IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
休日明け。高速実習四日目を終えた放課後。整備区画では<キャノンボール・ファスト>に向けた機体調整のため、たくさんの生徒であふれていた。それのみならず、各国の代表たち率いる出場チームも現地入りしており、飛び交う掛け声で格納庫は本番さながらの慌ただしさだ。
私も<キャノンボール・ファスト>に出場するシャルの調整を手伝っていた。
「そういえば、新型の名前、もう決めました?」
彼女に用意された新型は、便宜上の型式番号のみで機体名はまだつけられていない。
その命名権を父親から授けられたシャルは「うん」と言った。
「ラファール系列だから、それをなじって<ラファエル・リヴァイヴ>にしようかなって」
「<
悪魔の軍勢を率いる<リリス>と対峙するに相応しい名前だと思う。
「しかし、社長も突拍子もないISを作ったものだね」
ノエルさんがハンガーにかけられた<ラファエル・リヴァイヴ>を見ながらつぶやく。
シャルの新たな専用機は
つまり、変形するISである。
「でも、ISを変形させるメリットってあります?」
私の質問に、同じく手伝いに参加していたロリーナが答える。
「大いにあるわ。変形できるなら、一粒で二度おいしいでしょ? <ラファエル・リヴァイブ>は可変機構を内蔵することで、ISの汎用性と、航空機の安定した飛行能力の両方を獲得しているわ」
単純に「安定した飛行」ということだけを考えれば、ISより航空機の方が理に適っている。
そもそも航空力学上、人型は空を飛ぶことに適していない。空気対抗が大きいからだ。空気抵抗が大きいと、姿勢制御も困難になる。特に大気圏突入においては、摩擦熱で機体が燃え尽きかねない。
逆に宇宙空間では空気抵抗がないため、手足のある人型でも問題ない。むしろ無重力下では、手足がある方が姿勢を取りやすいし、作業にも役立つ。地上と宇宙の行き来にはライドモード。作業を行うときはスーツモードを使う。つまり、<ラファエル・リヴァイヴ>は本格的に宇宙開発用のマルチフォームスーツとして開発された機体だということだ。
「まだ改良点が多いけど、量産化の暁には業績回復に繋げられるでしょう」
デュノア社のV字復活はこちらとしても望むところだ。
組織側も技術支援を行う意向を出していて、私たちがココにいるのもその一環になる。
「そうそう、新型といえば、<輝夜重工>もこの<キャノンボール・ファスト>で新型を発表すると言っていたわね。確か
<白鉄>は、<打鉄>の後継機となる純日本製の第三世代型ISだ。
デュノア社と同じく指向性エネルギー兵器の開発が進まず、ながらく日の目を見なかったのだけど、<白式>と<打鉄弐型>のデータフィードバックがあってなんとか試作機まで漕ぎ着けられたようだ。
ちなみに、この<白鉄>を一夏専用機としてワンオフ化したものが<白式>である。
「前より気になっていたんですよね。見に行ってきてもいいですか?」
「私も行くわ。――シャルロットちゃん、あとは<ラファエル・リヴァイヴ>が自動で<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>のデータをコピーしてくれるから。それが終わるころには帰ってくるわね」
「はい、わかりました」
というわけで、ロリーナと私は月子率いる日本チームの様子を見に行くことした。
♡ ♣ ♤ ♦
日本チームに設けられた専用ハンガーは第二格納庫にあるという。そこへ向かっていると、ある人物と遭遇した。ゴスロリ衣装とフリルのヘッドドレス。ばったりと出くわしたのは、ドイツの国家代表アイリーン・フォン・エーデルシュタインとラウラだ。
「これはドイツの代表。お久しぶりです」
