IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第4話 英雄の武器

 二日目の授業が終わった放課後。私と一夏は学園の物資搬入用ドックにやってきた。

 目的は今日搬入される一夏の専用機<白式>を受け取るためだ。

 現在、この場所には受取人の一夏と、確認のための織斑先生と山田先生、そして、私と篠ノ之さんがいる。それと一夏と篠ノ之さんは気付いていないかもしれないが、眼鏡をかけた大人しそうな子が隅からこちらの様子を窺っていた。はて、誰でしょう。

 

「俺のISか。なんだか、ワクワクするな」

「その気持ち、わかりますよ」

 

 一夏の場合は特例だけど、専用機の受領はIS操縦者にとって目標のひとつだ。自分の専用機があると操縦者としての株も上がる。私も自分の専用機<赤騎士>を受け取った時は興奮したものだ。

 そうこうしていると、搬入ドックに大型トラックがやってきた。

 

「うむ、諸君、出迎えご苦労だ」

 

 助手席から現れた女性は、白衣にスクール水着(正確にはIS用のスーツだが)というなんとも痛々しい姿をしていた。胸の刺繍に『ヒカルノ』とあるので、それがおそらく名前なのだろうけど。

 

「ヒカルノ、無理を言ってすまないな」

「んにゃ、かまわんよ。他ならぬ千冬の頼みだからね」

「痛み入る」

 

 千冬さんを名前で呼んでいるところをみると、それなりに親しい仲のようだ。

 歳も近いように見えるけど、どういう関係なのだろう。

 

「えっと、織斑先生は彼女とお知り合いで?」

「ああ、紹介しよう。彼女は倉持技研のIS開発を担当しているメカニカルチーフ、篝火ヒカルノ。私の高校時代の同級生だ」

「どうも、紹介に預かった篝火ヒカルノさね。現在独身、彼氏募集中だッ」

 

 いうなり、篝火さんはぐっと親指を立て、ニカっと犬歯をのぞかせた。スクール水着に白衣という姿もあり、かなり珍妙な光景だ。彼氏がいないのもなんだか頷けてしまう。

 

「で、君が巷で騒がれている、ISを動かした千冬の弟くんかい?」

「え、あ、はい、そうです」

 

 篝火さんはぬぅ~っと一夏の顔を覗き込んだ。

 

「うん、こうしてみるとイイ男だね。どうだい? 今夜お姉さんとイイことしない?」

 

 刹那、バシンッとただならない音が篝火さんの頭上で響いた。

 その場にのた打ち回る篝火さんを、千冬さんが凄い剣幕で睨み下す。

 

「はは、冗談じゃないの。ホント、千冬は昔から冗談と物理攻撃が通じないんだから」

「物理攻撃は余計だ。わかったら、さっさと<白式>をよこせ」

「わかった。わかったから、その怖い顔やめて」

 

 出席簿の角を研磨する織斑先生に、篝火さんは恐々の様子で下されたコンテナに手を翳す。

 それによって指紋認証と思わしき認証が行われ、ついにコンテナのハッチが開いた。

 圧縮空気が抜け、あたりに煙が立ち込める。

 晴れた視界の先に“白”がいた。

 新雪のような白。ウェディングドレスのような白。美しいまでの白い機体がそこにあった。

 ISは従来のパワードスーツと一線を画した形状を持つ。また、その性能ゆえ神聖視されることも珍しくない。ISの一号機<白騎士>がまさにその証左だ。目の前に現れた<白式>は、まさにそんな美術品(白騎士)を彷彿とさせる機体だった。中世の甲冑を彷彿させるフォルムと、女性的な曲線美を持つその機体は、観賞用としても耐えうる美しさを讃えている。

 

「織斑、これがおまえの専用機<白式>だ」

 

 一夏は導かれるように白式の前に立った。

 そして、どうでもいいけど、さっきから鼻がムズムズする。へ、へ、へ……

 

「<白式>、これが俺の専用」「へぷちッ」「機――っておい、アリス! いい雰囲気だったのに、くしゃみとかするなよ! なんか、いろいろと台無しになったじゃないか!」

「すみません。圧縮空気で舞いあがったダストの所為で鼻がムズムズしていて……」

「くそっ、納得いかねえ、やりなおさせてくれ!」

 

