?」

 

「ほぇ?」

 

 いきなり何のことだろうか?

 

「ううん……言われることはないけど、明久君って、自覚ないから」

 

「ほえ? 何が?」

 

 ななかちゃんまで、一体何なのだ?

 

「……これだもん」

 

 なんか、ななかちゃんが膨れてるかど、どうしたのだろうか?

 

「あはは……なるほど」

 

「ななかちゃんも苦労するね……」

 

 2人は理解してるみたいだけど、僕には何のことかさっぱりなんだけど。

 

「もう、みんな遊んでないで行くよ」

 

「うん、そうだね」

 

「あ、はいはい!」

 

「おい、置いてくなよ!」

 

「後で私達も合流しますね」

 

「うん、後でね!」

 

 僕達はことりさん達と別れて再びゲリラ戦へと赴いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕達はクリパの準備を終え、中庭に戻った。

 

 パトロール隊は既に待機しており、後は義之達のチームだ。

 

 何分か待つとようやく義之達も戻ってきたようだ。

 

「ただいま。弟君チーム、帰ってきたよー」

 

「ああ、お帰りなさ──」

 

 ここで言葉を詰まらせてしまった。他のみんなも同様のようだ。

 

 それもそうだろう。戻ってきた義之達のチームの女子陣が……サンタコスチュームの姿で来たのだから。

 

「あ、朝倉先輩……」

 

「音姫さん、その姿は……」

 

「ほう、まずは形から入るとは」

 

「あら、いいですね」

 

「へ~、音姫も中々やるにゃ~」

 

 全員の視線が音姫さんと由夢ちゃんに注がれていった。

 

「ん? みんなどうしたのかな?」

 

「さあ、一体な……お姉ちゃん、私達、まだ……」

 

「お、音姫先輩っ! 由夢ちゃんっ! なななな、なんというセクスィ~なサンタさんにぃぃっ!」

 

 2人のコスチュームを見て渉のテンションが最骨頂に達した。

 

 渉の言葉でようやく音姫さんも自分の格好に気づいたようだ。

 

「ああっ!? 何これ~!? さっきの衣装のままだよ!? 何で教えてくれないの、弟君~!」

 

「いや、教えようとしたんだけど……周りの視線が怖くてな……」

 

 一体義之達に何があったのか。

 

「そう恥ずかしがることもあるまい。2人共よく似合っておるぞ」

 

「い、いいよ~! 私の制服はどこ~!?」

 

「い、一応両方持ってる……」

 

「もう、恥ずかしいよ~!」

 

「兄さんのバカ~!」

 

 2人は制服を持ってささっと物陰に逃げ込んでいった。

 

「義之、一体君達は何やってたのさ?」

 

「ああ、最初『祓い屋』ってところに行ったんだ。そこには本物の巫女さんがいてな」

 

「うん。それで?」

 

「クリスマス限定の巫女さん衣装ってのがあるって言って、巫女さんが2人に勧めたんだけど、それが何故かサンタコスチュームだったんだ」

 

「似ているのは色だけじゃないか」

 

 なんて豪快な間違いなのだろうか。

 

「それから、手伝っているうちに2人共自分の格好を忘れていってな。俺も途中で止めようとしたんが、2人に近づこうとすると男子達の視線が……」

 

「あぁ……」

 

 なるほど。ただでさえ、可愛い女の子2人があんな格好をすれば相乗効果で更に可愛く見えたのだろう。

 

 義之を睨んだ男子達の気持ちはよくわかる。

 

 

 

 

 

 昼休み、僕達は食堂でミーティングを開いていた。

 

「諸君らの活躍により、今日1日でクリパの準備は目覚しく進展した」

 

「おうよ! かなり頑張ったぜ。な?」

 

「「うんうん」」

 

「ここまではみんな順調に進んでいるみたいだね」

 

 それぞれの学校内にある準備の進み具合の記された図面を広げて確認した音姫さんが感心したように言った。

 

 うん。もう半分以上も完成間近の場所が出てきた。

 

「じゃあ、午後からの行動についてだけど……」

 

「それについては午前中とほぼ同じだ。だがもうひとつ……」

 

