Muv-luv Over World   作:明石明

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第6話

国連軍横浜基地 神林零の執務室

 

 

「仕事早すぎんだろ、香月博士ェ……」

 

 魔女との契約から一夜明け国連軍の制服に着替えてから香月博士の部屋を尋ねると、既に俺の執務室が博士と同じフロアに作られていた。

 デスクの正面には立派な応接スペースがあり、隣の部屋はプライベートルームになっている。

 確かに機密のレベルを考えれば妥当ではあるんだろうが、幾ら何でも早すぎる。

 これは最初のハッキングの時点で用意する気満々だったと見るべきか。

 まあどの道、横浜基地の一室を借りて武器とか機体の考案するつもりだったし。

 何気に今一番気にしてるのが現在もなお海底に潜むトレミーなんだよなぁ。船底にフジツボとか張り付いてたら泣くぞ。

 早いトコ殿下と協定結んで堂々と動けるようになりたい。

 

 

「……連絡がない内は焦ってもしょうがないな。 訓練兵の様子でも見に行くか」

 

 

 武も結局特別教官になったし不干渉について指摘はするだろうけど、悪いが先に言わせてもらう。

 XM3に関してもα版は今夜までには完成すると博士からお墨付きをもらった。あとはバグ取りと実証データを集めて博士に提出すれば問題ない。

 A-01部隊へは……精々武器のテストを依頼するくらいだな。教導はXM3が物になってから武がやるだろうし、MSなんか出したら速瀬中尉が絡んで来そうだ。

 てかあいつ、霞や純夏に会ったか?

 あれは最重要イベントの一つだ。武の性格からポカしてる可能性は低いが……一応、確認はしておこう。

 霞さえ捕まえれば純夏に会ったかもわかるはず――

 

 

「――ん? この感覚、噂をすればなんとやらか」

 

 

 昨夜のように突然現れた頭の中に入り込もうとするが何かに阻まれて四苦八苦しているような感覚、今の横浜基地でこんなことが出来るのは彼女だけだ。

 

 

「――残念だが、その程度じゃ俺のATフィールドは突破出来ないぜ」

 

「!?」

 

 

 音も立てずに移動して扉を開けると、うさ耳がピーンとまっすぐになると同時に凄まじいスピードで角に向かって消えて行った。

 しばらくその場で佇むと、社霞が耳を出してから徐々に顔を出した。

 なにあれ、こっそり伺うにしては致命的な行動だけどメチャクチャかわいい。

 

 

「社、武とは会ったか?」

 

 

 声には出さず、うさ耳を縦に揺らして答える霞。どうやらあいつは忘れていなかったようだな。

 しかし、霞は一向に近づいてこようとはしない。

 

 

「心が読めない俺が怖いか?」

 

 

 直球で問いかけると、ゆっくりと頷いた。

 

 

「それが普通だ。人間は相手の心を読むことはできない。だから会話して触れ合い、相手を知ろうとするんだ」

 

「……そういうものですか?」

 

「そういうものなんだよ。その力に頼らず他の人と会話してみろ。同じ『知る』でも全く違う印象を受けたりするぞ」

 

 

 少し黙り込んだ霞は、やがて頭のうさ耳をぴょこぴょこと動かした。

 

 

「『わかりました』ってか?」

 

 

 思ったままを口にしてみると、あからさまに驚いた顔になった。

 

 

「……白銀さんが言っていたニュータイプの力、ですか?」

 

「そんな大層なことじゃない。話の流れと社の性格から推測して、この動作はこういうことを言っているだろうと思っただけだ」

 

 

 信じられないと言った様子で驚く霞が少し可笑しく、思わず笑みがこぼれる。

 

 

「慣れたら誰でも出来ることだ。一度武の仕草とか研究して試してみるといい」

 

「……やってみます」

 

 

 小さくお辞儀をした霞はその場から走り出し、ちょうど降りてきたエレベーターに駆け込んで行った。

 しかし、あの様子だと近づいて話してくれるのはまだかかりそうだな。

 まあ、別にいいか。それはそうと俺も地上に上がらないと……。

 

 

「……って、しまった。エレベーターは霞を乗せて行っちまったんだった」

 

 

 地上に向かってグングン進んでいくエレベーターの表示を眺め気づく。

 そして俺が地上に出られたのは、これからさらに5分後のことだった。

 

 

 

 国連軍横浜基地 グラウンド

 

 零がエレベーターの前で黄昏ている頃、国連軍の制服に着替えた武はグラウンドを走る訓練兵たちとそれを指導する教官を見て、涙腺が一気に危険な状態へと陥っていた。

 

――泣いちゃダメだ、泣いちゃダメだ、泣いちゃダメだ泣いちゃダメだ泣いちゃダメだ!

