IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第90話 妖精の女王 VS 精霊の姫君

 ひょんなことからセシリアと簪が対決することになり、やってきた第二アリーナ。

 そのBピット。簪が待機するAピットから反対側のピットへひとり連れてこられたアリスは不満そうに口先を尖らせた。

 

「なんで私だけ、こっちなんですか……」

 

 <打鉄弐式>の開発に関わってきた身としては、簪側からこの模擬戦を見届けたかったのだが。

 

「だって、みなさん、簪さんの方へいかれるんですもの!」

 

 セシリアはむすっと頬を膨らませた。どうやら誰にも見送られず出撃することがさびしいらしい。彼女の青い瞳は、見送り人と応援要員を所望していた。

 

「で、私ですか」

「あなたがわたくしを応援せずして誰が応援するというのです。シャルロットさんや簪さんばかりずるいですわ。もうすこし、わたくしに構ってくださいな」セシリアはググっと顔を寄せて人差し指を立て「――セシリア・ファースト! よろし?」

 

 セシリア第一主義とな。自分で言っていれば世話はない。アリスはクスクス笑った。

 

「はいはい、わかりました、セシリア女王陛下。あなたに忠誠を誓い、身を粉にしてつくします」

「よろし」

 

 機嫌をよくしたセシリアはフッと笑って、ハンガーの<ブルー・ティアーズ>に視線をやる。

 <キャノンボール・ファスト>を終えた<ブルー・ティアーズ>は、高機動パッケージ<ストライク・ガンナー>が取り外され、素体に戻されていた。装甲には大小の傷。それが歴戦の勇士を物語っている。

 また、操縦者であるセシリアもそれに相応しい実力を身につけつつある。あるが、<ブルー・ティアーズ>の最大ポテンシャルは未だ引き出せずにいた。

 

「セシリア、フレキシブルの習得具合はどうですか」

「何もかもが分からない状態ですわ。集中力の問題なのか。感覚の問題なのか。それとも技術的な問題なのか。理論上、5.7Hz周波帯のθ波を光波にぶつければ、可干渉性でレーザーは偏向してくれるはずなのですけど……。――そういえば、あなたは成功させましたわよね。一体どうやりましたの?」

(まが)れ~って念じたら、できました」

「なんですの、それ。さっぱりですわ。もっと理路整然としたアドバイスをくださいな」

 

 アリスは苦笑した。

 セシリアは物事を論理的に考えすぎる。それが妨げになっているのでは、と。

 

「たぶん感覚的な問題だと思います。ロジカルな説明で習得できるとは思えませんよ」

「やっぱりそうなのかしら。だとしたら、簪さんの秘術を手に入れる必要がありますわね」

 

 それは問題の解決にならないが、セシリアはやる気まんまんに答えた。

 

「さて、今回の模擬戦、わたくしが勝つことは自明の理ですが、一応、開発に携わったあなたの見解を聞いておきますわ。簪さんとわたくし、あなたはどちらが勝つとお思いで?」

「え? そうですね。簪が勝つと思います」

 

 ムっとしたセシリアがアリスに半眼を向ける。

 

「確かに専用機の完成度は高いと思いますわ。荷電粒子砲やあのミサイルユニットも脅威でしょう。けど、それさえ用心すれば、他は大したことありませんわよ?」

「そうですね。簪はおそらくあなたたち代表候補生の中で一番弱いですし」

 

 セシリアが操縦技術を磨いているあいだ、簪はずっと開発に勤しんでいた。戦闘に必要なスキルは、開発技術じゃなく操縦技術だ。セシリアの方がパイロットとして格上であることは間違いない。なのに、負けるとは……。

 言っていることがあべこべすぎて、セシリアは怪訝な顔をした。

 

「最弱という意見には同意しますけど、わたくしがそれに負けると?」

「かもって、話ですが」

 