 え? もしかしてこのシーンをやり直すのですか。それはさすがに面倒というか、手間というか……。仮にやり直しても最初ほどの感動は得られないと思いますけど。

 

「織斑、残念だが、やり直しはなしだ。面倒くさい」

「私も千冬に賛成かにゃー。コンテナに戻すの大変だし」

「一夏、あきらめろ」

 

 どうやら、みんな同じ意見らしくTAKE2はなさそうだった。

 

「そ、そんな……。主人公と主役機が邂逅する大事な場面だったのに……」

 

 がっくしと項垂れ、両手両膝をつく一夏。メタいですね。

 そんな一夏を、陰からずっと見ていた眼鏡の女の子は、なぜかクスクスと笑っていた。本当に誰なんでしょう、あの水色髪の女の子。

 

「ともかく、<白式>はしかと受け取った」

 

 まだいじける一夏を余所に、織斑先生が篝火さんの出した書類にサインする。

 そのあと<白式>は山田先生の手でアリーナに運ばれた。<白式>を使って訓練を行うためだ。

 

「ところで、武装の方は?」

 

 <白式>が運ばれていく傍らで、私は懸念していた事案を口にした。

 

「いや、まだ完成していないそうだ。急かしてはいるんだが、なかなかな」

「依頼した相手が相手だしねぇ~」

 

 織斑先生と篝火さんは二人揃って渋い顔をする。

 二人にそんな顔をさせるなんて、一体どこに開発を依頼したのだろうか。

 

「ともかく、試合には間に合わせる。最悪、私が押しかけてでも完成させるから安心しろ」

「お願いします」

 

 弟の晴れ舞台でもあるのだし、お姉さんにはがんばってもらおう。

 

「それと武器の仕様書だけ届いたので、おまえに渡しておく」

「わたしに?」

「あいつはISに触れて日が浅い。より専門的な知識を必要とされるこの仕様内容をあいつが理解できるか危うい。となれば、この武器の有用性とリスクにも気づけないだろう。それではこの書類も――《雪片弐型》も宝の持ち腐れだ」

「私ならこの武装のリスクを加味し、有効な運用ができると?」

「ああ」

 

 買い被りすぎだ。私は入試テストで手を抜いた。IS適正だって【C+】だ。普通に考慮すれば、織斑先生の評価は過大評価だといえる。けれど、織斑先生は確信めいた口調で言った。

 

「自分の弟を自讃するわけじゃないが、あいつは良くも悪くも“可能性”の固まりだ。クラスには一夏を否定的にみる者も多いが、物事の本質を見抜ける人間は一夏に何かを見出している」

「私がそうだと?」

 

 千冬さんは小さく頷いた。

 

「でなければ、オルコットたちを敵に回して、一夏の味方についてなどいないだろう。あいつに手を貸したのは、一夏にリスク以上の価値を見出したからではないのか?」

 

 彼女の指摘は正鵠を射ていた。

 私の思惑をそこまで見抜いていた織斑先生に、驚きつつも、怖くなる。恐ろしい観察眼だ。

 

「おまえは年齢不相応な達観した考え方を持っているようだな。それをどこで養ったかは知らんが、おまえならこの《雪片弐型》の可能性も見極められるのではないかと思っている」

「まあ、やれるだけのことはやってみます」

 

 正直ここまで期待されると重圧だけど、期待に副えるよう頑張らせてもらおう。

 私は武装の仕様書を受け取り、速読に近い速度で目を通した。そして驚愕する。

 

「これほんとうですか?」

「ああ、それが《雪片弐型》の能力だ」

 

 もし仕様書の内容が本当なら、オルコットさんが相手でも勝機が見えてくる。だが注意深く読み解くと、一夏の敗北も強くイメージできた。《雪片弐型》とはそんな武器だ。

 

「はやくも、そいつのリスクと有用性を見出したようだな」

 

 織斑先生の満足そうな顔に、私は頷いた。

 

「立場上、私はアイツを贔屓にできない。私に代わって弟を頼む」

「はい、頼まれました」

 

 

      ♡         ♣         ♤         ♦

 

 

 <白式>の受け取りが終わったあと、私と一夏はさっそくISのアリーナにやってきた。

 オルコットさんと戦うには、とにもかくにもISに慣れることだ。

 オルコットさんはおそらく100時間以上ISに乗っている。対する一夏はトータルで2時間だと言っていた。この絶望的な差を埋めるには、一に訓練、二に訓練、三四がなくて、五に訓練だ。

