「おい、次全校集会だぞ。体育館」
「あー、俺パスパス」
昼休みが終わりに迫った時刻、僕達はそろそろ教室を出ようとしていた。
今日は体育館で全校集会があるようだ。何故朝じゃないのだろうとか疑問もあるけど、授業が潰れるのは何となくラッキーな気もする。
まあ、理由は十中八九クリパだろうけど。
「アホな事言ってないで行くぞ」
「腹が減って動きたくない」
ぐったりと机に突っ伏したまま力なく呟く義之。
「そういえば義之、昼休み杉並君と何処に行ってたの? 食堂ではムッツリーニが途中で来てイキイキしてたし、教室に戻れば杉並君も興奮してるし、何故か義之は頬を腫らしてるし」
そう。食堂ではななかちゃんや秀吉と一緒に昼食を楽しんでいる最中、ムッツリーニが輝いた顔で僕達と同じテーブルに座ってきた。
そして昼食を終えて戻ってくれば杉並君が輝いた顔で何かぶつぶつ言ってるし、義之は何故か頬を腫らして机に突っ伏してそのまま。
「……思い出したくもない」
そう一言呟いてすっかり力をなくしたように机の上から腕をぶら下げた。
どうやら本当に空腹がキツイようだ。
「何があったのかは興味あるけど、今はとにかく起きろ。いい加減、先に行くぞ?」
「……わあったよ」
顔を上げると同時に義之のお腹からきゅる~、と情けない音が響いた。
最早立つのも辛いのだろう。そんな時だった。
「あ、何故かこんな所にお昼の残りの焼きそばパンが」
杏ちゃんがどこからか焼きそばパンを手に持って義之の目の前にチラつかせる。
「しかも私はお腹いっぱい。さて、どうしたものかな?」
わざとらしく、小悪魔的な笑みを浮かべて義之に焼きそばパンを近づける。
明らかな挑発だった。
「ふっ……俺を見くびるなよ雪村杏」
「お?」
義之も強がりの笑みを返しながらゆっくりと立ち上がる。
「わたくしとて、幼少から帝王学を仕込まれ、いずれは日本を背負って立つ男として育てられた身」
そんな話、聞いたこともない。
「そんなわたくしを、焼きそばパンごときで挑発しようなどと、片腹痛いわ! はっはっはっはっ!」
義之が何処ぞの悪魔だか大王様が上げるような高笑いをした。
「犬とお呼びください」
そしてすぐに杏ちゃんの前に膝まづいて両手を差し出した。
切り替え早すぎるよ。
「犬……」
「わん!」
しかも従順になりきっちゃってるし。
「……お前にはプライドってもんがないんか?」
「バカヤロウ! プライドじゃ腹は膨れねえんだよ! 資本主義舐めんな!」
「いや、資本主義は関係ないんじゃない?」
しかし、プライドで腹は膨れないという点に関しては気持ちはわからないでもない。
「お手」
「ハウッ!」
完全に犬になりきっちゃってるよ。杏ちゃんも面白い玩具を見つけたように楽しそうに笑ってるし。
「お代わり」
「ハウッ!」
「待て」
「ハッハッハッ」
駄目だ。義之が何処か遠くへ行っちゃいそうだ。そろそろ戻しておかないと。
「ちんちん……」
「「「……………………」」」
教室でわいわい騒いでいた生徒達が一瞬にして静まった。
………………待ってほしい。この幼い容姿の女子は今何と言ったのだろうか?
ち……女の子が口にするに相応しくない単語が聞こえた気がするのですが?
き、気の所為だよね?
「ほらぁ……ち・ん・ち・ん」
「やっぱり気の所為じゃなかったああぁぁぁぁ!!」
ていうか杏ちゃん、何言っちゃってるのおおぉぉぉぉ!?
