IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

28 / 127
第27話 ラウラ・ボーデヴィッヒは友達が少ない

「おいたが過ぎるのではありませんか、ラウラ?」

 

 44口径120mm滑腔砲を携え、私は悠然と言い放った。

 しかし、内心でじわりと冷汗を流す。

 ラウラは<赤騎士>でも散々手古摺らされた相手。正直、<打鉄>では心許ない。かてて加え、メンテナンス中の機体を拝借してきたため、コンディションも万全とは言い難く、すでに二箇所で駆動系が不調を訴えている。専用の近接ブレードや予備弾装もない。

 

(でも、勝機はある)

 

 現在、黛さん率いる整備科の生徒たちが、急ピッチで<赤騎士>を建造してくれている。五分もすれば、<赤騎士>をここに送り込んでくれるだろう。それまで持ち堪えられれば、こちらの勝ちだ。

 

「さて、悪い子はお仕置きですよ。<レッドクイーン(・・・・・・・)>、モードミリタリー(・・・・・・・)

 

 ………………

 

 うんともすんとも言わないコンソール。当然だった。

 カッコよく言い放ってこの有様に、一同が「ん?」と首を傾げる。

 

「い、いまのは忘れてください」

 

 私は赤面しながら手動で動力をAPUからジェネレーターに切り替える。

 『どうせ俺には――』なんて怒ったように、<打鉄>の出力が乱暴に跳ね上がった。

 

「さ、さて、仕切りなおしといきましょう」

 

 私は膝に蓄えた跳躍力を解放、FCSのターゲットカーソルでラウラを捕捉して、引き金を絞る。

 発砲。

 だが、ラウラはAICを発動し、戦車一輌を破砕する装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)を容易く受け止めた。

 

(はやり、正面からの攻撃では、ラウラに通じませんか。――ならば)

 

 と、私は<打鉄>の脇腹に装備されている小太刀型のHEATダガーを抜いた。

 ただし、狙いは<シュヴァルツヘェア・レーゲン>本体ではなく、その足元だ。

 爆風で舞い上がった粉塵が、ラウラの視界を遮る。

 AICは視覚に依存するところがある。視界を奪った状態なら反応も鈍くなるはず。そう読み、素早く<シュヴァルツェア・レーゲン>の側面に回り込んで、零距離から装弾筒付翼安定徹甲弾を撃ち込む。

 予想通り、放った徹甲弾がラウラの横っ腹に突き刺さった。

 

「ぐっ……」

 

 横殴りに強い衝撃を受けたラウラが、たまらず怯む。

 すかさず、2射目の引き金を絞る。――が、そこで<打鉄>がアラートを鳴らした。

 

<――警告:第三、第七アクチュエーターの出力が低下。戦闘用出力を維持できません――>

<――警告:反動制御スタビライザーに異常を確認。照準に深刻な誤差が発生――>

 

 くっ、反動の強い火器を使いった所為で、機体の不調に拍車が掛ったか。

 

「ふん、そのコンディションでは、もう戦えまい」

 

 機動が鈍る私に、ラウラがすかさずレールガンで反撃してくる。

 極音速で迫りくる翼付きの徹甲弾。こちらと同じAPSFDSだ。私は咄嗟の判断で、身を前方に放り投げた。機体に鞭打っての緊急回避。さすが日本製、こんな状態でも、どうにか動いてくれた。

 しかし、その場を凌いだだけで、不具合は継続中だ。

 

「アリスッ! 下がって!」

 

 そこへデュノアさんのISが二丁のアサルトライフルを構え、ラウラに掃射した。

 12.7mmタングステンの弾雨にさらされたラウラが堪らず距離を取る。そのラウラを一夏が<白式>の機動性を活かして追撃する。その間に、デュノアさんが私のカバーに入った。

 

「アリス、大丈夫?」

「ええ、おかげで助かりました。――武器と弾薬を」

 

 一夏がラウラの注意をひきつけている間に、榴散弾砲《レイン・オブ・サタディー》とその予備弾装を受け取る。弾を<打鉄>の武装支持架に備え付けたところで、一夏がこちらに吹き飛ばされてきた。

 それを優しく受け止めると、<打鉄>の全身から気化した緩衝材が噴き出す。

 

<――報告:ダメージコントロール成功。衝撃の相殺率94%――>

 

