バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第二十話

 

「よし、こんなもんか」

 

 俺は一旦コンロの火を止め、鍋に蓋をして手を洗ってから台所から出る。

 

 居間にまで美味そうなカレーのにおいが漂ってるな。

 

「後は一時間くらい寝かせればいいかな」

 

 俺はそのままカレーを置いて居間へと視線を向けた。

 

「お腹すいた~」

 

「開口一番それかよ」

 

 コタツに入りながらテーブルにうつぶせ状態になっていた由夢が腹減ったと呟いた。

 

「うん。私もお腹空いたなぁ」

 

「葉月もお腹空いたです」

 

「俺も、そろそろ空腹だな」

 

「雄二よ。お主は昼間も相当食べておって午後もずっとこの家に居座って尚空腹か」

 

「相変わらず、ものすごい食欲だね」

 

「いつもに比べてまだ早いほうだろ。明久もまだ帰ってきてねえし」

 

 見れば時計の針は6時を回ったところだ。

 

「だって、おいしそうなにおいがするんだもん」

 

「そうだよね。カレーなんて作る弟君が悪い」

 

 確かにカレーのにおいって食欲をそそるけどさ。

 

「せめてあと一時間くらいは待ってやれよ。明久ももうすぐ帰ってくるだろ。それにカレーはちょっと時間を置いたくらいがおいしいもんだって」

 

「や、そんなに変わらないですって。食べたい時に食べるのが一番おいしいんです」

 

「だよね」

 

「それに、明久の分まで平らげても時間に遅れたあいつが悪いんだしな。帰ってきて美味そうなカレーがなくなった時の絶望した顔と久々の塩水で餓えをしのぐ明久も見てみたいしな」

 

「お前は鬼か」

 

 時々本当に明久と坂本は親友なのかと疑いたくなる。

 

 どうしたものかと頭を悩ませていた時だった。

 

 ──ピンポーン

 

 玄関の方でチャイムが鳴った。

 

「誰か来たみたいです」

 

「誰だ。こんな時間に」

 

 俺は居間から出て玄関へと向かった。

 

「はいはい、どちら様ですか」

 

 玄関のドアを開けると、

 

「……来ちゃった」

 

 玄関を開けてみればそこには微かに頬を赤く染め、伏し目がちな杏が立っていた。

 

 ……いや、来ちゃったって……それに、そして、なんだこのシチュエーションは。

 

「義之、あの……」

 

 上目遣いで見つめられ、杏が口を開いた。

 

「あの……私、本当はずっと……」

 

「──って、杏! 何言ってるのよ~!」

 

「だめだよ小恋ちゃん。これから面白いところだったのに♪」

 

「だ、だって~」

 

「まあ、小恋の義之君が取られちゃったらって思ったら気が気じゃないもんね~」

 

「ふぇっ! そんなこと……そんなことより、義之もデレデレしない~」

 

「えっと……」

 

 この場合、デレデレではなくポカンとしているという方が正しいと思う。

 

 というか、みんな俺に何の用だ?

 

 雪月花とも別に約束とかした覚えはないし、白河に至っては俺とは接点すらも……いや、明久の方だろうな用があるのは。

 

「ああ、うん。約束とかはないよ。ちょっと明久君の方に用事ができたからついてきちゃっただけ」

 

「あれ? 俺、口に出してたか?」

 

「ううん。そんな顔してた感じだし。約束してたかな~って、顔に出てた」

 

「義之、すぐ顔に出るからね」

 

「私達は、ほら。人形劇の本番まで時間ないじゃない? というわけだから、打ち合わせとかしようと思って」

 

「と言うのは建前で、義之の手料理をご相伴に預かろうと思って」

 

 人形劇建前かよ。一応脚本家はお前だろうに。

 

「まあ、他にも用事がある人もいるけど」

 

 小恋がそう言って道をあけると、入れ替わって天枷が姿を現した。

 

「これを由夢に」

 

 ぐい、と俺の体に叩きつけるように本を押し付けられた。

 

「それじゃ」

 

 そしてそのまま立ち去ろうとしていた。

 

「って、待った待った」

 

「何だ?」

 

「これをどうしろと?」

 

「はぁ」

 

「何だよ、その溜息は」

 

「全部説明しないとわからないのか、この馬鹿は」

 

