IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
IS学園の中央フロート。そこにある中央タワー<ユグドラシル>。いまは<レヴィアタン>の超低温レーザー砲で倒壊してしまったそこで、私、ローズマリー、そして箒は、アリーシャの出現に備えて待機していた。
この編成なのは、遊撃に最適だからだ。ローズマリーは掛け値なしの最強。<赤騎士>の《単一仕様能力》はどこへでも移動できる。<紅椿>は他機にエネルギーを譲渡可能。つまり、アリーシャがどこに現れても、瞬時に
「だが、こうも視界が悪いと味方の位置もわからんな。これじゃ駆けつけようも……」
<レヴィアタン>の能力でIS学園は白銀の世界に包まれたまま。
どこから足場で、どこから空なのかさえわからない状況だった。
「大丈夫ですよ、箒、味方の位置はすべて把握しています」
現在、上空では<ビショップ>を装備した<リリィ>が待機している。<ビショップ>パッケージには、ソリトンレーダーと呼ばれる高出力波のレーダーが装備されている。多少のブリザードでも探知できる強力なレーダーだ。それによって得られた各機の位置情報は、強力な通信方式――バースト通信で私に送られてきている。
「ということなので、警戒はアリスに任せましょう。ところで<紅椿>にはもう慣れましたか」
ローズマリーの質問に、箒は苦笑いを見せた。
「いえ、高すぎる性能に戸惑うばかりです。正直、今の私にはとても扱いきれていません。《絢爛舞踏》の方はほどほどに扱えていますが、《展開装甲》の方はまったくです」
「本来、ちゃんと訓練を受けてから乗るべき機体ですからね、第四世代は」
「あの、ローズマリーさんは、紅椿と同じ第四世代の<レーヴァテイン>を使いこなせているように見受けられます。なにかコツのようなものがありましたらご教授願いたいのですが」
《展開装甲》の扱いに関しては、私でも指導してやれない。それが箒を訓練するうえの指導課題でもあったから、私は『教えてやれ』と視線をローズマリーに送った。
「そうですね。《展開装甲》は操縦者の精神状態に感応して、機能が切り替わります。つまり、心の在りようによって強靭な刃にも、諸刃の剣にもなります。穏やかでありながらも情熱を持ち、感情に流されない精神を持つことですね。篠ノ之流でいうところの“明鏡止水”がそれにあたるでしょう」
明鏡止水。邪念を抱かず、自然な状態でいること。感情のまま剣を振るえば技のキレが鈍るという篠ノ之流の教えだ。
箒はアドバイスを咀嚼して飲み込むように頷いていた。
何かヒントを得られたのか、表情には閃きに似た笑みが見て取れる。
「篠ノ之流剣術の担い手である貴女なら、きっとうまく扱えます。頑張ってみてください」
「はい」と箒は頷いた
♡ ♣ ♤ ♦
第二コンピューター室。大型のフレームワークと20台のパソコンが並べられた一室で、ロリーナは<ミストルティンの槍>のコードを読み解きながら、不足個所に<スカーレット・レイディ>のコードをパッチしていった。
(大したものだ)
その作業を監督しながら、ロキは彼女の読解力に感服した。
自分が書いた、兆を超えるナノマシンを制御するプログラム――「多量情報並列処理ルーチン」や「複雑性通信網探査アルゴリズム」という難解なコードを一度で読み解いてしまうとは。篠ノ之束と肩を並べる才媛だけはある。
俺が監督するまでもなかったな。そう自嘲した彼は、持て余した暇をつぶすようにロリーナのデェスクに並べられた奇怪なフィギュアを手に取った。
「これはなんだ。ロブスターの怪人か」
「それはバルタン星人よ」
ロリーナは「ふぉふぉふぉ」と笑いながら答えた。
「バルカン?」
「宇宙忍者バルタン星人よ。日本の特撮に登場する、地球を侵略するためにやってきた宇宙人」
