バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第二十八話

 僕達が中庭に集合した頃には既に日は落ちていた。

 

 結局収穫も何もなかったからどうしようかと思ったけど、それはみんなも同じようだった。

 

 手掛かりゼロ。情報もゼロとなってはやはり僕らの捜索では扉のとの字も見える日はどれほど遠いものか。

 

 集合した一同はかなり疲れた表情を浮かべていた。

 

「そうか……桜内チーム、吉井チーム、雪村チーム……全チーム成果はなし、と」

 

 杉並君はメモ帳にペンを走らせて冷静に状況を記した。

 

「こっちも何時間待っても扉は現れなかったぜ」

 

「オマケに私達って、この時代の人達から見れば外部の人間だから……」

 

「色々目立ってやりづらかったです」

 

「緊張したよ~」

 

「こっちでも3人の人気はすごいものじゃの」

 

「いや、注目してた奴らの何人かはお前も見てたぞ。ついでに、俺には殺意に満ちた視線が……」

 

 どうやら義之は死と隣り合わせの中で扉が現れるのをずっと待っていたようだった。

 

 ご愁傷様だったね。

 

「こっちも成果はなし。身体張って、ありとあらゆる方法を試したっていうのに」

 

「全く成果なし~」

 

「残念だったわ」

 

「あの、身体を張ったのは、主にわたくしなんですが……」

 

 別の条件がないかを探していたメンバーの中で渉はその身に水、泥、草、枝、果てにはゴミなど、色んな物を付着させ、ボロボロになっていた。

 

「一体何を試してきたんだ、お前らは……」

 

「渉の……そのボロボロの状態になった仮定は?」

 

「漫画やアニメ、映画に小説とかで用いられた時空移動のキッカケとなる定番を一通り試してみたの」

 

「落ちたり、飛んだり、走ったり……」

 

「すごかったよね、板橋君」

 

「「…………」」

 

 渉がボロボロになっている意味が理解できた。

 

「渉、よく生きてたな……」

 

「君のその生命力……褒め称えるよ」

 

「だろ? 俺もそう思うぜ……それと、できれば……吉井に変わってほしかった、ぜ……」

 

 その一言を最後に渉は沈んだ。合掌……。

 

「さて諸君。我々の第一段階は、残念ながら失敗と言わざるを得ない。しかし、諦めるわけにもいくまい。こちらの世界に永住したくなけらばな」

 

「まあ、ともかく今後の方針をどうするかと言うと──」

 

「ちょっと待ってください」

 

 雄二が今後の方針の説明に入ろうとしたところに由夢ちゃんが待ったをかけた。

 

「何だ? 朝倉妹」

 

「今後の方針の前に、そろそろお腹が空きませんか?」

 

「そうだね。もう、お夕飯の時間だし」

 

 今僕達は食料を持ってないし。このまま飢えるのも嫌だな。

 

「わかってる。今からそれを話そうとしていたんだ」

 

「腹が減っては戦はできん。次の手を打つ前にまずは食料の調達だな」

 

「おっしゃー、じゃ、ごはんごはん!」

 

「いや、待て」

 

 動き出そうとした高坂さんを杉並が止めた。

 

「ちょっと、なんで邪魔すんのよ」

 

「迂闊だぞ高坂まゆき。残念ながら我々には買い物をするだけの資金がない」

 

「何でよ? あたし、結構持ってるわよ? 今月はあまり使ってないし」

 

「あのな、お前ら……ここがどこだか忘れたか?」

 

「へ? 風見学園だろ?」

 

「板橋……お前は明久か」

 

「ちょっと雄二……何でそこで僕の名前を出すのさ」

 

「……この時代の紙幣と私達の時代の紙幣はデザインが違うわ」

 

「あ、そっか」

 

 杏ちゃんの言葉に全員が頷いた。

 

「あ、でも……いくら時代は変わっても小銭なら。小銭ならデザインも変わってないと思いますし」

 

「おう、由夢ちゃんあったまいい! 小銭でもみんなの分かき集めればそれなりのものは変えるぜ! そぉら、みんな財布だせぃ!」

 

 それから全員懐から財布を取り出して小銭を取り出した。小銭なら結構たくさんある。

 

「ああ、言っとくがデザインが同じだとしても年号には気を配っておけ。じゃねえと当然紙幣と同じ結果を辿るからな」

 

「誰も年号なんてわざわざ確認するとは思えないけど……」

 

「……要注意」

 