 その言葉にちょっとカチンと来た。この本をどうすればいいかくらいわかるわ。

 

「その本を由夢に返しておいてくれ。感謝の言葉といっしょにな」

 

「だったら俺じゃなくて直接本人に言って渡せよ。由夢なら夕飯つくったから今うちにいるし」

 

「夕飯?」

 

「もしかして、義之の?」

 

「あぁ、そうだけど」

 

「そういえば、美味しそうな匂いがするよね~」

 

「この匂いは……カレーね」

 

「義之の作るご飯って、美味しいんだよねー」

 

「それを言ったら明久の方が美味いだろ」

 

「あ、あれは……絶対敵わない」

 

 まあ、流石に明久の腕前を再現するのは難しいかもな。

 

「なんだかこの匂いかいだらお腹空いたな~」

 

「カレーか。うむ、カレーは嫌いじゃない」

 

 言いたいこと言って10の瞳がじっと俺を見つめていた。

 

『…………(ジー)』

 

 ま、カレーだし、坂本がいるからかなり多めに作っておいたけど。明久、カレーがなくなるまでに帰ってこれるか?

 

「まあ、とりあえず飯食ってくか?」

 

「わ、ラッキー」

 

「悪いね~。なんか催促したみたいで」

 

「じゃあ、ありがたくご馳走になるわ」

 

「わ~、楽しみ~♪」

 

「カレーは嫌いじゃない」

 

「ま、とりあえず入れ」

 

 俺は玄関に立ちっぱなしの5人を中へ招き入れる。

 

「おじゃまします」

 

「ども~」

 

「わ~、なんか義之の家に入るの久しぶりだな」

 

 小恋は幼馴染だからともかく、他の4人はもう既に知ってましたといった感じで居間の方へ歩いていく。

 

 カレーもご飯も、こんな人数で果たして、足りるのか。そして明久が夕飯にありつけられるのだろうか。

 

 とりあえず、せめて一杯分くらいはとっておいてやるか。

 

 

 

 

 

「じゃ、ただご飯食べさせてもらうのも悪いから手伝っちゃおうかな」

 

 俺が台所へ移動してカレーを用意しようとしたところで茜が手伝おうとしていた。

 

「あ、じゃあ私もやっとくよ」

 

「私もやるよ。流石にこの人数じゃね」

 

 小恋も白河も準備を手伝おうと俺についてく形で台所に足を向けた。

 

「そうか。まあ、もうカレーは作り終わったから後は皿を並べたりするだけなんだが……」

 

 ──ピンポーン。

 

 準備をしようとしたところで再び玄関のインターホンが鳴った。

 

「今度は誰だ? 悪い、ちょっくら見てくる」

 

 3人にことわって再び玄関へ向かい、戸を開けた。

 

「あ、ただいま。義之」

 

「お、ようやく帰ってきたか明久。……ところで、何だ? 後ろの大所帯は?」

 

「何だとは何よ。生徒会の打ち合わせに来ただけなんだけどな」

 

「私は高坂先輩と一緒になって打ち合わせです。それとついでに吉井を送ってきただけです」

 

 明久の後ろからまゆきさんとムラサキが一緒になって玄関前に集合していた。

 

 まあ、生徒会の打ち合わせってんならまゆきさんとムラサキの組み合わせは理解できるな。

 

「とりあえず、入ってください。ちょうど今夕飯を作ったところなんで」

 

「おろ? 作ったって……弟君が?」

 

「ええ」

 

 まゆきさんが意外そうに俺をじっと見つめていた。

 

「お、この匂いはカレーかな? ちょうどお腹空いたところなんだよね」

 

「かれー……?」

 

 ムラサキが首を傾げた。カレーのこと知らないのか?