ロキは「悪いヤツだな」と言った。
「ええ。でも、最初から悪者だったわけじゃないのよ。彼らは科学者でね、優れた文明を築いていたわ。けれど、核実験に失敗して、自分の星を滅ぼしてしまったの。地球にやってきたバルタン星人は故郷を失った宇宙難民なの」
「それで第二の故郷を求めて地球を。――まるで人類の行く末を暗示しているようだな」
<白騎士事件>以降、大量破壊兵器の使用ハードルは下がる一方で、人類はいまだ核開発も核武装もやめられないでいる。この宇宙人はそんな人類に警鐘を鳴らす存在なのだろうかと思うと、セミみたいな顔にも
「我々はそうならないでありたいものだな。――で、進捗はどうだ」
「いま、おわったわ。理論上、機能はすると思うけれど、<レヴィアタン>の性能は未知数。不確定要素が多いから、プログラムがちゃんと機能しても、結果通りにいくか保障はできないわ。あと一時間あれば、もっと成功率をあげられそうなのだけど」
「そんな時間はない。なに、うまくいかなくても恨みはしない。それにソフィアたちはスパイだ。常に柔軟な対応を要求されてきた。きっとうまくやるさ」
ロリーナは「信頼しているのね」と頷き、残っていたコーヒーをあおる。――と、そこで何かを感じ取り、手をとめた。次の瞬間、空間が軋み、ブラックホールのような穴が、彼女たちの眼前に出現した。
「そううまくはやらせないのサ」
その奥から聞こえてきた凛とした声に、ロキとロリーナが身構える。
漆黒の穴から現れた人物は、隻腕の女性アリーシャ・ジョゼスターフだった。
その彼女は専用機<テンペスタⅡ>をまといながら、無き右腕に不釣り合いな武装腕をぶら下げていた。節膨れした指。口腔を持つ掌底。奇怪な形状のその武装腕は、不気味さを醸し出していた。
「レインにフォルテを監視させていた事といい、こんな対抗手段を用意していた事といい、抜け目ない坊やなのさ」
アリーシャはにんまりとロキに笑みを見せる。
「なら、そいつに免じて、引き下がってもらえると助かるな。こっちは<レヴィアタン>の相手だけで手いっぱいだ。あんたの相手をしている暇はない」
「それはできない注文なのサ」
アリーシャは右腕部――節膨れだった巨大な武装腕をかかげた。
その掌底に禍々しい光が帯びる。ロキとロリーナは身構えるが、専用機を持たない二人にできることはなかった。「じゃあ、さよならなのさ」という言葉と共に放たれた光は、部屋全体を飲み込んだ。
♡ ♣ ♤ ♦
第二アリーナ。対<レヴィアタン>の最前線。
楯無とソフィアは、鈴、フー、陰陽姉妹と共に氷中の<レヴィアタン>の警戒に当たっていた。その最中、楯無はそびえ立つ大樹のような<レヴィアタン>を見上げ、何かを思い馳せるように眺めた。
「どうした。考えごとか?」
「ん、ちょっとね。このまえお母さんが話した『柿木の話』の意味がようやくわかって」
「柿木?」
「そう。家に大きな柿木があるんだけど、昔そこに実った柿を取ろうとしてね。そしたらお父さんが通って、代わりに採ってくれたの。で、その昔話をしたあと、お母さんが『その時の柿、どうした?』って訊いてきたんだけど、私はてっきり食べたんだと思って、そう答えたの」
「違うのか?」
「うん。本当はね――池に捨てたの。その時の私は、別に柿が食べたかったわけじゃなかったの。『自分で柿を取れる』ってことをお父さんに見せたかったよ」
そして褒めてもらいたかったのだ。なのに、父親は危ないからと娘を木に登らせなかった。それは「娘に怪我をさせたくない」という親心であったが、子供心なりにプライドを傷つけられた楯無は、すねたのだった。
「私も誰かに認められたいって思っていた時期があったなぁって。それを思い出せってお母さんは言いたかったかも。おかげで、いま私が簪ちゃんに何をしてあげるべきなのかよくわかる」
