「さて……異世界なのがわかったけど、それまでだね」
僕はいつもどおりFFF団やその他大勢に追いかけられたら秋だというのに何故か桜が満開の小さな島に来てしまったらしい。
騒動から逃げられたのは幸いと言えば幸いなんだけど──
「問題はこれからだね。一応海が見えるから、いざという時は塩水でどうにかやっていけるし、貝や魚だってどうにかなるかも」
小さな島が故か、橋を除けば四方が海で囲まれているのだ。うまくやれば魚や貝に塩水、そこらの雑草も使えば僕なら何日も生きていける自信はある。伊達に貧乏暮らしが長いわけじゃない。
母さんからの仕送りが少ない時の暮らしで鍛えられたハングリー精神がここでも役に立つとは思わなかったけど。
「ともかく、このまま文無しってわけにもいかないよね。バイトとか……って、今の僕には住所もないんだよね」
以前ラ・ペディスでのバイトは店長がアレだったから書類とかはいらないけど、ゲームショップや他の店でのバイトは申請するのに身分証明の書類が必要になる。今の状態ではバイトすることすらままならない。
本格的に困った状態というわけだ。まさかこの歳でホームレスとは。かと言ってこのまま考えたって事態がいい方向に進むとは思えないんだけど。
「さてさて、本気でどうしたものか」
困りに困って首を捻りながら適当に歩いていると不意に僕に近寄ってくる女子が来た。
「ようこそ風見学園へ! 文化祭、楽しんでくださいね!」
「へ? あ、どうも……」
急に声をかけられて堅い態度のまま一枚の紙切れを渡され、じっと見るとそこには『風見学園 文化祭』という文字がくっきりと載っていた。
見るとそこそこ広い学校が目の前にあった。どうやらぼーっとしてる間に僕は風見学園という学校へ足を運んでいたようだった。
どうしようかと一瞬迷ったけど、このまま考えても当分はいいアイディアなんて出そうにないし──
「……気分転換でもしようかな」
僕はこの学校の文化祭を楽しんでいこうと思い、風見学園へと足を踏み入れたのだった。
風見学園の文化祭は普通の学校よりもかなり凝ってるのか、屋台やら演劇やら普通の学校では味わえないようなものがたくさん並んでいた。
この学園の創立者が余程のお祭り好きなのかどうかはわからないが、ここまで賑やかだと色々回ってみたくなるよね。お金がないのがつらいけど。
なんて思った時だった。
『ねえ、いいだろ? 特に誰かとなんて予定はないんだろ?』
『そ、それは……そうなんだけど……』
「ん?」
校舎の裏辺りに足を運ぶと物陰から男女の話し声が聞こえてきた。
こういう所での男女との会話を聞くのは悪い気がするけど、こういった行事だと大事が起こりやすいからつい気になっちゃうんだよね。
そんなわけで僕はこっそりと件の男女の声に聞き耳を立てた。
「ねえ、なんでそんなに答え先延ばしにすんの? 白河、いつもそうだよな?」
「え、えっと……」
男子の方は髪の毛を一部金髪に染めたチンピラに見えなくもない外見だった。その男子が白河さんと呼んだ少女と向かい合って喋っていた。
白河さんと呼ばれた少女は壁を背にしてずっと答えづらそうにしていた。しかしなんともものすごい容姿だな。
あれならあの男子がしつこく食いつくのも納得ができる。ピンクの髪を結ってスタイルは姫路さんほどでないにしろ同年代の子からすればすごい成長の度合いだろうし、なんにしても外見がすごい。
あの男子は同じ学園の生徒みたいだけど、下手をすればこれが初対面の人で複数なんてこともありえたかもしれない。それだけ綺麗……いや、あれは可愛いという方が的確な表現かな。
「ねぇ、いいだろ? 俺と文化祭回ろうよ?」
「そ、その……」
白河さんが困ったように言葉を濁しながらどうにか上手に断れないかと言葉を選んでるみたいだけど、男子の方はそれがかえってつけあがらせる材料になっているのか、しつこく当たっている。
「な、俺と回ろうよ」
「や、その……」
果てには腕を掴まれて白河さんがどうしようと切羽詰った表情をした。流石にこれ以上はまずい気がするな。……仕方がない。
「はいはい。そちらのお二人さん。男女でのお楽しみはそこまで!」
手をパンパンと叩いて僕は二人の前に出てきた。
「な、何だよお前?」
