IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
襲撃を受けた私たちは非常ドアを蹴破り、非常階段を下った。その背後からサブマシンガンを構えた男たちが追いかけてくる。追手はほとんど問答無用だった。いくら抹殺が目的とはいえ、あけすけに発砲してくる。
しかもこちらは眠っている女性を担いでいるから、足の速さで振り切るのも無理そうだった。
「ここは私が。あなたは先に!」
スコールを庇いつつ、<赤騎士>のストレージに入れておいたMP7で追っ手を牽制する。
発砲。ほぼデタラメな射撃だったが、銃声に怯んだ男たちの足がわずかに止まった。
「いまです!」
叫んでスコールと階段を二段飛ばしで駆け降りる。
前を走るスコールはオータムを担いでいたが、それを感じさせない風のような軽やかさだった。
「まるでサイボーグですね」
スコールは綺麗な眉を心外そうにひそめ、
「あら失礼ね。私はれっきとした人間よん。なんなら調べさせてあげましょうか?」
場違いな妖艶さを漂わせるスコールに、私は「あいにく後ろから怖いお兄さんたちが来てます」と返答しつつ、撃ち切ったマガジンをポーチにしまい、新たなマガジンを装填した。
「そうね。で、これからどうするの? たぶん、このままじゃ逃げ切れないわよん」
こちらは女性二人で、武器は麻酔銃とサブマシンガンが一丁。対し、追手は10人近くいて同じくサブマシンガンで武装している。まともな戦闘では、まず勝ち目がない。もっとも私が<赤騎士>を展開すれば形勢逆転できるが、
「地下の来客駐車場に車が用意してあります。それでずらかります」
地下駐車場の階に到着した私は非常ドアを蹴破る。
地下の駐車場には無数の高級車がずらりと並んでいた。フェラーリ、ベンツ、BMW、ロールスロイス、エトセトラ、さながら高級外車の万国博覧会だ。無数に並ぶ外車の中から、私は場違いにコンパクトな車の許に駆け寄った。
「あら、フィアット、美女をドライブに誘うにはコンパクトすぎるんじゃなくて?」
クスクスと笑いながら、フィアットの後部座席にオータムを寝かせ、自分は助手席に滑り込む。二人が乗ったところを見計い、私は履いていたヒールを脱ぎ捨て、裸足でアクセルを踏んだ。
エンジンが唸り、おしりを蹴られたように発進するフィアット。
私はハンドルを操りながらルームミラーを盗み見る。小さな鏡には、乗車する男たちが映っていた。しかも黒塗りのセダンだ。エンジン音を聞いただけでも、排気量はこちらの倍ちかくある。レースになれば、フィアットじゃとても勝ち目がない。
「くるわ!」
私は「わかっていますっ」と叫び返し、ドレスから<赤騎士>を取り出した。
「レッドクイーン、<赤騎士>自立モード。脱出の時間を稼いでください」
《Yes I have control》
赤騎士を展開した<レッドクイーン>は、そのパワーを活かして追手のセダンをひっくり返した。綺麗に半回転するセダン。潰れた車内からは男が這い出てくる。
<レッドクイーン>が追手を食い止めているうちに、私たちは駐車場を抜け、庭園を突っ切り、車道に飛び出した。その場に居合わせた警備員と来場客が目を丸くしていたが、無視して車を走らせる。
「ここまでくれば、ひとまず安心かしらん」
次第に小さくなっていくホテルへ、スコールが別れの投げキッスをする。
私は海岸沿いのゆるやかな車道を走りながら、バックミラーで追手を確認した。
「だといいのですが」
とは言ったものの、<レッドクイーン>が派手に暴れているおかげで、追手の影はなかった。
しばらく、悪の女幹部とエキゾチックな夜のドライブを楽しんでいると、無線機のLEDが点灯した。
『空戦ユニットの準備が完了した。600秒後ポイントCに到着予定だ』
「こちらもパーティー会場を脱出しました。600秒以内にそちらに到着します。それと、やけに標的が大人しいです。抵抗する素振りもありませんでした。何かあるのかもしれません」
いくらこちらが主導権を握っているとはいえ、あまりにも無抵抗すぎる。かといって諦めているようにも見えない。それをスコールの目を盗んで報告すると、通信に綺麗な女性の声が割り込んできた。
『もしかしたらウィルスかもしれないわ』
「ウィルス? いえ、その前にあなたは?」
どこか聞き覚えのある声だと思い、私はその女性に訊いた。
ボスが女性に代わって答えてくれる。
『彼女は本作戦に医療アドバイザーとして参加している女性だ』
『はじめまして、アリス・リデル。ラウラがとてもお世話になっているわね』
私は眉をひそめた。ラウラが世話に? では、彼女はラウラの関係者なのだろうか。
不意にロリーナがパジャマパーティーでつぶやいた言葉が蘇った。――『ララにも見せてあげたいわ』。
「もしかして、あなたが……ララ?」
『そう、私がララ・ボーデヴィッヒ』
ボーデヴィッヒ。その言葉に、彼女が何者なのか悟る。
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「あなたがラウラのお母さん!?」
『ええ。遺伝子的にはそうなるわ』
やっぱりか。ラウラに母親がいることは以前から判っていた。現代科学を以てしても卵子は人工的に作れない。だから、この世界にラウラの母親――つまり卵子提供者がいて当然なのだ。
でも、まさか同じ組織にいたなんて。それが私に強い怒りを抱かせた。
「なぜ、ラウラに会ってやらなかったのです。ラウラはずっとあなたを……!」
抑えきれない感情を発露させるようにハンドルを強く握る。
同じ組織にいたなら、愛情に飢えていたラウラのことを知っていたはずだ。なのに!