「う、うおおおぉぉぉぉ!!」
隣では渉が身体をくの字に折ってのたうち回っていた。
「も、もう、杏! 駄目だよー!」
そこに小恋ちゃんが顔を真っ赤にして雪村さんを叱ってきた。
やはり彼女はこういった話題には耐性がないのだろう。ものすごい恥ずかしそうにしている。
「そうだよ杏ちゃん。ちんちんとか言っちゃ駄目!」
「「茜(ちゃん)も言わないの!」」
「え~? なんて?」
茜ちゃんがニヤニヤした顔で僕達に詰め寄ってくる。
「だから、ちん──」
「小恋ちゃん! 君まで言っちゃ駄目だから!」
「あ、あわわわ! い、言わないよ! そんな言葉!」
危うく小恋ちゃんまで女の子が言うに相応しくない単語を発して人生を踏み外してしまうところだった。
「小恋が何を想像してるのかわからないけど、犬の芸の事だから」
「うん。小恋ちゃんは想像力豊かだからね」
そんな風に想像させる原因となってるのは君達の言動だと思うのだけれど。
ぐ~~~~。
僕らがからかわれてるところに情けない音が義之のお腹から響いた。
もう流石に限界らしい。
「さあ、お食べ」
そう言って杏ちゃんが手に持っていた焼きそばパンを義之に手渡す。
「食べていいんか?」
「うん。元々小恋のだったし」
「小恋ちゃんが義之君のために買っておいたんだよ。もしかしたらって」
流石義之君の幼馴染と言うべきか、義之に対する気遣いが普通の人に対するものの何倍もすごい。
「サンキューな、小恋」
「うぅぅ~……もう知らない」
当の小恋ちゃんは2人にからかわれて義之の言葉も耳に入らないくらい顔を真っ赤にして涙目で恥ずかしがっていた。
教室から出ていき、体育館に移動すれば溢れんばかりの人混み。
これが本校と付属全てを合わせた生徒と教師が一ヶ所に集まるのだからとんでもない人数になるのは必然だ。
「で? 今日は何のための全校集会だ?」
義之がそんな疑問を口にした。
「ふ、決まっておろう。クリスマスパーティーに向けての連絡事項だ」
「もう、来週になるからな。クリパ」
「なるほどね。で、杉並は今回何すんだ? どうせ裏で色々動いているんだろう?」
「今のところは企業秘密だ。ただ、過去最大規模の祭になるとだけは言っておこう。今年は頼もしい助っ人がいるからな」
その助っ人は間違いなくムッツリーニなのだろう。
「暴れるのはお前の勝手だけど、俺を巻き込まないでくれよ」
「俺も勘弁してくれ」
「ならば吉井よ、今年はお前も俺の同志として──」
「悪いけど、僕も断るよ」
流石にもうその手の騒動に首を突っ込む気はないから。大体アレらだって本位で起こした騒動じゃないんだから。
『ただいまより、全校集会を開会します』
体育館の両サイドにあるスピーカーから高坂さんの声が聞こえ、全校集会が始まった。
『まず初めに、先生方から幾つか連絡事項があります』
何でこういう全校集会のところで長くなりそうな事するんだろう。
それから幾人かの先生が一言二言話して連絡事項を告げる。中にはやたらと長話の人もいたから眠気が襲ってきたりした。
『はい。では次に、クリスマスパーティーについての連絡事項があります。生徒会長の朝倉音姫さん、お願いします」
高坂さんが告げると共に館内中が一気に静かになり、全員の視線が壇上へと移った。
そこにゆっくりとした動作で壇上へ上がる音姫さんの姿があった。
『それでは、私の方から連絡します。例年通り、12月23日から25日にかけての3日間、我が風見学園ではクリスマスパーティーを開催します」
凛とした声ですらすらと連絡事項を述べる音姫さんは綺麗だった。
普段も真面目な人なのだが、こういうところでは彼女の魅力がより引き出されるというか、まさに大人の女性という感じがする。
「やっぱ音姫先輩っていいよな? もう、たまんねーよっ! ルックス良し! 成績良し! 性格良し!」
後ろで渉が音姫先輩に対する感想を次々と述べている。
「優しくてしっかり者でその上料理も美味い! しかもすげーいい匂いがするんだよな~。俺、音姫先輩の匂いでメシ3杯はいけるね、これマジで」
「うるせーぞ、渉」
「んだよ、別にいいじゃんかよ。俺はお前と違って遠くから眺める事しかできねーんだからよ」
一応僕や雄二達もいるわけだけど、言っても面倒事しか起きないのは流石に僕でも目に見えてるくらいなので何も言わない。
「あー、俺も音姫先輩みたいなお姉ちゃんが欲しいよ。義之、やっぱてめー羨ましすぎんぞ!」
