バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第二十六話

 

 学園長室にあった謎の扉をくぐり、僕達は風見学園の廊下に立っていた。

 

 ていうか、風見学園なんだよね……ここ。

 

「これが、過去の世界?」

 

「なんか、今とあまり変わらないですね」

 

「だよな」

 

 みんな今の風見学園と雰囲気があまり変わらないのを確認すると拍子ぬけしたような声を上げた。

 

「あ、でもでも、なんかあちこち新しい感じもするよ。匂いもちょっと新しい物の匂いって感じだし」

 

 茜ちゃんが深呼吸して学園の匂いを確かめて言った。

 

 僕は風見学園に長くいた事がないからわからないけど、確かに空気の質が向こうよりちょっとすっきりしたような感がある。

 

「へ? ここって、過去でしょ? 過去なのに新しいの?」

 

「小恋……過去だから新しいのよ」

 

「でも、昔のものの方が普通、古いでしょ?」

 

「……よく考えなさい」

 

「え? えぇ?」

 

「あのな、月島……俺達のいた風見学園じゃ創立50年はあったぞ。でもこっちでは……何年だ、桜内?」

 

「えっと……たしか、向こうが56年で、こっちじゃ7年だったっけな……」

 

「とまあ、こんな具合にだ。56年前に作られた花瓶とほんの7年前に作られた花瓶……どっちが古いかなんてわかるだろ」

 

「…………あぁ」

 

 向こうではちょっと天然の入った会話もあった。

 

 というか小恋ちゃんって、結構頭いいはずなんだけど……その天然なところがちょっと姫路さんに似てたり。

 

「まあ、建物が明らかに新しいのは同意だ。それに随所に違いが見受けられる。廊下の幅、壁面の塗装、蛍光灯の配置、タイルのデザイン等々、数え上げればキリがない」

 

 流石は校舎のどこで活動しているのかも読めない暗躍者か。僕達にはわからない違いもすぐに看破した。

 

「こっちは開校から7年……そりゃあ新しい筈だわ」

 

「開校から7年じゃと……儂らがいた時代からはどのくらい前なのじゃ?」

 

「ざっと50年くらい前ですね」

 

「おぉ! ってことはあれか? 本場のメイドさんに会えちゃったりするわけか!?」

 

「……是非とも写真に」

 

「それは時代も、そもそも国が違うだろうが。そして土屋も渉に乗るな」

 

 流石はムッツリーニと渉。時代を超えてもその行動原理は変わらないか。

 

「50年前かぁ……。数字で聞くと実感ないけど、まだ私達は生まれてないんだね……」

 

「やっぱり、今とは違う時間が見えちゃうのって、複雑な気分ですね」

 

「なんか、50年も昔って想像つかないよね。だって、まだお父さんもお母さんも生まれてないんだよ?」

 

「そうなんだ……ていうか、ここってこんな昔にも桜が咲いてるんだね」

 

 窓の外を見ると、向こうと同じように冬なのに桜が満開だった。

 

 一体この島の桜は何年前からここまで咲き乱れていたのか。

 

「ところでお主ら……」

 

「ん? 何、秀吉」

 

「杉並とムッツリーニに板橋、雪村に花咲がおらんのじゃが」

 

「え?」

 

 見れば確かに秀吉の挙げた5名の姿が消えていた。

 

「さ、さっきまで一緒にいましたのに……」

 

「あいつらは……」

 

 5人の姿が消えてるのに気づき、ムラサキさんと高坂さんが溜息をついている。

 

「あの馬鹿共……こっちじゃ携帯通じないっつうのに」

 

「え? あ、本当だ。圏外になってる」

 

 みんなが確認するのを見て僕も自分の携帯を見て圏外なのを確認した。

 

 ていうか、僕の携帯は向こうについた時点で使い物にならなくなってたんだっけ。

 

「連絡が取れないのは不便ですわね」

 

 ムラサキさんも自分の携帯を確認してため息混じりに呟いた。

 

「ど、どうしよう? 迷子になってないかな? 何処探せば見つかるかな?」

 

「小恋落ち着いて。時代は違っても初音島なんだから」

 

 そわそわしだした小恋ちゃんをななかちゃんがなだめていた。

 

 まあ、確かに時代は違っても場所は同じ初音島だから地形でも変わってない限りは大事にはならないと思うけど。

 

 それにしたって、黙って歩き回るのは崖端歩きもいいところだ。

 

「どうするの? 無闇に動くのは危険だよね」

 

 やっぱり時間の移動というのは未知数で何が起こるかわからないのだから軽躁な行動はなるべく制限する方がいいだろう。

 

「やっぱ、放っておけないだろ」

 

「遠くに行かないうちに、連れ戻すわよ!」

 

「全く、世話がやけますわね」

 

「由夢ちゃん、はぐれないようについてきて」

 

「わわ、みなさん、待ってくださいってば~」

 

「たく、面倒臭え」

 

「やれやれじゃ」

 

「あわわ、置いてかないでください~」

 

「なんか面白くなってきたね、明久君」

 

「そんな呑気な……」

 