「うむ、久しいな。<戦乙女の凶宴>で相見て以来か」
戦乙女の凶宴? 私、そんなものに参加した覚えはないのですが。
「VTシステム暴走事件のことだ」
と、ラウラが教えてくれる。普通にそう言ってください。わかりませんって。
「くっくく、俗語は好まぬ。汚れた言葉は、魂を穢すぞ?」
ドイツの代表は片手で顔を覆い、指の隙間からこちらを嘲笑った。
確かに汚い言葉づかいは品性を下げますけど、代表の言葉づかいも、それはそれでどうなのかと。
「そうだ、汝にはそのときの礼をしていなかったな。我が臣たるラウラ・ボーデヴィッヒの救済、まことに大義であった。感謝するぞ。褒美に世界の半分を汝にくれてやろう」
「1LK社宅住まいのおまえが、どうやれば世界の半分などくれてやれるのだ」
ラウラの指摘に「ぐぬ……あれは、世間の目を欺く仮の住居なのだ」と視線を泳がせる。
どうやら、自称「吸血鬼の女王」はわりとこじんまりとした場所に住んでいるらしい。
「で、代表はこれからどちらへ」
「クックック、<月の軍勢>が新たな魔装を手にしたと聞いてな。それが脅威たるか見定めに行くところだ。元来、我ら吸血鬼はこの星を守護するために<星の意思>が生み出した超越種。星の脅威たる<月>からの侵攻を食い止める義務、否、呪詛を刻まれておるのだ」
「ラウラ、通訳お願いします」
「『輝夜が新型のISを開発したのか。どんなのだろう。私、国家代表だから見に行ってみよ』」
「OK、よくわかりました」
私と一緒ですか。言い回しがほんとまどろっこしいですから……。
というか、月子、勝手に地球の脅威にされていますよ……。
「実は私たちも月子のところに行く途中なんです」
「そうか。では、一緒に行くとしよう」
私とラウラは、「それにしても、<星の意思>が生み出した超越種だなんて、まるで根源的破滅招来体から地球を守るために現れた光の巨人みたいね」「は、根源的破滅招来体ッ!? なにそれカッコイイ!!」と変なところで意気投合するロリーナとアイリーンを連れ、専用ハンガーへ向かう。
到着した専用ハンガーには二機のISが掛けられていた。ひとつは一夏の<白式>。もう一つは同じく白い機体。腰部のハードポイントには刀型の近接格闘武器。全体のフォルムは白式に酷似している。
これが日本製の第三世代型IS<白鉄>。
その前ではホログラムの<ホワイトクイーン>を頭にのせた一夏と、ラムネを飲む簪、そして、のほほんさんが何やら相談を行っていた。
「実は、俺なりに多機能武装腕の運用法を考えてみたんだ。ちょっと意見くれないか?」
「……うん、えっと、これは……《雪羅》の有線射出?」
《こうロケットパンチみたいにです》
「……ロケット、パンチッ!」
「あ、いつもは死んだ魚の目みたいなかんちゃんの瞳が輝いてる~」
「……本音、魚はよけい」
「目が死んでることは否定しないのか。でさ、俺、射撃が不得意でさ。命中率がなかなか上がらなくて、どうしようか悩んでいたんだ。いっそ『接近してゼロ距離から』とも考えたんだが、その距離まで接近できたら《雪片弐型》の方が有効なダメージを与えられそうなんだよ」
「ごもっとも~」
「……つまり本体は近づかず、《雪羅》だけを射出して荷電粒子砲を撃つ。……それなら多角的な攻撃もできるし、うまくいけばワイヤーで相手をこっちの間合いに引き寄せられる。……うん、すごくいい案だと思う。さっそくやってみようか」
「おう、頼む。――って、ラウラにアリスじゃないか。それにロリーナさんにドイツ代表まで」
私たちの存在に気付いた一夏が手を挙げる。簪はラウラの登場にスゥーと存在感を薄くしてのほほんさんの後ろに隠れた。相変わらず、コミュ症ぎみの簪は、
「どうした、みんなして」
「<月>が保有する魔装を
「お、おう? が、概念武装?」
