バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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年末になりました。こちらは小説データが消滅したりと散々な一年でしたが、皆さんは良い年を過ごされたでしょうか? 来年こそはこの小説が消えないでいてくれることを祈りながら小説を投稿します。では、来年こそ良いお年を。


第十話

 

 午後に入ってからの風見学園体育祭はいっそう盛り上がっていた。

 

 盛り上がればその波に乗って選手は普段以上のペースで競技に出ようとする者も多いだろう。

 

 そして、その人の熱意などに当てられ、燃える者もいたり途中で気分が悪くなったりもすれば……

 

「渉っ! しっかりするんだ!」

 

「う……明久……俺は、今のままでも……満足、してる……ぜ……」

 

「渉? 死んじゃ嫌だよ……渉──っ!!」

 

「……あの~、熱血ドラマのような場面展開してるところ悪いんだけど……準備が出来たならさっさとその鼻血垂らしまくってる男子を日陰にでも連れていきなさい」

 

 このように、とある事情にて血を流す者も存在する。

 

「しかし……AEDだけならず、輸血パックまで活用する時が来るなんて思いもしなかったぞ」

 

「まあ、あくまで保険だったけど……まさか使う時が来るとは僕も予想してなかったわけじゃなかったけど、驚いてるよ」

 

「いや、保険でもそんなもの用意する奴は普通いないと思うぞ」

 

 現在、僕は板橋君に対して輸血作業を行なっていた。

 

 何故かと言えば午後の競技にパン食い競争があり、そこには茜ちゃんが出場していた。

 

 ここまで言えばわかる人はわかるだろう。パン食い競争の際、茜ちゃんが物干し竿に吊るしたパンを取ろうと跳躍した際、茜ちゃんの成長しきった部分がこれでもかと言うぐらいに揺れていた。

 

 その時点では渉もまだ耐えていたんだけど、やっとパンが取れたかと思った時に運悪く物干し竿が倒れてしまい、花咲さんはそれに巻き込まれて地面に倒れ込んだ。

 

 そしてその時に花咲さんのジャージが捲れ、彼女の上半身が彼女の成長しきった部分の下半分まで見えてしまい、その時に色々想像していたのか、渉が大量の鼻血を噴出して倒れ込んだ。

 

 本当、彼の想像力はムッツリーニといい勝負なのかもしれない。

 

「でも……本当に明久君って、こういうの慣れてるって気がするよね。お医者さんでも目指してるの?」

 

 輸血作業を続けていると小恋ちゃんが僕の作業を感心した風に見ていた。

 

「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、こういう作業をする機会が向こうじゃ多かったから自然と慣れただけだよ」

 

「そんな機会がわんさか流れ込んでくるって、あんたはどんな日常を送っていたのよ?」

 

 少なくとも、沢井さん達が送っている日常とは全く違うとだけは言える。

 

 さて、ここまで作業を進めれば30分くらい寝かせればすぐに起き上がれるくらいにはなるはずだ。

 

「で、あんたの方は体調とか大丈夫なの?」

 

「うん。僕はどうにかね」

 

「ならいいけど。いざって時にヘマしないようには気を付けなさいよ?」

 

「わかってるよ」

 

「じゃあ、後でね」

 

「うん」

 

 そう言って沢井さんは小走りで去っていった。恐らくはアップのつもりなのだろう。

 

「さて、僕もそろそろ始めようかな」

 

 僕は軽く柔軟をすると小走りで校庭を走り回った。

 

 僕を含め、沢井さん、小恋ちゃん。そして義之の4人で体育祭最終競技であるクラス対抗リレーに出るのだ。

 

 どの競技も色々あったけど、杉並君の報告によればウチのクラスは2組とかなり得点が近い位置にいる。

 

 この最終競技で2組に勝つ事ができればウチのクラスが1位になるのも可能だ。

 

 体育祭というからには、そしてここまで盛り上がればこの波に乗っかって優勝を目指したいものだ。

 

 

 

 

 そして、時は過ぎて……校庭は荒涼とし、砂塵が舞っていた。

 

 周囲から僕達選手が注目を浴びているのが肌でわかってしまう。

 

 この競技で全て結着がつくんだ。泣いても笑ってもこれが最後。何としても勝ちたい。

 

 僕はいてもたってもいられず、その場でストレッチを繰り返していた。

 

「随分とやる気だな、明久」

 

「うん。ここまで来たらもう優勝してみたいなって」

 

「確かに、俺もここまで2組と僅差を保つなんて予想していなかったぞ」

 

