バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第三十一話

 

 3回目の12月22日の朝。僕達は目覚めて早めに登校してきたともちゃんとみっくんが用意してくれた朝食を取った。

 

「よっし! これで今日も1日戦えるぞぉ!」

 

 僕は貴重なカロリーを大量に摂取できたことに喜びを感じて叫んだ。

 

「うわ……いつにも増してすごいやる気だね、明久君」

 

「当然!」

 

 ようやく僕達のやるべきことがはっきりしてきたのだからテンションも高くなる。

 

 オマケに相手が限定されてるとはいえ、携帯も繋げることがかなったし。

 

「あれ?」

 

「ん? どうした、明久」

 

「いや……充電もしてないのに昨日より何故か電池が回復してるみたい」

 

「そりゃあ、ムッツリーニが色々弄ったからだろ?」

 

「……機器につなげたのはほんの数分。そんな程度じゃ大した回復はできない」

 

 たった数分で僕たちの携帯を繋げられたのかと思うと、改めて感心を覚える。

 

「ひょっとして、回復したんじゃなくて、昨日の状態に戻っただけじゃないのか?」

 

「あ、なるほど……」

 

 義之の言葉に納得がいった。時間や人々の認識までもがリセットされるのなら、電子機器だって1日前の状態に戻ってもおかしくはない。

 

「まあ、繰り返しと言っても起きた出来事や記憶などが電子機器のように完全にリセットされるわけでなく、曖昧に昨日の続きが今日という感じに続いているのが現状だな」

 

 杉並君の言葉はイマイチよくわからない。

 

「雄二、それってどういうこと?」

 

「あのな、記憶だって単なる現象に過ぎねえんだ。完全に同じ日を繰り返すならこっちの白河の記憶だって俺達が会う前に戻らなきゃ辻褄が合わねえだろ」

 

「では、単に皆が22日と思い込んでるだけなのかの?」

 

「それも違うだろ。認識だけなら地球は通常通りに動くはずだから気候も変化するはずだ。この島は年中桜が咲いてるからわかりずらいかもしれないが、それでも気温とかに何らかの変化は起きるはずだ」

 

「けど、昨日も一昨日も太陽のコースは一切、変わってなかったわ」

 

「げ、すげえな杏。そんなことまでわかるのかよ。観測でもしたのか?」

 

「正確に観測したわけじゃなくても影とかを見れば前日とのズレは大体わかるわ」

 

 たったの1日2日の些細な変化をも記憶するとは、恐るべし『雪村流暗記術』といったところか。

 

「あの、なんでそこまでハッキリ言い切れるんですか?」

 

 杏ちゃんの記憶力を知らないことりさんや後ろにいたともちゃんとみっくんも首を傾げていた。

 

「ああ、杏はどんなことでも正確に記憶していられるっていう特技があるんだよ」

 

「そ、それってすごいですね……」

 

「どんな些細なこともって、例えば木の葉っぱの数とかも?」

 

「そこまで記憶できたら本当にすごいよ」

 

「まあ、信じる信じないは勝手だけど」

 

「信じますよ。雪村さんが嘘をついてないってことだけはわかりますから」

 

 あっさりと信じた。なんとなく、どっかタチの悪い男に騙されないかちょっと心配になったり。

 

「ご心配なく。その手に関しては敏感な方ですから」

 

「え!? 僕、声に出してた!?」

 

「いえ。ただ、吉井君は顔に出やすいので」

 

 うん。どうやら本当に異性の心には敏感みたいだ。これだとうっかり──

 

「心の中であんなことやこんなことを考えるわけにもいかないってか?」

 

「うん、だから気をつけなきゃ──って、人の心の声を勝手に捏造するな! ムッツリーニじゃあるまいし!」

 

「……失礼な」

 

 僕達がコントみたいな会話を止めて杏ちゃんが続ける。

 

「それに、老化に関してはどうなるの? 1日程度じゃ気づかないかもしれないけど、みんなの細胞だって昨日と今じゃ違ってるはずよ」

 

