バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第九話

 

「はあ……まさか、最下位だなんて」

 

 三人四脚の競技が終わり、僕達は観覧席へ行くと沢井さんは溜息をついていた。

 

「違うわ。委員長」

 

「ん?」

 

「最下位じゃなくて……失格よ」

 

「同じじゃない!」

 

「違うわ。余計悪いよ」

 

「……頭が痛いわ」

 

 杏ちゃんと口論するうちに沢井さんは頭を押さえていた。

 

 杏ちゃん……その失格になった原因が言っていい言葉じゃないと思う。

 

「はあ、苦しかったぜ……」

 

 隣ではどうにか死地から連れ戻したものの窒息した時の苦しみがまだ体に残っている義之がくたびれた顔で立っていた。

 

「いやぁ、しかし……明久のあの救命っぷりときたらすごかったなぁ。義之が電気一発で復活したもんな」

 

「ああ。俺もあの時本当に死ぬんじゃないかって思ってたぞ。まさか、明久が用意したAEDがこんなところで役に立つだなんて思いもしなかった」

 

 準備はしっかりしないと、こういう時に何もできなくなるからね。

 

「ふう……どうにか今のところは2組といい具合に拮抗してるけど、これからもあんな事があったらたまらないわ」

 

「大丈夫よ。義之と明久がなんとかしてくれるから」

 

 杏ちゃんが僕と義之を見つめてそう呟いた。

 

「そりゃあ、僕も頑張るけどさ」

 

「俺達だけでなんとかなるか?」

 

「ふふ……義之はさっきのハプニングで十分充電はできたでしょ? この先小恋の胸の感触を思い出しながらその興奮でこれからの競技を乗り越えると信じてるわ」

 

「杏~!」

 

 杏ちゃんのセクハラ紛いの一言に当の被害者である月島さんが涙を浮かべながら雪村さんの口を塞ごうとした。

 

 まあ、小恋ちゃんには悪いけどいいもの見せてもらいました。

 

『午前中最後の競技、障害物リレーの参加者の方は、スタートラインにお集まりください』

 

「お、いよいよ障害物リレーか。明久、油断するな?」

 

 障害物リレーの開始の報せが放送され、それを聞くと義之が僕の肩に手を置いて忠告する。

 

「大丈夫だよ。多少の障害くらい乗り越えてやるさ」

 

「月並みな事しか言えないが、頑張れよ」

 

「うん! 行ってくる!」

 

 僕は障害物リレーに参加するためスタートラインへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 いよいよ始まる午前中最後の競技、障害物リレー。

 

 スタートラインには明久と他のクラスが一列になって並んでいる。

 

 しかし何故だろうか? スタートラインに立っている人間が明久や一部を除いて女子が多い気がするな。

 

 2組からは白河が出てるし……お、よくよく見れば由夢もいるし。

 

「い、位置について……」

 

 そして、今回のスターターらしい音姉が合図用のピストルを構えていた。

 

 だが、あまりに腰が引けているのが情けないというか……いや、見方によってはそれは可愛らしいと受け取る奴も多いだろう。

 

「よ、よーい!」

 

 パアン!

 

「きゃっ!」

 

 選手達よりも音姉が一番びっくりしている間に選手達が一斉に走り出した。

 

『だああぁぁ!?』

 

 と思ったが、スタートの瞬間明久の悲鳴が上がった。

 

 見ると明久の足元が地面にめり込んでいた。小さな落とし穴みたいだな。

 

 恐らく杉並の仕業だろう。本当に敵味方問わずどんな罠が待ち受けているかわかったもんじゃない。

 

『こんのぉぉぉおおお!』

 

 しかし、明久はそんなハンデなどお構いなしに怒濤の速さで他の選手に追いついて最初の障害物である跳び箱を楽々飛び越えた。

 

 その向こうでは第二障害の平均台が待ち構えていた。

 

 この辺りは順調に進む事ができたようだ。しかし、最初のハンデがあったのでまだトップには出ていない。

 