 <打鉄>には優れた衝撃吸収装置(ショックアブソーバー)が装備されており、それこそ戦車の砲火を受けても怯まない。<打鉄>が堅牢なISだと称される謂れはここにある。まさに守るための軍隊――自衛隊の主力機に相応しいISだ。

 

「大丈夫ですか、一夏」

「わりー。助かった。でも、勢いよく向かっていって返り討ちとは、ざまーねえな」

「いえ、あなたが気を引いてくれたおかげで、無事に武器を受け取れましたよ」

 

 自嘲する一夏にそう返答し、《レイン・オブ・サタディー》のポンプをスライドさせる。

 それに倣ってデュノアさんも高速装填(クイックリロード)で弾倉を交換した。一夏も《雪片弐型》を構え直す。

 対するラウラは<白式>を放り投げたであろうワイヤーブレードを回収し、体制を整えた。

 

第二世代(アンティーク)が二機に、擬きが一機。これでようやく、まともな戦闘ができそうだな」

 

 圧倒的な数的不利にも関わらず、ラウラの表情に焦りはなかった。その余裕は虚勢や強がりでもなく、本当にこの状況を看破できると見込んでいる様子だ。

 そして事実、私たちもラウラを止められる気がしなかった。AICのまえでは、実弾系の武器も《雪片弐型》のシールド無効化攻撃も止められてしまう。圧倒的に決定打不足なのは否めない。

 

「こんなことならリヴァイヴを爆装してくるんだったよ。アリス、何かいい作戦はない?」

「あります。ですが、まだ使えません。だから、もう少し耐えてください」

 

 エースの名が伊達でなければ、そろそろ黛さんたちが<赤騎士>を送り込んでくれるはず。

 そうなれば決着など、すぐ着けられるのだけど、その見通しはまだ立っていない。今はこの<打鉄>で粘るしかなさそうだった。

 

「では、リターンマッチといこうか」

 

 ラウラが得物を見定めるように身を屈め、突撃体制に入る。私たちも得物を構える。

 次の瞬間、私たちの視界を遮るように、赤い機体が割り込んできた。

 赫々と燃えるような装甲。騎士を彷彿させるフォルムと大剣。私の相棒<赤騎士>だ。

 

「やっとですか。遅刻ですよ<レッドクイーン>」

《Sorry my honey――迎え(・・)に手間取った》

「まったく<レッドクイーン>に呼ばれて来てみれば……。これだからガキの面倒は疲れる」

 

 <レッドクイーン>とは異なる厳かな声音。

 ラウラはオッドアイを大きく瞠き、驚愕を露わにした。

 

「きょ、教官!?」

 

 そう、私に代わって<赤騎士>を操縦していたのは、織斑千冬だった。

 

「アリーナのシールドを壊される事態になっては、教師として黙認しかねるからな。責任者である私が出張ってくるのは当然だろう。さて、これ以上続けるようなら、私が相手になるぞ? 丁度、勝手の良いISもあることだしな」

 

 動揺を隠し切れないラウラに、千冬さんが《ヴォーパル》を突きつける。

 ラウラに動揺が走った。

 

「きょ、教官、わ、私と戦うおつもりですか!?」

 

 一歩下がり、たじろぐラウラの瞳は、何かを訴えかけるように震えていた。

 だが、千冬さんは意に介さず、猛禽類を彷彿させる双眸で睨みつける。

 

「そうだ。素行の悪い生徒には、体で解らせる。<レッドクイーン>、全システムを戦闘用に切り替えろ」

《Yes Brunhild――訓練用プログラム凍結、リミッター解除。モードミリタリー》

 

 <レッドクイーン>が命令を履行し、<赤騎士>がその真価を発揮するべく鬨の声をあげる。システムは正常に動作しているようだった。さすがは整備科のエース、腕は確かのようだ。

 

「さて、おまえはどうする、真っ当な言い分があるなら、聞いてやらなくもないぞ?」

「…………いえ、ありません。騒ぎ立てしたこと、申し訳ありませんでした。猛省します」

 

 そう詫び、ラウラは<シュヴァルツェア・レーゲン>を解除した。

 そして肩を落とし、どこか覚束ない足取りでアリーナを去っていく。

 どこか哀愁が漂う背中ではあったけど、私たちは安堵した。

 

