バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第十六話

 

「お弁当が欲しいんだったら、前の日にちゃんと言ってほしいよねー」

 

 学校へ登校する途中、音姫さんが最初に口を開いた。

 

 ちなみに今音姫さんがそう言ったのは今朝学校に出掛ける前に義之が弁当を忘れたなんて言ってね。

 

 最初は音姫さんも時間がないからと言ってたが、義之が冗談半分で音姫さんを持ち上げたら何時の間にか立場逆転して音姫さんがお弁当作ると言い張り、義之がそれを止めるようになった。

 

 このままでは収集がつかないと思った僕と由夢ちゃんの2人でどうにか音姫さん達を止めて登校したのだった。

 

「いや、無理。俺ってインスピレーションに従って生きる男だからさ。その時の気分で変わるし」

 

「それって単に行き当たりばったりって言うよね」

 

「駄目だよ、計画的に生きないと」

 

「兄さんにそんな事言っても無駄だよ。いつもテスト前になると慌てて一夜漬けしてるような人だもん」

 

「お前だってそうだろうが」

 

「や、私は成績いいですから」

 

「やれやれ。今日も今日で微笑ましいのぅ」

 

「まあ、仲良しなのはいいことなのだが」

 

 そんな風に僕達は義之と由夢ちゃんの兄妹喧嘩(?)を眺めていた。

 

「おはよ」

 

「ハオハオ~」

 

 後ろからかかってくる声に振り返ればそこには杏ちゃんと茜ちゃんが歩いてきた。

 

 彼女達はバスでの通学らしい。どうやらその時間と重なってたようだ。

 

 2人が音姫さん達にも挨拶すると義之に歩み寄った。

 

「はい、これ」

 

「ん? 何だ?」

 

 杏ちゃんが鞄から本のようなものを取り出した。

 

「台本。まだ途中だけど」

 

「義之君と小恋ちゃんのラブシーン満載のね」

 

「すごいよ、濡れ場」

 

 ブシャアアァァァァ!

 

 何処かで底なしにムッツリな男が鼻血を噴出させてたような……気の所為だよね。

 

 しかしこっちもこっちでその手の冗談の通じないのが2人いるんだよね。

 

「「…………」」

 

「えと、音姉……由夢?」

 

 音姫さんと由夢ちゃんがにっこりとしながらも瞳からはとんでもない程の怒気が感じられる。

 

「んじゃ、適当に読んでおいて」

 

「期待してるよ~。義之君の迫真の艶技(えんぎ)♪」

 

 何やらえんぎという言葉に当てる字が違っていたのは気の所為だろうか。

 

 いや、あの2人なのだから決して気の所為ではないだろう。

 

「で?」

 

「見せてごらん? 弟君」

 

 殺気を放っている2人に義之が返事をするまえに奪い取ってページを捲る。

 

「何やってんだか……」

 

「流石にアレは2人の冗談じゃろうに」

 

「まあ、何とかは盲目と言うだろう」

 

「だね」

 

 僕達が呆れてる傍で2人は必死にページを捲って義之の出てくるシーンを見ていた。

 

「えっと」

 

「う~ん」

 

 数分もすると2人共ホッとして台本を閉じて義之に返す。

 

「うん、面白そうだね」

 

「そだね」

 

「ますます楽しみになってきたなー」

 

「兄さんがあんな台詞をね……あはは」

 

「はぁ……」

 

 2人から本を返され、短く溜息をつきながら義之も台本をペラペラ捲り、校門へと足を運ぶのだった。

 

「うぃーっす!」

 

 そしてまた後ろからややテンションの高い声と共にこちらへ駆け寄る足音が聞こえた。

 

「あ、渉」

 

「おお! 全員おはようさん!」

 

「オッス」

 

「おはよう、板橋君」

 

「おはようじゃ」

 

「おお! ていうか、義之? お~い!」

 

