IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
諸事情で更新が滞っていましたが、連載を再開いたします。
第53話 8月9日 午前
「ふぁ~……」
8月9日。デュノアさんたちと買い物を約束した日。レゾナンスに向かうモノレールのボックス席で、私はあくびを噛み殺し、溢れてくる涙を拭った。
眠気眼を擦りながら、うつらうつらする私を、隣のデュノアさんが心配そうに見てくる。
「アリス、もしかして寝不足?」
「ええ、実は昨日、鈴とセシリアが泊まりに来ていまして」
そして、愚痴を延々と聞かされたのだ。『一夏はどうしてああ鈍いのか』とか、『女心が全然わかっていない』とか、そんな話を深夜の1時まで延々と。おかげですっかり寝不足だった。
「おのれ、また凰鈴音か……。いつも私の邪魔ばかり。いつかとっちめてやる」
ラウラは親の仇を見るような目で、自分の掌を殴りつけた。相変わらず、鈴の名を聞くと、目くじらを立てるラウラである。デュノアさんは苦笑しながら、再び私を見た。
「セシリアってよくアリスの部屋に泊まるの?」
「ええ、わりと頻繁に」
私とセシリアは仲が良いので、遊びに来ては泊まっていく。
逆のパターンもあるので、夜を共に過ごしている時間は意外と長い。
「なんかズルいなぁ、セシリアばっかり。僕はまだ一回も泊まったことないのに……」
ラウラもラウラだけど、デュノアさんもデュノアさんでセシリアの名が出ると、妙に拗ねるんですよね。特に私がらみだと余計に。嫌いなわけじゃないのでしょうけど、何か思うところがあるらしい。
「じゃあ、今度、泊まりにきますか?」
ご機嫌とりにそう提案すると、デュノアは腿に両手を挟んでモジモジこちらを見た。
「いいの?」
「ええ。大したもてなしはできませんが」
「じゃあ、さっそく、今日、泊まりに行ってもいい?」
唐突だったけど、問題もないのでOKする。私も年頃なので、友人との夜更かしは大歓迎だ。
すると、私たちのやり取りを見ていたラウラが「んっ」と藪から棒に体をぶつけてきた。これは“私も誘え”というラウラの催促だ。誘って欲しい時や、構って欲しい時によくこういう事をする。
「よかったら、ラウラも泊まりにきませんか?」
「うむ、嫁がそういうなら、行ってやらなくもないぞ」
催促しておいて、この態度である。でも、ここで『いいです』なんて言おうものなら半日はガッカリするので、私はさもお願いするように言った。
「ぜひ来てください」
「では、行ってやろう」
「じゃあ、今日の夜は三人でパジャマパーティーだね」
ラウラが満足そうに了承し、デュノアさんが楽しそうに両手を叩く。
私は『パジャマ』という単語を聞き、あることを思い出した。
「でも、ラウラってパジャマを持っていませんよね?」
私が知る限り、ラウラは寝るとき、下着姿――質素なスポブラとショーツだ。泊まりの時は、なぜか私のYシャツを勝手に着ている。ラウラがちゃんとしたナイトウェア着ている姿を、私は見たことがない。
「ああ、持っていないな。寝袋なら持っているが」
「じゃあ、丁度いい機会だし、ラウラのパジャマもついでに買おうか。ラウラも、いいよね?」
「ふむ、必要だというなら、購入しよう」
今日の目的が決まったところで、モノレールが駅に停車した。私たちはプラットフォームを抜け、改札を通り、レゾナンス三階にある寝具売り場へ向かう。
到着した寝具売り場には、ナイトウェアを始めとした様々な寝具が数多く取り扱われていた。種類も豊富で、スウェットからガウンまで、選り取り見取りだ。
「ラウラはどんなパジャマがいいですか?」
「なんでもいいぞ――」
私とデュノアさんは顔を見合わせ、ため息をついた。
ラウラって我は強いですけど、ファッションの類には全く興味を示さないんですよね……。
「では、私たちが選んでもいいですか?」
「任せる」
ラウラの了解を受け、私とデュノアさんはラウラのパジャマ探しに取り掛かった。
