バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第二十三話

 

「ふわぁ……真っ白だ」

 

 少し遅めに起きた僕は通学路を歩いていた。

 

 次ぐ悪路は昨日の夜中あたりから降り出したのか、今朝はもう街が雪で真っ白に覆われていた。

 

 静かに降り続く雪と、風に煽られて雪の中に紛れて舞う桜の花びら。ギャップというか、妙な光景だ。

 

 まあ、普通見ることのない景色でこれもありかなという思いも出てくる。幻想的というべきなのか、僕個人は好きなんだけど。

 

「明久君」

 

「へ? あ、ななかちゃんと小恋ちゃん」

 

「おはよう」

 

「おはよ~」

 

「おはよう。でも、小恋ちゃんは珍しいね。僕よりは結構早い方だと思ったけど」

 

「遅いって言っても、まだ十分間に合う時間だよ」

 

「まあ、そうなんだけど」

 

「それにしても雪だね~」

 

「うん」

 

「雪だね~」

 

 2人共雪が降っているのが嬉しいのか、結構浮かれて見える。

 

 僕も近年ここまで雪が降るところを見たことがないので雪合戦をしたくなってくる。主に雄二に目いっぱい投げつけて雪だるま状態にしたいくらいだ。

 

「このまま振り続けて、ホワイトクリスマスになればいいのに」

 

「だよね。そうすれば雰囲気もバッチリだもんね」

 

「それはロマンチックだね」

 

 そう言ってななかちゃんが僕の隣に歩み寄ってきた。

 

 僕達は静かに降る雪を堪能しながら登校した。

 

 門の近くまで来ると、楽しそうに会話をしていたななかちゃんが止まった。もちろん、会話もここで切れた。

 

 どうしたのかと尋ねようとして門前の方に視線を移すと、そこには数人の生徒。以前ななかちゃんを追い回していた手芸部の人達だった。

 

「あれって、手芸部の……」

 

「諦め悪いなぁ。まだななかを追いかけてるんだ」

 

「まだって……また追い回されてるの?」

 

「うん。ちょっと前にも軽音部の方まで転がりこんできて練習できなかったんだよ」

 

「はぁ~~」

 

 小恋ちゃんの言葉に思い出したのか、ななかちゃんも暗い表情で溜息をついた。

 

「どうする? ななかちゃん」

 

「……もう、いい加減追い掛け回されるのも飽きたよね」

 

「そりゃ、毎回逃亡すればね……」

 

「最初は面白かったんだけど」

 

「じゃあ、ミスコンに出るの?」

 

「ううん」

 

「「へ?」」

 

 観念するかと思えばまさかの否定の言葉に僕と小恋ちゃんは揃って間抜けな声を出した。

 

 そしてななかちゃんはツカツカと待ち構える手芸部の生徒の前に向かっていった。

 

 万が一があると困るから僕達もその後に続く。もしものことがあれば生徒会メンバーとしての権限を使おう。

 

 まあ、そんな権限がある覚えはないけど、メンバーなのは確かだからなんとかなるだろう。

 

「白河さん。観念してくれましたか?」

 

「ううん。でも、今日は逃げないよ」

 

「どういう意味です?」

 

「ミスコンに出場する件、考えておく」

 

「え? いいの? ななかちゃん」

 

「ふふ。一応、考えるだけだけどね」

 

 あ、そういうことか。

 

「ほ、本当ですか?」

 

「うん。ただし、出るかもしれないし、出ないかもしれない」

 

「いや、もう考えてくださるだけで、大きく前進ですよ!」

 

 手芸部はそう言い残して仲間を連れて早々にその場を去っていった。

 

 あれ、ななかちゃんが出ようが出まいが衣装を持って待ち伏せていそうな気がする。

 

「ふ~、やれやれ」

 

「くすくす。確かにああ言えば、しばらく大人しくしてくれるよね」

 

「考えたね、ななかちゃん」

 

