バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第二十四話

 学校帰り……。と言っても、途中でななかちゃんを送ったので結構遅めの帰りとなった。

 

 放課後色々あって、ななかちゃんの事は心配だったけど、まああれだけ元気さが戻ったのなら大丈夫だろう。

 

 そして僕は吉乃家の食材がそろそろ底を尽きそうだということを思い出してスーパーに寄ろうと商店街へ向かっていた。

 

 入れば商店街はすっかりクリスマスムードが高まっていた。所々にクリスマスツリーが飾られており、多量のイルミネーションがあちこちの店で装飾されていた。

 

 街中にはジングルベルのBGMがループして流れてクリスマス気分は更に高々となってくる。

 

 加えてここぞとばかりに甘い空気を出すカップル達も見かけられる。中にはうちの学園の生徒もいる。

 

 あそこまでピンク色の空気に当てられるとちょっと迷惑だと思わないこともないけど。そんな妬みが頭の中に浮かんでくる。

 

 自分の中から込上がってくる嫉妬の感情を抑えて買い物に行こうと歩行を早めようとした時だった。

 

 横目である一点を見た。そして見知らぬ横顔を見つけた。集中して見ようとしなければ見つかりそうにないほどの影になってる部分に。

 

 揺れる綺麗なアッシュブロンドの髪の毛。真珠のように艶のある白い肌とルビーのような紅い瞳。思わず見惚れてしまうほどだった。

 

 僕はそこに用なんてないのに思わずそっちへ足を向けて歩いて行った。

 

「こんにちは」

 

 僕は影に敷いたレジャーシートの上にちょこんと座っていた女の子に声をかけた。

 

「え?」

 

 女の子は僕が声をかけたことに驚いたのか、キョトンとした表情で声を上げた。

 

 そして、その整った顔がこっちを振り向いた。うん、影でもすごいのに、真正面を向いたらより可愛いと思えてしまう。

 

 綺麗なアッシュブロンドの髪の毛を揺らしながらそのルビーのような瞳で僕を見つめた。

 

「あのぅ……吉井明久です。よろしく」

 

 第一声で自分の自己紹介ってどうかと思うけど、なんとなく言ってしまった。

 

「あ、あたしはアイシア。よろしくね」

 

 綺麗な女の子、アイシアさんは僕の自己紹介に素直に笑顔で自己紹介を返した。

 

「えっと、アイシアさんって学生?」

 

 見た目からして僕らとあまり変わらない、というか年下にも見える。

 

「ううん。こう見えても、学校はだいぶ前に卒業したから」

 

 ていうことは少なくとも4つは年上ってことか。失礼ながらちっともそうは見えない。

 

 流石に姫路さんのお母さんまではいかないけど、それでも結構幼く見える。それに、そのギャップが前者とさくらさんを連想させるな。

 

「ところで君はあたしに何か用? もしかして、ナンパ?」

 

 ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて僕に尋ねてきた。

 

「ち、違いますよ。ちょっと珍しいものを見かけたから興味本位で見に来たって感じですよ。えっと……アイシアさんって呼べばいいですか?」

 

「アイシアでいいよ。そっちの方が気楽だし、敬語も使わなくていいから」

 

 見た感じ、北欧系の女の子だし。外国人ならではのフランクさなのか、その辺りはリンネ君を連想させた。

 

 外国の人って、基本的に気さくっていうか……フレンドリーなのかな?

 

「じゃあ、アイシアちゃんで」

 

「うん。えっと、あたしは明久君って呼べばいいかな?」

 

「うん。好きに呼んでくれればいいよ」

 

「じゃあ、明久君で。よろしくね」

 

 にっこりと微笑んでアイシアちゃんが僕の名前を呼んだ。

 

「それで、アイシアちゃん。今更なんだけど、これは何かな?」

 

 僕はアイシアちゃんの周りに置かれているいかにも手作りな玩具などを並べていたものを指差して尋ねた。

 

「え? 見てわかんない?」

 

 いや、多分そうなのかなって思うところはあるけど、イマイチ自信が出てこない。

 

「えっと……フリーマーケットっすか?」

 

「うん♪」

 

 まあ、普通はそうだよね。値札とかないけど、こんなところでこんな大量の手作り玩具を見れば普通はフリマを想像するだろう。ただ、その──

 

「それ、売れます?」

 

「……うぅ」

 

「うわぁ~! ごめんなさい! でもこれ、ほら。可愛いと思うよ! この羊とか!」

 

「羊じゃなくて馬です……」

 

 一瞬にして泣きそうなほどアイシアちゃんの表情が曇って僕は手近にあった玩具を手に取って必死に慰める。失敗しちゃったけど。

 