「姉って言っても別に本当の姉ってわけじゃないし」
「義之、普通の人からすればそれはより羨ましい要素なの自覚しなきゃ」
「その通りだよ! 畜生! 俺も美人姉妹のいる家に居候してーなぁ」
後ろでは地団駄を踏んでいる渉の姿があった。
「それでは皆さん、楽しいクリスマスパーティーにしましょうね」
音姫さんが笑顔で一言言い終えると壇上から下りる。
その際、館内から溜息が聞こえた。主に男子生徒の溜息が。
「畜生! 近くにいるお前が羨ましすぎんぞ!」
「痛っ! なんで殴んだよ!?」
「うるせえ! お前はこれくらい甘んじて受ける義務があんだよ!」
「「「そうだそうだ!」」」
「意味わかんねえよ!」
それから全校集会が終わるまで義之は渉や近くにいた男子から叩かれたり蹴られたりしていた。
全校集会が終わって僕達は教室へと向かっていた。
「やっぱり憧れるな~、音姫先輩」
「だよな! なんつーか、最高のお姉ちゃんって感じ?」
「うん。頼り甲斐あるし、優しいし、綺麗だし」
それについては僕も同感だ。
「あー、本気で羨ましいな、この野郎は!」
「まだ言うか」
「まあ、仕方ないよ。僕でさえ時々それ関連で義之に嫉妬覚えちゃうし」
「明久までもかよ……」
「だってあんな姉しか姉弟を知らない僕からすれば義之と音姫さんの関係って、羨ましいとしか言えないもん」
「だよな! 明久もそう思うよな!」
「はぁ……」
「って、噂をすればだね」
茜ちゃんが指差した先には音姫さんとその周囲に沢山の生徒を囲んでいた。
「会長っ! 一般来場者に対する誘導と安全確保のための人員について──」
「その件に関しては明日の会議での議題とします。時間までにたたき台の作成をしてください」
「はい、わかりました」
「音姫先輩、パーティー期間中の円滑な案内放送を行うため、放送部との──」
「あ、放送部の部長さんと話はつけてありますので、後は現場再度で打ち合わせを行なってください」
「了解です、音姫先輩」
などなど、色々な質問が来てもそれぞれ即座に答えて対応している。
「相変わらず大変そうだな」
「そうね。クリパまでもう時間がないもの」
「でもすごいよね~。てきぱきと仕事をこなしていって」
「なんつーか、完璧? 理想? 最強?」
「全然気取ったところとかないしね」
「うん。誰に対しても平等だし、ほんとかっこいいよね」
「例外はあるけどね」
「あぁ……」
「何で明久は俺を見ながら納得するんだよ。まあ、わかるけど……」
そんな時だった。音姫さんが僕達の方に視線を向けた。正確には、義之に。
そしてパッチリと瞳が開いた後、にっこりと笑顔をつくってこちらへと向かって歩いてきた。
「あ──っ! 弟君、みっけぇ!」
「うっわ!」
「えへへ~」
音姫さんは素早く人混みをかき分けて一気に義之との距離を詰めた。
そして、とろけそうな程の笑顔で義之の目の前に立つ。
「あー、ほら、ちゃんとホックする」
更に距離を詰めて義之の制服のホックを直そうと手をかけた。
「こ、これは苦しいから……」
「駄目だよ。服装の乱れは心の乱れだよ。ちゃんとしないと」
だったらその傍にいる渉はどうなのだろうか?
明らかに制服全開にピアスの普通の中学校ではバリバリ校則破りの格好なんですが。
それをわかっていて気づいてもらえない板橋君がちょっと悲しそうにうつむいているのが痛々しい。
「はい、これでよし!」
音姫さんは満足そうな顔で義之のホックをなおした。
「ん~、後は~」
「だ、大丈夫! 無闇に探さなくていいから! それよか、朝倉先輩の方は大丈夫なの? 仕事の途中でしょ?」
「大丈夫、大丈夫♪」
いえ、全然大丈夫じゃないと思います。周りの空気がとんでもないことになってますから。
(畜生! あの野郎、羨ましい!)
(ねえねえ、あの2人ってどんな関係なの?)
(噂では姉弟らしいけど)
(えーっ!? 姉弟なの!? なんかやばくない?)
(くぅーっ! 俺の音姫先輩をっ!)
(音姫先輩さえいれば俺は何もいらない!)
周囲からヒソヒソしてるつもりだろうが、かなりはっきり2人に対する噂が聞こえていた。
というか、中に1人何かおかしな事を言っていた人がいた気がするんだけど。
「あ、そうそう。弟くん、この後なんだけど時間ある?」
音姫さんの言葉に周囲の人達が一斉に耳を傾ける。
そして男子生徒からはわかってるよな的な殺気の篭った視線を義之に向けていた。
(わかってんよな?)