各所で店内の品を物色し、それぞれが似合いそうなものをラウラへ持っていく。
「ねえ、ラウラ、これなんてどう?」
デュノアさんが持ってきたのは、夏物の白いパジャマだ。
シルクの生地がさわり心地よく、着心地もよさそうだ。シンプルなデザインもいい。
「いいですね。でも、こっちもいいですよ」
デュノアさんに遅れて私が持ってきたのは黒のネグリジェだ。
レースがちょっと大人っぽいけど、黒色はラウラの銀髪に映える。
「そっちも可愛いね。――ねえ、ラウラはどう?」
「どっちでもいいぞ」
本当にラウラはどっちでもよさそうな顔だった。
ろくに見比べもせず頷くラウラに、私とデュノアさんはそろって肩を落とす。
「ラウラ、せめて少しは考えてください。“なんでもいい”“どっちでもいい”だと選び甲斐がありません」
「そうだよ。そんなに無関心な態度だと、奥さんに愛想を尽かされちゃうよ? 手の込んだ料理を作っても何も言わない。おしゃれしても気づかない。奥さんに気苦労をかけてばかりだと、夫婦の関係はすぐ冷えちゃうんだから」
「夫婦の関係が冷えるだと? ま、まさか。私の嫁に限ってそんなこと……」
ラウラが恐る恐る私を見る。いい機会なので、私はあえて冷たく「ふん」と背を向けた。
私に(おそらく初めて)冷たくされたラウラは、今までになく動揺した。
「よよよよ、嫁?」
さらに、私の冷たい態度にあたふためくラウラに、デュノアさんが悪魔の如く囁いた。
「ラウラはダメ夫♥」
ずきゅ~んとラウラの胸に『ダメ夫』の言葉が矢のように突き刺さる。
悪魔シャルロットの一言に心折られたラウラは、脱力して床に両膝をついた。
「わ、私はダメな夫なのか……。確かに甘えていたばかりで、嫁に何もしてやれていない気が……」
両手両足をつくラウラに、私とデュノアさんは顔を見合わせた。ま、こんなもんでしょう。
私は『ダメ夫、甲斐性なし、社会のくず』と悪い方向に転がるラウラの肩を叩いた。
「これからは、ちゃんと意見してくれますか?」
「わ、わかった! “どっちでもいい”、“なんでもいい”は言わない! ちゃんと意見しよう! だから私を捨てないでくれ。お願いだ。私にはお前しかいないのだ。私はお前なしじゃ生きていけない!」
「あら、そうですか? もう、ラウラは仕方ない娘ですね~。じゃあ、ずっと一緒にいてあげます」
腰にしがみついてくるラウラに『ラウラには私がついていないとダメ』という保護欲が湧く。
デュノアさんは『これが共依存か』とかなんとか言っていますけど、あーあー聞こえない。
「じゃあ、まず欲しい色とかありますか?」
ラウラは細い指を綺麗な顎にあてて真剣に考えた。
「そうだな、色は黒がいいだろうか。形は……あ、あんな感じがいい」
やや恥ずかしそうに指差したのは、ネコを模った着ぐるみのパジャマだ。
「どうだろうか? へ、へんか?」
「いいえ。いいと思いますよ」
ラウラって小柄だから、ああいった小動物の着ぐるみとか似合いそうだし。
しかし盲点だった。着ぐるみがいいだなんて。はやり、本人に訊いてみて正解でしたね。
「そ、そうか。なら、嫁も同じものを買わないか?」
ラウラは頬を赤めながら、でも握り拳を作って私にペアルックを要望する。
私もそういう着ぐるみは嫌いじゃないから、快く了承した。
「じゃあ、おそろいのを買いましょうか」
色は白と黒があったので、ラウラが黒、私が白を選択する。
その様子を見ていたデュノアさんがうらやましそうに言った。
「あ~いいなぁ。ねえ、僕も一緒の買っちゃだめ?」
「ええ、いいですよ」
(む、私は嫁と二人だけのペアルックが良かったのに……)
「ホントに? ありがと!」
デュノアさんは私と同じ白色のネコパジャマを手に取った。そのパジャマを自分に宛がい、くるりと一回転する。「えへへ、おそろいのコーデかぁ」と見せた表情はとても嬉しそうだ。
(デュノアさんもお揃いでいいですよね?)
