「明久君、起きて。起きてよ……」
「ん~……」
ここに来て一日が過ぎた朝、ななかちゃんの声で目が覚めた。僕はだるい身体をゆっくりと起こして背伸びをする。
「ふあ~……」
「うわ、すごい眠そう」
「実際眠いし。ていうか、まだ結構早い時間じゃん。どうしたの?」
音楽室の壁にかかっていた時計を見ると生徒が登校するよりも結構早い時間帯だ。
「馬鹿ね。早めに起きておかないと、この時代の生徒が登校しちゃうでしょ」
「あ、なるほど」
「ぎょえええぇぇぇぇ!?」
「んごああぁぁぁぁ!?」
「な、何事っ!?」
突然悲鳴が聞こえてきて見ると雄二と渉が小刻みに震えたまま床にひれ伏していた。
「ひ、秀吉……今、何があったの?」
「うむ……雄二と板橋が中々に起きなかったので、高坂先輩が目覚まし代わりの一撃を入れての」
「あぁ……」
となると、もし僕がななかちゃんの声で起きなかったら最悪の目覚めが待っていただろう。
今目覚めてよかったぁ。ありがと、ななかちゃん。
「ところで、杉並の姿が見当たりませんわね」
「そうなの~。私達が起きたら、もういなくて」
「どこに行ったんでしょうね?」
「ムッツリーニもいないのぅ……」
見れば杉並君とムッツリーニの姿がなかった。
「杉並君なら起きてすぐに視察だって言って出て行っちゃったけど」
「まあ、あいつらしいけど」
「土屋君は、大事な下準備があるからってどっか行っちゃったけど」
杉並君はこういう状況だからこそ面白がって色々回ってるからだろうけど、ムッツリーニ……は怪しい。まさかとは思うけど、こっちでも盗撮をしようとしてるのだろうか。
「さて、俺達も行くかな」
「行くって、どこに?」
「とにかくこの教室出て、登校してきた生徒に紛れながら扉に関する調査をしていこう」
「そうだな。過去の方の白河の言ったこともちょっと気になるしな」
「まずは手掛かり第一だね」
それから僕達は登校してくる生徒が音楽室前を通るのを見計らい、それに紛れて二日目の捜索を開始した。
しかし、昨日がクリパ前日だっていったから、今日捜索できるのはこの午前中だけだ。
それまでにどうにか扉の手掛かりひとつくらいは入手したいものだ。
「生徒会の役員が不在だなんて、やっぱり不安だよね……」
「杉並達もこっちにいる分、手間は省けるだろうけど、運営への影響は避けられないね」
「あぁ、着任早々よろしくないイメージが……」
生徒会メンバーのみんなは向こうの方が気になって捜索どころじゃなくなりかけている。
確かに、生徒会の主力メンバーがごっそりいなくなったからには混乱は免れないだろう。
いかに生徒会やほとんどの生徒の大半が音姫さんや高坂さんに依存しているのかが見て取れる。まあ、この2人が困ってる人を放っておけないというのもあるだろうけど。
「流石にこれだけの人数が一気に行方不明なら何かあると思うだろう」
「戻ってきたら色々面倒事が目白押しでしょうね」
「委員長、怒ってなければいいけどな~」
「う……委員長のカミナリって、怖いもんね……」
「クリパの進み具合よりもむしろそっちが心配になってきたぜ」
「委員会になんて説明したらいいんですかね……」
みんな向こうでの心配事もあるようで、捜索に力が入りづらくなってる。
「まあ、向こうの事なんか気にしても始まらねえだろ。間に合わなかったら間に合わなかったでこっちのクリパの方を適当に楽しめばいいだろう」
「向こうの生徒会とて、そう簡単に混乱する者ばかりではないじゃろう」
「今はこっちに集中しないとね」
「明久君達、よくいつも通りでいられるね。人のこと言えないけど。それにしたって、すごい順応力だね」
そりゃあ、適応力がなければ文月学園じゃ生きていけないからね。
「……なあ、こいつらおかしくね?」
先程から準備中の出店を眺めてる渉が呆れたような、不思議そうな顔つきをしていた。
「おかしい?」
「なんつうかさ……やる気あるのかって感じなんだけどよ」
「へ?」
渉に言われて周囲を見回した。
よく見ると、みんななんというか……準備が初期段階って感覚が強い。