「だね。ひとつの油断が死に直結する時なんて多々あるものだから」

 

「ふ、不吉な事を言わないでよ明久君」

 

「けど、明久の言うとおりだな。万が一気づかれて厄介なことになったら困るし。極力安全作は取っておかないとな」

 

 それから全員自分の小銭の年号を確認して古いものをかきあつめた。

 

「え~っと、全部かき集めて……ひゃ、146円……」

 

「菓子かジュースひとつでパァになる金額じゃのう」

 

「だぁ~! 結局こうなんのかよ!」

 

「お腹すいたねぇ……」

 

 結局絶望的な状況にいるのは変わらなく、どうしたものかと雄二と杉並君以外が膝をついた時だった。

 

「あの~……」

 

 絶望感漂う中、声をかけてきた人物がいた。

 

「ひょっとして……何かお困りですか?」

 

 見ると綺麗な顔立ちの女の子が立っていた。というか、この人……僕が最初に声をかけた女生徒じゃないか。

 

「あの……まあ、その……かなり」

 

「ていうか、君は?」

 

「ああ、すみません。私、白河ことりって言います」

 

「ああ、これはご丁寧に。僕は吉井明久です」

 

 …………しらかわ?

 

 

 

 

 

 

 

「っは~! 食ったくった!」

 

「まさか、ここでまともな飯にありつけるとは思わなかったぜ」

 

 空き教室の机に並んだ焼きそばやフランクフルト、イカ焼きにたこ焼き、お好み焼き、その他お菓子やドリンクなど、たくさんの食料の入っていたケースが一気にカラになった。

 

「ごめんなさい。これくらいしか用意できなくて」

 

「いやいや! むしろここまで集めてもらって本当に助かったくらいだよ! でも、その……お金の方は……」

 

 ここまでしてもらったというのに、いくらなんでもタダで済ますのは申し訳ない。

 

「大丈夫ですよ。明日からのクリパを前に、飲食系のお店が試食をやっているんです。その時の残りをちょっともらっただけですからタダなんです」

 

「そうですか」

 

 どうやらこの世界の時間はクリパの前日みたいだ。こっちの日にちを知らなかったからちょっと助かった。

 

「ところで、ちょっと気になることがあるので、聞いてもいいでしょうか?」

 

「はいはい、何でも聞いてください♪」

 

 渉が白河さんの言葉に機嫌よく答える。

 

 なんとなくどういう聞き方をするのかは想像できちゃうけど、その受け答えができる範囲のものかどうか……。

 

「あの……皆さんの着ているそれ……風見学園の制服に似てますけど、ちょっと……違いますよね?」

 

「あちゃぁ……」

 

 やはりそう来た。

 

「へ? これ、風見学園の制服だけど……って、あ! ちょっと違う!」

 

「あちゃー、自然すぎててすっかり忘れてたわ」

 

「えっと、これは、その……どうしよう」

 

 小恋ちゃんがようやく自分の制服と彼女の制服の違いに気づき、高坂さんは頭をおさえ、音姫さんは若干動揺した。

 

 付属の方は制服の上のラインが少しばかり違うだけだからあまり気づかれないけど、本校の方の制服はかなり差異があるので気づかれやすい。

 

 彼女が疑問に思うのは当然のことだろう。

 

「あの、ひょっとして姉妹校か何かですか?」

 

「あぁ……いや、そういうわけじゃないけど……よし、こういうのは義之に任せた」

 

「俺かよ」

 

「だってお前、こういうの得意だろう?」

 

「いや、そういうのが得意なのは杉並か杏だろう」

 

「しかし、彼女には一飯の恩義がある。ここで嘘をついて後々厄介なことになっても困る。ここは素直に真実を伝えてしまってはどうだ?」

 

「そうね。こうなったら下手な言い訳しても同じだし。親切にしてくれた彼女に嘘をつくのは良心が咎めるわ」

 

 杉並君と高坂さんが正直に話すことを薦めるが、

 

「でも、信じてくれるかな?」

 

「なにぶん、下手な嘘よしも今のこの状況が最も信じ難いからの」

 

 音姫さんや秀吉の言う通り、この事実がまず信じられないからなぁ。

 

「あ、なんでも言ってください。こう見えても私、結構信じやすいタイプなので」

 

 その周りを和ませる雰囲気を見ると確かになんでも聞いてくれそうだけど……果たして、この時空レベルの話に耐えられるか。

 

「義之、どうしよう?」

 

「どうするたってな……」

 