(ああ、特別シャルロットは許してやるか)
こうして私たちはお揃いのパジャマを持って、レジへと向かった。
♡ ♣ ♤ ♦
ラウラのパジャマを買い終えたあと、私たちは店内のオープンカフェで昼食を取っていた。
店名は『アフェットゥオーソ』。言いにくいけど、落ち着きのある大人な雰囲気のお店だ。
「ふふ(はやくこれを着て、嫁に甘えたいものだ……)」
ネコのパジャマを買ってからというもの、ラウラはずっと大事そうにそれを抱えていた。
何でしょうか。熱にうなされたような顔をしていますけど。
「ラウラ、どうしたんですか? 顔が赤いですよ」
「む! い、いや、大丈夫だ!」
ラウラはハっと我に返った顔で、オレンジジュースを一気飲みした。
「――そ、それより、昼からどうするのだ?」
目的の品は買い終えたけど、このまま帰宅というのも味気ない。
せっかく、こうして三人外出したのだから、どこか寄り道して帰るのも悪くないだろう。
「雑貨屋めぐりはどうかな?」
「そうですね、丁度、部屋に置く小物とかが欲しかったところですし」
「では、そうするか」
午後の予定が決まったところで、食後のデザートが運ばれてきた。
美味しそうなミカンのジェラートにスプーンを入れた時――
「はぁ……。よりによって、こんな大事な時に……ホントにどうすればいいのよ……はぁ~」
後ろの席から深い溜息が聞こえてきた。それはもうマリアナ海溝もかくやという深さだ。事情は分からないが、困っている様子が席越しに伝わってくる。
声からして女性のようだけど、一体どうしたのでしょうか。声をかけてみようか。
(お人よしもいいが、深入りはするなよ)
流石、私の旦那さま。私のことをよく知っている。
ラウラのお許しが出たので、私は席越しから困っている女性に声を掛けた。
「あの、どうしましたか? 先程から深い溜息をついているようですが」
「え?」
振り向いた女性は二十代半ばで、薄いサングラスを掛けていた。服装はタイトなビジネススーツ。一見して芸能マネージャーのようにも見える。そのマネージャー風の女性は、私たちの顔を見るなり、『おっ!』という表情をした。さらに後ろのラウラを見て、『おおっ!』という顔をする。
「ねえ、あなたたち、ちょっといいかしら」
「え、ええ」
答えるなり、彼女は注文していたアイスコーヒーを持って私たちの席にやってきた。
そして懐から名刺を取り出す。表には『@クルーズ店長――如月あかね』と書かれていた。
「ねえ、よかったら私の店でバイトしてみない?」
女性――如月あかねさんは、私たちの目の前でパチンと拝むように手を合わせた。
私たちは目を点にする。アルバイトですって?
♡ ♣ ♤ ♦
話をかいつまんで説明しよう。
如月さんが経営している喫茶店『@クルーズ』ではいま人手不足――特にウェイトレスが足りていなくて困っているそうだ。なんでも従業員が急病で来られなくなったらしく、かてて加えて、本社から視察の人間がやってくるらしい。そこで私たちにお店の手伝いをしてほしいということだった。
余程、困窮しているようだったので、(如月さんがレゾナンスに来ていたのは臨時社員をスカウトするためだという)、私たちは手伝う事を了承したのだが、
(まさか、こんな格好をするはめになるなんて……)
『@クルーズ』の更衣室にある姿見を見てぼやく。
鏡には、紺色ワンピースにフリフリの純白エプロンドレスを身につけた私が映っていた。頭にはカチューシャ。その姿はどこからみても『お帰りなさいませ、ご主人様』のメイドだった。
「まさか@クルーズがそういうお店だったとは……」
そう。@クルーズはウェイトレスがメイド姿で給仕する、いわゆるメイド喫茶だったのだ。
私がスカートの端を持ち上げ、自分のメイド姿を怪訝そうに見ていたら、背後からデュノアさんが抱きついてきた。
「えへへ、アリスのメイド姿、可愛いね♡」
「そうですか?」
「うん(なんだか、いじめたくなっちゃう♥)」
一瞬、デュノアさんの瞳が妖しく光り、背筋が寒くなった。
たまにデュノアさんって怖いときがあるんですよね……。Sっ気があるんでしょうか?