『お互い言いたいことはあるだろう。だが、今は作戦中だ。慎め』
「……了解」
上司に窘められ、言葉をつぐむ。
なおも、言いたいことは山ほどあったけれど、私は怒りを抑え込み、質問を続けた。
「それで、ウィルスとは」
『私は螺旋機関にも席を置いているのだけど、そこであるウワサを聞いたわ。ある研究機関で、特定の人物だけを死に至らしめる殺人ウィルスの研究がされているというウワサよ』
「特定の人物だけを? そんなことが可能なのですか?」
『可能よ。このウィルスには特定の遺伝子に反応する酵素が含まれているの。その酵素は
「TFNイプシロン?」
『細胞の死を司る細胞間情報伝達物質、ペプチドの一種よ。生成後、それは体内の血管を通って心臓へと運ばれる。そして心筋細胞のTFNレセプタと結合するの』
「つまり? 私は
『つまり、心筋細胞をアポトーシスさせて、心臓まひに似た症状を引き起こさせるの』
「どうすれば感染するんです」
『空気感染するわ』
死の予感が脳裏をかすめ、私は思わず自分の心臓を鷲掴みにした。
でも、私の心臓は規則正しく脈を打っている。止まりそうな気配はない。
よくよく考えてみれば、当然だった。仮に<特定の人物だけを死に至らしめるウィルス>があったとしても、私がその標的にされることは在り得ない。なぜなら、これから殺そうとする相手にあんな説得をするわけがないからだ。
『念のため、スコールを隔離して検査した方がいいわ。悪いけど、あなたも』
反対する気はなかった。
私がウィルスの標的でないとしても、
『わかった。準備をさせよう』
ボスがそう言ったときだ。ぐおぉんという腹に響く重たい唸り声を、私の鼓膜が拾った。
「この声は……」
空耳を願い、助手席のスコールを見る。スコールも苦笑していた。
く、やっぱり奴か。――そう思った瞬間、内陸側の丘から巨大な物体が跳躍してきた。
戦車のような頭部と、昆虫のような有機的な脚部。私たちを追ってきた機動兵器はアームズテック社の月光だ。しかも、両サイドにM202ロケットランチャーを装備している。そんな重武装の月光が3機。
「追ってくるわっ」
スコールが叫ぶ。私はアクセルを最大まで踏みながら、サイドミラーで月光を確認する。鏡面には、突進してくる月光の姿が映っていた。まるでジュラシックパークのワンシーンだ。
「まずいですねっ」
月光は最高時速100キロ近い速度で走行できる。中古のフィアットでは……――。と言っているそばから、月光が跳躍して私たちを追い越した。そして、その太い脚部で私たちを踏み潰しにかかる。私は咄嗟にハンドルを切った。暴れるステアリング。派手にスピンする車体。こぼれるスコールのおっぱい。
「ちょっと、ぽろりしかけたじゃなぁい」
「そんな格好をしているからです」
そういってスリップする車体を立て直し、速度をあげる。
なんとか、月光の攻撃を躱せたものの、このままでは……。
「スコール、運転を代わってもらえますか」
「ちょ、ちょっとぉ!」
運転を投げた私に代わり、スコールが慌ててハンドルを握る。スコールが助手席から運転席に移ったことを確認し、私はサンルーフから顔を出してMP7を構えた。
(サブマシンガンが通用するとは思えませんが……)
それでもわずかな抵抗として、ありったけの銃弾を月光の頭部に撃ち込んだ。フルオート射撃。だが、防弾チョッキさえ貫通するMP7の破壊力を以ってしても、月光の複合装甲の前ではほとんど蚊に等しいダメージしか与えられなかった。
(ですよね……)
空になったマガジンを交換しつつ、私は<レッドクイーン>に通信をつないだ。
「レッドクイーン、食い止めはもういいです。こちらに合流してください!」
《No my honey ――。現在、<甲龍>タイプとエンゲージ。現時点での合流は難しい》
甲龍タイプ。いよいよ相手側もISを投入してきたということか……。