「そうか。じゃあ、そのためにもまず彼女を助けださないとな」
「ええ」
楯無は決意を新たにして、妹を抱える<レヴィアタン>を見据えた。
<フェンリル>の攻撃により氷漬けとなった<嫉妬の化身>は、彫刻品のようなアーティスティックな雰囲気を醸し、このまま目覚めないような静寂さを讃えていた。再び動き出しそうな気配はない。
それをいいことに、<レヴィアタン>のふもとでは陰陽姉妹がゲシゲシと蹴ってはふんぞり返っていた。
「ねー」「ねー」「一方的にやられるのってどんな気持ち?」「どんな気持ち」「悔しいね」「悔しいね」『フフフ』
「ちょっと、あんたたち、やめなさいよ。起きたらどうすんの」
「だいじょうぶ」「だいじょうぶ」『ねー』
「ね~ってあんたたちねぇ………。まったく、どうなっても知らないんだから――ん?」
と、鈴が急に眉をひそめる。<レヴィアタン>を被う結晶体に大きな亀裂を見つけたからだ。
この亀裂、さっきまでなかったような……――
(やっぱり、なかったわよね……)
悲壮めいた溜息をつき、出力を“待機”から“戦闘”へ。
あの亀裂はつまりそういうことなのだ。
鈴は、また<レヴィアタン>を足蹴にし始める太阳と月亮に言った。
「太阳、月亮。上を見なさい!」
「ん、どうしたの、りんりん」「どうしたの、いんいん」
陰陽姉妹が云われた通り視線をあげる。
そしてぎょっとした。――<レヴィアタン>の眼球型センサーがこちらを向いていて。
その機体的なレンズは、何か物言いた気にこちらを睨んでいる。太阳と月亮は顔を見合わせた。
「お、おこってる……?」「おこってるね!」
<レヴィアタン>は、バラ、バラと、氷の破片を砕きながら咆哮を上げた。その様子は、怒りに打ち震えているように見えなくもなく、太阳と月亮は飛び上がるなり、走り出した。
「起きたよ、りんりん!」「起きたね、いんいん!」
「見りゃわかるわよ。つーかこっちつれてくんな!」
腹這いの<レヴィアタン>を連れてきた双子に鈴は「だぁー!」と毒づき、四肢に力を込めた。
鈴に迫る巨大な竜腔。
それが閉ざされる寸前、鈴は両手の《双天牙月》を投げ捨て、上顎を支えた。
軋む骨格。電磁筋肉の千切れる音。鳴らされるいくつもの警告音。このままでは噛み砕かれるのも時間の問題。――そう、普通のISなら。
「甲龍のパワーをなめんじゃないわよ!!」
気合いと怪力で、閉じる顎を無理やりこじ開ける。遅筋性繊維の電磁筋肉と、剛性の強い骨格構造を持つ<甲龍>だからなせた荒業だった。<甲龍>の特性を活かして危機を脱した鈴は、おまけとばかりに最大威力の衝撃砲を<レヴィアタン>の顔面に叩き込んだ。怯んだ相手に「へん、どんなもんよ」と鼻を鳴らしてみせる。
「やるじゃないか、助けるまでもないとはね」
そう言ったソフィアの頭上を中露の国家代表が超えていき、臥龍姿勢の<レヴィアタン>に《蒼流施》と《紅蓮火葬》を叩き込む。美女が暴龍に挑む姿は絵画の一部のようだったが、こちらは怯むに至らず、<レヴィアタン>は頭部を振って二人を払いのけた。
「さすがに硬いわね……。こんなやつ、何時間も足止めできないわよ」
「あんた、もう一回こいつを氷漬けにできないの」
「できないな。<フェンリル>の
ソフィアが二丁のビームピストル《スコル》と《ハティ》を構えると、彼女たちの頭上を鉄杭に翼が生えたような徹甲弾が通過していった。APFSDS。砲撃パッケージ<撃鉄>を装備した打鉄部隊の砲撃だった。
♡ ♣ ♤ ♦
「織斑先生。<レヴィアタン>が活動を再開しました。現在、凰さんたちが応戦中。打鉄部隊も砲撃を開始しました」
