「――いっつつ、マジでかっ飛ばしやがったな。あのおっさん」
尻に響く鈍痛と共に目を覚まし、患部をさすりながら立ち上がって正面を見る。
「おぉー」
目の前の光景に思わずお上りさんのような感嘆の声が漏れる。
広大なモニターと光るキーボードが設置された机が何台も並び、いかにも司令室な空間がロマン心を刺激する。
今自分がいる場所は部屋の一番高い場所、司令官用の席の真横だ。
机に一冊の本があり、おもむろに「現状説明書」と書かれたそれを開くと、表紙の通り俺の現状についての説明が数ページに渡って記されていた。
まずここは俺の本拠地として機能する人工衛星、通称Gステーションという場所で、おっさんの設定ではSDガンダムGジェネレーションシリーズのプレイヤー陣営の基地として機能していたということになっている。
補給はもちろん、俺が要求した各種プラントも完備。
ただ基地の広さ故に運営している人間は皆無で、数万からなる大小さまざまなハロたちで成り立っているらしい。
そして驚くべきはMSプラントでオリジナルのGNドライブが年3個のペースで製造でき、擬似太陽炉に至っては月に5個は作れるということだ。
しかも現在ストックとしてオリジナルのドライブが3つありーー一部調整中もあるがーー太陽炉搭載機が数機あると記されてーーってまてまて。俺は自分の機体しか要求しなかったはずなのに、なんでこんな機体があるんだ?
さらにボーナス目録と書かれた一覧には現在使用可能機体として俺のガンダムデルタカイに加えガンダムデュナメスとマスラオ、ガンダムAGE-2やバスターガンダム、デルタプラスにトールギスだと!?
調整中一覧には量産系の機体が結構あったが、ガンダムタイプは非常に少なかった。ある意味当然なのかもしれないが、Gガン系が一機もなかったのはちょっとショックだ。
他にも『名状し難い武器保管庫』には固定武装(ZZのハイメガキャノンやサザビーのメガ粒子砲とか)以外のほぼ全ての武装が格納されているとある。
一覧にはファンネルやビット系の武装はないが、サーベル、ライフルなどはほとんど網羅されていた。
ツインバスターライフルにビームマグナム、クアンタがないくせにGNソードⅤバスターソードモードまで目録にあるとは……。
しかし何故こんなものがと思いつつページをめくっていくと、ボーナス目録についてと書かれたページを発見する。
そこにはど真ん中にただ一言、こう記されていた。
久しぶりに本気で仕事したのでつい大サービスしちゃったZE☆
……ウゼェ、ラップ調で語尾に☆とか果てし無くウゼェ。
しかし予想以上――いや、過剰とも捉えられる戦力が手に入ったことについては微妙な心境ではあるが、まあ、もらえるものはもらっておこう。
ともかく、これからの行動に先立ってまずは情報収集だ。
指揮官席に座り、目的の情報を次々に引っ張り出す。
「現在は2001年の8月。オルタネイテイブ4凍結まで約4ヶ月。白銀武が現れるまで2ヶ月か。10月までに香月博士とのパイプは確保しておきたいところだが、どうやって会うかな」
正面から乗り込む? ――NOだ。今の俺は所属不明の異邦人だ。しかも興味をもたれるために持ち込んだものが米国に渡った場合、第5計画推進派を勢い付かせる要因になりかねない。
MSで基地に強襲? ――NOだ。迎撃に出た衛士を落とす気はさらさら無いが、万が一相手を殺すことになったらこっちが不利だ。
別方向ーー例えば帝国でツテを得てから行くか? ――NOだ。余計に時間がかかる。
博士のPCにハッキングをかけてメールを送る? ――お、これはアリか?