 

 まあ、王女ならそんな庶民が口にするようなものはあまり見聞きしないだろう。

 

 それから3人を家に入れて今度こそ夕食をはじめるのだった。

 

 

 

 

 

 

「うわー、おいしー」

 

「だよね。私、義之のカレー大好き」

 

「でしょ? だって、私の弟君が作ったんだから」

 

「ほんとおいし~♪」

 

「……美味」

 

「う、こんなもの……うちの宮廷料理人達にも出せないですわ」

 

「お、弟君! あんたあたしの弟にならない? 今よりもいい待遇で歓迎するよ!」

 

「こ、こらまゆき! 私の弟君を取らないの!」

 

「……悪くない」

 

「お~、こりゃうめえな」

 

「うむ。プロ並みの腕前じゃのう」

 

「うん。中々いい味してるよ」

 

「お兄さんのお料理も美味しいです」

 

 吉乃家の居間で現在ものすごい人数で夕食を取っていた。

 

 帰ってきてみれば大所帯でテーブルを囲んでたからびっくりしたよ。おかげで居間がかなり騒がしくなってる。

 

 まあ、みんなでおいしそうに食べながら賑わうのもたまにはいいもんだよね。

 

「お代わり」

 

「って、お前、まだ食べるんかよ? もう4杯目だぞ」

 

「カレーは嫌いじゃない」

 

 天枷さんが口の周りにご飯粒をつけながら、皿を義之に差し出していた。

 

 よほど義之のカレーがお気に召したようだ。

 

「桜内が作ったというのがちょっと引っかかるけどな」

 

「だったら遠慮しろ」

 

 俺が上がらせたとはいえ、人の夕飯を馳走させるという厚遇を前によくそんな言葉を吐けるな。

 

「桜内、俺もお代わり」

 

「お前も少しは控えろよ。お前にいたってはもう六杯目だぞ」

 

 雄二も相変わらずの食欲で次から次へとカレーを平らげていく。

 

「……ん?」

 

 天枷さんがふいに別の方向を向いた。彼女の視線の先にあるのは、テレビだった。

 

「こ、この薄くて四角い物体は何だ?」

 

「ん? これはテレビですけど」

 

「ば、馬鹿な!」

 

 天枷さんが大げさに驚いてテレビを凝視していた。

 

「テレビって、こんな薄いのがか!?」

 

「はい」

 

「こ、こんな薄いのが……」

 

 天枷さんは物珍しそうにテレビの周りをうろうろしてあちこちからじっと見ていた。

 

「(なんか、天枷さんって変わってるよね? テレビにびっくりしたり)」

 

「(そ、そうだね。確か、あまり産業が発達してない国から越してきた帰国子女だって話……だったよね? 義之)」

 

「(え? あ、うん。そんな感じだ)」

 

「(ふ~ん)」

 

「(へ~、美夏ちゃんって外国から来たんだ)」

 

「(その割には普通に日本語しゃべれるんだね?)」

 

「(そ、そりゃ……一応、日本人だからな)」

 

 実は、彼女がロボットだなんて言えるわけがない。そんなことになったら日本どころか世界中が大騒ぎだ。

 

「(……へ?)」

 

「(ん? どうしたの、ななかちゃん?)」

 

「(……あ、なんでもないよ。それにしても……えいっ!)」

 

「ぎょわ~っ!」

 

 ななかちゃんがテレビのリモコンを操作すると画面にアイドルが映し出され、スピーカーからはポップな歌が流れ出した。

 

 それを見て天枷さんが錯愕した。

 

「ほ、本当に映った!」

 

「そりゃあまぁ、テレビだかんな」

 

「こ、こんな技術が……、この薄さで……」

 

「帽子のお姉ちゃん、面白いです」

 

 にしても、テレビでここまで驚くなんて……義之の話じゃかなりの期間洞窟で眠ってたらしいけど、どれだけの年月を洞窟で過ごしていたのか。

 

 ちょっと興味が出てきたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまー。とっても美味しかったよ!」

 

「ごちそうさまでした~」

 

「ご馳走になった」

 

「義之君、美味しかったよ」

 

「……中々ね、義之」

 

「うんうん、すごく美味しかった」

 

「中々良いものをご馳走になりました」

 

 大分時間がたってから夕飯を食べ終え、訪問者のみんなを男子全員で見送りに出た。

 

「おぉ、さむ」

 

 義之が自分の身を抱いて呟いた。

 

 言われてみれば周囲は夜なので当たり前だが、既に真っ暗。しかも季節は冬。

 

 冷たい空気がますます冷え込んでくる時間帯だ。

 

「弟君達、もう夜なんだし、誰か送っていきなよ」

 

 確かにもう夜の9時。女の子をこのまま帰すというのも危ないだろう。

 

 ここは高坂さんの言うとおり、それぞれが何人か送っていった方がいいかもしれない。

 

「じゃあ、誰が誰を送っていく?」

 

