IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第87話 Zips

 <キャノンボール・ファスト>レース終盤。俺たちチームは二位の位置につけていた。

 半人前の俺を抱えながらも、整備クルー(簪や篝火さん)の迅速な整備と補給、そして月子のがんばりもあって、序盤からなんとか順位を落とさずにすんでいる。このままいけば表彰台を狙えそうだったが、はやばやこの一時間、トップの入れ替えは起こっていない。つまり、中盤からジェニファーさんが先頭を独占しているということだ。

 俺も先頭をいくジェニファーさんを追い抜くことができず、国家代表の月子でさえ、<ナインテイル・フォックス>の特性に苦戦して攻めあぐねている。いや、<ナインテイル・フォックス>の特性だけじゃない。パイロットの操縦技術、そして長年培った経験と勝負勘。全ての要素が相乗効果となって、壮大な強敵として俺たちのまえに立ちはだかっていた。物理的距離はそう離れていなくても、俺たちは大きな隔たりを感じている。

 ほとんど打つ手がなく、このまま逃げ切られる気がしていると、モニター越しに篝火さんが言った。

 

『一夏くん、気を付けて。そろそろ代表が動くとおもうさね』

 

 簪がカメラを持って他ピットの様子を写した。

 各ピットの待機スペースには、鈴、シャルロット、ラウラ。候補生たちの顔が並んでいた。

 

『いままで後方で戦力を温存していた代表が勝負をしかけるみたいなのさ』

『……それに彼女も……』

 

 簪が流し目で英チームを見やる。ピットに置かれたアンティークテーブルではセシリアが紅茶をたしなんでいた。イギリスの国家代表の姿がない。ローズマリーさんが動いた。

 

『……気をつけて。イギリス代表の実力は<ブリュンヒルデ>に並ぶ』

 

 ひとつのフィールドにブリュンヒルデ級が二人。

 俺が、戦況が厳しくなることに気を張り詰めると、肩の<ホワイトクイーン>が振り向いた。

 

《だーりん、来ました》

 

 <白式>のハイパーセンサーが、後方から苛烈に追い上げてくる一機のISを捉える。

 蒼い蝶を模した意匠。イギリスの第三世代型<サイレント・ゼフィルス>だ。

 <ストライクガンナー>と同じく強襲と一撃離脱を目的したその機体は、蝶の羽を思わせる大出力型のスラスターをフル活用して、順位を上げてくる。

 簪の目測だと、<サイレント・ゼフィルス>の推力は<ブルーティアーズ>の1.5倍と、参加機体の中でもトップクラスの速さだ。単純な速さでは<白式>も負けていないが、いかんせんパイロットの技量が違う。千冬姉と互角とも持て囃されるその実力、専用機の速力で、ローズマリーさんがいままで保持したリードをことごとく詰めてくる。

 500m、400m、300m、200m、100m。そして『きたッ』とOSガチェットがプラカードを掲げた瞬間、俺は前後を入れ替えて《雪羅》の対エネルギーシールドを展開した。

 

「やりますね。ならば――」

 

 言うなり《スターブレイカー》が先端から二つに割れる。<サイレント・ゼフィルス>は、敵地を強襲して、一撃で殲滅することを目的に開発されている。そのための、バースト射撃が俺へ向けられた。

 俺は再び《雪羅》の対エネルギーシールドでそれを防ぐ。すると、<サイレント・ゼフィルス>はバースト射撃を行いながら瞬時加速を発動した。そして大出力の攻撃と爆発的な加速を以てこちらへ一気に接近し、《スターブレイカー》に装着された銃剣を《雪羅》の掌底に突き刺す。

 

《だーりん、粒子加速器、クラスA損傷。対エネルギーシールドクラスB損傷。荷電粒子砲と対エネルギーシールドがつかえなくなったですッ》

 

 《雪羅》を失い、ホログラムの<ホワイトクイーン>が飛び上がる。

 俺も悪態をもらした。くそ、主要武装がッ!

