IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
「ええっと、ですね。今日は転入生を紹介したいと思います。しかも二名……」
月曜日の朝。SHRでの出来事だ。
山田先生の第一声に、クラスは休日明けの気怠さを忘れ、大いに賑わった。
「え! 転校生!?」「そんな情報、全然入ってきてないよ!?」「情報班、なにやってんの!」
予期せぬ転校生の登場に、女子たちが騒ぐ中、俺は大して驚きもせず、頬杖をついた。
(転校生ってまたか……)
IS学園は世界的な教育施設。世界中から少女が留学して来るわけだし、転入生が多いのは理解できる。だが、一度に二人は多くなかろうか。それも両方一組って。普通は分散させないか?
――もしかして、俺が関係しているのだろうか。
俺がそんな疑問を抱いていると、山田先生が転入生に入室の許可を出していた。
「では、入ってきてください」
関心が薄かった俺は、横目でそれを見る。そして、驚きのあまり言葉を失った。
「お、おとこの、ひと?」
そう、転入生の一人は、男性だったのだ。
瞳はエメラルド。長髪のブロンドを後ろで束ねた美少年だ。体つきは華奢で、顔つきも中性的だが、柔らかな物腰と上品な雰囲気は、誇張でも、比喩でもなく、王子か貴公子といった感じである。
転校生は、動揺するクラスメイトに驚くことなく、丁重に自己紹介した。
「フランスから来ました、シャルル・デュノアです。このクラスに僕と同じ境遇の方がおられると聞いて、本国から転入してきました。何かと不慣れな事も多いですが、みなさん、よろしくお願いします」
子犬を連想させる人懐っこい笑みで自己紹介するシャルル・デュノアという転校生。
それはもう同性でもクラっとするような眩しさで、クラスがどわっと湧き立った。
「いやん、守ってあげたくなる系の美男子。わたしのドストライクだわ!」
「ずっと待ってました。あなたのような白馬の似合う王子様を!」
「ああ、私のアンドレイになってください! 私はあなたのオスカルになります!」
クラスのあちらこちらから湧く黄色い声に、俺は苦笑いする。
あの襲撃事件以来、このクラスの男卑も大分改善されてきたよなぁ。
「騒ぐな、静かにしろ」
シャルルの魅力に騒ぐクラスを、鬼教官が一喝する。
ピタっと静まる生徒に、千冬姉は『まったく、これだからガキどもは……』と辟易してから、山田先生に視線をやった。
「山田先生、続きを」
「あ、はい。では、次の人、お願いします」
山田先生の言葉に合わせて、もう一人の転校生に視線を移す。
その転校生は、ある意味でシャルル・デュノアと正反対な生徒だった。
性別は女性。髪は美しいアッシュブロンドで、体はとても小柄だ。放たれる気配は、研ぎ澄まされたナイフのように鋭く、右目を覆う眼帯が、彼女の剣呑な雰囲気をいっそう強くしている。
仮にシャルル・デュノアを『灼熱の太陽』と例えたなら、彼女は『凍える月』といったところだろうか。
「………………」
紹介された本人は、未だ口を閉ざしたままだった。それどころか侮蔑を含んだ視線でクラスの女の子たちを睨んでいる。そのせいか、教室が痛い沈黙に包まれた。
「あの~、ボーデヴィッヒさん……?」
「ボーデヴィッヒ、黙っていないで、挨拶ぐらいしろ」
山田先生がオロオロし始めたので、見かねた千冬姉が転校生を注意した。
一転、ラウラと呼ばれた転校生は、毅然とした態度で千冬姉に敬礼する。
「はい、教官」
教官? みんなが怪訝な顔をする最中、千冬姉は面倒臭そうな顔で言った。
「そう呼ぶな。私はもうお前の教官ではない。呼ぶなら、織斑先生と呼べ」
「
何語かで返答――おそらく『了解しました』的な意味だろう――した後、ラウラは両足を軽く開き、後ろ手を組んで姿勢を正した。軍隊の基本教練の一つ『休め』というやつだ。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
………………
…………
……
それだけ。皆、続きを期待していたのだが、それ以上言葉が紡がれる事はなかった。
「あの、以上……ですか?」
「以上だ」
それだけを告げ、貝のように口を閉じるラウラ。
再び、教室が痛い沈黙に包まれた。山田先生はなんとか場の空気を換えようと、
「え、えっと、あのですね、ボーデヴィッヒさんはドイツの出身でしてね。本国では『黒うさぎ隊』という特殊部隊の隊長を務めていて、階級は若いのに少佐という――――」