 その理由を話しましょうかと言ったアリスに、なんとなくプライドを傷つけられたセシリアは「結構です」とはねつけた。予想を聞いた理由も、みんなが簪側へ向かうもんだから、せめてアリスには太鼓持ちをしてほしかったのだ。

 だというのに、よりにもよって「簪は最弱だ」と言い、おまえはそれに負けるなんて。

 

「なら、わたくしが圧勝して、あなたの意見が間違っていたことを証明してあげますわ」

 

 そう言うと、セシリアはかけられた<ブルー・ティアーズ>を装着した。

 

「では、行ってまいりますわ!」

 

 語調を強めながら<ブルー・ティアーズ>を、カタパルトデッキに接続する。

 「はい、武運を」というアリスの言葉を受けて、彼女は発進した。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

(……憂鬱だぁ……)

 

 セシリアたちがいたピットから反対側のAピット。降ってわいた模擬戦の話に、簪は戦う前から気が滅入っていた。理由は対戦相手が苦手なセシリア・オルコットということもあったが――

 

「なんで、こんなに観客が……」

 

 模擬戦は先ほど決まったこと。だというのに、モニターには生徒で埋め尽くされる観客席が映っていた。一体どこから聞きつけたのか。おそらく『かんちゃんがんばれ~』と大きな旗をかざしている本音が言いふらしたに違いない。

 

(……はぁ……逃げ出したい……)

 

 <打鉄弐式>の存在は前々よりウワサされ、注目度も低くない。半数は模擬戦より<打鉄弐式>を見に来ていると言っていいだろう。その<打鉄弐式>を見て、彼女からどんな言葉が飛び出すか。

 批判にさらされることが創作の常とはいえ、丹精を込めて開発した<打鉄弐式>が否定されることを考えたら、この模擬戦から逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。失敗と挫折ばかりの人生だったから、どうしても自信がネガティブな感情を追い越せない。

 

「簪ちゃん、大丈夫?」

 

 そんな戦うまえからダウン気味の簪を、心配そうに伺ったのはロリーナだった。

 

「……吐きそうです」

 

 人前に見せるときに感じる、恐怖にも似た不安。それが簪の顔色をさらに悪くしていた。

 ロリーナは「あらあら、困ったわねぇ」と頬に手を当ててから「ほら、いらっしゃい」と鷹揚に手を広げた。そして、その大きな胸に簪を招き入れ、心をむしばむ不安を払うように髪をやさしく撫でる。

 

「大丈夫。あなたはすごい子よ。そうでしょ? ――そんなあなたが作り上げた、<打鉄弐式>だってきっとすごい子。だから、信じてあげて、あの子の力を。あなたが信じてあげなければ、あの子は本当の力を発揮できないわ」

 

 産みの親が我が子を肯定してやらなければ、子はその存在意義を見失う。

 周りの評価など、どうでもいい。まずは自分が<打鉄弐式>を信じてやること。それが大事だ。

 

「安心して。たとえ、周りが“<打鉄弐式>は失敗作だ”と笑っても、私は笑わないわ。創作の難しさも、産みの苦しみも、私はすべて知ってるもの。大事なのは、転ばないようにすることじゃない。転んでも立ち上がる勇気を持つこと」

 

 人は成功者を妬み、失敗者を嗤う生き物だ。だけど、それを恐れていては、何も得られない。転んでも立ち上がること。その勇気を簪はロリーナからもらった気がした。

 自分が尊敬する彼女が理解してくれているなら、怖いものはない。

 ロリーナに勇気づけられ、沈んでいた気持ちが上向く感覚を簪は自覚した。

 

「はい。がんばってみます」

「うん、やっぱりあなたはできる子」

 

 顔色をよくした簪を、ロリーナはよしよしと愛おしそうに抱きしめる。

 服越しでも伝わるやわらかな感触と、ミルクのような甘い香りが、簪を心地よい安心感に導く。思わず「……ふみゃぁ」とこぼす簪。ロリーナの包容力にずっとこうしていたくなるが、試合時間は近づいていた。それを箒が告げる。