「準備を妨害されぬよう軽快し、妨害者の撃退及び捕獲を試みる。午後はこちらにも注力していこう」

 

「日没に近づけば、それぞれの準備も進んでいくからな」

 

 そう。時間がたてばそれなりに準備の整う場所も多くなるだろう。

 

「つまり、完成した状態で破壊すれば、妨害の効果が高いということですね」

 

「その通り。敵にとって、完成した出し物の全てが美味しい獲物となろう」

 

「午後から……特に夕方以降は妨害の発生率は高くなるだろうな」

 

「上等よ。それって、犯人を捕まえやすくなるってことじゃない」

 

 高坂さんが手をポキポキ鳴らして言う。

 

「そう簡単に行くか。犯人は神出鬼没。オマケによほど警戒心が高いと見た。まともなやり方じゃまず捕まえられないだろう」

 

「故に、我々も対抗して広範囲に監視網を展開すべきだろう。よって、ここからは個人で行動し、怪しい者を発見したら連携して追い詰めるのだ」

 

「おい、ちょっと待ってくれ。どうやって互いに連絡するんだよ? 俺達の携帯は圏外に役立たずだぞ」

 

 一応僕達文月学園メンバーのは例外だけど、みんなのはまだ無理だから個人で動くのは危険だろう。

 

「ふふ。それについては問題ない。例のブツを」

 

 杉並君が指をパチンと鳴らして言った。

 

「はい」

 

「……既に」

 

 ことりさんとムッツリーニが出したのは人数分のトランシーバーだった。

 

「携帯の代わりにこれで連絡を取りましょう。校内ならどこでも通じるはずです」

 

「……もしもの時を考えて常備している」

 

「すげえな。これならすぐに全員と連絡が取れる」

 

「流石ムッツリーニ!」

 

 こういう時は本当に頼りになる。

 

「何かさ、刑事ドラマみたいでかっこいいな。尾行とかしてさ」

 

「どちらかと言えば、板橋は捕まる方だがな」

 

「しかも真犯人の囮にされて、あっけなく消される、みたいな?」

 

「ひどいっす!」

 

 しかし、その姿が容易に想像できてしまうのが悲しい。

 

「半分は中央委員会から拝借したものですので、壊さないように注意してくださいね」

 

「助かるよ!」

 

 それからそれぞれの配置について相談しあった。

 

「あれ? 義之もひとりで?」

 

「そりゃあ、ここからは個人でいった方がいいだろう」

 

「ええ!? ひとりじゃ不安だよ」

 

「だったら数人で行動すればいいだろ?」

 

「えっと……」

 

「私は個人で動きたいから。気になることもあるし」

 

「私も~♪」

 

「ななかは?」

 

「私もひとりでお散歩したいな~って思ったところ」

 

「ええ!?」

 

「ふふ、月島……」

 

「はう~、ひとりで行動かぁ~。不安だなぁ」

 

「あ、あの、月島さん?」

 

「はぁ~……」

 

 消沈している小恋ちゃんの耳には渉の声が聞こえてないようだ。

 

 渉の存在を有りなむようにため息混じりにうつむいていた。

 

「月島さんは私と一緒にこ王道しましょう」

 

「え、いいの?」

 

「私は携帯持っていますから、いざというときは、ともちゃんと電話でも連絡できますし、その方がいいでしょ?」

 

「う、うん。ありがとう」

 

「あう……」

 

 渉、哀れすぎる。認識すらされてもらえなかった。すっかり意気阻喪としてしまった。

 

「渉君は私達と行動しよう?」

 

「え? いいの?」

 

「なんか渉君の話、面白そうだし」

 

「行きます。行かせてもらいます!」

 

 渉が一気にご機嫌になった。渉、この時代ならそれなりにいい人生を過ごせたんじゃないだろうか。

 

 そして、それぞれのポジションを決めあって、

 

「よし、クリパ準備進行ゲリラ戦。夜の部、始めるわよ!」

 

 高坂さんが声高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、どうしたものかな?」

 

 個人のパトロールはいいけど、何処からどこまでを視察すればいいものか。

 