言葉の意味を理解できず、一夏は助けを求めるように簪を見た。
「……うん。腰部の格闘兵装は収束磁場を用いたプラズマブレード。《雪片弐型》のエネルギー収束技術を応用したもの。……まだ試作段階だけど」
「なるほど、そういうことだったのか。俺はなんのことやらさっぱり……」
普通はそうですよね。無駄に難しい言葉と造語で話すから、理解しかねるんですよ。
私の場合、ラウラの通訳がないとさっぱりなのですが、
「うむ、アイリーンの言葉を理解できるとは、さては、簪、おまえも同類か?」
「……ち、違うから。ちょっと語学が堪能なだけだから」
「そうそう、かんちゃんはいろんな言葉がしゃべれるんだよ。精霊ともお話しできるもんね」
簪はぶわっと顔を真っ赤にした。
「……で、できないからッ!」
「ええ~、中学の時、言ってなかった~?『……実はわたし、精霊世界のお姫様だから』って。宝石みたいな綺麗な玉を取り出して『これはエーテリオン。精霊の世界と交信するための道具』って、見せてくれたのに~。そういえば、学校に行く時もサークレットやヴェールをつけてたよね。あれ、もうつけないのぉ~?」
「……あぁーッ!」
彼女らしからぬ大声を出して、のほほんさんの口を塞ぐ簪。
幼馴染の暴露に、簪は真っ赤な顔を通りすごして、真っ青になっていた。
「その、なんだ、中学生時代の簪は今と違って個性的だったんだな……」
などとフォローする一夏だったが、しきりに鳥肌だった腕を撫でていた。痛ぇ、痛ぇと。
それに簪は精神崩壊を起こしそうだったけれど、私たちにとっては微笑ましい光景だった。だって、本当の黒歴史って笑えないものですから。私とラウラの歴史なんて黒どころか暗黒すぎて、気軽に話せやしません。
で、現在進行形で黒歴史を記すアイリーンといえば――
「くっくっく、現界に
仲間を見つけたような意気揚揚ぶりだった。
「この邂逅も何かの運命やもしれぬ。汝にこれをやろう」
そういってアイリーンはポーチから何かを取り出す。出てきたのはライフル弾だ。
「これは我の血を凝固させた魔弾。因果を発生させ、万物を撃ち穿つ」
「本当はただの7.62×51ミリNATO弾だがな」
と、ラウラ。
それから「こいつなりの交友の証だ。受け取ってやってくれ」と言う。
「……そ、それなら、も、もらっておこう、かな?」
戸惑いながら、ライフル弾を受け取る簪。それから何か物欲しそうなアイリーンに気づき、ラムネのビー玉を渡す。アイリーンはそれを嬉しそうに透かした。
「ほぉ、これが汝の従者が言っていた、精霊と交信するアイテム<エーテリオン>か。我が<
「……違うから。わたし、ただのギークだから。そんな風に呼ばないで……」
簪は強く抗議したが、アイリーンはすっかりその名称を気にったらしく訂正はしなかった。個人的には仲良くなれたようでなによりだと思うのだけれど。彼女の交友を気にしていた月子もさぞ――と思ったところで、肝心な月子がいない事に気づく。
「ところで、簪、月子はいないんですか?」
「……月子なら、織斑先生のところ。織斑先生に渡すものがあるって」
千冬さんに渡すものもの、か……。なんでしょう。
それはあとあと月子本人から聞いてみるとして、目的の<白鉄>も見られたし、他のチームの偵察に戻りますか。
「では、月子によろしく言っておいてください。私は他のチームを見学しに行ってきます」
「われわれもパッケージのインスールが終わったようなので戻るとする」
「月の姫君に、<キャノンボール・ファスト>にて、汝と相見ることを楽しみにしておると伝えておいてくれ。精霊の姫君もいつか相見えようぞう」
「……だからその呼び方やめてッ」
三人にそう告げ、私たちは日本チームのハンガーを後にした。
♡ ♣ ♤ ♦
