IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第59話 斯あるふたりの理由

 呼吸が乱れ、動機が早まる。だが、なぜ見破られたという疑問を抱く暇はなどなかった。

 私が取るべき行動は二つしかない。

 この継ぎ接ぎだらけの偽装を突き通すか。強硬策に打って出るか。

 私の名前が出た時点で、前者はもう通じないだろう。そうなると、後者しか手はなかった。

 

「動くな!」

 

 素早く自動拳銃を抜き、それをスコールに突き付ける。

 私が握っている銃はベレッタM92Fを改造した麻酔銃だ。殺傷能力はない。だが、外見は9ミリ口径の自動拳銃。十分な威嚇になる。もっとも、この程度で<ヴァルキリー>が恐れるとは思えなかったが。

 

「あら、どうしたの。いきなり物騒なものを取り出して?」

 

 案の序、スコールは怯えた様子も、驚いた様子さえ見せなかった。

 それでも口調を強める。

 

「ゆっくりと両手を上げなさい。妙な真似をすれば撃ちます。この距離なら、あなたがISを展開するより早く射殺する自信があります」

「怖い顔ねぇ。わかったわ」

 

 意外にもスコールは大人しく両手を上げた。抵抗する素振りも見せない。

 不審に思うが、これを期にさらなる指示を出した。

 

「次は、その金色のイヤリングです」

 

 それが彼女の専用機であることは、情報部の調査で判明している。

 さすがに性能までは判らなかったようだが、奪ってしまえば性能など関係ない。

 

「わかったわ。でも、丁重に扱って頂戴ね。友人に作ってもらった大事なISなの」

「それはあなたの心がけ次第です」

 

 そう答え、こっちに投げられたゴールドイヤリングを受け取り、隔離ケースに入れる。

 もちろん、その間も突き付けた麻酔銃は降ろさない。

 

「で、これから私はどうなるのかしらん?」

 

 スコールは手を挙げたまま言った。

 

「私の組織まで連行します。その後は知りません」

「そう」

 

 スコールは落ち着いた雰囲気で答えた。やはり恐れや焦りは微塵も感じられない。

 

「……随分と無抵抗ですね」

「あらん、もっと抵抗してほしかったぁ?」

「いえ、不自然に感じたから、訊いただけです。ですが、一つだけ答えなさい。私の正体に気づいていながら、なぜ私を部屋に入れたのです?」

 

 おそらくスコールは、ドアの前で私の正体に気づいていた。なら、もっと警戒してもよかったはず。この状況、まるでこちらが誘われたような感覚がある。罠という可能性も否定できない。

 

「ふふ、警戒しているようね。でも、安心していいわ。策略を巡らせているわけじゃないの。ただ純粋にあなたと話したくてね。よかったら、もうすこし私と話をしないかしらん?」

 

 自分の置かれた立場などなんのその。スコールは綺麗な唇を優しく曲げる。

 悠長にそんな提案をしてくるスコールに、私は声を荒げた。

 

「私はあなたと話したいことなどありません」

「あら、私はあなたの言う事を聞いてあげたのだから、すこしぐらい私の言うことを聞いてくれてもいいんじゃなくて? あなただって本当は聞きたいはずよ。ローズマリーについて」

「そんなことはありません」

「本当かしら? じゃあ、なぜ「動くな」と言わず、初動で私を眠らさなかったのかしら? あなたならできたのに。言い当ててあげましょうか? 私の話に興味がわいたから。違う?」

「…………」

 

 どうしてか、彼女の言葉が正しく思えて否定できなかった。

 できたのにしなかったのは、やはりそういうことなのだろうか。気づけば、脳裏の奥に追いやっていた疑問が鎌首を(もた)げはじめていた。

 