 

「簪、そろそろ、時間だぞ。甘えてばかりいないで準備したらどうだ」

 

 簪はバッと離れて耳まで赤くした。

 

「……あ、甘えてなんか、ないからッ」

「でも、簪、赤ちゃんみたいだったよね」

「いいな、簪、俺も甘えてーぜ。――――――なんて思ってんでしょ、一夏」

「思ってねえよッ」

「どうだか。あんた実はまだ乳離れできてないんじゃないの」

「あらあら、一夏くんたら、うふふ。――じゃあ、一夏君もぎゅーってしてあげましょうか」

 

 大きく手を広げたロリーナに一夏はたじたじとした。男としてあの豊満な胸に飛び込みたい衝動に駆られるが、負けたら「やっぱり」と野次られるのが目に見えている。一夏はぐっとこらえ、おしむように言った。

 

「いや、いいですから」

「そうか。なら、私が代わりに」

 

 と、行ったのはラウラだ。それに続いてシャルロットも「じゃあも、僕も」とロリーナの胸に飛び込む。そして「あたしも混ぜなさい」と鈴が加わると、最後には箒まで「では、私も甘えさせてもらおう」とその輪に入った。

 

「ふかふかして、気持ちいいね、ラウラ」「うむ。これは心地いい」「ああ、この巨乳なら許せるわ」「私もこんな包容力のある女性になりたいものだ」

 

 女性の腕の中に子供がわんさかと。その様子はまるで子猫が母猫のおっぱいを求めて、群がっているようだった。

 

「うふふ、みんな甘えん坊さんね」

 

 たくさんの少女を抱えてもなお、まだロリーナには余裕が感じられた。胸が大きければ、その懐も大きい女性だ。

 その輪からひとり取り残された一夏が振る舞いに迷っているとモニターが開いた。

 

『あなたがた、いつまで待たせますの!』

 

 時計を見れば、すでに開始時間を5分も過ぎていた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「女王陛下より一角獣の紋章を賜ったオルコットのわたくしを待たせるとは、いい度胸ではありませんか、更識簪」

 

 第二アリーナ。5分遅れで現れた簪に、セシリアは怒気を含んだ声音で言った。

 

「……ごめん。心の準備が、なかなかできなくて……」

 

 心の準備。引っ込み思案と聞く彼女のことだ。多くもないが少なくもない観客の前で戦うことに重圧を感じていたのだろう。メンタルの弱さは、セシリアも知り及ぶところだったが、容赦はしなかった。

 

「模擬戦程度の重圧に屈してしまうようでは、日本の代表も苦労いたしますわね」

 

 許よりセシリアはウジウジした人間が嫌いだ。そういう人間を見ると、嫌いだった父親を思い出して、感情が尖ってしまう。そんな相手に負けると言ったアリスの件もあって、気分はすこぶるよくなかった。

 

「……うん。月子には苦労かけてる。……だから、ここで勝って安心させる」

 

 しかし、彼女の刺々しい言葉を受けても、簪は表情を変えなかった。

 普段なら、自分を責めそうなものであるのに。

 明らか心境に変化がある。誰がそうさせたのかわからないが、この手の精神的な揺さぶりはもう彼女に通用しないだろう。なら、あとはISの実力で甲乙をつけるまでだ。

 

「あら、勝つだなんて誰におっしゃっているのかしら。わたくしはイギリスの代表候補生でしてよ」

「……わたしだって日本の代表候補生」

 

 示し合わせたように、両者は愛機の出力を上げた。ジェネレーター出力を“待機”から“戦闘”へ。みなぎったエネルギーを全身にほとばしらせながら、まずセシリアが二発撃った。簪は一発目を並行移動でかわす。しかし、二発目がかわしたその先で命中した。

 偏差射撃。相手の回避進路を読んでの攻撃だった。

 

(ふふ、どうかしら?)

