バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第二十一話

 

「いや~、お祭りムードたっぷりですな~」

 

 週末明けの学校の昼休み、僕は義之に渉と一緒に階段の踊り場で他愛もない話をしていた。

 

 そして、そこからクリスマスパーティー用に飾り付された廊下を見渡した。

 

 壁にはポスターや装飾が一部つけられ、そのしたには引越しを進行しているようにいくつものダンボールが置かれていた。

 

 更にクリパで使用する飾りや小道具などの入ったダンボールを抱えた生徒やクリパ用の衣装を着た生徒が行き交っていた。

 

「もうすぐクリパ。そのクリパが終われば冬休みで……」

 

「あっという間の3学期が終われば、俺らは晴れて本校の生徒となるわけだ」

 

「早いですな」

 

「そうだな」

 

「僕はほんの数ヶ月だけどね」

 

 それでも時間がたつのは本当にあっという間だ。

 

 あの衝撃的な始まりからもう数ヶ月もたつのか。平和だったり楽しい時間というのは本当に早く感じるものだ。

 

「なんとかしないとな~」

 

 僕がここ数ヶ月の思い出に黄昏ていると渉が真剣な面持ちになっていた。

 

「……何をなんとかするんだ?」

 

「恋人」

 

 義之の質問に渉が即答した。

 

 いや、確かにクリスマスは絶好の告白チャンスのひとつなわけだけど。

 

「い、いきなりだな」

 

「ほんの少し前はそこまで気にした感じじゃなかったっぽいけど」

 

 僕達の言葉に渉が握りこぶしを作ってワナワナと震えていた。

 

「いきなりじゃないって……もうこのお祭りムードに触発されて、すんごい焦ってんだっての!」

 

「お祭りムードと恋人と、どう関係があるんだよ?」

 

「早い話が、一刻も早く彼女が欲しいってこと?」

 

「間違ってはないけど、そうじゃねえよ! バカ!」

 

「な、なんだよ……」

 

「本校にまで持ってくつもり?」

 

「な、何を?」

 

「恋人いない歴=年齢なんていう、不名誉な称号を!」

 

 こ、『恋人いない歴=年齢』か……確かに、それはちょっと嫌かも。

 

 僕は実際の年齢が義之達より上だから……本校に上がれば、実際の年齢を考えて……18歳なのに恋人がいない。

 

「そ、そりゃ……仕方ないんじゃないか。チャンスが来ないんじゃ」

 

 義之の言葉にちょっと芽生えてきた焦りが冷めてきた。

 

 そりゃそうだ。彼女も何もチャンスもないし、そういった相手もできるわけないのにこんなこと考えたってね。

 

 それに今は僕も若返ってるわけだし、今までと違ってきっとチャンスはどこかで巡ってくるはずだ。

 

「あぁん、もう、バカァ!」

 

「キモイってお前、身体くねらせるなよ」

 

「チャンスは自分で作るもんでしょうが! そんでもって!」

 

 渉がビシッ! と、指を立てて、

 

「その絶好のタイミングがクリスマスパーティーでしょうが!」

 

「な、なるほど……」

 

「まあ、こういった日に気になる相手を誘ってイベント回って告白……あわよくば、そのまま恋人に。ってのは誰もが叶えたいことだろうし」

 

「ふむ」

 

「このチャンスを逃すでないぞ、お二方」

 

「え? 俺もか? 明久でなく?」

 

 何でそこで僕の名が出てくるのか。

 

「当たり前だ! いいのか? 2人だけ独り身生活を続けたままの本校入学でも!」

 

「2人……って、ちょっと待て。まさか、杉並はもう?」

 

「……あいつの場合、とっくに彼女がいても……というか捨てても不思議じゃない」

 

「「…………」」

 

 未確認だということにほっとした気もするけど、確かにそんなことになっても不思議じゃない。違和感なさすぎる。

 

 なんかちょっとホストっぽいイメージがあるし。

 

「未確認だからわかんねえけど、理不尽だ! なんであの野郎が彼女持ちなんだよ!」

 

「だろ? だとして、これで次俺が彼女を作ったら、お前ら!」

 

「俺達だけ……」

 

「取り残され……?」

 

 渉が急に憐れんだ表情になってコクリと頷く。

 

「よ、よせよ縁起でもない!」

 

「い、いや、ちょっと待って。まだ2人だけと決まったわけじゃない。雄二やムッツリーニだってまだ彼女いないはずだし」

 

 雄二が女の子にモテるわけないだろうし、ムッツリーニだって。

 

 仮にムッツリーニが寡黙のままのイメージによってそれが要因で女子に告白され、来るべき時になってもアイツなら鼻血の海に沈んで結局未遂で終わるのが容易に想像できる。でも──

 

「それでも、俺達に彼女ができなかったら……」

 

「……そんなのあんまりだー!」

 

 嫌だ! いくら仲間がいるからって、彼女いない歴=年齢の称号をいただくのは嫌だ!

