「──というわけなんです」
生徒会メンバーの高坂先輩とその会長の音姫先輩を目の前にして明久君が私が告白を断ろうとした時からの事を説明しました。
「なんだ、それならそうと早く言いなさいよ。杉並の事知ってるっぽかったし、こんな所にいるから勘違いしちゃったじゃないの」
「いや、そもそもあなた聞く耳持ってませんでしたよね?」
うん。流石にさっきのは高坂先輩の早とちりだと思う。
「それで、最後に白河さんを連れて手芸部の追っ手から逃げてる間に杉並君がこの紙を渡して別の所に逃げていったと」
「はい、そういう事です」
音姫先輩が明久君から受け取った紙を眺めて確認を取った。
「くっ……なら、さっきの情報はガセだったってわけね。杉並が弟君意外にも誰かと組んで作戦はそいつに任せてるって聞いたから怪しいと思ったけど、とんだ無駄足だったわね」
あはは……。高坂先輩も毎年苦労してるなぁ。
「あの~……その杉並君って、何やってるんですか? なんかすごい問題児っぽいですけど?」
あぁ、明久君は知らないからそれは聞きたいよね。
「ぽいじゃなくて、問題児なのよ。しかも筆頭。入学してからこの手のイベントで必ず何かやらかすのよ。去年なんか一番酷いので色んな所から花火を打ち上げてたわ」
「? 別に、問題があるとは思えませんけど? その方が盛り上がりそうですし」
「生徒は確かに盛り上がってたけど、その後近隣の方達から苦情が来たのよ。なんでアイツの尻拭いをあたし達がしなくちゃならないんだか」
「あぁ……それは確かに……」
明久君が苦笑しながら目を逸らした。何か考えてるみたいだけど。
私はこっそり明久君の背中に触れてみた。
『近所からの苦情か。ま、僕の学園の校舎破壊よりはまだずっといいかな。あれは流石に大事件だった……』
明久君に触れると明久君の心からそんな声が聞こえてきた。
学園の校舎破壊って……明久君何やったんだろう?
あ、なんで今明久君の心の声が聞こえたかっていうと……それは今は割愛かな。
「だから今年こそはって思ってるんだけど、中々捕まえられなくて」
音姫先輩が困った風に溜息混じりに呟いた。今年も杉並君、派手に行くのかな?
「あぁ……僕がいうのもなんですけど。頑張ってください」
「あはは……。どうもありがと」
明久君が同情混じりの言葉を送って音姫先輩が笑い返した。なんか見ててつまんない気がするな。
「あ、いました! 白河さんを発見したぞ!」
「げっ! 見つかっちゃった!」
音姫先輩達と話し合ってるうちに手芸部の追っ手が追いついてきちゃったようです。
すぐに仲間も来てこちらに向かって走ってきました。
「ま、まずい……すみません! 僕達はこれで! ななかちゃん、逃げるよ!」
「あいさ~♪」
明久君に言われて私はそのままで立った。
「……って、ななかちゃん?」
「さっきの逃げ方でお願いします♪」
「……えっと、それって……」
「はい! さっきみたいに抱えて逃げてください♪」
さっきのお姫様抱っこ、ちょっと恥ずかしいけど慣れると楽しいんだよね。
「いや、流石にこの人達の前でって……」
「白河さん! どうかミスコンの件、もう一度考えてください!」
「えっと……ああ、もう! それでは失礼します!」
明久君は私と追っ手を交互に見て最終的に私をお姫様抱っこの状態で抱えた。
「では、僕達はこれで!」
「あ、校舎ではあまり走っちゃ──」
「それじゃあ、再びダッシュ逃亡っ!」
そう叫んで明久君は再び猛スピードで駆け出した。
「……は、速い……」
「どんな脚力してんのよ……」
後ろから音姫先輩と高坂先輩の呟きが微かに聞こえてきた。
「はぁ……2連続は流石にキツイよぉ……」
「あはは! 明久君、お疲れ様♪」
15分かかってようやく追っ手を撒いた私と明久君は束の間かも知れないけど、文化祭を回る事にした。
「とりあえず、第一条件としてあの追っ手に見つからないようにしなきゃね」
「うん。ミスコンの時間ももうすぐだし、ミスコンが始まれば向こうも諦めてくれると思うよ」