「……何だよ、こっちは今台本見るのに忙しいんだが?」

 

「台本? ああ、人形劇のか。お前主役になったんだよな……羨ましい」

 

 それは小恋ちゃんと一緒になれないからだろう。彼には悪いが、この組み合わせが妥当だと思う。

 

「テンション低いなぁ。俺なんか今日、朝からすげーわくわくしてめっちゃ早起きしたって言うのに!」

 

「何だ? 今日は何かあったっけか?」

 

 雄二がダルそうに板橋君に問う。

 

 思い返してみるけど、板橋君がテンション上げるようなイベントなんてなかった気がするけど。

 

「あぁ、転校生だよ転校生。今日、うちの学校に転校生が2人来るって聞いてるだろ?」

 

『いや、知らん』

 

 その場男子全員で即答した。

 

「転校生ですか? お姉ちゃん、知ってました?」

 

「ううん。そんな話は聞いてないけど……」

 

「おいおい、板橋。本当に転校生なんて来るのかよ?」

 

「何言ってんだよ、お前ら非公式新聞読んでないのか?」

 

「読むわけねえだろ」

 

「マジで!? 明久達もか?」

 

「そもそもどんな新聞なのかも何処に貼られてるのかも知らないし」

 

「その転校生という話自体本当かどうかも疑わしいぞ」

 

「第一それだったら生徒会長であるあの人に何か連絡くらいは来るのではないかね?」

 

「学園長もそのような話はしとらんかったぞい」

 

「しかし、明久達といい……随分と転校生の多い時期だな。もしかしたら今度はお前らの女友達が転校なんてなったりしてな」

 

「「恐ろしい事を言わないで(言うな)!」」

 

「うわ、ハモった」

 

 義之は冗談半分で言ったつもりだろうけど、僕達にしてみればそれほど恐ろしい状況は他にないだろう。

 

 この平和がいつまでも続くとは思ってないけど、この学校での状況を知れば姫路さんや美波は絶対僕に御仕置きとして海に投げ捨てるくらい、躊躇いもないだろう。

 

「この2人がここまで震えるって、そんなに怖い娘達なの?」

 

「うむ……儂も人の事は言えんが、この2人は特に姫路達にロクな目に会わされとらんからの」

 

「ところで、その2人ってうちのクラスにでも来るの?」

 

「いや。2人共付属だけど、1人は2年、もう1人は1年だってさ」

 

 話題を転校生の話に戻すと件の転校生は2人来るようだ。

 

 それは僕もこの場全員も知らないよね。でも、何で渉はそこまでテンション上がるのか。

 

「なんでも2人共かなりの美少女らしいぞ」

 

 ま、そうでもなければ渉が舞い上がるわけがないか。

 

「あのさ……その情報源はどっから来たんだ?」

 

 義之がため息混じりに渉に問うた。

 

「非公式新聞部」

 

「他は?」

 

「ない」

 

「…………」

 

 義之が呆れたように渉を見た。それもそうだろう。杉並君が率いる非公式新聞部。

 

 結構な情報網を持ってるようだけど、適当な事も書いてあるらしく、それを聞いて僕もあまり読まないようにしてるんだよね。

 

 となると、転校生の話自体本当かどうかも疑わしくなってきた。

 

「な、何だよその目は?」

 

「いや、別に……」

 

「本当に転校生が来るのかよ? ガセかも知れねえだろうが」

 

「その情報を出したのは杉並君だったかな? ならガセだという可能性もあるのではないかね?」

 

「それとも、他にそういった情報を流した者がおるのかの?」

 

「いや……ただ、その情報を持ってきたのが土屋って情報が載ってただけで」

 

「「「「どうやら本物のようだな(ね)(じゃの)」」」」

 

「えぇ!? お前らあっさり信じるのかよ!?」

 

 義之があっさり疑いの意見を掌返しにした僕達に驚いた。

 