「あれ? ほんとだ。まだほね組だけのお店もあるね」
「看板が壊れてるのは、失敗作だから?」
「え? でも、こっちのクリパの開催は午後からのはずよね?」
「ちょっとこれ、全然間に合わないじゃない」
「ていうかこれ……」
「なんていうか……」
「クリパの、前日準備ね」
杏ちゃんの言う通り、これじゃあまるでクリパの前日の光景だ。
校内を一通り周り、僕達は中庭に集まった。
そしてそこにはことりさんが昨日と同じようにベンチに座って待っていた。
「あ、みなさん。おはようございます」
僕達が来るのを察知すると爽やかな笑顔を向けて歩み寄ってきた。
「昨日はよく眠れました?」
「うん、おかげさまで。あ、そうだ。ことりさん、ちょっと聞いていいかな?」
まず、先程感じた疑問を解消しなければいかない。
「はい、なんなりと」
「その……クリパって、今日の午後からだよね? でも、なんかみんな準備がゆっくりすぎるって気がするんだけど……」
「へ?」
僕の言葉にことりさんが心底不思議そうな顔をした。
「クリパは明日からですよ? 知りませんでした?」
『は?』
ことりさんの言葉に、僕だけじゃなく、その場全員がポカンと口を開けて間抜けな声を出した。
あれ? なんか、噛み合ってないっていうか……認識がどこかズレてる。
「ちょっと待つのじゃ。まさか、延期になってというわけではあるまいか?」
秀吉がことりさんの言葉に誰もが思ったであろう疑問を投げかけた。
「いえ、予定通りですよ。クリパは明日の午後から開催です」
ことりさんの言葉の意味がわからなかった。秀吉にアイコンタクトを送ってみると、首を振って答えた。
ことりさんが嘘をついているわけでも、増してや冗談を言っているわけでもないということだ。いよいよわけがわからない。
「えっと、白河さん? 私達の時代では、23日から25日にかけて3日間、開催するんだけど」
「ええ、私達も同じです。なので明日ですね」
「じゃあ、明日に延びたってこと……」
「いえ、予定通りに……」
「ちょっと待てお前ら! これじゃあ埒が明かねえ。率直に聞くぞ、白河(過去)。昨日あんたはクリパ前日、22日だと言った筈だ。だったら今日は23日。クリパ当日のはずだろ?」
「へ? 昨日は21日ですけど?」
雄二の言葉にことりさんが不思議そうに返した。
ちょっと待って。いくらなんでもおかしい。
「杏ちゃん、昨日は……」
「23日。間違いないわ」
常人とかけ離れた抜群の記憶力を持つ杏ちゃんがこう言うのだ。昨日が22日で今日がクリパ開催の23日なのは間違いないはず。
なのにことりさん。それだけでなく、学園の生徒全員がクリパ前日の雰囲気を出している。これらが意味するのは……
「まさか、雄二……」
「ああ。恐らく、明久の考えてることで間違いねえな。だとしたら、昨日の白河(過去)の言葉も納得がいく」
「あ、あの……一体何を?」
「ことりさん、昨日のことをよく思い出して聞いてほしいんだけど……昨日僕達に食事を分けてくれたのは覚えてるよね?」
「はい。みなさん、お腹空いてたみたいですから」
「で、それは開催前日の試食用だから分けてもらえた。そう言ってたよね?」
「へ? …………はい、確かに……」
ことりさんの認識が一部合致した。
「なら、音楽室で布団を貸してくれたのも覚えてる?」
「はい」
「それも、前日間に合わなかった人が泊まれるようにというためのものだって言ってたよね?」
「はい……確かに。変ですね……私、どうしたんでしょう。どこか時間の感覚がおかしいとは思ってましたけど……」
「雄二、やっぱりこれって……」
「ああ、今ので確信した。白河(過去)だけじゃねえ。この世界の時間そのものがループしてんだ」
雄二の一言で全員が納得いった表情で頷いた。
「なるほど。誰もがクリパ前日だと思っている。ならば当然、翌日に間に合うよう準備を進めている」
「じゃあ、学園の生徒全員がことりさんと同じような状態になってると?」
「だろうな。しかも、大半の生徒は異変に気づいてすらいないみたいだぞ」
「ええ、でも……一体何で?」