時間を見ればもうお昼近くになる。ミスコンが始まるのは午後の1時だからその時まで粘れば私達の勝ち。
「さて、その時まで何処を回ろうかな?」
「折角の自由時間なんだし、色々回りたいよね」
「うん。えっと……そういえば、何処で何が出されてるのとか僕知らないんだ」
そういえば明久君、パンフレットとか持ってないみたい。
学園に入って早々トラブルに巻き込まれたからパンフレットの事忘れてたのかな。
「大丈夫。私が持ってるから」
風見学園の生徒は前もってパンフレットは配られてるからね。正直持っても役に立つかどうか不安だったけど、こうやって回れるようになったのはラッキーだったな。
「そっか。それじゃあ、何処から回ろうか? 出来れば午後までは見つかりにくい室内のやつ」
「そうだね。じゃあ、まずは中等部3年でやってる──」
『何処見てんだ! 気ぃつけろ!』
明久君と文化祭を回ろうとした矢先にそんな怒鳴り声が聞こえてきた。
声が聞こえたのはそれほど遠くない、廊下を曲がった先からだった。
気になって明久君とそこへ向かうと小さな女の子が膝を着いて涙を浮かべていた。その近くでは人相の悪い他校の生徒らしい男子が3人かいた。
多分あの3人のうちの誰かにぶつかったんだろうね。その女の子の傍には壊れたストラップだっただろうものが落ちていた。
ぶつかった拍子なのか、踏まれたのか、もうボロボロに崩れていた。余程大事なものだったのか、可哀想だった。
なんとかしてあげられないかと考えるけど、この状況の中ではあまり頭が回らず、とりあえずあの子をどうにか慰められないかと思った時だった。
「何やってんだ、テメェらあぁぁあああ!」
「お? ぐぼぁ!?」
誰かの怒鳴り声が廊下に響いたと思ったら3人のうちの一人が猛スピードで突っ込んできた誰かに殴られて数メートル後ろに吹き飛んだ。
「て、テメェ! いきなり何しやがる!」
「……お前ら、一体何をした?」
少しして、殴りかかってきたのは明久君だとわかった。けど──
「お前ら、その子に一体何をしたって聞いてんだよ!」
明久君の表情はさっきみたいにちょっと間の抜けたようなものとは完全に異なっていた。
そして、さっきまでとは想像もできないような怒声を響かせていたので一瞬同一人物とは思えなかった。
「何って、そいつが勝手にぶつかってきたんだよ」
「なら、何であの子は泣いてんだよ! それに、あの子のストラップが壊れてるのは何だ!?」
「はぁ? 知るかんなもん。別にストラップが壊れたって俺らにゃ関係ねぇだろ」
自分達には全く関係ないと言った。でも、明らかにこの人達とぶつかった拍子か踏まれて壊れたというのが当たり前の発想だと思う。
周りにいる人達も何人か目撃してるかもしれないけど、この剣幕がすごいのか誰も言ってくる人はいない。
「テメェら……謝れよ」
「は?」
「その子に謝れって言ってんだよ! こんな小さな子の大事な物を壊したんだぞ!」
「何で俺らが謝らねえといけねえんだよ? ぶつかってきたのはそいつだろうが」
もう何がなんでも自分達は関係ないと謝るつもりもないみたい。私も何だか怒りが吹き上がってくるような感覚を覚えた。でも──
「歯ぁ食い縛れぇ! この屑野郎っ!」
「うおぉぉぉおお!?」
明久君がものすごい勢いで3人に向かって殴りかかってきた。
「お前ら、絶対ぶっ潰してこの子に土下座させてやらぁ!」
「ちょ、何なんだコイツ!?」
「ここで騒ぐのはちとマズイ……逃げるぞ!」
「待てお前ら!」
逃げる3人を追って明久君も追いかけるけど、途中はすごい人混みで明久君が中々進む事ができなかった。
これじゃああの3人を追うのは無理かと思った時だった。明久君が廊下の窓を開けて少し離れた。
「……ん?」
そこで私はおかしいと思った。私達が今いるのは何処だっけ?
さっきから手芸部の追っ手に追いかけられて気にしてなかったけど、ここって確か中等部棟の2階だったと思うんだけど?