 

『一夏君、ここは戦闘を回避して、イギリス代表に順位を譲ろう』

「そんなこと……」

『相手が悪すぎる。このままだと完走どころかリタイアさせられかねない。彼女の本命は一位を独走するアメリカ代表のはずだから、ここで大人しく順位をゆずったって三位ぐらいにはなれる。表彰台は登れるよ』

 

 確かに順位をゆずり、後方へさがれば表彰台は登れるだろう。

 それは利口な選択だ。だが、俺は賛成しかねた。

 

「俺は戦います。この順位はゆずりません。二位や三位は、一位に成れなかった奴がなる順位なんです。三位や二位でいいやなんて思っているうちは表彰台なんか上がれませんよ」

 

 相手が強大なことは理解している。戦わない選択をするのも間違っていない。だけど、ここ一番という局面で戦わずして逃げていたら、このさき得られるものは何もない。戦わない者に栄光はないんだ。

 

「それに俺はあいつと約束したんです。優勝するって! 戦わないままこの順位を譲ったら、俺はあいつとの約束を破ることになる。簡単に約束を反故しちまうような軽い男に俺はなりたくないんだよ!」

 

 火花を散らす《雪羅》の先にいるイギリス代表へ、俺は優勝の執念をぶつける。

 ローズマリーさんは《雪羅》に突き刺した銃剣を抜き、<白式>の腹部を一蹴した。バランスが崩れたすきに、彼女が俺を追い越していく。そして、俺に背を向けたまま、こう言った。

 

「あなたの優勝にかける熱意はしかと耳にしました。ならば、私がジェニファー・j・フォックスのところまであなたをエスコートしましょう。ついてきなさい」

 

 体勢を立て直した俺は、意表を突かれた。

 

「どういうつもりですか……」

「あなたは約束した。アリスに優勝すると。しかしながら、『俺が守る』などと大言壮語を吐きながら、約束の一つも守れない男を私は多く見てきました。女尊男卑の言葉を借りるわけではありませんが、口ばかりの男性が多いことも事実です。あなたが彼女との約束を守れるか、あなたが口先だけの男でないことを、私に見せてみなさい」

 

 優勝する気概が本当なら言葉じゃなく行動で示せと。

 そのチャンスを俺にくれるっていうのか。

 

「乗るか、乗らないかはあなたの自由です。ですが、大事なのは『守る』ことじゃなく『守るために何をすべきか』です。『仲間は俺が守る』などとのたまう人間ほどなにもしない。理想を理想で終わらせないために、あらゆる手段を講じ、利用できるものはすべて利用する。それぐらいの気概がなければ、いまの世の中なにも守れません」

 

 外聞や恥を忍んで守り抜けるものなど、今の世の中にはない、か。本当に大切なものを守りたいなら血汗を流し、泥水をすするぐらいの覚悟と意志が必要。是が非でも約束を守りたいなら自分さえ利用してみせろ、と。

 でも、なぜ彼女は俺のためにそこまで……

 

「私はローズマリー。『ローズの家(ローデシア)』で生まれたメアリーの子」

 

 独語のようにつぶやかれた言葉に、ホログラムの<ホワイトクイーン>が付け加えた。

 

《『ローズの家』はセシル・ローズが大英帝国から独立するときに掲げた国家。いまのジンバブエ共和国です》

 

 俺の中で彼女が力を貸してくれる理由が腑に落ちた。

 そうか。彼女が機会を与えてくれたのは、俺のためなんかじゃないんだ。

 

「……わかりました。感謝します」

 

 俺は<サイレント・ゼフィルス>の後方についた。彼女に先導される形で<ナインテイル・フォックス>に肉薄する。ジェニファーさんは待ちわびたように微笑んだ。

 

「ようやく追い付いてきたわね。待っていたわよ、弟君」

 

 彼女の九本の尾が鞭のようにしなる。それをローズマリーさんがシールドビットを展開して防ぐ。さらに的確な読みでしなる九尾をしのぎつつ、《スターブレイカー》の引き金を絞る。

 

「いまです、行きなさい――」

「はいっ!」

 

 ローズマリーさんが九本の尾を封じ込めているすきに、瞬時加速で一気に肉薄する。そして、《雪片弐型》を展開して<ナインテイル・フォックス>に斬りかかった。

 ジェニファーさんは《雪片》を展開して、俺の攻撃を受け止める。

 似て異なるふたつの刃がぶつかり合って、火花を散らす俺たちの背後で、ローズマリーさんは後進射撃で追い上げてくる国家代表を「彼の邪魔はさせない」とけん制した。

 

「私は後方の追い上げ組を押さえます。あなたはジェニファー・J・フォックスを」

「はい」

「私のまえで、アリスとの約束を果たしてみなさい。――では、武運を」

 

 俺は意識を前方に集中して《雪片弐型》を翻す。袈裟斬り。ジェニファーさんは姉妹刀で弾く。

 

「いい太刀筋だわ。現役時代の千冬を思い出さされるわね。だけど、私を斬るには拙い」

 

 切り替えして一閃。反撃のひと太刀にひるみ、俺は速度を落とす。

 やはり簡単に一太刀あびせられるような相手じゃないか。なら――

 