 

 込み上がる涙を必死に抑え込み、教官に近づく。

 教官――神宮司まりもは武に気づくと、階級を見て慌てて姿勢を正した。

 

 

「ご苦労様です、大尉!」

 

「ご苦労様。本日付で訓練兵たちの特別教官に就任した白銀武大尉です。よろしくお願いします、軍曹」

 

「……え?」

 

 

 返礼と共に返された言葉の内容を理解するのに少しかかり、まりもは聞き返す。

 

 

「し、失礼ですが大尉。特別教官とは、一体?」

 

「昨夜、総合評価演習後の戦術機全般の教官を俺がすることになったんです、香月博士の独断で。それで自分が面倒を見る訓練兵たちを一目見ておこうと思いまして」

 

「そ、そういうことでしたか。 少しお待ちください。 ――全員集合!」

 

 

 よく通る声を聞き、訓練兵たちが一斉に集まる。

 

 

「207A、集合完了しました!」

 

「207B、集合完了しました!」

 

 

 それぞれの小隊長、涼宮茜と榊千鶴の報告を聞き、まりもは頷く。

 

 

「こちらは本日付で貴様らの特別教官に就任された白銀大尉だ。大尉には、総合評価演習後の戦術機訓練を監督していただくことになっている。 大尉、何か一言お願いできますか?」

 

 

 柄にもないなとおもいつつ、武は名乗り始める。

 

 

「たった今、神宮司軍曹より紹介に預かった白銀 武だ。軍曹から聞いた通り、俺はみんなが総合評価演習をパスした後がメインの教官になる。それまでは今まで通り軍曹が監督してくれるが、俺も思ったことは口出しするからそのつもりで。ーーで、表向きの固い話はここまでだ」

 

 

 突然話が変わり、全員が同時に「は?」となる。

 

 

「実は俺、みんなとは同い年なんだよ。だから公の場や周りに他の人がいる時以外は気軽に呼んでくれ」

 

「た、大尉。それは如何なものかと……」

 

「ダメですか? まりもちゃん」

 

「ま、まりもちゃん!?」

 

 

 流石にこれは予測の範疇外だったらしく、まりもは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 そして訓練兵たちはいつも怒鳴り声をあげている教官が弄られる様に唖然としていた。

 

 

「俺は階級や身分を気にした関係にはなりたくないんだ。だからみんなもフレンドリーに頼む」

 

「し、失礼ですが大尉。それでは他の者に示しがつかないのでは……」

 

「委員長、軍隊では基本的に上官の命令は絶対だ。つまり、今頼んだことを命令として扱うこともできるんだぞ」

 

「それはわかりますが、と言うかあの、委員長ってなんですか?」

 

「君の雰囲気が昔俺のクラスにいた委員長に似ててさ、すっげえしっくりくるぜ」

 

 

 意見した千鶴を正論でねじ伏せ、ついでに委員長を定着させようとする武。順応性が高いメンバーは好感を持ったようだが、真面目なメンバーはまだ戸惑いを隠せずにいた。

 そこへ彼女たちをさらに困惑させる燃料がバーナーを抱えてやってきた。

 

 

「よお、武。顔合わせは済んだか?」

 

 

 国連軍の制服を着た零が、真新しい中佐の階級をつけて近づいてきた。

 まりもや訓練兵たちは突然現れた中佐という階級を持つ男の登場に、驚きながらも反射的に敬礼をする。

 

 

「今、俺の自己紹介が終わったとこ。零も挨拶か?」

 

「た、大尉! 中佐殿に向かって流石にそれはーー」

 

「あー、軍曹。公の場や他の人がいなければ別に構わないぞ」

 

「あ、あなたもですか!?」

 

 

 軍隊としてあるまじき光景に流石のまりもも空いた口が塞がらなかった。

 そんな彼女の心労をしってか知らずか、零はマイペースに自己紹介を始める。

 

 

