バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第十八話

「……にい……ん! ば……な……ちゃ……!」

 

「ん……」

 

 耳元で何か聞こえる気がする。けど、肌寒い上に瞼がほとんど開けず、眠気は全身を回っているためにその正体を確かめる気にもなれなかった。

 

 僕はそのまま夢の世界へ駆け出そうとした時だった。

 

「む~……馬鹿なお兄ちゃん! 起きてくださいですぅ!」

 

「ふごぉ!」

 

 な、何かお腹の上でものすごい衝撃が……。何か重たい一撃がずどんと落ちてきて僕は一瞬で目が覚めた。

 

 一体何事かと自分の腹部へと視線を送らせた時だった。

 

「……葉月ちゃん?」

 

「ですぅ!」

 

 僕のお腹に衝撃を与え、今もなお僕のお腹の上でのしかかっているのは葉月ちゃんだった。

 

 相変わらず天真爛漫という言葉をそっくり再現したような純粋無垢な笑顔と行動力だ。

 

「えっと、どうしたのかな? 今日は土曜日だけど」

 

「はいです! ですから今日は馬鹿なお兄ちゃんといっぱいお遊びするです!」

 

 どうやら僕と遊ぶために芳乃家のこの部屋にまで起こしに来たらしい。

 

 思えば確かにここのところ葉月ちゃんと食事をしたりお話する事は多くなったけど、遊びに行くなんて事はなかったな。

 

 たまには思いっきり遊びに行くのもいいかもしれない。

 

「うん、そうだね。今日くらいは思いっきり──」

 

 僕が葉月ちゃんと遊びに行こうと頷こうとした時だった。

 

「明久っ! 起きてるか!?」

 

 ドアが勢いよく開き、そこから随分と慌てた様子の義之が入ってきた。

 

「義之? どうしたの、そんなに慌てて?」

 

「うわわ、優しいお兄さんどうしたですか? 葉月びっくりです」

 

「あ、葉月ちゃんおはよう。じゃねえ、明久! 今日何やるか知ってるか!?」

 

「今日って、特に予定は……」

 

 言われてからアレ、と頭を捻って記憶の流れを遡る。

 

 確か、昨日人形劇の練習した時、沢井さんが練習時間が足りなくなるから休日も使って練習するとかなんとかって──

 

「ああぁぁぁぁっ!」

 

 すっかり忘れてた! 今日は朝から集合して土曜をフルに使っての練習だったじゃん!

 

「やっぱりお前も忘れてたか。ついさっき俺も小恋や杏に言われるまで気づかなかった。お前のところには?」

 

 言われて僕は慌てて自分の携帯の画面を見た。確かに一件だがメールが届いていた。

 

 そのメールの内容は、

 

『 件名 早く来い

 

    いつまでグースカ寝ているの? もし昼までに来なければ……どうなるのかしらね? いっそのことあんたが女としてしか生きられないように体育祭の写真をばらまいてあることないことあんな噂やこんな噂を……』

 

 杏ちゃんからそんなメールが届いていた。

 

 ていうか本格的にマズイ! 体育祭の女装時の写真もそうだけど、あれをひらひら見せびらかしながらあることないことを吹き込まれたら僕の社会的信用がこれまでもかというくらいにガタ落ちだ!

 

「とりあえず、まずいメールが来たっていうなら間に合わないまでも急いで行った方がよくないか?」

 

「そうだね! とりあえず急ごう! すぐに着替えるから!」

 

 僕は急いで制服に着替えて学校に向かおうとしていた。しかし、

 

「馬鹿なお兄ちゃん! 葉月と遊びに行かないですか!」

 

 そうだ。葉月ちゃんのこともあるんだ。しかし、僕は人形劇の練習があるからな。役はないけど。

 

「ごめん、葉月ちゃん。僕はこれから大事な用があるから」

 

「葉月と遊びに行く事よりもですか?」

 

「うぐっ……」

 

 まいった。学校の行事だから大事だけど、だからと言って葉月ちゃんをこのまま放っておくのもどうかと思う。

 

 僕と遊びに行くの、相当楽しみにしていたみたいだし。

 

 でも、やはりクリパの人形劇は成功させたいから。だから、ここは年上として葉月ちゃんに事情を説明して今日のところは引いてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わー。すごいお家ができてるです」

 

「だはは! 俺の腕にかかりゃ、こんなくらい楽勝だぜ!」

 

「へ~、ピアスのお兄ちゃんすごいです~」

 

「で、何か言い訳でもあるのかしら?」

 

「申し訳ありませんでした」

 

 僕は杏ちゃんの眼下で土下座真っ最中だった。

 