その後「おお、精霊たちが我に語りかけてくるぞ、ラウラ」「いますぐ耳鼻科に行ってこい」とツッコむラウラたちと分かれ、私たちは第三格納庫を訪れた。
確かここでは鈴を率いる中国チームとセシリア率いるイギリスチームが機体調整を行っているはずだ。
まず、中国チームのハンガーを訪れてみたが、そこに鈴の姿はなかった。フーさんの姿もない。場にいたのは整備クルーのみだった。そのクルーに私は見知った男性を見つける。
キリッと鷹のような切れ目。鼻筋の通った美形。黒い後髪を一本に束ねた、つなぎ姿の男性。甲龍や甲虎を開発した中国のIS企業<上海飛甲装工業公司>のCEO劉春狼だ。
「うわ……」
彼とひと悶着あった私はいろんな意味から、そんな声をもらした。
それに気づいたかわからないが、春狼の後ろ髪がしっぽのように揺れた。それから「おや」という顔をしてこちらにやってくる。
「オイルの匂いしかしないこんな場所に、甘い匂いがしたかと思えば、あなたかな?」
そして、歯が浮きそうな言葉を口にしながら、流れるよう仕草でロリーナの手を取った。
「こんにちは、ボクは劉春狼。あなたは?」
「ろ、ロリーナよ」
「いい名だ。あなたはここの教師かな?」
「いいえ、<キャノンボール・ファスト>に参加する整備員としてきているの」
「へぇ、美しすぎて技術者には見えなかった。実はボクもそうなんだ。どうだい、同じ技術者同士、意見交換でもしないかい。おいしいディナーをごちそうするよ」
「え、えっと、今夜は先約があって、ごめんなさいね」
「それは残念だなぁ。でも、整備クルーなら<キャノンボール・ファスト>が終わるまでここにいるんだよね。他に空いている日はないかい?」
「え、ええっと……」
視線を右へ左へ。めずらしくロリーナは狼狽えている様子だった。意外と押しに弱いんでしょうか。なんだか「ダメよ、ダメよ」と言いながらも、流されてしまいそうな雰囲気だったので私は二人の間に割り入った。
「相変わらずですね、あなたは」
「ん、キミは確か……」
まじまじと私を注視して、春狼は急に思い至ったように目を開いた。
私はニッコリと微笑んで肯定した。
「そのせつはどうも」
あわや殺されかけたことを嫌味たっぷりに言う。
けれど、春狼はこれといった動揺は見せず、むしろ、すごく紳士的な笑みを浮かべた。
「じゃあ、キミが鈴ちゃんを守ってくれた<赤騎士>の操縦者かい。そうかそうか。まあ、いろいろあったけれど、助けてくれたことには、改めて礼をいうよ。――ありがとね、あのロクデナシから鈴ちゃんを守ってくれて」
「ロクデナシとは俺のことか?」
いきなりである。いきなり春狼の背後から若い男性の声が聞こえてきた。
彼の背後に立っていた人物は、私とそれほど歳の変わらない少年だ。白髪の短髪と、意志の強そうな双眸。線の細い顔立ちは美少年と言っても差し支えない。けれど、来ているスーツはいやに板についている。
「ロキぃッ!? なんでおまえがココにッ!?」
ロキ? 私はロリーナを見た。「彼が<亡国機業>の首魁よ」と彼女は言った。
じゃあ、あの少年がスコールやローズマリーの親玉。
「<キャノンボール・ファスト>にローズマリーが出場するのでな。そのバックアップだ」
「ボクと一緒か。鉢合わせるわけだ……。まぁこれも何かのチャンスか。ここであったらなんとやらというし、大佐に代わってぶちのめしてやる」
そう言ってつなぎの袖を捲し上げる。そういえば、<亡国機業>の内部では利権をめぐった幹部たちの派閥闘争が行われているんでしたか。もしや、その決着をここでつけるつもりですか。
「いいだろう。上海にいく手間が省けるというものだ」
そう言ってロキもスーツを脱ぎ、ネクタイを緩める。
そしてファイティングポーズを取る二人。「きゃー、イケメン同士の喧嘩よ」「やれー、やれー」と黄色い声を上げて囃す者と「トラブルよ、先生呼んできて」「私、生徒会長、呼んでくる」と冷静に止めようとする者で、整備科はてんやわんや大騒ぎになった。