 

「へえ、ここがISのアリーナか」

 

 中世ヨーロッパのコロッセォを思わせるISアリーナを見渡しながら、一夏が言う。

 ISアリーナとは言葉通りだ。ISが試合・模擬戦を行う競技場。それがISアリーナ。大きさは陸上競技場と同じぐらい。試合時には特殊なシールドが展開され、観客に危害が及ばないよう工夫されている。IS学園にはそれが計7つ存在している。

 

「では、さっそくISの特訓を始めましょうか」

「いいのか? 知識の無いままいきなり実機の訓練なんて」

 

 と、言ったのは篠ノ之さんだ。

 ISは強力な武器にも成り得る。それを生半可な知識で扱えば事故に繋がりかねない。そうならないためにも、まず操縦者がISについて理解しておく必要がある。――とは織斑先生の弁だが、残り6日で彼を代表候補生と対等に戦わせるには、とにかく時間が足りない。

 

「理論や理屈も大事ですが、それを丁寧に教えていては、時間が足りません。一夏には酷だと思いますが、“習うより慣れろ”の精神でやってもらいます。いいですね、一夏」

「おう、もともとそのつもりだ。俺は頭より身体を使う方が得意なんだ」

「よろしい。――では、訓練を始めましょう」

 

 私は<白式>を撫でた。それを合図に一夏が<白式>をよじ登り、身を預ける。

 同時にセンサーがそれを検知して、内部機構が彼にフィットした。

 

「乗り込めたようですね。次はイニシャライズです」

「イニシャラズってなんだ?」

「パーソナライズしてフィッティングすることです」

「ぱーそならいず……? ふぃってぃんぐ……?」

 

 ぼんっと一夏の頭がショートした。

 う~ん、今日授業で習ったことなんだけどなぁ……。

 

「では、篠ノ之さん、説明してあげてください」

「ぱーそならいず……? ふぃってぃんぐ……?」

 

 ぼんと篠ノ之さんの頭がショートした。あ、あなたもですか……。

 仕方ないので、私はふたりに初期設定について説明を行った。

 

「簡潔に説明しますね。まずパーソナライズとは、操縦者の情報をISに認識させることをいいます。そしてパーソナライズで得た情報を基にISを最適化することがフィッティングです。この二つを行うことで、ISを自分の身体みたいに扱えるのです」

 

 ISを構成する骨格やアクチュエーター、その制御システムは人の構造を模している。そこで操縦者のフィジカルデータをスキャンし、IS側に渡してやることで、より自分あったシステムを構築できるわけだ。

 

「ああ、そういえば入学試験の時にやったな、そんなこと」

「なら話は早いです。まずコンソールを開いて、初期設定を選択してください。そこにイニシャライズの項目があると思うので、それを選択すれば、開始されます」

「おう。これだな」

<メッセージ:<白式>のイニシャライズを開始しますか? YES/NO >

 

 一夏がYESを選択すると、周囲に多数の投影型ウィンドウが現れた。

 その中を無数のデータが走っていく。あとはISが自動で最適化してくれるのを待つだけだ。

 

「これってどれくらいかかるんだ」

「機種にもよりますが、数分でしょう」

「そうか。ところでアリスはISの稼働時間どれくらいなんだ?」

「う~ん、30時間ぐらいでしょうか」

 

 実際は1800時間ぐらいになると思うけど、正直には答えない。

 私は密偵としてこの学園に潜入しているので、周囲を欺くためプロフィールを改ざんしてある。

 

「へえ、手慣れているからもっと長いのかと思ったぜ」

「でも、教えるのは得意ですから安心してください」

「おう、頼りにしてるぜ、アリス」

 

 そういって一夏は信頼を寄せるように、拳を突き出した。私は『任せてください』とその拳に自分の拳を軽くぶつける。交わした拳に連帯感が生まれたような気がした。

 

(悪くないですね、こういの)

 

 同年代の男の子とこういうことをするのは、生まれて初めてのことだった。

 新鮮な経験ができて、なんだかちょっと嬉しい気持ちになる。が――

 

(…………)じー

 

 背後のちくちくとした視線が私の背中をムズ痒くした。

 

「いえ、その、違いますよ?」

 