 あの後、葉月ちゃんに事情を説明してみたものの、中々引いてもらえず、結果僕が折れる結果になってしまい、学校に連れてきてしまった。男とは、無力だ。

 

「この忙しい時にあんたって奴は……」

 

「いや、本当にすみませんでした」

 

 沢井さんにまで怒られる始末だった。しかし、みんなそこまで怒っている様子はない。

 

 というか、みんな小さな女の子が来たことで空気が和やかになってるというか。やはり休日に学校に来たのがストレスだったのか、葉月ちゃんがいいマスコットになったようで。

 

「ていうか、何であんな小さな女の子連れてきちゃったの?」

 

 背後から杏ちゃんがいつもどおりの無表情で問うてきた。いや、なんとなくだけど……怒りのマークが額に浮かんでるような気がする。結構怒ってるようだ。

 

「いや、なんというか……すっかり今日の劇の練習のことを忘れていた時に葉月ちゃんが僕の部屋に来て──」

 

「遊びに行くとか約束しておいた手前断りきれずに連れてきたってわけ?」

 

「……はい」

 

「……ヘタレ、グズ、バカ」

 

「ぐはっ!」

 

 無表情での罵倒の三連打。かなり精神的にダメージを受けた。

 

 やめて……僕のライフはとっくにゼロなんだよ……。

 

「ま、来ちゃったものはしょうがないか。連れてきちゃったからには責任を持ってあの子を見ておきなさい」

 

「はい。肝に銘じておきます」

 

 どうにか葉月ちゃんを置く許可はもらえたようなのでまずは一安心だ。

 

「まあ、幸いというのか、あんたは照明の担当だけだからあの子を見る時間は腐るほどあるでしょうね」

 

 まあ、秀吉とは違って僕は演劇なんてできるほどの技量はないのだからこの配役が妥当か。

 

 他にはヒロインであるサンタ女の子のお父さんにお母さん、ヒロインに迫ってくるお金持ちの貴族。村人AとB、サンタのボス──サンタ女の子のおじいさんらしい──、後はナレーションに照明、音響、大道具に美術担当。色々あった。

 

 秀吉だったら、ひとり人形劇くらい楽勝にこなせるんじゃないだろうか。だって色んな人の声色を普段から使い分けているんだから。

 

「で、暇ついでにちょっとお使いを頼まれてくれないかしら?」

 

「お使いっすか?」

 

 杏ちゃんは懐から封筒を取り出して僕に差し出した。

 

「……これは?」

 

「今回の劇の計画書と許可書。まだ生徒会に申請してなかったから」

 

 そう言えばそもそもこの劇が決まったのだって本当にちょっと前のことだったのだ。生徒会に申請書出す暇などなかっただろう。

 

「ていうわけで、頼むわね」

 

「うん、了解」

 

 僕は一言いって教室を抜け出し、生徒会室へと足を運んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と」

 

 杏ちゃんのお使いで生徒会室まで赴いた。僕は生徒会室の扉の前でひと呼吸してノックをする。

 

『はーい』

 

 コンコン、とノックの音がしてから1秒もたたずに返事がかえってきた。

 

 それから扉を開け、中へと入っていった。

 

「あ、吉井じゃないの。珍しいわね」

 

 中に入るとちょうど生徒会の仕事をしていたのか、音姫さんと高坂さんが机に向かって作業の真っ最中だった。

 

「どうしたの?」

 

「ああ、これ。うちのクラスの出し物が決まったので」

 

「ああ、そういえばまだだったね。弟君のクラスの出し物」

 

「で、何か企んでたりはしてないわよね?」

 

「してませんよ。ただの人形劇なんですから」

 

「人形劇?」

 

「はい」

 

 高坂さんに言って手に持っていた封筒を音姫さんに渡した。

 

 すぐに封筒から紙を出して高坂さんも横からちらちらと文面を見ていた。

 

「ふ~ん……人形劇ね。まあ、見たところ普通ね。でも、杉並がいるんじゃねぇ~」

 

「確かに……否定できませんね」

 

 杉並君なら確かに劇であろうなんであろう抜け出して何をしでかすかわかったもんじゃない。

 

 体育祭の時やそれより以前にも多大な前科を持っているようで生徒会も教育者達も杉並君を警戒している。

 

 更に今回はムッツリーニも非公式新聞部に加盟したために今回のクリパで何をしでかすか全く予想がつかない。

 

「ま、それに関しては出し物を見ればわかるわね。ちょうどここらでキリにしてそれぞれのクラスの出し物見ていくところだったから」

 

「クリパが近いからどこも休日を使って出し物の準備をする生徒が多いからね」

 