「ふふふ……面白くなってきたじゃないか」
「のわぁ!? 杉並っ!?」
「あんた、何やってたのよ!」
「……俺もいる」
「って、今度はムッツリーニ!?」
「お主ら今までどこにおったのじゃ?」
一体何処から現れたのか、全く気配を感じなかった。
「なぁに、一足先に事態を把握させてもらったまでのこと」
「……同じく」
ムッツリーニの言葉は嘘だろう。ただひたすら女子の着替えだとかなんだとか盗撮していたに違いない。なぜなら、彼の持ってるカメラのレンズに血がついてるから。
絶対に女子の着替えシーンやらパンチラやらを見て鼻血を吹いたのだろう。
「どうやら、諸君も一定の結論に達したようだな」
「あなた、やたらと楽しそうですわね」
「無論だ! 過去の時代に迷い込み、しかもそこが時間が繰り返される世界と来た。一級のミステリーとして釣りが来る上に特典までついてきたのだからな」
「楽しいのはお前だけだろう」
「まあ、聞け。ここに至ってカラクリがひとつ見えてきたと思わないか?」
「カラクリ? って……どんな?」
「俺の推測では、まず我々がこの時代に取り残されたこと。繰り返す22日。このふたつの事象は決して偶然ではないだろう。例の扉はこの世界のループに作用し、その逆もまた然り」
「……それってつまり、この時間の繰り返しをなんとかすれば扉の手掛かりを掴むことにもなる……っていうこと?」
「うお!? 明久が、珍しくまともな意見を!? 今日は槍の雨か……」
失敬な……。
「とにかく、確かに見当のつかない扉よりも現在進行形で私達の目の前に広がってるこの繰り返しの現象から攻めた方が望みはあるかもね」
雄二の言葉を遮って高坂さんが頷いていた。
「そういうことだ」
「んで? よくわかんねーけど、結局どうすりゃいいんだ?」
「渉……」
「まさか、明久よりも馬鹿な奴がいるとは思わなかったぜ」
だからなんで雄二はことあるごとに僕の名前を出すんだ。
「ともかく、ワシらが未来に帰れない理由と、繰り返しの現象には少なからず関連性があるということじゃな。となれば……」
「その辺りをもう少し調べる必要はあるわね」
「え~……また情報収集?」
杏ちゃんの言葉に小恋ちゃんがため息混じりに言った。
まあ、昨日も情報収集に行って疲れたのを今日もまた繰り返すのだから気乗りしない気持ちはわからないでもないけど。
「小恋ちゃん、そんな顔しないで。また、昨日みたいにあちこち探検しなきゃ」
「探検じゃなくて捜索でしょ?」
「それで、また昨日のように手分けでいきます?」
「そうね。集合するのはこの場所にして、またチーム分けだね」
「というわけだ。行くぞ、月島、花咲!」
「お~♪」
「え? え? チーム分けは?」
「だから、俺と月島、花咲の3人で聞き込みを行うというわけだ!」
「え? や、だから、せめてじゃんけんで……」
「そうつれないことを言うな、月島よ」
「そうそう。何も気にせず、小恋ちゃん。GO、GO~!」
「あ、ちょ、引きずら……義之、助けて。義之ぃ~」
「………………」
「行っちゃったね、明久君」
「うん……」
杉並君と茜ちゃんに引きずられた小恋ちゃんがすごい不憫に思える。
「なんだよ、今回は月島と一緒に回ろうって思ってたのに」
「きっと、杉並君には杉並君の考えがあるんだよ」
「いや、きっとあいつは何も考えちゃいない」
残念ながら、僕も義之に同意だった。
「さて、残ったのは12人だから……また3手で別れますか」
「で。どういう風に分かれるのかしら?」
「そうね……」
「あの、すみません。私も動向させてもらっていいですか?」
「え? それは構わないけど……」
「聞き込みとかの調査というのなら、私も力になれると思いますし。自分のことでもありますから、やっぱり気になって」
確かに、この世界の住人であるからことりさんだって当事者に違いない。
それにこの世界の人だから聞き込みの際、彼女の存在はありがたいものだろう。
「一緒に来てもらおう。こっちの時代のことはことりちゃんの方が詳しいし」
「私達が帰りたいのと同様、ことりさんだってループから抜け出したいですよね」