「まぁね」

 

「でも、一時しのぎでしかないだろうから近いうちにまた別の対策考えた方がいいよ」

 

「うん、そうだね。あ、それじゃあ小恋も出てみれば?」

 

「へ?」

 

「だって、小恋可愛いもん」

 

「そ、そんなこと! 月島は全然全く無理です、ハイ!」

 

 ななかちゃんの突然の提案に小恋ちゃんが若干テンパっていた。

 

 すると去っていったはずの手芸部の1人が戻ってきた。

 

「無論、月島さんにもオファーを出していますがまだ色良い返事はもらえてないのです」

 

「あちゃ……」

 

「小恋ちゃんも頼まれてたの?」

 

「なんだー。そうだったの」

 

「あ、いや、あの……でも、キッパリ断ったんですけど~」

 

「我々は、ミスコン当日まで、諦めませんからー!」

 

 手芸部の1人は声高らかに宣言すると爽やかな笑顔で去っていった。

 

 まあ、考えてみれば小恋ちゃんも美少女だし、誘いが来ないとは思えない。ちょっとしつこい気がしないでもないけど、美少女が舞台で華やかになる瞬間がみたいのは男なら当然だ。

 

 だから実を言えばあの手芸部の根性は正直嫌いじゃない。

 

「やるねー。流石小恋」

 

「いや、だから、断ったんだってば~。そ、それに、ななかの時みたいに追い掛け回されたり、しつこく言われてないもん」

 

 まあ、小恋ちゃんだったら下手すれば留置所まで送られそうだもんね。ななかちゃんはちょっと楽しんでる節があるから遠慮なしに追い掛け回してたんだろうけど。

 

「それは私が逃げてたから」

 

「ううん。それにしたって、あんなにしつこくは勧誘されてないもん」

 

「でも当日まで諦めないって言ってたよ」

 

「確かに、また来そうだね。ななかちゃんに対する執念を考えると」

 

「だ、だから、私は出ませんし、ハードルが高すぎて出られません」

 

 あくまでななかちゃんの方が人気があってモテるということを強調して逃げたいようだ。

 

「そっかぁ。残念」

 

 ななかちゃんも流石にこれ以上はというのと、小恋ちゃんの性格を知ってるからか、説得を諦めた。

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

 そして、ななかちゃんが説得を諦めたと同時にチャイムが校庭に響いて──

 

「って、しまった!」

 

「ふぁ~、予鈴が~!」

 

「結局ギリギリになっちゃったね」

 

 僕達は教室に向かって一斉に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリパの準備は大分いいところまでいった。

 

 かなり切羽詰っていたものの、みんなの頑張りがあってどうにか本番には間に合った。

 

 義之も、毎晩音姫さん相手に練習もしていたからね。僕は同じクラスだからと巻き込まれそうになったけど、そこは音姫さんの性格を利用して逃げました。

 

 まあ、演劇部のホープたる秀吉も交えて練習した甲斐があってか義之の演技はかなりいいところまでいってる。

 

 この調子ならクリパは大丈夫だろう。ただし、杉並君やムッツリーニの動向が非常に気になるが。

 

 まあ、だから現在も彼らの行方を探しているんだけど。それが中々見つからない。とりあえず生徒会室へと行こうかと思った時だった。

 

「──聞こえなかったのですか?」

 

 唐突に僕の耳に少々刺を含んで、そしてどこまでも届くような鋭い声が聞こえてきた。

 

「──なさいと言っているのが、聞こえないのですか?」

 

「何だろう?」

 

 気になって声の聞こえた方へ足を運ぶとムラサキさんの姿が見えた。

 

 苛立っているのか、ムラサキさんの表情にかなりの慍色が浮かんで見えた気がした。

 

「──いいだろう?」

 

「──いこうよ。な?」

 

 そしてムラサキさんの正面には何人かの男子生徒が立っていた。

 