 

 序盤の出端を挫く一撃。相手の動揺を誘うそれを決めたセシリアは内心でほくそえんだ。

 動揺は人間の行動力に多大な影響を与える。動悸が早まれば、思考力は低下する。心拍数が上がれば、体力の消費も大きくなる。いかに平常心を維持できるか。それが勝負の胆と言っていい。

 しかし、予想に反して簪の動揺はわずかだった。時間にすれば一秒に満たないほどの。

 

(あら、すぐに持ち直した……?)

 

 精神面が脆弱な彼女のことだ。すぐには立ち直れまい。そう高をくくっていたのに。

 セシリアは意識を集中させて、何かをつぶやく簪の唇を注視した。

 

 ――転んでも起き上がること、それが大事。

 

 彼女の唇は呪文のようにそう発信していた。

 どうやら、その呪文が彼女の平常心を保つ魔法の言葉になっているようだ。

 

「ふふ、無駄に遅れてきたわけじゃなさそうですわね。そうでなくては」

 

 心の弱き人間を撃つのは忍びない。

 覚悟がきまっているなら、こちらも容赦なく撃てるというもの。

 

「では、踊りなさい。セシリア・オルコットと<ブルー・ティアーズ>が奏でるワルツで」

 

 セシリアは再び《スターライトMK-Ⅳ》を照準し、十字カーソルと照準グリットを重ねて銃爪を絞る。さらに相手の回避先を予測して追加の一発。簪は一撃目をかわさず、受け止めた。

 

(回避先が読まれるなら、下手な回避はせず、反撃しようという考えかしら)

 

 セシリアの予測通り、簪はひるむことなく荷電粒子砲を脇下から潜らせ構えた。

 発砲。

 しかし、あたかもコンピューターで計算したような正確無比の攻撃を、セシリアは宙返りの要領でやりすごし、回転後に《スターライトMK-Ⅳ》で反撃してみせた。カウンターのカウンターだ。

 

(くっ……)

 

 蒼い閃光が<打鉄弐式>の右脚部に命中して、簪が姿勢を崩す。

 その簪にセシリアは射線を突き付け、優勢を主張するように微笑を見せた。

 

「いい射撃でしたわ。精度も悪くありません。けれど、あなたにはセンスが足りませんわ。――それも当然かしら。あなた、機械に命令されるがままトリガーを引いているんじゃなくて?」

 

 その通りだった。荷電粒子砲《春雷》は斜角も方位も、発射の機さえ全てコンピューター制御になっている。簪は何も考えず、「撃て」と言われた時にトリガーを引けばいい。簪は射撃をシステムに丸投げしていた。なぜなら――

 

「……わたし、射撃苦手だから。……わたし、射撃技能【C-】だし」

 

 「なっ……」とセシリアは絶句した。

 射撃技能【C-】。つまり、ドのつく素人。なのに、あの正確無比な射撃。彼女の言葉が本当なら<打鉄弐式>の<射撃システム>は素人でも玄人並みの底上げが可能ということになる。

 

(中国が技術解明を急ぐのも、うなづけますわね)

 

 <打鉄弐式>の射撃システムは新兵ですら熟練の兵士に変えてしまう代物。質より量でもなく、量より質でもない、質と量を兼ね備えた部隊が作れるなら、それは他国にとって脅威に他ならない。

 いや、もっと恐ろしいのは、このシステムが輸出によって、テロリストにわたることだろう。

 テロリストが特殊部隊と同レベルの練度を安易に手に入れられるようになれば、国家の優位性は喪失し、最悪、近代国家がテロリストに敗北することさえありうる。現に月光といった無人兵器の無制限輸出により、近代軍隊の優位性は失われつつある。

 

(日本が武器を国外に輸出しないわけですわ……)

 