 

「だからこのイベント。やるしかないって!」

 

「や、やるって……」

 

「好きなあの娘にモーレツアタック! どうにか約束にこぎつけてパーティーが済む頃には!」

 

「な、なるほど……」

 

「それならやらない手はないよね!」

 

「そういうこと! ちなみに聞くけどさ……お前らが狙ってる娘って、誰?」

 

「「…………は?」」

 

 …………。言われて義之と互いに見合って考える。

 

 言われてみれば、僕の気になる娘って……一体誰なんでしょう?

 

 考えればそもそも可愛いとか綺麗だと思うことはあっても意中のって言われると、そんな娘がいたかどうか。

 

「えっと……渉はそういうのいないのか?」

 

「そうだよ。僕達ばっかりに質問してさ」

 

「え? お、俺か? お、俺は……俺はやっぱ……月島かな」

 

 夷垣な表情を浮かべて言った。

 

 ……ちょっと意外だった。

 

 渉の今までのことを考えたら結構多くて困っちゃうみたいなこと言うかと思ったけど。

 

 でも、この場ですぐに小恋ちゃんの名前が出てるあたり、彼女に対する愛慕は相当純粋なものなのだろう。

 

「わ、わかってると思うけど、内緒だぜ?」

 

「ああ」

 

「うん」

 

 でも、渉の想いが叶うかと言われると……返答に困ってしまう。

 

 彼の人間像がどうとかではない。普段はこうだけど、彼もいざというときはきっと頼れる人なんだろう。

 

 けど、肝心の小恋ちゃんが好きなのは──

 

「ん? 何だよ?」

 

「……なんでもない」

 

 なんとも妙な三角関係。渉の好きな小恋ちゃんは彼の好意に気づかない。更には義之のことが好きで仕方がない。

 

 義之は友人のことを応援してるけど、小恋ちゃんの好意に全く気づかない。

 

 鈍い人が1人でもいるとここまで複雑な関係になってしまうもんだなんて。鈍感は罪だってつくづく思うよ。

 

「さっきから何だ、明久」

 

「いや、鈍感ていうのは……死刑に値するんだなって」

 

「なら、お前はきっと死刑になるだろうな」

 

 何をいうか。死刑になるのは義之だろうに。

 

 ……まあ、他人の僕が彼らのことをとやかく考えることはないだろう。

 

 いざとなったら周りのみんなでどうにかすればいいだけだ。今はただ彼らを見守るだけ、ということで。

 

「で、明久はどうなんだ? 気になる娘とか」

 

「え? 僕?」

 

 渉に聞かれて僕は考える。けど、やっぱり気になる娘って言われると。

 

「白河とはどうなんだ? 結構仲いいだろお前ら」

 

「そういえば、昨日だって小恋達が来た時、結構楽しそうだったじゃねえか」

 

「うん。なんで昨日月島達が義之の家に来たかという理由は後で聞くとして……どうなんだ?」

 

「ど、どうなんだって……確かに楽しかったけど、でもななかちゃんなら誰にだってあれくらいは楽しくなれると思うけど」

 

「いや、それはねえよ。白河って、アイドルと言われてモテモテだったりするけど、結構奥手な奴なんだよ。こと、恋愛沙汰においては」

 

 確かに、モテモテで告白してくる回数は結構なものの、同じくらいの回数を断ってるよね。

 

「なのにだ、明久」

 

「ん?」

 

「お前は、白河の事なんて呼んでるよ?」

 

「ななかちゃん」

 

「それだよ」

 

「は?」

 

 渉の言いたい事がよくわからない。

 

「白河の事ファーストネームで呼んでるの、お前くらいだぞ」

 

「言われてみれば、確かに白河の事ファーストネームで呼んでるの、小恋くらいだったな」

 

「そうそう。男で呼んでる奴は俺が知ってる中でも1人として存在していない。明久を除けばだ。つまり、お前特別」

 

「と、特別って……」

 

 そういえば、少し前にも僕とならクリパ回ってもいいよって言われた事もあったっけ?