管制室。<レヴィアタン>が動き始めた情報はこちらにも上がってきていた。中央モニターには、応戦する鈴たちが映し出されている。二人の国家代表を相手する<レヴィアタン>には、もう何のハンディも感じられなかった。十全にその能力を発揮しているように覗える。
千冬は第二コンピューター室に通信を繋ぐよう、真耶に命じた
「<ミストルティンの槍>はどうなっている。進捗は」
「そ、それが、確認してはいるんですが、応答がないんです。何かあったようで……」
千冬は顔をしかめた。
「わかった。手の空いている者をコンピューター室に向かわせろ」
そう命令を下し、千冬は誰にも悟られないよう小さく悪態をついた。
「くそ、アーリィに先手を打たれたか」
彼女の推測は正しかった。
♡ ♣ ♤ ♦
暴力的な力の奔流を放ったアリーシャは、口の端をわずかに釣り上げさせた。
間一髪のところで現れた
<赤騎士>の量子テレポートで駆けつけたローズマリーとアリスは、ロリーナとロキを守るように立ち、箒はアリーシャの首筋に《空割》をあてがった。
「アリーシャ・ジョセスターフさん、降参してください」
箒の勧告にアリーシャはニヤと笑った。
「おやおや、それが<紅椿>さ? 雅なISだねぇ~」
動じない<ヴァルキリー>に箒は強く刃をあてがう。
「もう一度いいます。ISを解除して降参してください」
「いいや、しないのさ。おまえさん、戦局を読み間違っているのさ。おまえさんは私を追いつめたつもりだろうけど、私にしちゃおまえたちは――“飛んで火にいる夏の虫”さッ!」
言うなり、肩の関節構造を無視したような動きで背後の箒を掴み、振りかぶってローズマリーに投げつける。受け止めたローズマリーは「大丈夫ですか」と気遣いながらアリーシャと睨み合った。
「やぱり、あなたの狙いは私たちですか」
アリーシャは再びニッと笑った。
彼女がココに現れた狙いは、やはりアリスとローズマリーを連れ出すことだった。
「悪いが、ローズマリーたちを連れて行かせやしない」
そういって、ロキがローズマリーの前に立つ。
飄々としていたアリーシャがわずかに唇を噛む。怒りともちがう、どこか羨望のような表情だ。だが、それはほんの一瞬に過ぎなかった。
「ナイト気取りはやめろ、ロキ。おまえさんがなんと言おうと連れて行く。だれもおまえさんの許可なんて求めていない」
「じゃあ、おまえが求めているものはなんだ?」
「母様が作りあげたこの世界を守ることさ」
「いまある<母権社会>をか? ――違うな、アリーシャ・ジョセスターフ。おまえの望みはそんなことじゃない。俺が当ててやろうか、おまえの本当の望みを」
「黙れ、知ったような口を利くな!」
アリーシャが歪な右腕部を振りかざす。すかさずアリスが肉薄した。
同時に量子テレポートで<テンペスタⅡ>をコンピューター室外へ強制転送する。ここで戦うには狭すぎるし、ロリーナやロキを巻き込みかねない。アリーシャは物申した気だったが、<赤騎士>は有無を言わせなかった。
「私たちも行きましょう」
「はい」
「箒ちゃん、ローズマリーちゃん、二人とも気を付けてね」
消えた二人を追うべく、ローズマリーと箒もコンピューター室を飛び出していく。
残されたロキはロリーナに視線をやった。
「あなたは<ミストルティンの槍>をソフィアに渡してくれ。俺はアリーシャを止めにいく」
「あら」
「彼女は元々<亡国機業>の人間だ。“身内から出た錆”の不始末は、全権を担う俺がつける」
強い責任感を滲ませ、そう言い切る。
同時に一機のISがやってきた。一夏の<白式>だ。千冬の命令で様子を見に来たのだろう。
「なんだよ、これ……」
荒れ果てたコンピューター室を見る一夏に、ロキがニッと笑う。
「ちょうどいいところに来た、織斑一夏。ちょっと俺に付き合え」
♡ ♣ ♤ ♦
量子テレポートしたあと、アリスとアリーシャは弾けるように間合いを取った。