「朝倉姉妹の言う通りだ。こっちの時代の人間に味方してもらうのは正直ありがたい」
「うむ。聞き込みも楽になるじゃろう」
「困った時はお互い様。一宿一飯の恩は返さないとね」
「みなさん、ありがとうございます」
「いや、それいうならむしろこっちの方が……」
「まあ、お礼に関しては解決の時まで、とっておきましょう。お互いに」
「さあて、新しくメンバーも入ったとこで、チーム分けといくか」
「で、結局どう分ける?」
「グーチョキパーでいいんじゃない? それで、ことりさんが出した手と同じメンバーに同行してもらって聞き込みを」
「それでいくか」
「んじゃ、適当に3人で組んでグーチョキパーで分かれるか!」
渉の言葉でそれぞれ三人一組になってチーム分けを始める。僕は義之と渉だ。
「んじゃ、お二方。準備はいいか?」
「ああ」
「いつでも」
「じゃあ、行くぜ! グッチョッパで、ほーほーほー!」
渉がグー。義之がチョキで、僕がパー。
「うし! 俺がグー、義之がチョキで明久がパーな。おーい! 他は決まったかー?」
「決まったよ~」
「えっと、グーのメンバーは?」
「あたしね」
「俺もだ」
「後、私」
「なんだよ。坂本以外同じメンバーじゃねえかよ!」
「渉の癖に、不満そうな顔しないでよ」
「そうよ。さて、今日も張り切って行こう!」
「あの、できれば、わたくしに危険がない方向性で……うおおぉぉぉぉ!?」
高坂さんが渉を引っ張って先頭にたち、あっという間にその場を去っていった。
「えっと、チョキは……」
「やった! 弟君と一緒!」
「……俺もチョキ」
「私も、桜内と一緒ですか」
義之の方には音姫さんとムッツリーニ、ムラサキさんの4人か。となると、
「今回は、明久と一緒か」
「よろしくお願いします、明久さん」
「よろしく、明久君」
「よろしくお願いします」
秀吉に由夢ちゃん、そしてW白河。癒されるメンバーが多いな。こっちとしては嬉しい限りだけど。
「では、私達も行くとしますか」
「とりあえず、どこを巡ってみましょう?」
「どうします?」
「とりあえず、中の方は義之達に任せて僕達は学園の近くを見て回ろう」
「そういえば……」
「はい?」
「ことりさんとななかちゃんって、親戚……なんだよね?」
「ええ。そういうことになりますね」
「えと……図で表すと、どんな感じ?」
「うむ、それはちょっと気になるのぅ」
「え? えっと~……」
ななかちゃんが頭の中で家系図を描きながら指を空中で動かしていた。
「あれがああで、ここでこうなるかた、え~~~~っと……駄目だ。こんがらがってきた」
「そ、そんなに離れた関係なの?」
「そんなことはありませんよ。簡単に言うなら、ななかさんは私の親戚の子孫……として将来生まれる予定、なんだと思います。……多分」
「えっと……その、親戚の辺りをもう少し詳しくできない?」
「う~ん……もっと細かく言えば、私の父方の方の祖父母の玄孫──つまりは孫の孫……のひとりに当たるのがななかさんということかと」
「……わからない」
「うむ、中々に難しいのぉ……」
「えっと……いとことかはとことか叔母だとか、そういった言葉にはできないかな?」
「えっと……多分、そのものを指す言葉はないかと」
「……うん、複雑な関係ということにしよう」
「じゃあ、それで……」
「あはは……言うほど複雑でもないと思うんですけどね」
なんだか、理解力がないのが本当に申し訳がない。
「…………」
隣で由夢ちゃんは何か複雑そうな顔をしていた。ことりさんを見て。
何か聞きたいけど、どうしたものかと言った感じの表情だった。
「あ、あの……」
意を決したのか、由夢ちゃんがななかちゃんに尋ねる。
「はい」
「ことりさんは昨日、朝倉っていうお友達がいるって言ってましたけど……」
「ああ、そうですね」
そういえば、自己紹介の時にそんな感じの反応をしていたな。
「それって、どんな方です?」
「同じ学園の男の子ですよ。とても面白い人です」
「男の子ですか……もっと何か特徴とか、ありませんか?」