 ちょっと浮かれていた自分を隠すように、交わした拳を背中に隠す。

 いえ、なにもやましいことはしていないんですけどね。

 

「私は何も言ってないぞ?」

 

 そうなんですけど、怪しむような目は私に何かを訴えていて……。

 私に特別な感情はないけれど、篠ノ之さんに怪しまれていると、なんだかとても気まずい。

 

(速くフィッティング終わらないかな……。)

 

 片時も視線を外さない篠ノ之さんに、私は先から嫌な汗をかきっぱなしだ。

 あとで体育館の裏とか、屋上とかに呼ばれないですよね? 少女マンガみたいに。

 

「お、アリス、フィッティングが終わったみたいだぞ」

「あ、わかりました」

 

 彼の報告を聞くなり、私は<白式>に飛びついた。

 

「では、次の作業です。ISを起動し終えたら、まず動力の切り替えを行います。今ISはAPU――すなわち補助動力で動いています。これでは本来の力を発揮できないので、動力源をAPUからジェネレーターに切り替える必要があります」

「メイン動力をジェネレーターってのに切り替えるんだな。OK」

 

 一夏は覚束ない手付きながらも、コンソールを呼び出す。

 それから<PowerUnit>という項目を選び、主動力をAPUからジェネレーターに切り替えた。

 

「ん? アリス、ジェネレーターの項目にいろいろ設定があるんだが」

「GPL――ジェネレーターの出力設定ですね。それは水道の蛇口だと思ってください。捻ればたくさんの水が出る。閉じれば水は出ない。用途と状況に応じて調整します。今は戦闘をするわけじゃないので、巡航モードに設定しておいてください」

「了解、巡航(クルーズ)モードだな」

 

 一夏はコンソールを開き、出力レベルを待機モードから巡航モードに変更する。

 するとAPUとは比べものにならない電力が供給され、<白式>にパワーが漲った。

 

「できたみたいですね。では、まず歩行して感触を確かめてみましょう」

「うっし」

 

 一夏はISを装着した状態で歩行を開始した。そして徐々に歩く速度を上げていき、歩行から走行に移行していく。<白式>は問題なく彼のモノになっているようだった。

 

「おお、すげーな。全然、違和感がないぜ、まるで自分の身体みたいだ」

「フィッティングが正常に完了した証拠ですね。では、今度はついに飛行テストです。おそらくこれがISの基本操縦の中で一番の難所です」

「よしきた。で、どうすればいいんだ?」

「ここを使います」

 

 一夏の質問に、私は自分のこめかみを突っ突いた。

 

「え、頭?」

「ええそうです。あなたの頭部に装着されているヘッドギアは<イメージ・インターフェース>と呼ばれる装置です。それは操縦者の脳波パターンを読み取り、ISに伝えることができます」

 

 意外と呑み込みの速い一夏は理解したように頷いた。

 

「つまり空を飛ぶイメージを想い浮かべたらいいんだな?」

「その通りです」

 

 さらに、この<イメージ・インターフェース>を用いれば、武装の展開や各部装置もこれで操作できる。熟練したIS操縦者はこの<イメージ・インターフェース>を介してISを操縦する。

 

「まず心を穏やかにしてください。そうですね、最初はイメージし易いよう目を瞑るのがいいかと思います。自分の前方に角錐を展開するイメージを思い浮かべてください」

「難しいな……。やってみる」

 

 難色を示しながらも、一夏は目を瞑った。

 私と篠ノ之さんも、彼のイメージを妨げないよう口を噤む。

 しばらくして、<白式>の推進器がボッボッと火を噴き始めた。

 徐々に浮き上がる<白式>。やがて完全に火が入ったスラスターは彼を遥か上空へと打ち上げた。

 

「きゃっ!」「うわっ!」

 

 その衝撃でめくれ上がるスカートを咄嗟に押さえたが、たぶん丸見えだっただろう。というのも、私は篠ノ之さんの白いショーツをばっちり目撃したから。たぶん、私もハートの柄物をさらけ出していたに違いない。

 でも、一夏に見られたという心配はなさそうだった。彼はとっくに遥か上空まで上昇していた。

 

『うおぉ、このッ』

 

 悪戦苦闘しながら機体を制御する彼は、左右によろよろと安定しない飛行を続ける。

 けれど、それも最初だけで、5分すれば安定した慣熟飛行を行えるまでに至っていた。

 