 トップメンバーは……お、意外な事に由夢か。意外と走れるんだな、あいつ。

 

 その後ろでは白河もいいスピードでついていた。意外といい勝負になっている。

 

 そして、平均台の次は麻袋が待ち構えていた。これは麻袋を履いて一定の距離まで跳ねればいい競技だ。

 

「…………」

 

「やっ! ほっ!」

 

 俺は目の前の光景に唖然とした。

 

 由夢は黙々としながらもトップをキープしている。しかし、その後ろで白河が跳ねる度に胸が……後は言わずもがな、それは健康的でダイナミックな光景であった。

 

 なるほど。毎年何故かこの障害物だけはある理由が今になってわかった。そして、どうしてこの競技に限って男子の出場者が少ないかがよくわかった。

 

 こういう光景を見たいがために男子は自クラスから目の保養になりそうな女子を選んで自分達は観戦をとことん楽しむというシステムか。

 

 3年間もこの競技があったというのに一向に気づけなかった自分が憎いぜ。

 

 ドカーン!

 

『ぎゃあぁぁぁ!?』

 

「な、何だぁ!?」

 

「よ、吉井の足元が爆発したぞ!?」

 

「爆発ぅ!?」

 

 本気で何考えてるんだ杉並の奴!? 下手すれば怪我どころの騒ぎじゃねえぞ!

 

『何の、負けるかああぁぁぁぁ!』

 

「あ、でも……明久なら心配なさそうだな」

 

「……マジかよ」

 

 爆煙の中からボロボロに変わり果てた明久がボロボロになった麻袋を持って必死に跳んでいる姿が見えた。

 

 多分少量の火薬だったからとはいえ、ペースも崩さずによく走り続けられるな。

 

 直に明久の頑丈っぷりを見るのは今回が始めてだが、本当になんつうタフさだよ。

 

 他の選手も明久の頑丈っぷりに動揺しながらも目の前の障害を切り抜けようと走り続けていた。

 

 四つ目の障害物は……泥プール越えの棒高跳びかよ。ていうか、何時の間に泥プールなんてあったのかよ。

 

 これは中々にシビアな競技だぞ。

 

 由夢は……緊張気味だったが、どうにか越えることはできた。白河も、順調に越えたな。

 

『たりゃああぁぁぁぁ!』

 

 明久は……言わんでもわかるな。2・3階から飛び下りるような奴がこの程度で脱落するとは思えない。というかあいつ、棒なんていらねえだろ。

 

 泥プールに落ちた選手も出たが、ここは危険な障害がないようなので順調に進んだ。

 

 そして最終障害でハードル走だった。

 

 選手達の前には5つほどのハードルが置かれており、選手達はそれを飛び越えて後はゴールへと一直線だ。

 

『うおおおおぉぉぉ!』

 

 一直線のコースの前の障害に明久はトップスピードを保ったままハードルを次々と飛び越えていく。

 

 圧倒的なスピードでトップメンバーの由夢や白河に追いつき、いざ一位に躍り出ようかと思った時だった。

 

 びょびょ~ん!

 

『わああぁぁぁぁ!?』

 

「飛んだ──っ!?」

 

 そう、飛んだ。ハードルどころか、屋上までをも飛び越えようというくらいに飛んだ。というより、飛ばされた。

 

 明久の足が地面に着いた瞬間に地面が下からびっくり箱のように飛び出してその勢いで明久を空中へ放り投げた。

 

 放り投げられた明久は重力に従って垂直に落下していった。

 

『こん、のっ!』

 

 何度も言うように明久は2・3階から飛び降りするような人間。この程度でリタイアなんてするようなヤワな奴じゃない。

 

 地面に着地した衝撃に耐えて明久は残りのハードルを越えてここから先は一直線。

 

 ラストスパートをかけて明久は猛スピードで由夢や白河に追いつき、越した。

 

『おおおぉぉぉ!!』

 

 明久の数々の障害の乗り越え、一位に躍り出た状況に外野集団は驚嘆の声を上げていた。

 

 そして、明久がいざゴールのテープを切ろうとしていた。

 