「ふぅ、千冬姉、助かったよ……。あ、いえ、助かりました、織斑先生」

 

 慌てて訂正する一夏だったが、千冬さんは注意せず、私の方にやってきた。

 

 そして、私をぎゅーと抱きしめる。

 

「リデル、あまり無茶するなよ」スリスリ

 

 衝撃的な画に、一夏とデュノアさんが「え?」「な?」と開口した。

 気持ちはわかる。いきなり千冬さんが私にデレたのだから、驚きもするだろう。

 でも、これにはちゃんとした理由があるから聞いて欲しい。

 

「一夏、勘違いしないでください。彼女(これ)は千冬さんではなく、<レッドクイーン>です」

「は?」

「だから、この千冬さんは<レッドクイーン>の自動人形(オートマトン)による欺瞞です。ほら、<レッドクイーン>、そのテクスチャーを解除して、あなた専用のテクスチャーを展開しなさい」

「うむ」

 

 次の瞬間、千冬さんの姿がぱっと光って、赤色スーパーロングの美女に早代わりした。

 それを見て、ようやく理解に及んだ一夏が掌をポンと叩く。

 

「なるほどな。こいつは<ゴーレム>の亜種みたいなもんか」

「じゃあ、アリスが言っていた作戦って、このこと?」

「ええ、ラウラは千冬さんに従順ですから。それを利用して彼女の暴挙を止めるのが作戦でした」

「じゃあ、さっきのは<レッドクイーン>が一人二役を演じていたってこと?」

《Yes Ms Dunois――なかなかの演技ではなかっただろうか?》

「うん、ハリウッド女優も顔負けの名演技だったよ。すっかり騙されちゃった」

《ふふ――ところでハニー、いつまで<打鉄>に乗っているの?》

 

 気付くと<レッドクイーン>の瞳からハイライトが消えていた。

 そのクセ、顔はニッコリと穏やかだ。なんか、とても怖いです、それ。

 

《そんなに<打鉄>がいいの?》ゴゴゴ

「え? <レッドクイーン>、どうして《ヴォーパル》、抜いて……? ひゃ!?」

 

 私は振りかざされた《ヴォーパル》を寸前のところで躱した。

 

《あー! よけたっ!》

「よけるでしょ普通! 学園の備品を壊す気ですか!」

《私という専用機がありながら、他のISに現を抜かすハニーが悪い!》

「抜かしていません! ……いいISだとは思いましたけど……(ボソ)」

《ほらッ!》

 

 なおも、振りかざされる《ヴォーパル》。

 臆病風に吹かれた私は、個人間秘匿通信で一夏たちに助けを求めた。

 

「あ、あの、一夏、デュノアさん、た、助けて貰えませんか?」

「助けてって、<赤騎士>はお前の専用機だろ? 自分でなんとかしろよ、ぷぷ」

「あ、今笑いましたね。自分の専用機に迫られて涙目の私を笑いましたね!」

 

 なんていう人でしょう。傍目から見るには、面白いと言いたいのでしょうか!

 せっかく助けてあげたのに、この仕打ち。人の所業とは思えません!

 

「さて、鈴とセシリアは箒たちが運んでくれたようだし、見舞いがてらちょっと様子を見にいってくるわ。じゃあな、アリス」

「あ、待って一夏。僕も一緒に行くよ。じゃあね、アリス。また後で」

 

 二人は私に見向きもせず、仲良くアリーナを去っていく。

 その後、操縦者とその専用機の奇妙な鬼ごっこは、私が土下座するまで続いた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 場所は移って保健室。

 箒と他の生徒たちの手によって運ばれた鈴とセシリアは、保険室で療養を受けていた。

 幸いにも、ISの保護機能のおかげで、症状は軽い打撲で済んだそうだ。いま、彼女たちは備えつけられたパイプベッドの上で養生を取っていた。

 

「何で助けにきたのよ。あの後、あたしがどかーんと逆転するところだったのに」

「そうですわ。あの後、わたくしの可憐な逆転劇が待っていましたのに」

 

 開口一番。それが見舞いに来た一夏に対する第一声だった。

 どうやら、派手に負けたのが恥ずかしいらしく、それを隠すために強がっているらしい。

 一夏は苦笑しながら「そりゃ悪かった」とあたりさわりのない相槌を打ち、

 