「あ、そっか。細胞だって日に日に変化するわけだし、それがずっと続くと……」

 

「う~ん? みんなおじいちゃんおばあちゃんになっちゃうのかな?」

 

「ずっと同じじゃない? 電子機器だって1日前の状態に戻ってるんだし」

 

 人体にまで影響するかどうかは知らないけど、あらゆるものが1日前に戻ってるわけだし。

 

「言われてみれば、体が不快になる様子がないな」

 

「でも、お風呂に入らないっていうのもなんか嫌ですね」

 

 風呂好きの由夢ちゃんがため息をつく。

 

「でも、それだけ色んなものがリセットされてるにも関わらず、私達の記憶は今も尚継続している。色々と不自然なのよ」

 

「そう。だから『曖昧』という表現を使ったのだ。我々は、今極めて曖昧な時空にいると理解しておいてもらえると助かる。そうだな、例えるなら『時間が止まった世界』というのと同じくらい主観的で曖昧な世界なのだ」

 

「は? 全然意味がわからないのですけど」

 

 渉が首をかしげる。当然、僕もよくはわからない。

 

「雄二、つまりは?」

 

「ああ、要するにこの世界が一冊の本と仮定するな。それを俺達はずっと同じものを読み続けているようなものだと思っておけばいい」

 

「なるほど」

 

「で、具体的に何をするか、ということだが──」

 

「まずはこの時代にいる杉並って名前の生徒の動向を探ればいいんじゃないの?」

 

「そんなことは片手間にもできるであろう?」

 

「こっちの時代でも杉並という名前を知らない奴はいないみたいだからな。通りすがりの奴にちょっと聞くくらいにする程度でいい」

 

「なら、僕達はどこで何をすれば?」

 

「吉井、俺達は昨晩、繰り返しの原因が終わらないクリパにあるという仮説を立てた。覚えているな?」

 

「うん、まあ……」

 

 正確には杉並君、杏ちゃん、雄二がだけど、そこは今指摘するところじゃない。

 

「そうなれば次の疑問にぶち当たるだろう?」

 

「どんな?」

 

「果たして、例の破壊活動を止めればクリパはちゃんと終われるのかという疑問だ」

 

「要するに、保健?」

 

「うお……ここに来てからお前、えらく理解力が上がってねえか?」

 

「でも、保健って言ってもどうするんだよ?」

 

「準備が終わらないなら、終わらせろ……つまりはそういうこと?」

 

「……ああ、なるほど」

 

「ようやく俺の思考に追いついたか、同士桜内に吉井。俺達は例の爆弾魔の行方を追いつつ、学園中で繰り広げられているクリパの準備をゲリラ的に手伝う。それが俺の提案するミッションだ。異論はあるか?」

 

「要はみんなでクリパの準備のお手伝いってこと?」

 

「そういうことね」

 

「それなら月島もわかる。はいは~い、異論はありませ~ん♪」

 

「なんだか楽しそうだね」

 

「うんうん」

 

「だが、手伝った先から妨害されたら同じ結果にしかならねえ」

 

 雄二の言う通り、向こうがクリパの本番を先延ばしにするのが目的なら僕達の行動をよしとはしない。

 

 必ずどこかで妨害工作を起こしたって不思議じゃない。

 

「でだ。手伝いとパトロール……これを2グループに分けて同時に行おうと思っている」

 

「そうですわね。いくら完成させたところで、壊されれば最初からやり直しですわ」

 

「実際、向こうも破壊活動を行っておるしの」

 

「あたしはそっちの方が得意分野かな。不審者を捕まえるのは慣れてるし」

 

 高坂さんが杉並君をじろりと睨む。

 

「ふっ。捕まえるではなく、追いかけるの間違いだろう、高坂まゆき。誇張表現はよくないぞ」

 

「うっさいわね」

 

「つまり、誰にも妨害されずに、全ての準備を完了させて今日を終えようということですか?」

 