というより、実際に言っていた人がいた。すぐ傍に。
「ご、ごめん……ちょっと忙しいから」
「そっか、じゃあしょうがないよね。残念」
音姫さんが落ち込むと同時に周囲の男子生徒の殺意が更に強まった。義之も非常に困った顔をしている。
「ほれー、音姫。仕事するよ」
殺気が渦巻く中でただ一人、平然とした顔で音姫さんの傍に歩み寄る人がいた。
「あ、まゆき」
やはり高坂さんだった。
「愛しの弟君の世話を焼くのもいいけど、仕事の片付けもしないと」
「あ、でも……」
音姫さんは義之と離れるのに抵抗があるのか、何か言葉を探していたが、
「でも、じゃない!ほら、みんな待ってるんだから。そんなわけで、音姫借りてくね、弟君」
「はい、どうぞどうぞ~」
義之の言葉を最後に高坂さんが音姫さんの襟を掴んで引きずっていく。
「あ、弟く~ん! 今日も晩ご飯作りに行くからねー! 一緒に食べようねー!」
音姫さんとしては単に義之と食べたいだけだろうが、この公衆の面前で言ったのがまずかった。
「義之、時間はたくさんある。たっぷりと話し合おうじゃないか。なぁ?」
「あ、明久! 助けてくれ! このままじゃ俺は地獄の一丁目に引きずり込まれる!」
「義之…………ごめん」
「裏切り者──っ!」
ごめん義之。流石に君の後ろにいるあの数には勝てないと思うんだ。
「そういや明久は、ちゃんと決まったのか? クラスでの出し物」
「ああ、うん。今日でようやく決まったところだよ」
夜になり、僕達は大人数で食卓を囲みながら音姫さんと義之の作った料理を食べていた。
「ふむ、明久と桜井のクラスは何にしたのかの?」
「葉月も知りたいです~」
隣から葉月ちゃんが身を乗り出して僕に尋ねてきた。
「人形劇だよ。杏ちゃんの意見で決まったんだ」
「人形劇か。これまた随分と子供らしいものを持ち出してきたな」
「そうなの、弟君?」
「ああ。確か、既に物語は頭で出来ているらしいが」
「すごいよね、杏ちゃんって」
「これであの毒舌と恥じらいのなさをなんとかしてくれりゃあな」
「あはは……」
それは否定できなかった。
「へぇ……人形劇ですか。以外ですね……兄さんの事だから、てっきりメイド喫茶とか、うさぎ耳の喫茶とか、チャイナ服を来た喫茶とかと思いましたが」
「お前は普段俺をどんな目で見てんだよ?」
でもほとんどが義之の好みであるのは確かだ。義之の部屋からそう言った類の衣装を着た人が写った本もあったから。
「それでそれで、どんなお話ですか?」
「確か、ロマンチック物だって言ってたっけ?」
「ああ。観客が号泣するほどの脚本を作るって意気込んでいたな」
「へぇ~。それを聞くと面白そうだな」
「そういえば、みんなのクラスは何を出すの?」
「僕達のクラスは綿菓子屋だったね。坂本君が提案したんだよ」
「一応祭と言ったら綿菓子だろ。普通な夏だって思いだろうが、この島自体季節はずれの筆頭だし、コストもいいし、何より面倒臭い作業が少なくて済む」
なんとも雄二らしい動機だった。
音姫さんが雄二のやる気のなさを注意するが、雄二は準備よりも見て回る方がいいと断固として譲らない。
見て回る方が好きなのは僕も一緒なんだけどね。
「儂のクラスはサンタ喫茶じゃ。女子の皆がサンタのコスチュームを着て喫茶を開くのじゃ」
「じゃあ、秀吉も着る事になったんだね」
「儂も何か演劇物にしたいと意見したのじゃが、男子が譲らぬし、女子が儂を見ながら盛り上がっての。納得がいかんのじゃ」
「木下がサンタ喫茶…………滅茶苦茶様になってる気がするな」
義之が秀吉のサンタコスチュームを想像したようで。そしてその言葉もよくわかる。
そこらへんの女子よりも女子らしい容姿だから何故か女子用の服が様になっちゃうんだよね。
「でも、2組の方は女子の方が人数が多いですし……衣装を用意するのが大変そうですね」
「いや、由夢ちゃん……その心配は無用じゃ。うちのクラスにはその手に関してはとんでもない実力を発揮するプロがおるからの」