『ぎゃああぁぁぁぁ!?』

 

 しかし、最後の最後……ゴール前に落とし穴が仕掛けてあった。

 

 明久が落とし穴にはまった隙に由夢と白河は申し訳なさそうにゴールインした。

 

 穴から出てきた明久が酷く弱々しく見えたのは仕方のない事だろう。流涕した状態での潰敗は哀れ過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、一位……取れなかった」

 

 僕は障害物リレーを終えて観覧席へ戻り、クラスメートに頭を下げた。

 

「いや、いいって。ていうかむしろアレだけの障害物を前に3位は十分すごいって」

 

「だなだな。俺だったら多分ビリになってたぜ。いや、それどころか退場になってたかもな。怪我で」

 

「うんうん。吉井君はよくやってくれたと思うよ」

 

「そうね。むしろ賞賛を送ってやりたいわ」

 

 みんなは僕を責めることなく、むしろ僕を褒めてくれる人達が多かった。

 

 本当にこの学園の人達は優しい人間ばかりだ。思わず涙が出そうだよ。

 

「うむ。吉井の頑丈さはやはり並の人間を遥かに越えてると……よいものを見せてもらった」

 

 涙を浮かべている僕の傍でメモを取っていた杉並君の姿がった。

 

 杉並君も雄二と同じで厚顔無恥の気が強いようだ。全く悪びれるという様子がない。

 

『はろはろ~! 学園長の芳乃さくらです! 皆さん、体育祭を楽しんでますか~?』

 

 そこにさくらさんの放送が流れてきた。

 

『そろそろお昼休みの時間です!ゆっくり休んでもりもり食べて、午後の競技に備えてくださいね!』

 

 そういえばもうお昼の時間だったね。

 

「はい、注目~!」

 

 放送が終わると沢井さんがパンパンと手を叩いてクラスメート達の視線を集めた。

 

「それでは、13時まで自由行動にします。お昼は何処にいても構いませんが、後半開始の5分前までにはここに戻ってくるようにしてください。では、解散!」

 

 沢井さんの号令で全員が早速昼食を食べようとバラバラになった。

 

 さて、僕はまず教室に置いている弁当箱を取ってきてからだね。

 

「さて、僕は教室に弁当置いてるから」

 

「あ、俺もだ」

 

「ああ、俺も俺も」

 

 義之も渉も同じようなので3人で同じく教室へと向かっていった。

 

「あれ? 弟君」

 

「音姉」

 

「どうも」

 

 昇降口のところで音姫さんとバッタリ出会った。

 

「おお、音姫先輩の体操着姿。スポーティーで素晴らしいですね」

 

「え~? やだなぁ板橋君。そんなお世辞なんて」

 

「いえいえ、お世辞じゃありませんよ~」

 

「それで、弟君達は揃ってどうしたの?」

 

「ああ、俺達は弁当を教室に置いているからな。それを取りに」

 

「ふ~ん。だったら、私達とお昼食べない?」

 

「音姉達と? う~ん……」

 

 音姫さんの提案に義之は首を捻って悩んでいた。

 

「おいおい、音姫先輩からの誘いだぜ? 何悩んでるんだよ?」

 

「いや、俺元々クラスのみんなと飯食おうと思っていたし」

 

「だったら、音姫さんや由夢ちゃんも交えてみんなでお昼食べない。賑やかな方が楽しいし」

 

「あ、その手もあるか」

 

「明久、ナイスだ! その案採用!」

 

 僕の言葉に渉がグッ、とサムズアップのサインを送った。

 

「そうだ。どうせならななかちゃんも誘おうかな?」

 

「おお、それいいね! さて、そうと決まったらさっさと弁当取ってきて可愛い女子共に囲まれて昼休み堪能するか!」

 

 板橋君はテンションの高さを最高潮に保ったまま教室まで走っていった。

 

 僕と義之はやれやれと軽く呆れながら教室へ弁当を取りに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 弁当を取りに行ってから数分もすると僕達は校庭の角にある桜満開の木の下で少し広めのレジャーシートを広げ、そこでお昼タイムと洒落こんでいた。