「その沈黙、正解と思ってよさそうね」

「認めましょう。でも、なぜあなたはそこまでしてローズマリーについて話したかがる? あなたはローズマリーの何なのです?」

「私がローズマリーの何なのか? そうね、いうなれば、師であり、そして友かしら」

「師であり、友……?」

「ええ、ローズマリーにISの技術を叩き込んだのは、私なの。その過程で、私は彼女を慕うようになった。だから、あなたに愛弟子であり、親友でもあるローズマリーのことを知ってもらいたいの。――彼女がどれだけあなたを想って生きてきたかを、ね。どうかしらん?」

 

 スコールが表裏のない優しい笑顔を向けてくる。私には魔女の誘惑に見えた。――なぜ私とローズマリーは生き別れたのか。それをスコールは知っている。

 結局、私は誘惑に負け、銃口を下した。体が、心が、話を聞く気になっていた。

 

「わかりました。あなたの話を聞きましょう」

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 私たちはバルコニーの椅子に掛け直した。そこから見える漆黒の地中海は、月光でライトアップされて、とても幻想的だ。ずっと眺めていたかったけれど、そうもいかない。私は前のスコールに意識を注いだ。

 

「まず、あなたのお母さんの話からしましょうか」

 

 そう言って、スコールは語り口を切った。

 

「あなたは自分の母親のことを、どれだけ知っているかしらん?」

 

 実は、私は母のことを詳しく知らない。母が出自を語りたがらなかったのだ。なにより存命の頃は幼かったから“どういう生まれの人だったのか”気にも留めていなかった。

 無言でいると、沈黙を「知らない」と受け取ったスコールが話を続けた。

 

「あなたのお母さんは慈善活動に熱心な人だったそうよ。――現在、世界の貧困は個人の力ではどうにもならないところまできている。とりわけ、20世紀末の<バイオショック>が世界の貧困に拍車をかけたわ」

 

 エネルギー需要の高まり。石油依存からの脱却。そういった文句から始めったバイオ燃料の爆発的な普及は、世界のエネルギー事情を一変させた。現在では軍用の航空機や車両の3割がバイオ燃料で稼働している。

 しかし、この急激な食糧のエネルギー転化により、世界の食糧問題は深刻化した。世界食糧計画(WFP)によれば、<バイオショック>の影響による餓死者は年間300万人に上るらしい。

 

「今でも世界の貧困地では、多くの子供たちが飢えに苦しんでいるわ。でも、人々は見て見ぬふりをしてきた」

「見て見ぬふりじゃない。彼らには彼らの生活がある」

「労働階級の人間にとってはね。でも、この世界には一生遊んで暮らしてなお、有り余る富を持つ人間がいる。この財界パーティーに参加している上流女性たちのような、ね」

「スーパーリッチと呼ばれる人たちですか」

「ええ。そんな富裕層に属していたあなたのお母さんは『巨万の富を築いた自分が次にすべきは、貧しい子に救いの手を差し伸べることではないか』と考えた」

 

 富や権力を持つ者は、社会的弱者を守る義務がある。それが母の<高貴な者の義務(ノブリス・オブリージュ)>。

 そこで私はふと考えた。

 はたして、現在この世界に<高貴な者の義務>を実施している人間がどれだけいるだろう。

 恐らくほとんどいない。だからこそ、セシリア・オルコットは嫌悪する。

 強権を行使し、弱者から搾取することで私腹を肥やしている上流女性を。

 品格と高貴さを失い、成金主義に堕ちた世界を。

 

「でも、その慈愛の精神があなたの祖母の反感を買ってしまった」

「慈愛の精神を持つことの、何が悪かったというのです」

「それ自体に反感したわけじゃないわ。ただ、祖母にとって慈善活動はメディアに向けたパフォーマンスに過ぎなかったの。だから、財力を擲っ(なげう)て世界を変えようとしたあなたのお母さまとは相反した」

「それが親子の袂を分かつことになった?」

「ええ。――19世紀よりライオンハートは金の力で世界を支配してきたわ。慈愛の名の許にその財力が失われれば、ライオンハートの権威は失墜する。家の実権を握っていた祖母は権力を保持するため、あなたのお母さまを勘当したわ」

 

 親子関係が険悪だったから、母は自身の出自を語りたがらなかったのか。

 