「先生。無闇に所属を明かさないでください。任務に支障をきたします」
鋭い眼光で睨まれ、山田先生が『す、すいません』と萎縮する。
なんとか場を和ませようと試みた山田先生だったが、見事に裏目に出たな。でも、その努力は評価していいと思うぞ。どんまい、どんまい。
(それに比べて、ラウラとかいう奴、ちょっとは空気を読めよな。学校は協調性を育む場でもあるんだからさ)
そう、嗜めるように見ていたら、不意に目が合ってしまった。
「!――貴様かッ!」
何だ? 目が合うなりスタスタと俺の方にやって来て。
「ん? 俺に何か用――」
『か?』と問おうとした瞬間――ラウラが俺に向かって右手を薙ぎ払った。
左頬に走る鋭い痛み。
唐突すぎる暴力に、俺は言葉を失った。
しかし、ラウラは呆然とする俺を無視して、冷たい隻眼のルビーアイで言い放った。
「私は認めない! お前があの人の弟など認めるものか!」
♡ ♣ ♤ ♦
「私は認めない! お前があの人の弟など認めるものか!」
教室に響き渡るラウラの怒声に、クラスの全員が目を白黒させる。
教室が騒然とする中、理不尽な暴力に腹を立てた一夏が、椅子を跳ね除けて立ち上がった。
「てめぇー、いきなり何しやがる!」
しかし、ラウラは激昂する彼など歯牙にもかけず、鼻を鳴らして、充てられた席に歩いていく。席に腰掛けるなり、彼女は武器庫に立て掛けられた銃のごとく沈黙をきめた。
(ラウラ・ボーデヴィッヒ。報告にあった性格と違いますね)
情報部の調査では『ラウラ・ボーデヴィッヒは<ドイツの冷氷>と称されるほど冷静沈着な性格で、自制心の塊のような人間』と報告されていた。だというのに先の顛末だ。彼女は明らかに感情を爆発させていた。
(それだけ一夏が憎い相手だった?)
とは考えにくいけど、発せられた殺気は紛れもない本物だった。
だからなのか。教室は和気藹々と転校生に質問できる雰囲気じゃなくなっていた。
「やれやれ……」
と、首を振ったのはやっぱり千冬さんで、彼女は頭痛を堪えるようにHRを進めた。
「時間的に少し早いが、これでSHRは終了とする。――それと今日は一組と二組で合同実習だ。着替え終えたら、第二アリーナに集合しろ。遅れてきた者は、例の如く実習の後始末だ。もたもたするなよ」
織斑先生は両手を叩いて皆の行動を促したあと、苛立つ弟に目線を向けた。
「織斑、デュノアと同じ境遇だ。面倒はおまえが見てやれ」
「わかりました。――じゃあ、とりあえず自己紹介はあとにして行こうぜ」
「行く? ど、どこへ?」
「いや、男子がいたら、女子が着替えられないだろ……」
「あ、そっか……」
そうなのだ。早く出て行ってもらわなければ、私たちはいつまで経っても着替えられない。
なのに、デュノアくんは一夏の指摘で、ようやくそれに気づいた様子だった。
「もしや、おまえ、女子と一緒に着替える気か?」
「ちちち、ちがうよッ。――みんな、ごめんね、気づかなくて」
「ほら、いくぞ」
謝るデュノアくんの手を引いて、一夏が慌ただしく教室を出ていく。
そんな一連のやり取りを見て、私は違和感を抱いた。
(二人目の男性適正者、ですか)
仮に適正を持つ男性が一億分の一であっても30人ぐらいは存在するわけだし、二人目が現れたこと自体に不可解な点はない。ただ、その人物がIS企業の人間というのは、聊かできた話だろう。ましてや、経営状況が芳しくないデュノア社の人間なら。
(まさか男装の麗人。――なんてね、考えすぎですね)
何にしろ、今回のミッションにおいて、彼が『男』であるか否かは重要じゃない。
私は気持ちを切り替え、ISスーツを取り出す。
ISスーツとは、IS装備時に着用する特殊スーツのことだ。内部にスマートスキンを応用したセンサー群が取り付けられていて、操縦者のバイタルを読み取ることができる。
それを机に置き、制服のボタンを外していると、前の席の相川さんがこちらを向いた。
「あ、リデルさんのISスーツ、見たことないデザインだね。どこ製なの?」
「これは市販品じゃなくて、オーダーメイドなんですよ」
「えっ、オーダメイド!?」
相川さんは驚いて、私のISスーツをまじまじと見つめた。
基本的に、ここの生徒は学園が指定したISスーツを購入して使用する。そのため、私のようなオーダーメイドのスーツを使用している生徒は少ない。理由はとても簡単。高価だからだ。