「それよりすまん。俺とラウラのいざこざに巻き込んじまって」

 

 今回、ラウラは自分に一夏を嗾けるため、あのような暴挙を仕出かした。それだけに責任感の強い一夏は、自身の非を感じられずにいらなかった。――自分がもっとしっかりしていれば、ラウラの暴挙を止められたのではないか、と。

 

「気になさらないでくださいませ。ラウラ・ボーデヴィッヒさんと戦ったのは、わたくしたちの意思。巻き込まれたわけじゃありません。負い目を感じる必要はありませんわ」

「そうよ、あんたが気に病む必要はないわ」

「そう言ってくれると、助かるよ」

 

 柔和な笑みを浮かべる鈴とセシリアに、一夏はすこし救われた気がした。

 もちろん、それだけで胸の内が晴れたわけじゃなかったが。

 

(やっぱり、このままじゃいけないよな。俺がラウラをなんとかしないと)

 

 ではなければ、犠牲者が増えていく一方だ。

 また、それを未然に防ぐことが、巻き込んでしまった彼女たちへの罪滅ぼしになるだろう。

 そんな使命感に駆られた時、どどどと保健室が激しい揺れに襲われた。その揺れに棚の薬瓶がカチカチンと音を立てる。保険医が慌てて戸棚を支えようとした瞬間、保健室のドアが乱暴に開いた。

 そこから雪崩れ込んでくる、人、人、人。某日のビックサイトを彷彿させるような人の群れだ。

 流れ込んできた人の群れの手には、一様に一枚の用紙。

 それから察するに、彼女たちはケガ人や病人の類じゃなさそうだが。

 

「ねえ、私と組んでっ!」

 

 そのうちのひとりが例の用紙を差し出し、一夏とシャルルに頭を下げた。

 それを皮切りに他の生徒たちも「組んで」「組んで」と用紙を差し出してくる

 

「いや、いきなり組んでっていわれても……」

 

 事態が呑み込めない一夏は、とりあえず差し出された用紙を手に取る。

 文面には以下の事が記されていた。

 

・[緊急]学年別個人トーナメントの仕様変更について

 今月、開催する学年別個人トーナメントでは、より実践的な戦闘を行うため、ふたり組での参加を必須とする。なお、ペアが組めなかった者は、参加資格が(・・・・・)与えられない(・・・・・・)ので注意すること。

 

「なるほど。組んでくれって、この事か」

 

 つまり一夏とシャルルにペアを申し込むため、わざわざココにやってきたという訳だ。

 襲撃事件以降、彼の風当たりは和らいだが、まさかここまで態度が柔和するとは……。もともと貫き通したいほどの信念でもなかったのだろう。

 

「まあ、待て、落ち着けって」

 

 なおも用紙を突きつけてくる女子を宥めながら、一夏はシャルルに目を遣った。

 案の序、彼も同じ状態に陥っていた。いや、人数的にはシャルルの方が圧倒的に多い。彼がデュノア社の御曹司であることが大きな要因だろう。玉の輿を狙っているのかもしれない。それあって一夏より難儀しているように見える。

 性別偽称の件もあって、それを考慮した一夏は、何かを決心するように声を張り上げた。

 

「わりー、みんな、シャルルは俺と組むんだ! だから、ペアは諦めてくれ!」

 

 一夏は大きい声でパチンと両手を合わせた。

 すると、効果覿面。突き出されていた申込用紙が、次々と引っ込んでいった。

 

「そっかー、織斑君、デュノア君と組むのかー」

「もう決まっているんじゃ、仕方ないかな。まあ、男同士ってのも画になるしね」

 

 諦めた様子で、撤収を始める女子たちに、一夏がホッと溜息をつく。

 あとは風の便りが、無遠慮なペアの申し込みを減らしてくれるだろう。

 

(ありがとう、一夏。気を遣ってくれて)

(いや、それより俺でよかったか? なんなら他と組んでくれてかまわないからな)

 

 一夏が言ったペア云々は場を収めるための口実に過ぎない。

 シャルルにその気がないなら、直ぐにも撤回するつもりだ。だが。彼は首を横に振った。

 

(ううん、僕は一夏と組むよ。一夏こそ僕でいいの?)