 しかしながら、これほどの兵器を商品化せず、国内向けに留めておくのは惜しい――――と考えてしまうのは、商売人の家系に生まれた血筋ゆえか。これほどの性能なら、最後発でも十分に市場を獲得できるだろう。その経済効果はおそらく数十兆円はくだらない。

 

(いえ、お金ではないのですわね)

 

 そう、金ではないのだ。金儲けより大事なことが、この世界にはある。だが、それはいまこの場で語るべきことじゃない。セシリアは<打鉄弐式>の性能に驚かされ、逸れていた意識を集中し直した。

 

「確かに、あなたの荷電粒子砲は完成されたシステムですわ。ですが、最後に物を言うは、ハイテクじゃなく、戦う人間の意思(ウィル)。機械の性能に頼るだけでは、このセシリア・オルコットには勝てませんわよ、精霊の姫君」

 

 妖精女王が再び《スターライトMk-Ⅳ》を構え、簪を狙い撃つ。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 眼前で炸裂した蒼い閃光に目がくらみ、簪は怯んだ。

 

「……やっぱり射撃戦は分が悪い……」

 

 相手の動きを先に読みした偏差射撃、自分を正確に打ち抜いた精密射撃。こちらの<射撃システム>が優れているとはいえ、こと銃を使った戦闘では、セシリアが一枚も二枚も上手だ。真っ向から撃ち合っても勝てる見込みはないに等しい。

 

(……なにか別の方法、考えないと)

 

 点でダメなら、面で攻めるのはどうだ。《山嵐》の四八という物量で攻めれば、効果は得られるか。いやしかしだ、彼女の射撃力と機体の機動力を以てすれば、その迎撃も可能かもしれない。セシリアはかつてMD(ミサイル防衛)を主眼に開発された<銀の福音>を負かしている。

 彼女のミサイル迎撃能力は<福音>以上。《山嵐》の物量でも難しいか。

 

(……ううん、大丈夫、この子なら)

 

 簪は<マルチロックオン・システム>の知能エージェントを起動させた。

 

「照準レーダー展開。標的の補足開始」

 

 視界に48の照準升とクロックメーターが表示される。それらがコロニーを守るために敵へと群がるミツバチのようにセシリアを追いかけ始める。

 

<――目標補足完了――>

 

 メッセージと共に、非固定浮遊部位のミサイルハッチが開く。サイロからせり上がってきた弾頭は、発射のタイミングを待つように、受信アレイのシグナルを赤から青に点灯させた。

 

「1番基から48番基まで問題なし。管制誘導モード1、《山嵐》発射っ!」

 

 推進装置に火が入り、マイクロミサイルが<打鉄弐式>から飛び立つ。

 襲い掛かってくるミサイル群を、セシリアは《スターライトMk-Ⅳ》を薙いで迎撃した。

 

<――報告: 18番基が撃墜されました――>

 

 早々に1基のミサイルを失うが、簪は怯まない。高々48基中の1基。この程度の損失なら問題にならない。

 それに《山嵐》は簡単に撃墜しきれない。

 そのわけを、迎撃するセシリアの苛立った声が告げた。

 

「く、このミサイル、誘爆効果を回避してきますわねッ」

 

 ミサイル戦術には“兄弟殺し”という言葉がある。通常ミサイルは個々の判断で敵を追尾するため、誘爆で味方のミサイルまで撃墜してしまうことがある。これが兄弟殺しだ。しかし、《山嵐》は<知能エージェント>が管制塔の役割を担うため、ミサイル間でそういった航空事故が発生しない。

 さらにこの<知能エージェント>は自分で戦術を組み立てる。ゆえに高い柔軟性を有し、レーザーによる貫通を計算に入れて一射線にミサイルが並ばないよう統制することもできる。

