「坂本雄二だ。俺の事は坂本だろうと雄二だろうと好きに呼んでくれて構わない」
「久保利光です。この時期に転校というのが珍しいとは思いますが、どうか皆さんと仲良くできればいいと思っています」
俺達がこの世界に来てから一週間が過ぎた。
そして今日この頃、俺と久保は明久も通っている風見学園付属3年1組に転校したのだった。
俺も明久達も本来は高校2年だっていうのに中学3年というのも妙な話だが、この世界に来てから俺達の見た目が退化したから外見年齢相応の学年に入ることになったのだ。
ちなみに秀吉とムッツリーニは2組の方に転校することになった。そしてあのチビッコはあまり見た目が変わってないのであっちでも同じ小学5年で近くの小学校に通わせた。
その事についてあのチビッコからも自分も学年を下げたいと言ってきたが、小学5年のままなら近いうちに明久と同じ学校に通える期間ができるから我慢だと言ったらあっさりと受け入れてくれた。
余程明久に対しての好意が大きいのだろう。何故かはイマイチわからんがな。
「というわけで、よろしく頼むぜ」
まあ、俺らは俺らでいつまでになるかはわからんが、折角訪れたこの平和な時間を堪能させてもらうとするか。
こうして俺達の新たな生活が幕を開けた。
「さて、学食学食と……うわ、なんじゃこりゃ」
「いやはや、ものすごい行列だね。しかも、席がかなり埋めつくされてるね」
午前中の退屈な授業が終わり、こうして学食へと足を運んだわけだが利用者がかなりいやがる。
まあ、ここは付属と本校……普通に言えば中等部と高等部の人間がほとんど同じ場所にいるんだ。利用者だって相当の数だろう。
しかし、これではうまく注文できたとしても席を見つけてそこでゆっくり食べるのは不可能に近いだろう。俺がそんな風に辺りを見回して考えてると、
「あ、雄二に久保君」
「吉井君っ!?」
何処かから聞こえた明久の声に久保が敏感に反応した。
久保の反射的な対応のおかげで明久が何処にいるのかがすぐにわかった。
「2人も学食なんだ」
「そりゃあな。購買のじゃ足りないしな」
「僕も、一回見てきたけど購買はもう既に人混みでね」
「ああ、ここの購買ってかなり人気があるらしいからね。あ、2人がよかったら近くの席空けるけど? みんなにも2人を紹介したいし」
「お、そいつは助かるな。じゃあ俺達は注文取るから席の方は頼んだぞ」
明久のありがたい提案を素直に呑んで俺と久保は注文を取りに行った。
んっと……日替わり定食にラーメンにカレー、スパゲッティに炒飯、素うどん、カツ丼、スペシャルメニュー……ま、学校じゃこんなもんか。
しかし、このスペシャルメニューってのは何だ? 他と比べるとちょっと高めなんだが。
とりあえず俺はちょっと休めのカレーにチャレンジでスペシャルメニューのボタンを押して食券を買って窓口まで行った。
窓口で食券を差し出し、カレーはすぐに出てきたがスペシャルメニューの方が少し時間がかかっている。
数分もするとカレーとは別のトレイが出てきてその上には……うおっ!? 大きめのオムライスにデザートパフェかよ。
オムライスは意外とボリュームあるし、デザートパフェも中々豪華な見た目だった。こりゃいい食券だな。
ま、流石に毎日じゃすぐに金欠になりかねんから注意はしねえとな。
久保も注文を受け取ったみたいで俺達は明久の待ってる席に向かった。
行くと明久の周りには桜内とこっちでつくった友人らしい奴が4人ほどひとつのテーブルに固まって座っていた。
「あ、来たみたいだね。って雄二……相変わらずよく食べるね」
「うわっ!? カレーとそれはもしや、スペシャルメニューか!?」
明久の次に出てきた制服を全開にして耳にピアスをはめてる野郎が俺の持ってきた昼食を見て驚いた。
「うわ~、オムライスにデザートパフェ……今日は当たりだったのか。シェフの気まぐれで作るから出るまで何が来るかわかんないんだが、よくそんなの頼んだな」