「……不愉快ですわ。何度も申し上げております。私は、あなた方と一緒にゆくつもりはありません」

 

「まぁまぁ、そう言わないで。楽しませてあげるからさ」

 

「そうそう。俺達が初音島のいい所を、いや、日本のいい所を、い~っぱい教えてあげるからさ」

 

 どうやらナンパのようだ。何年かはわからないけど。

 

 まあ、ムラサキさんの容姿ってかなり男を引きやすいからね。どの学年でもムラサキさんを誘いたい人も出てくるだろう。

 

「んじゃ、明日どう? 明日のクリパ! 俺らと一緒に回らない?」

 

「あ、いいねそれ! それに決まり!」

 

 男達はムラサキさんの話などまるで聞いていなかった。そんな中でムラサキさんの表情がどんどん険しくなっていく。

 

「いくらでも奢っちゃうから、期待しててよ」

 

「お前、な~に言ってんだよ。エリカちゃんはお姫様だぞ? 金持ちなんだから、お前なんかに奢ってもらわなくでも大丈夫だろ」

 

 そして馴れ馴れしくもちゃんづけ。お姫様だってわかってるなら少しは態度に気をつかいなよ。

 

「あはは、そっかそっか! では、エリカ姫、お手をどうぞ……なんてな!」

 

 貴族か王子様の真似事だろうが、あれは酷すぎる。秀吉が見たらどんな苦情を出すことやら。

 

 そしてその態度がムラサキさんの琴線に触れてしまったのか、ムラサキさんの身体が怒りに震えていた。

 

「……低俗な方には、何を言っても無駄ですわね」

 

「え? なになに? どっか行きたいところとかあるの?」

 

 あの男は何を言っているのやら。今の台詞が聞こえなかったのかな。すっごい無神経。

 

「お断りします」

 

「何で? 誰かと回る予定とかしてるの?」

 

「別に……誰とも予定しておりません」

 

「じゃ。フリーってことだろ? だったらいいじゃん。俺らが相手してあげるから」

 

「ふんっ……何様のつもりかしら?」

 

「うん? 何だよそれ」

 

 今度の言葉は聞こえたのか、ムラサキさんにナンパした男子生徒達が不快げに眉をひそめた。

 

「とにかく、私は結構です。あなた方と遊びに行くつもりもありませんし、クリスマスパーティーもあなた方の案内は必要ありません」

 

「何だよ……せっかく誘ってやってんのに」

 

 なんだかちょっと逆ギレしてるな。まるで誘いを断ったムラサキさんが悪いように言ってるし。

 

「あなた方の誘いなど、いただかなくて結構です。わかったら、お引き取りください」

 

「お嬢様だか、お姫様だか知らねーけど、何すました態度取ってんだよ」

 

「ふん。高くとまりやがって」

 

「お黙りなさい、野蛮人」

 

「……は?」

 

「今、なんつった?」

 

 ムラサキさんの一言にナンパ生徒の顔色が変わった。

 

「聞こえなかったのですか? 私はあなた方のような野蛮人と付き合うつもりはない。そうはっきりと申し上げたのですわ」

 

 あれは流石にマズイ。ここまで来たらああいったナンパ男はどんな行動をとるか。

 

「それとも、あなたの顔についているその耳は、ただの飾りですか? でしたら、そんな無駄な物など、さっさと取り除いてしまいなさい。邪魔です」

 

「何だと!」

 

「その空っぽの頭でも理解できたのなら、さっさと私の前から立ち去りなさい!」

 

 強く言い放ったムラサキさんだけど、見れば少し肩が震えていた。

 

 最初は怒りによるものかと思ったけど、いくら強気な態度でいても、ひったくり犯を投げとばすほどの強さを持っても、彼女はあくまで女の子なんだ。

 

 こんな状況に不安を感じないなんてことは決してないんだ。

 

「テメェ……」

 

 ナンパ男の方はムラサキさんの言葉で頭に血が上ったのか、かなりヤバげな状態だ。

 

