IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第39話 お茶会とウサギ

 深緑の木々に覆われた森の中。枝木の開けた場所に、アンティークテーブルと5つの席が設えてあった。その席に、二人の男が腰かけている。一人は、白黒のチャック服にシルクハットを被った男だ。その帽子男は、テーブルのスコーンを手に取り、不満そうにかじった。

 

「しかし、こんな時に<お茶会>とねー、彼女も人が悪い」

定例報告会(ティーパーティー)は組織として必要な措置だ」

 

 そう答えたのは、白の礼服に身を包み、顎鬚を蓄え、屈強な体格をしたもう一人の男だ。

 帽子男とは対照的に堅物の印象が強い。さながら一国の王か、軍隊の長といった井出立ちだ。

 

「それは間違いないがね。――それより出てきたらどうだ」

 

 帽子男が鋭い視線を森の一角に向ける。その先から一人の女性が現れた。

 美女だ。プラチナブロンドと紫紺の瞳が妖艶で、中世ヨーロッパに出てきそうな美貌を醸し出している。甘い香りと、時間の流れさえ緩やかにさせてしまうような、ゆったりした物腰は、強い女性の包容力を感じさせた。

 

「ふふふ。もう少し二人のやり取り聞いていたかったのだけれど、残念」

「男二人の覗き見なんて、何がいいのやら。男日照りで異常性癖に目覚めたか、ロリーナ」

 

 帽子男のセクハラ紛いな発言に、ロリーナは『あなたほどじゃないわ』と返す。

 そこに新たな人物が二人ログインしてきた。

 一人は70歳あたりの老人紳士。物腰は穏やかだが、好々爺然とした面構えは歴史を感じさせた。背筋も真っ直ぐだ。

 もう一人は、妙齢の女性だ。彼女もまたロリーナに負けない美貌の持ち主だったが、艶やかな黒髪には東洋の色気があった。瞳の奥には、強い意志とカリスマが感じられる。

 

「おやおや、にぎやかですね」

 

 老人紳士は若者三人の談笑を聞き、楽しそうに笑った。

 

「あら、十蔵おじさま、ご機嫌麗しゅう。お体の方はよろしいので?」

「この通りですよ」

 

 老人――轡木十蔵は帽子のつばを挙げ、にこやかなに笑った。

 そして、同伴してもらったもう黒髪の女性に椅子を引いてもらい、そこに腰を下ろす。

 

「全員そろったようね。では<御茶会>を始めましょうか」

 

 そういって十蔵と共に現れた女性――ルイス・キャロルが自らの席に腰を下ろす。

 それを見計らい、帽子男がスコーンから口を放した。

 

「しっかし、こんな時に<御茶会>なんてな。こっちはいろんな件で忙しいってのに」

「あなたが忙しくなっているからこそ、組織の方針を今一度改める必要があるのよ」

 

 情報部の長たる彼が忙しいということは、それだけ世界情勢が変化しているということだ。それに対して今一度、組織の意向を整理し、統括する必要がある。帽子男もそれを理解しているのか、黙って口を噤んだ。

 

「では、始めにIS学園襲撃の件について、報告をしてもらえるかしら」

「ああ。例の学園を襲撃した未確認機についてだが、部品の出所を掴んだ。使用されていた骨格系のレアメタルを解析した結果、オーストラリアのミューゼル社から出荷されたものだと判った」

「ミューゼル社、スコール・ミューゼルが立ち上げた会社ね」

 

 スコール・ミューゼル。第一回<モンドグロッソ>で射撃部門のヴァルキリーとなったオーストラリア出身の元イギリス国家代表だ。引退後は、その知識と経験を生かし起業、わずか数年で大企業まで成長させた敏腕経営者だ。

 その彼女が経営する会社がIS学園の襲撃に関与しているかもしれない。と彼は告げていた。

 

「出荷記録と照らし合わせてみたが、該当するパーツは出荷されていなかった。だが、資金周りや個人口座に疑わしい金の流れもない。どうも、利益目的での横流したわけじゃないらしい」