 体育祭が始まる以前、杉並君の情報でななかちゃんがいるクラスは大抵運動部の生徒が集まる傾向があり、そのクラスがいつも体育祭を制しているらしい。

 

 しかし、今年の体育祭は3組のみんなも随分と頑張ってくれたおかげもあって2組と僅差でいられたようだ。

 

「ここまで来たらとことん優勝しなきゃな、小恋」

 

「ひゃうっ!?」

 

 義之が横に視線を向けて言うと、その傍にいた小恋ちゃんがびくりと体を震わせた。

 

「ていうか小恋ちゃん、いたの!? 完全に背景と同化してたよ!?」

 

 義之が声をかけなきゃ全く気づけないほどに見事に背景と同化しつつあった小恋ちゃんだった。

 

「なんだ、緊張してんのか?」

 

「う、うん……」

 

 緊張してるからとはいえ、あそこまで背景と同化してしまうほどとは余程この環境からなるプレッシャーがこたえてるんだろう。

 

 正直いって僕もこのプレッシャーはキツイところだった。

 

「はう~……このまま背景の中に溶けてなくなったらいいのに……」

 

「そんな事になったら参加者がいなくなって僕らのクラスが参加するまでもなく負けちゃうからね」

 

「それに、放課後散々練習しただろうが」

 

 練習と言っても大体はバトンの受け渡しが主だった気がするけど。

 

 まあ、下手に走る練習よりはそっちの練習をした方が効率的なのも確かだ。

 

 なにせ小恋ちゃん、義之にバトンを渡そうとする度に意識して、手を止めたりバトンを渡し損ねて地面に落としたりが何度もあったから。

 

「そ、それはそうなんだけど……」

 

「大丈夫! 小恋ちゃんだってあんなに頑張ったんだ! きっとうまくいけるさ! 義之との絆を信じるんだ! 君ならきっとできる! 自分を信じるんだ!」

 

「何でそこで俺の名前が出てくるんだよ?」

 

 全く、鈍い人はこれだから困る。

 

「わ、わかった。月島も頑張る」

 

 義之の名前を出したのがうまく作用してくれたのか、小恋ちゃんがやる気になってくれた。

 

「お? 大きく出たね~、二人共」

 

「ななか……」

 

「ななかちゃん……」

 

 後ろからななかちゃんがツインテールの髪を揺らして声をかけてきた。

 

 ここにいるということは、ななかちゃんもリレーに出るということか。

 

「いくら小恋や明久君がいるからって、手加減はしないからね♪」

 

 ななかちゃんは楽しそうにそう言った。

 

「ふふっ。望むところだよ、ななかちゃん。僕達だってそう簡単に負けたりはしないさ」

 

「うん、ななかには絶っ対に負けないもんね!」

 

 人の倍温厚な月島さんもななかちゃんに対抗意識を燃やしてそう言った。

 

 ちょっと珍しい光景だった。

 

『それでは、いよいよ血で血を争う世紀のメインイベント! 風見学園秋季体育祭クラス対抗リレー、始まりま~す! 選手の皆さんは、スタンバってくださ~い!』

 

 放送でさくらさんが楽しそうな、それでいて気合の篭った声が校庭に流れた。

 

 いよいよクラス対抗リレーの開幕だった。

 

「小恋、出番だぞ」

 

「小恋ちゃん、頑張って」

 

「うん! 頑張りますっ!」

 

 小恋ちゃんは目に炎でも映らんばかりのやる気を纏ってスタートラインへと向かった。

 

 そして、第一走者が全員スタートラインへと並んだ。

 

 その中では小恋ちゃんは真剣な顔つきのまま今か今かと開始の合図を待っていた。

 

『小恋ちゃ~ん! 頑張って~!』

 

『フレー! フレー! つ・き・し・ま!』

 

『無様な格好だけは見せないで頂戴』

 

『月島──っ! 俺がついてるぞ──!』

 

 クラスメートの応援を耳に……いや、あの様子じゃ入ってないようだ。

 

 さっきから一心不乱に何かを呟いているのか、口を動かして賢明に足を小刻みに動かしている。

 

 そして、いよいよスタートの合図を前に高坂さんが壇上の上に立って合図用のピストルを構える。

 

 合図用のピストルを宙へ掲げ、その瞬間周囲が緊迫した空気に包まれた。

 

「位置について! よーい!」

 

 パアン!