アリスは右手に《ヴォーパル》を構える。だが、アリーシャは《名称不明》の巨大な腕部をゆっくりと下ろす。頭が冷えたのか、先の交戦的な態度は鳴りを潜めていた。
「そう、身構えるんじゃない。同じアリス同士仲よくやるのさ」
アリスは、ラテン語だとアリーシャと発音する。
アリスは臨戦態勢を解かなかったが、アリーシャは続けた。
「同じアリスを名乗る者のよしみ、母の願いを継ぐもの同士として、訊くのさ。おまえさんはメアリー・ライオンハートの願いを叶えるために戦っている。なら、<お母さま>の許に来るのが筋ってものじゃないのサ?」
「あの女は私の母じゃない」
毅然とはねつられても、アリーシャは驚かなかった。
驚くようならわざわざココへやってきてなどいない。来ないから向かえにきたのである。
「ほお、やっぱり知っていたのサ。ローズマリーに聞いたか? レインを潜伏させていた彼女のことだから、知っていてもおかしくないしねぇ。――でも、アリス・リデル。<お母さま>がメアリー・ライオンハート本人じゃないにしろ、その意思を宿した者さ。それでも来ないというのサ?」
「何が意思です。これが! この世界が! お母さんの望んだものか!」
その先にある世界の実情を突き付けるように、アリスは腕を振り払った。
破壊をまき散らすこの惨状が、差別を容認する女尊男卑の社会が、母の望んだものであるわけがない、と。
「いまある世界は、その“過程”に過ぎないのさ」
「過程に過ぎないですって……?」
「さて、話の続きは<お母さま>に直接聞きな。私が会わせてやるからサ」
アリーシャがその禍々しい腕を振り上げる。
節膨れした指と、口腔のような砲門を持った掌底がアリスへ迫る。
アリスは咄嗟に《ヴォーパル》を盾にした。
ぎりぎりのところで受け止めたアリスに、アリーシャが不敵な笑みを見せる。
「受け止めたサね」
と、したり顔のアリーシャ。
いち早く、その言葉の意図に気づいたのは、<レッドクイーン>だった。
《ハニー、 気を付けて! あの武装腕、ISのエネルギーを吸い取る!》
アリスはすかさずエネルギー残量を表すインジケーターを確認する。
<赤騎士>のエネルギー残量は、すでに50%を切っていた。
「ドレインなんて、またベタな能力を……」
アリスは機体を素早く後退させた。
一撃で50%だ。もう一度を受け止めれば、次は行動不能になりかねなかった。
「おっと、逃がしゃしないのサ」
アリーシャが左手を振りかざした。
その手に帯びる禍々しい波動がブラックホールのように<赤騎士>を引き寄せる。<テンペスタⅡ>本来の第三世代兵器<重力操作>だった。強力な重力場に捕らわれる<赤騎士>。アリーシャは再び《名称不明の武装腕》を振り下した。
「さあ、まずは妹からさ」
そのとき、赤い粒子ビームがアリーシャの側を駆け抜けた。
それをアリーシャは<テンペスタⅡ>の偏向重力波で捻じ曲げる。重力の向きがかわった隙に、アリスは<テンペスタⅡ>の重力圏から離脱し、箒たちと合流した。
「アリス、大丈夫か」
「はい。それより気を付けてください、あの<テンペスタⅡ>はISのエネルギーを奪うようです」
「まさに<悪魔>じみた能力だな」と箒。
ISは強力な兵器だが、エネルギーが尽きれば動けなくなる。そのエネルギーを奪う能力の前では、どれだけ高性能でも意味がない。かてて加えて、<テンペスタⅡ>の重力操作は、対象を圧潰させることもできれば、攻撃を捻じ曲げることもでき、そして、可視光や電磁波を曲げることもできる。
「さて、姉妹そろったところで、再開といくさ」
そうやって姿を晦ませた<テンペスタ>に、三人は密集体形を取った。
見えない相手に、自ずと《雨月》を握る手に力がこもる。気づけば行動不能になっていた、なんて事態も十分にありえたからだ。