 とりあえず、姿を消した5人を探すべく、僕達は集団で捜索を開始した。

 

 離れ離れにならないよう気をつけながら僕達は校内を探し回る。5人がいないか、教室の扉から中を覗いて回る。

 

「ここも違うみたいだね。どこまで行ったのかな」

 

「あいつらにとって、この世界は巨大な遊園地みたいなもんなんだろうねぇ。犬みたいに飛び出していって、探すのも一苦労だわ」

 

 まったく……こっちに来てまでも杉並君&ムッツリーニ捜索とは。オマケに渉や杏ちゃん、茜ちゃんまでも姿を消してるときた。

 

 こりゃ探すのは相当の骨になるかもしれない。

 

 それから僕達は中庭の方へ移動した。やはり時代は違えど校舎の基本的な造りはほとんど同じだというのはわかった。

 

 これなら学園内で迷子なんてのはなさそうだ。まあ、結局見つからなければ同じだけど。

 

「みんな、見つからないね……」

 

「こうなったら、いっそのこと誰かに訊いてみるのはどうですか?」

 

「できればこの時代の人間との接触は避けたいんだけどな」

 

 義之の言う通り、未来の人間が過去の人間に接触して未来にどんな影響を及ぼすかわかったものではない。

 

「けど、闇雲に探したところであいつらは中々捕まらないし。ここは妹君のその辺の生徒に訊いてみるのもいいんじゃない?」

 

「たかがすれ違ったり人を探す程度で未来に影響があるとは思えないしな。自分達が未来から来たってことを打ち明けない限りは」

 

「うむ。この際贅沢は抜きにして誰かに尋ねた方がよかろう」

 

「でしたら、あちらの方に訊いてみましょう」

 

 ムラサキさんが指差した先には読書をしていた綺麗な女の子がベンチに座っていた。

 

 周囲に話しかけられそうな人が他にいないっぽいし、ここはあの人に訊いてみるべきか。

 

「で……誰が行くんだ?」

 

 義之が僕達を見ながら聞く。このメンバーで一番うってつけなのは音姫さんか高坂さんが……」

 

「吉井に桜内先輩、お二人で尋ねてください」

 

「な、なんで俺達だよ? こういうのは普通女同士でやるもんじゃねえのか?」

 

「そうだよ。僕達より音姫さんとかの方が遥かに──」

 

「明久よ、それは無理じゃろう。周囲を見てわかったのじゃが、儂らの時代とこの時代の女子の制服は見た目にかなり差異があるようじゃ。じゃから女子では他校の生徒と怪しまれる危険性があるぞい」

 

 秀吉に言われてベンチに座っている少女の制服も付属のものだとわかるが、今の付属とは確かに違いがある。

 

 となると、本校の方もやはり制服は違うのだろう。比べて男子のはほとんど同じ外見だ。怪しまれる確率は男子の方が低めだろう。

 

 なんとなく男子の制服を改良するなんていう考えが今までなかったのかとどうでもいい事が頭を過ぎる。

 

「はぁ、わかったよ。なら行くぞ、明久」

 

「うん。じゃあ、行ってくる」

 

「明久君、ファイト」

 

「うん、それじゃあね」

 

 僕と義之はみんなを待機させ、ベンチにいる女の子に近づいていく。

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

 義之が声をかけると女の子は顔を上げてこちらを見た。

 

「はい?」

 

「えっと……この辺に男子が3人と女子2人が通りかからなかった?」

 

「う~んと、スケベそうな顔で女子に片っ端から声をかけそうな人と、何を考えてるかわからない怪しそうな人、無表情だけどカメラを持って女子を見ればシャッターを押しまくる怪しい感じの男子」

 

「それと、その……かなりスタイルのいい奴と、すごく背のちっこい人形のような女子なんだけど」

 

「えっと……」

 

 やっぱりいきなりこんな断片的な情報は無理があるかと思った時だった。

 

「女子の方は知りませんが、先程元気そうな男の子に声をかけられました。一緒にお茶でもどうですかって」

 

 僕と義之は互いを見合った。間違いない。その男子は渉だろう。

 

「丁重にお断りしておきました」

 

「な、なるほど……それで、その変質者はどちらに?」

 

「また他の女の子に声をかけながら、校舎の方に向かいましたね。あと、それを追ってカメラを構えた人もいましたし……植え込みで何かを調べてる方もいたような……」

 

 そのカメラを構えた人はムッツリーニ、植え込みで調べ物をしていたのは杉並君だろう。

 

 目撃者1人目でいきなり5人中3人の手がかりを見つけるとは。

 

「ありがとう、助かったよ。読書の邪魔して悪かった」

 

「それじゃあ、ありがとうございます」

 

 僕達は軽く頭を下げてその場を去ろうとした。

 

「あの、あなた達は?」

 

「「えっ?」」

 

 えっと……何? まさか、僕達が風見学園の生徒じゃないってバレた?

 

 いや、風見学園の生徒だけど……この時代とは違うし。

 

「え?」

 

「へ?」

 

 向こうがいきなり疑問符を浮かべた。一体何だろう?