「いや、そういった情報を持ってきたのがムッツリーニならすごく納得できちゃうんだよね」

 

「特に美少女ってくだりがな」

 

「転校生が男じゃと言うのならその転校生という情報自体その非公式新聞には載らないじゃろう」

 

「女性に関する情報を集めるのは彼の専売特許なのだからね」

 

「彼の事を知ってるだけに、信憑性高いんだよね」

 

 ムッツリーニなら転校するのが女子だとわかれば即行動に移すだろう。

 

 もしかしたら既にその転校生の素性も調べ上げてる可能性だって有り得る。あいつの情報力なら既に風見学園の女子の個人情報を悉知したって不思議じゃない。

 

「わかったんならさっさと行こうぜ」

 

「行くって何処にだよ?」

 

 渉の言葉に義之が問う。

 

「何処って、もちろん見学。職員室に決まってるじゃん」

 

「見学って、お前な……」

 

「美少女かぁ……」

 

「面白そうじゃねえか。行ってみようぜ」

 

「明久、坂本まで……」

 

「……俺も行こう」

 

「わぁ!? ムッツリーニ、何時の間に?」

 

「気配なぞ、微塵も感じなんだぞ」

 

「相変わらず無駄にすごい才能だね」

 

「おっし。てなわけで、新たな出会いに向けてレッツゴー」

 

 渉を先頭に、僕と雄二とムッツリーニがついていき、職員室へと向かっていった。

 

「明久……」

 

「儂を男とようやく認識してくれたのはいいのじゃが、根の部分は変わらんのう」

 

「吉井君……」

 

 後ろで何人か溜息をついていたけど、転校生の事の方が気になるので後にした。

 

 

 

 

 

「ありゃ、誰もいない」

 

 職員室前に着いたところで板橋君が室内をキョロキョロと見回した。

 

「おっかしーな。俺の予想だと、職員室前は転校生を一目見ようと大勢の生徒でごった返しになってるはずなのに」

 

「……非公式新聞部も全員が見てるわけじゃないが、この殺風景な現状はおかしい」

 

「別に男が皆お前らと同じ思考してるわけじゃねえだろ」

 

「なんだかんだ言って、義之達も来たんだね」

 

「まあ、転校生が誰かは気になるしな」

 

「儂も義之と同意見じゃ」

 

 後から来た義之や秀吉も転校生の事が気になるらしく、一緒に職員室まで来た。

 

「んなこたぁねえだろ! 男って言うのは美少女転校生が来るって聞けば職員室まで見に来る生き物なんだよ」

 

「……美少女をその目に収めんがために行動。それが男の在り方だ」

 

「さいですか」

 

「ま、実際は1人も来てねえがな」

 

「おっかし~な」

 

 板橋君はそのまま職員室のドアの隙間から中を覗き込み続けた。

 

「それらしい奴はいるか?」

 

「いや、何の変哲もない職員室風景だな」

 

「……校内の網を探しても今のところ該当する者は登校していない」

 

「何時の間にこっちでもカメラ仕掛けてやがったのかよ」

 

 ムッツリーニお得意の隠しカメラを使ってもまだ転校生が登校してきたという形跡はないようだ。

 

 流石にHRの前には来るんだろうけど、

 

「とりあえずここは教室に戻ろうぜ。その転校生が来るのか判断つかないし」

 

「……俺の情報にミスはない」

 

「さいでっか」

 

「俺はもうちょっとここにいるぜ」

 

「……俺も」

 

 渉とムッツリーニはしばらくここから動く気はないらしい。

 

 しかし、時間も時間だし……流石にこんな理由で遅刻というのも恥ずかしいという問題じゃない。

 

「仕方ない。僕達は一旦教室に戻ってるか」

 

「そうだな。転校生も気になるが、こんな所で遅刻はしたくねえしな」

 

「そうじゃの」

 

「じゃ、俺達は先に戻ってるぞ」

 