 

 こうして見るとまるでお花見をしているようにも見える。

 

「ん~、やっぱりよっぱり義之と明久のコラボ料理はうめえな。お前等、いい主婦……いや、主夫? になれるな」

 

 僕と義之の弁当は2人の共同作業によってできたものだ。

 

 今朝さくらさんからお弁当作ってと頼まれ、どうせ朝作るならついでに弁当もとそれぞれ役割分担して作ったのだ。

 

「あ、この卵焼きは義之だよね? 義之の卵焼きって、すごいこだわってるから」

 

「そうだね。流石に僕もこの味が出せるかどうか」

 

 義之の作った卵焼きは本当に美味しかった。どんな隠し味を使っているのかちょっと気になる。

 

「まあ、卵焼きは好きだからな。結構作る回数も多かったし」

 

「弟君の卵焼きって、本当においしいんだよね」

 

「いやいや、音姫先輩の料理も最高ですよ。本当に美味いですよ、このサンドイッチ」

 

「今朝、由夢ちゃんと2人で作ったから」

 

「え、由夢と?」

 

 義之が疑念の篭った目で由夢ちゃんを見た。

 

「し、心配しなくても材料とパンの耳を切って挟むだけです」

 

「よかった~」

 

「むぅ……これでも、少しは成長してますよ」

 

 確かに。ここのところ義之に内緒で僕に頼み込んで料理の特訓をしてたんだっけ。

 

 まだ実戦投入まではいかなくとも、最初と比べればよくなってきている。少なくとも変な行動を起こさなきゃサンドイッチくらいならちゃんと作れるようにはなっている。

 

「あ、そのコロッケ美味しそう。いただき♪」

 

「あ! ななかちゃん、それ僕のお気に入りなのに!」

 

 ななかちゃんが横から僕の弁当のコロッケを取って食べた。それ結構自信作なのに。

 

「あはは! ごめんごめん。ていうわけで、明久君には私のおかず分けてあげる♪」

 

 そう言ってななかちゃんは自分の弁当箱からエビフライを箸で掴んで僕の口元へ持ってきた。

 

「……えと、ななかちゃん?」

 

「あ~ん」

 

「……え~と?」

 

「あ~ん」

 

「いや、だから……」

 

「あ~ん♪」

 

 これは……女子から男子へ弁当を食べさせる際の最高の食べさせ方。伝説の『はい、あ~ん』か!?

 

「な、ななかちゃん……流石にそれは……」

 

「あ~ん♪」

 

 何を言ってもあ~ん意外に何も言わない。これはもう食べなければキリがなさそうだ。

 

 仕方ない。僕も男だ。このシチュエーションが嬉しくないわけないし、これは午前中頑張った自分に対する褒美だと思うんだ!

 

「あ、あ~ん……むぐ」

 

「おいしい?」

 

「はい、とってもおいしいデス」

 

 恥ずかしさでほとんど味なんてわからないけど。

 

「ぬお~! 学園のアイドルから直々に『はい、あ~ん』だと!? ちきしょう! 明久の奴、羨ましい! 羨ましすぎる!」

 

「わお、白河さんったら大胆♪」

 

「これは負けてられないわね。小恋、この流れに乗ってあなたも義之に『はい、あ~ん』を実行するのよ」

 

「ふぇ~!?」

 

「お、弟君! 私のサンドイッチあげるから! はい、あ~ん!」

 

「って、音姉も乗らないで! 本気で恥ずかしいから」

 

「……なんだか、ものすごい甘いですね。デザートもスイーツもないのに」

 

 周りでは僕達の空気に毒されて一部すごい状況になっている。

 

 そして、この状況を見ていた一部の男子生徒がものすごい殺気を僕に送ってきた。

 

 何時でも何処でも殺気が来るのが当たり前になっちゃってる僕の日常って。

 

 そんなこんなで甘ったるい昼休みを終えて午後の競技へと構えたのだった。

 


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