「ねえ、さわってもいい?」
「ええ、いいですよ」
私の了承を得て、相川さんがお洒落を楽しみように、スーツを自分の体に宛がう。
私のISスーツは、パーソナルカラーの赤をベースに黒いラインが入ったデザインだ。形状は競泳用水着に近いけど、兵装保持用のアタッチメントとプロテクターが備わっているため、どこか近未来的に見える。
「リデルさんのISスーツって、SFちっくでカッコイイね。やっぱりオーダーメイドっていいな」
「え、リデルさんのISスーツ、オーダメイドなの?」「うそうそ、見せて見せて!」「あ、ほんとだ、見たことないデザイン!」
気がつけば、私の周りにたくさんのクラスメイトが集まっていた。
こういう高性能スーツは、ここじゃ羨望の対象になる。鈴曰くブランドバックを持っている女子高生みたいなものらしい。
クラスメイトたちは、私のスーツを手に取るなりワイワイと盛り上がった。
「わぁ、これ最新の脊椎プロテクターだよね」「これ、うわさの対衝撃素材じゃない。二階から落とした卵を受け止められるやつ」「すっごーい。これめちゃくちゃいいスーツじゃん」
「ていうか、これさ――」
そこで空気が読めないウザカワクラスメイト――岸原理子さんが口を開いた。
私はなぜか嫌な予感がした。
「――セッシーのISスーツより良くない?」
その一言に、着替え中だったオルコットさんの手が止まる。
クラスで最も高性能なISスーツを使っているのは、オルコットさんだ。なにせ、彼女は国家代表候補性だから、スーツも最新式のオーダーメイドである。本人もそれを自慢に言っていた。つまり、
「なんですって?」
岸原さんの一言は、オルコットさんの対抗心に火をついてしまったということだ。
「わたくしのISスーツは、ナイトソード社の最上級モデルをフルカスタムしたものですわよ。防刃防弾にも優れ、なおかつ動きを阻害しない伸縮性と快適性をかねた最新式ですわ。これ以上のものなんて他には――」
「でも、リデルさんのISスーツには、最新のショックアブソーバーがついているよ」
「ぐッ」
「ウェアブルコンピューターもあるよ」
「ぐぐぐッ」
「それに、これ。出血箇所を感知して、自動で止血してくれるんだって」
「ぐぐぐぐぐッ」
私のISスーツは軍用なので、防刃、防弾、耐衝撃からメディカル機能に加え、データリンク可能なコンピューターも装備されている。それらはオルコットさんのISスーツには無い機能ばかりだ。
「た、確かにかなり良いものをお使いのようですが……」
でも、負けを認めたくないオルコットさんは、ぐぬぬと強がるように下唇を噛む。
そのオルコットさんの頭上で、ぴこんと電球が灯った。
「ふふふ、でもぉ~、いくらスーツの性能が良くたって、専用機がないなら意味ないんじゃなくて~? その点、わたくしには<ブルー・ティアーズ>がありましてよ。おっほほほほ」
勝った。そう宣言するように高笑いするオルコットさん。
でも、私は彼女の言う通りだと思った。
どれだけ高価なISスーツを使っていても、肝心なISがなければ意味がない。
「そうですよね。スーツの性能が良くてもISがないのじゃ意味ありませんよね、はは」
私はそっと赤いナイフ――<赤騎士>の待機形態――を後ろに隠した。
どうしよう。<赤騎士>を展開した時の、オルコットさんの反応が怖くなってきた。
一方、そのころ一夏たちは――
「うおぉぉぉ!! 走れぇ~!! 止まったら死ぬぞ~!」
SHRを終えた俺とデュノアは、更衣室に続く廊下を全速力で駆け抜けていた。
通り過ぎた学内掲示板には『廊下を走るな!』という張り紙がしてあったが、あえて無視する。なぜなら、
『男の新入生よ~追え~追え~追いかけろ~』
デュノアを一目見ようと集まった女子生徒たちに、追いかけられていたからだ。あの集団に捕まったら最後。遅刻は確実。そうなれば、鬼教官による地獄のお説教が待っている。絶対に捕まるわけにはいかない。
「デュノア、こっちだ!」
「え、う、うん!」
俺は学園の構造に詳しくないデュノアを先導するように、その手を引く。
手を結ぶ俺たちを見て、女子から一斉に黄色い声が上がった。
「きゃー見て、二人が手、繋いでる!」
「ほんとだー、織斑君とデュノア君、一体どっちが受けだろ?」
「そんなのデュノア君が受けに決まっているじゃない。異論は認めない」