オルタネイテイブ4の責任者として、その情報セキュリティはこの世界トップクラスのはずだ。それを破ってわざわざメールを残す。彼女の性格なども考えると、興味をもたれるには申し分ないな。
幸いここのシステムは、ソレスタルビーイングが所持する量子演算システム『ヴェーダ』と比べても遜色ない性能がある。
いくら天才と言えど、数百年先の技術に対するプロテクトは持ち合わせていないだろう。メールを出した後は、戦艦に乗って横浜に移動するか。
使用可能戦艦を表示し、今回の行動に最も適したものを選ぶ。
「というか、使うならこれしかないな」
そう呟いて俺は、画面に浮かぶ青い戦艦を眺める。
ソレスタルビーイングの戦闘母艦、プトレマイオス2。
大気圏の突入はもちろん、空中だけでなく水中での航行も可能。さらにトランザムを使用することで単騎での大気圏離脱も可能という、移動に関しては非常に優れた性能を有している。GNドライブからの粒子供給が無ければ動かないが、オリジナルのドライブが余っている現状ならその問題もクリアだ。
しかも今から新しいドライブの生産にかかれば、12月には1機完成している計算だ。充分すぎる。
地上にも消耗品やら食料やらのプラントを作りたいが、時間がなさすぎる。しばらくは地球と宇宙を往復して物資を確保するしかないな。
殿下と接触したら、帝国領内に製造プラントを建造してもいいか掛け合うか。
さて、ハロたちにプトレマイオス2ーー作中同様トレミーでいいかーーにGNドライブの直接取り付けさせ、俺のガンダムと予備の機体としてデルタプラス、後は消耗品やら食料やらを詰め込んでもらって出発するか。
その間に俺はハッキングをした時のメールを用意し、残った時間でMSのシミュレーターをやっておこう。
夢にまで見たガンダムの操縦。テンション上がらずにはいられない!
Gステーション シミュレータールーム
「あー、やりすぎた……」
あまりにも嬉しすぎて自分の体調も顧みず、ついつい数時間ぶっ通しでシミュレーターをやってしまった。おかげで今はシミュレータールームに設置されたベンチのお世話になっている。
いや、だって念願のMS――しかも自分が最も好きな機体に乗れたらテンションがおかしくなっても仕方が無いと思うんだ。
ただ、慣れてきたからってガンダム無双のように仮想敵に旅団規模のBETA用意したのが調子に乗りすぎた原因だと思う。
チラッと、先ほどのシミュレーターのリプレイに目をやる。
『見える、そこ!』
レーザーを回避しながら手にしたロングメガバスターで固まっていた光線級を10体ほど撃ち抜き、
『行け、ファンネル!』
拡散ビームを放つプロト・フィンファンネルで後ろに寄ってきた5体ほどの要撃級と100体近い小型種を屠り、
『消し炭になれ!!』
眼前に広がる1000体以上のBETAをシールドに装備したハイメガキャノンで一掃したりと、文字通りデルタカイが俺ボイスで大暴れだ。
今さらながら恥ずかしさがこみあげてきたが、とりあえず自分のMSの腕前はだいたいわかった。
BETA相手なら楽勝で、対人ならアムロや刹那などのクラスには手を焼くが、それ以外なら十分やり合えるくらいだ。
というのも、対BETA戦をやる前に対人で一年戦争末期のアムロに喧嘩を売ったらあと少しのところで撃墜されたからだ。
向こうはファーストガンダム、こっちはデルタカイ。
機体性能に圧倒的な差があったにもかかわらず負けたのは自分の慢心だけでなく、ニュータイプの力を見誤ったのがほとんどだろう。ちなみに、BETA殲滅はその鬱憤晴らしである。
「慢心が身を滅ぼすとはよく言ったものだ。これが原因で第2の人生終了とか未練しか残らないな」
少しだるい身体に喝を入れシミュレータールームを後にする。
ハロたちに任せた作業の進捗具合が全体の70%ほど完了していたのを確認し、俺はそろそろハッキングをかけるかと思いつつシャワールームに向かった。
国連軍横浜基地 地下19階 香月夕呼の研究室
「――どうしてうまくいかないのかしら」
彼女、香月夕呼は焦りと苛立ちを含んだ声でそう呟く。自分が任された対BETA計画の切札。間違っていないはずの理論がうまくいかないまま、ズルズルと数年が過ぎてしまった。
完璧に見える理論だが、決定的な何かが足りないのか?