 クリパの準備の手伝いは問題ないとしても、問題は妨害の阻止だ。

 

 怪しそうな奴といっても、この時代からとんでもない出し物をする奴も多いらしいので判別が難しい。

 

 更に多少妙な格好をしたところで出し物のパフォーマンスと言われれば納得してしまうような状況だ。

 

 これじゃあ、ただ見回るだけじゃ妨害者を特定するのは難しいだろう。

 

「でも、犯人はほぼこの時代の杉並君だっていうし……」

 

 もし僕の知ってる杉並君と共通する部分が多いとしたらただ巡回するだけじゃまず見つからないだろう。こっちの杉並君も隠顕として行動する人みたいだから。

 

 だとしたら、この時代でもどこか隠し通路のようなものがあるのかもしれない。

 

 そう思って僕は中庭の方へ向かった。

 

 

 

 

 

 外に出ればもう辺りは暗くなっていた。

 

 もう時間はかなり遅めだった。夢中で時間がたつのも忘れてしまったようだ。

 

 もう少ししたら一旦みんなに連絡入れるかと思った時だった。

 

 ふいに、目の前を金色の何かが通り過ぎたような気がした。

 

「……へ?」

 

 この時代に来てから時間を繰り返したり、妙な感覚を味わったけど、今度のはそれとは全く違う。

 

 どこか、妙に懐かしい感じがした。

 

 ここは僕が生きた時代でなければ僕の住んでた世界でもない。なのに、懐かしい感じがした。

 

 何故こんな感情が湧いてきたのか。不思議に思った僕は気づけばそれを追っていた。

 

「何処だ? 何処に……」

 

 僕は夢中で追っていた。はっきりと姿を見たわけでもないのに、僕はアレを知っている気がするような依稀な感覚をおぼえた。

 

 十数分も探すと、僕はようやく見つけた。

 

「いた……」

 

 僕の正面には綺麗な金髪をなびかせた少女が歩いていた。

 

 やっぱり懐かしい。初めて見る後ろ姿のはずなのに、僕は昔からあの子を知っている気がする。

 

「待って……」

 

 僕はその子を呼び止めようとして駆け出した。

 

 僕と彼女の距離がもう少しでゼロになろうとした刹那、

 

「ぎゃふんっ!?」

 

 僕の体に衝撃が走った。思わぬ衝撃に僕は吹っ飛んで地面に倒れた。

 

「あややや~、す、すみません!」

 

「い、いや、僕の方こそ……」

 

 顔を上げた瞬間、とんでもないものが視界に飛び込んできた。

 

 差し出された手は毛がふさふさしてて、その顔はまん丸で、頭の上に丸っこい耳が生えていた。

 

「ク、クマ────っ!?」

 

 そう。僕にぶつかってきたのは巨大なピンクのクマだった。いや、正確にはそのぬいぐるみだったのだ。

 

 しかも、何故かその上に風見学園の制服(女子の)を着て。

 

「あや? 私がクマに見えるんですか?」

 

「むしろそれ以外にどう見えるって言うのさ!?」

 

「へ、変ですね……」

 

「いや、変って……普通だったら警察を呼んでいたかもしれないけど、明日クリパなんだからその格好するのも当然だと思うよ」

 

「いや、そうではなく、私がクマに見えること自体変と言いますか……」

 

「それより、どこか壊れたりしてない? 結構衝撃来たと思うけど」

 

「あい、このくらいなら大丈夫です」

 

「そっか、よかった。でも、よく出来てるね」

 

 僕はクマのぬいぐるみをじっと見た。うん、どうやってここまで手の込んだ作り物を創作したのだろうか。

 

「あや……そんなにじっくり見ないでくださいまし」

 

「クマが何照れてんじゃ~~~~っ!」

 

 もじもじとしてるから恥ずかしいのはわかるけど、何故かクマのぬいぐるみ自体が赤くなっているのが妙にムカついた。

 

 これじゃあまるで僕がクマを口説いているような光景じゃないか。

 

「あやや、違います。私はクマじゃないです」

 

「って、しまった!」

 

 目の前のクマにびっくりしすぎてすっかりあの子の存在を忘れてた。

 

 ふとクマの後ろを見たが、既にその姿はなかった。

 

「ああ、見失っちゃった~……」

 

「あの、どうかしたんですか?」

 

「いや、ちょっと人を探してたんだけど、見失っちゃって……」

 

「な、なんだかよくわからないですけど、ご、ごめんなさい……」

 

「いいよ。立ち止まっちゃった僕が悪い──」

 

 ドカ────ン!!