「いいえ、反論させてもらうわ。大人しそうなデュノア君が、雄々しい織斑君を責めちゃうそのギャップに興奮するんじゃない!」
「私は嫌がりながらも織斑君に屈服していくデュノア君が見てみたいわ!!」
だ、ダメだコイツら、早くどうにかしないと。本当にどうにかしないと……
とても大事な事なので二回言っておく。じゃないと、俺×シャルルの薄い本が出かねない。
「デュノア、このまま一気にまくぞ!」
「う、うん」
俺はデュノアと廊下の角を曲がった。相手が一瞬だけこちらを見失う。俺たちはさらに角を曲がった。それを何度も繰り返す。
そうやってなんとか追手を振り切り、俺たちは目的地である更衣室に入り、一息ついた。
「はぁ、はぁ、何とか逃げ切れたな」
「うん。それにしても驚いたよ。僕、てっきり冷たい扱いを受けるものだと」
「まあ、世の中、女尊男卑だからな。でも、ああいう歓迎の仕方は考えもんだ」
「そうだね。えっと、織斑くん、でいいのかな?」
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」
「よろしく、一夏。僕の事はシャルルって呼んでくれたらいいよ」
「おう。じゃ、そろそろ着替えようぜ。授業に遅れたら、おっかない教官に怒られるからな」
「え、あ、そうだね」
俺はそそくさシャツの脱ぎ捨て、ベルトに手をかけた。
しかし、シャルルは一向に制服を脱ごうとせず、なぜかモジモジするばかりだ。
「どうした、シャルル。早く着替えないと授業に遅れるぞ」
「う、うん。その、よかったら、あっちで着替えてもらってもいい? 見られながらだと、その恥ずかしくて……」
「ん? まあ、別にいいけど……」
男同士なのだから別にいいだろうに。――とは思うが、恥ずかしいなら仕方ない。
俺は要望に応え、自分のISスーツを持って、シャルルと反対側のロッカーに移動した。
(でも、女性の着替えには動じなかったのに、男性との着替えは恥ずかしいのか?)
それじゃ、まるで男性に興味が――………………一瞬、腐女子の言葉が脳裏をよぎる。
「一夏」
「うおっ!」
ひょっこりローカーの角から顔を出したシャルルに、俺は反射的に尻の穴を引き締めた。
そして高速でISスーツに着替える。なんだか裸のまま彼に会うのは危ない気がしたのだ。
「ど、どうしたシャルル。な、なにかあったのか?」
「僕はもう着替え終えたから。それより、どうしたの、そんなに慌てて?」
「いや、なんでもないぞ。と、ところで、シャルルの着ているスーツって、着やすそうだな。どこ製なんだ?」
俺は胸中を悟れないよう、目についた物で話題を摩り替えた。
「ん、このISスーツ? これはデュノア社のオーダーメイドだよ」
「デュノア社って、あのデュノア社か?」
確かデュノア社は、フランスで一位二位を争うISの大企業だったはず。
千冬姉に『勉強するなら、操縦技術だけじゃなく、ISに関わる機関や企業についても知っておけ』と指摘されたので、そのあたりの事情についても多少は勉強したのだ。
「そう言えば、シャルルの姓もデュノアだよな?」
「うん、デュノア社は、僕の父が経営している会社なんだ」
「おお、そうなんだ。じゃあ、シャルルは御曹司なのか。やっぱりな」
「うん? やっぱりって?」
うんうんと納得する俺に、何か引っかかる物を感じたのか、シャルルは首を傾げた。
「ほら、シャルルって気品があるというか、いいところの育ち! って感じがするからさ」
柔和な物腰。丁寧な口調。シャルには、そこかしこに上品さがある。きっとメイドとか、執事がいるような、上流階級の教養を受けてきたのだろう。特別、そういう生活が羨ましいわけじゃないけど、中流階級の人間としては一日体験ぐらいしたいものだ。
「いいところの育ち、か……」
シャルルは急に表情を翳らせた。まるで忌むように、あるいは嘆くように、顔を伏せる。
強く噛んだ唇からは、血がこぼれそうになっていた。
それに、俺はただならぬモノを感じとった。深い、深い、絶望のような何かを。
「ど、どうしたんだ、シャルル? 俺、何か気に障ることいったか?」
「え? ううん、そんなことないよ。だから安心して」
シャルルは慌てたように両手を突き出し、左右に振るった。
その表情に先の絶望はない。あったのは優しい笑顔だ。俺の考え過ぎだった、のだろうか……
「それより早く行こう。遅れたら、後始末しないといけないし」
「お、おう」