 

 ……うわ、なんだかすごい意識してきちゃったよ。

 

「そういえば、ムラサキともそれなりに仲がよくなってきてるよな」

 

「ムラサキって……1年に転校してきた娘だったっけ? 明久が胸揉んだ」

 

「だから揉んでないから! ちょっとした事故で……」

 

「まあ、ともかく。昨日の夕飯の時でも結構楽しそうにしてただろ、白河と同様」

 

「う、う~ん……まあ、確かに許してもらえたかは知らないけど、前よりは……」

 

 ひったくりの時からかな。確かにちょっと距離が短くなった気はするけど。

 

 あんな事があったからね。異性としての好きなんてまずないはずだと思うけど。

 

「……で、そろそろいいか?」

 

「「ん?」」

 

「何で義之の家に大勢の女子が転がり込んできたかって理由についてだ」

 

 渉の背後から何か黒いものが見え隠れしている。

 

「ちなみに、来たのは誰だ?」

 

「だ、誰って……音姉と由夢はもちろん、雪月花の3人に、天枷に白河、まゆきさんにムラサキ、くら──モゴッ!」

 

「義之、それ以上は……」

 

 慌てて義之の口を塞いだけど、時既に遅しだった。

 

「お前ら、俺が休日をフルに使って、運命の出会いを待っていたっていうのに……お前らは……」

 

 渉がワナワナと身体を震わせていた。これは、ちょっとマズイかも。

 

 渉の睚眥が怖い……。

 

「仕方ない……お前らの皮を奪ってお前らになりすまして俺もハーレム生活を送ってやる~」

 

「逃げよう義之! 今の渉は危険だ!」

 

「な、なんでか知らんけど確かに怖え! とにかく逃げるぞ!」

 

「待てお前ら! お前らだけ幸せな時間を送るのは納得いかねえんだよぅ!」

 

 昼休み、僕と義之は渉と命懸けの鬼ごっこをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、僕は義之と廊下を歩いていた。

 

「さて、放課後になったわけだが……特にすることないな」

 

「うん。じゃあ、商店街行こうか。最近ちょっと気になるゲームがあるんだよね」

 

「お、それはいいな」

 

 そうして僕達が商店街へ向かおうとしていた時だった。

 

「あ、いたいた。弟くーん!」

 

 後ろから甘えるような声が聞こえてきた。

 

「音姉……」

 

 後ろから声をかけてきたのは音姫さんだった。その後ろには高坂さんもついてきている。

 

「うわぁ……本当に見つけちゃったよ。相変わらずすごいよね、音姫の『弟君レーダー』って」

 

「えっへん」

 

 何さ、弟君レーダーって。ふと見ると、音姫さんのアホ毛がふい~んと動いている気がした。

 

 まさか、アレがレーダーになってるなんて言わないよね。

 

 ていうか、義之に関してはとんでもない索敵能力だよね、音姫さん。やはり義之に対する愛のなせる業か。

 

「それで、何の用ですか?」

 

「ん? ああ、吉井もいることだし、ちょうどいいか。ちょっと2人に頼みたい事があるんだよね」

 

「頼みですか?」

 

「うん。これ」

 

 そう言って高坂さんが僕と義之に大量の紙の束を手渡してきた。ていうか、どこにそんなもの持ってたんですか?

 

 さっきまで存在が全く見えなかったんですけど。

 

「えっと……これは?」

 

「鈍いわね。それを配るのよ。商店街で」

 

「生徒会メンバーになった明久はわかりますけど、何故に俺まで?」

 

「たまたまその場にいたから」

 

 義之からすればたまったものではないだろう。

 

「それとも、弟君用事あった?」

 

「う……」

 

「お姉ちゃんと一緒じゃ、嫌?」

 

「く……」

 

 音姫さんの上目遣い。これはまず断れる奴なんていないだろう。

 

 増してや、弟であり、同時にお人好しの義之だ。

 

「……わかった。引き受ける」

 

 断れるはずなど、微塵もないだろう。

 

「ありがと! 弟君!」

 

 子供のような笑顔で嬉しそうに言った。よほど義之と仕事したかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 音姫さんと高坂さんに捕まって僕達は商店街でポスター配りを始めた。