 つまり、誘爆や貫通による一括排除が狙えないため、セシリアは四八を超えるミサイル群を一発一発ずつ撃ち落とすしかなかった。その手間ときたら……。相手は物量に訴えてきているというのに、ちまちまと撃ち落とさなければならないこと。それに苛立つも、セシリアは余裕を崩さなかった。

 

「<マルチロックオン・システム>。よくできたものですわ。――けれど、このセシリア・オルコットを舐めてもらっては困りますわ」

 

 セシリアはコンソールパネルを開き、《ブルー・ティアーズ》の火器管制インターフェースをタップした。

 

<――:《ブルーティアーズ》No1:BT-Energy[■■■■■]【Online】――>

<――:《ブルーティアーズ》No2:BT-Energy[■■■■■]【Online】――>

<――:《ブルーティアーズ》No3:BT-Energy[■■■■■]【Online】――>

<――:《ブルーティアーズ》No4:BT-Energy[■■■■■]【Online】――>

 

「さあ、踊りなさい。《ブルー・ティアーズ》とわたくしが奏でるワルツで」

 

 セシリアは非固定浮遊部位からビットを射出し、さらに自身も《スターライトMk-Ⅳ》を構え、ミサイルの迎撃行動に移る。単純に手数を増やして対応する。ありふれた方法での対応だったが、簪は面を喰らった。

 

「……え、ビット展開時は、動けないんじゃ」

 

 模擬戦前、参考にした学園アーカイブでは確かにそうだった。

 ビットの制御には多大な集中力が必要であるため、行動を止めざるを得なくなる、と。

 

「あら、人間は成長しますのよ」

 

 そう、人間は成長する。この数か月のさまざまな出来事が彼女をより優れた操縦者へと成長させていた。その成長を見せつけるように、セシリアはビットと共に次々とミサイルを撃墜していく。38番基撃墜、29番基撃墜、40番基撃墜、5番基撃墜、35番基撃墜、8番基撃墜、22番基撃墜、14番基撃墜。迎撃手数が5倍に増えたことで、ミサイルの撃墜数も5倍で増えていった。

 

「機械はあくまで人を支えるもの。全てを機械に委ねるあなたにその成長はあって?」

 

 セシリアがそうつぶやいたときには、ミサイルの残数は8基まで一掃されていた。

 これまでに命中させられたミサイルは――ゼロ。その事実が簪に暗い影を落とす。

 

「……やっぱりダメ、なの……?」

 

 自分の技術力では彼女に敵わない。

 そして、人間的な素質でも負けている気がして心が折れかける。

 いっそ、機体に損害が出る前に降参してしまおうか、そんな風に以前の彼女(・・・・・)が顔を出しかけた時だった。

 

<――メッセージ:継続を希望します――>

 

 開かれたメッセージウィンドウに「……え」と驚く。

 <知能エージェント>は操縦者に代わって戦術を組み上げる代理システム。こういった形で明確な意思が示されることはない。この現象は製作者である簪の理解を越えていた。超えていたが、続けるつもりだということは理解できた。

 

(この子は諦めてない。なら、わたしもまだあきらめちゃダメだ……)

 

 <打鉄弐式>は何も答えなかった。代わりに戦闘レコーダーを再生した。

 

『機械はあくまで人を支えるもの』

<――武器情報:対複合装甲超振動薙刀《夢現》――>

 

 それはさきほどセシリアが放った台詞の音声だった。

 なぜ、それを再生したのか。――簪はその意図を無機物と有機物を越えて理解した。

 

「……うん、わかった」

 

 やはり<打鉄弐式>は何も言わなかった

 ただ、残ったミサイルを再び<ブルー・ティアーズ>へ突撃させた。

 セシリアは《スターライトMk-Ⅳ》を構え、銃爪を絞った。

 爆発。

 40回以上見た光景がセシリアの眼前で繰り返される。――いや、今度は違った。レーザーによって加熱されたミサイルが誘爆で連鎖的に爆発したのだ。その大きな爆発がセシリアの視界を一瞬にして塞ぐ。

 

(どういうことかしら? いままで誘爆を回避してきたのに。ここに来てシステムの不具合?)