「えっと、お、お嬢様? お、御戯れは……」
なんだか怖くなった私は、やんわりデュノアさんに離れてもらおうとする。なにより、いまのデュノアさんは執事姿だったから。この光景は、見ようによってはメイドと執事が乳繰り合っているように見えなくもない。目撃されたら大変な事に――
「ジー………………」※SEは火曜サスペンス劇場OP。
と言っているそばから、一人のメイドがこっそりとこちらを覗いているのが見えた。
リアル“家政婦は見た”だ。――なんて思っている場合じゃない。
「ラウラ! これは誤解ですからね! 私とデュノアさんは何もしてませんからね!」
「うんうん、僕が足を滑らせちゃっただけなんだよ!」
この状況を誤解されないよう、私たちは必死になって弁解した。
というもの、銀髪を一本だけ咥えるラウラがどこか鬼女めいていて怖かったのだ。
「本当か?」
むす~と頬を膨らますラウラに、デュノアさんが何度も頷く。
「私の言葉が信じられませんか」
「む~、嫁がそういうなら信じよう。だが、浮気だったら許さんぞ」
ラウラは私を信用し、ムスっとした表情をいつものむっつり顔に戻した。ただし、逆にデュノアさんは『妻を束縛したがるダメ夫』となんだか皮肉っぽいことを言っていたが、ラウラは気にせず、
「ところで、シャルロット、その姿はもしや執事というやつか?」
「実は店長さんがね、絶対こっちの方が似合うからって……」
デュノアさんがどよ~んと暗い影を落とす。ある意味で男装はデュノアさんの黒歴史ですからね。
でも、本人の心境に反し、彼女の執事姿はとてもカッコよかった。なんでもそつなく熟しそうなイケメン執事という感じだ。“実は女の子”というのもいいエッセンスになっている。
「でも、執事だって、よくわかりましたね」
知識が軍事に偏っているラウラが執事を知っているなんて意外だった。
「クラリッサの元旦那が執事だったからな」
「えっ!?」
驚愕の事実が明るみになり、私は声を上げた。
クラリッサさんの元旦那が執事という事実にも驚いたけど、バツイチだったのですか……。
「うむ、キャスティングボイスとグラフィックのマッチが結婚の決め手だったそうだが、続編で声優が変更になったから別れたらしい。愛が一気に醒めてしまったそうだ」
「
だと思いました。クラリッサさんはコアな乙女ゲーユーザーでしたもんね……。
特殊部隊の副官がそんなんでいいのか、なんて心配をしていると、如月さんが入ってきた。
「みんな、着替えたわね。――うん、うん、私が見込んだ通りみんな可愛いわ。じゃあ、あなたたちにはさっそくフロントに入って貰おうかしら」
「わかりました」
「はい」
「うむ」
さて、生まれて初めてのアルバイトだ。がんばろう。
♡ ♣ ♤ ♦
「アリスさん、4番テーブルに紅茶とショートケーキをお願い」
「はい、わかりました」
時刻は午後を過ぎたにも関わらず、お店は賑わいを見せていた。あちらこちらで注文の声があがり、その度に私は、右に走り、左に走り、店内を忙しなく駆け回っていた。
客層はまばらで男性だけではなく、女性も多い(デザートが美味しいからだろう)。中には親子連れもいて、元気な子供たちがフロアを縦横無尽にはしゃぎ回っている。――と言っているそばから、駆けてきた子供に足元を掬わる。その拍子に注文のケーキが宙を舞った。
「おっとっと」
崩れたバランスを整えつつ、宙に舞ったケーキとカップを空中でキャッチする。
その様子を見ていた子供が『おぉー!』と驚きを露わにした。
「お姉さん、すごーい!」
「ふふ♡」
私が得意げなウィンクを送ると、少年の母親らしき女性が慌てて走ってきた。
「あぁ~、すいません、うちの子がご迷惑を」
「いえ、私なら大丈夫です。ですが、ぶつかると危ないので、店内では走り回らないでくださいね」
「はい、すみません。――ほら、タカトも“ごめんなさい”って言いなさい」
「ごめんなさい。メイドのお姉さん」
お母さんに怒られながら頭を下げる少年――タカト君。
私はタカト君と目線を合わせるように膝を折り、彼の頭を撫でてやった。
「よく言えました。――では、私は仕事に戻りますので」
そう言って立ち上がる。視界の外れで男性客が手を挙げていた。
「ねえ、そこの赤い髪のメイドさん、注文いい?」
「はい、ただいま」
手持ちの紅茶とケーキを4番テーブルに素早く置き、帰りに6番テーブルへ向かう。
「お待たせいたしました、ご主人様。ご注文はいかがいたしましょう?」
私は長いスカートの端を持ち上げてお辞儀した。
「えっと、コーヒー2つ、ひとつはエスプレッソで」