チンピラ風の男子が僕を見るとやばいと言いたそうな表情で駭魄して一歩後ろに下がる。
「一応風紀委員だね。生徒会の方からの要請があって見回りをしていたのですが、何やら少々看過できないものが見えたので」
僕はチンピラ風の男子と白河さんを交互に見てから最後にチンピラ風の男子へと視線を移した。
「う……嘘つくんじゃねえよ。テメェみてぇなバカ面の風紀委員なんか見たことねえよ」
……こっちでもバカって言われた。初対面の男子に。どこでも僕ってバカ呼ばわりされる運命なんだ。ちょっと涙が出そうだったけど、ここはぐっと堪えよう。
「まぁ、それはともかく……あんまり彼女を困らせない方がいいですよ。でないと──」
僕はチンピラ風の男子に近づき、彼の耳元まで顔を近づけて一言二言告げると彼は青ざめた表情で、
「く……覚えてろ!」
そんな漫画にありそうな捨て台詞を残して去っていった。とりあえず悪は去ったと。
あ、ちなみにさっき言ったのは彼の行動を学校だけでなく、web配信も辞さずって言ってから姉さん直伝のセクハラ紛いの言葉を吹き込んだらあっさりとあの様だ。
うん。学校に知られたりするだけならともかく、web配信なんて恐ろしい事を言われて精神追い詰められた上に姉さんのトドメのセクハラ紛いの一言だ。並の人間が耐えられるはずがない。
彼の気持ちは少しわかる。僕だったらきっと問答する間もなく社会生命があの世行きだっただろう。
「あ、あの……」
「ん?」
なんて事を考えていると、白河さん、だったか……が僕に声をかけてきた。
「あ、ありがとね。助けてくれて」
「あぁ……ううん。流石に放っておくわけにもいかなかったし」
「本当にありがとね。あ、私白河ななか。よろしくね」
「うん、僕は吉井明久。よろしくね、白河さん」
「ななか」
「……はい?」
僕が首を傾げると白河さんがずい、と距離を詰めてきた。
「ななかでいいよ。さっき助けてくれたから」
「え、いや……でも、初対面で……」
「な・な・か!」
「えと……ななか、ちゃん……」
「『ちゃん』付けもいらないんだけど……ま、いっか♪」
なんというか、すごい積極的っていうか、フレンドリーな娘だなぁ。
さっきの場面を思い出すと、あまりそういうイメージがなかったけど、これを見ると彼のあの行動に出るもうなずけるよね。それだけ男を惹きつける魅力がこの子にはある。
そんな事を考えていると不意にななかちゃんが僕の手を握ってきた。
「え? ちょ、ななかちゃん!?」
いきなり手を握られると、なんというか……すごい照れる!
「明久君って、ここの生徒じゃないんでしょ?」
あ、さっきの事か。てことは、今のは制服の種類でも確かめてたのかな?
まあ、普通に見ればわかることだよね。
「あぁ、うん。勢いで行けば少しはごまかせるかなって思って」
まぁ、あの場面でいきなり第三者が入ってきた事態に彼は動揺していて制服を見るどころじゃなかったろうからどうにかうまくいったけど。
「ひょっとして、本島から来たの?」
本島と言われて一瞬何かと思ったが、ひょっとして島の外の事を言ってるのかと思い、
「うん。ちょっとこの学校の文化祭に興味があってね」
本当は違うけど、学園前まで来てから興味は出てきたからまるっきり嘘でもないんだよね。
「ふ~ん……でも、本島からわざわざ制服を着て? それにサイズも合ってないし」
「う……」
鋭い指摘だった。確かにわざわざ遠くから来るのにサイズの違う制服で来るような奴なんていないだろう。
最初っから僕の説明は穴だらけだった。
「えと、その……」
「ん?」
困った。こういった時どう説明すれば納得してもらえるのか。色々迷った後、僕の口から出したのは、
「家出して来たんです」
うん。駄目だね。自分の口で言っといてなんだけど、まず納得できるとは思えない。
「家出?」
「そ、そう! 学校では毎日友人には命を狙われる日々だし、家では姉さんから折檻やらセクハラやらの毎日でもう我慢ならなかったから出てきたんだよ!」
うん、全部が全部嘘ではない。確かにあそこでの毎日にはもう限界が来ていたのだから家出というのも完全な嘘ではないはず。
「そう……色々、大変なんだね」
ななかちゃんが苦笑して答えた。ていうか、今の話信じちゃったの!?