「こっち側の人間に味方をつくっておくのは、悪くないアイディアだと思うわ」

 

「私も杏ちゃんにさんせ~い♪」

 

「私も賛成♪」

 

「……仕方ないか」

 

 義之は意を決して白河さんに僕達の事、これまで僕達の身に起こった事を説明した。

 

「──て、いうことなんだけど」

 

「そうですか。みなさん、大変だったんですね」

 

『え?』

 

 予想に反して白河さんのリアクションはかなり普通のうものだった。

 

「やっぱり、違う時代から来るなんて普通は経験できませんからね」

 

 いや、こんだけ非常識な事言ってるのにその態度……もしかして、話を合わせてるだけ?

 

「あ、その……大丈夫ですよ。嘘だとは思ってませんから」

 

「えと……じゃあ、信じてくれるの?」

 

「はい、もちろんですよ」

 

 僕の問いかけに笑顔で答えた。いや、なんというか……

 

「なんか、あっさりしすぎな気が……」

 

「い、いいのかな……?」

 

 高坂さんや音姫さんの言うとおり、むしろ僕達の方がそれでいいのかと聞きたいくらいだった。

 

「この島には枯れない桜というものもありますし。それに、もうじきクリスマスですからね。そんな不思議なことが起こってもいいと思います。なんか、ドラマチックじゃないですか」

 

「いや、そういう問題ではない気がするのじゃが……」

 

「最初に知り合った人間が、物分りのいい生徒で助かったじゃない」

 

「いや、物分りよすぎだろ。逆にからかわれてるって思えるぞ」

 

 雄二の言うことはなんとなくわかるが、この様子だとからかっているようには思えない。

 

 まあ、杏ちゃんの言う通り、信じてくれる人ができたのは今の僕らにはありがたいけど。

 

「ともかく、みなさんが困ってるのはわかりました。私に何ができるかはわかりませんけど、力になりますよ?」

 

「え、本当に? 大助かりだよ! ありが──」

 

 僕が嬉しくて彼女と握手しようと手を差し出そうとした時だった。

 

「ねえ、あなた、白河って言うんでしょ?」

 

 そこにななかちゃんがわくわくした様子で入り込んできた。

 

「はい、ことりです。白河ことり」

 

「私も白河なんだ。白河ななか。よろしくね」

 

 そういってななかちゃんがいつものように白河さんの手を握った。その瞬間だった。

 

「え?」

 

「あら?」

 

 それから何故か2人は手を握り合った状態で顔を見合わせた。

 

 それから何分か黙ってお互いを見つめ続けていた。

 

「何やってんだ、あいつら?」

 

「随分見つめ合ってるのう」

 

「……これで5分」

 

「白河同士、何か通じるものがあるのかな?」

 

「……ふう、びっくりしたぁ」

 

「私もです。こんなことが起きるなんて思いもしなかった」

 

「あの~……2人で盛り上がってるところすみませんが、何が?」

 

「アイコンタクトだよ。目と目で通じ合うこと、ね?」

 

「はい」

 

「お前らは超能力者か」

 

 2人の言葉に雄二がツッコミを入れた。

 

「でね。しかも私達、どうやら親戚同士みたいなんです。ね?」

 

「うん」

 

「なんで見つめあっただけでそこまでわかるのですか」

 

「で、親戚って、どういう感じなの、ななか」

 

「あ、わかった~。お婆ちゃんと孫の関係?」

 

 時間的に言うなら茜ちゃんの言葉が一番説明つきそうだけど、

 

「違う違う。うちはお父さんの代で初音島に移り住んできたからね。お婆ちゃんは本島にいるの」

 

「じゃあ、母方の婆ちゃんはどうなんだ?」

 

「白河は父方の性だよ。でも、初音島に親戚がいるって話は聞いたことがあったけど」

 

「へえ……じゃあ、それがその?」

 

「そうみたいですね」

 

「雄二、わかりやすく説明プリーズ」

 

「あのな……要するに白河の少し遠目の親戚と覚えとけ」

 

 むう……結構この2人、似てる気がするんだけどな。

 

「改めて挨拶させてもらうわ。私は雪村杏。白河ななかさんのお友達よ」

 

 それから杏ちゃんから自己紹介が始まった。

 

「同じく、茜。花咲茜です」

 

「え、えと……私は月島です。月島小恋」

 

「小恋はね、私の子供時代からの親友なんだ」

 

「ちなみにこの杏、小恋、茜の苗字を取って、3人合わせて雪月花とも呼ばれてるんだ」

 