桜内が言うには俺が頼んだスペシャルメニューはシェフが気まぐれで作るため、何が出るかわからない特別メニューらしい。
このメニューを頼むのはほぼ博打に等しいらしく、今回のような豪華なものもあれば不味い料理が出てくる時もあるらしい。んなもん学校のメニューに出すなと思ったと同時に今回が当たりでよかったと思った。
「で、こちらが明久君と大喧嘩した人と……」
「久保利光だよ。吉井君とは友人だ。よろしく頼む」
俺の顔はあの日校門で明久と闘りあっていたのをきっかけにほとんどの生徒に知られたらしい。
まあ、そこに関しては別にどうでもいいがな。
「ああ、そこの学校一の女装趣味及び同性愛者の主人の坂本雄二だ」
「こら雄二! 人様に誤解を与えるような事を言うんじゃない! これだと完全に僕がその手の趣味の人間だと誤解されちゃうじゃないか!」
「あら、吉井は女装が好きじゃないの? 借り物競争の時のアレは」
「アレだって好きで着たわけじゃないからね!」
横からロリ体型の女が出てきて明久の女装癖について問うてきた。
なんだろうか、こいつとは何か気が合うような感じがするが。
「そこのところどうなのかしら? 坂本君……だったかしら?」
「ああ、前の学校じゃことあるごとに俺に寄ってきてな。俺は何度も断っているんだがな」
「いい加減にしろよ馬鹿雄二!」
「へぇ~、流石……男子の大半の視線を釘付けにしただけあるわね」
「雪村さんも更に誤解を与えるような事を言わないで!」
やっぱりこいつとは結構気が合いそうだった。明久のからかい方を多少は知っているみたいだな。
「2人共、人の集まる場所でそういった会話をするのはやめるんだ。このままでは吉井君が不登校になってしまったらどうする?」
「うぅ……ありがとう、久保君」
「礼はいらないよ。困った時はお互い様だ」
ちっ……そういや今は久保がいるから明久をからかう楽しみが減りつつあるんだよな。
仕方ねえ。今は昼食だし、明久弄りはここで中断すっかと。
「なんていうか……俺ものすげえデジャヴを感じるんだけど、何でかな?」
「きっとそれは気の所為よ、渉」
「そ、そうか? 何だか俺、いつもこんな感じの風景を見てる気がするんだけど」
「何言ってるの? 私達が誰かを苛めた事なんてあったかしら?」
「それは……あるな。主に俺が!」
どうやらこの板橋とやらも相当の弄られ役みたいだな。リアクションがいちいち面白い。
こいつは明久の次に弄り甲斐のありそうな奴だ。こいつのからかい方もあのロリ女に聞いてみるとするか。
「なんていうか、何処か杏に似てるよね。あの人」
「ああ、主に腹黒い部分がな」
桜内とその目の前の席に座っている大人しそうな女がヒソヒソと何か話してたが別に気にすることもない。
とりあえず明久弄りも終えて俺達は多少の自己紹介をしてから昼食を口にし始める。
食事が半分辺りまでいった時だ。
「あ、明久く~ん!」
食事中だと言うのに大声を上げながら明久の名前を呼んで駆けつけてくる女が来た。確か、白河とか言ったっけか。
「うむ、本当におったの」
「……(コクッ)」
その後ろからは秀吉とムッツリーニもついてきた。どうやら白河が案内していたようだ。
「あ、ななかちゃん。それに秀吉とムッツリーニ」
「うむ、そっちも学食であったか」
「……購買は人がたくさん」
「うん。弁当なしの時はほとんどがこっちだね」
「ふむ……僕達の前が空いてるみたいだからそこに座るといい」
「そうか。では、お言葉に甘えるとしよう」
「……感謝」
そして秀吉にムッツリーニ、白河も混ざって昼食になった。
「そういえば、みんなはどう? 転校してきて」
「ふむ、得にこれと言った事は……多少前の学校の事を質問されたくらいだよ」
「……変わった事なし」
「俺も特にないな。興味ねえし」
「儂もそんな大したことはないの。何故かガールズトークの方が多かったのじゃが」