 いくらなんでもこのまま放っておけばそれこそマズイことになるな。流石にこれ以上の傍観はやめだ。

 

「あ、ムラサキさん。こんな所にいたんだ」

 

 かなりわざとらしいけど、僕はムラサキさんのもとへ姿を現した。

 

「なっ!? 何だお前」

 

 第三者が来たからなのか、僕を驚いた表情で見るナンパ男達とムラサキさん。

 

「えっ!? あ、あなた……吉井……」

 

「ああ、やっと見つかったよ」

 

「んだよ、お前には関係ねえだろ。向こう行ってろ」

 

 すぐにナンパ男が表情を険しくして僕を睨みつけてきた。

 

「そうは言っても、流石に彼女困ってたわけだし。なんかまずそうだったから」

 

「べ、別に私は──」

 

「それに、クリパの誘い断られたみたいだけど。それでも彼女に何か話でもある?」

 

 ムラサキさんの言葉を遮ってキツイ一言を放った。

 

 しつこく誘って断られた挙句、野蛮人と罵られたのだ。その事実に全員が複雑そうな表情を浮かべる。

 

「テメェ……」

 

「ああ、これ以上しつこくつきまとうなら僕が相手になるけど?」

 

「何だと……テメェには関係ねえだろうが」

 

「関係あるよ。だって……僕も生徒会のメンバーだから」

 

「はぁ? テメェみたいなバカ面な生徒会役員がいるかよ」

 

 ……うん。もうバカって言われるのには慣れたよ。

 

「まあ、入ったのはつい最近だからね。でも、これ以上何かやるようなら生徒会権限つかってそれ相応の罰を受けてもらうよ」

 

「ふざけんな。テメェにそんな権限があるかよ」

 

 う~む、これで怯んでくれると助かったんだけど。流石にこのハッタリは無理か。

 

「じゃあ、いっそここで話でもつけようか? それとも、物陰でする? 僕は一向に構わないけど?」

 

 あとで音姫さんや高坂さんにひどく怒られそうだけど、こういった輩には実力行使もやむを得ないと思う。

 

「そうかよ。なら遠慮なく──」

 

「ま、待て」

 

 いざ荒事がと思うと、ナンパ男の仲間が止めに入る。

 

「何だよ。お前、コイツにビビってるのか?」

 

「い、いや……コイツ、どっかで見た気がしたんだが。3年の吉井先輩だ」

 

「吉井……げっ!? 2・3階から飛び降りても平気な面して不良をボコして、トラックに轢かれてもかすり傷程度で済ましたあの化物か!?」

 

 一体あの噂にどんな尾ひれがついたのか。まあ、そのおかげで向こうは躊躇ってくれたようだ。

 

 ナンパ男のひとりが僕を恨めしそうに睨みつけてから、

 

「ちっ、行くぞ」

 

 そう言って他のナンパ男を連れてその場を去っていった。とりあえずは難を逃れたようだ。

 

 奴らの姿が完全に見えなくなったところで僕はムラサキさんの方へ向き直る。

 

「えっと、大丈夫?」

 

「えっ!? あ、なに?」

 

 まだ僕がこの場にいたという状況についていけなかったのか、僕が声をかけるとびっくりして視線を合わせた。

 

「ん、大丈夫かなって。途中からだったんだけど、さっき以上の事はなかったかなって」

 

「だ、大丈夫に決まってるでしょ。べ、別にあなたの助けなど必要ありませんでしたわ。あんな低俗な方々など、私ひとりでどうとでもできました。ええ、もちろんですとも」

 

 すごい強がってるけど、かすかに震えてる肩が彼女の言葉とは反対方向へ訴えていた。

 

 考えてみれば異国の地にたったひとりで頑張っているのだ。不安になるななんてのが無理だろう。それゆえの強がり。

 

 なんか誰かと似てるんだよなぁ。

 

「……な、何よ?」

 