「遅刻はしないようにね」

 

 そう言って僕が先頭となって歩きだした瞬間だった。

 

「きゃっ!?」

 

「え? うわっ!?」

 

 急に胸元に衝撃が来たと思うと、そのまま体勢を崩してしまい、背中から床へと倒れ込んでしまった。

 

「うごっ!?」

 

 そして視界が暗くなり、どうしたものかと手を動かすと、

 

 ふにょん。

 

 …………ふにょん? 僕の掌に何やら柔らかい感触があった。

 

 僕がどうにか視界を確保しようととにかく掌にあるそれを押すとそれは手の動きに合わせて形を変えていった。

 

「うっ……ぷぁ!」

 

 やっと視界が元通りになったと同時に僕は目の前の現実に身体が固まった。

 

「…………」

 

 目の前には金色の髪を下ろした美少女がいた。

 

 一目見れば誰もが見とれてしまうだろう綺麗な容姿。ムッツリーニが懸命に情報を仕入れてきた理由が納得できるほどの美少女だった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……で、あなたはいつまで私の胸を触ってらっしゃるおつもりなのかしら?」

 

「え? あ、ごめんなさい!」

 

 僕は慌てて手を離し、どうにか起き上がろうとするも今僕の身体の上には美少女が乗ってるために身動きが取れない。

 

 更に目の前にいる美少女は僕を睨んでいた。

 

「……あ、あの……こんなこと言っても許してもらえないのはわかってるんだけど、これは事故です。わざとじゃないので許してはもらえなくてもできればまずお話を聞いてもらえると──」

 

「こんのぉぉぉぉ! スケベ男ぉぉぉぉ!」

 

「べふぁ!?」

 

 僕の願いも通じず、怒声と共に一瞬のうちに彼女は右手を振りかぶり、風を切る音と共に僕の頬に痛みが走った。

 

 しかも、彼女が上に乗っかって身動きの取れない状態だったから受身もできず、思いっきり頭を床に叩きつけられるオマケつきの結果になった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……もう、最っ低!」

 

 その怒声と共に少女は姿を消した。

 

「だ、大丈夫か? 明久?」

 

「随分派手にやられたのぅ」

 

「うぅ……痛い。頬と頭蓋が2倍痛い……」

 

「おいおい、ラッキーだったな。吉井」

 

「女の胸を触った挙句、ビンタを喰らうとは随分と幸せものだな」

 

「……殺したいほど、妬ましい」

 

「だから事故だってば! だからムッツリーニ、その手に持ってるスタンガンをしまうんだ」

 

「どっから出したんだよ、そのスタンガン」

 

「しかし、随分と怒らせてしまったのう」

 

 秀吉の言う通り、アレはちょっと謝ったくらいでは決して治まりそうにはないだろう。

 

 それに僕は彼女のクラスさえまだ知らない。あの制服を見るからに、付属なのは間違いないだろうけど。

 

「……あの女、今日1年の方に転校する予定の女だ」

 

「へぇ……あの女がな。確かに情報通り、美少女だな」

 

 確かにムッツリーニの情報は決して偽りの部分がなかった。あんな状況でもつい見とれちゃうほどだったし。

 

「ちなみに名前はエリカ・ムラサキ」

 

「外見は如何にも外人なのにファミリーネームが何で日本人臭いんだよ」

 

「……それは情報に出てこなかった」

 

「まあ、妥当なところで父親の方が日本人か何かじゃろう。それよりも時間じゃ。ここは戻った方がよかろう」

 

「そうだな。とりあえず明久があの娘に謝るにしてもまず時間を置いた方がいいだろう」

 

「……うん、そうだね」

 

「くそ、ラッキーな野郎だぜ」

 

「だから板橋君、さっきのは事故だからね」

 

 いまだに痛む頬と頭蓋を押さえながら僕達は各教室へと戻るのだった。

 


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