 どうやらこんな時にゆっくり休日を過ごそうとしたのは僕と義之と雄二だけだったようだ。

 

 雄二は当たり前のように家で寝てるかクリスマスシーズンで賑わっている商店街にでもいるのだろうことは予想できる。

 

 こういった学園での行事にはとことん無関心な奴だから。

 

「ていうわけで、早速行きましょう」

 

 そう言って高坂さんが腰を上げた時だった。

 

「あ、ちょっと待ってー」

 

 扉が開くと共に元気な少女の声が聞こえた。

 

「あ、学園長。おはようございます」

 

「はろはろー、まゆきちゃん、明久君」

 

 入ってきたのはさくらさんだった。相変わらず元気いっぱいで僕らの癒しの源である。

 

「はあ、ちょうどいいところだったよ。ちょっとまゆきちゃんにお願いしたいことがあってね」

 

「あたしに……ですか?」

 

「うん」

 

 さくらさんが高坂さんにお願い事とはこりゃ珍しい。

 

「まゆきちゃんも知ってると思うけど、昨日うちの学校に転校生が来たの。でね、その子を生徒会の役員として働かせてほしいんだ」

 

 へぇ~……転校早々生徒会に入りたい生徒なんてこれは珍しい。

 

「研修みたいな感じでね。で、その面倒をまゆきちゃんに見てもらいたいな~と思ってるんだけど」

 

「それは、別に構いませんけど」

 

「本当!? よかった~! じゃあ、早速自己紹介をしないとね。ほら、エリカちゃん」

 

「はい!」

 

 さくらさんに呼ばれて凛とした声が帰ってくると生徒会室にひとりの少女が入ってきた。

 

 綺麗な金髪、猫のようなつり目がちの青い瞳。ちょっと近寄りがたい雰囲気を持っているが貴はかな佇まいがそれを軽減しており、それ以上にその容姿が整った──

 

「すいませんしたああぁぁぁぁっ!」

 

 そう。つい先日僕が衝突して胸を触ってしまった例の転校生のひとりだった。

 

 その姿を見た瞬間、僕は条件反射で土下座をしていた。

 

「あっ! あなたは!」

 

「あれ? 何なに? もしかして、もう2人は知り合いだったの?」

 

「えっと……その……」

 

「こんなスケベ男の事なんて、私は何も知りません」

 

 そう言って転校生の少女が顔を背けた。とほほ……スケベ男ですか。まあ、あの時の事を思い返せば否定のしようがありません。

 

「……あはは」

 

「…………」

 

「…………」

 

 さくらさんや音姫さん、高坂さんが探るような視線を僕に向けてきた。

 

 ていうか、転校生という部分で気がつくべきだった。ムッツリーニの情報で転校生のことはもう知っていたはずなのに。

 

 いや、気づいたところで僕には何もできるまい。だって初日の出会いが衝撃的すぎたんだもん。

 

「えっと……それじゃあ、自己紹介しようか」

 

 さくらさんが場の流れを変えようと自己紹介を始めさせる。転校生の少女はさくらさんに促され、前に出て自己紹介を始める。

 

「はい。今回、特別留学生として風見学園にお世話になることになりましたエリカ・ムラサキです。よろしくお願いしますわ」

 

 そして転校生、ムラサキさんは優雅にお辞儀をした。まるでよくできた貴族の令嬢だ。

 

「ちなみに、エリカちゃんは正真正銘のお姫様だからね。失礼のないように」

 

 ………………は?

 

「へ? お姫様?」

 

「はい。東ヨーロッパの、とある王国の第一王女となっておりますが、ここでは私はただの1年生なので先輩方の方が目上にあたります。私の身分については気になさらず、普通に後輩として接していただけると助かります」

 

「そう? よかった。あたしもかたっ苦しいの苦手だから。あたしは高坂まゆき。本校2年3組で、一応生徒会の副会長ね。よろしく」

 

「エリカで結構ですわ、高坂先輩」

 

「あ、私は朝倉音姫。生徒会の会長です」

 

「はい。よろしくお願いしますわ、朝倉先輩」

 

「…………」

 

 えっと、僕なんだか蚊帳の外っていうか……すごい空気なんだけど。

 

「そんで、こっちは吉井明久で付属の──」

 

「ふんっ!」

 

「「「「…………」」」」

 

 僕の紹介に入った途端、ムラサキさんは不機嫌そうに顔を背けた。相当根に持ってるようだった。

 

「そんな男のことなんかに興味はありません!」

 

 びしりと一言。まいった。これは想像以上に尾を引くかも……。

 

「明久君、ムラサキさんに何をしたの?」

 