そんな事を考えていると、
「いいぃっしゃああぁぁぁああ!」
「ええええぇぇぇぇっ!?」
すごい事が起きました。何と、吉井君が、2階の窓から飛び降りました。
私は明久君が気になって窓の外を見ると明久君が着地した場面とそれを見て驚いている周囲の人が見えました。
『うおぉおお!? アイツ2階から飛び降りてきやがった!?』
『どんな神経してんだコイツは!?』
『化け物かよこいつ!?』
『テメェら、覚悟しろおおぉぉぉ!』
それからは明久君があの3人を殴り倒す場面が広がっていた。
『こらぁ! あんた達、何やってるのよ!?』
すぐに生徒会のメンバーが騒ぎを聞いて駆けつけに来て早々に取り締まられたけど。
「で? 言い訳はあるかしら?」
「いえ。全くもって、申し訳ありませんでした」
場所は保健室。明久君は保険委員で音姫先輩の妹である朝倉由夢ちゃんから手当を受けながらまゆき先輩に頭を下げていた。
「一応……白河さんの証言も合わせてあんたの事情が事情だからこの程度で済ますけど、できればこの学園内で暴力沙汰なんて勘弁してほしいわ」
「すみません。本当に申し訳ありませんでした」
一応私からも事情を話して明久君への処分は説教だけで済んだけど、本当ならもっとすごい事になってたんだろうな。
ちなみに明久君が殴り倒したあの3人は現在は生徒指導室で風見学園の教師が説教をしているようです。
後、あんな光景を見たのか、時折起こった他校生徒により問題が急減していったという情報が来ました。
明久君があれだけ暴れていたのが見せしめになったのか、問題を起こす事がなくなったようです。
その点に関しては生徒会の人が明久君に感謝しているようで、それが理由で明久君の処分も軽く済んだのかもしれなかった。
「はい、終わりました」
「あ、ありがとう。君もごめんね。折角の文化祭なのに」
「いえ。一応保険委員ですので」
明久君が手当を終えると由夢ちゃんに詫びの一言を送って立った。
ここまで来て他人に気遣いを見せるのは明久君のお人好しな性格故なのかもしれない。
「そういえば、あの女の子の持ってたストラップって他のお店で売ってるかな? どうにかして譲ってもらえればいいけど」
明久君がぶつぶつと考えにふけこんだ。どうやらまだあの女の子の事が心配だったみたい。
ここまで見知らない子のために親身になれる明久君がすごいと感心した。でも──
「明久君、多分あのストラップ……他の店じゃ売ってないと思うよ」
「え? そうなの?」
「うん。あれ、ここでしか売ってないから」
私は文化祭のパンフレットを取り出して真ん中のページのある部分を指差した。
そこには可愛いキャラクターもののストラップを売ってるクラスがあり、パンフレットにも売ってるストラップのイラストが載っていた。
「あ、さっきの犬みたいなストラップも」
「あぁ……はりまおのストラップね」
明久君と同じくパンフレットを覗きこんだ音姫先輩が呟いた。
「はりまお?」
「あぁ……この学園の学園長が飼ってる(?)犬(?)なんだ。ここでしか見たことのない犬(?)だから結構新鮮味があるんだよね」
「所々疑問形が見えますね……」
首を傾げた明久君に対して音姫先輩が説明した。
音姫先輩が疑問形になるのは無理もないかもしれない。私も少ししか見たことないけど、飼ってるにしては自由本棒な性格してるし、犬にしては掌サイズだし。
まぁ、それでも可愛いからいいんだけど。
「あ、だったらこのクラスにすぐに事情説明すれば譲ってくれるかも!」
言うや否や、明久君がダッシュで保健室から出ていった目的のクラスへ向かって走り出していった。
「って、だから廊下は走るなぁ!」
高坂先輩がそれを追いかけていった。ていうか、高坂先輩もものすごいスピードで現在進行系で走ってます。
「私達も行こうか?」
「は、はい……」
私と音姫先輩は苦笑しながら走り去っていった二人を追って保健室を去った。もちろん、歩きで。
「えぇ!? 処分しちゃったあぁ!?」
目的のクラスへ足を運んでいった私達を待っていたのはあのストラップが処分されたという事実だった。
「すまない……正確には出すはずだったものを誰かがゴミと間違えて一緒に捨ててしまったんだ」
「そんなあ……」
ここまで来てまさかの事態に明久君は膝を着いた。
「それに、そろそろゴミ収集車が来る時間ですし……このストラップは無理ではないかと」
落ち込んだ明久君にまた辛い事実が降り注ぐ。
すごく可哀想に思えた。あの女の子も、明久君も。あの子のために頑張ったのに。
何か明久君が元気になれる言葉がかけられないか、明久君に触れた。
『そんな……折角ここまで来たのに、処分されるなんて。ゴミ収集がもうすぐ……もうすぐ?』
そんな考えが明久君の中で浮かんでると突然明久君が立ち上がった。
「あの! じゃあ、まだ収集車は来てないんですね!?」
「え? あ、でも……今言ったとおり時間が……ほら。今裏に」
このクラスの生徒が窓の外を指差すと確かにゴミの収集車がゴミを積んで出ていこうとしているのが見えた。
「いや、まだ間に合う!」
明久君はそう言うと、再び窓を開けて躊躇いもなく飛び降りた。それも、今度は3階から。