「ふむ、ギャラリーがいるのは悪くないな」
「何言ってやがる。スカしてないで、かかってこい、キザやろう」
そう言って春狼が拳を振りかざした、まさにそのとき、ひゅんと一筋の風が場を駆け抜けた。
その風が矢のごとくロキに突き刺さる。――――風の正体は、鈴のとび蹴りであった。
さらに鈴は宙を舞ったロキを追撃し、百烈脚を見舞った。
「あたたたたたたたた、あたぁーッ!」
見事な空中コンボを決められたロキは頭から落下し、べぎょっと嫌な音を鳴らす。
格ゲーばりの空中コンボを決めた鈴は、しゅたっと春狼の隣に着地した。
「なになに、春狼、喧嘩? 喧嘩なの? なら、あたしも混ぜなさいよ!」
「うん、いいけど、行動と言動の順序が逆だと思うなボク!」
「いやー、なんかあいつを見たらとりあえず、ぶっとばさなきゃって気に駆られてつい」
ロキは『IS学園襲撃』の主犯格だ。
それは当人――鈴の知り及ばないことなのだけど、“直感”でそれを見抜いたらしい。おそろしい“勘”の鋭さだ。
「まあ、なんにしろグッチョブだよ、鈴ちゃん」
「え、そう? で、どうすんのこいつ……動かなくなったけど」
「よし、今のうちに重りをつけて海に沈めよう」
完全に伸びたロキを囲み、ぐにぐにと頬をひねったり、つっついたりする二人。
あとあと、ロキとの会談を控えている我々としては保護した方がいいのだろうか。その指示をロリーナに煽ごうとしたとき、今度はソプラノの綺麗な声が聞こえてきた。
「もうロキったら、どこかしら。<ブルー・ティアーズ>を見てもらおうと思いましたのに」
声の主はすぐにわかった。セシリアだ。ロキはイギリスチームの整備クルーとして来たと言っていた。その彼を探しにきたのだろう。隣には国家代表のローズマリーもいる。私とロリーナは「あ」と漏らした。いやだって。
→気を失って倒れているロキ。
→その彼に、なにやら重りをつけて、海に沈めようとする鈴と春狼
→その二人をばっちり目撃するセシリアとローズマリー。
もう何が起こるか想像がつくでしょ?
「 あ な た た が た 、何 し て お り ま す の ! ? 」
地響きがしそうな低い声だった。
セシリアの視点から見れば、自陣のクルーが中国人のリンチにあったように見えなくもない。
「何をっていうか、えっと、なんか、わかんないけど、急にこいつをぶん殴りたくなっちゃって」
「はぁ?!」
鈴、それ理由になってないです。
「で、ぶん殴ったら気を失なっちゃってさ~、あはは。もしかしてこいつ、セシリアんところの整備クルー?」
「そうですわよッ」
悪びれた様子を見せない鈴に、セシリアが額に青筋を浮かべる。もともと領民想いのオルコットは眷属意識が強い。仲間をやられて黙っていられる性質ではないのだ。実際のところ鈴の行動には正統性があるんだけど、それを知る由もないセシリアは――。
「――<ブルー・ティアーズ>!」
まぁそうなりますよね。
「わたくし、鈴さんの粗暴な行いには常々苦言を申したかったところですの。いい機会ですわ、今日という今日は反省していただきます」
セシリアは《スターライトMkⅣ》の銃爪に指を掛けた。
「いいわよ。あたしもあんたとはどっちが強いか白黒つけたかったのよね」
鈴も鈴で、<甲龍>を展開し《双天牙月》を構える。二人とも矛を収める気配がない。
「え、ちょっと待ってください。こんな狭い場所で戦闘を始める気ですか」
私が制止の声を上げるも、二人は既に武装を展開し、臨戦状態に移っていた。
ローズマリーも春狼と睨みあっていないで止めてくださいよ。
「ああもう!」
事の発端たるロキはいまだ気を失っているし、結局、私がどうにかするパターンですか!