「<ホワイトクイーン>、“アレ”をやるぞ」

 

 俺は体制を立て直し、再び《雪片弐型》を構える。そして間合いを詰めることなく振り翳した。

 

「この距離から?」

 

 あきらか近接戦外からの剣撃モーションに入る俺を見て、ジェニファーさんが訝しむ。

 チャンスだ。俺は10m以上開いた間合いを無視して、刃渡り2mあまりしかない《雪片弐型》を振り切る。どう考えても近接戦外からの、あたるはずの無い攻撃はしかし、ジェニファーさんのシールドを斬り裂いた。

 

「あらっ」

 

 いつの間にか眼前に迫っていた俺(・・・・・・・・・・)に、驚いた顔を見せる。

 確かに太刀筋の間合いの外にいたはずなのにと。

 

「瞬時加速……?」

 

 そうだ。その実態は瞬時加速だ。ただし、通常チャージ時間を可能な限り短くし、なおかつ速度を極限まで上げたことより、相手に接近を悟らせないほどの瞬発性を持った特別な瞬時加速だ。

 

《名づけて、雪片弐型――縮地の太刀》

 

 ホログラムの<ホワイトクイーン>がどうだと指を突き付ける。

 

「なるほど、縮地法ってやつね」

 

 相手との距離を瞬時に詰める術――縮地。その域へ至れたのは、<白式>が第二形態なったことで、瞬時加速のチャージ時間が3分の1になり、速度が二倍になったおかげだ。逆をいえば、縮地は<白式・雪羅>(おれ)にしかできない特別な瞬時加速だともいえる。つまり俺だけのとっておき、必殺技だ。しかしだな、<ホワイトクイーン>

 

「そんな技名、初めて聞いたぞ」

《いま名付けたのです!》

 

 ドヤる<ホワイトクイーン>。のりのりだな、おい。

 

《そして縮地か~ら~の~》

 

 おい、こっちにも発動のタイミングってもんがだな、ああ、もういい!

 

「いくぞ、<ホワイトクイーン>!」

《Yes my daring!――雪片弐型・無拍子の太刀》

 

 俺は縮地で詰めた間合いを活かし、独特のテンポで踏み込む。ゼロ拍子。相手のリズムを崩す攻めで俺は苛烈に<ブリュンヒルデ>へ斬りかかる。一閃、二閃、三閃。連続的に打ち出す斬撃を、ジェニファーさんは《尾》を自身の体に巻きつけ、鎧化してしのいでいく。だがエネルギー体であるがゆえに、鎧は《雪片弐型》の一撃ごとにもがれていった。

 さらに四閃、五閃、六閃。これで尾の鎧も残り3本。《エネルギー無効化攻撃》の連続使用でこちらのエネルギーも心許なくなるが、これならいける。このままいけば<ブリュンヒルデ>を倒せる!

 

「ふふ、VTシステムの時とはくらべものにならないほど成長したわね、弟くん。初めて相対したあのとき、あなたは、姉の威光に甘え、白式の力を過信していた。けど、いまはあなた自身に力強さが感じられる。――きっといい人に巡り会えたのね」

 

 いつもの飄々とした表情じゃなく、慈しむような、それでいてうらやむような表情で彼女は言った。

 

「想う人がいると人は強くなるものよ。私はそんな人に巡り会えなかった。だからなのかしら。いま私は自分の強さに限界を感じているわ。そして、それを超えられないでいる。けれど、あなたは違うわ。あなたはもっともっと強くなれる。あなた自身、自覚しているんじゃない?」

「はい、俺は自分の中にある可能性を確かに感じています」

 

 アリスが背を押してくれるなら、俺はなんにでもなれるし、きっとどこへでも行ける。

 そして、どんな強大な壁にも乗り越えられる。

 世界最強(ブリュンヒルデ)を倒すことだって。

 九連撃を放ち終えた俺は、無防備になった彼女へ最後の一撃を繰り出した。

 

「――だからといって、簡単にこの場所をゆずりはしないけれどね」

 

 その瞬間――繰り出した《雪片弐型》の刺突がスーッとジェニファーを透り抜けた。

 まるでそれが夢幻だったかのように。唐突にジェニファーさんを見失った俺は呆気にとられた。

 

「どうしたの、狐につままれたような顔をして。―――」

 

 それは頭上から聞こえた。<ナインテイル・フォックス>は頭上にいる?