(そりゃシャルルなら大歓迎さ。機転が利くし、操縦うまいし)

 

 というわけで、いきあたりばったりながら、二人のペアが成立した。――のだが、それを鈴とセシリアが、ジーと不平を訴えるような眼差しで見ていた。

 

「なんだよ、おまえら。なんか言いたそうだな」

「別に何にもないけど? ところでデュノア、こいつホモだから組むのやめた方がいいわよ」

 

 スパンと叩く音がして、鈴のツインテールが波打った。

 気づくと、一夏の手にスリッパが握られていた。

 

「なにすんのよ」

「俺はノンケだっての」

 

 とスリッパでぽんぽん頭を叩く一夏に、チっと舌打ちをする鈴。

 ペアを解消させて、あわよくば一夏と組もうと目論んだ鈴の野望は容易く潰えた。

 

(まあ、いいですわ)

 

 そんな幼馴染コントの傍らでは、セシリアがすました顔をしていた。

 一夏とペアを組めなくなったのは惜しいが、できる女とは余裕を持てる女だ。一夏もペアを決めたというし、ここは身を引くしかない。

 それに名誉回復のために是非とも優勝したいセシリアからすれば、一夏より技量のある相方を選んだほうが建設的である。そう考えたセシリアは鈴の方を向いた。

 

「鈴さん、こうなったら、わたくしと――って、誰にお電話していますの?」

 

 鈴はスマートフォンを耳に当てながら、セシリアの疑問に答えた。

 

「え? 誰って、アリスよ。ラウラとまともに戦えるのってアリスぐらいだもの」

 

 どうやら鈴も優勝を狙うつもりのようだ。そこでラウラと対等に戦えるアリスをペアに選ぶのは理解できる。理解できるのだが、自分を差し置いてアリスを選らんだ鈴に、セシリアはいつもの対抗心を抱いた。

 

「鈴さんは、えらく彼女を買ってますのね」

「まあねー、あいつ、いいヤツだし」

 

 唇を尖らせるセシリアなど、どこ吹く風の鈴は、アリスへコールを続けた。

 しばらくして相手が出た。

 

「あ、アリス、今どこにいるの? …………え、整備科? そう。ところで、例の学年別個人トーナメントの緊急告知見た? …………そうそう、それそれ。それでさ、あたしと組まない? …………え、一夏? ダメ、あのすかぽんたん、デュノアと組むんだってさ」

「おい、誰がすかぽんたんだ。誰が」

「うっさいわね。今アリスとラブコール中なんだから静かにしててよ。――んでさ、どう? 正直、あんたがいると心強いんだけど…………え?」

 

 そこで鈴の表情が凍りついた。

 

「ラウラと組むことになったって、どういう事よっ!?」

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 鈴がアリスに電話する約10分前。ラウラ・ボーデヴィッヒは困っていた。困り果てていた。

 原因は、ラウラの手に握られた一枚の用紙――学年別個人トーナメント緊急告知の内容にあった。そこには『ペアが組めなかった者は、参加資格が与えられないので注意すること』と記されていたのだが、

 

「困った……私にはペアを頼める友人がいない……」

 

 そう、ラウラ・ボーデヴィッヒは友達が少なかった。というよりいなかった。

 当然ながらペアを頼める親しい人などおらず、彼女は途方にくれていたのだ。

 

(しかし、トーナメントを棄権するわけにもいかない)

 

 元々ラウラは、この学園で行われる学年別個人トーナメント――現状では学年別ペアトーナメントが正しいが――を利用して、<シュヴァルツェア・レーゲン>の性能を欧州連合の重役にアピールする為やってきた。

 すなわち、ラウラにとって、トーナメントの不参加は任務放棄と同義。厳格な軍人として育てられた彼女にとって、そんなことはできるはずがなかった。

 

「しかたない、適当に見繕うか」

 

 この際、相手を選ぶのはやめよう。要は、参加資格させ得られればいいのだ。

 そう思いながら、校内の生徒を物色しはじめたラウラの目に、青いリボンの生徒が留まる。

 

「おい、そこのお前」

「ひぃー、ごめんなさいッ!」

 

 話しかけた途端、その生徒は脱兎の如く逃げていった。

 まあ、散々暴力的な振る舞いをしてきたのだ。それを鑑みれば、さほどおかしい反応でもなかった。むしろ、今となっては、ラウラに好意的な態度を示す生徒の方が珍しいぐらいだ。