「いや、何かムラサキさんって……僕の友達と似てる気がするんだよね」

 

「友達って……誰ですか?」

 

「いや、誰っていうと……」

 

 海外から日本に来て知音もいなく、慣れない日本で四苦八苦して……それでも頑張ってる女の子。

 

 ……あ、そうか。

 

「美波に似てるんだ」

 

「ミナミ?」

 

「うん。君と同じく海外から来た娘でね。やけに強がりなところとかソックリだよ。なんというか、ツンデレっていうの? そんな感じ」

 

 うん。この勝気な表情といい、強がりな面といい、結構美波と似てるところが多いんだ。

 

 だからなんとなく姫様だというのを知る以前から友達感覚があったわけだ。

 

「ツンデレ……というのは誰の事を指すのか。教えてくださいませんか?」

 

 背後からいい笑顔で……しかし、目が笑っていないムラサキさんが迫って僕を諦視する。

 

 ああ、この手の女の子には目の前で言うのはアレだった。うむ、どうしたものか。

 

「……さぁて! 今日も杉並君とムッツリーニを探し出すぞ!」

 

「ちょっと待ちなさい! そのツンデレというのが誰を指すのかちゃんと説明なさい! 説明しろ!」

 

 後ろからムラサキさんの声が聞こえたが、今の彼女を相手にしたらなんとなく怖い目に合う気がする。というか、絶対に痛い目を見る。

 

 僕は適当なところでムラサキさんを撒いて逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……どうにか逃げ切った」

 

 僕はムラサキさんから逃げ出し、現在3階の校舎で一休みしていた。

 

「にしても、みんな気分はすっかりお祭りって感じかな?」

 

 見れば意味不明の飾り付けをしている教室や、妙な着ぐるみを着て走り回っている生徒達。

 

 そして所々でクリパの誘いをしている姿やその手の話題で盛り上がっている生徒達が多くいた。

 

「……そういえば、ななかちゃん、クリパで一緒に回るみたいなことを言ってた気がしたけど。どうなんだろう?」

 

 あの時はナンパした男を退けるためについた嘘だけど、ななかちゃん自身はどうなんだろう?

 

 もし、本当に僕と回ってるくれるなら……それはどれだけ夢心地なのか。

 

「調子に乗りすぎなのよ」

 

「すんませんした。自分、調子くれてました」

 

 誰かからツッコミを受け、条件反射で謝った。……あれ? 今のは?

 

「あいつ、いつもあんな調子でしょ」

 

「いい気味だっつーの」

 

「ていうか、あたし、元々あいつ嫌いだったのよねー」

 

 近くで女子が何やら怖い会話をしていた。どうやら僕に向けて言った言葉じゃなかったようだ。

 

「今頃下心ある男子に慰めてもらってるんじゃないの?」

 

「あははー。ありえるー。媚び媚びの笑顔作ってさー」

 

「ムカつくー。学校やめて水商売でもすればいいのよ、あんな奴」

 

 なんというか、誰に対しての言葉かは知らないけど、ああいうのは見てていい気分にはなれないなぁ。

 

 せっかくのお祭り気分を台無しにはしないでもらいたい。

 

 できればクリパ当日は控えてほしいものだ。

 

「ん?」

 

 音楽室の前を通ると扉が開いて、中から人の気配がした。

 

 僕はそっと中を覗いてみる。

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

 中にいたのはななかちゃんだった。いつもと比べてえらいおとなしい気がする。

 

 なんだか、落ち込んでるようにも見えてしまう。何かあったのだろうか?