 

 わからない。だが、これですべてのミサイルは撃墜した。

 <打鉄弐式>の積載量を考えれば第二波はないだろう。

 射撃戦では負ける気がしない。相手の万策は尽きた。あとは相手に投了させるだけ。そう気を緩めた瞬間――セシリアの視界を覆う爆風の中から、<打鉄弐式>が現れた。

 それも、あろうことか荷電粒子砲とミサイルユニット、電子兵装をパージした状態で。

 

(……<打鉄弐式>が作った接近のチャンス、無駄にするわけにはいかない)

 

 そう、“兄弟殺し”はこちらの接近を悟らせないための布石だった。

 セシリアの能力は明らか自分を凌駕している。その彼女に敵う見込みがあるとすれば、近接格闘戦に持ち込むしかない。だが、一夏戦で痛い目を見ている彼女が、そう簡単に接近を許してはくれないだろう。そう高を括っていた簪に、<知能エージェント>は残りのミサイルを使って弾幕を形成し、彼女に接近の期を与えた。

 ――そう、<打鉄弐式>は知っていた。

 自分が何のためにあるのか。

 そして簪に何ができるのか。

 レコーダーの再生と武装ウィンドウはその暗示。簪はそれの的確ににくみ取ったのである。

 荷電粒子砲とミサイルユニットを脱ぎ捨て、身軽になった簪は一対の推進器に力を蓄え、軽やかに加速した。そして、その手に対複合装甲超振動薙刀《夢現》を展開し、セシリアの懐へと飛び込む。

 

「くっ…インターセプター」

 

 弾幕に視界を奪われ、接近を許してしまったセシリアは咄嗟に近接ブレードで防御しようとした。

 簪は下から薙刀を振り上げる。カンっと鳴って弾かれた《インターセプター》が宙を舞う。

 防御ブレードを失ったセシリアは「くっ……ッ」と咄嗟に後方へ飛んだ。

 そのセシリアに向かって、簪は落ちてきた《インターセプター》をすくいあげるように弾いた。

 まるでアイスホッケーのプレイヤーがシュートを放つように。

 スコーンッと飛んできた《インターセプター》にセシリアは「きゃっ」と目を塞ぐ。

 その隙に、簪が長い柄を使って、セシリアを足払い。そして、転倒した彼女の鼻先に薙刀の鉾先を突き付けた。

 ここまでの流れは2秒弱。簪はしれっとした顔だったがセシリアは蒼い目を大きく開いた。

 ――――彼女は簪が薙刀の名手であることを知らなかった。

 

「……続、ける?」

 

 と首をかしげる簪。セシリアは苦い表情を見せ、投了のボタンをタップした。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 試合終了後。

 《春雷》と《山嵐》をスカートアーマーのサブアームで回収し、簪はピットへ帰還した。

 最初に簪を出迎えたのはロリーナだ。彼女は簪の戦いを称えるようにやさしい笑顔を向けた。

 

「うん、やっぱりあなたは、やればできる子だったわ」

 

 簪の胸の奥でぐっと“何か”がこみあげる。

 女性としても、技術者としても、尊敬する彼女の期待に副えられたことが嬉しかった。

 

「……これも、ロリーナさんのおかげです」

 

 彼女の協力なくして<マルチロックオン・システム>の完成はなかった。当然ながらこれの完成がなければ、今回の模擬戦での勝利もなかった。なにより、自分に“自信”という掛け替えのない贈り物をくれた彼女には感謝の言葉しかない。

 

「うふふ、どういたしまして。これで私から教えることはもう何もないわね。だから、最後はこの言葉を贈って、あなたの卒業にするわ」

 

 ロリーナはまっすぐと簪を見据え――『科学者は罪を知った』――と言った。

 