「恐れることはありません、篠ノ之箒。まず光圧センサをふくめた全センサをアクティブなさい。重力波の可視化情報を、ARビューに反映。そして機体を環境モード4に設定。それで<テンペスタⅡ>の重量操作には対応できます」
「は、はい」
「きますよ、篠ノ之箒」「箒、伏せて」
「!?」
咄嗟に云われ身をかがめる箒。その頭上を《ヴォーパル》と<レーヴァテイン>の脚部ブレードが通過する。箒の背後に現れ、《名称不明の武装腕》を振りかざしていたアリーシャは、身を翻した。
ローズマリーはすかさず追撃を仕掛ける。アリーシャは歓迎するように武装腕を構えた。
小さく悪態をつきローズマリーは、追撃を断念する。
相手がこちらのエネルギーを奪える以上、迂闊な接近は得策とは言えない。深く追えば、相手の思うつぼ。かといって、粒子ビームやレーザービームといった遠距離攻撃はすべて曲げられてしまう。ローズマリーといえど、慎重にならざるを得なかった。
「はは、
「言ってくれますね」
ISのエネルギーを略奪する能力など、十分に警戒するに足る能力だというのに。それを操る人物が世界トップクラスの実力者とあらば、さしものローズマリーでも慎重になる。
しかしながら、警戒して逃げてばかりでは、戦況は好転しない。しないが、ただいたずらに攻防を繰り返していてもこちらが消耗するだけ。
「ローズマリー、なにかいい策はありますか」
「プロセスは不明ですが、<テンペスタⅡ>の右腕部にはエネルギー略奪能力がある。では、奪ったエネルギーはどうなるのか。そう考えたとき、二つのことが想定できます。
1、熱や光に変換されて放出される。
2、コンデンサーのような装置に蓄えられる。
現状で、1の現象は観測されていないから。2が適当かと」
「だとしたら、コンデンサーに許容量を超えるエネルギーを送れば、相手の能力を停止させられる? 普通に考えれば余剰エネルギーを放出する装置が内蔵されてしかるべきでは」
「けど、重力制御を優先し、放出装置を廃した可能性もあるわ。すくなくても脅威捜査を走らせた結果上では、現状の<テンペスタⅡ>にそれと思わしき装置は確認できないわ。なにより篠ノ之箒が率先して攻撃を受けた」
「なるほど、そういうわけですか」
ローズマリーの意図するものを組み頷く。それならば、やってみる価値はある。
「相談はおわったのサ?――じゃあ再開するしよう」
アリーシャが左手を翳すと、三機は滝壺に向かって流されるカヌーのように引き寄せられた。
アリスは右手腕部に備わったグレネードランチャのトリガーを引いた。
発射された榴弾がテンペスタの重力に引かれてアリーシャの眼前で爆発をする。
アリーシャが一瞬だけ目を細めたすきに、ローズマリーは《展開装甲》を高機動モードにして肉薄した。ソードモードにした《レーヴァテイン》の一閃を、退いてかわしたアリーシャは《名称不明の武装腕》をローズマリーにかざす。と、横入りしてきたアリスが《
「<レッドクイーン>、ジェネレーター出力を、全て
「あれかい、エネルギーを限界まで食わせて、自爆させようって魂胆かい? 無駄さ。おまえさんの残りエネルギーじゃ、こいつの腹は膨らせられないのさ」
「私一人じゃね。――箒っ」
叫んだアリスの背後に<紅椿>が現れる。全身を黄金に輝かせながら。
「《絢爛舞踏》か」
絢爛舞踏は無尽蔵のエネルギーを生み出し、他者に譲渡できる。
箒を率先して狙ったのが、自機の許容量を超えたエネルギーを生み出せる《絢爛舞踏》を恐れたゆえの行動だったのなら、勝機はある。
アリスは<紅椿>が生み出したエネルギーを受け取りながら、最大出力で輻射波動砲を放った
「おもしろいさ。試してみな」
<テンペスタⅡ>の腹が膨れるのが先か、<赤騎士>のエネルギーが枯渇するのが先か。
その根競べが始まった。