「だけど、それだと家系が断絶する」

「そう。ライオンハートの跡取りだったあなたのお母さんが出家すれば、家督を継ぐ者がいなくなる。だから、あなたの祖母はライオンハートの血を継いだローズマリーを母親の許から誘拐した」

 

 こうして私たち姉妹は生き別れることになったわけだ。

 私にローズマリーの記憶がないのは、まだ物心のつく前の出来事だったからか。

 

「それからローズマリーはライオンハート家の当主に相応しい人物となるため、徹底した教育――まさに英才教育ね――を強いられたわ。経済から政治、ITまで。祖母は決してローズマリーを愛しも、甘やかしもしなかったの」

「なぜ? 自分の孫でしょ?」

「祖母にとってローズマリーは、自分を裏切った娘の子。憎しみこそなくても、愛情を抱けるほどの存在でもなかったの。何より娘に裏切られたトラウマから、祖母はローズマリーを服従させることに固執していたわ」

「反発しなかったのですか?」

「させなかったの。暴力と恫喝で支配してね。さらに外界との交流を遮断してマインドコントロールにかけた。彼女に自由はなかったわ。あったのは、祖母からの度を超えた躾けだけ」

 

 「でも」と、スコールが続ける。

 

「ローズマリーはこの過酷な毎日を生き抜いたわ。――いつの日かあなたに会えることを信じて。それだけが彼女の生きる糧であり、希望だった。そう、あなたを想っていたからこそ、彼女は辛い現実を生き抜いてこられたのよ?」

 

 スコールの瞳が私を捉える。まるで“あなたはこれをどう思う?”と問うように。

 私は逃げるように視線を逸らした。そんな頑な態度にスコールが呆れた様子で続ける。

 

「でも、そんな彼女の希望を打ち砕く事件が起こったわ」

「ジンバブエの扇動事件」

 

 経済の破たんで高まっていた国民の不満を逸らすため、当政権は人種差別されていた黒人を焚き付け、白人の農園主を襲撃させた。『既得利益を貪る白人どもを追い出せ』と。

 

「当時のジンバブエでは、メディアの現地入りが規制されていたから、イギリスはジンバブエの実情を知ることができず、この事態を防げなかった。けれど、ローズマリーはその実情を密かに知っていたわ」

「どうやって?」

「実は母親がローズマリー宛てに手紙を送っていたの。手紙には“最期が近いかもしれない。だから、あなたに愛を伝えたい”、そういった文章が綴られていたそうよ。あなたのお母さんは聡明な人物だったから、政府のアジテーションに危機を感じていたのね。――ローズマリーはその手紙を祖母に見せ、救いを求めたわ。『お母さまと妹を助けてください』と」

「でも、救いの手は差し伸べられなかった」

「ええ、祖母はあろうことか、その手紙をローズマリーの前で破り捨てた」

 

 つまり、祖母は母の危機を知りつつも見殺しにしたという事だ。

 その事実に形容しがたい怒りが込み上げてくる。もし祖母が手を差し伸べてくれれば……。

 

「当時のローズマリーも同じ気持ちだったでしょうね」

 

 スコールは私の心を見透かしたように言った。

 

「同時にローズマリーの裡で強い感情が弾けたわ。『私がなんとかしなければ』、そういう強い感情。それにはまず祖母の支配から脱す必要があった。けれど、彼女は賢かったから、暴力に訴える真似はしなかった。虎視眈々と策略を巡らせ、巧みに祖母を陥れていったわ」

 

 やがてローズマリーは、家の実権から幹部の椅子まで、全て手に入れたという。

 スコールの話を聞き、不覚にも胸が空くのを感じた。ローズマリーは母と父の仇を取ってくれたのだ。

 

「それから彼女は、膨大な家の資金を使い、アフリカの支援活動を始めたわ。理由は2つ。一つは母の意思を継いで。もう一つはあなたの生存を信じていたから。あなたは強い娘。必ず生きている。だから、アフリカの支援を行えば、間接的にあなたの助けになると思ったそうよ。それが功を奏したのかは判らないけど、あなたたち姉妹は再会を果たせた」