「へぇ……誰です?」
「「十中八九、ムッツリーニだね(な)」」
そんな事が出来る人間など、彼以外に思いつかない。
「ムッツリーニって……土屋君、だったっけ? そんなに衣装作るのが上手なの?」
「こと女物に関するものは特にな」
「前に葉月ちゃんが僕らの学校で喫茶の手伝いをしてくれた時にムッツリーニがものの数分で葉月ちゃんの衣装を一から作って用意したことがあって」
「子供用とはいえ、一着の服を数分かよ……」
「プロも顔負けの技術ですね」
「へぇ~……土屋君って、手芸の名人なんだ」
手芸の名人ってのとはちょっと違う気もするんだけどね。ただ、女物に関しては底が見えないってくらいに色々なものが卓越してるから。
「馬鹿なお兄ちゃん。馬鹿なお兄ちゃんはどんな役をするですか?」
「え? 僕? 役はまだ主役とヒロインしか決めてないんだよなぁ。ちなみに主役が義之でヒロインが小恋ちゃん」
「え? 弟君が?」
「え? 兄さんが主役ですか?」
僕の言葉を聞いて音姫さんと由夢ちゃんが同時に驚いた。
「杏と茜の奴が勝手に決めた事だけどな」
「でも、2人なら結構似合いそうだけどなぁ」
「幼馴染同士のラブストーリー、か。面白そうだな」
「その部分だけ強調して言うなよ」
「でも2人共、エッチなのは駄目だからね」
音姫さんが人差し指を突き出して言った。
「いや、音姉……学園の祭でエッチも何も……」
「大体、人形劇なんですから」
「だって弟君達だもん」
僕までさりげなくカウントされている事にちょっと流涕した。
「そうだね、兄さん達ですし」
「明久達だしな」
「明久達じゃからの」
「みんななんて嫌いだ!」
何で僕達こんな扱いなの!? 少なくとも僕は雄二と違ってこの世界に来てから何も悪さなんてしてないよ!
「ま、でもお姉ちゃん的には助かるんじゃない?」
「ん?」
「兄さんがそれで忙しくなれば今回は悪さしないだろうし」
「失敬な」
「う~ん。そうだね、戦力を杉並君に集中できるのは大きいね。それになんか楽しみだな~」
「見に来なくて「絶対に見に行くね♪」いいか……」
義之の台詞に音姫さんの台詞が被った。
「……だからそんな面「絶対見に行くね♪」白い──」
再び被る。
「あの「絶対見に行くね♪」……駄目だこりゃ」
どうやら断固として譲らない。音姫さんの頭の中に義之の人形劇を見ないという選択肢はないようだ。
「私も冷かしに行こうかな?」
「来なくていい」
もうこの姉妹は何がなんでも義之の人形劇を見たいようだ。
ていうか、さっきからずっと言い忘れてたけど。
「音姫さん。さっきの話……杉並のみに戦力を注ぐのは得策じゃないと思いますよ」
「え? 何で?」
「まさか、明久さんまで何か悪さしようなんて?」
「違うよ。今回はムッツリーニが杉並君側にいるって教えようと思ったのすっかり忘れて」
「土屋君が?」
「あぁ……」
「なるほど。最近何やら忙しそうにしていたのはその所為じゃったか」
「彼なら確かにやりそうだな」
「土屋さんがですか? ですが、生徒会のみなさんなら……」
「甘いよ由夢ちゃん。ムッツリーニはこと隠密行動に関してはとんでもない能力を持っているから。逃げることに関しては下手すれば杉並君を上回るかもしれない」
彼の隠密行動は文月学園でも非常に有名だからね。
「土屋君がねぇ……うん、ありがと。生徒会の方でも彼の事をマークするように言うから」
「それで止まればいいけど……無理な気がする」
「彼だしね」
「ムッツリーニじゃからのう」
「たかだか生徒の集まりだけでアイツを抑えられるわけがない」
「そ、そんなにすごいんですか? 土屋さん」
「「「「それはもう、とんでもないまでに」」」」
僕達が声を揃えて言った。それだけ彼の隠密行動の実力は底が知れないのだから。
「……本当に大丈夫かな?」
流石の音姫さんも先行きが真っ暗に思えてきたのか、頭を押さえていた。
僕からは御愁傷様としか言えない。