 

「《単一仕様能力(これ)》、千冬と戦うためのとっておきだったんだけどね。でも、千冬の弟(あなた)なら使ってもいいかしら」

 

 次は正面から聞こえた。

 

《だーりん、センサーに複数の反応ッ!》

 

 ホログラムの<ホワイクイーン>が仕切りに周囲を見渡す。俺も同じように辺りを見渡した。

 

「どういうことだ。いくつもジェニファーさんが見えるぞ」

「そう」「人も電子機器も化かす能力」「それが<ナインテイル・フォックス>の」「《単一仕様能力》」

 

 最後は背後から聞こえた。

 振り向くとそこには印を組み、“狐窓”を作るジェニファーさんがいた。それにOSガジェットが目をぐるぐるまわしながら「トラウマきた……」と看板を上げる。トラウマって、そうか、臨海学校で福音と戦ったときの。

 

《だーりん、“窓”に高エネルギー反応。相転移砲です》

「くっ」

 

 咄嗟に対エネルギーシールドを展開しようとするが、破損していることを思い出す。

 くそ、防ぐ手がない!

 

「世代交代は旧世代を超えて初めて起こるもの。限界を超えられない私を超えていけないなら、まだまだ《雪片》の担い手にはなれないわね、弟くん」

 

 窓から放たれた閃光から身を守るため、俺は咄嗟にウィングスラスターで機体を包むが、防御用ではないため、それはほとんど楯の役割を果たさなかった。

 

《だーりん、右スラスター全損!推力50%低下》

 

 片翼をもがれ、速度が一気に落ちる。失速し続ける俺はもはや最後の直線スパートに向かう<ブリュンヒルデ>を見送ることしかできなくなっていた。

 く、ここまでかよ……。

 約束を果たせず、自分の力不足に打ちのめされる。そのとき、観客席からひときわ大きい声が上がった。

 アリスだ。

 隣にはいままでいなかった、弾と蘭、そして、スコールさんと千冬姉もいる。

 

「一夏、いまのあなたなら<ブリュンヒルデ>に手が届きます! 諦めるな!」

 

 マイクもないのに、彼女の檄はよく届いた。そう、心の奥底まで。

 それが失われかけていた闘志に再び火をつける。同時に言葉の真意を俺は理解した。

 

「そうだ、まだ手は届くっ(・・・・・・・)!――――<ホワイトクイイィィン>っ!」

《Yes my darling!!――――“() ()” () () () () ッ!》

 

 <ホワイトクイーン>が叫び、<白式>の多目的武装腕を有線で発射する。そしてクローモードで<ナインテイル・フォックス>の《尾》、その発生装置を鷲掴にする。

 

「あら、おんなのおしりを鷲掴みにするなんてエッチね」

「掴んでおけばこれでもう化かしようもないでしょう。――って勝利への執着と言ってください」

 

 俺は<ナインテイル・フォックス>に<白式>を牽引させながら、徐々にワイヤーを巻き取り、引き離された距離を埋めていく。なんとか、ゴール目前の土壇場で、俺は再び併走に持ち込んだ。優勝の芽はまだある!

 

「<ホワイトクイーン>、GPLをマックスに設定。右翼の供給カット。出力すべて左スラスターに回せ!」

《Yes my darling――GPLマックス。左翼スラスター出力200%。オーバースピード!》

<警告:推進器の過負荷により熱暴走および火災発生>

《熱い展開です。燃える展開です。いろんな意味で!》

 

 実際スラスターからは既に火が出ている。少女のウサギ耳にも火がついていた。それでも少女はOS画面内で懸命にスラスターに消火剤を吹きかけていた。そのかいあってか、停止にはいたらず、なんとか速度だけは維持できた。

 ゴールまであと直線400m。俺はジェニファーさんと併走しながら、残りのコースを走る。

 残り300m。わずかにジェニファーさんが抜き出る。

 残り200m。俺が抜き返す。

 残り100m。両者が並ぶ。

 残り0m。俺たちはすべてを天に任せて、吠えた。

 

「てぁああぁあぁぁぁ」「うおぉぉおおぉぉぉ」《うりゃぁあぁぁぁぁ》

 

 ゴール。俺たちは赤外線のゴールテープをまったく同時に切った。

 どっちが勝ったかは俺たち本人にも分からない。まさに死力を尽くしたデットヒートだった。

 俺は転がるようにゴールするなり、<白式>の全機能を急停止させた。そこへ慌てて整備クルーたちが消火器を持って駆けつけてくる。

 

「いや、久々に興奮したよ。正直イっちゃ――ごふっ」

「……白けるからやめて」

 

 駆けつけてきた篝火さんに簪が肘打ちをかます。

 俺は月子の手を借りて<白式>を外した。

 