 音姫さんの質問に言葉を詰まらせる。まいった。これはどう言ったものか。

 

 何しろ彼女が僕に怒りの念を抱いている理由が転校初日にぶつかって胸を触っちゃいましたなんて言ったら、音姫さんがどれだけ怒るか。

 

 この人の怒りは体罰的な意味はないけど、それ以上に精神的に来るものがある。本気で死ぬよりもつらい地獄を長時間味わうことになる。

 

 しかし、このまま彼女の事を放っておくわけにもいかないだろう。僕の話なんて微塵も聞くつもりはなさそうだけど、それでも音姫さん達がいればなんとかなるかもしれない。

 

 なのでここは正直に言ったほうがいいだろう。説教なんていくらでも聞いてやる。

 

「あの……実は彼女とは廊下でいやらしいことをぶるぅぁぁ!?」

 

「あなたは、何を言ってますの?」

 

 事情を説明しようとしたところで僕の顔面に重いものがぶつかった。

 

 どうやらムラサキさんが僕に向けて何かを投げかけてきたようだ。痛い……何故こうなった?

 

「明久君、それじゃあエリカちゃんと廊下で(検閲削除)をしてるって取られちゃうよ?」

 

「ぶっ!?」

 

 マズった! そんな風に取られるような一言だったのか今のは!

 

 ていうか、さくらさん! あなたの外見でそんな言葉を使うのはどうかと思います!

 

「ち、ちちち、違います! えっとですね! ムラサキさんが転校してきた時、だったかな? その時──」

 

 それから数分間の事情説明をして3人はことの発端を理解して、

 

「吉井……」

 

「明久君。悪気はなんだろうけど……」

 

「エッチなのは駄目だからね」

 

「はい」

 

 呆れ、苦笑い、怒りと三者三様の反応を前に僕は正座真っ只中だった。

 

 そりゃあ、いくらわざとではないし事故だとはいえ、僕のやったことが許されることだとは微塵も思っちゃいない。

 

「……っ! ねえねえ、音姫」

 

 高坂さんが突然何かを閃いて音姫さんと何か相談していた。数分もすると音姫さんも合点とったように微笑み返した。

 

 そして高坂さんは僕に歩み寄ってきた。

 

「吉井、ちょっといいかしら?」

 

「はい」

 

「単刀直入に言うけど。吉井、あんた生徒会の仕事、手伝ってみない?」

 

「…………」

 

 はて、この人は今なんとおっしゃったのだろうか?

 

「その表情、あたしが何を言ったか理解してないわね。いわゆるヘッドハンティングってやつ? 吉井の力を生徒会にかしてほしいの」

 

「へ?」

 

「はい?」

 

 高坂さんの言葉に僕だけでなくムラサキさんまでもが間抜けな声を出した。

 

「ちょ、高坂先輩!? 何故こんな男を!?」

 

 予想外な事態に僕よりもムラサキさんの方が高坂さんの言ってる事が理解できないのか、声を荒げていた。

 

 確かに……この流れでなんでそんなことを言い出すのか。

 

「なんでって言われても、基本的にあたしは認めてるのよ。弟君を筆頭に杉並、板橋、雪村や花咲、吉井のいる付属3年3組の連中の能力の高さを。でも、だからこそ厄介なのよ。その能力の使い方を徹底的に間違ってるし」

 

 義之を筆頭にっていうのがよくわからないけど、杉並君に関してはかなり同感だ。

 

 ていうか、なにげに僕の事もカウントしておりませんでした?

 

「まあ、何が言いたいかっていうと、正直手が回らないのよね。今の生徒会のメンバーじゃ。数はそこそこいるけど、総合能力じゃ杉並達には敵わないから。だからまず吉井を手懐けようとね」

 

「それは何故?」

 

「そりゃあ一番落としやすいからに決まってるでしょ。あんたバカだし」

 

「それを聞いて入ると思いますかあなたは」

 

 今の一言で入るような奴がいればその人こそ相当のバカか有興人だけだ。

 

「まあ、それと同時にあんたも結構なお人好しだしね」

 

「はぁ?」

 

「知ってると思うけど、通常業務だけでも音姫にかかってる負担は相当大きいでしょ?」

 

 僕にしか聞こえない声で高坂さんは言った。確かに、クリパが近づくにつれ、音姫さんを尋ねてくる人間の数は計り知れない。

 

 その上生徒会の仕事までやってるのだから負担は相当のはずだ。

 

「更にクリパでは色々問題が起きやすいからね」

 

 確かに。体育祭で実感したけど、杉並君の起こす騒ぎは僕らといい勝負なのかもしれない。

 