 ラウラは逃げ去った生徒に『腰抜けめ』と吐き捨て(そういう態度がダメなのだが、彼女は気付いていない)、新たな相手を探し始める。

 今度はちょっと学習して、気の強そうな生徒に声をかけた。

 

「おい、ちょっとそこのおまえ、話があるのだが」

「ボ、ボーデヴィッヒさん!? なな、なんでしょうか?」

 

 今度はなんとか逃げられずに済んだが、奥歯をカタカタ言わしていた。

 この生徒もラウラに恐怖心を抱いているようだ。まあ散々――以下同文。

 

「ペアがいなくて困っている。だから、私と組め」

「いや、あの、えっと、それは……」

 

 釣り目の生徒は、困ったように視線を泳がせた。あからさまに断る口実を探している様子だ。

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 結局、断る口実を見つけられなかった生徒は、謝るだけ謝って逃げていった。

 これで二連続。今さらながら「もうちょっと愛想よくしておくべきだったか」なんて後悔する気持ちがわいてくる。完全にあとの祭りだが。

 そしてラウラはめげず、次の相手を探し始める。

 それから10分余り。結果は全滅だった。

 ラウラが話しかけると、みんな跳んで逃げるのである。取り合ってさえくれない。

 さすがにトーナメント出場の雲行きが怪しくなり始め、ラウラに焦燥感が募った。

 

「これは本格的にまずいな……」

 

 まるで敵に包囲され『増援は来ない』と言われたような気分だった。あるいは、輸送機のパイロットが『燃料が漏れているッ!』と叫んだ時の気分でもいい。つまり危機であった。

 そんなラウラの頭にある名案が浮かんだ。

 

「こうなったら、奴に頼もう」

 

 奴とは一度だけ食事をした仲だが、他の生徒より自分に理解を示していた。

 それに、これ以上ハントを続けても結果は見えている。ここはもう彼女に賭けるしかない。

 

(もし“いいえ”と言おうものなら、無理にでも“はい”と言わしてやる)

 

 なに、難しいことではない。自分の拷問テクニックがあれば、すぐに泣いて協力を乞うだろう。

 すると、噂をすれば影。ラウラがいう奴――アリス・リデルが現れた。手には紙袋。おそらく世話になった整備科への差し入れか何かだろう。

 図ったようなタイミングに、ラウラはしめたと駆けだした。

 

「おい、アリス・リデル!」

「あら、ラウラ。どうしたのですか、まるで核戦争が始まりそうな顔して?」

「確かに危機的状況ではあるが、そうではない。貴様、トーナメントのペアは決まったか?」

「トーナメントのペア?」

 

 アリスは首を傾げた。どうやらルールが変更された事をまだ知らないようだ。

 ラウラはその旨を手短に説明してやる。

 

「それで貴様とペアを組みたい。“はい”か“Yes”で答えろ」

「その様子だと、散々断れたようですね」

 

 全てを見透かしたような表情に、言葉が詰まる。図星だった。

 しかし、これを断れたら20連敗の大台である。悔しいのをぐっと堪え、ラウラは懇願した。

 

「そ、それでどうなのだ? 組むのか? 組まないのか?」

「う~ん、そうですね……」

 

 どこか切実な顔のラウラに、アリスは顎に指を当てて思案した。

 ラウラのパートナーになれば、監視がやすくなる。それはいろいろ都合がいい。それに孤高を貫いてきたラウラが、初めて誰かに頼ろうとしているのだ。心動かされるものがある。

 しかし、過去の行いもあるので、簡単に了承するのはつまらない。

 というわけで、アリスは、ちょっとしたイジワルすることにした。

 

「まあ、組むのは吝かではありません。でも、それは人に頼む態度じゃないと思います」

「む? なら、どう頼めばいいのだ?」

「それはね」

 

 コクンと首を傾げるラウラに、アリスが耳打ちする。ごにょごにょ、と。

 アリスの話をきくなり、ラウラの頬が真っ赤になった。

 

「き、貴様! そ、そんなふざけた真似できるか!」

「ならペアの話はなかったことに」

 

 そう言い残して立ち去ろうとするアリスを、ラウラは慌てて引き止めた。

 