「だろうな」

 

「やってみる価値ありそうだね」

 

 みんな俄然やる気になった。やはり昨日のうちに目標を固めておいたのは正解だ。

 

「けど、どこを手伝えばよいのじゃ? 端から端を手伝おうとすればこの人数でもかなりの時間がかかってしまうぞい」

 

「それについては心配ない。同志土屋よ、例のものはできてるな?」

 

「……既にコピーも作ってある」

 

 ムッツリーニが懐から出したのは学校の見取り図のようなものだった。

 

「これを見たまえ。準備に手伝いを必要としている箇所を昨日のうちに同志土屋にリストアップさせてもらった」

 

 よく見れば所々印のようなものがあった。該当クラス、準備の進行状況、妨害を受けている箇所など、各所の状況が細かく記されていた。

 

「すごいです……そちらの杉並君も、只者じゃなかったんですね」

 

「それについていってる土屋君もすごいよね」

 

「未来の風見学園がどんなところかますます気になるよ」

 

「いつもこういう方面にパワーを使ってくれれば大助かりなんだけどねぇ」

 

「はっはっは! それは言わない約束であろう」

 

「とにかく、これをもとに準備が芳しくない部分を優先して手伝えばいいんだな?」

 

 時代は違えどほとんど風見学園のクリパの勝手を知っているメンバーばかりだ。やってられないことはないはず。

 

「これなら、私は自分の担当を進めますね。もう少し時間がほしいので」

 

「ああ、ことりさん達は自分のクラスを優先してほしい」

 

「じゃあ、また手分けして行った方がいいね」

 

「では、班分けを始めよう。戦力差を考慮して、このように分担してみせた」

 

 まず、クリパの準備の妨害を阻止するメンバーに高坂さん、杏ちゃん、茜ちゃん、ムラサキさん、杉並君、雄二、ムッツリーニだ。

 

 そして、クリパの準備を手伝う、メンバーに僕、義之、音姫さん、由夢ちゃん、ななかちゃん、小恋ちゃん、渉、秀吉といった具合に別れた。

 

「まあ、これが妥当か」

 

「では、早速各々の活動に取り掛かるとしよう!」

 

「そうだね」

 

 いざ、僕らの時代に帰るために頑張りますか。

 

「では、皆の衆! 行くぞ!」

 

「あ、こら杉並! 勝手に出るな!」

 

「先行き不安ですわ……」

 

 杉並君達のチームは音楽室を出て行った。

 

「じゃあ、俺達も行くとしますかね」

 

「まずは何処に行くかだね」

 

「そんなの行き当たりばったりに決まってるじゃねえか」

 

「え~、渉君ってばやる気ない~」

 

「いいじゃんいいじゃん、とりあえずあちこち行ってみよう、小恋」

 

「とりあえず、この人数でひとつひとつ当たるのは効率悪そうだから、2チームに分けて行動した方がいいかな」

 

「私もそれに賛成です」

 

「儂もそうした方がよいと思うぞ」

 

 音姫さんの言う通り、ここはチームを分けてそれぞれの箇所を手伝った方がいいだろう。

 

「じゃあ、チームはどう分け……」

 

「じゃあ、まずはここから行こうか、弟君」

 

「兄さん、とりあえずここから行きましょう」

 

「え? あれ? 音姉、今チーム分けようと言ったばかりじゃ──おい? お~~~い!」

 

「…………」

 

 音姫さんと由夢ちゃんに引っ張られて義之は音楽室から去っていった。

 

「うむ……あっちには一応儂がついていこう。あのままでは双方桜内にべったりついてばかりではかどりそうにないからの」

 

「うん。お願い、秀吉」

 

「承知した」

 

 秀吉は義之達の方へついていった。ちゃんと手伝ってくれればいいんだけど。

 

「あはは、モテモテだね。義之君って」

 

「う~~……今度こそ義之と一緒にと思ったのに~」

 

「くそ、羨ましいぜ。義之の奴」

 