「一夏さま大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。<白式>には相当無理をさせちまったが」

「……大丈夫。これぐらいなら直せる。――……それより結果だけど」

「どうだった」

「すごく僅差で、ビデオ判定らしいで!」

 

 月子が興奮覚めやまぬ様子で言った。

 そっか、俺たちですらどっちが勝ったか分からなかったからな。

 

<ビデオ判定が出たようです>

 

 アナウンスがそう告げると、設置された大型モニターにゴールの瞬間が映し出された。

 映像でみても差は見受けられなかった。

 奇跡としか思えぬほどの綺麗な同着。けれど、一点だけ、ジェニファーさんのある部分が俺より先にゴールしている箇所があった。

 それは女性の象徴たる、乳房。

 彼女の並々ならぬ巨乳が一番にゴールラインを切っていた。

 

<さすがはGカップといったところでしょうか。映像で見る限りではジェニファー・J・フォックス選手のおっぱいが織斑一夏選手より先にゴールしておりますが。これは判定としてはどうなのでしょう。おっぱいは正義といいますが>

<正義かどうかはともかく、乳房は女性の一部と言っていいので、これはジェニファー選手の優勝と――――>

 

 く、やはり、そういう判定がくだされるのか……。

 こんな形で負けると思いもよらなかった俺たちチームはひどく脱力した。

 

『いや、待て!!』

 

 俺が悔しさのあまり会場の地面を殴りつけていると、会場の一角から大きな声が上がった。

 発言者は俺の姉――――千冬姉だ。

 

『ビデオ映像をよく見てみろ。画面の右上だ』

 

 千冬姉が観客席から会場にそう異議を申し立てる。

 マイクを使わずとも会場に響き渡る声量と口調で、会場の観客と実況・解説、そして選手が一堂に指摘されたビデオ判定の右上を確認する。

 

『あ、右上のビデオ判定の文字がヒデオ判定になっているわ!』

『違う! そっちじゃない。もうすこし下の方、織斑の右上をもっとよく見てみろ』

 

 言われて会場が映し出されたビデオ映像をもう一度凝視する。

 すると、ジェニファーさんより先にゴールしている小さい“何か”がおぼろげながら確認できた。純白の髪。純白のドレス。少女のような容姿。まさかこれは―――!

 

『妖精か!?』

 

 解説実況が叫ぶ。

 

『UMAか!?』

 

 会場が叫ぶ。

 

『いや! 違う!! これは――』

 

 出場選手たちが叫ぶ。そして、日本チームが叫んだ。

 

 

『<ホワイトクイーン>だぁ!!』

 

 

 そう、ビデオ判定映像に映っていたのは、ホログラムによって映し出されていたホワイトクイーンだった。その彼女がヘッドスライディングで、ジェニファーさんより先にゴールしていた。

 

『まさか、これは織斑選手の専用機に装備されているAIが、一番にゴールしていたとは。しかし、これはどうなのでしょうか。再び審議に入る模様です』

 

 千冬姉の指摘によりビデオ判定は再度、審議に入る。

 優勝はおっぱいか、人工知能か。異様な審議討論で会場がガヤつくなか、俺たちは祈るような気持ちで結果を待つこと10分。ついに審議の結果が報告された

 

『お待たせしました。審議の結果。人工知能は白式の一部であるという判断が下りました。すなわち、先にゴールしたのは織斑選手となり、よって、今回の<キャノンボール・ファスト>フォックス杯の優勝は――――織斑一夏選手率いる、日本チームとなります!』

 

 告げられる優勝の言葉。会場はココ一番の盛り上がりを見せた。『おお、やりやがった』『世界一を負かしやがった』『初出場で、優勝かよ』湧き上がる歓声と熱狂を浴びて、俺は数瞬遅れて、おぼろげながら事態を飲み込んだ。

 

「俺たち、勝ったのか……?」

《Yes!! Yes!! my darling!!――わたくしたちの優勝ですよ!!》

「おお、やったじゃないか、一夏くん!! 優勝だよ、優勝!! 賞金3000万!!」

「……すごいね、初出場なのに。おめでとう」

「ふへぇ……ほんまにようやったね。うち泣けてきた」

 

 簪、月子、篝火さん、そして整備クルーたちに囲まれ、胴上げされながら俺はふと観客席に視線をやる。そこでは弾と蘭、千冬姉、スコールさん、そしてアリスがいて、親指をぐっと立てていた。「よくやった」と。

 俺も胴上げされながら、親指を立てる。俺はようやく彼女がいる場所に一歩近づけた気がした。

 


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