 

「ななかちゃん?」

 

 思わずノックもなしにドアを開けて一声かけた。

 

「あ、明久君!」

 

 一瞬びくりと肩を震わせたと思うと、笑顔で振り返ってきた。

 

 おかしいな。さっきはどこか辛そうにしていた気がしたけど。

 

「どうかしたの?」

 

「う~ん。ちょっと音楽室通ったらななかちゃんが見えたから」

 

「そうなんだ……」

 

 なんだか、ななかちゃんが妙に落ち着かない気がする。

 

「ななかちゃんはここで何してたの?」

 

「別に。外の雪眺めていただけ」

 

 見ればまた雪が降り出していた。こりゃあ、明日積もるかもしれない。外で店を開く生徒は大変だろうなぁ。

 

 積雪量によってはテントが壊れる、なんて事があってもおかしくない。

 

「そっか」

 

 それにしてもやっぱりどこかおかしい。なんだか、喋り方がすごいよそよそしい。

 

 いつものハキハキとした態度とは打って変わってる。

 

「あ、それじゃ、私帰るから」

 

「え? う、うん……」

 

「じゃあ」

 

 そう言ってななかちゃんが机にあった鞄に手を伸ばした。

 

「あっ!」

 

 ななかちゃんが手を滑らせて鞄を床に落とした。その拍子に中の教科書やノートなどが散らばっていった。

 

「ああ……」

 

「あちゃぁ。大丈夫? 手伝うよ」

 

「あ、いいの、やめて、触らないで!」

 

「‥‥‥‥‥‥何これ?」

 

 落ちたノートの中に開いたものがあり、それには何ページかが破かれていた。

 

 ノート1冊だけじゃない。他のノートや教科書も、同様に何ページか破られていた。

 

「……ねえ、これななかちゃんじゃないよね? 自分で自分のノートを破くなんてしないよね?」

 

「……」

 

 さっき通りすがりの女子生徒達の事を思い出した。まさか、さっきの会話の対象は……。

 

「……あ、あはは。私ってば色々と目立つからー」

 

 少し間を置いて出てきたのはいつもと変わらないよう装ったななかちゃんの言葉。

 

「なんていうか、有名説? そんな感じ」

 

「……なんで? 何でそれでななかちゃんがこんなイジメを受けないといけないわけ?」

 

「さ~? 私にもわっかんな~い」

 

「そんなのないよ。おかしいでしょ」

 

「そうかな?」

 

「そうでしょ。ななかちゃんは何もしてないじゃないか」

 

「あはは。もういいじゃん。こんな事しょっちゅうで……」

 

「ふざけんな!」

 

 許せない! ななかちゃんが何をやったっていうんだ!

 

 仮に何かやらかしたとしても、こんな悪質な悪戯をはいそうですかと見過ごせるかよ!

 

「いくらなんでも、やっていいことと悪い事があるだろう!」

 

「明久君!」

 

 僕が行こうとするとななかちゃんが僕の手を握って止めてきた。

 

「いいって。別に誰かが困ってるわけじゃ……」

 

「ななかちゃんは? ななかちゃんはどうなの? こんなことされて、どう思ってるの?」

 

「私は別に。それよりこのあと……」

 

「ななかちゃん!」

 

 思わず大声を上げてしまった。本気で……女の子相手に本気で怒鳴りつけた。

 

 ななかちゃんの身体がビクンと、すくんだ。言ってからしまったと思った。

 

「ご、ごめん……大声出して」

 

「う、ううん」

 

 それからは2人共黙りこくった。でも、なんで……。

 

「何でなんだよ。ななかちゃんは純粋で、素直で、優しいのに、なんでこんなことになるんだよ」

 

「明久君……」

 

「こんなの間違ってるよ! なんでななかちゃんが妬みを買わなきゃいけないんだよ! ただ、人一倍男友達が多いだけで、男子がななかちゃんを好きになっただけで、ただそれだけのことなのに!」

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

「何でななかちゃんなんだよ! あの子達だって、妬まれるようなことがないわけないのに……いや、そもそも妬まれない人なんているわけないのに! なんでなんだよ!」

 

 駄目だ。頭に血が上って何が言いたくて、何を言ってあげればいいのか、わからない。

 

 言葉が、見つからない。落ち着かなきゃと思っているのに、出てくる言葉は怒りまかせのものばかり。

 