一向に鉾先を収めない二人を止めるため、私が<赤騎士>を展開したそのとき、
渦中に一機のISが割り込んできた。
<打鉄>に近い武者を彷彿させる意匠と、鬼のような二つの角が生えた<マインドインターフェース>。八重サクラに似せたシールド。そして、白夜の月光を思わせる淡い光をまとった白銀の刃《雪片》。――――その一閃が空に一本の弧を描き、《スターライトMkⅣ》と《双天牙月》を薙ぎ払った。
とんでもない速さだった。あまりに早すぎて、宙を舞ったふたつの得物が床に叩きつけられるまで、誰も攻撃を受けたのだと気付けなかったほどだ。
いや、ローズマリーだけがそれから距離を取って、剣撃を放った人物を見据えていた。
「織斑千冬」
一太刀で、かのローズマリーを下がらせ、候補生を武装解除させた人物。それは世界最強の名を冠した<ブリュンヒルデ>の一角にして、現役を引退してなお、生きた伝説として関心を集める織斑千冬、その人であった。
その彼女が専用機――暮桜を装備して立っていた。
「貴様ら、何をしている?」
地獄のそこから響いてくるような重い声音だった。それだけで現場の空気が一変する。重く、鋭く、言語化に苦しむほどの迫力に肌が痛み、鼓動が生命の危機を報せるように早鐘を撃つ。
私でこれだし、当事者のセシリアの心境は想像に難い。
「ええええええええ、えっと! そのレースへのやる気があり余っていまして、つい!!」
「そうですの。おほほほほほほほほほほほ」
「そうか。なら私が相手になってやろう。丁度、こいつの肩慣らしをしたいところでな」
猛禽類のような鋭い眼光で、騒動を起こした4人を一瞥する。まさに鬼神の気迫だった。
世界最強の迫力を目の当たりにして、それなりに胆の据わったセシリアたちでさえ額から尋常じゃない脂汗を垂らす。
「せせ、セシリア、お、織斑先生、殺るき満々よ。どうするのよ!」
「お、織斑先生、どうかご容赦を……って鈴さん、ローズマリーさまのうしろに隠れないくださいまし。もとはと言えば、あなたがたの所為なのですから潔く逝きなさいな!」
「おい、うちの鈴ちゃんは悪くないぞ、悪いのは、キミんとこの代表とそこのロキだ!」
「なんですって! どう見たって悪いのはあなたがたでしょ!――ってあなたまで隠れないでくさいな!」
なんとか制裁を逃れようと、ローズマリーのうしろで責任の所在を押し付け合う三人。
その三名に千冬さんが、低い声で言った。
「おい、おまえら」
『はい! なんでしょう!』
「私の好きな言葉を教えてやろう。――――ケンカ両成敗だ」
『もうダメだぁーッ!』
誰に責任をなすりつけても無駄という事実に三人は絶叫した。
どうあがいても絶望的なこの状況に、鈴がすがるようにローズマリーにしがみつく。
「つーか、あんた、強いんでしょ。なんとかしなさいよ!」
「そうだそうだ、なんとかしろよ、ローズマリー!」
「鈴さん、ローズマリーさまに、なんて口のきき方をいたしますの。って、あなたまでッ」
「春狼、悪いけれど、<ブリュンヒルデ>を
気づけば、彼女たちの後方にもう一機ISが待機していた。
短剣のような狐耳と、尾骶骨から生えた九本の《尾》。もう一人のブリュンヒルデ、ジェニファー・J・フォックスの専用機<ナインテイル・フォックス>だ。
『もおダメだぁーッ!』
前門の鬼神に、後門の九尾。やっぱりどうあがいても絶望な状況に三人は再び絶叫した。
「スコールがいてくれれば、勝算はあるのですが。あるいは――」
いや、助けませんよ?
「ならしかたありません。素直に謝りましょう。二人ともISを解除なさい」
フランベルジュと蝶のイヤリングを床に置き、降参の意思を表す。
セシリアたちもそれに倣ってISを解除した。
「見ての通り、強く反省しております。どうか、酌量の余地をくださいませ」
「ふん、おまえと戦ってみたかったのだが、まあいい」千冬さんはどこかつまらなさそうに《雪片》を“鞘”に戻し「以後、気をつけろ。再びこのような事態を起こせば、<キャノンボール・ファスト>の実行員会に申し立てをして、出場権利をはく奪させる。胆に銘じておけ」
「わかりました」
「劉春狼といったか、おまえもいいな。おまえとて可愛い店子を出場停止にしたくはないだろ。他チームへの妨害行為も不問にしておいてやるから、ここでは普通に<キャノンボール・ファスト>を楽しめ。普通にな」