 

「なっ!?」

 

「ひゃああぁぁぁぁ!?」

 

「今の、まさか!?」

 

「な、何が起こったんですか!?」

 

 僕は慌てて校庭に駆けつけると、いたるところで煙が立ち上がっていた。

 

 どうやらいくつかの模擬店のテントが破壊されてしまったらしい。でも、前日までとは規模がまるで違う。

 

 これまではステージのみの破壊だったはずなのに、今度はその周りのテントまで破壊されてしまった。

 

 やはりこれは、クリパ当日を迎えたくない想いがこんな事態を? それに、さっきの子は一体誰なんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の音楽室にて、僕達は遅めの食事をしていた。

 

 もうじき日付も変わる。しかし、来るのは23日ではなく、4度目の22日だ。

 

 みんなが持ってきてくれた弁当でお腹は膨れたけど、何人かはかなり気が落ちているのが感じられる。

 

「あ~、また同じ日の繰り返しか……過去の時代もいいけどさ、そろそろ俺達の時代が恋しくなってきたぜ」

 

 渉のようにホームシックになる人もいれば、

 

「お風呂に入りたいなぁ~……入らなくても大丈夫ってわかってても、入浴という行為がしたい……。誰かの家にお邪魔して入らせてもらおうかな」

 

「やめとけ由夢。不法侵入で捕まるぞ」

 

 普段の生活の一部とも言える行為ができないがための禁断症状の出る子だっている。

 

「で、音姉は何やってるの?」

 

「ん? ああ、弟君のシーツや毛布のシワを伸ばしてるの」

 

「いいよ、そこまでしなくて」

 

「駄目だよ。寝心地が悪いと睡眠不足になっちゃうからね」

 

 普段の生活を崩さない人だっている。

 

「空は鳥達の世界だった当時に、成層圏を飛ぶロケットを誰が想像しただろうか。つまり、人類が遥かなる宇宙へ到達できたのは、軍用技術を平和利用した結果と言えるだろう」

 

「なるほど……地球と宇宙の歴史には、そういった関係があったのね」

 

「では次に、地球に飛来した未確認生物との遭遇記録などはいかがかな?」

 

「それも是非お聞かせ願いたいわね」

 

「はっはっは、お任せあれ」

 

 こっちはこっちで異世界感たっぷりの話題が広がっている。あの中には流石に入れない。

 

「また、22日が始まっちゃうね」

 

 僕がボーッと案じ膨れてみんなを眺めているとななかちゃんが隣に入ってきた。

 

「うん……。みんなもそろそろ気力が尽きかけている頃だよ。ようやく元の時代へ戻れる手段を見つけたと思って頑張ったのが、あんな結果だもん」

 

「でも、坂本君も言ってたでしょ? 今回のは昨日までとは規模が違うって」

 

「うん。爆音だって昨日までに比べるとかなり大きかったし」

 

「それって、私達のやり方は決して間違ってないってことでしょ? 少なくとも糸口はつかめたってことじゃん」

 

「まあね」

 

「だから、明日も頑張ればいいんだよ」

 

「……そうだね」

 

「うんうん♪」

 

 ななかちゃんの言葉でちょっと元気が出た。

 

 爆発のことも気になるけど、今はできることをやらなきゃ。

 

 でも、今日見たあの子のことがどうしても気になる。

 

「…………」

 

「明久君、何かあった?」

 

「え?」

 

「なんか、心ここにあらずって感じだもん」

 

「う~ん……実は巡回してる時──」

 

 僕が今日のことを話そうとした時、バン! と、勢いよく音楽室の扉が開いた。

 

「と~つげき~っ!」

 

「な、何事ぉぉっ!?」

 

 突然飛び込んできた少女の叫びに思わず飛び上がってしまった。

 