「まあ、秀吉の場合……外見が美少女そのものだから性別が男と言ってもあまり信じられない人が多いんだよ」
「う~む、納得がいかんのじゃが……ん? 明久よ、お主今儂を男として見てくれたかの?」
そういや、いつもこういうところなら秀吉は美少女なんだからガールズトークくらい普通だろとか言うと思ったんだが。
「いやあ、こういう平和なところで暮らしてたからかな? 大分秀吉の性別に関して正常な認識ができるようになったというか」
「明久……っ、遂に儂の事を男として見てくれたのかのう」
つい一週間前はこいつの事を女だと思ってた奴がな。
「では、これにて儂も芳乃家で……」
「いや、それはマズイと思うよ。世間の視線的な意味で」
「……(ズーン)」
秀吉が見るからに落ち込んでるな。ま、実際秀吉の外見じゃ女と同棲していると見られてもおかしくないからな。
「あれ? 何その会話? ひょっとしてそいつ、男?」
どうやら既に秀吉の性別を勘違いしてる奴が出てるみたいだな。ま、秀吉の場合は見た目が見た目だしな。
「へぇ~、確かに制服は男子のものだけど」
「すごい美少女にしか見えないよね~」
「女なのに何か負けた気がするよ~」
「だよね~。私も自己紹介された時は驚いたよ~。こんなに可愛いのにって」
「…………」
秀吉の周囲の空気がどんどん冷たくなっていくな。こっちでも秀吉の扱いは変わらないようだな。
「そ、それで雄二に秀吉、久保君の事はみんなにも話したね。後は、ムッツリーニだね。君だけ僕達とは別の所で暮らしてるからね」
明久がみんなの意識を逸らそうとしているのか、ムッツリーニへと話題の意識を向ける。
「……非公式新聞部は最高」
「本当に非公式新聞部の下で暮らしてるのかよ……」
「てことは、杉並の所か? へえ、どんな暮らしをしてるか興味あるなあ。どんな暮らしなんだよ?」
「……企業秘密」
渉と言ったか。そいつの質問にムッツリーニはたった一言呟いただけ。
「はぁ……やっぱそれか」
「とは言っても、ムッツリーニ個人の暮らしは大体予想できるけどね」
確かに。どうせあちこちにカメラを仕掛けてそこから送られる映像を鼻血を垂らしながら見ている姿が容易に想像できる。
「そういえば、何でみんな土屋君の事をムッツリーニって呼んでるの?」
白河がムッツリーニという渾名の由来を知らないのか、そう尋ねてきた。
「ああ、そいつは前の学校じゃ覗きの常犯でな。それでも必死に自分のエロティックな面を隠そうとしている事から、寡黙なる性職者。通称ムッツリーニという名が付けられたんだ」
「証拠があっても、本人は必死に隠してるつもりだからね」
「そういえば、前にそんな奴がいるって話があった気がするな」
「あれ、本当の話だったんだ」
「……そんな事実はない(ブンブン!)」
ムッツリーニの否定の言葉は毎度の事ながら今更だと思う。
「ようするに、重度のムッツリスケベってわけね」
「……っ!(ぶんぶんぶん!)」
「や~ん、私どんな目で見られるんだろ~?」
「……89,55,90」
突然ムッツリーニが変な数字を口にした。
「何だ? 今の数字は? 小恋、わかるか?」
「ううん。全然……」
「……今の、茜のスリーサイズの数字ね。それも、以前の数値そのまま」
どうやら今のは花咲のスリーサイズだったらしい。ちょっとスタイルすげえなとも思った。
「何っ!? 茜のスリーサイズ!? おま、あの短時間にそんな……ていうか、1cmも狂いもない!」
「……こんなの、一般技能」
決してそんな事はないだろう。
「じゃ、じゃじゃじゃ! 月島! 月島のスリーサイズは!?」
「渉君! いきなり何を言って「86,54,87」──って、土屋君も普通に答えないでぇ──っ!」
月島のスリーサイズまでもはっきり答えて月島が涙目でムッツリーニを止めようとしていたが、もう遅いと思う。
てか、本当に当たってたのかよ。
「す、すげえ……土屋、俺はお前を尊敬するぜ!」
「ていうか、すげえ技能だな」
