【Arcanum Duo】- 遠山かなみの犯罪記録 -   作:suzu.

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04.Dissimilar twins

 

 ひゅん、と空気を切り裂く音が届く。

 右腕を下から薙ぐように払った一撃を目と鼻の先で躱すと、するりと猫のように相手の懐へと潜り込んだ。白いコートの裾が空気を孕んで稜線を描く。まるで舞踏のように音もなく翻る。相手はそのままぐいんと腕を返し、ガラ空きとなった背後からナイフを突き立てようとするが、そんなことは百も承知だといわんばかりに彼女はふわりと微笑むと、トンと右肩のつけねを押すように触れた。

 俺に見えたのは、そこまでだ。

 次の瞬間にはナイフが地面に落ちる音が響いていた。相手の男は片膝をつき、ナイフを持っていた右腕は捻りあげられている。彼女の手は相手の首に添えられて、その手の中にある両刃を潰したやや小ぶりのナイフが鈍く光っていた。

 紺色の髪がパサリとすべり落ち、俺と同じ顔が露わになる。

 静寂の中、ゆるりと顔を上げた彼女は傍に立っている蘭豹に目をやるとコトリと首を傾げた。終わりましたよ、とでもいう様に。

 一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔をした蘭豹はすぐに、チッと舌打ちをすると、鬼もかくやという形相で怒鳴るように宣言した。

「勝者! 遠山かなみッ!!」

 その声にようやく息をすることを思い出した周りからわっと歓声が沸く。興奮した色を帯びたそれは体育館を震わせた。無理もない。これで彼女は8連勝だ。圧倒的な強さを見せたその姿はまさしくSランクに相応しい。

 相手の男――、三上がリングを降りて周囲の輪の中に戻ってくる。勝負に負けた彼に友人たちは肩を叩いて労ったり、頭を小突いて文句を言ったりしている。次は俺だと蘭豹に名乗り上げる者もいた。正直まだやるつもりかと呆れるしかない。

 先程のナイフ戦はもちろん、徒手、アルカタ、早撃ち、他にも様々な分野で勝負をしかけているが、誰ひとり勝てていない。それも自分の得意分野で挑んでおいてだ。

 先程の三上もナイフ戦に秀でたAランク武偵だ。ナイフを振るう腕のしなやかな素早さも、返す腕の弾力ある力強さも、十分鍛えられた無駄のない動きだった。ただ、彼女がそれ以上に強かったというだけ。

「遠山君」

 ふいに後ろから声を掛けられた。後ろで観戦している俺の所までいつの間に来たのか、同じクラスの不知火が立っていた。無言で視線をやると不知火は肩を竦めて俺の隣に並んだ。

「妹がいるなんて初めて聞いたよ。しかも双子だなんて」

「まぁ、言ってないからな。誰にも……」

「キンジてめぇ、こんなところにいたのか」

 俺が乗り気しない返事をしていると、前の人垣から三上がひょっこり出てきた。その後に続いて夏海もいる。

「お前なぁ、あんなすげえ妹ちゃん隠しといて、なにのうのうと観戦してんだ」

「そうだそうだ、紹介しろ」

 三上と夏海が文句を垂れる。勝負に負けたのが悔しかったのか、二人とも釈然としない顔をしている。三上は先ほどのナイフ戦。夏海は徒手戦で負けている。8戦のうちの2戦はこの二人だ。

「別に隠してた訳じゃない。聞かれなかっただけだ」

「そういうのを屁理屈っていうんだぞ」

「なんで、お前らに家族を紹介しなきゃならないんだ……」

 負けたのが悔しいからって俺に絡むなといいたい。確かに彼女は俺の双子の妹だが通っている学校は別々だ。俺が東京武偵校の強襲科なのに対し、彼女はローマ武偵校の強襲科に所属している。日本に帰ってくるのもそう頻繁ではない。紹介する機会などあるものか、今回みたいに彼女が直接学校に来る以外で。

 そう、今回彼女は単なる里帰りではなく短期留学生という名目で東京武偵校に来ていた。だからこそ、この模擬戦だ。強襲科は強襲科のもてなし方で歓迎するということだろう。ただの洗礼という見方もあるが。

 つーかさぁー、と三上が先程まで使用していた模擬戦用の非殺傷ナイフをくるりと手で弄びながら、にやりと性質の悪い笑みを浮かべて言った。

「顔は"くりそつ"なのに中身は全然違うな、あと強さも!」

「全くだ!」そう言って、夏海も愉快そうに笑った。

 その言葉に俺は何も言えなかった。反論する余地がない。

 三上の言葉通り、彼女は自分とは違って正真正銘のSランク武偵なのだ。自分と似てないのではない。中身もそして強さえもあの人に似ているだけだ。歴代最強と云われたあの人に。