「これはわたしのお爺さんの同僚が言った言葉。科学技術は人を幸福にも不幸にもするわ。だからこそ、それを生み出す科学者は、時に自分の発明品と向き合い、その未来を考えないといけない。それを忘れないで」

 

 ロリーナの祖父はヒロシマやナガサキに投下された原爆の開発者だった。彼女の祖父は、フォンノイマンと共に、核分裂に必要な計算を行う爆縮レンズの開発に携わっていた。そして、ヒロシマ・ナガサキに大きなきのこ雲が生えたその日から、祖父は自らの行いをひどく後悔するようになったという。

 科学者の傲慢は、科学の暴走を呼ぶことを、ロリーナは一番に教えたかった。

 彼女がゴジラを簪に見せた理由もすべてそこにある。

 ロリーナは祖父と同じ後悔を、そして<白騎士事件>を起こしてしまった篠ノ之束と同じ後悔を、簪にしてほしくなかった。

 

「でも、あなたなら大丈夫だと思う。<打鉄弐式>が何のためにあるか、あなたはもう知っている」

 

 自分がなぜ<打鉄弐式>の開発にこだわったのか。その力を何のために使うのか。すでに決まっている。一寸の迷いもないほどに。ならば、ロリーナの心配は杞憂に終わるだろう。

 やわらかな笑顔でそう言ったロリーナに、簪もほっこりする。

 ロリーナ・リデル。本当の名前はヴェロニカ・エインズワース。わずか14歳でMITを卒業したIQ300の才女。ロボット技術と人工知能に類まれなる才能を持つ彼女は、簪にとってはまさに雲上人だった。それがいつしか姉以上に身近な人になりつつあった。自分と同じオタクで、ちょっぴり婚期に悩む彼女が、簪は好きだった。

 

「簪、やったな」

 

 ロリーナが卒業の言葉を告げ終えると、通路奥から一夏たちがやってきた。

 そばには鈴とシャルロット、ラウラ。

 

「やるじゃん。セシリアを負かすなんてさ」

 

 セシリアは鈴と同等の実力を持っている。そのセシリアを、簪は自分の特技と技術で負かしたのだ。姉や親の威光だけじゃない。鈴はそれを認めざるを得なかった。

 

「――で、負けた感想は」

 

 と、アリスと共にBビットからやってきたセシリアに問う。

 

「た、たしかに、今回は負けましたけど、次はわたくしが勝ちますわ。そして今度こそ貴女が持つ秘術を手に入れてみせますから」

 

 簪は色白の肌を蒼くした。――……あ、あきらめてないッ。

 

「そのとき、可憐なフレキシブルをご覧にいれますわ。みなさん楽しみにしてくださって」

「いや、そのまえに、あんたは格闘戦を克服した方がいいんじゃないの。終盤のアレ、正直見ていられなかったわよ? なによ「きゃっ!」って。女の子みたいな悲鳴だして」

「わ、わたくしは女の子ですけども……」

「でも、格闘技術がまるで成長しなないことは事実だよね」

 

 射撃の腕前はここの誰よりも優れているのに、ライフルをナイフの持ち替えた途端、最弱になるのがセシリアだ。格闘技術においては、一夏に負けたときからまるで成長していない。

 

「なにが『人間は成長するものですわよ(キリッ)』よ。ね、シャルロット」

「うんうん。セシリアってすぐ自分のこと棚に上げるよね」

「ぐッ、あげてなんて……。大体、成長していないわけじゃありませんからッ。わたくしは刃物みたいなものを使いたくないだけですの! 刃物で斬り合うなんて野蛮人のすることですものッ!」

『ああん? 誰が野蛮人だって?』

 

 アリス、一夏、箒、ラウラが揃ってセシリアにメンチを切る。

 そして、近接格闘組を敵に回してしまったセシリアは尋常じゃない脂汗を流すのだった。

 


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