「へえ、よろしくね」

 

「私は朝倉音姫。よろしくね」

 

「妹の朝倉由夢です」

 

「で、俺は桜内義之」

 

「あたしは高坂まゆき。よろしく」

 

「エリカ・ムラサキですわ」

 

「初音島一のジェントルマンこと板橋渡っす。何卒お見知りおきを」

 

「俺は杉並だ。質問は受け付けないぞ」

 

「朝倉……杉並?」

 

「白河さん?」

 

「あ、いえ……私にも、同じ名前のお友達がいたもので」

 

「へえ、そっちにも。偶然だな」

 

「ななかちゃんと白河さんの例があることだし、また親戚とかじゃない?」

 

「かもな。ちなみに俺は坂本雄二だ」

 

「儂は木下秀吉。演劇部に未来の風見学園の演劇部に所属しておる」

 

「……土屋康太。特技は盗さ……今のはなし」

 

「僕は吉井明久。よろしくね」

 

「はい。ともかく、未来から来て困ってるのが私の遠い親戚とそのお友達だというのなら、協力しないわけにはいきませんよね。困ったことがあったら言ってください」

 

 なんていい人なんだ。最初に出会ったのが白河さんでよかったと心の底から思った。

 

「そ、それでですね──」

 

 それから白河さん……って、さっきから心でそう呼んじゃってるけど、ななかちゃんもいるから名前の方がいいかな。

 

 で、ことりさんが少し言いにくそうに苦笑いを浮かべる。

 

「そちらに協力する代わりに、私の話をちょっと聞いてほしいな……なんて思うんですけど」

 

「話?」

 

「はい。もしかしたら、みなさんと関係があるかもしれませんし」

 

「えっと……僕達と関係があるっていうと?」

 

「それが……これもまた聞けばおかしな話なので。他の人達だとちょっと言いづらかったので……」

 

 もしかして、時間関係だろうか? それなら確かに僕達に関係あるかもしれない。

 

 話を聞かなければなんとも言えないけど、既に時空の壁を越えた経験のある僕はちょっとやそっとのことで驚くことはない。

 

「まあ、なんでも言いなよ。これだけしてもらっておいて、話を聞くだけじゃ足りない気もするけど、僕達でよければいくらでも」

 

「はい。実はですね……」

 

 ことりさんから聞いた話はこれまた妙なものだった。ことりさんの話を聞いた一同は微妙な表情だった。

 

「時間の感覚が違う……かぁ」

 

「昨日と同じことが毎日毎日繰り返されてるような奇妙な感覚ですか」

 

「う~ん……そっちもそっちで厄介だなぁ」

 

 状況がはっきりしてない分、僕達よりも信憑性が低い。

 

「俄かには信じ難い話だな」

 

「なんだよ、タイムスリップしてきた俺達だって人の事言えないだろ」

 

「でも、彼女が私達に話す以上は、決定的な証拠はあるかしら?」

 

 杏ちゃんの言葉にことりさんは僅かに頷いて、

 

「ええ。そろそろだと思うんですけどね」

 

「そろそろって、何が?」

 

「クリパの設備が、何者かに破壊されるような気がするんです」

 

「破壊?」

 

「荷物が崩れるとか、看板が落ちたり倒れたりとかいうものではないのかの?」

 

「えぇ。何日も何日も……こう、何かで破壊されてる気がして……そう、この時間帯に大きな音がして──」

 

 ドオオォォォォン!!

 

 ことりさんが言いかけた時、少し離れたところから爆発音が響き渡る。

 

「な、なんじゃ!?」

 

「……爆発音」

 

「映画とかそんなんじゃねえ。マジモンの爆発音だぜ」

 

 それから一同が廊下に出て窓からグラウンドを見ると一角に設置されてるステージから煙が上がっている。

 

 周囲に人影はなく、また怪我人などは出ていないようだが、グラウンドにかなりの人数が集まっていた。

 

 なんというか、アクション系の映画とかでこういうシーンを見た気がする。こう……最初の爆発で人を集めて本命に当たるような感じの。

 

「やっぱり……これです。これを何度も見た気がします」

 

「やってくれるじゃないの。今に見てなさい!」

 

「ちょっとまゆき! 何処行くの!?」

 

「決まってるでしょ! 不逞の輩をとっ捕まえに行くのよ! 時代は違えど私達は風見学園の生徒会。祭りをめちゃくちゃにする悪を叩くのが使命よ」

 