「せっかく、もうすぐクリスマスだって言うのに、誰も玩具に興味を示さないんだよ~」

 

「そ、それは……困ったな~」

 

 目を泳がせながら適当な事を言った。この時代の子供なら大体はゲームとかそういうものを欲しがるよね。僕もそのひとりだし。

 

 外国の、機械的な技術が発達していない所なら多少は売れるかもしれないけど。

 

「北欧や南米だと、いっぱい子供達が集まってきたのにな~」

 

 アイシアちゃんが少し寂しそうに木でできた車を手で動かす。

 

 う~ん。僕もあまりこういった玩具には興味ないけど、この手作り感とか見た目の可愛さとかはなんとなく目を引くものがある気がする。

 

「へ~……色々あるんだね」

 

 車とか、人形とか、家とか、動物など色んな形の木でできた玩具を見て、時々手に持ったりしてじっくり観察する。

 

 なんだか、どの玩具も見れば懐かしい感じがするし、手に持てば温かさが流れるような感じがした。

 

「あ、それ……」

 

 僕が馬の玩具を手に取ると、アイシアちゃんが声を上げた。

 

「ん? これがどうかした?」

 

「あ、なんでもないよ。それ、気に入った?」

 

 気に入ったっていうか、持ってるとなんとなく心地いい気がするんがよね。

 

「まあ、そんな感じかな?」

 

「じゃあ、買ってくれる?」

 

 う~ん……あまりこういう玩具を買う気はないんだけど、これだけの手作りの玩具を作ったのはアイシアちゃんなんだ。

 

 これだけ作るのに一体どれだけの時間と労力を必要としていたのか、そしてそれを売る時の大変さはどれほどなのか。

 

 これだけのものを一生懸命作ったのだからアイシアちゃんもできれば買ってほしいだろう。

 

「えっと……いくらかな?」

 

「えへへ。300円になります」

 

 笑顔を浮かべてアイシアちゃんが掌を差し出した。僕はその上に100硬貨を3枚のせて馬の玩具を買い取った。

 

「まいどあり~♪」

 

 弾んだ声と共にアイシアが300円を握った。

 

「大切にしてね。それ」

 

「うん」

 

 あ、そうだ。彼女も都合もあるだろうけど。

 

「アイシアちゃん。明日から風見学園でクリスマスパーティーやるの知ってる?」

 

「え? うん、知ってるよ。あたし、風見学園に通ってたことあるもん。といっても、1年だけだけどね」

 

「あ、じゃあ先輩なんだ」

 

「うん。それで?」

 

「明日からクリパだからアイシアちゃんも来てみればって思って。まあ、都合悪いなら無理にとは言わないけど、よければ僕も案内するから」

 

「う~ん……」

 

 アイシアちゃんは少し考える素振りを見せて、

 

「うん、考えとくね」

 

 すぐに笑顔でアイシアちゃんは答えた。

 

「それじゃあ、僕は買い物があるから」

 

「うん。またね」

 

 手を振ってアイシアちゃんから離れる。見えなくなるまでアイシアちゃんは僕を見つめていた。時折僕も振り向いてその姿が見えた。

 

 クリスマスパーティー、来てくれるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺、土屋康太の放課後は忙しい……。

 

 日中では授業もあることから、よほどの急用がない限りは大人しくしている。

 

 しかし、休み時間や放課後になれば校内を歩く美少女などを写真におさめようと日々努力を怠らず、修行もかねて写真撮りに明け暮れていた。

 

 しかし、本日の土屋康太の仕事は残念ながら女を写真に撮ることではなかった。

 

 実は数日前、我が盟友、杉並からの依頼があった。

 

『同志土屋よ。お前には今回、ある任務を頼みたい。今学園中で怪談が流行っているのは知っているな? 同志土屋にはその怪談をすべて聞き、それぞれの怪談の真相を探ってもらいたい』

 

 なにゆえに怪談の聞き込みなどしなければならないかと億劫だったが、杉並の話では──

 

『その怪談に出てくる幽霊と、それに巻き込まれた生徒というのがほとんど美少女の生徒だという。故に、ほとんどの怪談が女子の間で流行っている。だから同志土屋よ、全ての真相をあばき、しかとその目で噂の幽霊をその写真におさめてみせよ!』

 

 美少女という単語が入り、思わず俺はふたつ返事でその依頼を引き受けてしまった。

 

 こんなものは俺の専門職ではないが、依頼料として別の学園の美少女のリストも取ってくれるそうなので後のデータ収集のために今回はと協力していた。

 