「学園を襲撃したテロリストに同調、あるいは襲撃の主犯格(テロリストそのもの)である可能性が高いか」

「いずれにしても協力しているのは確かね。その彼女をエスコートできないかしら?」

「エスコートねぇ……。簡単に言ってくれるな。相手は大企業の社長だぜ? 数日でも行方不明になれば、騒ぎになる。事態が表沙汰になるのは、こちらとしても遠慮願いたいところだ」

「だが、それをどうにかするのがお前の仕事だ」

「そうだな。時間をもらえれば、いくらか手の打ちようがある。もっともあまりレディーふさわしくないエスコートなるが。――っても、問題はそこじゃない」

専用機(アイエス)ね」

「ああ。横流ししている相手にコアを製造できる技術があるなら、スコール自身も専用機を有している可能性が高い。その場合、かなり厄介な事態になるだろうな。なんせ相手は元<ヴァルキリー>だ。もしもに備え、最低でも国家代表クラスの操縦者と、《単一仕様能力》を持ったISが欲しい」

 

 そこで情報部部長の視線が作戦部部長へ動く。作戦部部長は肯いた。

 

「――わかった。アリス・リデルを手配しよう。だがその間、織斑一夏の警護はどうする?」

 

 アリスは密偵であるが、有事に備えての伏兵という側面も持っている。<ゴーレム>襲撃事件の際には、早くもその側面が活かされた。だからこそ、アリスの<赤騎士>露見は不問となったのだが、彼女を引き上げさせれば、何か生じたとき、後手に回りかねない。

 

「<彼女たち>の動きが活発化しつつある今、迂闊にアリスを引き上げるのは危険だろう」

「そうね。5月の一件を考慮すると、最早IS学園は安全な場所といえないわ。またあのような強硬策に打って出られたら、エイダ一人じゃ対応できない。それに8月からIS学園は、夏季休校に入るのでしたわよね、十蔵おじさま?」

 

 老紳士はゆっくり肯いた。

 

「ええ。彼が帰郷を望めば、学園の力では彼を守れなくなりますね。我が校の『国家機関から干渉されない』という特性は、校内にいる時だけ適用されます。校外の人間はその対象ではありません」

 

 語り終えた轡木十蔵は苦しげに咳をした。辛そうな表情から、大病を患っているようだ。

 十蔵の苦痛が和らぐの待ってから、ルイス・キャロルが言った。

 

「もし<彼女たち>の手に彼が渡れば、大きな喪失になるわ」

「なら、彼の護衛は俺が手配しよう」

「あらあら、もしかして娘さんを使うのかしらん?」

 

 意地悪な笑みを浮かべるロリーナに、帽子男は肩を竦めた。

 

「刀菜じゃないさ。アイツは、あれでも国家代表だからな、夏季休暇もロシアに戻るそうだ」

「近々、東シナ近海でSCOの大きな軍事演習があると聞いたが、それに?」

 

 上海協力機構(SCO)は、旧ソ連と中国が、国境の画定と信頼の醸成を図るために発足した同盟だ。

 しかし、<白騎士事件>以降、軍事同盟としての色合いが強くなりはじめている。

 事実上、北太平洋条約機構(NATO)に対抗できる唯一の軍事同盟とされていることから、その肥大化をEUやアメリカも警戒している。

 

「いいや、それには参加しない。別件らしい。詳しいことは俺も聞いていない。最近、俺に反発的でな。反抗期ってやつかな?」

「うふふ、遊楽呆けしている女好きなパパじゃ、反発もしたくなるんじゃないかしら?」

 

 ロリーナが綺麗な声で皮肉るが、帽子男は誇らしげに笑った。

 

「俺が女を口説くのは、諜報活動の一環さ。人を誑し込んで、人脈を形成する。その人脈が貴重な情報を齎すんだ。HUMIMT(ヒューミント)の歴史じゃ、イスラエルの諜報特務庁より古いんだぜ?」