「高坂先輩の言う通りです。ただ黙って見てるわけにもいきませんわね」

 

 正義感に火のついた高坂さんとムラサキさんが校庭へ走ろうとするのを杉並君と雄二が止めにはいった。

 

「やめておけ。学園を守る正義の味方もいいが、少しは頭を冷やせ」

 

「どきなさい2人共。早くしないと逃げられるわよ」

 

「犯人ならとっくに逃げてるに決まってるだろ。どう考えてもあれは遠隔操作か時限式で爆発されたものだ。今あそこに行ったところでこっちの人間とは全く面識のない俺達が犯人扱いされるのがオチだ」

 

「うむ。坂本の推測通り、あれは高性能セムテックス火薬によるものだ。遠隔起爆も時限式にもできるものだ」

 

「それにあの爆発の規模、かなり小さいだろ。ご丁寧にステージの足元だけを潰して壊してやがる」

 

 見ると雄二の言う通り、ステージを支える足の部分の接触する地面が少し窪んでいた。

 

 これを見れば確かにちょっとした悪戯ではなく、ステージを壊すためだけに計画したと推測できる。これを難なく実行した犯人はひどく計算高く、用意周到な奴だろう。

 

「……破壊というより、混乱を誘うのが狙い」

 

「てことは、やっぱり悪戯なのか?」

 

「にしては随分正確さが出てるけど。あんな風に周囲に被害を出さずに目的のものだけを壊すなんて」

 

「でも、誰がこんなことを……」

 

『おい、どうしたんだ?』

 

『爆破だ爆破! クリパに使うステージが破壊されたってよ!』

 

『また非公式新聞部の仕業か? あいつらも懲りないなぁ』

 

 窓の外からそんな会話が聞こえてきた。

 

『………………』

 

「なんだ、その視線は。当然のことながら俺の仕業ではないぞ。そもそも俺の使命は祭りを盛り上げる事だ。無用な破壊など好まん」

 

「悪い。ついお前の方を見ちまった。お前が犯人じゃないのはわかってる」

 

「なんか、杉並が2人になった気分ね」

 

 高坂さんが脱力していた。

 

「杉並、あなたこの時代から生きてたんじゃないでしょうね?」

 

「ああ、お前ならありえる」

 

 年代的にまず無理だと言いたいけど、杉並君だと何故かそう言い切れないのが不思議だ。

 

「しかし、どうやら相手は結構なやり手っぽいぞ。相手のことがわからねえうちに動くのは賢明じゃねえ。その上俺達はこっちの時代の奴らから見れば部外者だ。犯人だと疑われて捕まるのが関の山。ここはひとまずどこかでひっそりとやり過ごすのが吉だろ」

 

 雄二の言う通り、今僕達が何をしようとしたところでことりさん以外の人に出くわせば疑いの眼差しを向けられるのは確実だ。

 

 ここはひとつ、どこかに隠れて休息を取るのが正解だろう。

 

「そうですね。お気持ちは嬉しいですが、今は様子を見た方がいいと思います。それに、みなさん今日はお疲れでしょうし、あまり無理はしないでください」

 

 ことりさんの言葉で全員今日の疲れを思い出したのか、一気に脱力する者も出た。

 

 過去の世界に迷い込んで捜索のためにかなり体力を使ったからね。

 

「で、ことりさん」

 

「はい」

 

 比較的、疲れを見せない杏ちゃんがことりさんに尋ねる。

 

「私達、今泊まれる所がなくて困ってるの。どこかいい場所はないかしら?」

 

 それが今一番の問題だ。お金がないから宿系は無理。知り合いもいないからどこかの家に泊まるのも無理。

 

 これでは休息を取ることさえままならない。

 

「ああ、任せてください。それなら──」

 

 

 

 

 

 

「よっこらせっと」

 

 僕達はことりさんの指示である場所から布団を持ち運び、音楽室へ持ち込んだ。

 

「板橋、桜内、吉井……しっかり働けよ」

 

「きちんと場所は考えてなぁ」

 

「「「お前らも働けよ!」」」

 

 一部だらけたままの奴もいたけど。

 

「なるほど、音楽室とは考えたのう」

 

「はい。クリスマスパーティーの前夜は、学校に泊まり込む生徒も多いので特に不自然なことはないです」

 

 木を隠すなら何とやら。女子達をうまく隠すことができれば男子の僕達を見ても凝視しない限りはごまかすことは可能だ。

 