「そうだな。俺は天枷を送っていくよ。バス停までと言っても流石にそこまでとなると暗がりもあるしな」

 

「何を言っているのだ。美夏に護衛など必要ない。そもそも美夏はロボ……むぐっ!」

 

「(バカ! だから心配なんだよ!)」

 

 天枷さんがとんでもないワードを口にしきる前に義之が彼女の口を塞いだ。

 

 確かに、ある意味一番危険なのは彼女なのかもしれない。どんな事態から彼女がロボットだってバレるかわからない。

 

「ならば、儂は花咲を送ることにするかの」

 

「あ、私は杏ちゃんと同じ方向だから」

 

「うむ。ならば2人同時に送る方がよいじゃろ」

 

「いいけど……襲われる危険性が高くなった気がするわ」

 

「安心せい。儂はお主らを襲うようなことはせん」

 

「そうじゃなくて……傍から見れば3人の女が夜道を歩いてるようにしか見えないから」

 

「じゃから儂は男じゃと言うておろうに!」

 

 とりあえず、秀吉は茜ちゃんと杏ちゃんを送ることになったようだ。

 

 まあ、杏ちゃんの言う通り……若干危険性が高まった感がある気もするけど。

 

「それなら僕は高坂先輩を送りますよ」

 

「大丈夫? あたしの家、団地の方だけど」

 

「あら? 高坂先輩もですか? 私もですけど」

 

「え? ご近所だったの?」

 

「そのようですね……」

 

「それなら、2人を同時に送るとしましょう」

 

「なら、俺は送る必要ねえな。ああ、さみ……さっさと入ってコタツ入るか」

 

 久保君も高坂さんとムラサキさんを送ることに決定して雄二は自分が送る必要がないと家へ入っていった。

 

「じゃあ、僕はななかちゃんと小恋ちゃんをってことになるかな」

 

「うん。しっかり送り届けてくださいな♪」

 

「はは、頑張ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕はななかちゃんと小恋ちゃんを送りに道を歩いていた。

 

「ごめんね明久君、夕飯遅くまでご馳走してもらった上に送ってもらって」

 

「いいよ。流石にこんな遅くに女子2人だけで帰したらそれこそ男としてどうかと思うし」

 

「うん! だから明久君、好き~」

 

 誰もが見惚れるほどの笑顔を見せて僕の腕に抱きついてきた。昼間刺された左腕の方に。

 

「ぎぃやああぁぁぁぁ!」

 

「ちょ、明久君、大丈夫!?」

 

「な、ななか、何やってるの~」

 

 激痛が走る前に何か柔らかい感触があった気もするけど、今は激痛でそれどころじゃなかった。

 

 完全に油断していた。ななかちゃんがちょっとばかり抱きつき魔の気があるからせめて左腕くらいは警戒しておくべきだった。

 

 抱きつかれた事だけなら慶喜だったけど。

 

「ご、ごめんね明久君。大丈夫?」

 

 ななかちゃんが僕の左腕を取って慌てた様子で問い詰めてきた。

 

「だ、大丈夫だよ。ちょっと昼間左腕を怪我しちゃったけど、大したことはないよ」

 

 とはいえ、女の子相手にナイフで刺された怪我というのは流石にまずいのでそこは黙っておこう。

 

「えぇ!?」

 

 すると何故かななかちゃんが驚いた。

 

「ななか?」

 

「……あ、ううん。なんでもない」

 

 ななかちゃんは首を振って今度は月島さんと腕を組んだ。

 

「じゃあ明久君、私達はここまででいいから」

 

「え? いや、ちゃんと家まで送るよ」

 

「大丈夫だから。怪我人は家で大人しくしてること。ちゃんと刺し傷治してね~」

 

 そう言ってななかちゃんは月島さんとじゃれるようにして遠ざかっていった。

 

 なんだか、送っていく意味がなくなっちゃったな。

 

「……あれ?」

 

 そういえばななかちゃん、僕の傷を刺し傷って言ったっけ?

 

 僕、これが刺し傷なんて言ったかな? …………ま、いっか。ななかちゃんの言うとおり、さっさと家に帰って療養して傷を塞がなきゃな。

 

 僕は反対方向を向いて家へと戻っていき、音姫さんと由夢ちゃんと一緒に夕飯の後片付けを手伝った。

 


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