「だりゃああぁぁぁ!」
『ええぇぇぇぇっ!?』
今度は私だけでなく、飛び降りを目撃した生徒全員が大声を上げて驚いていた。
窓の外を見れば当然のように明久君は着地を成功させ、収集車に向かって走り出した。
走り出した瞬間、収集車は明久君を裏切ってエンジンの音を響かせて走り出した。
「くっそおおぉぉぉっ!」
明久君はものすごいスピードで収集車を追いかけるけど、徐々に離されてしまう。
「一応、あたし達も追いかけましょう。これ以上問題起こされても困るし」
「う、うん」
流石に悪さはないと思うけど、さっきの飛び降りを見ると私達じゃ想像もつかないような無茶を明久君は実行しちゃいそうだから高坂先輩の心配もよくわかる。
私達も明久君を追って学園の外へ向かって走っていった。
どうにかまだ明久君を視界に入れてるけど、ものすごいスピードで離されようとしていた。
そこで今度は下り坂の前で明久君が止まった。見ると車はものすごいスピードで離れていくのが見えた。
この下り坂なら車は坂に沿ってスピードを上げられるのに対して人間の足じゃ走りづらくてとても追いつけない。条件は最悪だった。
ここまで来たのに、それでも手が届かない。そんな嫌な現実を受け入れるしかないと思った時だった。
「ここまで来て、負けるかああぁぁぁぁっ!」
ここに来てまでまた明久君は飛び降りを実行した。しかも今度は車の目の前に向かって。
「きゃあああぁぁ!」
それを見た音姫先輩が悲鳴を上げた。私はあまりの事態に声を上げる事すらかなわなかった。
多分、3階から着地してもへっちゃらだった明久君だから道路には着地したと思う。でも、そこから先は私は目を閉じた。
いくらなんでもあそこから更に猛スピードで飛び込んでくる車なんて避けられないと思っていた。
『うわああぁぁぁぁっ!?』
そんな声と共に何かが転倒する音が聞こえた。
恐る恐る目を開けて見ると明久君が道路の脇に倒れていたのが見えた。
『き、君っ! 大丈夫かい!?』
『だ、大丈夫です! 大したことはありません!』
『し、しかし……君、今上から』
『大丈夫です! 僕はこの通り平気ですし、事故というわけではありませんから!』
『そ、そこまで言われると……』
『それより、ちょっとお願いがあるんですけど!』
明久君が転倒してるのを見た収集車のドライバーさんが明久君の傍まで駆け寄って安否を確かめようとしていた。
収集車の表面にちょっとだけ泥がついていたのを見ると、どうやら明久君は収集車の上に飛び乗ったみたい。
それを見たドライバーさんが急ブレーキをかけてその拍子にバランスを崩して明久君は道路脇に転んだみたい。
ほ、本当によかった……。私は力が抜けそうになった。本当によかったよ。
『いよおっしゃああぁぁぁぁ──っ! 無事に手に入った──っ!』
私の心配なんてお構いましと言わないばかりに明久君が手に入れたはりまおのストラップを振っている姿が見えた。
もう果てしないくらいにお人好しすぎるよ、明久君。
「あいたたた!」
「もう、1日に2度も同じ相手の手当をするとは思いませんでしたよ」
あの後、色々あって僕達はどうにか無事にあの女の子にストラップを手渡す事が出来たけど、当然トラックの上から転倒した僕は無事に済んだってわけじゃないのでまた由夢ちゃんの世話になっていたのだった。
「しかも、今度は車に向かって飛び降りだなんて……下手すれば死んでいたかもしれませんよ」
「あはは……いや、仰る通りです」
「笑い事じゃありません!」
僕が乾いた笑いを浮かべていると音姫さんが僕に向かって怒鳴ってきた。
「本っ当に心配したんだから! いくら女の子のためとはいえ、あんな無茶は二度としない事!」
「す、すいませんでした!」
僕は痛む手足に構わずに床に伏せた。土下座で。
「そうだよ! あの時私達がどれだけ明久君の事心配したと思ってるの!?」
「はい! 本当に申し訳ありませんでした!」
ななかちゃんにまで怒られる始末だった。
「ま、まあまあお姉ちゃん。明久さんも反省しているみたいですし、結果としてはあのストラップを女の子に渡せたみたいですし。何より悪意あっての行動じゃないんですから」
「それとこれとは……」
「話は別です!」
「「しっかりと反省してね! 明久君!」」
「はい! ゆめゆめ!」
今度は二人同時に怒鳴られ、僕は床に頭を叩きつけるくらいに深く頭を下げた。
それから1時間くらいたっぷりと説教をされてようやく開放される事になった。
「あぁ……もうそろそろ文化祭も終わりかな?」
「え? もう?」
時計を見ると時間は5時半くらい。普通の学校の文化祭なら一般公開はもう終了の時間だろう。
「あぁ! 結局ななかちゃん文化祭回れなかったじゃん!」
なんてこった。女の子のストラップをどうにかできないかということにばかり気がいっててすっかり忘れてた。
約束していた人放っておくなんて、男として最低だ。
「あぁ……それ、もういいや」
「へ?」
「今日はたっぷりと楽しませてもらったから♪」
何故だかわからないけど、ななかちゃんは笑っていた。許してくれるということだろうか?