「でも、私たちの再会は、決して感動的なものじゃなかった」

 

 私は二か月前のVTシステム暴走事件を思い出す。

 あの時、私はラウラを救うことしか頭になかった。姉のことなど頭になかった。

 

「そう。あの時、あなたはラウラ・ボーデヴィッヒの為に身を削りながら戦っていた。どれだけ苦痛に苛まれても、あなたは少女のため、あるいは少年のために戦い続けた。そんなあなたにローズマリーは一抹の不安を覚えたわ」

「一抹の不安?」

「ええ。これからもあなたは、あの少年少女のために戦い続けるでしょう。その身を削って。そう、あなたは誰かのためなら自己の犠牲を厭わない、そういう人間になっていた。他者のためなら、平気で貧乏くじを引く」

「貧乏クジじゃない。大切な人のために、私は自分の意思で選択したんです」

「それが問題なのよ。他者を守るためなら、あなたは平然と“自分”の優先順位を低くする。だからこそ、ローズマリーはあなたの戦いをやめさせたいのよ。でなければ、いずれ、あの少年少女のために、その命でさえ投げ捨てる」

 

 だから、あの夜、ローズマリーは私を連れて行こうとしたのか。これ以上、私が戦いに身を投じないように。――それが7月7日、あの夜の真実。

 

「アリス・リデル。そんな、自分を犠牲にする生き方はもうおやめなさい。あなたは友の為に身を挺して戦い、孤独な少女のために世界と戦い、親友を奪った国家のためにも戦ったわ。あなたはもう十分、誰かのために戦った。これからは武器を捨てて、自分のために生きていいのよ」

 

 スコールが聡い瞳で私を見つめる。

 まるで我が子にマザーグースを読んで聞かせるように、優しく、微笑んで。

 

「武器を捨てて、自分のために……」

 

 スコールの言葉に、私の芯が僅かに揺れ動く。不本意ながら、一瞬だけ憧れてしまったのだ。武器や暗号名を捨てた自分――好きな人と恋をし、子供を産んで、家庭を持つ自分に。

 その甘い幻惑が私をかどわかす。スコールは私に手を差し伸べていた。私はその手を――――

 

 と、その時、不意にコンコンとドアを叩く音が割入った。

 

「!?」

 

 その音が、私を現実に引き戻す。

 そうだ。私は任務でここに来たのだ。自分探しに来たのではない。

 

「出なさい。ただし、妙な真似はしないことです」

 

 片時でも任務を忘れた自分を恥じながら、スコールに訪問者の対応をさせる。

 スコールは水を差された事に苛立った様子だったが、素直に従った。

 

「どなたかしらん?」

「ルームサービスです」

 

 私は『頼んだか』と視線で訊く。スコールは首を横に振った。

 

「頼んだ覚えはないのだけど」

 

 スコールが答えると、ドアの向こう側が静まり返った――刹那、静寂が僅かな殺気を孕む。

 それと同時に、いくつもの銃弾がドアを食い破って飛んできた。

 間一髪のところで、私とスコールがドアの前から飛び退く。銃弾は私たちの側をすりぬけて、背後のガラスドアを割った。

 

「銃弾のルームサービスなんて聞いたことなんですけど」

「私もよん」

 

 今度はドアを蹴破って二人の男が入ってきた。手にはサプレッサーを装着したサブマシンガン。

 あまりに唐突な出来事であったけれど、いくつもの危機に直面してきた経験が功を奏し、私は直ぐに撃鉄を起こすことができた。

 発砲。

 麻酔薬の詰まったダーツ弾を首筋に喰らった男は、ものの数秒で昏倒した。

 これでまず一人。この調子で残りの男も――といきたいところだが、M92Fを改造した麻酔銃は一発ごとにスライドがロックされるため、連射できない。

 仕方ないので、私はドレスの中に隠していた待機形態の<赤騎士>を二人目の男に投擲した。

 