 そして、数日前から女子の集団の死角から写真を撮りつつ手近にある盗聴器も使って女子達の会話を盗み聞きし、情報収集を始めた。

 

 どんな怪談かと言えば、『血まみれの旋律』、『トイレの開かずの扉』、『呻く人体模型』、『旧焼却炉の怪』、『屋上のA子さん』、『昇降口の子供達』、『姿見の噂』。

 

 大体がどこの学校にでもあるようなものもあるが、内容はやたらとグロイ。俺でも割と怖いと思うくらいだった。

 

 そして最後に、この七不思議の内容を全部聞いた者は幽霊に会えるという噂もある。

 

 そのために、迷信だと思いながらも女子は怪談の情報を集めるが、たいていは2つか3つで内容が濃いあまりに挫折してしまう。

 

 頑張っても最高6つ目で挫折してしまう者もいた。俺はそのような妄言など女子が校庭で着替えているという言葉に比べれば信じるに値しない。

 

 なので七つの怪談を全て聞いたが、幽霊などやはり見えることはなかった。なので所詮は噂かと嘆息した。

 

 とにかく、これで杉並の依頼は果たした。俺は杉並に報告しようと非公式新聞部の部室へと足を運ぼうと怪談の踊り場を通った時だった。

 

「……ん?」

 

 ちょうど角の所でしゃがみこんでいる少女がいた。外見だけなら中々の美少女だ。

 

 しかも、しゃがみこんでいるから……見え、みえ……みえ…………などと言ってる場合じゃない。

 

 この時間はもうほとんどの生徒は残っていない筈。その上、この少女のことは見たことがない。

 

 これだけのレベルならこの俺が忘れるはずもない。覚えている限りの全校重要レベルの美少女のリストを脳内で検索するがヒットするものはなかった。

 

 一体この女は何者? そして何故こんな所にいる? 単に体調が悪いだけなのか。そうなら一応家か保健室に送ろう。

 

 このまま部室に戻る姿を見られても後で困ることになる。

 

「……どうかしたのか?」

 

「…………」

 

 俺は声をかけるが、少女からの返事はなかった。

 

「……何をしている?」

 

 今度は耳元で声をかけた。

 

「……へ?」

 

 ようやく反応した少女の声はかなり幼げなものだった。

 

 少女が顔を上げるとパッチリとした大きな瞳と、アイスグリーンの髪が揺れた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 互いにしばらくの間見つめあった。

 

「……大丈夫か?」

 

 俺は体調を診るために肩に手を置いた。

 

「わわっ!?」

 

 少女は驚いたのか、肩に置いた手を見てから俺の顔をじっと見た。

 

「あの、私が……私が見えてますか?」

 

「ん?」

 

 何のことかわからなかった。何か視覚を欺くための仕掛けをしたつもりだったのか?

 

 にしては何もそれらしい仕掛けなど見当たらない。少女の言っている事がわからなかった。

 

「だから、あなたに私の姿が見えてますか?」

 

「……見えてなければ声などかけていない」

 

 これが率直な感想だ。するとぐいっと、身を乗り出してきた。

 

 そして俺の腕を掴んでまるで逃がさないようにしているようだった。

 

「……うわ~」

 

 少女は何かに感動したように自分の手が触れてる俺の手をじっくりと見つめていた。無邪気な笑顔、この手が塞がっていなければ是非とも写真におさめたい。

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

「私、小鳥遊まひるって言います! 付属の1年生です! 小鳥が遊ぶって書いてタカナシに、平仮名でまひるです!」

 

「……付属3年、土屋康太」

 

「ってことは、先輩なんですね。先輩って呼んでいいですか?」

 

「……好きにすればいい」

 

 やたらと人懐っこいやつだ。しかも、控えめではあるが、いい感触が俺の腕に。工藤といい勝負のくっつき具合だ。

 

 邪気がないぶん、工藤よりも強敵かもしれない。

 

「それで、小鳥遊は……」

 

「まひるでお願いします!」

 

「……まひるは何をしていた?」

 

「はぁ、よかった~。先輩に会えて」

 

 会話のキャッチボールができていなかった。さっきから何を喜んでいるのだ。

 

 こちらとしてはこの愛嬌たっぷりの少女の行動ひとつひとつが撮影するに値するものばかりなので嬉しい限りなのだが。

 

「もう一度聞くが、ここで何をしていた? 何か困っているのか?」

 

「はい。もう困りまくりですよ。例えるなら……お財布の中に500円玉があると思って、意気揚々と(中略)だった事に気がついた時くらい困りまくりです!」

 

 いやに長い例え。そして異常に高いテンション。見ていて飽きることはない。撮影対象として1・2を争うほどだ。

 

「あの、実はですね、先輩」

 

「何だ?」

 

「私、幽霊なんですよ!」

 

 …………。

 

「もう、会う人、会う人、誰も私に気づいてくれなくて。だから、先輩が私に気づいてくれて、本当に嬉しいです!」

 

「……幽霊?」

 

「はい!」

 

 俺の疑問にまひるが笑顔で答える。

 

 何故に自分を幽霊だと自称する。怪談が流行っているからそう言ってからかう少女が出始めたか?