なんて優しい娘なんだ。思わず涙が出そうになっちゃったよ。
「さて、明久君も行こうか」
「はい。……って、何処に?」
「私の家」
「………………は?」
今音姫先輩は何と言っただろうか? 今自分の家に行こうと言いました?
「って、何ゆえに!?」
「だって、明久君怪我してるし。流石にそのままじゃ帰れないでしょ?」
「いや、比較的軽傷なんですけど」
「あんだけ無茶やっといてその程度の傷で済むあんたって……何者?」
高坂さん、人間何事も慣れだと思います。
「とにかく、そのままで帰るのは私が許しません。ご家族には私から連絡しますから」
「え゛っ!?」
そ、それは非常に困る。いや、普通なら別にいいんだけど……僕はそもそも異世界だから今の家族がこの世界にいるわけがない。
流石にこの事態が知られればどうなったものかわからない。一体どうすれば?
僕が四苦八苦している間に、
「あぁ、でも明久君って……家出してるんだっけ?」
「い、家出?」
ななかちゃんが先程言っていた僕の嘘を音姫先輩に言った。
「家出って……何で家出なんか? お家で何かあったの? ご家族とかは大丈夫なの?」
「え、いや…………いやぁ、正直言うと……あまり関わりたくないと言いますか」
寂しくないかと言われれば、突然のこの状況に困惑はしているけど……普通に考えてあの家族と一緒っていうのは僕にとっては地獄でしかなかった。
僕以外の人間だったらきっと発狂しているだろうと自信を持って言える程常識からかけ離れた家族なのだ。
「でも、ご家族の方だって心配を……」
「いや、あの家族の心配は別の意味でですから」
「はい?」
「だってまず母さんが──」
ここから30分くらいかけて僕の家族の人物像をこの場にいる皆さんに説明した。
「──というわけなんです」
『……………………』
僕の説明を受けると全員が唖然としていた。
「な、何? その、実の弟を異性として愛しているとか……メイド服を弟に着せようとしているとか……」
「しかも、それを単なる愛情表現として放っておいてるご両親も一体……」
「音姫の過保護っぷりがまだ可愛く思えるわ……」
僕の説明を受けて全員が乾いた笑いを浮かべていた。うん。それが常識を持つ人の当然の反応だよね。
よかった。僕の考え方がおかしかったわけじゃなかったんだよね。
「だから、その……できればもう戻りたくないと言いますか」
正直、世界が違うのだから戻りたくても戻れないという具合なのだが、それをここで言う必要はないだろう。
言ったところで信じられる話じゃないし。
「う、うん……とりあえず、家に行こうか。後、さくらさんや弟君にも相談しておこうか? 明久君を泊めてもらえないか」
「そうですね。なんだか、話を聞いたら明久さんの家出を全力で応援したくなっちゃいました」
「じゃ、じゃあ明久君。色々あって今は辛いかもしれないけど、頑張って」
「強く生きなさいよ」
ものすごい哀憐漂う目で僕を見た。自分で言っといてなんだけど、何だかものすごい罪悪感が。
とはいえ、泊まれる家ができたのは僥倖というものだろう。僕はその後少し待機し、音姫さんと由夢ちゃんの2人についていった。
途中、周りの男達にストーカー呼ばわりされたのは余談である。