「まあまあ、とりあえずこのチームでクリパの準備手伝おっか」

 

 それから僕達は色々な教室を回った。

 

 いきなり出し物の手伝いなんて提案したら見たこともない顔が多かった所為か、最初は非公式新聞部のスパイか工作員かと疑われたのだが、ななかちゃんの笑顔と渉の話術のうまさにより、割と簡単にことを運ぶことができた。

 

 僕と小恋ちゃんはそんな2人に感心しながらクリパの準備を手伝っていた。

 

「ふう、疲れたねぇ」

 

「もう10箇所くらい回ったんじゃない?」

 

「おう、そんくらいだな」

 

「うん」

 

 ムッツリーニに渡された図を見て僕達が回った場所にバツ印をつけて確認を取った。

 

 これでようやく付属の校舎の半分くらいはいった。

 

「でも、意外とこっちの杉並君の情報は集まらないよね」

 

「そうだねぇ。色んな人に聞いても、神出鬼没だとか迷惑人間だとか、そんな話ばかりだったよね」

 

「あと、朝倉君って男子生徒と仲がよくていつもつるんでいるだとか。あと、成績とか運動神経とかはいいみたいだね」

 

「なんか、総合すると俺達の知ってる杉並と大差ないぜ。もう、あいつ本人ってことにしていいんじゃねえの?」

 

「うん、僕も……いっそそういうことにした方がいい気がしてきた」

 

 どの情報も僕達が知ってる杉並君の特徴ばっかりだもん。一体どれだけ共通点が多いのやら。

 

 それから音楽室の方まで戻ると中から軽快な音楽が聞こえてきた。

 

「ん? 誰か、音楽室使ってる?」

 

「この時代の軽音部かな?」

 

「てことは、ひょっとして俺達の大先輩ってことにならないか、月島?」

 

「そうだね」

 

 同じ軽音部として血が騒ぐのか、興奮気味に渉と小恋ちゃんが顔を見合わせた。

 

「こりゃあ早速、クリパの準備を手伝わなきゃな」

 

 それから板橋君はノックもなしに無遠慮にドアを開けた。

 

「どもども~」

 

「あら?」

 

「明久君、渉君、小恋ちゃんにななかちゃんだ」

 

「どうしたの?」

 

「いや、君達こそここでどうしたの?」

 

 中にいたのはことりさんにともちゃん、みっくんの仲良し3人だった。

 

「見てわからない? バンドの練習してたんだ」

 

「え!? 君達、バンドやってたの!?」

 

「うん」

 

 ともちゃんは、アコースティックベースを手に持ち、みっくんはピアノの前に座っている。

 

 ことりさんは楽器らしいものを持っていないからヴォーカルなのだろう。けど、ちょっと以外だったな。3人とももう少し静かというか、控えめな音楽をしそうな印象だったけど。

 

「一応、卒パのステージで何か披露しようと思ってね、練習してたんだけど──」

 

「みっくん、クリパでしょ? 卒パじゃなくてクリパ」

 

「ああ、そうだった。あれ、何で間違えたんだろう?」

 

「てことはひょっとしてみんな、軽音部に所属してるのか?」

 

「けいおんぶ?」

 

 軽音部の意味がわからないのか、3人共首を傾げていた。

 

「軽音楽部のこと、略して軽音部。板橋君と小恋は軽音部なの」

 

「あれ? ななかちゃんは違うの?」

 

「ななかは暇があったらちょっと私達の音合わせに歌う程度だよ」

 

「ふ~ん」

 

「ああ……でも、私達は違いますよ」

 

「バンドは有志で組んでるだけなんだ」

 

 う~ん……愛好会みたいなものなのかな?