 

「あ、信じてませんか?」

 

「……証拠がない」

 

「私は嘘がつけない性格です!」

 

「……」

 

 物的証拠にはなりえないが、何故かその言葉には説得力がある気がする。

 

「……壁をすり抜けるとかはできないのか?」

 

「できますよ?」

 

「……是非」

 

 これでもしこの女が壁をすり抜けるという現象を見せれば幽霊と認めざるをえまい。

 

「へっへ~。それでは、今からこの壁を通り抜けます! と言っても、手だけですけど」

 

 少し頬を染めてまひるは壁に手を当てて、力を込めた。

 

「ん、んんん~」

 

 意識を集中させ、数秒もすると手がゆっくりと壁の中に入り込んだ。

 

 手品でもなんでもない。コンクリートの壁をまるで粘土のごとく手をずぶりとめりこませた。

 

「えへへ、どうですか?」

 

「……怪奇現象」

 

 確かにこれならば幽霊と認めざるをえまい。これでこの少女が幽霊だという確証が持てた。

 

 このような業は流石の俺でも無理だ。

 

「えへへ~。私に恐れおののいてもいいですよ?」

 

「……それは無理」

 

「うわ。即答ですね」

 

 ここまで邪気のない幽霊を怖がれというのは無理な話。いや、例え邪気があろうと幽霊であろうと、相手が美少女なら俺はいつでも大歓迎。

 

「ふう……あれ? あれれ? うわわ!」

 

「……どうした?」

 

「う、うぅ……手が、手が抜けません~。どうしよ~」

 

「…………」

 

 俺は元々寡黙な方なのだが、この状況を見て更に口を閉じた。

 

 ここまで能天気な幽霊がいるのだろうか。いや、今目の前に存在しているのだが、これを幽霊と表現していいものか。

 

「う~、大ピンチです。大ピンチですよ先輩~。例えるなら、飛び乗った満員電車の中で(中略)ってくらい大ピンチですよ~!」

 

 またも長い例え話を聞いて本当に幽霊なのか再び疑わしくなっていく。

 

「……とにかく手を入れるために力を込めたならその時と同じようにして反対のイメージを浮かべればいい」

 

「あ、そうですよね。ん、ん~!」

 

 それからまひるの手が抜けたのは10分後だった。この力、盗撮に使えまいかと思ったが、タイムラグが激しいために実践では使えないと判断して断念した。

 

「ふぅ……抜けました~」

 

 ようやく抜け出したまひるは床にへたり込んで肩を揺らしていた。

 

「それで、さっきから聞こうとしたが、お前は何に困っている?」

 

「あ、そうでした! その、出会ったばかりの方にお願いするのは厚かましいと思うのですが……その、私を成仏させてください!」

 

 ぐっと、力を込めて俺に向かって言った。

 

「……成仏?」

 

「はい!」

 

「……何故成仏なんてする?」

 

「へ?」

 

 ぽかんとした表情でまひるが首を傾げた。

 

「未練があるからそれを探したい。成仏したいなどというからにはそれが理由なのはわかる。だが、それを成し遂げた先に何がある?」

 

 死んでるからと言って天国や地獄に行かなければならないなどという決まりなどけっしてない。

 

 俺も幾度か死線を彷徨っていたことがあるからわかる。本当に死ねば、その先は果てしない無だ。

 

「死んだからと言って天界に行かなければならないなどという法はない。死んだからといってやりたいことが全部なくなるわけではない。触れることはできずとも映画を楽しむなり色んな国に行ったりとやれることはいくらでもあるだろう」

 

「…………」

 

「それでも成仏を頼みたいのなら引き受けてやらないでもない。まずはお前の本当にしたいことを見つけろ。明日はクリスマスパーティーだ。たくさんの人間を見て自分をみつめる機会もあるだろう。その時にでも答えを見つければいい」

 

 俺はそれだけを言い残してまひるを置いていき、踊り場を去った。

 

 あいつがどんな道を選ぼうと、俺はまひるの手伝いをしたいと思った。そうすることで、俺の中でまた何かが満たされる気がしたから。

 


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