 

 合図用のピストルから銃声が鳴り響き、いよいよクラス対抗リレーによる戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 小恋ちゃんやその他の選手達が一斉にスタートした。

 

 そして、小恋ちゃんはスタートダッシュで思いっきり前に出るわけでも集団から遅れるでもなく、無難な位置をキープしながら走っている。

 

「いいぞ小恋! そのまま走りぬけ!」

 

 第二走者である義之は小恋ちゃんが第四コーナーを走ってる時には既にスタンバっていた。

 

 現在の順位は3組が4位。2組には今のところ負けているが、まだまだ挽回するチャンスはある。

 

「義之!」

 

「おう!」

 

 練習の成果は十二分に発揮され、小恋ちゃんはベストな形で義之にバトンを繋ぐ事ができた。

 

 バトンを受け取った義之は一気に加速して1~3位の選手達を追っていく。

 

「月島さん、お疲れ様。いいスタートだったよ」

 

 一旦義之の走りから視線を外し、完走した月島さんに労いの言葉をかけた。

 

「うん……ごめんね。私がもう少し足が速ければ……」

 

「何言ってるの。十分いい走りしてたよ。こっからは義之がなんとかしてくれるから」

 

「う、うん。義之なら大丈夫だよね」

 

『ファイト! ファイト! よ・し・ゆ・き!』

 

『義之君、頑張って──!』

 

『ファイト、ファイト、よ・し・ゆき。ファイト、ファイト、よ・し・ゆ・き』

 

「義之──っ! 頑張って──!」

 

『弟く──ん! ガンバ──!』

 

『兄さん! ファイトです!』

 

 数多い応援者の声が背中を押しているのか、義之が徐々にトップ集団に追いつき、最終コーナーで3位の選手を抜きそうになった。

 

「よし委員長! 後は任せたぞ!」

 

「任せてっ!」

 

 そして第三走者の沢井さんが既にスタンバっていた。

 

「平賀く~ん! 急がないと3組に追いつかれちゃうぞ~!」

 

 その隣ではななかちゃんもスタンバっていた。

 

 義之のおかげで2組とはかなり僅差の順位についているようだ。

 

「よし、ななかちゃん! 後は頼んだ!」

 

「アイサー!」

 

 義之より少し速い時間差で2組のバトンがななかちゃんに渡され、ななかちゃんはスタートした。

 

「委員長!」

 

「っ!」

 

 数秒遅れて沢井さんにバトンが渡され、沢井さんは口を一文字に噛み締め、疾風の如くその場を駆け抜けていく。

 

「ふうっ! ふうっ!」

 

「お疲れ義之。いいタイムだったよ!」

 

「義之、お疲れ様」

 

「ああ……それで、順位はどうだ?」

 

「おかげで3位のクラスとほぼ同着。そんで今沢井さんが……速い」

 

 視線を沢井さんに戻すと沢井さんは女子にしてみれば圧倒的な速さで3位、2位の選手を抜いていくのが見えた。

 

 そして、1位のななかちゃんを射程範囲内へ収めつつあった。

 

「すごい……」

 

「委員長、意外と足速かったのな」

 

「これなら、2組に勝てる!」

 

 沢井さんの意外な底力を見てこれはいよいよ3組の優勝も有り得る構図に変わっていた。

 

「明久、ぼーっとしてないで早くスタンバっておけ。最後はお前だぞ」

 

「あ、うん」

 

 沢井さんの走りに見とれてたところを義之に注意され、僕はスタートラインへとついた。

 

「ななかちゃん! こっち!」

 

 僕の隣ではななかちゃんを待ってる2組のアンカーがいた。

 

 杉並君の話だと、アンカーも運動部の人間らしい。それも、陸上部だと。

 

 視線を第三走者の方に戻すと、沢井さんも頑張ってるけどななかちゃんも頑張ってるのか、中々差が縮まってくれない。

 

 そのままななかちゃんが委員長の数メートル前をキープしてバトンを前に突き出す。

 

「一ツ橋君! 後はお願いね!」

 

「任せろ!」

 

 2組の方でアンカーが走り出し、数拍遅れて沢井さんもバトンを僕に向けて突き出す。

 

「吉井!」

 

「了解っ!」

 

 沢井さんからバトンを受け取り、僕は地面を思いっきり蹴り上げてスタートした。

 

「吉井──っ! 後は頼んだわよ──!」

 

 沢井さんの激励を背に受け、僕は2組のアンカーに向かって加速していく。

 

『よし、行け──! 明久──っ!』

 

『明久! 頑張りなさい!』

 