最近ふとそう思うことがあるが、いくら見直してもおかしいことなど見当たらない。
「ダメね。一度頭を切り替えましょう」
愛用のカップを手に取り、飲み慣れたコーヒーモドキを注ごうとポットに手を伸ばす。
――突如、操作していないパソコンのモニタで無地の文書ファイルが開き、一人でに文字が打ち込まれていった。
「っ、ハッキングされた!?」
その判断に思い当たった理由はいくつかある。
まずこのパソコンは自ら構築した非常に高度なセキュリティを積んでいる。
幾つもの防護プログラムが何重にも展開されており、たとえ一つ突破しても秒単位で複数のプログラムに対応しなければならない。
クラッキングなどしようものなら、クラッキング用のカウンタープログラムが作動して相手のデータを破壊する。
もちろん、これを防ぐためにはハッキングを中止してクラッキングを止めに行くしかない。
それこそ、今自分が研究している物の完成系でなければ突破など不可能に等しいほどの。
もう一つは、万が一外部からこのパソコンを操作しなければならなくなった時のために用意した緊急コード。
これも外部に漏れたなどあり得ない。何故ならそのコードは、自分の頭の中にしか存在しないものだからだ。
故に、信じられないが今ハッキングをしかけている輩は第4計画の集大成、もしくはそれに匹敵する演算システムを用いているということになる。
やがて打ち込まれていた文字が区切られ、間隔をあけて再び入力を開始する。夕呼はまず、先に入力された内容に目を通した。
『初めまして。国連軍横浜基地副司令にしてオルタネイティブ第4計画の責任者、香月夕呼博士。私の名はイレギュラー。異世界からやって来た者です』
――異世界からやって来たイレギュラー、本来この世界に存在するはずのない者ってことかしら。しかも計画を知っていることからして、ハッキングはもっと前に行われた可能性が高いわね。
『突然のことに些か驚かれていることでしょうが、ご安心を。私は第4計画の味方であり、第5計画の敵です。まあ、こんなことを文章で信じろとは言いませんが、少なくとも自分ではそのつもりです。敵か味方かを判断してもらうために、まずはこちらの情報の一部を公開しましょう』
続いて現れたのはモビルスーツ(MS)と記された人型機動兵器の設計図と、それを運用する空中戦艦の3Dモデルだった。
ちなみにMSのモデルは一年戦争に投入された連邦の量産MSジムと、木馬と呼ばれた連邦の戦艦ホワイトベースだ。
その二つ――特にジムのスペックが彼女に多大なる衝撃を与えた。
「――なによこのMSっての! 戦術機と大差ない大きさのくせに動力が核融合で、しかもビーム兵器が標準装備ですって!?」
しかもこれが、ただの一般兵が使用する機体だ。間違いなく隊長やエースには、さらに高性能な機体が配備されていることが容易に想像できる。
驚いている間にも相手はまた一枚、切り札に等しい手札を公開していた。
『そしてこれが、現在私がいる難攻不落の拠点。Gステーションです』
ひときわ大きな映像が現れ、月をバックに巨大な銀色の衛星が映し出された。
巨大なシリンダーに4つの輪っかが接続され、それぞれが独立した製造プラントとして稼働しているとある。
位置は月の裏側で、あちらが所持する最速の戦艦で3日程あれば地球にたどり着けるそうだ。
『さて、これらをご覧になっていただいた上で私が貴女の味方になるという要求を受け入れていただけるでしょうか?』
「…………」
正直言えば怪しすぎる。しかし、こちらのプロテクトを破ってきた技術は間違いなく本物だ。
もし本当に味方になってくれるのであれば、その技術を調べさせてくれる可能性もある。
やや間を開け、夕呼はキーボードを叩く。
『そちらのメリットは? 私の味方になるだけが目的とは到底思えないわよ』
わずかな空白の時間があり、イレギュラーから返答が入る。
『私の目的は、BETAから地球圏を解放すること。そしてその達成に一番近い道が、香月博士。貴女だったというわけです』
……なるほど。つまりこいつは――
「自分の目的のためにこのあたしを、極東の魔女を利用しようってワケね」
夕呼は唇の端が小さく釣り上がるのを感じながら、素早く返答を送る。
『なら来るといいわ。魔女が住まうこの国連軍横浜基地に』
Gステーション メインコントロールルーム
「とりあえず、コンタクトは成功か」
最初にいた部屋――メインコントロールルームの指揮官席で一仕事終えて大きく伸びをする。
まさか入力中に本人からレスがあるとはな。まあ、一日のほとんどをパソコンで作業しているなら十分あり得る話だったか。
しかし、割とあっさりお招きされるとは予想外だったな。てっきり交渉に時間がかかるかと思ったが、送ったデータが衝撃的すぎたか?
骨董品レベルのジムと、現在使用できる戦艦で最も古いものに分類されるホワイトベース。これを超えるものがゴロゴロあると知ったら、博士どうなっちまうんだろうな。
などと思いながら細かい日時を指定しようとし、ふと思う。
「そういえば、今ならTEにも介入出来るんだよな。時期的には、もう少しでカムチャツカ基地へのBETA襲撃か」
……まさかあのおっさん、それも考慮してこの時期に飛ばしたのか?
少し思考を巡らし、横浜行きを自分が予定していた時刻より2日遅らせ、ハロたちに機体の消耗品を追加するように指示を出す。
何もなければそれでいいが、主要人物の生存率は可能な限り上げておきたい。
「さて、乗り込むか」
モニターを閉じてコントロールルームを後にし、そのままトレミーを用意してある第1ポートへと向かう。
神や英雄を気取るつもりはないが、一仕事行ってみますか。