 その上今回はムッツリーニがいるからあのコンビが何をしでかすのか全く予想がつかない。

 

「更に向こうにはなんだっけ……土屋だったかしら? あの男も杉並と同じで秘密裏に事を進めるのを得意としている奴がアイツのところにいるんだってね。で、そいつがあんたを利用しようとするかもしれないの。あんた、ちょっとしたことで騙されそうだし」

 

 それはない……と言い切れないのが痛い。実際雄二の口車に乗ったことでかなりひどい目にあったことがあるし。

 

「で、気がつけばあんたが知らぬ間に計画の中心に仕立てられてる可能性も否定できないの。弟君やあんたみたいな人間の影響力って、バカにならないものだからね。本人に自覚あるなしに関わらず」

 

 はて、僕がいたところでそんな影響があるとは思えないけどなぁ。

 

「んで、生徒会としてはその可能性がある限りあんた達のマークを外すわけにはいかないのよねぇ。ランクもかなり高いからそれなりの人員の割り当てが必要だし」

 

「はぁ……」

 

「だから、人員を当てるくらいならあんたをこっちに取り込んじゃった方が安心でしょ?」

 

 言いたい事はなんとなくわかったんだけど、

 

「なんで僕を生徒会に?」

 

「まあ、あんたが本来こっち側の人間だから今のうちに色々教えて学園のために頑張ってほしいってのもあるけど……ま、半分はあんたとムラサキの事ね」

 

 僕とムラサキさんを交互に見て高坂さんは小声で言った。

 

「このままちぐはぐなままなのはあんたとしても避けたいだろうし、あたし達も見過ごせないんだよね。学園の生徒には楽しい時間過ごしてほしいから」

 

 確かに、このまま彼女と険悪なムードで居続けるのは少々というか、かなり辛い。生徒会に入れば彼女と話す機会は増えるかもしれないけど。

 

「ですが高坂先輩、こんな男、いても役に立つとは思えません」

 

 彼女がそれを許すとはどうしても思えない。というか酷い言われようだ。まあ、実際生徒会の仕事なんてわからないからこんな迂腐な僕が役に立てそうにないのは事実だけど。

 

「そうはいうけどエリカちゃん、明久君だってすごいんだよ。杉並君の罠なんて目じゃないくらい頑丈な人だし、きっと私達の助けになってくれるから」

 

 音姫さんが邪気のない顔でそんな照れくさい事を言った。いや、確かに体育祭の時の罠はどうにか切り抜けられたけど、向こうがそのレベルに留まってくれるか。

 

 おまけにムッツリーニもいるから今後どんなえげつない罠を仕掛けるか。

 

「まあ、仲良くやれとまでは言わないけどさ、少しは協力的になってくれると助かるかな。吉井の人間としてのなりは見ればすぐにわかるだろうから」

 

「……その男の態度次第ですわ」

 

 ムラサキさんは納得できないが先輩の言葉ならと渋々従った。

 

「で? 吉井はどうなの? 生徒会に入ってくれないかしら?」

 

 最後に本題に入った。さて、生徒会に入るや否や。

 

 確かにムラサキさんとは仲良くとまではいかないまでもどうにか怒りを沈められればと思う。

 

 それに音姫さんの負担だってこれを機会に少しは減らせればいいし、杉並君の行動も正直見過ごせないし……うん。

 

「わかりました。入ります。生徒会に」

 

「ありゃ、手伝うか」

 

 自分から言ったことなのに高坂さんが一番驚いてるよ。

 

「いや、まさかこんなすぐに快諾してくれるとは思わなかったから……まあ、入ってくれるなら助かるけどね」

 

「うん。期待してるよ、明久君」

 

「これで後は弟君が入ればな~……と思う音姫でしたと」

 

「ちょ、まゆき~。誰もそんなこと言ってません」

 

「でも、顔にはっきり出てたわよ。弟君も入ったらな~って」

 

「あぅ……」

 

「あはは♪ 可愛いな、音姫ちゃん」

 

 義之か……。まあ、彼についても音姫さん達が近いうちに声をかけるだろう。

 

 そして入ったらきっと……というか、絶対に生徒会みんな、特に音姫さんが大喜びだろう。

 

 既に生徒会メンバーに入った義之に音姫さんが抱きついて長時間行動を共にして、なんてシチュエーションが頭に浮かんでいた。

 

「ま、そんなわけで頼むわ、吉井」

 

「わ、わかりました。頑張ります」

 

 これで彼女とも少しは良好な関係になれたらいいけど、

 

「あの、どうかよろし──」

 

「ふんっ!」

 

「…………」

 

 ……その日はかなり遠いのかもしれない。

 


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