『明久く~ん! いてこましたれ~!』

 

『それ、チャッチャッチャ! それ、チャッチャッチャ!』

 

『明久君、ファイト~!』

 

『明久さん、頑張ってください!』

 

『明久君、頑張って!』

 

『吉井、頑張りなさい!』

 

『抜けぇ! 明久ぁ!』

 

 みんなの声援を受け、僕は更に加速する感覚を味わう。

 

 僕は肉体の限界を振り切る勢いで足を動かし韋駄天となって2組のアンカーを追っていく。

 

 その差がどんどん縮まっていくのが目に見えている。錯覚じゃない。

 

 そこで第3コーナーを回る頃には2組のアンカーの背中にくっついた。

 

 第3コーナーはカーブ。普通ならここで勝負を仕掛けるのは得策じゃないと誰もが思うだろう。

 

 だから目の前にいる2組のアンカーも100%の力を出し尽くしているわけじゃないとすぐにわかる。

 

 でも、僕は散々鉄人やその他大勢から追いかけられる日々に身を置いていたんだ。

 

 こんな状況なんて日常茶飯事。この程度で走りに支障が出るような鍛え方はしていない!

 

 僕はあえてこのコーナーで更に足腰に力を込めて2組のアンカーを追った。

 

 2組のアンカーの横を並び、隣に立つと相手は僕の行動を予想していなかったのか、驚愕の色を浮かべ、負けるまいと僕の隣で加速した。

 

 だが、カーブが終わる近くで加速を行えば直線コースの走りに切り替えるのにタイムラグが生じやすい。

 

 それを狙って僕は一気に勝負を仕掛けた。視覚も聴覚もほとんど機能を停止したように目の前の光景もみんなの声援もシャットアウトしたように何も感じなくなった。

 

 そんな中でただ僕はひたすら直線に走っていた。

 

 そして数秒後、気がつくと僕は既に校庭の端っこまで走っていた。ゴールはもう遥か後方にあった。

 

 ゴールしたみたいだけど、あまりに熱中しすぎてどちらが先にゴールしたのかわからなかった。

 

 そのまま緊張すること数秒、クラス対抗リレーの結果を知らせたのは高坂さんだった。

 

「1位…………3年3組っ!」

 

 高坂さんの結果発表を耳に入れて数秒、

 

「……ぃぃよっしゃぁ──っ!!」

 

 僕は拳を握り締め、肺から空気がなくなりそうな程に叫んだ。

 

 それから校庭の中心へ走るとクラスメートから祝いの言葉、労いの言葉、時に激しいスキンシップなどが待っていた。

 

 こうして僕達3年3組の優勝が確定した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育祭が終わってから夜、芳乃家ではお疲れパーティーを開いていた。

 

 体育祭で疲れた体に鞭打って義之や音姫さんと組んで今日は特別だと腕によりをかけて豪華な料理を作った。

 

「はいは~い! 今日は体育祭お疲れ様でした~!」

 

 さくらさんがはにかんだ笑顔でガラスのコップを掲げ、乾杯をした。

 

「今日は弟君すごかったね~」

 

「や、それ以上に明久さんがとんでもなかったですね。色んな意味で」

 

「それを思い出させないでよ由夢ちゃん」

 

 女装に爆発に落とし穴に、平和に似つかわしくない要素が多々入り込んできて踏んだり蹴ったりの一日でもあった。

 

 ここまで疲れたのは鉄人やFFF団による危機から脱した時以来だよ。

 

「にゃはは~。明久君って、本当に面白いよね~。本から飛び出してきたドジなヒーローを見てるようだったよ~」

 

「まさに不幸体質の主人公って感じだったよな」

 

「さくらさんに義之まで……」

 

 そんな事を話し合いながら僕達は笑いあって夕食を取っていた。

 

「そういえば明久さん。約束は覚えてますか?」

 

「約束?」

 

 由夢ちゃんと何か約束なんてしてたっけ?