「俺はカプチーノ」
「えっと、コーヒー二つ、エスプレッソとカプチーノですね」
「あ、それとさ、できれば、あの子に持ってきてもらってもいいかな?」
「俺は、あっちの銀髪の子で」
言って、二人が指差したのはデュノアさんとラウラだ。
この店では、指定したメイドに注文の品を持ってこさせ、給仕させることができる。そして、デュノアさんとラウラは、数いるメイドの中でも指名数一位二位を争う人気者だった。そりゃね――
『お嬢様、お砂糖とミルクはいかがいたしましょう。よろしければ、お入れいたしましょうか?』
『はい、お願いいたします♡』
『かしこまりました、お嬢様。では、失礼いたしますね』
と、美形の執事にやさしく給仕された女性客は見事に骨抜きにされていた。また、男装の執事というコンセプトが受けたらしく、店内から『男の娘萌え』とか『女執事サイコー』という声が上がっている。
一方、ラウラの方はというと――
『ほら、注文の品をもってきてやったぞ』
『えっと、その……』
『何、ミルクを入れてほしい、だと? まったく面倒のかかる奴だ……』
『へへ、すみません』
『まったく。――ほら、飲め。冷めると不味くなるぞ』
と、やや面倒臭そうに給仕しているが“逆にそれがイイ”と好評を得ていた。
また眼帯をした軍人メイドという容姿がオタク受けして男性の支持は鰻登りだ。ラウラの給仕を受けた男性はみな『教官』だの、『大佐殿』だのと言って興奮している。
そして、私だけど――――まあ、そのゼロです。
指名ゼロ。接客担当のメイドは全員で6人弱いるけど、私は断トツのビリだった。
どうやら金髪の男装執事や銀髪の軍人メイドに比べて、赤毛のメイドは需要がないらしい。
「かしこまりました」
スカートの端を摘まんで一礼し、席を離れる。
厨房に戻ると、キッチンメイドに注文の品を告げた。
「6番テーブルにコーヒー二つ。エスプレッソとカプチーノ。給仕にデュノアさんとラウラを指名です」
「は~い、わかりました~」
ホールの返事を確認し、再び接客に戻ろうとする。
その時、ホールを担当しているキッチンメイドさんが私を呼び止めた。
「待って、アリスさん。あなたに給仕の指名が入っているわよ」
「私ですか? デュノアさんやラウラじゃなく?」
「ええ、そうよ。――はい、これを9番テーブルのお客様に」
「わかりました」
私はコーヒーとパフェを@と刻まれたトレーに乗せ、9番テーブルに向かった。
さて、私を指名してくださったご主人様はどんな人なのでしょうか。
「あら、タカトくん?」
9番テーブルへ向かうと、先ほど私とぶつかった少年が待っていた。
「さきほどはどうも。実はこの子があなたに食べさせて欲しいというものですから」
「えへへ」
「ご迷惑ではありませんでしたか?」
「いえ、むしろ指名していただいて、ありがとうございます」
遠慮がちなお母さんの応対をしながら、注文の品をテーブルに置く。
それから『では、失礼して』と断りを入れ、タカトくんの隣に座った。
「はい、では、ご主人様、あ~ん」
「あ~ん」
大きく開けたタカト君の口にチョコレートパフェを運ぶ。
それを彼は幸せそうにぱくっと頬張った。
「美味しいですか?」
「うん!」
ふふ、可愛いですね。千冬さんが一夏を可愛がるのもわかる気がします。
「ところで、タカトくんはISが好きなのですか?」
私は席の隅に積まれた箱の山――ISのプラモデルを見た。
「うん! 大好きだよ!」
「実は今日もいくつも同じようなISのプラモデルを買わされて。家にも同じようなのがたくさんあるんですよ」
と、苦笑するお母さんにタカト君がチョコのついた口で反論した。
「同じじゃないよ! 今日買ったのは<撃鉄>をインストールした砲撃型の<打鉄>なの! 家にある通常型の<打鉄>とは違うの! それに<打鉄>と<ラファール・リヴァイヴ>は全然ちがうからね!」
『これだから素人は』とでも言いたげな口調のタカト君に、お母さんは困り顔だった。
「お母さんには違いがわからないわ」
「わかるよ! お姉さんはわかるよね?」
「ええ、わかりますとも。<撃鉄>をインストールした<打鉄>には120mmL44滑腔砲と高性能レドームが装備されていますからね。それに輝夜重工製の<打鉄>は日本のISで、デュノア社製の<ラファール・リヴァイヴ>はフランスのISですし、全然ちがいますよね」
「あら、メイドさんは随分とISにお詳しいんですね。もしかして――」
「ええ、実は」
「――オタクなんですか?」
私は椅子からズルッとすべった。私ってそんなにオタクっぽくみえるのでしょうか……?