「そっか……そんな毎日送ってたら、それはねぇ……」
「ん?」
何かボソボソと言っていたようだけど、聞き取れないなぁ。彼女の言う事が気になっていると、
「いたぞ!」
「遂に見つけましたよ、白河さん!」
「え!? 何? 何なの!?」
何時の間にか左右から複数の生徒が僕達を挟んで待ち構えていた。
「あちゃぁ~……今度はこっちかぁ」
ななかちゃんが額を手で抑えて項垂れていた。何か心当たりがあるようだ。
「えっと、ななかちゃん? この人達は?」
「うん、うちの手芸部の人達」
「手芸部?」
手芸部って、あの服や小物をつくる部活の事だよね? そんな人がななかちゃんに声をかける理由は……なるほど。
「大方何か自分達のつくった服を着てくださいってこと?」
「うん」
そう考えれば普通に納得がいく。これほどモデルとして相応しい女子などそうそういるもんじゃないだろうしね。
しかし、当の本人はあまり乗り気じゃなさそうだし。
「うぅ~……どうしよう?」
すごく困ってるみたいだし、これは助け舟出した方がいいかな?
「ななかちゃん、嫌かもしれないけど……ちょっとだけ我慢して?」
「へ? ……て、きゃっ!?」
ななかちゃんがキョトンとしてる間に彼女の方を抱いて膝の裏を抱えて自分の胸元に寄せた。簡単に言えばお姫様抱っこの状態だ。
「ていうわけで、全力疾走! ダッシュ逃亡!」
「ええぇぇぇ~~~!?」
「な!? はや……じゃない! 全員急いで追うんだ!」
「りょ、了解!」
僕と彼等の鬼ごっこの時間が始まった。
「待つんだ! 我々の話を聞いてくれ!」
「君ならきっと似合う筈だ!」
背後からそんな声を聞きながら、僕はななかちゃんを抱えた状態で廊下を走っていた。
「ていうか、女子とはいえなんで人ひとり抱えてあんなに速く走れるんだ?」
「化け物かよあの男……」
そりゃまぁ、こういった状況を体験したのは一度や二度じゃないからね。
「明久君、本当足速いよね。しかも女の子抱えて」
「まぁ……正直言って慣れかな?」
こんな事に慣れてる学生なんて普通はいないだろうけど。
「あはは! 明久君って、面白いね♪」
この状況で面白いと笑っていられるなんて、随分とマイペースな子だなぁ。
「それにしても、随分と追ってくるよね。そんなに自分達のつくった服を着てほしいの?」
「それはまぁ……いよいよ今年の文化祭でミスコンが復活したのだからな。手芸部としては自分達のつくった服を白河が着て出場、というのが何より重要なのだろう」
「なるほど、ミスコンか。それに手芸部がつくった服を着てななかちゃんが出れば宣伝の効果は抜群ってわけか。なるほどなるほど……って、誰君!?」
何時の間にか僕達と並行して走っている男子がいた。
紳士的に見えなくもないが胡散くさそうな雰囲気を出した河童頭の男子が僕らの真横にいた。
「おっとこれはこれは、お初にお目にかかります。私、杉並と申します」
「あ、吉井明久です。って、そうじゃなくて……なんで僕らを追いかけてるの? しかも意外と速いし」
「おっと、警戒しないでいただきたい。俺は君達に危害は加えない」
助け船を出すだけだと言って杉並と名乗った男子は懐から一枚の紙切れを出して僕に寄越した。
「これは?」
「こういう時のために用意しておいた脱出経路だ」
「いや、ありがたいと言えばありがたいけど、何か隠し通路みたいなものまで書かれてる気がするんだけど」
「おっと、それは我が非公式新聞部の本部の道筋だ。君達のはこちらだ」
本部って何!? 非公式新聞部って、何!? 部活っぽい名前で言ってるけど何か秘密組織的な雰囲気がちらちら見えるんだけど!?