「わ、わかった。する。するから行かないくれ……」

 

 もう後がないラウラは、背に腹は変えられないと覚悟を決めた。

 そして、ネコの手にした両手を(・・・・・・・・・・)クイクイと動かしながら(・・・・・・・・・・・)、ペアを申し込む。

 

「に、にゃあー、にゃあー、ペ、ペアがいなくて困ってるにゃ。組んでくれにゃー」

 

 そう、これが、アリスがラウラに教えた“人にものを頼むやり方”であった。

 

「おぃ、も、もう許してにゃ。これ以上は恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうにゃ……」

 

 自制心の塊と呼ばれたラウラも、この猫かぶりは相当恥ずかしいらしい。顔も赤ペンキで塗り手繰ったように真っ赤だ。

 それが可笑しくもあり、可愛くもあって、アリスは大満足な顔をした。

 

「いいでしょう。そこまでいうならペアになってあげますよ、ニャウラ」

「誰がニャウラだ。変な呼び方するにゃ」

 

 といいつつも、C-037より聞こえはいいな――と密かに思うラウラ改め、ニャウラであった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 というわけで、アリスとラウラが組む事になったのだが、鈴は頗る納得いかなかった。

 

「きー! あいつらが組んだら、誰も太刀打ちできないじゃない!」

 

 二人の実力は学園トップクラス。国家代表でも出場しない限り、きっと誰も止められない。

 だからといって、ここで諦めないのが鈴である。この諦めの悪さが鈴の美点だ。

 

「上等だわ。あたしが二人まとめてやっつけてやろうじゃない!」

 

 鈴は手にしたスマートフォンを強く握り締め、闘志を滾らせた。

 だが、まずはパートナーだ。ペアが組めなければ、優勝以前に出場できない。それにあの二人を相手にするなら、それなりの実力者が好ましい。とくれば、もう彼女しかいない。

 鈴は隣のセシリアを見た。すると、彼女もこちらを見ていた。

 

「やってやりましょう、鈴さん」

 

 どうやら、セシリアも鈴と同じ事を考えていたようだ。

 

「ええ。アイツらをぎゃふんと言わせてやろうじゃないっ!」

 

 二人は手を繋ぎ、結束を顕にした。

 いまの自分たちならどんな強敵にも打ち勝てる。そう思えた矢先――

 

「水を差すようですが、現状では、おふたりのトーナメント参加は許可できません」

 

 意気込む二人にそう言ったのは、当然あらわれた真耶だった。

 真耶は持ってきたカルテらしきものを鈴たちに手渡し、続けた。

 

「おふたりのIS、先ほど確認したところダメージレベルが【C】を超えていました」

 

 ISの損傷(ダメージ)レベルは、クラスAからクラスDの五段階で評価される。

 その中でクラスCはいわゆる“中破”に値する。

 この場合、修理には専門の技術士が必要となる。しかし、技術者側にもスケジュールがあるため、依頼しても直ぐ取り掛かってもらえるわけではない。特に第三世代の開発に携わった技術者は、その有能さゆえに多忙だ。今から彼らのスケジュールを調整し、招集し、修理し始めて、果たしてトーナメントに間に合うか。

 正直、かなり難しい。訓練用制御リミッターを外して戦闘したツケだった。

 

「機体に損傷がないこと。それがトーナメント出場の最低条件です。それを満たせていない状態では、出場を許可できません。出場するなら、必ず整備書を提出してからお願いします」

 

 整備書。ISに故障がないことを証明する書類群のこと。自動車でいう車検書だ。

 その書類がなければ、公式戦はもちろんのこと、学内戦に出場することもできない。

 

「はい……」「わかりましたわ」

「では、私はトーナメントの準備がありますので」

 

 そう言い残しは、真耶は保健室を後にした。

 トーナメントの形式が変更された事もあり、教師陣もその対応に追われているのだろう。

 かくして、それぞれのペアが決定し、トーナメントまで、あと一週間となった。

 さて、何が起こるのか。

 

 




ニャウラ
生態
品種改良で生まれた、ネコ科ボーデヴィッヒ。銀の毛と、金と赤のオッドアイが特徴。
生息地はドイツ。爪の変わりにナイフを研ぐ習性がある。群れない。好きなものは千冬。でも、いくら懐いても相手にして貰えない。しょぼん。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。