 その時、ざわめきを吹き飛ばす銃声が轟いた。

「オイ、お前ら。それでも強襲科の武偵か? これ以上うちの恥晒してみろ、まとめて特別補習させるぞ」

 蘭豹の叱咤激励に生徒たちは げぇと青い顔をした。

 補習といってもそこはこの強襲科の補習である、どんな体罰、もとい地獄の特訓が待ち受けているのか想像するのも恐ろしい。

 途端に騒ぎ出す生徒たち。お前が逝ってこい、そういうならお前が、誰でもいいから仕留めてくれ、と押し付け合う。そのうち、いっそ奇襲なら、それなら多数で誰か囮を、など言い出す輩もいて物騒な方向に話が傾いてくる。――全く、お前らにはこの学校の誇りとかないのか。これじゃあどちらが洗礼を受けているのか分かったものじゃない――と、他人事のように静観していたところで現実に引き戻された。

「こうなったら仕方ない。SランクにはこちらもSランクで迎え撃たねばな。おい遠山キンジ!」

(おい、マジかよ!! 勘弁してくれ……!)

 突然蘭豹に指名された俺は、どんな顔をすれば良いのかも分からずに後ろで立ち尽くすしかない。この場にいる全員の視線を感じながら視線を彷徨わせた。こんなことになる予感はしていたが、眼を背けていたかった。

「さっさと来い!!」蘭豹の苛立った催促の声が飛んで来る。

 俺は助けを求めて隣の不知火をちらりと盗み見たが、「諦めるな、というのが武偵の心得だけど、時には諦めも肝心じゃないかな」とぼそりと要らない助言をくれただけだった。今ほどこの友人を頼りにならないと思ったことはない。

「お前がやらねば誰がやる。よ、我らがSランク!」

「キンジ君の良いとこちょっと見てみたい!」

「お前らちょっと黙れ」

 負け組二人が囃し立てるのを頭ごと鷲掴むことで物理的に黙らせると、はぁ、と溜息一つ吐いて、ようやく俺はこの騒ぎの中心にいる彼女を見上げた。

 あれだけの連戦に息ひとつ乱すことなく変わらずそこに立っている。圧倒的なまでの存在感を以て、彼女はそこに立っていた。

 俺と同じ顔で、俺とは違うあの人に似た眼差しで俺を見ている。

 その眼に誘われるように一歩足を踏み出すと周りが道を空けた。ごくりと周囲の唾を飲むのが聞こえてきそうなほど場の緊張が高まる。

 この模擬戦のために作られた簡易リングを上り彼女の正面まで来ると、彼女は柔らかな微笑みを浮かべ問うた。

「ちぃ兄さん、何でやる?」

「何もいらん」

 それだけの短いやり取りを終えると、互いに向かいあったまま俺たちは同じ型の構えを取る。構えといっても一般人にはただ突っ立っているようにしか見えないだろう。自然体。それが無形と呼ばれる徒手格闘術の型だ。

 そもそも近接戦闘で彼女に挑もうとするのが無謀なのだ。近接は彼女の十八番。リングという範囲を指定した時点でそこはもう彼女のテリトリーでしかない。さらに言うならナイフ戦なんて鬼門もいいところ。ナイフは彼女の獲物ではないが、扱いに長けている。銃ならばまだ可能性があるが、俺はアルカタが得意じゃない。距離を取れない時点でこれも除外。ならば純粋な体術が最も有利!

「いくぞ!」

 俺の掛け声に合わせるように蘭豹の開始を告げる銃声が響いた。

 先に仕掛けられたらそれで終わるのは分かっているのだから、その前にこちらから仕掛けるしかない。先手必勝なんとやらだ。

 駆けだして一気に距離を詰めると、彼女のコートの襟を掴み足技をかける。ふわりと彼女の体が浮くのを感じて、このまま寝技を決めるために体重をかけた。

 妹相手に力づくかとか色々葛藤はあるが要は勝てばいいのだ。――誇り? 何それ、積ればゴミの山になるだけだろうが。そんなもの、掃いて捨てちまえ。

 そんな1分ほど前の周りに向けた自分の思考を蹴散らしながら、俺は彼女を床に叩きつけようとした。――と同時にくるりと回る視界と加速する重力。

「ぐっ……!」

 目の前に火花が散る。

 脳髄まで駆ける衝撃がぐらぐらと頭の中を揺らし、視界が暗転した。かき氷をいっき食いした時のようなキーンとした激痛がワンテンポ遅れて襲い、それでようやく理解したことは、床に叩きつけられたのは彼女じゃなくて俺だってこと。

 ぐわんぐわんと耳元で鳴り続ける音の向こうから聞こえてきたのは、仲間たちの白けた無慈悲な呟きだった。

「3秒だったな……、いや2秒か?」

「最短記録。マジ伝説」

「さすが我らが幻のSランク」

 そして、はぁ~と重なる長く思い溜息。

 蘭豹も呆れてものが言えないのか勝った者の宣言もなく、妙にしんみりとした空気の中で三上の妙に無感動な声が届いた。

「なんで、これとあれが双子なのか理解に苦しむわ俺……」

(――うるさい、そんなこと俺が聞きたい)

 それが沈む意識の中で最後に考えたことだった。

 

 

 


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