 

「あ、いえ……ごめんなさい。なんでもないです」

 

「えと、そう? じゃあ僕達はこれで」

 

 よくはわからないけど、これ以上会話をするのは危ないかもしれないのでさっさと退散だ。

 

 僕達は駆け足で待機しているみんなのもとへ戻った。

 

「明久君、お帰り~」

 

「お帰り。どうだった、義之」

 

「おまたせ。収穫ありだった。杏と茜はわからんが、他の3人はまだ学園内をフラついているらしい」

 

「流石に外に出るほど軽率な真似はしてないか」

 

「杏と茜はどうかはわかりませんけどね」

 

 もし学園から離れたら見つけるのはもはや絶望的だっただろう。

 

「とりあえず、フラフラ歩き回るより最初の場所で待つべきだろ。流石に用が済めばみんなそこに戻るだろう」

 

「うん、坂本君の言う通りだね。帰るにはあの扉をまた通らないとならないんだし」

 

「じゃあ、ひとまずあの扉の方へ向かうか」

 

 僕達は最初にこの時代へやってきた場所へ向けて移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよう。遅かったではないか」

 

 さっきの扉の近くまで来ると探してた顔が全員分あった。

 

「珍しいからって、はしゃいじゃって~。どこ行ってたんだ?」

 

「もう待ちくたびれたよ~」

 

「結構時間かかったじゃない」

 

「……急いでコンピュータにアップしたい」

 

「……お前らを探しに行ってたんだよ」

 

 拳を震わせながら義之が怒り混じりに呟いた。

 

 うん、その気持ちはわかる。君達が心配でみんな必死に探し回ったっていうのに、その態度はないんじゃないかな。

 

「やれやれ、戻ってきて正解だったわ」

 

「まったく、人騒がせですわね」

 

「でも、見つかってよかった~」

 

 高坂さんもムラサキさんも小恋ちゃんも、見つかってほっとしていた。

 

「ははは、悪ぃ。つい本気を出しちまってさ。でも誰も相手にしてくれなかったんだよぉ! こっちの時代ならイケると思ったのに!」

 

 渉のその自信はどこから出てくるのか。ていうか、君は今回は小恋ちゃんにのみ全力を注ぐみたいな事を言ってませんでしたっけ?

 

「俺も、この時代の貴重な情報が収集できたぞ。こいつは検証結果が楽しみでたまらん」

 

 杉並君は一体何のデータを集めていたのやら。

 

「とりあえずそろそろ戻るぞ。あんまり長居するもんじゃねえだろ」

 

「そうだね。生徒会のお仕事も途中だし」

 

「あ、私も保健委員のお仕事が……」

 

「というわけだし、一旦戻ろうか」

 

「え~。私はできることなら、もうしばらく残りたいんだけどな~」

 

「ななかちゃん、これ以上は流石にマズイと思うんだけどね。時間保護法的に」

 

「そんなのあるの?」

 

「ゲームじゃよくあるんだけどね……」

 

 そんな会話をしながら明るいまま扉へと向かっていった。

 

 けど、そんな空気がこの後すぐに崩れるとはこの時の僕達は思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『………………』

 

 長い沈黙が場を支配していた。

 

 扉のあった場所に戻ってきたはずの僕達だが、その場にはあるはずのものがなかった。

 

「えと……ここだったよね?」

 

「扉……消えてますね」

 

 音姫さんや由夢ちゃんの言う通り、あったはずの扉がただの壁になっていた。

 

「えっと……ここだっけ? 扉あったの……」

 

「そ、そのはずだと思うんだけど……」

 

「校舎を間違えたんじゃない?」

 

「でも、確かに扉は付属の校舎だったと思いますが……」

 

「じゃあ、階を間違えたとかじゃねえのか?」

 

「おい、どうなんだ? ムッツリーニ、杉並」

 

 他のみんなも当たってほしくない予想を頭から振り払うように杉並君にムッツリーニ、杏ちゃんに視線が注がれていった。

 

「うむ。参考資料のためにデジカメにおさめてある」

 

「……俺も一応撮ってある」

 

「間違いないわ。確かにここの校舎、この階、この場所だったわよ」

 

 ものすごい記憶力を誇る杏ちゃんまでもが言うのだ。扉のあった場所はここで間違いないだろう。

 

「しかし、そうだとしたら何故扉がなくなっておるのじゃ?」

 

「さあ?」

 

「さあって……杏ちゃん」

 

 それからしばらくして、再び沈黙が場を支配する。

 

「ねえ、これってつまり……?」

 

 流石のななかちゃんも笑えない予想が頭に浮かんでいるようだ。うん、恐らくだけど……

 

「簡単な話だ。俺達は、こちらの世界に取り残されてしまった……それだけのことだ」

 

 誰もが考えたくもなかったであろう予想を杉並君は平然と言ってのけた。

 

「え、ええええぇぇ~~~~!?」

 

 杉並君の予想に驚いた小恋ちゃんの悲鳴が響き渡るのを僕達はただ呆然と聞くしかできなかった。

 


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