「……わかったよ。きなくさいのと、血なまぐさいのは抜きだ、ローズマリー」
「ええ、そうしましょう」
二人の<亡国機業>幹部が了承して互いに頷く。終始、事情を知らない鈴とセシリアはきょとんしていたが、なにがともあれ事なきを得た二人はほっと安堵の溜息をついた。
最後に織斑先生は鈴の方を向き、
「凰」
「ひゃい!」
「
そう告げ、千冬さんはジェニファーと仕事場へ戻っていった。
♡ ♣ ♤ ♦
整備区画。作業時刻を終えた第一格納庫はすっかりと人気が失せていた。いま、ここで調整を行っていた者たちは、用意された宿泊場所へ戻り、明日への英気を養っているころだろう。
そんな中、千冬はひとりハンガーに掛けられたIS――<暮桜>を眺めていた。
かつて<モンド・グロッソ>で共に戦った相棒は、彼女の引退後、開発元である<輝夜重工>に返却され、本社エントランスにモニュメントとして展示されていた。それをわざわざ月子に頼み持ってきてもらったのだ。
もしかしたら、再び<暮桜>の力が必要になるのではないかと、思いて。
「眠りについていたのに、すなまいな、<暮桜>。もう一度、私に力を貸してくれ」
機体寿命を迎えつつある相棒を労わるように撫でた、そんな折り、コツコツと足音が聞こえてきた。現れたのは学園の自警団でもある生徒会の長、更識楯無だ。
「なんだ、夜回りか。仕事熱心だな。感心する」
「いえ、違います、織斑先生にお話しがあってここに来ました」
「ほお、私に話とはなんだ?」
普段の飄々とした気配を打ち消し、険呑な表情で彼女は言った。
「イギリスチームについてです。なぜ、彼を――ロキをここに入れたのです。私の断りもなく」
「言ったら反対をしただろ」
「当然です。彼はここを襲撃した主犯ですよ。そんな危険人物をココにいれるなんて」
「知っている。だが、いまのあいつは敵じゃない。ロキは、親友のために戦っている」
「篠ノ之束のために、ですか……?」
楯無には心当たりがあった。ロシアの秘密都市で彼は楯無に語った。全ては、束の望んだ時代を作るためだと。しかし、その真意を楯無はまだ知らない。
「篠ノ之束は何を望んでいるんですか。あなたなら知っているんでしょ、白騎士?」
「知っていたか」
千冬は驚かなかった。楯無が白騎士の正体を知っているように、千冬も楯無が暗部の人間であることを知っている。彼女たちの情報力をなめてはいない。
「あなたは篠ノ之束と共謀して、白騎士事件を起こした。そのあなたなら、篠ノ之束の真意を知っているはずでしょ? 彼女は一体なにがしたかったんです」
「あいつが望んだのは、世界をひとつにすることだ」
あまりに大それた目的に、楯無は「ナンセンスだわ」と嘲笑った。
世界をひとつに。
政治的正しさが支配する現代社会。口にすることさえ憚れるような誇大妄想だ。
「彼女は世界を征服しようとでも」
「いや、違う。束が求めたものは、単一国家を作るのでも、思想を統合するのでも、宗教を統一するのでもない。――ありのままの世界を残すことだ。多様性を受け入れ、その意思を尊重し合うこと。その中でたったひとつ共通の意思を持つこと。それだけでこの世界はひとつになれる。あいつはそう言っていた」
「あなたも、それに同調して?」
「いや、私が白騎士になったのは酷く幼稚な理由だ。束のような立派な思想はもっちゃいない」
「では、あなたはどうして……」
千冬は視線を落とし、過去を思い出すように、あるいは悔いるように語った。
「――私はひどく手のかかる子供でな。よく母親の手を焼いては困らせていた。来る日も来る日も。そんなある日、母さんが一人の少女を連れてきた。私にそっくりな少女だ。目元、口元、髪から何までな。その少女が家に来て以来、母さんはその少女ばかり愛するようになった」
同じ姿なのに、なぜ母はその少女ばかり可愛がるのか、彼女は理解に苦しんだ。嫉妬もして、階段からその少女を突き落したこともあった。そんな千冬に束はこう言った。
――あの少女はちーちゃんの“
「私があまりに可愛げのない子に育ったから、母さんはもう一人“私”を作り、“子育て”をやり直そうとしているのではないか、と。最初は否定したが、あまりに似すぎているその少女を見ていると、私は否定しきれなくなっていった」