 

 風見学園のクリスマスパーティーはかなりの人気なのか、ポスターを手に取る人は大勢いた。

 

 風見学園の制服とポスターを抱えている姿を見ただけでクリスマスパーティー関連だと感づいた人もいて一目見た瞬間、僕達のもとへ歩み寄ってポスターを取ったりもした。

 

 そして時には店の外の壁に貼り付けて人目につきやすいようにしたりもした。なのに──

 

「お、おい……大分回ったと思うんだが……」

 

「うん。ポスター……全然減る気配がないね」

 

 もうかなりの部分を回ったと思うんだけど、それでもポスターは全く減る気がしない。

 

 学校で見た時と量がほとんど変わらないし。

 

「あれぇ? おかしいな。あたしの計算じゃもう配り終えてると思ったんだけどなぁ」

 

「あはは! まゆき、計算苦手だもんね」

 

 これはそういう問題なのだろうか?

 

 義之も同じことを思ったのか、微妙な顔をしていた。

 

「しかし、確かに結構回ったもんだしね。じゃあ、今日はここまでにしてあそこ行きますか」

 

「うん。賛成♪」

 

「「あそこ?」」

 

 高坂さんの言葉に僕と義之は首を傾げた。

 

 

 

 

「う~ん。やっぱり労働の後は甘いものだよね」

 

「うん、おいしいよね~♪ 『甘味処』の和菓子」

 

 僕達は和風な雰囲気の店、『甘味処』というところに足を運んだ。

 

 音姫さん達の様子から察するにどうやらここは生徒会の仕事の後でよく来ているようだ。

 

 いやしかし、本当にこの店の和菓子は最高。

 

 僕はあんみつを頼んで今食しているところだが、もう最高としか言い様がなかった。

 

 甘さは控えめなのに香りが口の中に広がって、しつこくもなく、食べた後も口に残るこの味はなんとも。

 

「あ、弟君。そっちの白玉頂戴」

 

「ん? ほら、あ~ん」

 

 向かいの席で義之が自分の注文したものを音姫さんに食べさせてる姿があった。

 

「ん~、おいしい。あ、お姉ちゃんのもあげるよ。あ~ん」

 

「ん……あぁ」

 

 今度は音姫さんが自分のを義之に食べさせていた。

 

 ……うん、なんていうかさ。

 

「えっと……あんたらってさ、本当に仲がいいよね。ていうか、よすぎ」

 

 うん。愛念が半端じゃないっていうか……。

 

「うん? そりゃあ、姉弟だし」

 

「いや、普通姉弟ってそこまで仲良くないから」

 

 うん。普通そんなに行く姉弟はいない。

 

 姉さんはよく絡んでくるけど……うん、あれも普通はないよね。ていうか普通であってほしくない。

 

「う~ん、でも昔からこんな感じだったから」

 

「……ふ~ん。じゃあ、弟君も?」

 

「え? まあ、昔からずっとそうでしたし」

 

「……ふ~ん」

 

 義之達の言葉に納得したのか、高坂さんは頷いて食べかけのくずきりを口に入れる。

 

「さっきからどうしたの、まゆき」

 

「いんや。ただ……それはそれで幸せなのかなって、思っただけ」

 

 高坂さんの言葉に義之と音姫さんは首を傾げた。

 

「弟君、意味わかる?」

 

「さあ?」

 

 知らぬは本人達だけ。

 

 この姿を見て昼間渉が言ってた言葉を思い出す。気になる娘はいないのかってやつ。

 

 義之はどうなんだろうか。いないとは言ってたけど、音姫さんや由夢ちゃんとかなり仲いいし、雪月花の3人とも親しい。

 

 本人にとっては当たり前すぎることなのか、全く興味を示さない。

 

 この関係がこれからどういう風に変化するのか……そして、義之は誰を選ぶのか。その答えは神のみぞ知る、かな。

 

「あ~、くずきりおいしい」

 

「ですね」

 

 まあ、しばらくはそっとしておくとするか。これからを決めるのは人それぞれだし。ただひとつ、言いたいことは──

 

「義之、いつかきっと刺されるか地獄に引き釣り込まれるかの二択を迫られそうだよね」

 

「一体全体何不吉な事を呟いてんだ!?」

 

 晩暉が指す頃、義之の叫びが茜色の空に響いた。

 


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