「さて、俺は神林 零 臨時中佐だ。民間協力者として武と共にこの横浜基地にやってきたが、この度香月博士から特別開発部門開発長に任命された。なのでそちらに時間を割くためこちらで会う機会は少ないと思う。だが諸君らが総合評価演習を合格した場合、俺の試作武装か改良機に触れることになるから必然的に顔を合わせることは多くなるはずだ。今後ともよろしく頼む」

 

 

 民間協力者にも関わらず中佐の階級を持っていることも驚きだが、自分たちが試作武装や改良機を使えると言われ訓練兵たちは目を輝かせた。

 それではとまりもが訓練兵に自己紹介を促し、少女たちが前に出る。

 

 

「207A分隊、涼宮 茜訓練兵です!」

 

「同じく、柏木 晴子訓練兵です!」

 

「207A所属、築地 多恵訓練兵です!」

 

「あ、麻倉 澪訓練兵ですっ!」

 

「20705A、高原 早苗訓練兵です」

 

「207B分隊、榊 千鶴訓練兵です!」

 

「207B所属、御剣 冥夜訓練兵です」

 

「にに、に、207B分隊の! たた珠瀬 壬姫く訓練兵でしゅっ!」

 

「20704B、彩峰 慧訓練兵です……」

 

「同じく207B、鎧衣 美琴訓練兵です!」

 

 

 全員が挨拶したことを確認し、零は満足気に頷くと口を開く。

 

 

「それでは各自、訓練に戻ってくれ。 ――ただし、B分隊は全員残れ」

 

 

 

国連軍横浜基地 グラウンド

 

 

 俺の発言で僅かに疑問の表情を浮かべる面々だが、上官命令だと理解したのかA分隊だけ先にグラウンドへと戻る。

 

 

「あの、中佐。何故B分隊だけ残したのでしょう?」

 

 

 神宮司軍曹が理解しかねると言った感じで尋ねてくるが、俺はそれをスルーして切り出す。

 

 

「お前たち、聞くところによるとやんごとなき事情とやらを理由に不干渉主義を掲げているらしいな。この際だから言っておく。そんなことするなら衛士になるな」

 

「――ちょ、零!?」

 

 

 突然告げられたことに全員が驚愕する。

 真っ先に突っかかってきた武を手で制し続ける。

 

 

「不干渉をするということは仲間を知ろうとしない、信頼しないと言っているのと同じだ。さらに言い方を変えれば、それは他の衛士がどうなっても知らないと言っているのと同じだ。この部隊ではいいかもしれないが、現場の部隊なら確実に厄介者ーーいや、お荷物扱いだな」

 

「そ、そんなことは!」

 

「お前たちはそう思ってなくともな、別の視点から見ればそう捉えられるんだよ。信頼どころか信用すらされてないと感じる相手に背中を預けられない。そうした不和は必ず部隊に軋轢を生じさせ、いずれは空中分解させる。もしそれが戦場なら最悪部隊崩壊だけではすまんぞ」

 

 

 ちらっと武を見ると、何か思い当たったような顔でこちらを見ていた。

 ほんの少しだけ唇の端をあげ、再び口を開くを

 

 

「俺たちの敵は言語なんて上等なモノを持ち合わせない化け物どもだ。こちらの事情もお構いなしに攻め込み、文字通り全てを食らいつくす。不干渉? 本気でBETAとやり合うならそんなくだらない発想は犬のエサにでもしてしまえ。変なプライドはドブに捨てろ」

 

 

 最初に反論しかけた委員長が思い当たる節があるように目を伏せる。他のメンバーも同じような顔をしているあたり、少なからず自覚はあったようだ。

 

 

「最後に一つ。ここがお前たち5人の分岐点――ターニングポイントというべき場所だ。明確な答えはないが、ここで変わらなければ俺が言った通りになるぞ。俺からは以上だ。武、後でスケジュール調整するから俺の部屋に来い。 ――悪いが、後は頼む」

 

 

 部屋の場所が書かれた紙を渡す時、他には聞こえない声量でそう告げて立ち去る。

 

 

「回りくどいことしやがって」

 

 

 すれ違い様、少し呆れた声が聞こえた。

 自分でもそう思うが、今回のことは無駄に階級が高い俺だから出来ることだ。なら嫌われ役でもなんでもやってやるさ。

 さて、MSの武装から戦術機に転用し易いもののリスト化と人手の確保に乗り出すか。

 