 

 イスラエルの諜報機関“モサド”が最強の諜報組織と云われるのは、各国のユダヤ系移民者によるネットワークがあるからだと言われている。更識は人を誑し込むことで、それに代わるネットワークを形成し、諜報活動に活かしている。更識が人たらしである所以はここにある。

 そして、<デウス・エクス・マキナ>がアリスやロリーナといった稀少な人材を集められたのも、彼の人脈があったればこそだった。

 

「しかし、そういった意味でいうと織斑一夏は逸材だな。あの誑しっぷり、ぜひ部下に欲しいね」

 

 帽子男がケラケラ笑うと、ルイス・キャロルが視線で痛烈に批難した。

 それに、帽子男がジワっと脂汗を流す。

 

「いや、わ、悪るかった。怒るなって……」

「では、続けなさい」

「ああ。ともかく、織斑一夏の警護は情報部が請け負う。ただし、最悪のケース――敵ISとの交戦を考慮して<リリィ>一機と<ビショップ>パッケージを用意してくれ」

「わかった。手配しよう」

 

 その後、2時間に亘り、各部の長たちによる細かな報告が行われた。

 スコール捕獲の詳しい段取り。織斑一夏護衛の引き継ぎ。さらに新造艦の処女航海が終了したこと。新しい兵站と装備について。様々な意向と方針が新たに取りまとめられた。

 

「以上ね。では、各自スコール・ミューゼルのエスコートの準備に取り掛かって頂戴。その間、織斑一夏の警護は情報部に請け負ってもらうわ。――では、今日はこれでお開きにしましょうか。みんなご苦労さま」

 

 ルイス・キャロルが総括で締めくくりると、テーブルを囲う各々が姿を消していった。

 最後にロリーナと十蔵が残る。そこでロリーナが思い出したように言った。

 

「そうだわ、実は十蔵おじさまに、少しばかりお願いがありましたの」

「なんでしょうかな? この老いぼれにできることなら何でも」

 

 轡木十蔵が帽子のつばを挙げると、ロリーナは言った。

 

「来週、IS学園で臨海学校がありましたわよね? そこへ私も顔を出したいのだけど、許可書を頂けないかしら? 話によれば、関係者以外は参加禁止ということだから」

「構いませんよ。しかし貴女がわざわざ出向くとは、臨海学校に何かありますのかな?」

 

 ロリーナは柔和に笑って言った

 

「当日は7月7日。もしかしたら、狂ったウサギ(マーチラビット)に会えるかもしれませんから」

 

 抽象的な表現であったが、十蔵は理解したように頷いた。

 

「わかりました。私から妻に伝えておきましょう」

「ありがとうございますわ」

 

 ロリーナはスカートの端を摘まみ、優雅に礼を告げた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 7月6日。臨海学校当日。学生を乗せた5台の観光バスと訓練機を積んだ3台のトラックは、仰々しい列をなして、海の見える旅館の駐車場に停止した。

 宿泊先の名前は花月荘。なんでもIS学園は毎年ここのお世話になっているそうだ。

 

「よろしくお願いします!」

 

 三日間お世話になる旅館に到着した私たちは、出迎えてくれた若女将さん筆頭に挨拶した。

 

「ようこそ御出で下さいました。私はこの旅館の女将をしております、清州景子でございます」

「こちらこそ。今年も三日間お世話になります」

 

 千冬さんが学園を代表してあいさつすると、若女将も『こちらこそ』と微笑んだ。

 

「では、各自荷物を持って移動しろ。間違っても従業員さんや仲居さんに迷惑をかけるなよ」

 

 千冬さんの注意事項に『はい!』と答え、私たちは荷物を持ち、各々移動を始めた。

 私も部屋割り表を片手にロビーを抜け、当てられた部屋へ歩いていく。

 

「松の間の二十二、ここですね」

 

 部屋の戸を潜ると、のほほんさんが荷解きしていた。他には、おさげが可愛らしい谷本癒子さんと、ウザイけど憎めない岸原理子さん、特徴がないのが特徴の夜竹さやかさんがいる。