「<ヘル>を返してくれれば、私が片づけてあげるわよん?」
スコールがルームミラー越しに視線を寄越してくる。<ヴァルキリー>の手にかかれば、月光など物の数ではない。だが、首尾よく奪えた<ヴァルキリー>の専用機を返せば、あとが厄介だ。
私はスコールの言葉を聞かなかったことにして、<レッドクイーン>に言った。
「なんとか振り切ってください」
《Yes My honey――がんばってみる》
「超がんばってください」
<レッドクイーン>との通信を終えたあと、今度は<ウォルラス>に繋ぐ。
「私です。現在ターゲットを回収ポイントへ護送中。その途中に無人兵器の攻撃を受けました。<レッドクイーン>は敵ISと交戦中。こちらの装備では対応できません。至急、火力支援を要請します」
『了解、車両の後部座席に銃火器を積んである。それで持ちこたえろ』
「わかりました」
私は通信を終えるやいなや、未だに寝ているオータムをどけ、後部座席のカバーを外した。
その中には、対物ライフルと、携帯対戦車砲が収まっていた。その中から対物ライフルを取り出し、素早く組み立てていると、今まで眠っていたオータムが目を覚ました。
「う、ぅ……」
額を押さえながら軽くかぶりを振るうオータムに、スコールが「おはよう」という。だが、覚醒半ばのオータムは応えず、後部座席から周囲の様子を確認した。そんなオータムに向かって月光があたかも、おはようとでも言うように合成音声を発する。
……
…………
………………
「……………………は?」
月光のモーニングコールに全力で「わけわからん」という顔をするオータム。無理もない反応だ。目覚めたと思ったら、無人兵器に追いかけられている。一体どういう状況だという話だ。
「なんで、アメリカの無人機がいんだよ。いや、まて、あたしはスコールとパーティーに来ていて、それで、カジノで儲けて……――あ、そうだてめぇ! よくもあたしにッ!」
一服盛られたことを思い出したのか、オータムが私に飛びかかってきた。上乗りになるなり、その細い指で私の首を絞める。力が本気だった。このままだと月光より先にオータムに殺される。
「やめなさい、オータム!」
スコールがミラー越しにぴしゃりと言い放った。
それに怯んだオータムから力が失せる。そのすきに私はオータムを押しのけた。
「でも、スコール、こいつが……」
「あとにしなさい。状況がわからない?」
そういった瞬間、スコールが12.7mm機関銃の掃射をかわすため、ハンドルを大きく切った。車体の後輪がスリップし、後部座席が大きく揺さぶられる。その拍子にオータムが私の股間に顔を突っ込んできた。
「きゃあ、ちょっと、何しているんですか!? この変態ッ!?」
私はオータムの顔面を蹴っとばす。
「いってーな、誰が乳臭いお前のなんかの!」
「誰が乳臭いですって!」
「いい加減にしなさい、ふたりとも! あれをどうにかするのが先でしょ!」
おっとりした表情からは想像もできない声音で、スコールが私たちを諌める。
思わず背筋を正す私とオータム。それでもオータムは不平をもらした。
「でもさ……」
「いうこと聞かないと、もう可愛がってあげないわよ」
オータムの肩がぴょこんと跳ねる。態度もみるみるしおらしくなっていった。
先ほどの狂犬ぶりがウソのようだ。
「わ、わかったよ。だ、だから、そんなこというなって……」
「じゃあ、うしろのヤモリ、どうにかしてちょうだい」
わかったよ。そう頷いて、彼女は後部座席から携帯用の対戦車砲――AT-4を担いだ。
「そういうわけで、一時休戦だ、クソ女ッ」
オータムが対戦車砲の84㎜安定翼形成炸薬弾をぶっ放す。使い捨てのランチャーから放たれた一撃は、たった一発で月光の頭部ユニットを破壊し、イタリアの地に沈めた。
私も「そうしましょう」と対物ライフルを構え、初弾をチェンバーに装填した。