「ぐあっ!」

 

 ナイフが手の甲に刺さり、男が呻く。その隙に次弾を装填して発砲。

 ダーツ弾が首筋に刺さり、痛みで呻いていた男は、ウソのように大人しくなった。

 

「彼らは一体何者です?」

 

 男から<赤騎士>を回収し、ついた血を拭いながらスコールに尋ねる。

 見たところ、襲撃者はスコールを狙っていたようだが……。

 

「おそらく<亡国機業>の実働部隊ね」

 

 私はますます解らなくなった。

 

「あなたも<亡国機業>の人間でしょ? なぜ同じ組織の人間があなたを?」

「私たちの組織は一枚岩じゃなくてね。複数の派閥が存在していて、それぞれがそれぞれの思惑で行動しているの。特に私は他の派閥から疎まれていて、常に抹殺リストのトップにいるわ」

「では、彼らは、あなたを抹殺しにきた他派閥の人間ということですか」

「そうね。あなたのおかげで命拾いしたわ」

 

 私は「自分の身を守っただけです」と告げ、倒れた男たちを確認した。

 ふたりとも黄色肌のアジア系だった。彫は深く、頬骨が高い顔容をしている。

 

「見たところ中国人のようですが」

「きっと春狼の差し金ね。劉春狼、中国方面を管轄している亡国機業の幹部よ」

 

 私の脳裏にパーティー会場であった優男の顔が浮かぶ。彼が<亡国機業>幹部のひとり……。

 驚きでしばらく動けなくなるが、すぐさま頭を思考モードから、警戒モードに切り替える。

 

「他にまだいると思いますか?」

「専用機を持った<ヴァルキリー>相手に、サブマシンガンを装備した男が二人、どう思う?」

 

 私は憂鬱な気分になった。他にもいるということか……。最悪ISが出てくる可能性も。

 とりあえず、私は経過を報告すべく<ウォルラス>に通信を繋いだ。

 

『私だ』

「スコールを確保しました。ですが、面倒なことになりました。<亡国機業>の抗争に巻き込まれてしまったようです。たったいま、組織の実働部隊に襲撃されました」

『ふむ。だが、予定に変更はない。ターゲットを護衛しながら回収ポイントに向かえ。こちらからは回収のヘリを向かわせる』

「了解しました」

 

 通信をオフにすると、はぁ~と溜息をついた。

 スコールを守りながら、回収ポイントに向かえか。やれやれです。

 

「義理のお姉さんはなんて言っていたのかしらん?」

「――ロリーナじゃありませんが、あなたを護衛しろと言われました」

「頼もしいわぁ」

「それより、逃げないのですか?」

 

 ローズマリーの話を終えたなら、こうして私に従う理由はないはずだ。

 

「抵抗しても無駄でしょ? それに今はあなたに守ってもらった方が安全そうじゃなぁい?」

 

 私はスコールを生きたまま連れてくるよう云われている。連中に殺させるわけにはいけない。

 だけど、やっぱり彼女の行動は解せない。とはいえ、彼女が従順なことは好都合なので、これ以上の言及はやめよう。もちろん、警戒はするけど。

 

「わかりました。あなたは私が守ります。では、行きましょう。地下の駐車場に向かいます」

「わかったわ。と、言いたいところだけど、できないわね。オータムも一緒じゃないと」

「却下です。荷物になります」

「いやダメよ。オータムを置いてはいけない。手を貸してもらえないなら、私一人でもいくわ」

「…………わかりました。彼女は、私の部屋です」

 

 ここで勝手に行動されては面倒だ。回り道になるが、仕方ない。

 

「じゃあ、行きましょう。――いえ、すこし待ってもらえるかしら?」

「まだ何かあるんですか……」

 

 注文の多さに、私はうんざりする。

 

「こんな格好じゃ、外を出歩けないわぁん」

 

 色っぽく言い、着ているガウンをパタパタ振るう。

 ちらっと見えたガウンの下には何もつけていないようで、綺麗な素肌が覗いていた。

 