 

「おー、ぎっちょんだー、ぎっちょんもこの部屋?」

「みたいですね」

「やっほーい! ぎっちょんといっしょの部屋だぁー!」

 

 今日も元気いっぱいなほほんさんが、私に抱き着いてくる。

 のほほんさんが同室か。夜は賑やかになりそうだ。

 

「ぎっちょん、さっそく、がーるずとーくしようよー」

「のほほんさん、気が早いですって」

 

 のほほんさんを放しつつ、手持ちの荷物を下す。

 ガールズトークは臨海学校の醍醐味だけど、そういうのは夜になってからのお楽しみだ。

 

「でも、わたしも興味あるわー、リデルさんの恋バナ」

「わたしもあります」

「うんうん、リデルさんって織斑くんと仲いいもんねー」

 

 と、谷本さんと岸本さん、夜竹さんまでがニヤニヤと私を見てくる。

 なにかと一夏に協力しているもんだから、最近、勘違いをされる事が多くてかなわない。

 

「もしかして、もうこーゆー関係だったりして?」

 

 いうなり、岸原さんが私の背後に回り込んで、胸を揉んでくる。

 おまけに、クンカクンカと髪の匂いまで嗅いでくるから、鬱陶しいこと、この上ない。

 

「ぁん、違いますってば。私と一夏は何もありませんよ――って、夜竹さん、どさくさに紛れて私の胸を突かないでもらえます?」

「あ、すいません。リデルさんの、思っていたより大きかったもので。うらやましいです」

「ねえ、ねえ、リデルさん、ちょっとアレ」

 

 岸本さんたちとてんやわんやしていたら、谷本さんが戸を指差した。

 その先では小さな白髪の少女が、こちら――たぶん私――をジーと覗き見ていた。

 

「旅館の子かな?」

 

 白いメイド服姿は、旅館のお手伝いに見えなくもなかったけど、おそらく違うだろう。

 彼女は日本人ではなく白人のようであったし、それもアフリカ系のように見えた。

 

「あの――」

「!」

 

 私が話しかけた途端、白人の少女はぴょこんと跳ね、脱兎の如く逃げていった。

 なんだったのでしょうか。気になった私は、彼女を追うことにした。

 

 

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「ここがおまえの部屋だ」

 

 千冬姉に連れてこられた部屋には『職員用』という張り紙が貼ってあった。

 

「さすがに女子と同室はさせられんからな。お前は私とここで寝泊まりしてもらう」

 

 まあ、そうだよな。これは学園行事なのだから、そのあたりはきっちり区別しないといけない。

 でも、ちょっと残念ではある。いやさ、部屋の友達とガヤガヤするのも臨海学校の醍醐味だろ? それをできないってのは、ちょっと寂しいじゃないか。

 

「なんだ、不満そうだな」

「そんなことないよ。千冬姉の部屋じゃ友達を呼べないなーって思っただけ」

「ほぉ、自分の部屋に女を連れ込めないのが残念だと?」

 

 ニヤと意地悪く笑う千冬姉に、俺は慌てて言った。

 

「ちょっと、誤解を招くような言い方はやめてくれ!」

 

 俺はあくまで友人として友達と遊びたいだけだ。別にやましい事がしたいわけじゃない!

 

「冗談だ。おまえにそんな甲斐性がない事ぐらい、私が一番よく知っている。――では、入れ」

 

 教師モードになった千冬姉に促され、俺は『はい』と部屋に入った。

 部屋は二人部屋だった。だというのに間取りは十畳以上ある。さらにテラスまであり、海を一望できた。東向きだから、きっと日の出も拝めるのだろう。なんとも贅沢な部屋だ。

 

「さて、今日は終日自由時間だ。好きに遊んで来い」

 

 初日は終日自由時間で、訓練は二日目からになっている。本来は三日とも訓練であったのだが、なにかと襲撃や暴走が続いたので、その息抜きに自由時間が設けられたらしい。

 