「さて、これでも俺は忙しい身なのでね。君達の検討を祈ろう。では、アデュー!」
そう言って杉並は僕達とは別方向へ去っていった。
「……何なんだろう?」
「でも、いいものもらったよね」
「まぁ、この状況を考えればいい助け舟だったね。とりあえず、急ごうか」
今更になって気づいたけど、女子をお姫様抱っこしてる状態で学園の中を走り回っているのだから一目につきやすい。
そろそろななかちゃんを下ろさないと後で彼女に対して何か誤解が起こらないとも限らないし。
杉並君からもらった紙を開き、そこに描かれた風見学園の見取り図のようなものを見て一目につかなそうな場所に印がついてたので、その内の一ヶ所に非難して僕らは休憩していた。
「ふう……とりあえずここで少し休んでいこうか」
「うん! 結構面白かったよね!」
「こっちは必死だったんだけどね」
僕は休憩しながらも今も尚マイペースで楽しそうにしているななかちゃんと会話を広げていた。
この笑顔を見てると連中が自分達のつくった服を着せてミスコンに出したい理由もよくわかる。
「ていうか、さっきからずっと逃げてるけど……なんでミスコンに出ないの? ななかちゃんならきっといいところまでいけると思うんだけど」
これだけレベルの高い美人なのだ。ミスコンに出れば優勝も十分有り得る。
「う~ん……なんでって言われても、興味ないし……人前だと恥ずかしいから」
「ふ~ん……。何かもったいない話だなぁ~」
僕ならななかちゃんくらいの美少女が来るとわかれば絶対に見に行くって言える自信はある。
「……明久君は、私がミスコンに出ると嬉しい?」
ななかちゃんが僕の手を握ってそう尋ねてきた。なんか……何度握られてもドキドキするよね。
しかし嬉しいかどうかか。正直出るところを見れば嬉しいけど、あんまり下手な事言って呆れられても困るし。
「嬉し──写真が出たら1グロスほど買い占めたいと思う」
「……うん、明久君って、アレだよね。嘘のつけない人っていうか」
あれ? 僕、言葉の選択肢を間違えた?
「そ、それにしても! 中々追っ手が諦めてくれないね! これじゃあ、ななかちゃんがゆっくり文化祭回れないよね!」
「あ、誤魔化した」
それは言わない約束だよななかちゃん。
「でも、本当に中々諦めてくれないね。う~……少しくらい小恋と回りたいと思ったんだけど」
小恋っていうのは多分ななかちゃんの友達なんだろう。しかし、このままじゃ本当にロクに回れないままななかちゃん文化祭を終えちゃうよ。どうしたものかな。
「いっそ、変装して回るとか……なんて?」
「それだよ!」
「えぇ!?」
冗談で言ったつもりが、ななかちゃんは本気にしてしまったようだ。
「そうだよ! 明久君が女子の制服を着れば!」
「何で僕が変装するの!? しかも女子の制服とか、僕が社会的に消滅しちゃう結果になっちゃうから!」
僕が言ってるのはななかちゃんの変装の話なのに、なぜに僕が女装するなんて話に。
「冗談だよ明久君」
「ななかちゃん……笑えない冗談を言うのはやめようか」
その手の事で今までロクな目にあった事がないんだから。
「は~い。不純異性交遊はそこまで~」
「へ? って、誰!?」
不意に声がしたと思って振り返ってみると、何時の間にかななかちゃんとは違う色の制服を着た紫のショートヘアーの女子が仁王立ちしていた。
「あなた、そこで何してるのかしら?」
「へ? 何って言われましても……追っかけから逃げてきて今は休憩ですと──」
「追っかけからね。つまり、杉並の一味だと?」
「杉並?」
杉並って、確かさっき紙を渡した男がそう名乗っていたような。
「ああ、この紙を渡した人だったっけ?」
「墓穴を掘ったわね!」
目の前の人が大声を出すと茂みや木の陰から大勢の学生が出てきた。
「って、何時からそこにいたの!?」
「そうら! さっさと薄情なさい! 杉並は今何処にいるの!?」
「いや、何処にと言われましてもさっき僕に紙渡してさっさと行っちゃいましたから何処にいるかなんて」
「嘘はつかないことね」
「嘘なんてついてませんよ!」
一体何事なのか、どうやら僕を杉並君の仲間だと思ってるみたいだけど、なんでそこまで殺気立ってるのかがわからない。
僕が訳も分からずに混乱していると、
「ま、まゆき……その人、風見学園の生徒じゃないよ?」
「え? ……あ、そういえば制服が違うし。ここまで馬鹿面の生徒は見たことないわね」
「…………」
「ま、まゆき……その人、さめざめと泣いちゃってるけど」
あれ? 僕の目から大量の汗が吹き出てきたよ。
「まあまあ、明久君。明久君にだっていいところはあるんだから泣かないの」
ななかちゃんが僕の頭を撫でて慰めてくれた。
うぅ……君だけは僕を慰めてくれるんだね。
「で、それはそうと……なんで他校のあんたが学園のアイドルの白河さんと一緒にいるのかしら?」
学園のアイドルって……本当にすごい存在なんだ、ななかちゃんって。
「なんでと言うと、僕がこっちに来てから──」
僕は目の前の人──確か、まゆきさんだっけ?──にこの学園に入ってからの事情を説明した。