「別にいいじゃないですか、どんな格好でも」

「着替えるから、見張っていてちょうだいね♡」

 

 襲撃のこともあり拒否したが、スコールは構わずガウンを脱ぎ捨てた。

 露わになるスコールの妖艶な裸体。豊満で形のよいバスト。美しい曲線を描くヒップライン。少女には出せない成熟した女性のプロポーションが、あたりに()せ返るほどの色香を匂わせる。もし床に転がる男たちが麻酔で眠っていなければ、鼻の下を伸ばして喜んでいたことだろうな。

 

「あら、私の身体に興味あるの?」

 

 思わずその美貌に見惚れていると、スコールが派手なレースショーツをはきながら見てきた。

 

「あなたなら、特別に触らせてあげてもいいわよん?」

「女の裸に興味はありません。――というか、なんですか、その格好は」

 

 ガウンから着替えた彼女は、随分と露出度の高いドレスを着ていた。フロントは胸元が大きく開き、背面は尾骶骨まで露出している。丈も短い。どうみたって、さきのガウンより過激な格好だ。

 

「そんな格好なら、さっきの姿でよかったでしょ……」

「そういわないで。さあ、行きましょう」

 

 なんとも腑に落ちないが、私はM92Fを構え直し、スコールの部屋を出た。

 オータムは私の部屋で寝ているので、まずエレベーターを経由して下の階に降りる必要がある。<赤騎士>で飛ぶ手もあったが、敵の戦力が判らない以上、回数制限のある《単一仕様能力》は使いたくなかった。なので、徒歩を選択する。

 通路に出ると、私たちはフロアのエレベーターを目指した。

 

「それにしても散々だわ。このあとオータムとクルージングを楽しむ予定だったのに」

「それはこっちのセリフです。私だって夏休みを返上して――止まってください、見張りです」

 

 到着したエレベーター付近では、男たちがエレベーター前を陣取っていた。人払いだろうか。人数は二人。鍛え上げられた躰はスーツの上からでも判る。女の細腕で二人同時に相手するのは、いい策じゃないだろう。何か注意を引けるものがあれば……。

 

(ん?)

 

 周囲を見回す私の目に、通路に止めてあったシーツ回収のカートが留まった。

 

(これは使えそうですね。――スコール、乗ってください)

(あら、どうして?)

(早く)

(仕方ないわね)

 

 急かすと、スコールはひょいっとカートに飛び乗った。そのカートをエレベーター前の男たちに向けて勢いよく転がす。カートはエレベーターの扉に衝突して止まった。その衝撃で中のスコールがぴょこんとはねる。

 

「……なんだ?」

 

 勢いよく突撃してきたシーツ回収用のカートに男たちが警戒を示した。

 そして、スコールを見つけ、お互いの顔を見合わせる。

 

「おい、こいつ、ターゲットのスコール・ミューゼルじゃないか?」

「何をしているんだ。カートに乗ってあそんでいたのか?」

「まさか」

 

 男たちも男たちで、これをどう対処していいかわからない様子だった。とてもシュールな光景だったけど、私にとってはチャンスだ。

 男たちの意識がスコールに向いているのを見計らい、すかさず発砲。男に麻酔弾を撃ち込む。

 

「う!?」

 

 男が首筋の違和感に驚くけど、すぐさま麻酔が効いて昏倒した。

 さらに素早くスライドを引き、二人目に向けて発砲する。相手もこちらの存在に気づいたが、もう遅い。一人目の男同様、首筋に麻酔針を受けた男は一秒と待たず、その場に崩れ落ちた。

 囮作戦が大成功したところで、私はカートに近づき、中でひっくり返るスコールを覗き込んだ。

 

「あなたねぇ……」

「そう怒らないでください。パンツ見えてますよ」

 

 私は手を差し伸べてカートからスコールを引っ張り出す。

 スコールは、よれよれになったドレスを直しながら言った。

 