由夢ちゃんがいつになく積極的に尋ねている。何かことりさんの言う朝倉に心当たりがあるのだろうか。
「特徴ですか。そうですね……よく口癖みたいに『かったるい』って言いますね」
「あ……」
ことりさんの言葉を聞いて由夢ちゃんが確信を得た表情をした。
「えと……その人の名前って?」
「はい、朝倉純一です」
「やっぱり!」
由夢ちゃんが大声を上げて驚いた。
「あの、由夢ちゃん。その、朝倉純一って、由夢ちゃんとどんな関係で?」
「あ、はい……朝倉純一というのは、私やお姉ちゃんの……おじいちゃんなんです」
「おじい!?」
衝撃の事実。まさかななかちゃんの親戚に留まらず、由夢ちゃんのおじいちゃんまでいるとは。
まあ、確かに50年くらいなら今の僕達のおじいさんおばあさんが若い頃だろうから不思議でもないだろうけど。
まさかここまで身近な人間に縁のある人間がこの時代に集まっているとは。
「あ、驚いてるところすみません。ちょっと、クラスに寄ってもいいですか?」
ことりさんがある教室の前で止まって言った。どうやらここはことりさんのクラスなのだろう。
「いいよ、自分のクラスの準備だってあるだろうし、僕達はここで待ってるから」
「ごめんなさい。すぐに戻りますから」
それから本当に数分で戻ってきて僕達は捜索を再会した。
「さて、ここなら人も多いし、聞き込みならもってこいかな」
僕達は食堂の方へ顔を出した。見れば看板の準備やらテーブルで設備の配置する場所を相談したりという生徒が大勢いた。
「クリパだからいっぱいだというのもあるじゃろうが、この人の多さは昔も一緒なのじゃな」
確かに人の多さは僕達がいた時代と大差はない。
「でも、販売機は違うよ」
「そりゃあ、半世紀もすれば紙幣も機械も変わるでしょ」
「紙幣が未来で変更になってるなら、なおさらでしょうね」
「あ、そっか」
「それで、どこから聞き込みしましょう?」
「そうだね。とりあえず見た感じ暇そうな人を優先して……え?」
「む? 明久よ、どうしたのじゃ?」
「…………メイドさん?」
「いきなり何を言うとるのじゃ、お主は」
「いや、現物がいるんだけど。ほら、あそこ」
僕が指差す方向を他のみんなも見ると、そこにはあたふたと慌てていたメイドさんがいた。
しかも、何故か頭に猫耳を生やして。
「……メイドさん?」
「しかも、猫耳……」
「何の出し物の衣装なのかのぉ」
「あの……どうかしました?」
ちょうどことりさんが戻ってきた。
「あ、その……今、メイドさんがうろうろして、ね?」
「うん。頭にお耳が生えてた」
「不思議な方でしたね」
「そうかの? 人間、生きていれば猫耳メイド服など着ることもあるじゃろうに」
秀吉、決してそんなことはないと思う。
「はあ、メイドさん……ですか。まあ、本校の方ではメイド喫茶なども開くそうなのでその予行演習じゃないでしょうか?」
そ、そういうものなのかな? そんな事を考えているとことりさんの携帯が鳴った。
「あ、ともちゃんからだ。すみません、ちょっと出ますね」
「ああ、どうぞお構いなく」
「はい」
それからことりさんが携帯電話を操作して出た。
「あ、うん。手が空いたんだ。2人共? ……わかった。じゃあ、後で」
友達なのだろうか? 僕達に対するですます口調とは違ってちょっとくだけた感じの話しぶりだった。
それからことりさんは通話を切ってこっちに向き直った。
「今のは?」
「あ、友達です。手が空いたら手伝ってほしいって伝えてあったんですけど……」
「え? それって、ほかにも僕達を手伝ってくれる人が?」
「はい。ちょっと迎えに行きますので、みなさんは先に中庭に行っててください」
「あ、うん。案内ありがとう」
「はい」
ことりさんはにこやかに手を振ってその場を去った。
「友達って、誰だろう?」
「さあね? でも、ことりさんの友達が味方に入ってくれるのはありがたいよ」
「そだね、楽しみ」
「味方が増えるのはいい事ですし」
「うむ」
ことりさんの友達なら、彼女と同様この時空レベルの話にも耐性があるのかもしれない。
そんなことを考えて僕達はひとまず中庭に戻ることにした。