「織斑先生には、自由時間はないんですか?」

「これから他の先生と打ち合わせだ。そのあとは持ってきた機材の点検がある」

「はあ、大変ですね」

「だが、生徒との交流という名目で、教師陣にも多少なり自由時間がある。だから安心しろ。水着はちゃんときてやる」

 

 ふふん、と得意げな貌をする千冬姉に、俺はやや困惑した。

 自分の選んだ水着を着てもらえるのは嬉しいけど、姉の水着姿ってそんなに興味ないな。どちらかといえば、他の女の子の水着姿の方が楽しみだ。たとえば――

 

「なんだ、その顔は。私よりリデルの水着姿をご所望か?」

「ばっ! な、なんで、そこでアリスが出てくるんだよ!」

 

 確かにちょっと楽しみだけどさ、名指しで言われると恥ずかしくなるだろ!

 

「織斑先生、そろそろミーティングのお時間です」

 

 俺が顔を真っ赤にしていたら、部屋の外から声がした。声の主は山田先生だ。

 『わかった、今行く』と言って、千冬姉は準備に取り掛かった。

 

「そういうことだ。おまえは遊んで来い。ただし、羽目を外し過ぎるなよ」

 

 そう言い残して、千冬姉は資料を手に部屋を出て行く。

 残された俺は、そうそうに着替えを始めた。着替え終えたら、紫外線対策のために軽くパーカーを羽織る。それから荷物からビーチサンダルと浮き輪を取り出した。

 

「よし、俺は海賊王になる!」

 

 意味不明な事を言いつつ、まず旅館ロビーに向かった。

 

「ん、なんだ?」

 

 本館と別館を繋ぐ渡り廊下にやってきたところで、俺は奇妙な事態に遭遇した。本館から風変りな女の子が、こちらに走ってきたのだ。年は10歳ぐらいで、白髪のメイド姿をした少女だ。そんな少女を、なぜかアリスが追いかけていた。

 

「あ、一夏、ちょうどいいところに。その子を捕まえてください」

「お? お、おう?」

 

 状況は掴めないが、とりあえず俺はその少女を“通せんぼ”した。

 ききーと慌ててメイド少女がブレーキをかける。

 

「あわわ、いっくんさま、道を開けて頂けると助かりますでございます」

 

 メイド少女は可愛く、えっほえっほと足踏みしながらそう言った――って、いっくん!?

 いっくん。俺をそう呼ぶ人物は、この世に一人しかいない。この少女はもしかして――

 そう思った時だ。突如、東の上空から何かが勢いよく降ってきた。

 その衝撃で大量の砂埃が宙を舞う。それを手で払い、視界を確保すると、そこには――

 

「ニンジン!?」

 

 が、地面に埋まっていた。大きさは人間の二倍ぐらい。なぜか表面がメタリックに輝いていた。

 意味不明である。まったくもって意味不明である。だが、その意味不明さが逆に確信に繋がった。

 間違いない。こんな非常識なものを作る人間はこの世に一人しかいない。

 

「やぁー、やぁー」

 

 案の定、ぱっか~んと“桃太郎”みたく人参から出てきた女性に、俺は見覚えがあった。

 紺色のワンピースにエプロン姿。頭には機械仕掛けのウサミミ。こんな奇想天外で摩訶不思議な姿をした女性は彼女しかいない。

 

「束さん!」

 

 そう、ISを開発した希代の天才にして、箒の実姉――篠ノ之束しか。

 

「やっほー、おひさだね、いっくん」

「お久しぶりです、束さん。相変わらず、目のクマが酷いですね。寝てます?」

「あはは。天才は思考から解放されないからね。もう長らく真面目な睡眠はとってないよ」

「相変わらずですね。――で、この子は?」

 

 俺は束さんの後ろに隠れているメイド少女を見た。

 

「ああ、この子は束さんの愛娘、くーちゃんさー。さあ、くーちゃん、挨拶して」

「はい、束さま。わたしはクロエと申します。親愛を込めてくーちゃんとお呼びくださいませ」

 

 エプロンドレスの端を摘まみ、愛らしく頭を垂れるメイド少女のくーちゃん。

 俺も彼女に倣って自己紹介した。

 

「こちらこそ。俺は織斑一夏、一夏って呼んでくれ――って、ええ、娘ぇ!?」

 

 なんだってッ! さらっと言うから、聞き流しそうになったじゃないか!