 

「それで、どんな曲をやるの?」

 

「今回やろうとしているのはJACULA(ヤクラ)っていうイタリアの30年くらい前の古いバンドの曲ですけど……知ってます?」

 

 全く知りません。

 

「板橋君達、知ってる?」

 

「名前は聞いたことあるけど……」

 

 僕の場合は世界が違うから聞いたことないし、こちらの時代で古いって言ったら渉達がいた世界じゃもう古いどころじゃない。

 

「ほら、四人囃子の方がいいって言ったのに」

 

「よにんばやし?」

 

「あ、知らない? 結構有名なバンドだと思ったんだけど。こないだ最新のアルバム出たばかりなんだけどなぁ」

 

「いや、聞いたことはあるけど、俺達にとっては半世紀以上前のバンドだからなぁ……」

 

「50年後に伝説になったりはしないんですか?」

 

「おじいちゃんの影響で、お父さんはたまに聞いてたりするんだけど……」

 

「そっかぁ。残念」

 

 まあ、流石に時代が違いすぎるもんね。

 

「でも、なんか本当にみんな未来から来たんだね。なんか、今の会話でちょっと実感湧いたよ」

 

「板橋君と月島さんが軽音部ということは、ひょっとして楽器得意だったりするんですか?」

 

「一応3人でよくセッションしてるんだけどな。ちょうどこの場所で」

 

「渉君がドラムで、私がベース、ななかにヴォーカルをやってもらってるんだよね」

 

「この場所で? 50年後の? へぇ……なんかすごいね」

 

「あれ? ギターはいないんだ」

 

 ともちゃんの発言に渉が急に苦い顔をした。

 

「あちゃぁ……」

 

「ああ、それは……」

 

「へ? あれ? 私、何かマズイこと言った?」

 

 ともちゃんがあたふたと渉を見た。

 

「実は……秋まではいたんだけど、遅刻が多いからって渉君がクビにしちゃって……」

 

「え? そうなの?」

 

「し、しょうがねえだろ。真面目に音楽やらねえ奴は、俺は嫌いなんだ」

 

 渉からそんな言葉が出るとは、相当音楽に情熱をかけてるんだな。

 

「ああ、せめてギターがいりゃあなぁ~」

 

「あれ? 義之が扱ってるの聞いてない?」

 

「え? ちょっと待て明久。それ本当か?」

 

「うん。義之の部屋にギターがあるの見たし、義之が偶にいじってるの見たことあるから」

 

「え~!? 聞いてないよ!?」

 

「あんの野郎、そんな大事なこと今まで隠してたのかよ、水臭ぇ!」

 

 どうやら全く聞いてなかったようだ。義之、戻ったらきっと質問攻めに会うだろうな。

 

「あの、一応僕もギター……というか、軽音楽に使う楽器は一通り覚えてるけど」

 

「は!? おま、それも聞いてねえぞ!」

 

「しかも、一通りって……」

 

「いやあ、雄二と張り合って色んなゲームや楽器、スポーツで競ったことがあってね。ある程度のものはできちゃうんだよね~」

 

 スポーツなら、バスケでスリーポイントを何連続入れられるとか、野球で150kmの剛速球を何連続ホームランにできるとか、色々やったなぁ。

 

「あ~、畜生、惜しいよな。ここに俺達の楽器が人揃いあれば、義之や吉井も交えて時代を越えたセッションができそうだってのに」

 

「渉、今はそれどころじゃないでしょ?」

 

「そうだった! ゲリラで各団体のクリパ準備の手伝いをしてたんだったぜ!」

 

「それなら、クリパの準備ってことで私達のお手伝いをしてくれませんか?」

 

「へ? あ、クリパでバンドとして出場するのならことりさん達の手伝いもアリか」

 

「でも、何をすればいいの?」

 

 それもそうだ。バンドの手伝いと言っても、楽器を扱って一緒に演奏ってわけじゃあるまいし。

 

「これから私達が一曲演奏するんで、意見を聞かせてもらえたらなって思うんですけど」

 

「へ? それでいいの?」

 

「お安いごようだ。いくらでも聴いてやるぞ」

 

 僕達は適当な場所に腰掛けると、ことりさん達がスタンバイするのを待った。

 

「準備はいい?」

 

「うん」

 

「大丈夫」

 