 でも、ただひとつ思い浮かぶのは。悔しいという言葉だけだ。ななかちゃんを慰めたい。でも言葉が見つからない。

 

 あの子達を見つけて叱る。でもどうやってななかちゃんの事をわからせる。仮にわからせたところでそんなもの一時しのぎでしかない。

 

 それにこんなことをななかちゃんが喜ぶとは思えない。

 

 何もできない自分が悔しい。

 

「……ありがと」

 

 そっと呟き、ななかちゃんが僕の手を握ってきた。

 

「そんな風に、心から怒ってくれて。私に、真面目に怒ってくれて」

 

「僕は……ななかちゃんに怒ってるんじゃなくて……」

 

「ううん、怒ってくれたよ。笑って嘘ついて、誤魔化そうとした私を、明久君は怒ってくれた」

 

「…………」

 

 違う。僕が怒ってるのは廊下で見た彼女達に対してだ。そう言いたいのに、何も言えない。

 

 否定したいのにできない。

 

「こんなことした人達にも、今怒ってる。普通はね、こんなことした人達みたいに、誰でも嫉妬や下心はあるんだよ」

 

 それはわかる。文月学園ではそういった負の感情が渦巻いていた。いや、というよりもその中心みたいなものだ。

 

 特にFクラスのみんなだ。僕だって、あの学園にいた頃は嫉妬や下心満載だった。今だって少しは落ち着いた気もするけど、時々はある。

 

「でもね、明久君には。そんなのがないの」

 

「へ?」

 

 なのに、ななかちゃんは僕にはそんなものなどないと言った。

 

「何言ってるの? 僕にだってその……下心とか──」

 

「あっても……明久君の場合、それはまっすぐで、綺麗なんだ」

 

「へ?」

 

「綺麗で……一緒にいると、本当に落ち着くっていうか、安心するんだ。明久君は、私に……ううん。誰にも嘘をつかないんだって思えるから」

 

 そう言ったななかちゃんはいつもの笑顔だった。なんてことない日常の中で見せる、綺麗な笑顔。

 

「……本当はね、こんなことされて、すごく腹が立って、悲しくなって……辛いなって思ったよ。でも、明久君が声をかけて、怒ってくれて、私……辛くなくなった」

 

「ななかちゃん……」

 

「だから、ありがとう」

 

 僕の手を握った自分の手に少し力を加えて、笑顔で、そう一言。その一言でなんか全身から力が抜けるようだった。

 

 わかんなかった。ななかちゃんはずっと笑顔でいた。これまでずっと。

 

 そんな中で、好意の数だけ妬みもあったはずなんだ。そんな中を、ずっと笑顔でひとつで生き抜いてきたんだ。

 

 こんなイジメを受けても、何に対しても、ずっと……今僕に見せてる、その笑顔で。

 

「……本当に、ななかちゃんって、可愛くて優しくて、強いなって思うよ」

 

「うわ。偶に明久君って、普通だったら絶対恥ずかしくて言えない事を平然と言うよね」

 

「え? そんなに恥ずかしい事だった?」

 

 ただななかちゃんのイメージをそのまま言ったつもりなんだけど。

 

「くすくすくす」

 

「うわぁ、何でか知らないけど恥ずかしくなってきた」

 

 良くも悪くも、僕とななかちゃんの調子がいつもの状態に戻った気がした。

 

「じゃ、明久君。一緒に帰ろ?」

 

「え? あ、僕は生徒会の用が……」

 

「行こう♪」

 

「あ、ちょっ!?」

 

 僕の答えも聞かず、ななかちゃんは僕の手を引っ張って音楽室を出て行った。

 

 ふと横からななかちゃんの笑顔を覗いて、仕方ないなと思った。音姫さんには今夜謝っておこう。

 

 今のななかちゃんの笑顔を見たら土下座の1回や2回など安いものだ。

 


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