「さすが、ブリュンヒルデの弟」

 

 という褒め方はよくないかもしれないが、彼の才覚は目を見張るものがあった。

 本来、一日は必要とする飛行イメージを五分たらずでモノにしてしまうとは、幸先がいい。

 しかも遊覧飛行を楽しむ余裕まであるらしく、彼はとても楽しげだった。

 

『ははははッ、アリス、これ楽しいな』

 

 そんな一夏に、苦笑をもらしたのは篠ノ之さんだ。

 

「まったくいい歳をして、あのはしゃぎようはないだろう」

「いいじゃないですか、楽しそうで」

 

 男はいつまでたっても子供だというし。私はそういう人、嫌いじゃないです。

 

「童心、忘れべからず、か。――――ん?」

 

 篠ノ之さんがそう言った時、子供のようにはしゃぐ一夏がおかしな飛行を見せた。

 まるで木枯らしに舞う枯葉のような挙動は、飛行制御を誤った時に起きる蛇行飛行だ。

 

『あっ』

「うわぁあーッ!」

 

 すっかり乗り熟した気になっていた一夏は、その油断から制御ミスを起こして墜落していった。

 どーんと派手な音を立てて、アリーナの土煙が宙を舞う。

 視界が開けた先に、耕された土塊と寝そべる一夏が見えた。

 

『やれやれ』

 

 私と篠ノ之さんは顔を見合わせ、一夏の許に向かった。

 

「大丈夫ですか?」

「し、死ぬかとおもった……」

 

 不時着した飛行機のように地面を抉った一夏はダラダラと冷や汗をかいていた。

 まあ、ISの保護機能が無ければ無事じゃ済まなかっただろうしね。気を失っていないだけ、肝が据わっているといえるだろう。墜落時にふらっと気を失ってしまう操縦者も多い。もっと酷いケースだと、墜落がトラウマとなって飛べなくなる場合もある。

 

「油断大敵ですよ。常に神経をすり減らす気持ちで操縦してください」

「お、おう、肝に銘じておく」

 

 バクバクと跳ねる心臓を押さえながら忠告を噛みしめる。

 その直後、<白式>の警戒システムがアラートを鳴らした。

 

<――警報:照準レーダー波を受けています――>

 

 それは敵からのロックオンを告げるものだった。つまり誰かがこちらに銃を向けている。

 驚く一同の許に見知らぬISやってきた。

 蒼い装甲。フィン状のユニットを装着した非固定浮遊部位(アンロックユニット)。マニピュレーターには近未来的なスナイパーライフル。現れたのは対戦者のセシリア・オルコットさんだ。しかも、ぞろぞろと取り巻きらしき人まで連れて。

 

「なんの用だよ、オルコット」

 

 一夏は機体を起こしながら、オルコットさんを睨んだ。

 

「専用機が与えられたという噂を聞きましたので、敵状視察に」

 

 優雅に金髪を弾くオルコットさんに、私は内心で苦笑を洩らした。

 堂々と敵の前に現れる偵察がどこにいるだろうか。彼女が煽りに来たのは明白だ。

 その証拠に、彼女は気に障る口調でこう言った。

 

「ですが、その必要はなかったかもしれませんわね、フフ。そんな操縦でわたくしと勝負になるのかしらん?」

 

 悔しいけど、ならないだろうなぁと思う。アラートの際、動かなかった事を鑑みれば、彼はまだ戦えるレベルじゃない。わざわざ目視可能距離でレーダー照準を使ったのは、彼の技量を見定めるためだろう。

 一夏も自覚があるのか、何も言い返さなかった。ただ、ぎゅっと拳を握るだけだ。

 それをいいことに、周りの取り巻きの女性が良いように彼を囃し立てた。

 

「織斑くん、今の内に辞退した方がいいと思うよ~?」「うんうん、セシリアってホント強いんだから、勝てっこないよ」「男は大人しく女に傅いていればいいんだって」

 

 彼の思い上がりを正すように、彼女たちは口々にそう言う。

 さすがに言いわれっぱなしは癪なので、私は反撃に転じた。

 

「確かにいまは無理でしょう。でも六日後、オルコットさんを倒させてみせます」

「え?」

 