「では、いきます」

 

 それからみっくんのピアノから始まり、ともちゃんのベースが音をうまい具合に震わせ、そこにことりさんの綺麗な歌声が響いた。

 

 ななかちゃんの歌声だって相当だが、ことりさんの声はそれはそれで違った透明感があった。

 

 外国語だからどんな意味なのかはわからないけど、それはそれでとてつもない神秘性を帯びていた。

 

 僕達はただ黙って、彼女達の演奏、歌声に聞き惚れていた。

 

 それから数分後、演奏は終了した。

 

「……どう、でした?」

 

「途中、ちょっと間違えちゃったけど……」

 

「いや、全然すごかったよ!」

 

「なんか、聞き入っちゃったね……」

 

「うん……」

 

「ブラボー! いや~、俺感動しました! 不肖板橋渉、感動いたしました! ブラビッシモ!」

 

「そ、そこまで言われちゃうと照れちゃいますね」

 

 それからしばらくの間、音楽に通ずる者同志の意見交換やらアドバイスやらが続いた。

 

 当然のことながら僕はあまり音楽に詳しくないので蚊帳の外だった。

 

「あ、そうだ。手伝うついでにって話なんだけど……」

 

「ん?」

 

「クリパ当日になっても帰れなかったらさ、私達と一緒にステージに出ない?」

 

「で? 俺達? でも、俺ら楽器ないし……」

 

「あ、そうじゃなくて、女の子2人」

 

 そういってともちゃんはななかちゃん達を指差した。

 

「へ?」

 

「私達?」

 

「あ、ひょっとして、あれ?」

 

「え? あれは……」

 

「えっと、何の話?」

 

「実はね、クラスの友達に手伝ってもらうつもりで衣装用意したんだけど、結局断られちゃって」

 

「衣装?」

 

「ああ、実はですね……バンドのバックダンサーをお願いしてたんですよ。でも、やっぱりできないって言われちゃいまして」

 

「なんか面白そう。それで、どんな衣装だったの?」

 

「実はね、サンタの格好なの」

 

 そう言ってみっくんが荷物の中から赤い服を取り出した。

 

 なるほど。クリスマスの季節にはうってつけの衣装だろう。

 

「わあ、可愛い……」

 

「で、よかったら、これ着て一緒にステージに立ってもらえないかなって。帰れなかったらでいいんだけど」

 

「どうする? 小恋」

 

「え? ……でも、これちょっと恥ずかしいよ」

 

「とりあえず、今は着るだけ着てみたら?」

 

「ど、どうしよう?」

 

 そう言って月島さんは助けを求めるように僕達を見た。

 

別に無理しなくてもいいよ(2人のその衣装着た姿、是非とも見たい)

 

「吉井君、本音がダダ漏れですよ」

 

「へ?」

 

 しまった。ついいつもの癖が。

 

「まあ、俺も2人がその格好してるとこ見たいんだが」

 

「え、えっと……わかった」

 

「あは、決まりね。じゃあ、これ」

 

 そう言ってともちゃんが嬉々としながら衣装をななかちゃんと小恋ちゃんに手渡す。

 

「それじゃあ、2人共、お願いします」

 

「らじゃ~♪」

 

 それからしばらくして──

 

「ど、どうかな?」

 

 サンタ姿の小恋ちゃんは、想像通り可愛かった。

 

「お~!」

 

「月島さん、可愛い……」

 

「うんうん」

 

「よく似合ってるね」

 

「うん、もう食べちゃいたいくらい」

 

「えぇ? ああ、その……」

 

 ともちゃんの言葉に小恋ちゃんがあたふたと慌てた。

 

「な、何だろう? 小恋ちゃん見てると、いじめたいような衝動がふつふつと湧いてくるんだけど」

 

「みっくんも? 実は、私もなんだよね。どうしてだろ? 私、そんな属性ないはずなのに……」

 

 どうやら月島さんの存在、立ち居振る舞いは色んな人の嗜虐性を目覚めさせてしまうようだ。

 