そんな母親の傲慢さに苛立ちを覚えながらも、母の愛情を捨てきれなかった千冬は束の口車に乗った。そう、白騎士になったのだ。
世界をこの手で救い、英雄になれたのならば、きっと母さんも見直してくれる。そう思って。
「たったそれだけのために、白騎士事件に加担を? ほんとうにくだらない理由だわ」
「否定はしない。だが、くだらないというなら、なぜおまえはラウラを助けた?」
楯無は口をつぐんだ。
結局のところ、同じなのだ。VTシステム暴走事件の折り、妹のためにアリスへ加勢した自分も。
「私が白騎士になった理由と、ラウラがVTシステムを使った理由、そして、お前がリデルを助けた理由も、根っこの部分は同じだと思うが。愛は人を勇敢にも、愚かにもする。私の場合は、後者だったから、最悪の結果をまねいてしまった」
「最悪の結果……」
「――2341基のミサイルから日本を守ったその日、母さんはその少女と共に私たちのまえから姿を消した。きっと、愚かな行いをした私に心底愛想が尽きたんだ。おかげで、この10年、少女の正体も、母さんの真意も分からないまま。――――けれど、おまえは知っているんだろ、マドカ」
千冬が唐突にあらぬ方向に視線をやる。その先から滲み出るようにISが現れた。
真っ白な装甲。翼のようなウィングスラスター。腰にプラズマブレードを携えたそのISは、世界に革命と畏怖をもたらした<白騎士>であった。
10年前と何も変わらない、本当に何も変わらない姿で現れた<白騎士>に楯無は息を呑んだ。
「白騎士……、いえ、あなたが件の少女?」
少女は答えず、フェイスガードを備えたHMDを解除した。
そこに現れた素顔は――言葉どおり、千冬と瓜二つだった。それは人工的な作為を感じざるを得ないほどに酷似している。彼女は自然の摂理から生まれた命ではない。人の手によって作られた命。楯無はそう直感した。
「あ、あなたは何者なの? まさか、織斑千冬のクローン?」
「違う、私は
言葉の意味を理解できず、楯無は顔をしかめた。千冬に視線をやるが、彼女もまた首を横に振った。千冬も理解しかねている様子だ。まさか本当に織斑一夏だというのか。
「知りたいなら、教えてやる、お母様もそれをお望みだ」
マドカは千冬に機器を投げる。
透明な薬液の入ったそれはナノマシンの注射器だった。
「レベル5のナノマシンが入っている」
レベル5。この学園に於ける最高レベルの権限だ。IS学園の上層部の人間だけが許された権限をなぜ彼女がもっている。楯無は驚愕を禁じ得なかったが、千冬は苦笑いだった。
「やはり、最初から母さんの掌の上だったか。いいだろう、いつ会いに行けばいい」
「<キャノンボール・ファスト>の当時だ」
当日、学園の職員は<キャノンボール・ファスト>の補助要員に駆り出される。楯無も当日の<キャノンボール・ファスト>に出場する予定だ。つまり、警備が薄手になる。それを狙って侵入してこい、と。
それを告げ終えると白騎士は背景に溶け込むように姿をくらました。
わかったと告げ、千冬が注射器をふところにしまう。その千冬に楯無が食いついた。
「織斑先生、私も行きます」
「いや、ダメだ。これは私の問題だ。おまえは当日の<キャノンボール・ファスト>に出場しろ。勝手に辞退すれば、信用を失うぞ。これは経験者からの助言だ」
かつて第二回<モンド・グロッソ>、その決勝戦を辞退した人間の言葉には重みがあった。
「おまえのために集まった布仏やログナーを裏切るのか?」
「虚ちゃんたちはともかく、あんなキツネ目は別に……」
「そういってやるな。あれでもあいつは私たちと同じ黎明期に活躍した操縦者、第一世代や第二世代の開発をささえたロシアの立役者だろ。無下にしてやるな。なに、何があったかあとでちゃんと話してやる。さぼったら、またマルガリータに怒られるぞ」
「………………」
もとスペイン代表のマルガリータ・オラゴンは彼女の担任で、生活態度に厳しいと知られている。<キャノンボール・ファスト>を辞退するなど彼女に知られたら、何を言われるか。想像しただけでブルっと肌が震えたので、楯無はしぶしぶ身を引くことにした。