「でも、いいの? 勝手に使って。というか、こんなところよく難なく入れたね」

 

「ああ、学校側には中央委員会の名前で手続きを済ませておいたので、心おきなく使ってください」

 

「中央委員会? 音姉、そんなの学園にあったっけか?」

 

「確か、開校当初は生徒会のことをそう呼んでたって、前に宮代先輩が言ってたね」

 

「つまり、彼女はあたしらの大先輩ってことになるんだね」

 

「そんな、普通にしてくれていいですよ。それにしても、50年後の生徒会には、みなさんのような頼もしい方々がいるいんですね」

 

「それと同じくらい困った奴もいるけどね」

 

 高坂さんの視線が僕と秀吉、雄二を除いた男子メンバー全員に注がれる。

 

「はて? 誰のことやら」

 

「……意味がわからない」

 

 この2人の言葉は無視して僕達はそのまま寝具の準備を整えた。

 

「では、今日のところは私は帰りますね」

 

「うん。ほんとうにありがとう。今日だけでいっぱい世話になっちゃって」

 

「いえいえ。困った時はお互い様です」

 

「じゃあ、もし気づいたことがあったら教えるな」

 

「はい。よろしくお願いします。それではまた」

 

 ことりさんはぺこりと頭を下げてから教室を去っていった。

 

 それにしても、今日だけであれこれ衝撃的なことだらけだったよ。過去に繋がる扉をくぐるわ、帰れなくなるわ、お金も使えないわ、ハチャメチャな日だった。

 

「協力があるとはいえ、泊まることになるなんてね」

 

「なんか、お泊まり会みたいだね~」

 

「音姉、そんな呑気な」

 

「まあ、よいではないか。このような体験、滅多にできるものではないぞ」

 

「そうだよね。こんな体験、普通はできないよ」

 

「うんうん。それにこうやって泊まるのだって、合宿みたいで楽しそうだよね~」

 

「ななか、茜……すごいポジティブだね」

 

 ところどころ楽しんでる人もいるようだ。まあ、僕もななかちゃん達ほどでないにしろ考えはポジティブな方だと思う。

 

 別に今のところ命を左右するような事態ではないのだから生きている限りはなんとでもなる。

 

「お気楽ね、あなたたち。でも……もっとお気楽なのは、渉ね」

 

「あ? 渉がどうかし──」

 

「ガ~~~~……スピ~~~~……んご~~~~~~~~……」

 

 音楽室の一角で渉は既に熟睡していた。

 

「こいつ、ある意味大物だな」

 

「よもやこの状況下でもここまであっさりと眠りにつけるとは……」

 

「逆にちょっと感心を覚えるかも」

 

「とりあえず、今日のところは体力温存や鋭気を養う意味でも寝といた方がいい。明日も調査することは色々あるしな」

 

「そうだね。細かいことはまた明日話し合おう」

 

「そうですね。流石に今日は疲れてしまいました」

 

「さんせ~! あ、でもでも、その前に……小恋、花咲さん、雪村さん、そっちお願い」

 

 ななかちゃんが指示をすると雪月花の娘達を加えて4人で渉の寝ている布団の四隅を持って運び始めた。

 

 そして4人は渉を布団ごと音楽準備室の中へと放り込んで扉を閉めた。ご丁寧に鍵までかけて。

 

「ほう……中々やるな」

 

「いい仕事をした。確かに、あのいびきはかなわないからな」

 

「そうね。近くであんないびきを聞いてたら寝ようにも寝つけないわ」

 

「あはは……」

 

 確かに、別の部屋に置いたことでいびきのうるささは軽減できたけど……渉、悲しいね。

 

 僕は心の中で渉に合掌した。

 

「さて、準備もできたことだし。いびき対策も万全になったところで寝るとするか」

 

「そうだね」

 

 そうしてみんな自分の寝床へとつき、全員が布団に入るのを確認して部屋の照明を落とす。

 

「じゃあ、みんなおやすみ」

 

『おやすみなさ~い』

 

 これが本当にお泊まり会だったらもうしばらく色んな話題が上がってただろうけど、みんな今日は疲れたのか、すぐに寝入っていくものが続出していく。

 

 僕も布団に入ってから意識が遠くなるのを感じた。

 

 でも、この眠気……疲労によるものじゃない気がするけど、意識がはっきりしない今の状態じゃ思考もままならない。

 

 僕のそんな疑問も眠気によって露と消え、視界が真っ暗に、意識は遠くなっていった。

 


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