 

「ほら……借り物競走の時」

 

「借り物……あぁ」

 

 思い出した。確かに約束していた。今度何か奢ってあげる的な事を言ってたっけ。

 

「約束ですからね。きっちり奢ってくださいね♪」

 

 笑顔でしっかりと念を押された。

 

「明久、お前由夢とそんな約束してたのかよ。コイツとの買い物は大変だぞ?」

 

「まあ、そこは女の子なんだからね」

 

 女の子との買い物などが大変な事は向こうでも十分経験済みだ。地獄のような絵が多かったけど。

 

「じ~……」

 

「ん? どうした音姉?」

 

「由夢ちゃんは明久君にかぁ……。お姉ちゃんも誰かに何か奢ってほしいな~」

 

 音姫さんは何処か催促するように義之に視線を送りながら呟く。

 

「えぇ!?」

 

 義之は自分が巻き込まれるとは予想してなかっただろう驚愕の声を上げた。

 

「じゃあみんなで行こっか? 商店街からちょっとはずれた所に新しいケーキ屋ができたんだ」

 

「ホントに? わあ、楽しみ~」

 

「あ、なら僕も僕も! 2人に奢ってもらいたいな~!」

 

「「さくらさんまで!?」」

 

 僕と義之は同時に驚いた。

 

「(おい、明久。流石にまずいぞ。2人だけなら1人ずつ奢ればなんとかなっただろうが、さくらさんまで入ると正直キツイ。お前、今懐はどれくらいある?)」

 

「(今のところはどんなゲームがあるかまだ確認中だから最初に収入してからそんなに使ってない筈だけど……ケーキの他にも何か奢ってなんて言われたら……)」

 

「(俺達だけの資金で足りるか……)」

 

 非常にマズイ。このままでは最悪僕がまた今までのように塩水や砂糖水などで飢えを凌ぐ生活も覚悟しなきゃならないかもしれない。

 

「じゃ、5人で今度ケーキバイキングで決まりっ!」

 

「やったー!」

 

「楽しみですね」

 

「(既に行くのが決まってるかのように話が進んでいる!?)」

 

「(耐えるんだ義之! 彼女達は今バイキングと言った。バイキングならその前に他の店を見る時間がある。その間に新たな作戦を立てるんだ!)」

 

「(そ、そうだな。どうにかあの3人を無難なところに誘導できるかどうか……問題はそこだ)」

 

「(よし、そうと決まれば今夜から情報収集だ。あの3人が気に入りそうな店をどうにか避けられないか徹底的に商店街のデータ洗い出そう!)」

 

「(合点だ!)」

 

「(そう、これは……男のプライドの闘いだ!)」

 

 僕と義之は頷きあって手を握りあった。

 

 体育祭の後でも闘いはまだ続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育祭が終わって一週間後の事……。

 

「ん? 何だか随分と人混みがすごいね」

 

「お? 確かにそうだな。何かイベントでもやってるのか?」

 

 学校に登校すると昇降口の前で人混みができていた。

 

「おー! 義之に明久!」

 

「渉、この人混みはどうしたの?」

 

「えらい人数だが」

 

「ああ、体育祭の写真が貼られてるんだよ。今回は雪月花や音姫先輩に由夢ちゃんに白河と美人がたくさん出場したからな。ファンが殺到してるぜ」

 

「あぁ」

 

 渉の言葉に僕は頷いた。

 

 体育祭で写真を取ってたのか。僕はわかんなかったけど、あれだけ大盛況なら思い出作りにと撮りたいと思う人も多かっただろう。

 

 そしてこの学園も美人が多数揃っているんだ。男子なら大量の写真を仕入れたい要素満載だ。その気持ちはよくわかる。

 

「今回はかなりの売上が予想されるな」

 

「わっ!?」

 

 相変わらずの神出鬼没っぷりを発揮して背後から杉並君が現れた。

 

「売上って、アレお前が張り出したのか?」

 

「ああ。そして……この数時間のうちにアンケートを見た結果、かなりの確立である人物の写真が買い取られた」

 

「かなりの確立っていうと、それくらい?」

 

「この学園の全校生徒のゆうに8割だ」

 

「すげえな……一体誰の写真だ? 音姫先輩? 白河? それとも月島か?」

 

「慌てるな板橋。そのNo1を勝ち取った人物の写真とは……」

 

 杉並君の前置きに僕と義之、板橋君は数秒の間緊張した。

 

「…………アキちゃん、もとい女装姿の吉井明久だ!」

 

「「「………………」」」

 

 僕の女装写真を目の前に突き出しながら叫ぶ杉並君を前に、世界が崩れるような音を聞いた気がした。

 

「よかったではないか吉井! 男女問わず人気No1を勝ち取ったその才能! 今ここで胸を張れっ!」

 

「…………」

 

「おい、明久? 大丈夫か……?」

 

「何か、明久が停止してるんだが……」

 

「……い」

 

「「い?」」

 

「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 僕の魂の叫びが登校時の学園全体に響いた。

 


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