「御用だ御用だ! 全員、神妙にしてください!」

 

 まるで時代劇のようなテンションで僕達に警告すると同時にもうひとり音楽室に入ってきた。

 

「風紀委員です! みなさん、動かないでください!」

 

「ふ、風紀委員!?」

 

「ちっ! とうとう見つかったか……」

 

 くそ、繰り返しだけの世界だと思って甘く見ていた。

 

 僕達のことを怪しんで音楽室に飛び込んでこないと誰が保証したか。

 

「学園の征服を狙う悪の軍団は、この天枷美春が押さえましたー!」

 

 天枷? これまた聞き覚えのある名前が出てきた。

 

「さて、どうする? 一戦交えるか?」

 

「アホか。ここで騒ぎ起こしたら元も子もないだろうが」

 

 義之の言う通り、ここで余計な騒ぎを起こしたら明日からの行動に制限がつくどころじゃない。

 

 繰り返しで認識が変わるのはクリパに関することだけ。決して僕達の記憶がリセットされるわけじゃないのはことりさんで実証済みだ。

 

 ここは派手な行動は謹んだ方がいいだろう。

 

「残念。この時代の風紀委員とやらの実力を拝見するのも、面白いと思ったのだがな」

 

「杉並君、そんな呑気な……」

 

「へえ、こっちの風紀委員には、威勢のいいのがいるじゃない」

 

「ま、まゆき……そんな感心してる場合じゃないよ」

 

「ここは、やっぱり逆らわない方がいいんでしょうか?」

 

「だろうな」

 

 すると、風紀委員を名乗る2人のうちの1人が僕達の前に来た。

 

「みなさん、ここで何をやってるんです?」

 

「何って、お泊まり?」

 

「前日準備に、音楽室の使用許可は出ていないはずですが」

 

「あれ? でも……」

 

「俺達は確かに許可が降り立って聞いたが」

 

 ことりさんは一昨日から僕達にこの部屋を貸して…………あ。

 

「ひょっとして、その辺りの記憶が曖昧になって許可がなかったことにされてたんじゃ……」

 

 僕の言葉にみんなが納得して頷いた。

 

「あ、あの、俺達はその、深い理由があってここにおりまして、決して騒ぎを起こそうとしてるわけでは……」

 

 義之がどうにか説得を試みるが、

 

「言い訳は署で聞きましょう。バナナ丼くらいなら出してやらんこともないですよ」

 

 天枷と名乗った子が義之の言葉を遮った。ていうか、バナナ丼って?

 

 カツ丼ならまだわかるけど、バナナ丼って……ご飯の上にバナナが大量に乗ってるってこと? どんなあいしらい方だって言いたい上にあまりほしいとは思えない。

 

「それにしても、いい仕事してるじゃん。あんたらとは一緒に組みたいわね」

 

「設備が爆破される騒ぎがあったので、私達は校内を巡回していたんです。どうせ杉並君の仕業だと思って見回ったのが、ここにも怪しい人達を見つけたので」

 

 だから踏み込んできたと。うん、その判断は決して間違いではないけど、僕達の状況を考えると放っておいてほしかった。

 

「だが、爆破の犯人なら俺達じゃねえ。というか、俺達もその犯人を追っていたところだ。俺達もその杉並を探してるんだからな」

 

 雄二の言葉に風紀委員の1人が驚いた表情をした。

 

「ということは、みなさんも委員会の関係者ですか?」

 

「ま、立場的には近いかもね。ただし、かな~り先の年代だけど」

 

 うん、それは決して嘘ではないけど。

 

「わわ、となると、これは誤認逮捕!? しかも仲間とは、美春はとんでもない大失態を~!」

 

「何か怪しいですね。念のため、身分を明かしていただけます? 見たことない方ばかりですし、制服も偽物っぽい気がするんですけど」

 

「み、身分を……?」

 

 ど、どうしよう。一応学生用の身分証明書はあるけど。知ってのとおりそれは未来のものだ。

 

 そんなものを見せたところで余計混乱を招くだけだ。

 

「どもども、3年3組の板橋渉で~す!」

 