実際ISオタクだけど、女ですし、そこはIS操縦者として見てもらいたかった。
「いえ、こう見えてIS学園の生徒なので」
正体を明かすと、お母さんが『まあ!』と口に手をあてて驚いた。
タカト君にいたっては瞳をキラキラ輝かせて尊敬のまなざしだ。
「お姉さん、IS学園の人なの!?」
「どおりでISに詳しいはずですね」
「いえ、それほどでも。タカトくんのほうこそISに詳しいのですね」
「うん! 将来はISの操縦者になるのが夢なんだ。んでね、ISでね、宇宙旅行するんだ!」
「もう、タカトったら……」
意気揚々と夢を語るタカトくんにお母さんは苦笑した。ISは女性しか動かせない。そのことを知っているからだろう。母親として息子の夢を否定するのは辛いものがあるに違いない。それでもお母さんは言った。
「いい、タカト? ISは女の子しか動かせないのよ?」
「でも、織斑一夏って人は男の人なのにISに乗ってるよ?」
「彼は特別なのよ。タカトは特別じゃないから――」
「大丈夫ですよ」
その先はなんとなく続けてほしくなったので、私は声を出して遮った。
「タカトくんが大人になる頃には、男の人もISに乗れるようになっていますよ」
「ホントに!」
「ええ、IS学園でISの勉強をしている私が言うのです。間違いありません」
無責任な言葉なのは解っている。そう言ったところで、実現している保障などどこにもない。
けれど、楽しそうに語る彼の夢を、私は否定できなかった。
なぜなら私たちが戦っているのは、彼らのそんな夢を守るためだから。
破滅的な兵器を突き付け合い、差別が蔓延る世界では、子供は夢も見られない。
「ほら、メイドのお姉さんもこう言っているよ」
「そうね。じゃあ、タカトがISの操縦者になったら、お母さんを宇宙旅行に連れて行ってね」
「うん!」
母の微笑みに子が笑顔で答える。とても暖かい光景に心がほっこりした。
きっと、これは命を懸けて守る価値のあるものだと思う。
そう私が決意を改めた時である。右側の耳に装備していたインカムが鳴った。相手は如月店長だ。
『アリスさん、いつまで話しているの。はやく接客に戻って』
「あ、すいません。いま戻ります」
彼に感けすぎましたね。早々に持ち場へ戻らないと。
「では、私は仕事に戻ります。ご主人様さまはごゆっくり」
「え、メイドのお姉さん、もう行っちゃうの……?」
持ち場に戻ろうとする私のスカートを、かわいいご主人様が引っ張った。
「こら、タカト。お姉さんを困らしちゃだめよ」
「でもぉ……」
お母さんが宥めるが、タカトくんは納得できない様子だ。
幼気な瞳は『もっとメイドのお姉さんとお話したい』という気持ちを訴えている。
「では、私の代わりに、これを置いていきます」
私は腰のポーチに入れておいた赤いナイフを鞘付きで取り出した。
「<レッドクイーン>、しばらくタカト君の相手をしてあげてください」
《Yes My honey――では、Mrタカトとその母上。これからはハニーに代わって私が接客する》
待機状態の<赤騎士>をテーブルに置くと、鞘部分のホログラムレンズからスーパーロングの美女の姿(なぜかメイド服)が映し出された。二人は目をまんまるにした。特にタカトくんの反応はすごく、目が爛々と光り輝いている。うん、期待を裏切らない反応だ。
「すごーい、お母さん、妖精さんみたいだよ」
「ほんと、可愛いわね」
「給仕はできませんが、ISの話し相手にはなりますから」
「うん! ――じゃあ、えっと、<レッドクイーン>さん?」
《No Mr Takato――私のことは<レッドクイーン>でいい》
<レッドクイーン>とタカトくんがIS談義を始めたのを見計らい、私は踵を返した。
それと同時に、カランカランと店内のドアが鳴る。新たなお客がきたようだ
「お帰りなさいませ、ご主人様」
私が業務的に、でも愛想よく腰を折ると――――店内に銃声がこだました。
「動くな! 妙な真似したら撃ち殺すからな!」
発砲と共に店内に入ってきたのは、目出し帽をかぶった男が三人。手には自動拳銃。
まさかの、まさかのである。まさかの強盗が私たちの前にやってきた。