「私を囮に使うなんていい度胸しているじゃなぁい?」

「でも、無事に切り抜けられたでしょ?――ほら、運ぶの、手伝ってください」

「はいはい」

 

 眠らせた男性二人をカートに放り込み、空き部屋に放置する。それからエレベーターに乗り、オータムがいる階のボタンを押す。わずかな安息時間を得た私は、すこし疑問に思っていたことをスコールにぶつけた。

 

「それにしても、よく私の変装を見抜けましたね。オータムは欺けたのに」

「すぐにわかったわ。だって、あなたメアリーさまにそっくりなんですもの」

「……あなたは母と会ったことが?」

「ええ。メアリーさまは、昔から父と母の研究に寄付をしてくれていてね。でも、私にとってメアリーさまは、資金提供者以上の、もっと特別な存在だった。――ミューゼルは炎の家系と呼ばれていてね、発火能力を遺伝に持つ特異な家系なの」

 

 スコールは右手の掌を前方に翳した。RPGの魔法使いが魔法を放つような、そんな動作だ。それにどんな意味があるのか解らないが、わずかに空気が熱気を帯び、肌がチリチリした。

 

「この体質のせいで、子供の頃はみんなに気味悪がられていたわ。『スコールちゃんと遊ぶと、お家が火事になる』ってね。私はこの体質を呪いだと思っていた。でも、あなたのお母さんは言ってくれたわ。この力は神様があなたに贈ったプレゼントだと。『神さまは人々が凍えないよう火を与えた。その力はきっと凍える誰かを救うための力よ、大事にしてね』と」

「母があなたにそのようなことを?」

「昔のことだけど。今でもはっきり、覚えているわ。あの人に出会わなければ、私は歪んで、ただの放火魔におちぶれていたわ。――世界は本当に惜しい人を亡くした」

 

 母の死を悼むスコールに、複雑な感情を抱いていると、エレベーターが目的地に到着した。エレベーターから降りる。部屋までの通路に見張りはいなかった。おかげで難なく部屋に入れる。

 部屋のダブルベッドでは、オータムが綺麗な寝顔で眠っていた。

 

「眠っているだけよね?」

 

 スコールが恋人の寝顔を優しい表情でみつめながら、前髪を分ける。

 

「ええ。睡眠薬で眠らせてあるだけです。命に別状はありません」

「そう。ありがとう」

 

 私は怪訝な顔をしながら、手錠の鍵を渡す。

 

「礼を云われる筋合いはありませんが?」

「いえ、あるわ。あなたはオータムを殺さなかった。あなたにとってオータムは邪魔な存在だったはず。殺してしまった方が、何かと都合がよかったでしょうに」

「ただの気まぐれです」

「いいえ、あなたが優しいからよ。やっぱりあなたはこういう事に向いていないわ」

「行きますよ」

 

 『またその話か』と思った私は無視してココからでるようにスコールを促す。

 オータムを抱えたスコールと共に部屋を出ると、何かが私の真横を凄い速さですり抜けていった。それが近くにあった高そうなツボを粉々にする。

 

 飛来してきた物体の正体は、銃弾だった。

 




バイオショック
軍備増強によるエネルギー需要の高まり、石油依存からの脱却。そういった文句から、アメリカは石油に取って代わる新たなエネルギーとしてバイオ燃料の開発に着手した。
このバイオ燃料はトウモロコシとサトウキビを材料にする。
しかし、この急激な食糧のエネルギー転化により、食用のトウモロコシやサトウキビが流通しなくなる。またアメリカがトウモロコシ農家に多額の補助金を出したため、小麦農家がトウモロコシ農家に転作する事態が相次いだ。結果、世界の食糧庫とよばれるアメリカが小麦やトウモロコシを出荷しなくなり、世界の食糧危機に拍車が掛った。
世界食糧機関は、このまま食糧のエネルギー転化や、地球温暖化による不作、人口爆発が続くと、50年後には地球規模でさえ人類の食糧を賄えなくなるという発表をしている。その際の餓死者は50億人にも上る。

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