 杏ちゃんや茜ちゃんのアレは元からだと思うけど。

 

「うう……ななか、早く出てきて~……」

 

「そういえば、ななかちゃんどうしたんだろ?」

 

「中々出てこないね」

 

「ちょっと見てきた方がいいかな」

 

 流石にみんなも着替え終わってると思ったからか、誰も止める人はいなかった。

 

 だが、それが間違いだったと数秒後に気づくのだった。

 

「ななかちゃん、どうし──」

 

「…………」

 

 扉を開けてから自分の馬鹿さ加減に呆れる間もなかった。

 

「……へ?」

 

 ななかちゃんは何か考え事をしていたのか、まだ着替え途中だった。

 

 まさか結構時間がたってるにも関わらず、まだ着替えに手間取ってるとは思ってもみなかった自分を殴ってやりたかった。

 

「えと、その……これは……」

 

「え? わわ……あ、明久君、何で!?」

 

「ああぁぁぁぁ! ご、ごごご、ごめんなさい! その、ななかちゃんが遅かったからつい気になって……」

 

「て、ていうか……か、固まってないで出てって! じゃないと着替えられないでしょ!」

 

「すいませんし──どああぁぁぁぁ!」

 

 僕は慌てて出て行ったが、運悪く足に何かが引っかかってものすごい勢いで反対側の壁まで激しく転がり、壁に激突した。

 

「いったぁ~……やっちゃったぁ……」

 

「ていうか、何昔のコメディーみたいなことやってるの……」

 

「これが噂の役得ってやつですか?」

 

「勘弁してください! 決してわざとじゃないんです!」

 

 僕は女子の前で土下座した。

 

「吉井君、わざとじゃないのはわかってますけど、ちょっとあれは減点1ですよ」

 

「すんませんした!」

 

 減点という言葉に一瞬姉さんのことを思い出したけど、姉さんに比べればずっと優しい方だ。

 

「明久君……」

 

 小恋ちゃんの目がすごい冷たいものになってるのが肌で感じる。

 

「お前、ナチュラルに羨ましい奴だなぁ……」

 

 渉は何故か羨望的だった。

 

「はぁ、びっくりした~……明久君ってば、いきなり入ってくるんだもの」

 

 やっと着替え終わったのか、サンタ姿のななかちゃんが出てきた。

 

 想像以上に可愛らしい姿だった。

 

「その、さっきは本当にごめんなさい」

 

「んもう、明久君ってば、見たいなら見たいって言ってくれればいいのに。ああいうのは駄目だよ。心の準備ができてないんだから」

 

「はい、本当にすいませ──あれ? あんなことしといてなんだけど、ななかちゃんの説教のポイントがどこかズレてる気がするのですが?」

 

「うわ、ななかちゃんってば大人……」

 

「え? そう?」

 

「そうだよ。ああいうのは、キャーエッチー、バチーン! ってパターンじゃない」

 

「うん、僕も思った。そんで、地面に叩きつけてから関節外し、トドメに鈍器でドカン! だと思ったけど」

 

「明久君、流石にそこまでは……ていうか、発想がグロイ」

 

「でも、優しく包み込むように男の子を諌める。なるほど、その手があったかって感じ」

 

「目から鱗だよね」

 

 ともちゃんとみっくんが腕組みしながらうんうんと頷いていた。

 

 僕もそういう説教の仕方もあるのだなとちょっと思った。

 

「うんうん。世の中関節外して鈍器で殴るのだけが説教じゃないんだなって大変勉強になったよ」

 

「よ、吉井君……それはもう説教じゃなくてただの暴虐だと思うんですけど……」

 

「でもよ、多分、日頃の行いがマシな明久だからあの程度で許されたんだろ? もしあれが俺だったら今頃明久が言ったように……考えただけでも恐ろしいぜ」

 

 どうやら日頃の行いがマシではないという自覚はあるようだった。だったらこれからでも日頃の行いを改めようよ。

 


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