 ノーマークだった私からの援護射撃に周囲がやや驚き気味になる。

 しかし、それも束の間のことで、直ぐに“誰こいつ?”という具合の表情を作る。中には一夏に味方する私を『もしかして、織斑くんが好きなのかな?』『やだー』と笑う者ものいた。そんな彼女たちを代表するように、生徒の一人が私に言う。

 

「ねえ、キミ、本気で言っているの?」

「はい、私は本気です」

 

 怯まない私に、その生徒が「ムッ」と面白くなさそうな顔をした。

 

「じゃあさ、そこまで言って、もしセシリアが勝ったらさ、あなた、裸で――――」

 

 きっと彼女は私に“負けたら裸で踊れ”とでも要求するつもりだったのだろう。

 だが、彼女の提案は思わぬところから拒否された。

 

「やめてくださいませんこと?」

 

 そういったオルコットさんは、軽蔑の表情をその生徒に向けた。

 

「あなた、自分で戦いもせずに、なに勝手な提案をしてらっしゃいますの。彼女が気に入らないのなら、自分で負かしなさいな。わたくしはあなたの為に戦う気など毛頭ありませんわよ」

「え?」

 

 まさか味方に批難されるなんて思っていなかったのだろう、その生徒は面を喰らっていた。

 こちらとしても意外だったが、丁度いいので私はその生徒に好戦的な視線をくれてやる。

 

「ですって。どうします? 受けて立ちますよ」

 

 劣等生の仮面を外す私に、その生徒は何もいわずオルコットさんの後ろに隠れた。

 

「――腰抜けめ」

 

 と、罵る篠ノ之さんに苦笑する私を、オルコットさんが見据える。

 

「貴女は確かアリス・リデル、だったかしら」

「栄えあるイギリスの代表候補生に名前を覚えてもらえるなんて光栄ですね」

「ええ、あなたのその赤い髪、実は気に入っておりますの。その情熱的な色、素敵だと思いますわ。――どうかしら、そんな女々しい男など捨てて、わたくしの許にいらっしゃらない? 愛でて差し上げますわよ?」

 

 たぶんいま、私はすごく意外そうな顔をしていると思う。

 だけど、髪を褒められた程度で心変わりするほど、私はちょろくない。

 

「結構です。私は走狗(いぬ)ですが、くそったれた貴族(ファッキンノーブル)に振るうしっぽは持ち合わせていません」

 

 これから私は一夏と二人三脚で歩んでいかなければならない。

 互いの信頼関係が大事だから、ここで自分が誰の味方なのか、はっきりさせておく。

 

 私が中指を突き立てるなり、オルコットさんは顔を真っ赤にした。

 

「ファファファ、キ!? なんて言葉づかいをしますの、貴女! この女王陛下より一角獣の紋章を賜った由緒正しきオルコット家のわたくしに、なんたる暴言!――天へ唾棄するに等しい行為ですわよ!」

「生憎、私はサタニストでしてね。神も、仏も、お偉い貴族さまも敬わないのです」

「キーッ――わかりましたわっ! わたくしの寵を無下にしたこと、後悔させてあげますッ!」

「それはこちらのセリフです。あなたのビックベン級のプライド、圧し折ってあげますから」

「いいでしょう。わたくしがクラス代表になった暁には、貴女を小間使いとして扱き使ってあげますから、覚悟してらっしゃい!」

 

 顔を真っ赤にして、オルコットさんは自らの専用機を綺麗に180度旋回させる。無反動旋回(ゼロリアクトターン)だ。

 その際に靡いたクリーム色の金髪はとても綺麗だったが、表情は“切り裂きジャック”も逃げ出す形相だったに違いない。

 そんなオルコットさんのあとを他の生徒たちがぞろぞろついていく。

 ようやく邪魔者が居なくなったところで、私は訓練を再開しようとした。

 

「さてと、訓練の続きを――って一夏、何を笑っているのです?」

「いや、スカっとしたっていうか、なんていうか」

「もう、笑っていないで訓練しますよ。あなたが負けたら、私はオルコットさんの小間使いにされるのですからね」

 

 煽った私も悪いけど、一夏には何がなんでも勝ってもらわないと。

 

「わかっているって。俺も負けたらこの学園でやっていける気がしないからな」

「よろしい」

 

 もうお互い引けないところもまできた。私と一夏は運命共同体だ。負ければ、お互いいろんな物を失うだろう。私は訓練に気合いを込める事にした。


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