「だから渉、それは未来のでしょ? そんなのをこの時代で言っても意味ないわ」

 

 杏ちゃんの言葉を聞いた相手は更に怪訝な顔になった。

 

「さっきから年代だとか未来だとか、一体なんのことを言ってるんですか? まさか、未来から来た未来人だとでも言うんですか?」

 

 その通りです。

 

「まあ、実際そうなんだよな……」

 

「は?」

 

 義之が肯定したために目の前の女生徒がポカンとした表情を浮かべた。まあ、当然だよね。

 

「兄さん、どうします? 下手に言い訳したところで余計に怪しまれるだけですし」

 

「そうだけどなぁ……」

 

「本当のこと話しても疑われるだろうし、下手をすれば救急車呼ばれても文句は言えないしね」

 

 さて、この状況をどう乗り切ったものか。

 

「あ、私がお話します」

 

「ことりさん!」

 

 僕達が絶体絶命の状況でことりさんが手を差し伸べてきてくれた。

 

「あれ、あなた……白河さん?」

 

 突然のことりさんの乱入に風紀委員の女生徒は驚いた。

 

「はい、白河です。お勤めご苦労様です、音夢さん」

 

「「「音夢?」」」

 

 音夢、というのが彼女の名前のようだ。その名前を聞いて3人が反応を示した。

 

「ねむ……って、え? もしかして、音夢さん?」

 

「なのかな?」

 

「え、まさか……」

 

 義之と音姫さんと由夢ちゃんが顔を見合わせた。そして、義之が恐る恐ると音夢さんに尋ねていく。

 

「あの、もしかして、朝倉音夢さんですか?」

 

「え? ど、どうして私の名前を……」

 

「えーっ!? てことは、お婆ちゃん!?」

 

「おばあ!?」

 

 なんと、どうやら彼女は音姫さんと由夢ちゃんのお婆ちゃんだというのか。

 

 確かに、お爺ちゃんが若い時代だというのなら同時に若い頃のお婆ちゃんがいても不思議ではない。

 

 まさか、ここで朝倉姉妹の祖母と対面することになろうとは。

 

「ああ、ちょっと由夢ちゃん、それは失礼だよ~」

 

 ああ、驚いて気にする間もなかったけど、音夢さんから言い知れぬ迫力がひしひしと伝わってくるよ。

 

 今のお婆ちゃん宣言でかなりお怒りのようだ。

 

「ええと……誰が、お婆ちゃんなのかしらね?」

 

 音夢さんの笑顔が素敵に怖いと思った瞬間だった。説教モードの音姫さんや姉さん並みに怖い。

 

「あわわ……これは、その……」

 

「由夢ちゃん、いきなりお婆ちゃん呼ばわりはお婆ちゃんに対して失礼でしょ?」

 

「音姉、それじゃあ火に油……」

 

 残念ながら義之の忠告は一歩遅かったようで、音夢さんの額に青筋が立った。

 

「何なんですかこの人達? まだ学生の私に向かって、お婆ちゃんを連呼する……この人達は誰なんでしょうか? 説明していただけます?」

 

「そそ、そんな、音夢先輩がお婆ちゃんだったなんてー! ですが安心してください。たとえ何歳であっても美春は音夢先輩を好きでい続ける自信があります!」

 

「こら、美春まで……」

 

 何か、余計こんがらがってきたかな。

 

「さ~て、グラウンドで夜トレでもしよっかな」

 

「ご一緒しますわ」

 

「あわわ、ど、どどど、どうしよう?」

 

「小恋ちゃん、落ち着いて。深呼吸よ」

 

「え、えっと……す~~~~~……」

 

「それから胸を張るのも忘れずに」

 

「そして、小恋の突き出た胸を揉む」

 

「って、何言ってるの!?」

 

 もう事態は収集がつかなくなりつつあった。

 

「あの、白河さん、この人達は?」

 

「ああ、今説明しますので」

 

 それからことりさんが一連の流れを音夢さん達に説明していった。

 

「……と、いうわけなんですよ」

 

「な、なるほど……それで、お婆ちゃんというわけですか……」

 

「まあ、無理に信じてくれとは言いませんけど、それが事実なもので」

 