「前の学校でもこんな具合だったよ。しかも、盗撮技術もすごいし……」
「盗撮て……」
「……ちなみに」
ムッツリーニが胸ポケットに手を入れてあるものを取り出した。それは、
「うおっ!? 月島に茜に杏、白河や音姫先輩に由夢ちゃんの写真まで!? しかも、いいアングル盛りだくさん!?」
「……一枚200円。二次配布は禁止」
「ぜひ……是非ください!」
板橋が財布を取り出してムッツリーニの写真を買おうとしていた。早くもムッツリ商会の常連候補が出たな。
「ていうか、何処であんなもの撮ったんだ? 自クラスにいる白河ならともかく」
「ムッツリーニの盗撮技術って、すごいから」
「うわ~、すごい技術。自分で見てもいい写真だって思うよ」
「白河、写真の評価よりまず盗撮の事に関して怒れよ」
ムッツリーニの写真を見てこの場にいる奴が色々な感想を出し合っていた。
「ちなみに明久」
「何?」
「……お前が不在の間に撮った姫路と島田、その他大勢の女子の写真」
「言うと思ったけどいらないよ。もうそういうのはおさらばするって決めたから」
「本音は?」
「音姫先輩が姉さん並にこういうのに煩いから」
なるほど。あの姉ちゃんなら確かにそういうのには煩そうだな。
「……雪月花の写真も」
「駄目だからね」
「……朝倉姉妹のも」
「ふざけないの」
「……白河のジャージ姿」
「
「明久、普通に本音が出ておるぞ」
「あれ!?」
どうやら無意識に本音が出たようだ。というか、今まで出た女に反応なくて白河には条件反射か。
「ふ~ん……明久君ってば、そんなに私の写真がほしいの~?」
「是非と……コレクションにしたいです」
「明久、誤魔化そうとしたのじゃろうが、普通に欲望をカミングアウトしとるぞい」
「あれぇ!?」
「お前は本当に嘘がつけない奴だな」
その正直さには少しばかりだが感心を覚えさせられる。
「あらあら。吉井ったら、そんなに興奮しちゃって」
「そんなに白河さんに欲情していたの~?」
「いや、だからそういうんじゃなくて……僕は純粋に「ななかちゃんの色んな姿が見たい」──って、今の秀吉でしょ! 僕の台詞に同じ声で被せないで!」
「ハッハッハ! いやぁ、これに乗らない手はないじゃろうと思ってな」
「え? 今のお前だったのか?」
「そうだけど、それがどうかしたか(義之の声まね)」
「うわ、俺の声そのものじゃねえか」
「土屋も土屋だけど、こっちもすげえ! なあなあ! その声まねと土屋の写真使って月島の喘ぎ声をBGMにした画像保存したDVDとか作ったらすごくねえ!?」
マズイ! その話題は──
「待つんだ渉! ムッツリーニの前でその手の話題は!」
「喘ぎ声のBGM……艶姿……(ブシャァ──ッ!)」
明久の制止の声も虚しく、既に板橋の言葉がムッツリーニの耳に入り、ムッツリーニはあの一瞬で色々な想像をしただろう、大量の鼻血を噴出した。
「うぉわ!? ムッツリーニがものすげえ勢いで鼻血出してるぞ!?」
「いけないよ渉! ムッツリーニの前で、それも公衆の面前でその話はマズイ!」
「え!? おい、土屋の鼻からものすげえ血が溢れ出してるぞ! しかも出血量がもうペットボトル何本分だよ!?」
「くそっ! 油断した!」
「明久! すぐに2組の教室に戻って輸血パックを用意するのじゃ! 輸血用のバックは常に用意しとる筈じゃからすぐにわかる!」
「わかった! ムッツリーニ、死なないでね!」
「っ……板橋……その案、最こ……(ガクッ)」
「土屋!? 死ぬな! お前はこんなところで死ぬような奴じゃねえだろ!」
「何か、すげえデジャヴだな」
「吉井君達って、いつもこんな日常を送ってたの?」
「ああ。賑やかな日常なのは間違いないよ」
「おもしろいね~。明久君のお友達って」
「毎日がより楽しくなりそうね」
「土屋君、大丈夫かな?」
そんなこんなで転校初日から慌ただしい学生生活が始まっていた。
とはいえ、向こうにいた時よりは平和だから別にいいんだが。