 

 

国連軍横浜基地 グラウンド

 

 

 零からの厳しい言葉に意気消沈している訓練兵たちをみて、武はやれやれと嘆息する。

 

 

「いいか、お前ら。今零が言ったことは俺も言おうと思ってた。ただ言いたいことの9割くらいは言われちまったけどな」

 

 

 気さくだと思っていた武からも指摘されそうだったという事実が彼女たちの内側をえぐった。

 だから、と武は続ける。

 

 

「もっと自分の仲間を知って、自分の価値観を修正しろ。少なくとも俺たちはBETAなんかと違って、言葉という言語で相手を知ることができる。わかり合うことは不可能じゃないし、ましてや銃を向け合う必要もないんだからな」

 

 

 最後のその一言が、沈みかけた5人を支えた。思わず互いの顔を合わせる彼女たちの姿が少しだけおかしく思い、同時に大丈夫だという確信を得ることができた。

 

 

「さあ、俺たちが言えるのはここまでだ。各自、今の話をよく考えてくれ。これは命令じゃなくて、お願いだ」

 

『……はい!』

 

「では207B分隊、訓練に戻れ!」

 

 

 まりもの号令で訓練に戻る207B分隊。彼女は教え子たちがコースに戻ったのを見届けると、若き上官へと話しかける。

 

 

「素晴らしいご指摘でした」

 

「そんな大層なものじゃないですよ、まりもちゃん」

 

「そ、それは訂正されないのですね……」

 

「少なくとも、二人っきりのうちは訂正するつもりないですね」

 

「そ、そうですか……(ということは、二人っきりであるうちは呼んでもらえると……って! わ、私ったらなに考えてるのよ!?)」

 

 

 思わず妄想してしまった自分が恥ずかしく、まりもは否定するように頭を振った。

 ちなみに、その光景を不思議そうに武が眺めているのはご愛嬌。

 

 

 

日本帝国 帝国陸軍 技術廠第壱開発局

 

 

 その日、巌谷 榮二は自分の執務室で二つの資料を見ていた。

 一つは昨夜、アラスカへ出向している姪から送られてきた不知火弐型の戦闘記録映像。

 カムチャツカ基地にてBETAと交戦したものだが、機体は大破も同然。ソ連軍の大隊に助けられるも、今度は光線級の出現で脱出が困難になる。

 そこへ現れたのが、所属不明の戦術機。

 戦闘機に変形して空を飛び、光学兵器とおぼしきライフルと頭部から吐き出されるバルカンでBETAを圧倒。

 そして関節部分から青い炎を出すと誘蛾灯のようにBETAをおびき寄せ、纏まったところへシールドから先ほどのライフルなど比にならないくらい太い光学兵器を放った。

 その後はスモークを焚いて弐型を回収。後方の基地へと送り届けた後、戦闘機形態で離脱した。

 まだ表向きには公表されていないが、各国がこの戦術機を求めて躍起になっているらしい。

 そしてもう一つは同じく昨夜、こちらは斯衛を通して殿下より技術屋としての意見が欲しいとして送られてきた数枚に渡る資料である。

 斯衛から意見が欲しいと頼まれることは良くあるので気にならないが、殿下から依頼されるのはごく稀だ。

 そして送られてきた物は、自分の想像を遥かに上回っていた。

 既存の戦術機と全く異なる技術で作られた人型機動兵器。

 電磁投射砲よりも使い勝手のいいビーム兵器。

 そしてこれらの情報を殿下に提供した大元の人物は月の裏側に巨大な人工衛星を所持し、この資料に記載されたスペックを上回る機体を多数保有しているという。

 余りにもタイミングよく舞い込んできたこの二つの情報。無関係と言い張る方が難しというのが、彼の見解だった。

 

 

「……一度、掛け合ってみるか」

 

 

 この資料を届けに来た月詠大尉を探しに席を立つ。

 この技術を所持する人物に会ってみたい。

 そう思う彼を動かすのは、抑えられない好奇心だった。

 




207Aの麻倉と高原の名前はオリジナルです。
性格もオリジナルになりますので、ご了承ください。

207Bへの指摘は当初武に任せるつもりでしたが、少し変えて零に厳しい意見を言わせることにしました。

さて次回は、零の元にあの人が段ボールでやってきます。

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