「いいわ。とりあえず信じるから」

 

「いいんですか?」

 

「だって、そうしなきゃ頭がどうにかなりそうだもの……」

 

 まあ、普通の人にこんな状況は頭痛の種にしかならないよね。

 

「じゃあ、本当にこの人がお婆ちゃんなんだね」

 

「ちょっと由夢さん? 事実だとしても、その『お婆ちゃん』はやめてくれないかしら?」

 

「は、はい、音夢さん……」

 

 音夢さんの迫力に由夢ちゃんは逆らうことができない。

 

「でも、昔のお婆ちゃんなんて、どう接したらいいのかわからないよ」

 

「別に普通でいいだろ。今の音夢さんにとって俺達はまだ存在すらしてない相手なんだしな」

 

「そうは言われても普通って難しいよ。お婆ちゃんはお婆ちゃんだし」

 

「ゆ、由夢ちゃん、その言葉はもう……」

 

 見ると音夢さんはこめかみを押さえた後、脱力したようにため息をついた。

 

「はぁ、音姫さんに由夢さんか……自分より年上の孫娘を見るって、すごい複雑な気分……」

 

 それについては同感だ。こんな状況、普通じゃまずありえないし。

 

「すごいですね~、まさに感動の再会というものですか!」

 

 彼女の側近らしい女の子、美春ちゃんが言った。

 

「だから、再会じゃなくて初対面なの」

 

「でもですよ、音夢先輩。ここにお孫さんがいるってことは……みなさんは、音夢先輩の将来の結婚相手を知ってるってことじゃないですか?」

 

「わ~、駄目よ美春! それ、ちょっと考えたけど、言わないようにしてたんだから!」

 

「え? お爺ちゃんのこと?」

 

「言わないで、お願い、言わないで~!」

 

 音姫さんの言葉に音夢さんが耳を塞いだ。これ以上未来の話を彼女の前でするのはやめた方がいいのかもしれない。

 

「そういえば、美春ちゃんだっけ?」

 

「はい!」

 

「苗字は、天枷なんだよね?」

 

「はい、天枷美春です!」

 

「義之、やっぱり……」

 

「ああ、この流れからいくと……」

 

「確実にあの天枷関係だな」

 

「あの……何のお話ですか?」

 

 美春ちゃんが首を傾げた。

 

「ああ、実は、僕達の時代にも天枷って娘がいるんだよね」

 

「はわは、なんと! それって、美春の親戚なんですかね?」

 

「え、えっと……どうなんだろう?」

 

 それについてはどう言ったものか。彼女はロボットだからなぁ。

 

「元気なところは似てるけど、君と違ってバナナが嫌いって言ってた……」

 

「な、なななな、なんですと~!? 今あなた、何と仰いましたかっ!?」

 

「え、だから、バナナが嫌い……」

 

「バナナが嫌いだなんてありえません! いえ、あってはいけないことです!」

 

「そう。未来の天枷はそんなテンションでバナナを否定してたぞ」

 

「いけません、それは大問題です! 今すぐに会いに行きましょう! そちらの天枷さんに! そして、バナナの素晴らしさをわかっていただくまで、美春は帰ってきません!」

 

「いや、その前に僕達は向こうに帰る方法を探してるんですけど」

 

「あ、そうでしたっけ。それは困りましたね。音夢先輩、こうなったらこの人達に協力しましょう!」

 

 未だに頭を押さえていた音夢さんを揺すって説得を試みる。

 

「はいはい、わかったわよ……手伝いますって」

 

「本当に!?」

 

「だって、帰れないと私はいつまでも自分の孫と同じ世界で生きることになるんでしょ? だけど、それって、何か違う気がするし。2人共、あなたたちの知ってる音夢お婆ちゃんの世界に帰るべきよ」

 

 まあ、そうだよね。

 

「音夢さんが協力してくれるなら、無事に帰れそうな気がするね」

 

「お婆ちゃんだもんね」

 

「お婆ちゃんじゃありません!」

 

 色々問題は多そうだけど、とりあえず彼女達と協力関係を結ぶことができた。さて、明日からも色々大変そうだ。

 


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