どこか逃げるように更衣室を飛び出していくシャルルを、俺は慌てて追いかけた。
♡ ♣ ♤ ♦
「よし、全員そろったな」
第2アリーナ。
一組と二組の両クラスが揃ったところで、千冬姉が入学から初となるIS実習について説明を行った。
「では、今日の訓練についてだが、起動から基本動作までをマスターしてもらう。ここ一ヶ月で習得した知識とシミュレーターでの経験があれば、そう、難しい実習でもないだろう。だが、実機を用いた訓練だ。事故も起こり得る。みな、気を引き締めてかかれ」
『はい!』
「では、実習の前に、せっかく専用機持ちが5人もいる事だ、諸君にISの模擬戦を見てもらおう」
千冬姉の言葉に、生徒たちから『おお!』という歓声があがった。
専用機持ちは1年で6人しかいない(これでも多い方らしいが)。そんな彼女らの戦闘を間近で見られるのは、正直レアなのだ。俺は見慣れているので、特別おもうことはないけどな。
「では、オルコット、凰に実演してもらおう。ふたりとも前にでろ」
思わぬ抜擢に、指名された二人は目をぱちくりさせた。
「え、何でわたくしが? なんか、見世物のようで気が乗りませんわ」
「え、あたし? なんか面倒くさいなぁ~」
おいおい、そんな怠けた態度だと、また千冬姉に怒られるぞ。――と思ったが、意外や意外、千冬姉は清ました顔のままだった。代わりに二人へ近づき、耳元で何かを囁いた。
(ここでアイツにイイところを見せれば、他の連中を出し抜けると思わんのか?)
「!?」「!!」
なんだ、セシリアと鈴の顔つきが変わったぞ。
「こほん。やはりここはわたくし蒼穹の狙撃手こと、セシリア・オルコットの出番ですわね」
「そうね。あたしたち代表候補生の実力がどれほど凄いか、感心させるいい機会だわ」
(ふふ、わたくしの可憐な操縦テクニックで一夏さんの視線を釘付けですわ♡)」
(ふふ、前回のクラス対抗戦じゃイイところ見せられなかったけど、ここで挽回してやるわ♡)
なんか二人が熱の篭った視線を送ってくるんだけど、なにこれ、怖い。
「それでお相手はどちらに? わたくしは鈴さんでも構いませんが?」
「ふん、返り討ちにしてやるわ」
「騒ぐな、馬鹿ども。相手ならもうじき来る」
そう言うが早く、遠くからキーンと空気を劈く音が聞こえてきた。この音は、ISのスラスター音だろうか。そこまで判ったが、機種までは特定できなかった。でも、隣のシャルルは違ったようだ。
「この音は<ラファール・リヴァイヴ>だね」
「わかるのか?」
「うん、<ラファール・リヴァイヴ>はデュノア社が開発した機種だから」
<ラファール・リヴァイヴ>は、<打鉄>と並んでIS学園に採用されている機種だ。汎用性の高い拡張性能と、優れた操縦性能を持つことから、世界シェア率第三位を誇っている。
シャルルの予想通り、モスグリーンのIS<ラファール・リヴァイヴ>がこちらに飛行してきた。
しかし、どこか様子がおかしい。
何がおかしいかというと、操縦者が水面で溺れる子供のようにジタバタもがいているのだ。
素人目から見ても、あれは制御不能に陥っているとしか思えない。
「わぁ~~どいてくださ~いぃっ!」
聞いたことのある、やや幼い声。どうやら、あのISの操縦者は、副担任の山田先生らしい。
そういえば、入試の時の山田先生も、こんな感じだったな。あんな風に手足をバタつかせながら、俺の方に突っ込んできて――――って、俺の方に突っ込んできてるだと!?
「や、やばい、早く<白式>を展開しねーと!」
妙な既視感に囚われていた俺は、すっかり展開するのが遅れてしまっていた。
その間もぐんぐんと山田先生が接近してくる。だめだ、間に合わない。あ、これ、死んだかも。
「<レッドクイーン>」《Yes My honey》
俺が絶望に打ち拉がれていると、隣から澄んだ声が二つ、聞こえてきた。
「この声は……」
俺が声の正体に気付いた時、既にその正体――アリスは飛翔していた。
アリスは空中でISを展開させて、突撃してくる山田先生を優しく抱き止める。
そして、絶妙な反動制御で衝撃を殺し、その場に静止した。
しかし、俺の意識は、その見事な機体制御じゃなく、別のところに持って行かれていた。
「こいつは……」
赫々と燃えるような赤い装甲。身丈ほどある大剣。短剣を携えたサイドバインダー。見覚えのあるその後姿は、俺と鈴を窮地から救ってくれたIS――<レッド・ティアーズ>だった。