 

「束さん、お子さんがいたんですか!?」

「うん。あ、でも、くーちゃんは束さんがお腹を痛めて生んだ子じゃないよ」

「そうですか。ですよね」

 

 くーちゃんの外見は10才あたり。逆算すれば、束さんが14歳の時に生んだ子になる。それなら俺も知っているはずだ。それ以前にくーちゃんの容姿から“そうじゃない”と判別できるじゃないか。どうみたってくーちゃんは外国の女の子なのだから。

 

「で、そっちの子が、アリスちゃんかい?」

「はい。初めまして、篠ノ之博士」

 

 舐めるようにアリスの周りを徘徊して、束さんはアリスを見据えた。

 一頻り観察したあと、束は口元を三日月型に変えた。

 

「ねえ、アリスちゃん、束さんちの子にならない? キミなら歓迎するよ?」

 

 束さんがずんと身を乗り出し、アリスの瞳を覗き込む。

 その光景は、まるで“白ウサギ”が“アリス”を不思議の世界に誘っているようだ。

 

「いえ、遠慮しておきます。私には“やらなければならない事”がありますので」

 

 アリスは膝を折って、束さんの腰に抱きつくクーちゃんをやさしく撫でる。

 その言葉の、行動の真意に気づいたらしい束さんは、満足そうに笑った。

 

「そっかー。話に聞いていた通りの子だねー。束さんは余計にキミが欲しくなったよ。――でも、今は別の用があるから、キミを連れて行くのは、あとにするよ」

 

 束さんはニンマリと口元を楽しげに歪め、ぴょんとアリスから退く。

 それからクルッと一回転して、今度は俺の顔を見た。

 

「――ところで、いっくん、ちーちゃんはどこかな?」

「千冬姉なら、職員会議とかで今部屋にいませんよ?」

「そっか。じゃあ、ちょっとぶらぶらして時間でも潰そうかな。んじゃね、いっくん」

「え、あ、はい」

 

 言うなり、びゅーんと漫画のような効果音を出して去っていく束さん。

 その後をくーちゃんが一礼して追いかける。こちらはトトトっていう効果音が似合いそうだった。

 

「世話しない人でしたね。篠ノ之さんと血がつながっているとは思えません」

「昔からあんな感じだったよ。箒もずっと振り回されっぱなしだった」

 

 あの人は昔から自分の時間で生きている。いや、唯我独尊といった方がしっくりくるか。

 ともかく、他人には絶対流されない。良くも悪くも自我が強い人だ。

 しかし、そんな束さんに見られて動揺一つしないアリスも大したものだと思った。

 大抵の人は、束さんが持つ独特の“凄み”にあてられて、あたふたするものだけど。

 

「ん、どうしました? 私の顔に何かついています?」

「いや、アリスは制服姿だけど、海にいかないのかなってさ」

「もちろん、行きますよ。ただあの子が気になって」

「くーちゃんか。そういえば、何でアリスはくーちゃんを追いかけていたんだ?」

「深い意味はありません。あまりに気にしないでください」

 

 そう告げ、アリスは何事もなかったように踵を返した。

 

「では、ビーチで落ち合いましょう」

「ああ。アリスの水着姿、ついたら一番に見せてくれよ? 楽しみにしてっからな」

 

 こてんっ。

 あ、アリスがこけた。

 

「ば、バカ言ってないで、さっさとビーチに行ってサメにでも食べられてなさい!」

 

 遠くからでも判るぐらい真っ赤になるアリス。はは、相変わらず、面白いやつだ。

 


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